或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 にじファン時代から今に至るまで、ネタ短編は色々とやってきましたが、思えばバレンタイン用の短編というのはこれが初めてだと思います。
そんなわけで思い付きで書いたバレンタイン短編を投稿するのですが、お読みになるに際して下記の注意事項を把握して頂ければ幸いです。

※「バレンタインネタ」と銘打ってはありますが、バレンタインらしい青春のイチャコラだのはありません
※そんな綺麗な青春どころか、受け取り用によっては実に汚いです。
※話のメイン人物がメインだけにはっちゃけ具合がお察しレベルです。
※最後の方で本編に関する割と大きなネタバレに近い描写がありますので、その点をご注意ください。


2016年 バレンタイン短編

 話の発端は一人の言葉だった。

 

「バレンタインねぇ……」

 

 某日、鈴は休み時間に何気なくクラスメイトと談笑していた。

その時の話題はIS学園入学以前、つまり日本で言う中学過程でどのようなことがあったかという思い出話のようなものだ。

各々がこんなことがあった、修学旅行にはこんなところに行ったなどと語り合う中、一人がバレンタインはどうだったかと言いだしたのだ。

 

「凰さんって確か織斑くんと同じ中学だったんでしょ?

 やっぱり織斑くんにチョコあげたりとかしたの?」

「あー、まぁ一応ね。

 一夏の他に、一緒によくツルんでたのもいるから、そいつらに纏めて義理はあげてたわ」

 

 この言葉でキャイキャイとなるのは主に日本出身の級友だ。

とはいえこれも仕方のないことで、バレンタインという日に女から男への色恋を殊更に絡めるのは日本特有のものに近い。

これが他の国となるとまた事情が違ってくるが、どっちにしろ親しい人間に贈り物をするという点では共通な部分もあるので、通じていると言えば通じている。

 

「別にそんな色気づいた理由なんざ無いわよ。

 まぁ何だかんだの腐れ縁だし、一夏にしろ他のにしろ、変な奴らだけど一応は友達だからね」

 

 別にこれは照れ隠しでもなんでもなく、鈴の本心だ。

言ったように、一夏とその愉快な仲間×2に対しては何だかんだで変な腐れ縁の続く友人というのが偽らざる本音なのだ。

 

「しっかしバレンタインねぇ……」

「どうかしたの?」

 

 何かを思い出すように遠くを見つめるような表情をした鈴に、クラスメイトの一人がどうかしたのかを問う。

 

「あぁ、いやね。ちょっと思い出したのよ。

 その中学の時のバレンタインの、何て言うのかしらね。一騒ぎというか」

 

 そして一拍置いてから鈴はかつての日々の一幕を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、世間じゃバレンタインだなんだと言っているね」

 

 休み時間、教室の一角で数馬は図書室から拝借してきた経済新聞を読みながら何気なく呟いた。

 

「バレンタインか。そういやそんな時期だったな」

 

 教室の角にある数馬の席のすぐ横で窓際に背を預けながら弾が思い出したように言う。

そして数馬と向かい合う形で数馬の机に頬杖を突きながら一夏がだるいと言いたげな顔をしている。

某県の某中学、その第二学年の中の一クラスに彼ら三人は籍を置いている。

 

 これが彼らのいつもの光景だ。

中学に入学し同じクラスとなり、不思議と意気投合して、気が付けばいつもツルんでいるようになった。

 

「バレンタインってあれだろー。こないだテレビで言ってたぞ。

 確か地球の引力にとっつかまった陽子と電子の帯ってやつ」

「それはヴァン・アレン帯」

「じゃあアレだ。銀○に出てきた声が美少女な幼虫の――」

「それはパンデモニウムさん」

「古代の地球のでっかい大陸――」

「それはパンゲア大陸」

「ガ○プラ」

「バン○イのプラモデルから」

 

「いや、あんたらいつまで漫才やってんのよ。

 もうバレンタイン殆ど遠ざかってるわよ」

 

 いつもの光景とも言える唐突な漫才、でなければクソリプ合戦に等しいやり取りを唐突におっぱじめる二人に、更に呆れ気味な声が掛けられる。

特徴的なツインテールをぴょこんと揺らし、腰に手を当てながら鈴がやれやれという眼差しで二人を見ていた。

 

「いや、なんかついノリがそのままノッちまってな。

 別にバレンタイン自体は分かってるぜ」

「いつものことだよ、鈴。そう気にするものでもないさ」

 

 んなこたぁ分かってると鈴も返す。問題なのはそれで一々馬鹿なやり取りを始めることなのだ。

 

「しかしバレンタインな。確かに、空気が妙にそわついてはいるな」

 

 空気を読む、というよりも訓練してきたことの関係上、気配を読むと言った方が正しいだろう。

一夏は教室内に流れる普段とは少々違った雰囲気を鋭敏に感じ取っていた。

 

「ま、野郎は誰かから貰えるかもしれないって期待、女子は誰にやるかって楽しみってトコか」

「いずれにせよ、僕らには関係のない話だ。捨て置けばいいさ」

 

 実際、弾や数馬の言う通りだ。

四人の通うこの中学は、そういった行事やイベントに関しては若干寛容なところがある。

例えばこういったバレンタインの折に校内でチョコを渡すことにしても、おおっぴらに認可を公言こそしないが良識的範囲内で問題となるようなことをしなければ教師の目につかない限りは許容するし、その教師の目にしてもある程度は緩くなるという習慣がある。

