冗談抜きでしんどかったです。発表は29日でしたが、その前一週間の内三日は研究室に泊まり込みで発表スライドを作り、そして胃はボドボドに……
学生の方、いずれこの時は来ますからその時は頑張ってください。そして準備は早けりゃ早い程良いです。
あぁ、次は論文本体の提出だ……
さて、今回でようやく連中が出てきます。
あと、何気に超久々のIS戦です。何せ最後にIS戦書いたの、13年4月の福音戦以来ですからね。正直、描写の劣化を感じましたが……
ひとまずどうぞ
『単刀直入に言うわ。学園祭当日、君には私たちの計画に協力してほしいの。
学園祭の裏側、IS学園の治安に関わる面で』
手合わせの後、生徒会室で一夏と楯無は二人きりで向かい合っていた。
『学園祭当日、限定されるとは言え外部からの一般来訪者も数多いわ。
だからどれだけ気を付けていてもセキュリティに抜けが生じる可能性は否めない。そこを突く輩がいるのよ』
『そいつは、産業スパイとかですかね?』
『むしろその方が楽でありがたいんだけどね』
大きくため息を吐きながら楯無は椅子の背もたれに身を預ける。
『もちろんその手の存在も十分に在り得るけど、そういうのはそういうの同士で勝手に牽制し合ったりして、まだやりようはあるのよ。いずれも帰属先がある以上、問題にならないことを最優先にしている。だから抑えも効かせることができる。
問題なのは、それに当てはまらない、どんなことでもやらかせる連中よ』
『と言うと?』
『分かりやすく言えばテロリストというやつね』
そうして楯無は語る。
近頃、IS学園周辺でいずれの国のエージェントとも見えない未確認勢力が確認されているということ。
そして――
『ま、待って下さい。テロ屋にISが流れてる可能性って、んな馬鹿な』
現状で最も警戒されている勢力がISを所持しているという可能性もあること。
『あくまで可能性の話よ。まだ断言できないから何者かは言えないけど、その可能性を持つ存在が動いていると見られているのは確かよ
そしてそういう手合いが学園に手を出すとして狙うのであれば――』
『オレ、ですか……』
『仮に戦力として、技術の塊としてのISを狙うのであれば箒ちゃんの紅椿も考えられるけど、優先度という点では君と白式が高いというのがこちらの見込みよ』
『念のため確認したいんですけど、オレと白式の持つ価値ってのは何なんですかね』
『そりゃもう、表には出せない非合法な研究やらのモルモットとかそんなのよ。白式にしてもそう。日本の第三世代であること以上に、男である君が動かし続けてきたことによって蓄積されたデータとかの方がメインでしょうね。
つまり相手は君からありとあらゆる利権となり得るものを絞り出したいのよ。そして用が済めば――』
楯無は手で何かを握りつぶすような動作をしてから、それをゴミ箱に放る仕草をする。
それだけで一夏も彼女の言わんとすることが理解できた。
『分かりました。で、それを知った上でオレにどうしろと?
まさかコソコソ隠れ回ってろとでも言うおつもりで?』
『いいえ、むしろその真逆。
一夏くん。悪いけど、ピチピチの餌になってもらえるかしら?』
風を切り裂く音と共に刃が振るわれる。
人が扱う域を超えた大きさを持つ刃は周囲のロッカーやらを阻まれること無く巻き込み、一切合財を破砕しながら振り切られる。
振り向きながら一夏の体を光が覆った、次の瞬間には白銀の鎧と化して彼の戦装束へと変貌を遂げていた。
「かわしたか……」
淡々と呟いた一夏の視線の先、晴れかけた埃煙の向こうには異形の人型が影となって見えていた。
「テメェ……感付いていやがったのか!」
黄色と紫の毒々しいカラーで彩られたISを巻紙は纏い、その背からは多脚生物の足のごときアームが数えて八本ばかり伸びている。
その様相を表現するのであれば、さしずめ"蜘蛛人間"とでも言ったところだろうか。
「悪いが、既にあんたはマーク済みだった」
とはいえ最初の接触段階から彼女をマークしたのは一夏ではなく、楯無を中心とする学園側の対策チームだが。
「そしてその動向もとっくに割り出されていた」
これも一夏ではなく対策チームの成果である。
「もちろん、ここでこうなるのも全部計画の内さ」
しつこいようだが一夏のというよりは対策チームの仕事の結果である。
「とりあえずは、捕えさせてもらうぞ」
後手に回るつもりは無い。床を蹴り抜くと同時に一夏は疾駆する。
