或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 お待たせしました。リアルの方が色々忙しかったため、やっとの更新です。
 今回はvsオータム決着まで。ただしメインは変わらずあのクソ外道です。いや、書いてて本当に痛感したのが煽りなどの難しさですね。上手く書けているかなと不安になると同時に、そういう文をキッチリかける本職のライターさんはやはり凄いなと思います。

 それではどうぞ。


第七十二話:武と智と悪意

 その声が響いたのはあまりに唐突だった。だがそれも無理のないこと、声の主である介入者はつい今しがた、ようやくこの場に声を届けられるようになり、間髪入れずに言ったのだ。当然、そんな予兆はこの地下更衣室に居る三名が知る由は無い。

 

『はいはいはいはいハーイ、まーったく困ったもんだよねぇ。ぶっちゃけこういう展開、僕好みじゃあないんだよ』

 

 そんな現場の三人の理解などお構いなしに声の主、数馬は言葉を続ける。あまりに予想外の展開に揃って固まっているが、それこそ彼にとっては好都合だった。あとは以降の展開が彼の望むとおりになれば万事OKというやつである。

 

『あのさぁ、オータムって言ったっけ? 分かってるかなぁ? これってかなり違うわけよ。良いかい? 求められてる展開ってのはこんなんじゃないんだよ。そこらへんの需要ってやつをきっちり理解して振舞ってくれないかなぁ? 足りてないオツムなりに考えてさ』

 

 嘲るような言葉で名指しされたオータムが真っ先に我を取り戻し始める。だが、その意識は明確に声の方へと向けられており、一夏からは確実に逸れはじめていた。

 

『君さぁ、自分の気分良いように展開変えちゃおうとしてるの自覚してる? そのへん反省して欲しいよね、実際さ。

 どこぞのチンケなテロ屋気取りのチンピラかは知らないけど、立場ってモンを弁えようねマジで。

 くうきをよんでこうどうしまちょーねーってパパママに教わらなかったかなー? んー?』

「うるっせぇ! 黙りやがれクソがぁ!」

 

 パパママ、少々子供向けだが両親を指す言葉を言われた瞬間にオータムは明らかに激昂した。真正面から受ければ大抵の者は竦み上がるだろう怒気を表情と声の両方で発する。

 だがそれを受けてもスピーカーの向こうの数馬が臆した様子は無い。スピーカー越しゆえに効果が薄いのか、あるいは端から歯牙に駆けていないのか。はたまた両方か。

 定かではないが、数馬の様子にまるで変わりは無く、それどころか一層の笑いが、嘲りが声に乗ってきた。

 

『あっれー、怒っちゃったー? ゴメンゴメン、もしかして嫌なトコ突いちゃったかなぁ?

 へぇ、そっかぁ。あ、分かったー。パパもママもいなかい、ストリート? スラム? ロクな暮らししてなかったんだねぇ。ゴメンねぇ? 君がクズ溜めの中でクズそのままに育ったのに気付いてあげられなくってさぁ! キヒャヒャ!!』

「喋るんじゃねぇ! 何が親父だ! んなもん私にゃいねぇよ! いてたまるかよ!」

『あれれー、おっかしーぞー? 人間、パパもママもいなきゃ生まれないのにねぇ?

 あ、もしかして無理やりパパのこと忘れたい? 嫌な思い出でもあった? 何されたのかな? ねぇねぇ?』

「黙れっつってんだろ!!」

 

 怒声と共にオータムはアラクネの足の一本をすぐ近くのスピーカーに向け、その先端から火を噴かせる。ISから放たれた銃弾にただの屋内設備が耐えられるはずもなく、スピーカーはあっさりと破壊される。

 

『こりゃ相当だねぇ。よっぽどロクでもないことされたんだぁ? へぇ~』

 

 だが数馬の声が途切れることはない。スピーカーはまだ他にもある。それが生きている限りはこの声は続くし、仮に全て破壊されたとしても、既に管制室との通信が復旧しつつある楯無のIS経由で発することだって、その気になればてきるのだ。

 

『なになにぃ? パパンはアル中? ニコ中? はたまたヤク中? それとも借金まみれ? 浮気性? 暴力でも振るわれた? ……あ、分かったぁ。×××されたとか!』

「――!!」

 

 もはや言葉にならない雄叫びを挙げながらオータムは室内のロッカーや備品、壁などを手当たり次第に壊し始める。

 巻き込まれては堪らないと既に一夏はオータムから離れ、楯無が即座に守れるギリギリまで下がっている。

 

『ビンゴビンゴォ! だ~いせ~いか~い! お聞きのみなっすわぁああん?