事実、過去にバレンタインに際して校内でチョコのやり取りが行われたという話は、いわゆる先輩後輩間、あるいは同級生間の人づてというネットワークを介して広まっている。

そして数馬はそれらを纏めて自分たちには無関係と言った。これについても、こと三人に関しては当てはまると各々自覚があるため、一夏と弾もうんうんと頷く。

 

「いや、あんたらそれで良いの?」

「んだよ鈴。なにか? 俺や弾、数馬が他の連中よろしく女子からのチョコに飢えてる姿を見てみたいってか?」

「いや、それは……別に良いわね。逆に変で気味悪いわ」

「だろ?」

 

 別に俺は興味無いからと、強がりでも何でもなく本心から一夏は言う。

 

「俺の家は蘭とお袋が用意してくれるけど、数馬もお袋さんからで、一夏は毎年千冬さんが買ってきてくれてるんだったか」

「そうそう。で、姉貴の場合はついでに自分の分も買って、ちゃっかり酒のお伴にしてるな」

「はは、千冬さんらしいじゃないか」

「いや、あんたら揃って毎年義理とはいえあげてやってるあたしをハブるんじゃないわよ」

『サーセン』

 

 不本意ながらすっかり慣れてしまったが、本当にこの三人が一緒になるとツッコミどころばかりで疲れると、鈴はため息を一つ吐く。

 

「ていうか、あんたたちって本当に無いの? そういう女子から欲しいってのが」

 

 とっくに分かっていることだが、やはり多少は気になりもする。

さっきも一夏が言ったが、実際に男女問わず大半の生徒がバレンタインという日を気にしているのだ。

彼らが他の大半の同級生たちとは価値観や考え方で結構違う部分を持っているのも付き合いの長さゆえに分かっているが、それでもと聞いてみたくはある。

 

「いや、まぁ、なんつーのか。ガツガツ欲しがるつもりも無いけど欲しくないってわけでも無いから、くれるっていうなら貰いはするな。勿論礼もきっちり返すし。

 けど、やっぱこだわりはねぇなぁ。別に今はそういう女子にどうだとか全然思わねぇし」

「俺も一夏に近いかね。来るのを拒みはしねぇけど、あぁでもやっぱ気になるとしたらチョコをもらったって事実よりも、チョコそのものだな。

 市販品ならともかく、何かしら手を加えてあるならどんな工夫をしてあるのかは気になるな」

「悪いが、日頃の同級生女子諸氏の言動、行動の低俗さを見ているとこちらから願い下げだね」

 

 一夏と弾に関してはまだ良い。問題はこの性悪(カズマ)だ。

幸いにして彼らの言葉に耳を傾けている者は居ない。聞いているのは鈴自身を含む三人だけだから、彼も率直な意見を言ったのだろう。

これが他人を相手にすると目立たず大人しいが品行方正な優等生の優男を完璧なくらいに振舞うのだから、なんとも手に負えない。

この場で彼の本性を知るのは、彼がそれを見せた三人のみだ。男二人は当然として、鈴も特段誰かにこのことを話すつもりはない。よしんば話したとて信じられないだろうことは明白だからだ。

 

「まぁバレンタインに話を戻してだよ。

 他の男子諸君には悪いが、貰える確率はかなり低いんじゃないかな?

 仮に貰えたとしても、ほぼ義理だよ。文字通りの」

 

 理由? 決まっているだろうと数馬は教室の一角に目を向ける。

その視線の先には一人の男子生徒。休み時間ということもあり教室内では今の一夏たちのように仲の良い者同士で集まって話すという光景は珍しくも無いが、数馬の視線の先にある同級生の集まりは最も人数が多く、ついでに視線を受ける彼はその中心的位置にいる。

 

「あぁ、羽山ね。納得したわ」

 

 それなら数馬の言うこともさもありなんとばかりに鈴は頷く。

羽山、そう呼ばれた彼は一言で言うなら学内の王子様ポジションと言って良い。

イケメン、成績優秀、運動神経抜群、家も親が法曹界の人間で経済的にも豊かで長男坊と、これでもかというくらいにアピールポイントをぶちこんだような男だ。

しかも立ち居振る舞いも紳士的、誰にでも気さくに接し爽やか少年を地で行く、これで女にモテないはずがない。

 それを分かっている故に数馬は視線を向け、鈴も頷いたのだ。なまじ女であるゆえに鈴の方がよく分かる。

あいにく彼女は違うが、彼女と交友のある女子は殆どが彼にお熱と言って良い。ほぼ確実に、女子の本命チョコは彼のみに流れることだろう。

 

「まぁ連中の安い価値基準を鑑みれば妥当とは思うけど。

 だがまぁ、僕が奴ごときより下と見られるのは不愉快だね。少なくとも知性で負けるつもりはない」

「まぁ、あんな分かりやすいモテ男じゃあな。だが俺も喧嘩なら負けんわ」

「ま、しゃーないよな。――料理なら負けねぇぞ、絶対」

「あーはいはい、そーね」

 

 さして興味が無いのも確かだろうが、何だかんだで他人がチヤホヤされている様を見るのも気に入らないのだろう。

若干の苛立ちやらがこもった言葉を鈴はハイハイと受け流す。だいたい言葉にせずともそんなことは鈴からすれば分かり切ったことだ。三人揃って得意分野に関しては振り切っているくらいの特化型だ。そりゃ勝てるやつなんでいないでしょうよと鈴は適当に相槌を打っておく。

 

「ふむ、しかし周囲がこう浮かれ立っている中でいつも通りというのも些か興に欠けるかな。

 凡愚どもの思考停止した猿の乱稚気に迎合するわけではないけど、何かやってみるのも一興というやつかな」

「いや、俺らが何かするとか無くね? だってよ、バレンタインって男はどっちかって言えば受け身の側だろ?