閉所とはいえ真正面から突撃をかます真似はしない。あえて巻紙のいる方向から逸れ、ロッカーの一つに向けて飛び、床と同じようにロッカーを蹴り飛ばして方向を転換させる。
更に天井に向けて飛び、蹴る。横倒しにした三角形を描くような軌道で巻紙に接敵し、天井から床に着地した時点で大きく身を屈めながらスラスターを吹かし半回転しながら懐へ潜り込もうとする。
背部の左右スラスターを瞬間的に吹かす、短距離用の瞬時加速の連続使用と共に行った飛び込みは巻紙の間近へ踏み込むまでのおよそ一秒。その次の瞬間には首目がけて主兵装である蒼炎を振るっていた。
「ナメんなクソガキッ!!」
罵声と共に巻紙は身を捻り、回避と共に背部の多脚の一本で刃を受け流す。
言動こそチンピラのそれでしかないが、たった一度の回避だけでその操縦練度が決して生半なものではないことを悟り一夏は表情を険しいものにする。
「オラ! お返しだ!」
反撃とばかりに巻紙が動き出す。多脚が一斉に稼働を始め、内の数本が先端に付けられたブレードで一夏に斬りかかる。
「その程度――」
全て視えている。身を捻り、僅かに首を逸らし、刃を振るい、一切を躱し捌く。
だが斬りかからなかった残る多脚が一夏にその先端を向け、そこに空洞を見たとき一夏は反射的に飛び下がることを選んでいた。
直後、一夏が元居た場所に熱線と銃弾が叩き込まれていた。
それを見ながら一夏は相手の戦力を更に自身の内で上方修正、より厄介な敵であると判断する。
計八本の多脚、コントロールはPICによるものだろうがマニュアル操作並の精度を確実にオートで行っている。そのうえ武装の種類も複数だ。
数種の武装を同時に、巧みな練度で扱う。同級生にそういう戦法を得意とする者がいるだけに、それが如何に厄介なことかはすぐに理解できた。
だが厄介だからと言って慎重になってばかりもいられない。
これが普段のアリーナでの戦闘であれば距離を取ってじっくり睨み合いながら対応を考えるということもできるだろう。だが今いる場所は閉所、すぐに距離など詰められてしまうだろうし、中途半端な距離しか取れないのであればそれこそ向こうの有利に働く。
故に敢えて敵の懐へ飛び込むことを選ぶ。厄介な相手であるのは確かだが、既に手は見たのだ。ならばやりようはまだある。
片手に蒼月を、もう片手に打鉄なども扱う汎用ブレードを、それぞれ構えて斬り込む。
箒の扱う篠ノ之流など、本差と脇差の大小の刀を扱うものではなく、二本とも長刀を用いるのが一夏としての二刀流のやり方だ。
「ぜあっ!」
「しゃらくせぇ!!」
加減は一切しない。全力を以って眼前の敵を打倒する。
反応、対処、攻撃、全てに積み上げてきたものを注ぎ込む。応じる巻紙も両手にカタールを握り迎え撃つ。それだけではない、八本の脚も同様に動き出す。
斬る、突く、躱す、薙ぎ払う、受け流す、撃つ、身を逸らす、叩きつける――武器と武器がぶつかり合う金属音がひっきりなしに室内で木霊する。
(やりづらいっ――!)
内心で一夏は毒づく。数手合わせれば相手の実力の凡そは分かる。
IS操縦の総合という面では分からないが、こうして間近で斬り合う分にはまだ一夏に分がある。巻紙の実力も決して低くは無く、むしろ高い方だと言って良いがそれでも純粋な斬り合いなら、まだ一夏が勝つ。
問題なのは巻紙のIS、その背部の多脚からの支援攻撃だ。刺突や斬りかかりに留まらず、射撃までこなしてくる。脚によって武装がアタッチメントとして固定されており、既にどの足が何をしてくるのか把握できるのは僥倖といったところだが、如何せん動きが半分以上オートなのがやりづらい。
「クハッ! なかなかやるじゃねぇかよガキッ! このオータム様とアラクネにここまで持たせる奴はそういねぇぞ!」
「生憎鍛えてるんでね! ISに感謝しろよ! その気色悪い脚が無けりゃ貴様なぞとっくになます切りだ!」
「吠えんじゃねぇぞクソガキッ!」
巻紙――オータムはISに指示を出したのか多脚による攻勢を更に強める。
もうやだしね、と再び内心で毒づく。別に嘘を言ったつもりは無い。本当に、オータムの技量だけならどうとでもできる。
問題は多脚の方だ。何せ機械の動きは読みにくい。人の考えは読めても、機械に心などありはしないのだから当然と言えばそうなのだが。
「ったくしぶてぇなおい! 大人しくしてりゃあこっちも連れてくだけだから手荒な真似はしねぇのによ!」
「それで! ホイホイついていったら人体実験のモルモットコースなんだろ!」