 いま明かされる衝撃の真実ぅ! なんとオータムちゃんはぁ、実のパパンにフ○ックされていました~!

 ヒューヒュー! ……マジねぇわー。あれだよねー、カエルの子はカエルって言うじゃん? ろくでなしの子はそりゃろくでなしだよねぇ?

 し、か、も! 更にろくでなしのテロ屋になってると来てる! パパンのクソッタレ遺伝子と、知らんけどビッチなママンの遺伝子が超・融・合! しちゃったわぁけだ。驚き桃の木、遺伝学に新たな一ページが刻まれた瞬間ってわけだぁ!』

 

 煽る煽る。公共の電波に乗せることが憚られるような嘲りは止むこと無くスピーカーから垂れ流される。言葉が続くほどにオータムは激していき辺りを滅茶苦茶に荒らしていく。だが同時に、その激昂が進むほどに彼女の動きには感情任せの乱れが現れ、更には一夏に向けていた意識も完全に遠く彼方へと追いやられていた。

 単純に、誰がどう聞いてもウザイことこの上ない口調なのもあるだろうが、何よりオータムの癇に障る、真っ当な行動をさせないほど激昂する心理的な急所を的確に突いていることが効果的なのだろう。

 

 管制室で、ドン引きする教師陣を尻目に隣で数馬の煽りを、感情に微塵のさざ波を立てること無く聞き、吟味していた簪は既に彼のやっていることを理解していた。今も続く数馬の言葉は嘲り、罵倒、罵詈雑言のオンパレードなのは間違いない。だが発した言葉のポイントとなる要素は実はかなり不規則、というよりは適当であり悪口という点を除けばまるで意味合いの関係が無い言葉が続くこともある。

 そこから数馬は言葉の取捨選択をしているのだ。どんな要素を持つフレーズならオータムの神経を逆撫でし正常な判断を奪うのか。語るほどにオータムは分かりやすい反応を返し、数馬の言葉はよりピンポイントでオータムのトラウマを掘り進めていく。自分がそうであるように、今の数馬も思考の内では徹頭徹尾冷静な、そして冷徹で呵責ない計算が行われているのだろう。現に声こそ笑ってはいるものの、目どころか表情そのものは欠片も笑っていないのだから。

 

(あとは、二人が上手くやってくれるだけ)

 

 別に数馬はいたずらにオータムを挑発しているのではない。当然ながら彼なりの理由というものが存在する。それを現場の二人が察してくれるかが真に肝要だ。

 そしてその意図は、確かに伝わっていた。

 

 

 

「会長……」

 

 小声で一夏は楯無に声を掛けた。無言で何事かと問うた楯無に一夏も無言でオータムを見遣ることで示す。それだけで二人は意思の疎通を完了していた。

 依然、数馬の実に下衆い煽りは続き、激しきったオータムは完全に意識をそちらへと奪われていた。不意を突き、白式の奪取を試みるなら未だ。

 

「ひとまず、やっこさんの相手のメインは任せますよ」

 

 それだけ言うと一夏は別の方向、オータムに回り込むようなルートへ向けて音も無く動き出した。

 

「……」

 

 その後姿を見ながら楯無が考えたのは声の主と一夏のことだ。声の主のことはよく知らないが、おそらく虚から連絡があった舞台で飛び入り助っ人を務めてくれたという一夏の友人なのだろう。

 民間人であるはずの件の友人が何故このような関わり方をしているのか。重ねて言えば今も聞こえる、敵方に向けられているものとはいえ思わず眉を顰めたくなるような罵詈雑言の数々、それを言わせる人格。友人としてそれを知っているだろう一夏が眉一つ動かしていないこと。色々と問いたいことはある。

 だが、あいにくながら今はそれを追及する時では無い。今の彼女と一夏にはすべきことがあり、彼女自身としては色々な意味で不本意な点はあるものの、今が一つの好機なのは紛れも無い事実である。

 ゆえに楯無は槍の柄を握り直すと、再度オータムへ向けて攻め込んだ。

 

 

 

「なっ!?」

 

 文字通り横合いから殴りつけられたことにオータムも思わず狼狽えていた。奇襲に成功し確保した流れを奪われまいと攻めたてる楯無にオータムは己の迂闊を呪う。だがオータムを責めることはできない。生来の激しやすい性格は彼女の不徳だろうが、それ以上に相手が良くなかった。声の主である数馬(アクマ)を相手取るのにオータムの"心"に、感情には隙が多すぎた。