 頑張るのはむしろ女子連中なんじゃ――」

「いやいやそれは早計だよ一夏。そも君なんかが思うバレンタインの形、女子が男子に胸中の意を告げる云々は日本独自のものに近い。原因は言わずもがなカスゴミ――間違っちゃいないと思うけどマスコミ他、各種広告代理店の売り上げアップ戦略さ。

 商業戦略としての成果や手法には一定の評価を与えるが、中身やそれに踊らされる羽虫どもの低俗さは――関係ないね。蛆の話をするとこっちの口耳脳まで汚されそうだ。

 まぁよく知られた形態は日本特有に近いものとして、海外じゃ違うとも。欧米では親しい者同士で親愛の証としてチョコに限らずケーキやカードなどを送ったりする、男女間問わずね。

 僕からしてみればこっちの方がよほど理性的で紳士淑女的で真っ当であり好ましい」

「じゃあ何か、数馬? お前や一夏に俺に、鈴もいれるか。なんか贈り合うとかやるのか?」

「うん、それも考えたんだけどね。それではあまりに安直に過ぎる。

 悪い案では無いけど、もう一捻り欲しいものだ」

 

 ちょっと待ってて、考えてみるからと言って数馬は顎に手を当ててしばし無言となる。

その様子を黙って見つめていた三人だが、やがて何か考えが纏まったらしい数馬がこれならいけるかなと頷きながら再び三人の方に向き直る。

 

「うん、良いことを思いついたよ。これは中々楽しそうだ。

 けど、その前に事前準備だね」

 

 

 

 

「というわけで、どうも織斑一夏です。

 現在、何故か我が家にいつもの四人で集まっています」

「いや一夏、あんた誰に言ってんのよ」

「いや、なんか言った方が良いような天啓を受けた気がして」

 

 そんなコントのようなやり取りをする一夏と鈴の横では数馬と弾がせっせと動いている。

場所は織斑邸――のキッチン。若い姉弟二人暮らしには豪勢とも言える立派な一軒家だが、中でもキッチンはスペースや調理器具の種々といい中々の気合いの入りようである。

 

「しっかしいつ見てもあんたのトコのキッチンって大したもんだと思うわ」

「元々それなりにいいもんだったらしいけどな。姉貴が稼ぐようになってから、色々増やしたりはしたんだよ。

 なんか『食い物周りは金を惜しむべきじゃない』とか言ってな。本人ろくに料理できねぇくせに。

 まぁ俺も良いキッチンで料理できんのはありがたいから、遠慮なく使ってるけどよ」

 

 とりあえず二人もやることは分かっているのはセコセコと動く。

程なくしてキッチンの調理台にはボウルやヘラと言った調理器具に、幾つかの材料が並んだ。

 

「で、どーすんのよ。いや、あるもの見ればだいたい分かるけどさ」

 

 鈴の視線の先にはスーパーの袋に入った幾つもの箱がある。それぞれメーカーや商品としての詳細は違うが、いずれも一つの種類として括ることができる。それは『チョコレート』だ。

 

「無論、作るんだよ。手作りのチョコ菓子をね。

 というわけで、弾。任せた」

「は!? 俺!?」

 

 何を分かり切ったことをと言ってからいきなり自分へ振ってきた数馬に弾も困惑を隠せない。

だが数馬は至って冷静だった。

 

「弾、君が料理全般に秀でているのは知っているが、お菓子の方は?」

「……できるけどよ」

「なら結構。幸いにして僕含め他の三人も調理作業には心得がある。

 弾、君の主導で構わない。気合いの入ったチョコ菓子の作成を頼みたい」

「ちなみにその理由は」

「無論、バレンタインだよ。

 物こそチョコだが、僕らは本場欧州のやり方に則ろうじゃないか。

 幸い僕らの中学はそこらへんは寛容だ。僕らでチョコ菓子を手作りし、クラスメイト諸氏に親愛の証として送るのだよ」

 

 そうニッコリと笑って言う数馬の顔は非の打ち所がないくらいに見事な優等生だ。余人が聞けば誰しもその言葉を疑うことは無いだろう。

 だが――

 

(怪しい……)

 

 その本性を知るだけに三人は、大義名分は整っているから否は言わずとも、拭い去れない疑念を終始胸中に抱えているのであった。

 

 

 

「まぁ、作る以上は本気でやらせてもらうさ。ただ、普通にメシ作るのと菓子作りはワケが違うからな。

 特に材料の分量やその混ぜ合わせ、オーブンでの加熱、どの手順にも丁寧さが要る。

 数馬の要求を満たすならそれなりのアレンジも加えるつもりだけど、それにしてもベースのレシピをきっちり守った上でだ」

『はーい』

 

 やはり作るならミスはしたくないわけであり、三人は素直に弾の言葉に従う。

そしてチョコ菓子造りはスタートした。

 

 

 

 

 ~キ○グクリ○ゾン~

 

 

 

「結構、色々作ったな」

 

 それなりの量の作業を終えて一息つきながら一夏はテーブルの上に並べられたチョコ菓子の数々を見る。

ガトーショコラやブラウニー、スフレやマフィン、トリュフチョコなど。他にもチョコババロアやタルトなどもある。

 

「なんか、見てるだけで腹が膨れそうだよ」

「あたしも同感だわ。ていうか実際にチョコの匂い嗅ぎまくったせいでお腹いっぱいな感じするし」

 

 途中からちょっと、というか結構楽しくなってきたのは否定しないが、それでも作り過ぎたか? と一夏と鈴は頬を苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ良いじゃないか。それより、試食と行こう」

