或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 更新です。何とか卒論の提出も終了し、これで大学生活をいよいよ終えられます。
 今度は就職に伴う引っ越しやら何やらの準備に追われますが、何とか執筆の時間が取れました。でもまさか二日で書きあがるとは思わんかった……

 今回は前回の引きに至るまでの裏側とでも言いますか。最後のスピーカーから流れた声、何故それが流れたのかのお話です。

 それではどうぞ


第七十一話:親友だから

「……」

 

 無言のままコンソールを操作しながら簪は耳に当てたインカムから聞こえてくる情報を頭の中で整理していた。既に表向きの行動である舞台はその役目をほぼ終えている。そしてその裏に隠された真の目的となる状況は、今現在起きている。

 だが聞こえてくる情報から鑑みるに、状況は決してこちらにとって良いとは言えない。あの姉が直接出張って二対一となった上で決めあぐねている。状況自体はこちらのシナリオ通りに進んでいるが、出てきたモンスターは少々厄介な手合いだったらしい。

 

「……」

 

 コンソールを操作する手を止める。現時点で即座に動ける戦力の内、一夏と姉の二人は現在進行形で対処に当たっている。専用機所持者の内、欧米組の五名は横合いからの殴りつけを警戒して警備中。残る箒及び鈴の二人は片割れの重要性も鑑みて、もう一人を保護のためのサポートとして付けた上で予備戦力として待機中。

 いっそ箒と鈴も一夏たちの側に送り込んで袋叩きのイジメモードにしてやろうかという考えがよぎったが即座に却下する。現場を考えれば人数の増加は逆に行動の縛りに繋がりかねない。となると戦力投入は現状維持がベターだ。となると、戦力投入とは別アプローチでサポートに回るべきだろう。相手側もこちらの施設に手を出していたらしく、一夏と姉のいる現場への通信に難儀しているらしい。

 

 決まりだ。ここまでで数秒足らず、一気に考えをまとめ上げた簪はスッと席を立つ。そのまま虚に視線を向け、無言のまま眼差しのみで意思疎通を行う。簪の意図をすぐに悟った虚は頷きで返した。これで良い。後は数馬の送り出しも込みでこの場は彼女が上手く収めてくれるだろう。ここから先は自分たちの領分、彼をわざわざ連れ込む必要は無い。それは"更識"の一員としてであると同時に、彼女自身の親愛を感じている友人への本心の表れでもある。

 故に、彼女は目の前の状況に――彼女としては本当に珍しく――呆気にとられるという事態に陥った。

 

「厄介ごとかな? それも、結構マジな」

 

 席を立ち部屋を出ようとした簪の前に、いつの間にか数馬が立っていた。

 どう言い繕おうかと簪は一度に複数のパターンの言い訳を考えるも、どれもしっくり来ない。同類故の理解と言うべきか、上手く言い包める言葉が思いつかないのだ。だがそうこうしている内に数馬が続けた言葉に、簪は自分がまだまだ彼への理解が足りていなかったことを認識させられた。

 

「察するに、良からぬ企みをした連中が忍び込みでもしたかな? そして一夏がそれに相対している。

 一夏だけじゃない。多分だけど、篠ノ之さんや鈴。専用機だっけ? それを持っている連中は揃ってだ。

 そして、君もまたその一人」

「……!」

 

 さしもの簪も純粋な驚愕を禁じ得ない。少し離れたところの虚もまた、驚愕に目を見開いている。何せ彼は部外者であるなら身内、つまりは学園内の人間にすらひた隠しにしていた現在の状況をほぼピタリと言い当てたのだから。

 

「大したことじゃないさ。観察と、論理的思考だよ。おそらく僕と簪さんの立場が逆だったとしても、こうなっていただろうね」

 

 そして数馬は続ける。

 

「このIS学園がいかなる場所か。ただの教育機関でないことは少し調べれば誰だって分かることだ。だから、そこに眠る何がしかに価値を見出し、あわよくば懐へと画策する輩は枚挙に暇がないだろうね。そして今現在、この学園にはそういう意味で実に目立つのがいる。言わずもがな一夏だ。最近じゃ篠ノ之さんも同率一位に並んだかな? 世界唯一の男性IS適格者、その各種パーソナルデータ。あいつがブン回し続けデータを蓄積したIS。世界に名だたる篠ノ之束の実妹、そして一夏同様に世界唯一の第四世代IS。