 例えその相手を直接前にせずとも、発する言葉程度の振る舞いの情報があれば冷酷なまでに彼の目はその綻びを、トラウマとも言われる心の穴を見つけ出す。そして自負する人の心理への熟知により、いかにしてそれをより深く抉るかも残酷なまでに心得ているのだ。

 

 抗する手段が無いわけでは無い。否、実際のところ実に簡単な方法だ。気にしなければ良い、それだけの話だ。だが言葉にすれば極めて簡単なそれも、こと今回のケースについてはその限りでは無い。理由はこれまた単純、そう自分に言い聞かせる程度で無視できるほど、数馬のトラウマへの抉りは甘くは無い。

 そして数馬のことを、こうした本性という点についてはおそらく数馬の家族以上に知っているであろう友人は一つの別解を提示している。曰く「あいつの悪意という名の害意をどうにかするなら、同じくらいのものをこっちからぶつけに掛かれば良いだけだ。そうすりゃ無視だってできる。え? 具体的にどんなのかって? そうだな、オレが挙げるとすれば……"殺意"かな」と。

 だが殺意を向けようにも元凶である数馬本人はこの場には居ない。どれだけ激昂しようが、結局は空回りに終わってしまうのだ。そしてそれを分かっているから数馬も容赦なく言葉責めを続ける。無視しようにも的確に心中の間隙を突いてくるために無視できない。どうしても意識がそちらの方に引き寄せられ、実際に攻めてきている楯無に対処しようにも体の動きと意識が噛み合わないという状況に立たされていた。

 

(不本意だけど、有効なのは確かね)

 

 暗部の人間がどの口でと言われるかもしれないが、楯無もそれなりに真っ当な価値観、倫理観、良識を持っていると自負している。それらに照らし合われば、オータムを責めたてる言動の数々は率直に言って気分が良くない。だがそれこそが今の状況で有意義に働いているのなら、それを徹底活用しなければならない。まったく現実とは無情なものと言葉に言い表せない気持ちになる。

 一際大きな金属音と共に、楯無が突き出したランスの穂先がアラクネの交差させた多脚によって防がれる。僅かな拮抗状態が生まれると同時に、言葉を交わす時間もまた生じていた。

 

「随分と顔色が悪いわね? 気分でも悪いのかしら?」

「分かり切ったこと聞くんじゃねぇよっ……!」

「そうね、その点に関しちゃ同感、よっ!」

 

 気合いの一声と共に多脚を弾き飛ばし再度攻撃を開始する。

 

『おやおや、何やら心外な言葉が聞こえたのだが? 僕はあくまでそこの蜘蛛女、ブラックウィドーもどきについてあくまで事実を述べているに過ぎない。まぁ些か話の誇張があるやもしれないが、そこは気質ゆえどうかご寛恕願いたいところなのだがね』

 

 意図的にそうしているのか、とにかく声が不愉快さを感じる声音だ。それが増々オータムの神経を逆撫でる。

 

「黙れつってんだろうがぁ!! もういい! テメェが何者かなんざ知るかぁ! この仕事終わらせたらきっちり落とし前つけてやるからよぉ!」

『おぉ、怖い怖い。して、それは如何にして行うつもりかな?』

亡国機業(わたしら)を舐めるんじゃねぇぞ! 声からしてまだガキだよなぁ!? ツラと名前割って、身内もろともぷちっと潰してやんよぉ!」

 

 その言葉に楯無は明らかに顔色を変える。それこそがこの現状において彼女の最も危惧していた事態だ。未だに全容の掴めない、計り知れない力を国際的に持つ組織のソレは断じてハッタリなどではない。声の主が何者であろうと、ただの民間人なのは確かだ。そのような組織に狙われれば為す術など無いに等しい。

 この件について色々言いたいことはあるが、それでも危害が及ぶようなことがあってはならない。日の光の下で生きる者達がそのまま平穏な生活を送り続けられるようにすること、それこそが暗部という陰に生きる者の宿命だと楯無は信じている故にだ。

 

『……』

 

 それまで止むこと無く続いていた言葉が途切れる。やっと主導権を奪取できそうな状況になったからか、オータムの顔には笑みが浮かぶ。

 