「作った以上は食わないとだからな。それに、味は保証できるぜ」

 

 一通り片付けも済んだので数馬と弾は早々に食べる体勢に移行する。

一夏と鈴も、あぁは言ったものの何だかんだで美味しそうな菓子の山を前に食わないという選択肢は選べないのか、自分に言い訳するような独り言を言いつつ素直に試食の準備を始める。

そして全員の準備が整ったところで数馬が音頭を取った。

 

「それじゃあ、みんなも準備ができたようだし――」

『いただきます』

 

 そして各々好きな菓子を口に入れ――

 

「こ、これはっ――」

「いや、流石は弾だ……!」

「あー悔しいけど文句無いわー」

「ふ、俺の仕事に外れは無ぇ」

 

 反応は四者四様、だがその考えは一つに集約されていた。即ち『美味しい』と。

 

「う~ん、普通に美味いわこれ。いくらでもいけるぞ」

「チョコからして複数の種類をブレンドしてるからね。味の深みが違う。

 このブレンドのセンスは、弾に見事と言わざるを得ない。レシピさえ聞けば再現は可能だろうけど、発想は僕では及びもつかない」

「ほんっと腹立つくらい美味いわね。……本当に美味いわ」

「悪くは無いな。けど、まだ改良はいけるな……」

 

 素直に美味いとしか言えない、それが三人の率直な感想だと言うのに弾は未だ改良の余地があると言う。

思わず「マジかよ?」という表情を三人が弾に向けてしまうのも已む無しだろう。

 

「バレンタイン当日には、まだ日があったよな?」

「そうだね。一週間以上はあるよ」

 

 まだ残ってはいるものの、ある程度食べた段階で弾が呟く。

いつになく真剣さの増した弾の言葉に数馬も若干気圧されながら答える。

 

「今日のレシピは記録した。

 見てろ、当日はこれ以上を食わせてやる。数馬の考えはこの際どうでも良い。

 やるんならマジだ」

 

 その言葉に一夏と鈴は気圧され無言になり、数馬は誰も見ていない故に口元に大きく笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 そしてバレンタイン当日――

 

 

 

 その日は朝からいつも以上に落ち着かない雰囲気が漂っていた。理由は言わずもがな。

男子も女子も、各々思う所があるのだろう。期待やら不安やら、入り混じった空気が齎す雰囲気のさざめきは多少疎い者でもすぐに感じ取れるほどだ。

それは教師陣も同様であり、特に問題とならない限りは咎めるつもりも無いので、そんな生徒たちの様子を若い青春の一幕として微笑ましそうに見守っている。

メインは放課後だが、中には休み時間などに早くも意中の相手へ吶喊を仕掛けたり、義理の相手に気軽に放り渡したり、楚々とやり取りが行われる中、ついに放課後がやってきた。

 

「あー、みんな。少々時間を貰えるかな?」

 

 終業前のHRを終え、担任が教室を出ようとするより早く数馬の声が教室内に響く。

普段物静かな同級生が珍しいと思いつつ、一同は何事かと耳を傾ける。

 

「いや、今日がどういう日かはみんなも周知の通りだと思うけどね。

 まぁ折角の機会ということで、僕の方からも良き級友である皆に何かをあげたいと思ってね。弾とかといっしょに細やかながら用意をさせて貰ったんだよ」

 

 そこで数馬は弾に目配せで合図をし、それを受けた弾は即座に行動を開始、別室で保管してあったこの日のための品を教室に持ち込む。

 

「欧米では男子の側からも渡す慣例に倣って、細やかながらの気持ちだよ。

 是非、皆に受け取って欲しい」

 

 その言葉と共に弾が一同の前に見せたのはクラス全員分を余裕で補えるほどはあるだろう、チョコ菓子の数々だ。

おぉ、と教室中からどよめきが挙がる。対外的には模範的優等生として通っている数馬の厚意による品だけに、それを拒む者は誰もいない。

 

「おいおい御手洗、心がけは良いしやるのも構わんが、何も先生の前でやることは無いだろう」

 

 しょうがないやつだなと言いたげな担任に数馬はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「まぁまぁ先生、とりあえずちょっと――」

「ん? お、おぅ」

 

 笑顔のまま数馬は担任を教室の外に連れ出す。

それから程なくして再び教室の戸が開くと二人が戻ってきた。

 

「ウン、御手洗ノ考エは素晴ラシイナ!

 先生ハ大イニ賛成ダ!」

 

 かくして説得に成功して教師の公認も得たところで、数馬は弾を促してクラスメイト全員に菓子を配り始める。

外部で食べても問題になるかもしれないので、この場で速やかに食べて欲しいと念押しした上でだ。

 そして――

 

「やべぇ! なんだこれ!」

「おい、滅茶苦茶うめぇぞ!」

「俺こんな菓子食ったことねぇよ!」

 

 ある意味当然と言うべきか、男子の反応は至って上々であった。

女子からのチョコを期待していた彼らだが、貰えないよりかは貰う方が良い。

その相手も同じ男なわけだが、別に変な意味などはなく純粋に友情の証(と、彼らは思っている)なのだ。断る義理は無いし、何よりこれほどに美味いのであれば諸手を上げて大歓迎だ。

 

 

 問題は――女子の方である。

 

『……』

 

 揃って無言だった。いや、完全に無言というわけではない。

感想を聞かれれば普通に美味しいと答えるし、それだけの品を作った弾を褒めもする。

だが、手放しで褒めるしかないほど美味しいだけに、彼女らの心中は極めて複雑だった。

 