「はぁっ! よく分かってるじゃねぇか! なぁに、台の上でネンネしてるだけの簡単な仕事だぜ!」
「いまどき悪の組織の人体実験とか、流行らないんだよ! ショ○カーかテメェらは! 随分と時代遅れな集団だな!」
「
はい馬鹿決定――口調の荒さに反して淡々と胸の内で呟く。
亡国機業さんのところのオータムちゃん、バッチリ覚えた。よしんば取り逃がしても追うための情報は得たから良しとできる。
もっとも逃がすつもりは毛頭無いが。
「悪いが未練が多すぎてね。死ぬつもりは今のところこれっぽちもないな……!」
カタールと多脚による刺突を二刀の交差で受け止めながら一夏は吐き捨てるように答える。
このままでは状況はジリ貧だ。かくなる上は突破口を強引にでもこじ開ける必要がある。
再開した激しい攻防の最中にあって、一夏はスゥッと呼吸を整える。それに伴い体の内側で気が練られ、爆発し、押し込まれ始める。
そして白式が内に宿す
「ハイハーイ、ちょっと轢いちゃうわよ~」
そんな呑気な声と共に
「遅いですよ、会長」
「や~ゴメンゴメン。向こうさん、ご丁寧に途中の扉とかロックしててね。
解除するのは楽ちんだったけど、ちょっと時間取られちゃった」
オータムが吹っ飛ばされた瞬間、一夏はすぐにその場から飛び下がり、同時に荒れ狂う様相を呈し始めていた気を鎮め直す。そして乱入者の横に立ち、不満を隠さない言葉を言う。
その言葉も尤もだったのか、乱入者――楯無は素直に謝って返す。だが一夏もまたそうだが、視線は鋭さを微塵もゆるがせないままオータムを見据えている。
「敵は?」
「所属は亡国機業とやら。名前はオータムだそうで」
「どうせ偽名だから名前は良いわ。亡国機業、やはり予想通りね。
一夏君、説明は後。今は彼女の捕縛が先よ」
「承知」
既に楯無の表情からも笑みは消えている。主武装である刺突槍に水を纏わせ、一夏と同時にオータム目がけて仕掛ける。
「クソッ、新手か!」
「IS学園生徒会長 更識楯無よ。別に覚えなくて良いわ」
先ほどまで一夏が行っていたオータムとの真っ向ぶつかり合い、それは楯無に役割がシフトしていた。
巧みな槍捌きで楯無はオータムの攻撃を受け流し、逆に反撃を幾度も繰り出す。無論オータムも負けじと応戦し、攻防の激しさは先の一夏とのそれと遜色無いほどだ。
だが一夏が相手であった時とは決定的な違いがある。それは楯無の意を受けて自在に動く"水"だ。
"ミステリアス・レイディ"――特殊な経緯を経てロシア代表代理という立場にある楯無の専用機。
セシリアのブルー・ティアーズ、鈴の甲龍、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンこれらと同様にロシアが威信を以って作り上げた彼の国第三世代型ISである。
その第三世代機能であり特徴、象徴でもあるのが"水"。機体本体より放たれた膨大なナノマシンが含まれた水はもはや液状の武器と言うべきものへと変貌を遂げている。
それは楯無の指揮の下で自在に形を変え、時に槍としてオータム目がけ突き出され、時に楯として多脚からの砲火を防ぐ。変幻自在の水を操る楯無の姿は流麗な淑女そのもの、ミステリアス・レイディという名はISではなくISを纏った楯無そのものを表すかの如しだ。
先の一夏以上に厄介な相手にオータムも表情に出る苛立ちが増していく。だが、彼女にとっては実に不運なことに相手は楯無だけでは無い。
楯無がそうしたように、今度は一夏が横合いから斬りかかる。ギリギリのところで躱し反撃しようとするも、その時既に一夏はオータムの側から離れ、別方向から斬りかかっていた。
オータムの攻撃の大半を楯無が抑え込んでいるため、一夏も存分に攻めることに意識を集中できていた。そしてこの状況で求められているのは相手の攻撃を全て捌くような精緻な技では無く、相手を力づくで押し込むような勢いだ。
故に一夏の動きも先ほどとは違う。跳躍と体の捻りを駆使した荒れ狂うような太刀捌き、IS用に大型化された刃、その二刀から振るわれる攻撃はまさに破壊の大渦を体現し、意図したわけでもないのに周囲のロッカーなどを巻き込んで次々と粉砕していく。
「クソッ……ガキどもがぁっ!!」
真正面から楯無が抑え込み、オータムの間隙を縫うようにして一夏が嵐のごとき猛攻を繰り出す。
オータムは善戦している方だと言えよう。こと近接戦闘においてこの二人の、一切の容赦ない攻めを前に耐え続けるのは至難だ。少なくとも学園の生徒ではほぼ皆無、国家代表に列せられるような者ですら、一部の例外を除けば苦戦は必定だ。