「どぉしたぁ? 怖くて声も出ないってかぁ~? いいんだぜ、そのまま泣いてお家に帰ってもよぉ! すぐに()()()()に行ってやる。とびっきりキツいコースをくれてやるから震えながら楽しみにしてなぁ!」

 

 言葉ついでに戦闘の方も主導権を取り戻そうという算段なのか、室内を飛び跳ねるように移動しながらオータムは仕切り直しを試みる。その後もスピーカーからは無言が続く。

 

『殺す、殺すか……。だろうね、そう思うのも道理というやつだ。いや、分かっていたよ。その反応は。全て既知の範疇だ』

 

 再びスピーカーから声が聞こえてくる。だがその声音は先ほどまでの煽るような大仰としたものでは無く、どこまでも淡々とした静かなものだ。

 

『言っておくが、その程度のリスクは始めから想定していたし、事実それを基に諌められたりもしたよね。まぁそれを振り切ってここに居るわけだが』

(止められたんなら素直に引き下がりなさいよぉ……!)

 

 オータムの追撃をしながら楯無は内心で愚痴をこぼす。とは言えそれは至極真っ当な反応であるし、誰にも彼女を責めることはできない。

 

『あぁ、けどね。それを口にした時点でアレだ、もう終わりだよ。自分で地雷を踏み抜きやがって、ばーか』

 

 一体なんのことか、床に着地しながら脳裏に疑問符を浮かべた直後、オータムは背後から不意に立ち上がった殺気に反射的に振り向かされていた。

 

「くたばれ」

 

 いつの間にか背後に回り込んでいた一夏が跳躍と共にレイディの装備であった長剣を振りかぶっていた。回避しようにも既にオータムは間合いに取り込まれ、一夏は全身の捻りと共に長剣をオータム目がけ振り下ろした。

 

「甘ぇんだよ!」

 

 だがそんな単調な攻撃が通じる程オータムもヤワでは無い。先ほどのランスにそうしたように多脚の内の二本を交差させ、防いだ瞬間の硬直を狙って反撃に移ろうと狙う。

 しかしそれも一夏にとっては想定済みであった。想定していたから、剣が多脚に叩きつけられる瞬間に一夏は柄を握る両手を離す。結果、長剣はあっさりと弾き飛ばされ、宙を舞ったその時には既に一夏はオータムの懐へと潜り込んでいた。

 

「ここまで潜られたら、その脚も流石に使えねぇだろ」

「っんのっ、クソガキィ!」

 

 コアを握る手とは別の、もう片手に持つカタールを一夏に向けて突き出す。だが多脚と違い、オータム自身の意思と体で繰り出される動きである以上、一夏にとって先読みし躱すことは容易い。

 紙一重のギリギリで躱し、まるですり抜けたような感覚に戸惑うオータムへと一夏は更に肉薄する。せめてコアだけは死守せんと守りを固めようとするオータムだが、その動きすらも既に一夏の掌中へと収められていた。

 どこに触れられた感触も無い。先ほどの刺突がそうであるように、すり抜けるようにして一夏はオータムから離れていった。だが違いがあるとすれば一つ、その手に輝く球体が、白式のコアがあるということ。

 

「テメェッ……!」

 

 奪い返された、その事実を認識してオータムの顔が先ほどまでとは別の怒りで歪む。だがそんな怒気殺気を前にしても一夏は涼しい顔で鼻を鳴らすだけだった。

 

「そう怒るなよ。元々オレのものなんだ。元の鞘に収まっただけだろうが」

 

 言いながら一夏は右手に握ったコアを眼前で掲げ、そのまま砕いてしまうのではと錯覚するほどに強く握りこむ。

 

「白式」

 

 呼びかける。否、命じる。オレの下に帰って来いと。その主からの呼びかけに白式は忠実に従った。

 コアが一際強く発光する、次の瞬間には今までそうであったように腕輪型の待機形態として一夏の右手首へと帰還していた。

 

「来い……!」

 

 コアが戻ったことで空いた右手を更に強く握りこみながら一夏は次の命を下す。そして全身に光がまとわりつき、白式の清廉とした白色の装甲が一夏の身を覆っていた。

 

「さて、これで今度こそ仕切り直しだな」

「一夏くん! よかった……!」

 

 追いついた楯無が白式を取り戻した一夏を見て安堵の息を漏らす。だが一夏は楯無を一顧だにする様子もなく、オータムのみをじっと見据えている。

 

「さて、最初はお前をとっ捕まえるつもりだったけど、気が変わった」

「あ――?」

「死ね」

 