 理由は一つ、各々がこの日のためにと用意をしてきた品、チョコレートに他ならない。

学内の王子様的存在がいるせいか、手作りのチョコを用意して彼に――と考える女子はこのクラスにおいては比較的多い方だった。

その誰もが弾と数馬(実際には一夏とかも関わっているが)の共作チョコ菓子を食べ、そのクオリティと自分が用意してきた物を比較して愕然とさせられていたのだ。

 決して彼女らを責めるなかれ。いかに年頃の女子とは言え、まだまだ中学生なのだ。調理スキルにしてもまだまだ未熟な者は少なくないし、より繊細さが求められる菓子作りとなれば趣味にでもしていない限りは機会の少なさもあって猶更だ。

そして彼女らからしてみれば数馬と弾を責めることもできない。何せ彼らは純粋な厚意でこれだけの物を用意してくれたと、そう思っているのだ。そう、誰が誰を責めることなどできはしないのだ。

 

 だが、それでも少女たちは自分の意思とは無関係に自己の内で、自分が作った品と今食べている一品を比較してしまう。

何せ多くは市販のチョコを溶かして、ちょっと型を整えたり飾りとなる色付きのチップを添えたりして固めたもの。手が込んでいても若干拙さのあるガトーショコラやチョコクッキーなど比較的基本的な菓子が限度だ。

対して弾はチョコからして独自に仕上げたものであるし、一番シンプルと本人が言うものですら、完成度は勿論のこと中にオレンジピールを加えるなどの種々のアレンジが為されたガトーショコラなどだ。

はっきり言って、比べるのが酷というやつである。少女たちの自信やら何やらはへし折られるどころか、木端微塵に粉砕される顛末となったのである。

 

 だがその事実にほぼ誰も気付いてはいなかった。弾も一夏も、そして鈴も。

数馬のことだから何かあるとは感づいていた。だがそれでも精々がこうやって腕を見せびらかす程度だろうとしか思い至らないのが精一杯。

その先にある真意は、それを考えた数馬のみが知るものだった。

 

(あぁ、実に良い表情だ)

 

 盛大にニヤけてしまいそうになるのを数馬は理性で押し留める。

だがそれにしても実に心地の良い光景である。普段から馬鹿みたいにはしゃぎたてて不快音しか発さない愚昧が揃って絶望に意気消沈し、それを悟られまいと表に出さないよう懸命に振舞う姿は見ていて実に愉悦を感じる。

なまじ人の心境を見抜くことに秀でているだけに、数馬だけが見られる光景だ。その自分のみという特別さも、一層彼の気分を良いものにさせる。

 

(そうさ、それで良いんだよ。僕にとっての愉悦、楽しみ、快楽。

 それが僕にとっての第一事項、そのためにお前たちは実に役に立った。あぁ、褒めてやるさ。

 よく役に立ってくれたよ、蒙昧共)

 

 さて、これでひとまずの目的は達成した。

もう愚昧どものことはどうでも良いので、数馬はさっさと興味から彼女らを切り捨てる。

あとはもう一つの、ちょっとしたサプライズのみ。

 ニヤリと笑みを浮かべると数馬は自分の鞄からある物を取り出した。

 

 

「一夏、一夏」

「ん?」

 

 チョイチョイと肩をつつかれる感覚に振り向けば、すぐ目の前に数馬の顔があった。

 

「おう、数馬。どした?」

「いや、君にこれをやろうと思ってね」

 

 そう言って数馬が一夏の前に掲げたのは、彼の指につままれているトリュフチョコだ。

サンキューと言いながらそれを受け取ろうとして、一夏の手は途中で止まる。

 

「待て、数馬。それ、誰が用意した?」

「僕だけど? 気合い入れて作った手作りだよ。自信はあるね」

 

 満面の笑みと共に数馬は言い切る。それを見て、一夏は直感的にこれはアカンと察した。

 

「い、いや、遠慮しとくわ……」

「おいおいつれないこと言うなよ。折角なんだから食べなよ」

「い、いや、今はよしとくわ」

 

 食えよと迫る数馬に合わせて一夏は後ずさる。だがそれも長くは続かなかった。

何か背中に当たった。それが壁だと分かった時には既に遅かった。

 

「ほら、食べなよ」

「あ、どん」

 

 一夏の顔のすぐ横の壁に数馬の手が当たる。いわゆる『壁ドン』というやつである。

 

「あぁ、逃がすつもりは無いから」

 

 更に一夏の足の間にも数馬は自身の片足を滑り込ませ『股ドン』を決める。

壁ドン股ドン、フォーリンラブでドンと見事なコンボであった。

 

「ほら一夏、観念しなよ。もう――ニガサナイヨ」

「お、ばかおま止めろ! 近い! 顔近いから!」

「君がこれを食べてくれればそれで済む話だよ。

 ほらアーン……そのまま奥まで飲み込んで――僕のドラゴンオーブ」

「今の若い奴がそれ分かるのかよ!

 しかもマ○タードラゴンの魂とかさ!」

「いや、最近携帯ゲーム機版でリメイクしたし、案外多いんじゃない?