だがそれも長く持つ見込みは無い。徐々に、だが確実にオータムのIS"アラクネ"はシールドを削られている。それこそ起死回生の一手でも打てない限り、状況の打破は見込めない。
「チィッ!!」
それでも何もしないよりはマシと言うべきなのだろうか。
一夏が距離を離した瞬間にオータムは被弾覚悟で強引に楯無を押し攻め、突き飛ばすように多脚を繰り出すとそのまま二人から離れた方向に跳躍し、更に多脚を駆使して壁に、天井にと張り付くように移動を繰り返すことで二人から離れる。
ありゃま、と特にしくじったなどと思わない口ぶりの楯無の横に一夏が立ち、静かに二刀を構えすぐにでも連携を取れる姿勢で待つ。だがそれを楯無は片手を挙げて制止する。当然、怪訝そうな表情と共に一夏は首を傾げるも、楯無はまるで悪戯っ子のように微笑むだけだった。
「あらあら、折角良い感じの流れだったのに」
オータムが二人の周囲を回る様にして移動しているのは音からも分かる。
楯無は制したが、それでも一夏はどこから襲い掛かられても良いように警戒を露わにしている。対照的に楯無の様子は至って余裕そのものだ。
「オータムさん、だったかしら? 今も私たちをどうしようか考えているみたいだけど、ごめんなさいね。
そんな余裕はあげられないし、あげるつもりもない。それに、もう
その言葉にオータムの纏う雰囲気に僅かな緊張が混じったのを一夏は感じ取った。
そして楯無が指をパチンと鳴らした。
「ガァアアアアアアアッッ!!?」
瞬間、紫電が迸るような音と共に苦悶に満ちたオータムの絶叫が室内に響き渡る。
僅か数秒のソレが止むと、何か重い物が床に落ちるような音が鳴りそれきり。一夏と楯無、二人以外の動く気配が消え失せた。
「さ、お縄といきましょう?」
悠然と歩き出す楯無に続いて一夏も歩き出す。状況は既に飲み込んでいる。楯無が何かしらの手段でオータムを無力化した、そして動けなくなった彼女を捕縛しにいくというわけだ。
それは良い。何も問題は無い。ただ、いかなる絡繰りで以って仕留めたのか、それが一夏には気になっていた。
「
上手く決まれば相手のISの内部構造まで一気に焼き潰せるわ」
「そりゃまた、おっかない」
ナノマシンが要ということを考えると、それこそ水蒸気レベルの微細さでも相手に付着すれば効果を与えるだろう。
予備知識が無ければただの水蒸気を警戒することなど殆どありはしない。そこを突いて相手の奥深くまで一気に大ダメージを与えるのだから、実にえげつない。
流石ロシア、実に汚い。戦時中の不可侵条約ブッチの恨みは忘れてねぇからなと一夏は内心で楯無への警戒度を上げる。仮に何かしらの形で彼女とISで勝負する場合は、迂闊に近づくのは悪手と言えるだろう。
「さて、殺虫剤にかかった蜘蛛さんはどうしてるかしらね」
「どうやら、逆におねんねのようですぜ」
二人の目に入ったのはISごと倒れ伏すオータムの姿だった。
纏うISアラクネは未だにダメージの余韻が抜けきっていないのか、装甲のそこかしこから煙が立ち上っている。
『……』
二人は顔を見合わせて頷く。オータムが完全に沈黙しているのは確かだ。ならば後は拘束するのみ。
まずはアラクネを引きはがそうかと一夏が一歩を踏み出した瞬間だ。
「ッ! 一夏君ダメッ!」
楯無が言い出したと同時に察知した一夏もすぐさま足を引いて下がる。
そして一夏の前に割り込むようにして立った楯無はすぐさま水の盾を眼前に展開、盾が二人を完全にカバーできる大きさまで広がると同時に銃声と共に無数の弾丸が盾へ撃ちこまれていた。
「ハッハァ!! 良いカンしてんじゃねぇか! そこは褒めてやるぜぇ!!」
銃弾はアラクネの脚から放たれたものだ。そして一夏と楯無の動きが止められた一瞬の好きにオータムは立ち上がると量子展開した機関銃を重ねるようにして撃ちこんでくる。
蜘蛛が死んだふりとかネ○スキュラがゲリ○スの真似でもするようになったかと悪態を突きたいのを我慢して一夏はすぐに楯無の援護に向かおうとする。まずはオータムの射撃を一時的にでも中断させる、その後で体勢を立て直して再び先ほどと同じようにコンビネーションで仕掛ければ勝機はある。
そう考えながら動こうとした瞬間、一夏は何かに腕の動きを阻まれたのを感じた。何事かと阻まれた左腕を見て、すぐに事態を察して目を見開く。
「糸……!? 会長!!」
「えぇ……してやられたわ」
「アッヒャヒャ! よぉうやく気付いたかぁ?