 人の口に戸は立てられない。僕のような普通の男子高校生ですら知り得るこれらが持つ技術的、経済的、政治的価値は計り知れない。当然、喉から手が出るほど欲しがる輩は多いだろう。特に日陰に暮らすようなゴミ蟲みたいなやつらとかね。

 そしてこの学園祭さ。選別されているとは言え、不特定多数の人間が出入りするんだ、どうやったってセキュリティの隙は生じる。そうして広がった穴からスルリと、虫が入り込む可能性は高い。加えてさっきの舞台だよ。一夏ときたらまぁ随分と派手に暴れてくれて。親友が壮健なのは実に結構だけど、見る奴からしてみりゃさぞや活きの良い餌に見えたことだろうねぇ。そして居所が知れて、どこへ行ったか知らないけどあいつは周囲に人のいない孤立状況に飛び込んだ。今か今かと鎌首もたげてた虫からすれば、恰好のチャンスというわけだ。

 ところがどっこい、そうして飛び込んできた虫をパッと捕える――そこまでがそちらの筋書。違うかい?」

 

 完全に正解だ。否定するところが無いだけに簪と虚は黙り込むしかない。沈黙は肯定と見なし数馬は続ける。

 

「だが、状況は思ったよりはスムーズに進んでいない。やってきた虫が実は等身大のカマキリみたく手強かっただとか、あるいは思ったより妨害に手を焼かされているか。はたまた両方か。簪さんが動こうとしている時点でそれは確定じゃないかとは思うよ。もし学園側がそのつもりなら、初めから簪さんも実働の面子に加えていたはずだ。けど、余裕か慢心かは知らないけどこちらに回して大丈夫と判断したからこそ、さっきまで僕と茶番の進行役をしていた。

 そしてそういう状況じゃ無くなったから、今こうして動こうとしている」

 

 まぁこんな説明は実際どうでも良いんだけどねと、鼻で笑うと数馬はその表情を一気に険しいものへと変えて言った。

 

「バックヤードでならば、僕にもできることはあるだろう。簪さん、僕も同行させてほしい」

 

 普段の、周りの全てをどこか軽く見ているような口調ではない。親友を助けたいがために、心からの言葉を真摯に伝える。親友だから、たったそれだけのことだが数馬にとってはそれだけで十分なのだ。それだけで、彼にとっては全霊を尽くすだけの理由になる。

 それは簪も察するに容易い。数馬は、決してその場のノリや思い付きで言っているわけではない。彼がどれほどに真剣か、それを理解したからこそ彼女は思案する。そして答えは出た。

 

「ごめん、数馬くん。それは認めることができない」

 

 否という答えを数馬は眉一つ動かさずに受け取る。

 

「私は知っている。君が凄いっていうことを。それに、そう。確かに君の言う通り、少なくとも私が出張る場所なら、君は間違いなく力になれる。それは確か。けど、だからってわざわざ数馬くんが関わる必要は無い。私は良いの。元々、そういう風に生まれ育ったから。けど数馬くんは違う。間違いなく君は凄い、私も認める。けど、それでも君はわざわざこんなことに関わる必要は無いの。できることがあるとしても、それをしなきゃならない理由は無い。それが君のためになるとは、限らないから」

 

 極端な例だが、世の英雄譚を紐解いてみるとする。アーサー王、クー・フーリン、すまない――もといジークフリート、古今東西において英雄と語り継がれる者は、その存在の真偽はさておき、いずれもずば抜けて恵まれた才能というものがあったのは確かだろう。そして彼らはその才能を存分に発揮し英雄と呼ばれたわけだが、その最期は悲痛なものであったという例もまた数多い。

 戦いという鉄火場に身を置いてこそ発揮される才を奮った以上はやむを得ないことなのかもしれないが、それでも彼らの最期はその才覚故に齎されたという見方もできるのではないだろうか。仮に、彼らにそうした才が無く只人であったとしたら、後世に名を残すような華々しい活躍はしなかったかもしれない。だが、ごく普通の人として穏やかな最期を過ごせたかもしれないだろう。

 