 ところで一夏は誰派?」

「フ○ーラしかねぇな」

「僕はマ○アさん派だけどね」

「ビア○カでもデ○ラでもないとか、またマイナーなところを――じゃなくて、近い近い!」

 

 ジリジリと迫ってくる数馬の一夏は顔を背けて逃れようとする。だがそれは何の解決も齎さない。

しかも数馬ときたら、吐息交じりの妙に変な気合いの入った声と顔で迫ってくるのだから、余計に不気味だ。時々耳元に吐息が当たるのが本当に勘弁してほしい。

 

「やれやれ、とんだ困ったさんだ。随分と強情だね」

「あ、当たり前だろうが……!」

 

 やれやれ仕方ないねと、心底困ったように言う数馬に一夏はどうしたものかと考えを巡らせ――

 

「あ、女子のパンチラ」

「なにっ!?」

 

 ボソリと呟かれた数馬の何気ない一言に咄嗟に反応していた。

それも仕方のないこと。だって、男の子なんだもん。

背けていた顔を真正面に、それこそグリッッ! と擬音がつく勢いで回した直後――

 

「ほい」

 

 と、口の中にチョコを放り込まれていた。

 

「あ――あむ」

 

 "しまった、ハメられた"と気付きつつも、一夏は口に放り込まれたチョコを頬張る。

 

「もむもむ――あ、意外に美味し……ん?」

 

 何だかんだで数馬も手先が器用だからか、菓子作りには適性があったらしく味そのものは普通に美味しいと言えるものだった。

美味いのは間違いない。だが、それを口の中で転がす内に一夏の表情が徐々に変わっていく。

始めは違和感を感じるような顔、それが怪訝そうな顔になり、徐々に引き攣っていく。そして――

 

「む、お……お、おごおおおおおおおおおおお!!?」

 

 耳にした誰もが苦悶のソレと分かる悲鳴を上げた。

 

「あああああああああああ! おあああああああああああ!

 ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 恥も外聞もかなぐり捨てて床を転げまわりながら呻く一夏に何事かと教室中の視線が集まる。

だが一夏はそんなことお構いなしと言わんばかりに悶え、水ぅうううううううう! と叫ぶと教室を飛び出していく。

それをクラス一同が――正確には数馬のみがニヤけたまま――茫然と見送るが、程なくして息を荒くしながら一夏は戻ってきた。

 

「数馬ぁあああああああ!!

 てめぇあのチョコに何仕込みやがった!? アホみたいに辛いぞ!!」

 

怒声はやや上ずり気味だ。よく見れば微妙に涙目気味になっているし、口周りがやや赤みがかっているのも分かる。

 

「あぁそれ? チョコの中心にね、特製のスパイシージュレを仕込んだのさ」

 

 サラリと言ってのけた数馬に一夏は閉口し、やや目を細めて質問を続けた。

 

「……その中身は?」

「スタンダードにタバスコやハバネロ、あとはダメ押しの――デスソース」

 

 "デスソースは止めてやれよ……"クラス一同の――無論数馬は除く――心が一致した瞬間だった。

そして数馬の返事を聞いて一夏は――無言だった。無言のまま数秒経ち、不意にその肩が不規則に震えはじめた。

 

「フッ、フッフッフ……まぁた随分と手の込んだ悪戯をやってくれたじゃねぇの……

 あぁ、別に責めやしないさ。お前がそういう特性いたずらごころを持っているのはよぉく知ってる」

「いや僕人間だから。ポ○モンじゃないから。別に変化技とか使わないから」

「だまらっしゃい。あぁ、別に良いんだよ。引っかかった俺が悪い。

 けど、このままじゃ終わらねぇぞ? よく言うよなぁ? "撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ"って」

 

 あ、ヤバい――直感的に悟った数馬は即座に逃走を図ろうとする。

だが、この時の彼は物理的な勝負で一夏をどうにかしようとするには未だ未熟に過ぎ、同時に周辺状況も彼にとって不利に過ぎた。

 

「シッ――」

 

 一息のうちに一夏は数馬との距離を詰める。

そして数馬の手に握られた激辛入りチョコの包みを奪い取ると、一気に数馬の足を払い尻餅を着かせ、その上に跨がって腰を落とした。

 

「あ~、一夏くん?」

「腹ぁ括れや」

「おわっ、ちょっ――」

 

 ガシリと肩を掴まれたと思ったら頭を床に打たないように配慮されながらも数馬の背は床に押し付けられる。

かくして数馬は一夏にマウントポジションを取られた上で完全に押し倒される形になっていた。

 

「食え」

 

 ズイ、と一夏は自身も食べさせられた激辛チョコを数馬の前に突きつける。

 

(フルフル)

 

 お断りしますと言わんばかりに口を固く閉じながら数馬は首を横に振る。

だがそんな抗議が今の一夏相手に通用するはずも無かった。何せ今の彼の目は完全に据わりきっており、端的に言えば心から本気(マジ)になっている状態なのだ。

 

「あぁ~そう。そうなの。へぇ~……

 だが許さん」

 

 膝を駆使して数馬の上半身を動かないように抑えつけると、ガシリと空いている手で数馬の下あごを掴む。

そして、力ずくで数馬の口をこじ開けに掛かった。

 

「んー! んー!」

 

 必死に抵抗しながら数馬は口を閉じようとする。だが状況に改善は見られず、徐々に数馬の口が開かれていく。そして――

 

「ワッショイ!」

 

 ニンジャめいたアトモスフィアを纏いながら一夏が気合いと共に力を込め、ガバリと数馬の口が開かれる。

すぐに閉じようとする数馬だったが、一瞬のスキを突いた一夏の方が早かった。

 

「ほい」

「あ――」

 

 今度は数馬の口に激辛チョコが放り込まれ、先ほどとは逆に吐き出されてなるものかと一夏の手で強引に口が閉じられる。

その際に――数馬にとっては運の悪いことに――奥歯の間に放り込まれたチョコは砕かれ、中の激辛ジュレが数馬の口内に広がった。

その結果は――

 

「あ……おご……アッー!! あぁあああああ!!」

 