テメェらはなぁ、とっくにオータム様の罠にかかってたんだよぉ!」
一夏は腕を、楯無は足を、いつの間にか纏わりついていた糸によって動きの自由を奪われていた。
糸は室内のあちこちを経由して複雑に編み上げられており、断ち切るなりなんなりして振り解くことは可能にしても時間を要するものとなっている。
そしてそんな時間をオータムが許すはずも無い。
「この糸はちょっとした特別品でよぉ。普段は大したことねぇが、アラクネから供給されたエネルギーを一度通せばあら不思議、一気に耐久性が増す優れものだぁ!
あぁ、喜びな。多分テメェらのISならぶち切るなりして解けるだろうよ。だが、その間に蜂の巣は確定だぜぇ?」
一時的ではあるが手が詰まったと言って良い。このままでは状況はジリ貧だ。
依然オータムの攻撃の手は緩んでいないが、楯無の防御も今しばらくは持つ。だが攻撃の密度が濃いためそちらに集中せざるを得ない状態だ。。ではここで何とかして一夏が糸を振り解き、オータムに単身挑むとしよう。ただ相手をするだけなら十分に可能だ。だがその時点ではまだ楯無が動きを止められたまま残っている。彼女もまたオータムと単身互角以上に渡り合える使い手だが、足を封じられてはその実力も十分に発揮できない。その間隙を突かれて人質にでも取られたら。その逆もまた然りだ。
では手を変えてこのまま時間を稼ぎ増援を待つか。少なくとも専用機を二機は確実に呼び込めるようにはしてある。四機がかりなら確実に勝てるが、そうなる前にオータムは逃げ出すだろう。単身乗り込んできたのだ。逃げの手くらいは用意しているに違いない。
さてどうすると一夏が考える最中にも、オータムの不愉快な哄笑が響く。
「そらそらどうするよぉ!? このまま突っ立ってるだけかぁ!?
私はそれでも良いぜぇ? こうして一方的に嬲っているのは気分が良いからよぉ!」
ふとオータムの言葉に違和感を感じる。
こうして迂闊に動けない自分たちに一方的に仕掛けるのが心地いい、それは事実だろう。だがそれだけだとしたらあまりに安直に過ぎる。
曲がりなりにもエージェントとしての能力を見込まれたからここに送り込まれたはず。そんな手合いがまさかそれだけしか考えないということは――できれば入り込まれてやられている側としてはあって欲しくない。
考えを軌道に戻す。先のオータムの言葉、聞きようによってはまるで自分たちにこのまま動かずにいてもらったほうが都合が良いとも聞こえる。
だとしたらそれは何故だ? 自分ならどうする、自分なぞ比べ物にならないほどに腹の中真っ黒な親友ならどうする。そう、親友ならばだ。常に彼は裏からの一手を欠かさない。表面上の目的に必ず、彼の内のみで練られている別の目的もある。
それに当てはめるとして表面上の目的が一方的な加虐。では裏の目的は何か。裏、ウラ、後ろ、見えない場所――
ハッとして一夏は辺りを見回し、見つけた。部屋の一角、おそらくISの視界補助でも見えにくい場所に何か機械のようなものが浮いている。
足の欠けたイカのような機械は鉤爪のようにも見える四本の足を開くと一夏達のほうに開いた足を向けて――
「会長!!」
腕を拘束されているとは言え、体全体が全く動かないというわけではなく大きな動きに制限が掛かっているという程度だ。
故に少しの移動は可能であり、謎の機械と、機械が向かっていた楯無の間に割り込むようにして一夏は身を躍らせた。
「一夏君!?」
「ぬぅ!」
ガシャリと機械の足が一夏に絡みつく。新手の拘束具か何かか、そう考えた直後だった。
「ガァアアアアアアアアアアアア!!?」
全身に焼けるような激痛と刺すような痺れが同時に奔る。堪らず苦悶の声を上げ、数秒足らずで機械の拘束が解かれる。
荒い息を吐きながら、それでも膝はつくまいと踏ん張った一夏はそこでようやく違和感に気付いた。
「白式……?」
手を見る。そこには鋼の手は無く、見慣れた自分自身の手がある。そして、いつの間にか白式の装着が解除されていることに気付いた。
「ヒッ、ヒャッ、ヒャーッハッハッハッハッハ!!