 ただそれだけを言って一夏はスラスターを吹かしオータムへと急接近する。その速さに一瞬たじろいだ隙を一夏は見逃さなかった。

 抜き打ち一閃、目に留まらぬ速さで刀が振るわれる。それと同時に、中ほどで切り裂かれた多脚の一本が宙を舞い床に落ちた。

 

「テメェ!」

 

 一部とはいえ愛機を明らかに傷つけられたことにオータムは怒りを露わにするも、一夏はただ無言のまま剣を振るい攻める。

 それを捌きながらオータムは一夏の太刀筋が先ほどまでと変わっていることに気付く。狙うのは須らく急所、そして勢いには微塵の容赦も無い。本気で――命を奪いにかかっている。

 

「オレだって人の子だよ。我慢のならねぇことくらいあるさ」

 

 オータムは言った、数馬に向けて"殺す"と。それが全てだ。御手洗数馬は確かに超ド級の性悪で腹黒のクソ外道であり、親友である一夏をしても時々ドン引きするレベルでアレだ。

 だが、それでも親友なのだ。友人と呼べる者はそれなりにいる。だが数馬と弾の、二人は正真正銘の特別なのだ。数馬がそうであるように、一夏もまた二人に何かあるということを認められない。危害を加えられるようなことなぞ、断じて認められない。

 二人に、数馬に手を出すことを一夏は断固として認めない。それを為そうとする者は誰であれ阻む。例えそれが師であっても、姉であっても。そして相手の如何によっては、屠ることも辞さない。

 

「あぁ、だからよ、亡国機業のオータム。お前はここまでだ」

 

 不意に一夏の脳裏に過日の、師の下で行った修行の最後の一幕が思い出される。

 

『もう一つ、お前には与えておくものがある』

 

 あの珠玉の名刀と共に与えられた、一つの鍵。

 

『そう、お前がこれより先において修羅の剣を振るうのであれば、俺はそれを認めよう。その証だ』

 

「わが師より賜りし――」

 

『この銘で以って、お前は大義という白の下、修羅という影を貫け。矛盾? ふん、その程度の道理、踏み倒してこそ極みへと至る道だ。お前の心に刻め、この――』

 

字名(あざな)白影(びゃくえい)』を以って、オレ自身の大義の下、お前を葬る」

 

 

 

「スカしてんじゃねぇぞクソガキがぁ!」

 

 怒号と共に今度はオータムの方から仕掛ける。カタールと多脚の刃による同時攻撃、だがそれは一夏が僅かに身を捻っただけであっさりと回避される。そして躱しざまに一閃、再び多脚の一本が斬り飛ばされる。

 狙ったのは脚の関節部分だ。構造上、そこだけは守りが薄くなっているのを既に見抜いていた。後はそこに刃を通せばいいだけの話。

 

『クックック、分からないと言ったツラだねぇ? まぁ無理も無かろうよ。オータム、君は見誤っていたのだよ。彼の、織斑一夏という人間の実力をね』

「っ!?」

 

 再びスピーカーから聞こえてきた声に反応しかけるも、現状でそれは悪手として何とか意識を一夏の方に集中させようとする。既に三本目の脚が切断された。この状況で意識を他所に向けるのはただの愚策でしかない。

 だがそんなことはお構いなしとばかりにスピーカーから声は流れ続ける。

 

織斑一夏(ソイツ)の実力はね、()()()()()()()()()本領が引き出されるのさ。まぁ僕は話に聞いただけだが、元よりそういう用途で磨かれた技を学び続けたんだ。考えれば分かる道理というやつだ』

 

 そこで数馬は言葉を一度切ってため息を吐く。

 

『しかし悲しいかな、それを発揮することを阻む枷がある。所謂世間の規範、法律、良識というやつだ。まぁそれが周りにあって当たり前の世の中で育ったのなら、それが染みついてしまうのも無理は無い。現に僕とて法には縛られている節があるのは否めない』

 

 だが、と心底面白いものを見るような言葉で続ける。

 

『今の一夏にその枷は存在しない。さっきの名乗りは僕も初聞きだが、それが切っ掛けじゃないかね? クックック、こいつはレアなものが見れる。()()()になって本気出す一夏なぞ、滅多に見れるモノじゃあないだろうからねぇ。精々踊ってくれたまえよ、オータム。君はそのための役者。否、それ以下の使い捨ての駒だ』

「ふざ……けるなよ……! ふざけんなぁ!」

 