 何を以って幸福とするかはその時代、その地域によりけりであるからして一概に断定することはできないが、少なくとも現代に生きる人間の感覚からすればそのような見方もできる。そう、必ずしも持って生まれた才能が、持ち主の人生に幸福ばかり与えるとは限らない。現代にしても学問か、スポーツか、あるいは芸術、なんでもいい。才能を持って生まれ、それを存分に奮い活躍するも、徐々に周囲の期待や重圧が肥大化し、結局はその当人を押し潰し破滅させてしまうという例は少なからずある。

 

 簪が数馬の申し出に否と答えたのも、やや異なる点はあるものの同じようなものだ。そう、どれだけずば抜けた能力を持っていようと、彼は”更識”という裏の世に携わる人間にとって守るべき表の、普通の世界で暮らす人間なのだ。彼に言ったように、簪自身のことは良い。元よりそういう家に生まれ育ち、彼女自身がそういう風に生きることを是としているのだから。だが、彼は違う。どれほど能力に、才覚に溢れ、どれほど”こちら側”に近い、危うい領域に上に立っているとしても、それでも彼はまだ”普通”の中で生きる側なのだ。その彼が自ら境界を踏み越えてくるようなことは、”更識”の一員である更識 簪としても、純粋に好ましく思う友人を案じる”ただの”更識 簪としても、認めることはできない。

 そんな意思を乗せた眼差しと、否という言葉に数馬は――穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「結構、良い気分になるものだね」

 

 唐突なその言葉を理解しかねて簪と虚は揃って疑問符を浮かべる。

 

「簪さんが駄目だと言ったのは、僕を案じてのこと。君にそう思ってもらえるということは、僕にとっては中々に嬉しいことらしい。我ながら実に意外だよ。あぁ、君にそう思ってもらえること、本当に良い気分だ」

 

 一夏や弾、鈴は数馬にとって良き友人だ。ほぼ不快感しか齎さない有象無象と違って、彼らとのやり取りは実に心穏やかでいられる。だが、簪は違う。確かに一夏たちとのやり取りと同じものを感じるのは確かだ。だがそれだけではない。理性こそが全てを是とする彼でも、言葉に言い表すに困る、しかし決して不快では無くむしろその逆と言えるものを、感じ取ることができる。そう、こうまで案じて貰えるのであれば引き下がっても構わない、そう思うほどにだ。

 だが、例え簪が相手であってもだ。彼にもまた、どうしても譲ることのできない一線があった。

 

「けど、そう簡単に引くことも僕にはできないんだよ。いま、一夏は何がしかの脅威と相対している。そして、できればあって欲しくはないけれど、苦戦しているのだろうね。それに対して僕ができることがあるというのであれば、僕はそれを遂行したいんだよ」

「それは、なんで?」

「……親友だからさ」

 

 言葉にすれば色々ある。仮定の話として、一夏と数馬の立場が逆であったとして、一夏は迷うことなく親友である数馬を助けるべく動くだろう。であれば数馬もまたおなじようにするのが筋であるし道理でもある。何より数馬自身がそれを是としている。

 そして親友であるゆえに、何かあるような事態は避けたいのだ。数馬は自身の人間性というものを客観的に把握している。これほどまでに性根がねじ曲がり悪辣な人間は世界広しと言えどそうは居ないだろう。そんな彼にとって一夏は、世界でたった二人しかいない掛け替えのない親友なのだ。それが己の知らぬうちに理不尽によって喪われる、考えたくもないし、考えようとするだけで腸が煮えくり返りそうになる。

 だが、それらを一々説明するのは無粋というやつだろう。ゆえに数馬はたった一言に想いの全てを乗せた。彼女なら、簪ならそれを察してくれると信じているゆえに。

 

 簪は無言のまま意識を己の内側に向け、思考を高速で回転させ続ける。数馬の目はいたって本気だ。関われば間違いなくリスクが生じる、それを理解した上で本気で一夏の、そして簪の助力になりたいと言っている。仮に数馬が加わった場合ならどうだ、間違いなく戦力になる、役に立つ。それも大幅なレベルでだ。だがそれを加味したとしても、関わらせることによるリスクは軽んじられるものではない。相手が相手だ、最悪の可能性が彼に降りかかる恐れもある。

 

(――とか、思ってるんだろうねぇ。簪さんは)

 

 簪の考えをほぼ見抜きながら数馬は胸中で嘆息する。リスクは百も承知だし、それに対して全く何も思わないわけでもない。そう、本来ならここで自分はお役御免のはずだからさっさと引っこめばいいのだ。そんなことは言われるまでもなく分かっている。