まさかテメェの方から飛び込んでくれるとはなぁ! 礼を言うぜガキィ!
おかげで仕事の手間が一つ省けたぜ!」
何を、と言いかけてオータムの右手に握られた物を見た瞬間、一夏は思考が固まるのを感じた。
燦然と輝く球体のクリスタル、数度しか見たことは無いがそれが何なのかを一夏は確かに知っている。あれは、白式のISコアだ。
「貴様、オレの白式を奪ったのか!」
今日この日初めて、そして一番の怒気を込めて一夏が吠える。それを聞いた楯無も驚愕を露わにする。
ISを装着者から強引に解除するだけでなく奪取まで可能にする代物、家柄故に様々な方面に通じる彼女でさえ聞いたことは無く、同時に到底看過できない存在だ。
「大ッ正ッ解~! それがテメェにくっついた
先に厄介な小娘から片づけようかと思ったが、とんだ収穫だぜ! ヒャハハ!」
なんとタチの悪い道具か、二人は揃ってその脅威を再認する。だがそこばかりに目を向けてばかりはいられない。それ以上に問題視すべき事態が現在進行形で起きているのだから。
「さって、当初の予定とはちょいと違うが、まぁ成果としちゃ上々だろう。
ここいらが引き際ってやつだよなぁ~」
「させん!」
「一夏くん!」
撤退の意思を見せたオータムに反射的に一夏が飛び出す。
止めても無駄であり、このままオータムを見過ごすわけにもいかないと判断した楯無はせめてもとばかりに自身の装備の一つである長剣を取り出すと横をすり抜ける一夏に受け渡す。そして自分もすぐさま足を縛る糸の解除にかかる。
「馬鹿が! 生身でISに挑むたぁ死にたがりかよ!」
退却しようとする足を止めてオータムが一夏を迎え撃つ。
彼女からすればこれも好都合、楯無が戦線に完全復帰するにはまだほんの少し時間がかかる。その隙に一夏を無力化して連れ去ることは彼女の見立てでは十分可能であり、リターンを鑑みればやらないという選択肢は無かった。
長剣を構えた一夏がオータム目がけて疾駆する。その速さは人としては大したものだが、ISからしてみればさしたる脅威でも無い。多脚の銃器で蜂の巣にするのは簡単だが、可能な限り生け捕りというのが上の指示だ。
よってオータムが選択したのは両手にカタールを構えての迎撃だ。織斑一夏の格闘戦能力が同年代はおろか、IS乗りの業界内で見ても上位に置いて良いレベルにあるのは報告として聞き及んでいるし、実際その通りだと直接対峙したことでオータムも理解した。
格闘戦を得意とする者はそのほぼ全てが例外なく生身での戦闘にも長けているのが業界の定石だし、彼もその例に含まれるのは間違いないだろう。
だが人とISでは根本的に膂力を始めとしたスペックが違う。
故にどう足掻こうが人がISを相手取るなど限界はあるし、今の彼が持つ長剣も小振りな方とはいえ本来はISが用いることを想定して作られた代物だ。人の手で振るうのにも無理がある。
対処は可能。上手くあしらって、少し頭を小突いてやって意識を奪えばそれで十分。それがオータムの出した筋道だ。
「ハッハァ! 良いぜ来いよ! 軽くひねってやらぁ!」
よって筋道を立てた理性とは逆に言葉は野性的な挑発にする。
それを真に受けたからか、一夏は真っ向から剣を振るう予備動作すら見せずに突っ込んでくる。
それに若干の肩透かしを感じつつも、楽に片が付くならそれで良しと殺さないという点だけに注意を払ってカタールを振るった。
「は?」
自分でも呆けていると分かる声が漏れたのは何故か。
振るった腕に人を打った手ごたえは無く、軽やかに虚空を斬ってカタールは振り抜かれる。
「余裕かます気持ちは分かるがよ、流石に気ィ抜き過ぎだぜ」
そんな声が聞こえてきたのはオータムの背後、すり抜けるようにしてカタールを躱した一夏が長剣を振り抜きながら言っていた。
「チィッ!」
とっさに多脚の一本を割り込ませて防ぐ。あのまま何もせずにいたら首に直撃コースだった。
もちろんシールドによって致命傷には至らない。だがシールドを少しばかり削られるのは確実だったに違いない。
冗談では無い、生身の人間に背後を取られたばかりかシールドに手傷まで受けたなど、恥晒しも良いところだ。そのようなこと、彼女にとっては到底認めがたいことだった。
「まぐれで良い気になるなよクソガキィ!」
怒りを露わに、刃に乗せてオータムは腕を振るう。だがその悉くを一夏は避ける。
それもただの回避では無い。ギリギリまで引きつけて紙一重で躱してくる。ゆえに回避を先読みしての行動はできないし、まるで相手がすり抜けるような不快感すら感じる。