 新たな激辛チョコの犠牲者の悲鳴が教室中に木霊することとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

「自業自得よ。ばぁか」

 

 その様子を見ていた鈴は心底――本当に心の底から呆れた様子でそんな言葉を呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんなことがあったわけよ」

『へぇ~』

 

 過去の一幕を語り終えた鈴に聞いていたクラスメイトたちが聞き入っていたというような声を漏らす。

 

「ちなみにこれがその時の写真ね」

 

 鈴としては何気なく見せようとしたつもりだったのだろう。

故にこの時の彼女はそれがもたらすことを想像することはできなかった。

 

「ほい」

 

 鈴の携帯に映し出された写真を見た瞬間、少女達が揃って息を呑んだ。

それは数馬が一夏に壁ドンをしながら迫る写真。そして一夏が数馬を押し倒しながら迫る写真。

客観的に見ても比較的イケメンと言っていい一夏と、美少年と言って良い数馬の二人が迫り合っている写真は、少女たちにとって興奮を掻き立てるに十分なものだった。

 

「ふぁ、凰さん。ちょっと頼みがあるんだけど、良いかな……?」

「ん? 何よ?」

「その写真、私にも貰えないかな? 結構面白い写真だからさ」

 

 内心の高まる興奮を悟られないように隠しながら少女は鈴に頼み――

 

「ん~、まぁ別に良いわよ?」

 

 鈴は承諾した。してしまった。

 

「ありがとう!」

 

 パァッと顔を輝かせながら少女は鈴に礼を言い写真を転送してもらう。

それを皮切りに話を聞いていた他のクラスメイト達も自分も自分もと鈴に写真の転送を頼む。

それを怪訝に思いながらも鈴は応じ、そして数日が経った。

 

 

 

 

 

 

「あっちゃ~、まさかこうなるとは思わなかったわ」

 

 あの時の申し出を断っておけば良かったと思うも、既に後の祭であった。

数日前に気軽に友人に転送してしまった写真、具体的には数馬による一夏への壁ドン股ドンフォーリンラブでドンと、一夏による数馬への押し倒しの写真。

それは幸いにも学内に収まってはいるものの、二組を超えて他の組にも、更には聞いた話によると他の学年にも回ったとかなんとか。

 

「……やばいわね」

 

 別に他の学年はどうでも良い。問題は一年の他のクラスに回ったということ。それはつまり、当の本人が居る一組にも回ったということだ。

それを考え、鈴は彼女にしては珍しく冷や汗を流しながら苦い顔をする。というか、現在進行形でよろしくない状況だ。なにせ鈴の背は今、立ち上がりつつある不穏な気配を壁越しの一組から感じ取っていたのだ。

 

「よし、逃げるか」

 

 決めたら即行動。

鈴は席から立ち上がると教室から出ようとする。どこへ行くのかと聞いてきたクラスメイトに「最高のチョコ探しにガーナに行ったとでも言っといて」とだけ言い残しそそくさと退散していった。

そして程なくして――

 

「鈴のバカはどこだ!! ちょっと話があるんだがなぁ!!」

「チョ、チョコ探しにガーナに行くって言ってたよ!!」

 

 両手に木刀を携えて悪鬼の形相で二組に殴り込んできた一夏と、その怒気に晒され半泣きになった二組生徒のやり取りが行われたとなかんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれも、今思い出してみればちょっとは楽しかったわね……」

 

 夕焼けによって茜色に染まった空を見ながら、屋上の手すりにもたれ掛りながら鈴はしみじみと呟く。

 

「凰、ここにいたか」

「あぁ、箒。あんたも来たんだ」

 

 背後から声を掛けてきた箒に返事をし、僅かに横にずれて箒の立ち位置を用意する。

 

「下の様子はどう?」

「さっきまでの通りだ。良い具合に賑やかだよ」

「ま、でしょうねぇ」

 

 二月二十四日、世間一般でバレンタインデーとされているこの日にIS学園は一つの催しを執り行っていた。

とは言え正式な学園行事というわけではない。一部の有志、というよりは生徒会長である楯無が言い出し、あっという間に手筈が整ったイベントである。

その名も「バレンタイン・パーティ」、名前の通り参加を希望する生徒が集まって各々チョコを作り、いわゆる友チョコの形で交換し合おうという趣旨の催しだ。

 

「いや、セシリアには驚かされたわ。

 まさか湯煎をするのにチョコを直接お湯にぶち込もうとするなんてね」

「あれは私も驚いた。料理の経験が無いとは聞いていたが、あれほどとは……

 結局十人がかりで監視する羽目になったよ」

「そこへ行くとシャルロットなんかは上手くやっていたわね。

 ラウラも慣れれば結構いい手際だったし」

「そうだな。

 しかし、なんとなく予想はできていたが織斑先生は、千冬さんは大した人気だったな」

「まぁねぇ。何せ参加した半分以上からチョコもらってたし。流石に後ずさってたわね」

「あぁ。あの量、流石に千冬さんでも食べきるのは厳しいかもしれんな」

「そうかしらねぇ。案外酒のつまみにでもしてペロリとやっちゃうんじゃない?