 だが、それではいそうですかと引き下がるのは、彼の矜持としては認めがたい。親友の、好ましく思う少女の助力になりたいのも本音だ。同時に、極めて我欲的だが彼自身で完結する想いもある。そうだ、例え相手が何者であれ、彼にとっては同じ”人間”とはみなせない道具やそれに類する、そも役に立たないのであればそれ以下の害虫未満でしかない。そんな輩相手に引くなど、到底許容できない。心底不愉快でしかない。不愉快な上に役立たずの塵芥、総じて無様に死に絶えろと願ってやまない。その結果として千万の命の灯が掻き消えようがだ。

 だから数馬は、できれば言いたくなかったことを言うことにした。

 

「けど、よしんば僕がここで引き下がったとしても、いずれ君が危惧している状況と同じようなことになる可能性はあると思うけどね」

「どういう、こと……?」

「相手が何者かは知らないが、端的に言えば危険な輩なんだろう。それに対して僅かでも関わることによって僕に生じるリスク。おそらく、君やそこの布仏さんが懸念しているのはそれだ。あぁ、それは僕もとうに理解しているよ。だからその上で言おう。仮に僕がこの場で引いたとして、同様のリスクを抱える可能性はゼロじゃない。

 仮にだ、この場で一夏が無事にゴミを退けたとしよう。だが一度失敗した程度で大人しく引き下がるような輩なのかな? そいつらは。おそらく二度目、三度目と仕掛けてくる可能性はあるだろう。当然、手管を変えてくる可能性もある。その何度目かは知らないが、一夏やあいつの味方の動きを抑えるために人質の類を取る可能性は、確実に存在するだろうね。将を射んとする者はまず馬を射よ、だ。ここでの定番は家族とか身内だが、一夏の家族はあの千冬さんだ。アレを人質とか、僕から見てもキチガイの所業だよ。ミイラ取りがミイラになってしまう。では次の候補は? そうさ、親しい友人とかだよ。知っているだろう? 僕や弾、そして一夏は互いに何よりの親友と自認し合っている。少し聞き込めば、そこら辺は簡単に分かることだ。そうだよ、いずれ相手がそういう手管を使ってくるとして、残念ながら狙われる可能性が僕にはあるんだよ」

 

 言われて、ようやく二人は理解する。そしてその可能性に思い至らなかったことに自身の不徳を痛感する。そんな二人の考えを鋭敏に読み取り、数馬は押しの一手とすべく続ける。

 

「どのみちリスクを背負うなら変わりは無い。それが少し早いか遅いかの違いだけだ。いやむしろ、その可能性を早期に認識して先手を打った対応ができるかもしれない。

 改めて言おう、簪さん。僕にも、君らの助力をさせて欲しい。そちらにとっても、悪い話じゃないと思うけどね」

「……」

 

 できればそんなことはあって欲しくない。だが、数馬の提示した仮定が現実となる可能性は大いにある。そのような事態は、避けねばならない。それで万が一の事態に陥ってしまえば、それは極めてよろしくない展開だ。

 

「簪様……」

 

 横から心配そうに声を掛けてきた虚を手で制す。この場の決定権は簪にある。最終的に決めるのは簪であるゆえに、そこに他の要因は付け足さない。

 考え抜く。僅か数秒の合間に幾つものパターンが目まぐるしく彼女の思考を走り抜ける。そして全ての考えを処理しきった簪は僅かに伏せていた視線を挙げて、まっすぐに数馬の目を見据えて言った。

 

「数馬くん。君からの申し出を受けます。あくまで私の指揮下でサポートに徹してもらうという形になるけれど、それでも良い?」

「構わないさ。……ありがとう」

 

 咎めるような虚の声が響く。だがそれを簪は再度手で制する。

 

「言いたいことは分かってる、虚姉さん。けど、これが私の決定。全ての責任は私が持つ」

 

 ついて来てと言いながら簪は歩き出し、数馬はその後に従う。そして二人が出て行った後、一人部屋に残った虚はしばし言葉に詰まったような表情で立ち尽くしていたが、やがて深く息を吐いてこの場で自分が為すべき残る仕事を終えるべく動き出した。

 

 

 