掠めただけでも大事に至るのは間違いないというのに、一夏は至って冷静なままだ。微塵も緊張や焦りなど感じさせない、それどころか真っ直ぐにオータムの目を見据えてくる。
それが余計にオータムの神経を逆撫でするも、やはり一夏にカタールが届くことは無く、防ぎこそできるが逆に一夏の反撃を許す始末だ。
実のところ、このやり取りは一夏にとっても一つの賭けだった。
例えばオータムが始めから多脚を駆使した銃撃を選択していた場合、彼は迷うこと無く逃げの一手を打っていただろう。
だが理由までは悟らなかったとは言え、近接戦で迎え撃ってきたのは一夏にとっては間違いなく僥倖だった。それこそが彼にとって最も望んだ展開なのだから。
亡国機業のオータム、間違いなく強者と言っていい相手であるし、高い技量を備えているのも確かだ。
だが、こうして直に刃を交える闘争であれば、対峙する両者の技量のみが物を言う戦いであれば、未だに一夏が上回っていたのだ。
多脚さえ使われなければこっちのもの、それなり以上の技の練度を持っている? それがどうした。あいにくこちらは、その未来が視えるのだ。
薄皮一枚まで絞られた制空圏と目を通じた行動の余地、それがISに乗った相手でもそれなりの効果を発揮することは既に幾度となく行ってきた仲間たちとの模擬戦で確認している。
「こンのッちょこまかとぉっ……!」
苛立ちを露わにオータムが歯軋りする。怒気はますます膨らむが、対照的に一夏は更に冷静になっていく。
そして、ごく短時間とは言え間違いなくオータムは自分に許された優位な時間を消耗させられていた。それが意味するところはなにか。
「一夏くん下がって!」
楯無の戦線復帰が果たされたということだ。
餅は餅屋、ISはIS。楯無が動けるようになったならば彼女に任せる。そして一夏が為すべきことはまた別にある。
「……」
無言でオータムの手に握られた白式のコアを睨みつける。隙を見て奪い返す、それだけだ。
(あぁメンドクセェ)
内心でオータムは愚痴る。もう一人のISが動けるようになった以上はそちらへの対処を優先しなければならない。
そうなると織斑一夏の方は確実に自分のISの取り返しを目論むだろう。それが為される可能性は、決してゼロではない。仮に自分の背後を取り、懐に潜り込んだようなあの動きをされたら"もしかしたら"が起こり得る。
(ちぃっとばかし、妥協するしかなさそうだなぁ)
脳裏のプランに修正を加える。それはすぐに完了し、再構築したプランに従ってオータムも動き出す。
「オラァッ!!」
楯無に向けてオータムは疾駆する。水を纏い刺突槍を構えた楯無がそれを迎え撃ち、オータムはカタールと全ての多脚を動員した猛攻を叩き込む。
「くぅっ!?」
先ほど以上の密度、勢いを持った怒涛の攻めに楯無も表情を険しくして守りに回る。
だが楯無にも勝算はあった。攻撃の勢いこそ増したものの対処は可能、隙を見て反撃に転じ、一夏が白式を奪取する援護を行う。
オータムの動きを抑え一夏がオータムの懐に潜り込む隙さえ作れれば――
「っとここでターンってなぁ!」
「なっ!?」
全ての多脚を弓のように引き絞り大きく仕掛けてくる素振りを見せた。だがオータムの取った行動はそれを床に叩きつけ、その勢いを利用して後方に大きく飛ぶこと。
スラスターを吹かして一気に楯無との距離を離しながらオータムは天井スレスレを飛び、白式を奪い返すべく動き出していた一夏の
「え?」
「一夏君ッ!!」
知らず知らずの内に呆けたような声が漏れていた。楯無の悲鳴染みた警告の声が響く。
「殺しはしねぇよ。けど、どてっ腹に風穴くらいは覚悟しなぁ」
多脚の一本、先端にブレードがあるソレが一夏に狙いを定めている。
完全に不意を突かれた。もはや手にした長剣による防御も回避も間に合わない。
(ここまで、か――)
福音の時と同じだ。自分の最期となり得る状況というものは存外落ち着いて受け止められるらしい。
「くそったれ」
それでも悪態を吐き捨てるくらいは吐きたくなる。そしてアラクネの脚が一夏を貫こうと伸びようとして――
『はい、カットー』
室内のスピーカー全てから投げやりな、そして不機嫌を含んだ声が響き渡った。
いやホント、今回はちょっとした構成の不調というものを感じたり。
早く調子を戻す、というか上げたいものです。
本作ではオータムも少し上方修正。基本は変わりませんが、常に冷静な部分は思考に残してあるという感じです。これで優秀なエージェント感が出ているものと思いたいです。ま、それも長くは続きませんがねぇ?(ゲス顔
そして窮地に陥った一夏。それを救うかのように乱入してきた声の主とは?