 まぁ必要そうならあたしらも手伝ってやりましょうよ」

「そうなると、翌日以降は一層鍛錬に励まねばな。カロリーが凄いことになりそうだ」

「そうねぇ。まぁあたしとしちゃ、ちょっとでも胸に行ってくれればいいんだけど」

「ハハ……」

 

 最後こそ苦笑交じりになってしまったものの、至って朗らかな様子で二人は言葉を交わす。

だがそのやり取りも不意に止まり、共にどこか寂寥感を滲ませた表情を浮かべる。

 

「本当なら、もっと違った感じだったのかもしれないけどね」

「そうだな。千冬さんと一緒に、あいつも他の皆に取り囲まれていたかもしれんな」

 

 二人が共に思い浮かべるのは経緯こそ異なれど、二人とって幼馴染と言える一人の少年。

本来であれば彼もまたこの祭りに、ちょっと引き気味の困ったような顔をしながら、それでも何だかんだでノリ良さそうに参加していたのかもしれない。

そして姉と同じように級友たちに囲まれて、文字通り大量のチョコを押し付けられていただろう。そしてこれも姉と同じように困りつつも、それでもなんだかんだで嬉しそうに一つ一つをありがたく受け取っていたに違いない。

だがこの日、彼はこの催しに参加しては居なかった。

 

 

 

 そして、学園のどこにも居なかった。

 

 

 

 

「あいつ、どうしてるかな」

「少なくとも達者なのは確かだろうよ。

 そうそう挫けるような奴でも無い」

 

 二人が共に思い出すのは過ぎ去ったある日の光景。

止めようとする手の一切を、彼が特に大事に思っているだろう姉の手すらも振り切って、誘いを受けて影の奥底へ、修羅道の渦中へ進もうとする少年の背だ。

去り際に振り向いた彼の顔には、彼にとっても大事な友である彼女らへの申し訳なさを隠し切れない悲痛が浮かんでおり、同時にその目には決して揺らぐことが無いだろう決意が宿っていた。

 

「あたし達、あの時にあいつをふんじばってでも止めるべきだったのかな」

「どうだろうな。あいつの選択にも一理あったのは確かだ。

 今になってそれを議論するのは、後の祭でしか無いだろう」

「それもそうね。

 参ったわね。まさかあんたにこうやって理屈で説得されるなんて思わなかったわ」

「私も、こんなことを言うようになるとは思っていなかったよ。

 お互い様だ」

 

 そして二人は互いに顔を見合わせ、苦笑する。

そして同時に、相手の手に握られた物に気付く。

 

「箒、それ……」

「お前も……」

 

 二人の手に握られているのはラッピングされたチョコ。

簡素なれど、紛れも無い二人の手作りの品だ。

 

「それ、あいつの?」

「お前もそうだろう?」

 

 二人のソレが誰に向けて作られたか、言葉にするまでも無く互いに察していた。

だが、それが目当ての相手に渡ることは無い。この場に居ない相手に渡すことなど不可能だからだ。

 

「どうしようかしらね、これ。

 見事に余っちゃったわけだけど」

「そうだな。……そうだ、交換するのはどうだ?

 いや、厳密に言えば違うな。私とお前、互いの中のあいつに宛てて、というのはどうだろう?」

 

 箒のその言葉を聞いて鈴は、目を丸くしていた。

 

「なんていうか、本当に驚いたわね。

 まさかあんたからそんなロマンチストじみた台詞を聞くなんて、マジでビックリよ」

「いや、私もその……なんだ。くさい言い回しだと自覚はあるさ」

 

 困ったように箒は苦笑いを浮かべるも、鈴はクスリと微笑を浮かべる。

 

「良いわよ。交換、しましょ?」

「――あぁ!」

 

 そして二人は互いのチョコを交換し、共にそれを頬張った。

 

「うん、いけるじゃない。お菓子作りなんて不慣れだなんて言ってたけど、十分いい味してるわよ」

「それなら良かった。お前のも十分に美味だ。しかし、流石に甘いな。苦い茶が欲しくなる」

「そこはコーヒーなんかが良いんじゃない?」

「かもしれんが、やはり私は日本人であるからしてな……」

 

 やいのやいのと言葉を交わし、二人の口から自然と笑いがこぼれる。

そしてこぼれた笑いが収まると、その表情はどちらも引き締まったものになっていた。

 

「私たちも、更に精進せねばならないな。ただ強くなるだけではない。

 私たちという人間の、在り様も含めてだ」

「そうね。でなきゃ、あいつの前に立っても意味が無い」

 

 彼は強い。それは単に身体能力や技量だけではない。

彼と言う人間の意思、その強さもまた生半可なものでは無いのだ。

ただ鍛えた程度では、まだ足りないと言える。

 

「やるぞ、凰」

 

 箒は拳を突き出す。

きっと彼が再び彼女たちの前に姿を現した時、その存在は更に強大なものとなっているだろう。

だがそれでも、対等な存在として並び立てられるように――

 

「えぇ、勿論よ箒」

 

 鈴もまた拳を突き出し、誓いを込めてそれをぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 

 




 バレンタイン短編でした。
えぇ、自分に青春らしい爽やかさやら甘さに満ちたバレンタイン話とか無理でした。

 さて、今回のメインは野郎三人だったと言っても過言ではありませんね。
何だかんだで彼らは非常に仲が良く、それこそホモげーなら開幕二人は幸せなキスをしてエンドになるくらいには親愛度高いです。
それ故に信頼度も高く、まず彼らの友情を外から壊すことなど不可能でしょう。

 今回も色々ネタを仕込みましたが、ある程度年齢を重ねられた、二十台以上に達している方であれば、最後の方のキレた一夏が二組に怒鳴り込むシーンにピンと気付くかもしれません。某長寿連載漫画で、今では少なくなりましたが昔はお馴染みだったオチをイメージしました。

 そして最後。
これについては多くを語りません。
ですが、いずれこうなった経緯の場面も書けたらとは強く思っています。

 それでは、また次回更新の折に。
感想、ご意見は随時募集中です。
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