 学園祭の喧騒から離れた薄暗い廊下を簪と数馬の二人は無言で歩く。数馬を先導して歩く簪は歩きながら携帯を操作し、流れるような早さで何かを打ち込んでいく。やがて操作を終えると、ふぅと軽く息を吐きながら携帯をポケットに仕舞った。

 

「なにか、連絡でも?」

「うん、ちょっとね。現場と、もう一つ別に。けど、別の方のおかげで問題のあらかたはクリアーしたはず」

 

 どういう経緯でそうなるのか、あいにく数馬でもそこまでは察しきることはできない。だが確信めいた簪の言葉に問題が無いならそれでよしとして、即座に思考から解決済みと切り捨てる。

 

「状況はどうなっているんだい?」

「織斑君とお姉ちゃん、ここの生徒会長が敵と交戦中。敵の妨害で現場と指揮所の通信ができなくなっている。その解除、及び現場への指示によるサポートが私たちの仕事」

「通信が……ということは向こうの様子は分からないと?」

「幸い一部のカメラを何とか動かして、映像の端々は確保できている。

確認できる状況は……苦戦中」

「指揮所にいる学園側のスタッフは?」

「教師が数人。一人は織斑君のトコの副担任。ちなみに織斑先生、織斑君のお姉さんはまた別の現場の指示中」

「あぁ、そりゃ助かる。まぁ何かしら言われるのは想定してるけど、千冬さんがいないならどうとでもできる」

 

 極めて不本意なことだが、数馬にとっても千冬はできることなら逆らいたくは無い人種だ。別に対応ができないわけではない。だがその負担とリターンが釣り合わないのであれば、やるだけ無駄というやつである。

 

「そろそろ着く」

 

 その言葉に数馬も改めて表情を引き締め直す。そして自動扉が開かれ、二人は一夏と楯無の現場への指揮所に足を踏み入れた。

 

「更識さん! ……そちらの人は」

 

 真っ先に気付いた真耶が簪を見て声を上げる。そして続く数馬を見て尋ねた。

 

「連絡しておいた助っ人です。頼りになることは保証します」

「で、でも彼は……確か織斑君のお友達ですよね? ということは彼は民間人では……」

「言いたいことは分かりますが事態は急を要します。説明はまた後で。彼には私のサポートに回って貰います。また、この件についての責任は私が負いますから、話は後で私に」

 

 話に付き合うつもりは無いと言わんばかりに、簪はさっさと空いている席に座ってコンソールを操作し始める。そして数馬もその隣に座り、同じようにコンソールの操作を始める。

 数馬が席に向かった時、止めようとしない者は居なかった。理由は種々あれど、民間人である彼をこの件に関わらせることは決して良くないと、この場の誰もが承知していたからだ。だが、数馬を制しようとしてその動きは否応なしに止められた。

 何故か、その理由をこの場のそれぞれに聞けば返ってくる答えもまた各々で異なるだろう。だが言わんとすることを要約すれば、それは一つに結集される。曰く「本能が止めた」と。

 理由は分からない。だが誰もが一様に感じたのだ。ただの民間人の少年であるはずの数馬、彼に関わろうとした瞬間の嫌な予感というものを。数馬自身、普段の猫かぶりを半ば放り捨て、この場では言動にこそ出していないが、その内側に秘める本性というものを露わにしているからというのもあるだろう。ただ居るだけで不吉、不安を感じさせる。それを誰もが感じ取った故と言うべきだろうか。

 

「数馬くん、いける?」

「あぁ、だいたいは把握した」

 

 目の前の機材の数々をグルリと睥睨すること数秒、それだけで凡その動かしたかの把握はできた。

 

「通信系が半分以上向こうに抑えられている状態。それを逆にハックしてこっち側に奪い返す。一先ずはそれ」

「了解。ハックなら、こんなこともあろうかとでこいつを使うかね」

 

 言いながら数馬は懐からUSBメモリを取り出しコンソールに繋ぐ。そして僅かな操作の後に、メモリ内に納められていたプログラムが起動した。銀色の液体、水銀とおぼしきものが波打ちながら「6」という数字を描いた。僕が考えたロゴさ、と軽い笑い交じりに言いながら数馬はプログラムを動かしていく。

 

「自作のハッキングプログラムだよ。性能は保証できる。試運転兼ねてあちこちにお邪魔したからね。どこにとは敢えて申し上げないけど」

「後でこのプログラム教えて。気になる」

「喜んで」

 