まぁだいたいお察し頂いてるかもしれませんが、次回にということで。
さて、今回はこの後書きでちょっとしたおまけ話をつけたいと思います。
本編の真面目ぶりに対して完全におふざけなので、その点ご留意ください。
NG(?)パート
一夏が楯無より依頼を受けた少し後のこと。
一夏とは直接関わりも多いということで、他の一年生専用機所持組にも楯無から事情の説明がされていた。
無論、先んじて知っていた一夏と簪も同席である。そして事情を知る学園教師陣の数人も同席しており、その中には千冬や真耶の姿もある。
なお、この場に居ないフォルテ・サファイアとダイル・ケイシーの専用機コンビにも後日同様の説明がされるとのことである。
「――以上が今回の学園祭における私たち生徒会、及び学園の裏の計画よ。
折角のお祭りにこんなことを言うのは本当に申し訳ないと思っているけれど、みんなの助力も仰ぎたいの」
頭を下げ、心からの誠意で以って楯無は頼み込む。
そしてその要請に否と答えるものはこの場には誰一人としていなかった。
確かに純粋に行事を楽しむことができないのは寂しくもあるが、いずれも責務と共に専用機を託された面々。その責務を果たすのに異論は何一つとして無い。
何より、自分たちの働きによって他の学友たちが心から学園祭を楽しめるのであれば、それこそ本望というものである。
「ありがとう。みんなの協力、心から感謝するわ」
本心から楯無は言う。敵がどのように出てくるかは分からない。
だが、それでも学園を守り抜ける。そう確信できるような安堵が彼女の胸中を占めていた。
「ふむ、話が一先ず纏まった所でだ。ちょいと良いですかね?」
そこで一夏が手を挙げて切り出す。
何か意見があるのであればそれを拒む理由も無い。楯無は無言で頷き、一夏に続きを促す。
「いや、こうして関係者も決まって、来るかもしれない敵さんを迎撃するプランを立てるわけでしょう?
だったら、作戦名とかあった方が良いんじゃないですかね? ほら、いざって時にその作戦名を実行とかって指示出せば早く動けるでしょう?」
言われ、確かにそれもそうだと一同頷く。
正直言って安直でありシンプルに過ぎる意見ではあったが、事の重要性を鑑みればそういったシンプルな部分こそ怠るわけにはいかない。
「確かに一夏君の言う通りね。決してスルーして良いことじゃあないわ。
そうね、正式な名称はまた後日検討することになるでしょうけど、今この場で案を出してもらうのも良いかしら。
みんな、何か無い?」
それが始まりだった。
真っ先に応えたのは簪だ。
「今回の作戦は大きく3ステップで構成されている。どれも違うけど密接に絡んでる。
だから――3種のチーズピザ作戦が良いと思う」
オタライフとピザは切っても切れない縁にあるものである。
ここでならばと続いたのが楯無だ。
「それならビーフストロガノフ作戦の方が良いんじゃない?
作戦の三要素をスープ、具材、サワークリームに例えるの」
「ならばフィッシュ&チップス&ビネガー作戦はいかがでしょう?
こちらの方がエレガンスなスマートさがありますわ」
セシリアも負けじと続き、ならばとばかりにシャルロット、箒、鈴、ラウラも続く。
「オマールエビサラダのトリュフ風味とソース・オロール作戦なんてどうかな?」
「いや、ここは間をとってすき焼き作戦でだな」
「パイナップル黒酢酢豚作戦で良いんじゃない?」
「グリューワインとアイスバイン作戦などどうだろうか?」
誰もが思いついた名を挙げていく。
教官はどうですかと、ラウラに水を向けられた千冬は一瞬「は?」と問い返すも、すぐに考え込み自身の案を言う。
「ニュルンベルクとマイスタージンガー作戦はどうだろうか」
これだった。
その後もやいのやいのと作戦名の提案は続く。
その様子を身ながら、言いだしっぺながらいつの間にか蚊帳の外になっていた一夏は一言。
「なぁにこれぇ」
ちなみに彼の案は「チョコレート生ハムメロンフライドチキンのニュージェネ作戦」だとかなんとか。
どっとはらい
お目汚し失礼。しかし作戦名ネタは入れたかった。
このおまけに対して自分から言えることはただ一言です。
ガルパンはいいぞ
それではまた次回更新の折に。