 そんな言葉を交わしながら既に二人は猛スピードでコンソールを操作している。簪が主体となって通信システムの妨害を突破していき、補助に回った数馬が簪の作業がスムーズに行われるよう露払いをしていく。その様子を周囲の学園教師から成るスタッフたちは半ば呆然としながら見ていた。

 あまりに圧倒的過ぎる。たった二人加わっただけだというのに、勢いというものが加速度的に上昇していた。簪がこの手の電子系に強いということは教師陣も把握しているし、ある意味では納得の行くことだ。だがもう一人、民間人の彼は何者なのか。先ほどの真耶の言葉から織斑一夏の友人であるらしいが、それでも普通の民間人のはずだ。だというのに、サポートに回っているとは言え、このハッキングの実力は簪と比較しても遜色ない。共に十代半ばの若さであるのに、その実力たるやウィザード級に達しているようではないか。類は友を呼ぶという言葉が示すように、ある意味では異質でずば抜けた才覚を学内で示す一夏の友人である彼もまた異才の持ち主なのか。そんな考えをこの場の全員が抱いていた。

 

「あ~やっばい。ちょっと良くないよ~これ」

 

 既に通信系は回復の兆しを見せている。それに伴い、映像と音声で現場の状況は確認できるようになった。後はこちら側からのアクセスをできるようにするだけだ。だが、確認できるようになり伝わってくる現場の様子はお世辞にも良いとは言えない。というより、ピンチに陥っていると言っても良い状況になっている。

 

「早く早く早く早く早くさっさと通ってこのポンコツ」

「死ねゴミクソミソッカス偏差値ゼロの脳味噌蛆虫クソババァ僕のダチに手ぇ出すとか問答無用で処刑モンだぞ生きたまま火葬場に放り込んでやるしねしねしねしねしねしねしねクソッタレ」

 

 焦りを禁じ得ないのか、操作する手にスピードの緩みは無い、それどころか更に速さを挙げながらも、二人の口からは悪態が垂れ流されていく。特に数馬のソレは心からの殺意が込められているかのような口ぶりであり、聞いた誰もが顔を引き攣らせている。

 

「うそ……ISが強制解除……!?」

「ちょ、まっ、やばいやばいそれやばいってマジでぇ……!!」

 

 そして二人の目に飛び込んできたのは剥離剤(リムーバー)により白式を強制解除され、コアを奪われた一夏の姿だ。楯無同様に剥離剤の存在への驚愕に、親友のこれまでで最大級のピンチに、簪と数馬も揃って息を呑む。

 吐き出す息を荒くしながら二人は更に本気でシステムの復旧を試みる。あともう少し、もう少しで完全に回復する。そうすればこちらからのアクションにより何がしかの効果は出せるだろう。だから持ちこたえてくれ――生身でISを纏った敵に相対する親友に数馬は心から祈った。

 

「全システム回復! いける!」

 

 ピッという電子音と共に簪がシステムの掌握を完了したことを告げる。送られてくる光景は、今まさに一夏が敵のISによって貫かれようとしている場面だ。

 動いたのは彼にとっては珍しいことに本能的によるところが大きい。近くにあったマイクを引っ掴み口元に持って行くと、音声通信を起動しながら数馬は思うがままに言葉を紡いだ。

 

「はいカットー」

 

 発した言葉は不快さを含んだ気だるげなもの。だがその眼差しは、視線の先にある敵のIS、その乗り手であろう女に対して心からの殺意が乗せられたものだった。

 

 

 

 

 

 




 というわけで、前回最後に至るまでの流れでございます。
 我ながら無理があるんじゃないかとビクついてはおりますが、まぁこんな流れがあったんだよということで……
 そして次回はあのクサレ外道が本領発揮……となると良いなぁと。ちょっと水銀と波旬と神野の台詞を復習してこよう。そしてFFシリーズで屈指のあの外道台詞もぶち込もう。ちなみに数馬が立ち上げたハッキングプログラムのロゴ、モチーフというかイメージの元があったりします。

 リアルがまだ落ち着き切っていないので次の更新も不定ですが、可能な限り早く更新できればとは思います。

 感想、ご意見は随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、是非お気軽にどうぞ。

 それではまた次回更新の折に。

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