 怒声と共にオータムは我武者羅に一夏を攻めたてる。だが、ただ感情と勢いに任せて振るわれるだけの攻撃など、なんの脅威にもなり得ない。怒り、焦り、何より己の内側を暴かれることへの恐怖、それらはむき出しの感情となってオータムの瞳に映し出される。それを一夏は手に取るように読み取り、それを通じて次に彼女がどのように仕掛けてくるか、完全なまでに予見していた。

 

『哀しいなぁ。さぞやクソみたいな人生だったろう。だが、それは一度も報われることなく終わりを迎えるわけだ。だがそれも仕方なきかな、そういう定めなんだよ。君のようなクズ以下のクズ、人扱いも憚れるような家畜風情にはね』

 

 そう、これは数馬の本心からの言葉だ。彼からすればオータムのような存在は、同じ人間という生物として扱うに値しない。ただ形が似ているだけの、それ以下の劣等種だ。

 

『だから諦めな。楽になるのはそっちの方さ。希望など持つなよ、救いがあると思うなよ、君が救われることなんて無い。例え神と呼ばれるような存在でもそれは無理――いいや違うね。いいかい、耳の穴かっぽじってよく聞きな』

 

 そして止めの一言を叩きつける。

 

『家畜に神はいないッ!! どれだけ足掻こうが、永劫救いなぞありはしないのだよ。ゆえに、君はただ無様に野垂れ死ぬのが決定事項なんだよ!!』

 

 その言葉は聞いた者の須らくに衝撃を与えていた。オータムだけではない。楯無も、管制室に居た他の学園スタッフたちも、程度の差はあれど誰もが聞いた瞬間に凍り付いた。

 だが、例外もいる。そしてその例外は、数馬による非情の言葉を聞いても動きを止めず、ただ為すべきことを為そうとしていた。

 

『織斑君、やって』

「承知」

 

 一夏と簪、二人は数馬の言葉を聞いても動きを止めなかった。どうするのがベストか、簪はそれを冷徹に弾き出し一夏に伝え、一夏はそれを無慈悲に実行する。

 あるいはその非情さこそが、数馬の言葉にも動じなかった所以だろう。そして明確な隙を見せたオータムに、一夏は一切の情けをかけず非情の刃を振るった。

 

 シールドが削られる、多脚が斬り飛ばされる、蹴りが腹に叩き込まれ、掌打が顎に打ち込まれる。

 一方で、反撃に転じようとするオータムの攻撃はいずれも空しく宙を切るのみ。

 

(もっとだ――)

 

 だが、完全に一方的な状況を獲得しながらも一夏は充足を得るに至っていなかった。

 まだ先がある、まだ進むことができる。進化することこそが武人の本領。であればただ一方的に攻めるだけでは無意味だ。その中に、新たな兆しを見出さねば意味が無い。

 故に一夏はどこまでも目を凝らした。今できることの最大がそれ。ISという守りに長けた存在が相手ならば、より効率的に相手を葬るならば、真に穿つべき所を見抜き、穿つべし。それを直感的に悟り、一夏はオータムの総身へと全神経を集中させていた。

 

(もっと、もっと先へ――)

 

 より深く、深奥へと。ただ穿つ、それだけで相手にとっては致命となる一点を。否、一つでは足りない。より確実に葬るためならば、同時に複数穿つべきだ。

 もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――深く、深く、魂の急所まで通れと。

 

 眼球が裏から飛び出そうな圧力を感じる。ズキリと頭のあちこちに痛みが走る。一瞬の内に膨大な情報を処理する負荷が脳と目の両方にかかっている証だ。だがその程度で音を上げるわけにはいかない。多少の痛み苦しみなど当然、限界を踏破してこそ武人の進化はある。

 そして、何か大きな一つを飛び越えたような感覚を抱いた。刹那、一夏の視界は急速に開け、見える世界を変えていた。

 

(見えた――!)

 

 オータムの五体、そこに穿つべき点が自然と浮かび上がる。それこそが今の彼女の急所たる点。数にして五つ、それを穿つべく一夏は刀を手放し両手で貫手の形を取る。

 より素早く確実に穿つ、そのために五点を結び星を形作る。だがその星はすぐにでも一夏の手によって砕かれ、同時にオータムの命運もまた尽きる。

 

『さぁ一夏、君が思うようにやりたまえよ。何をしようが、僕だけは認めよう。許そう。君の心を最も理解できるのは、この僕だ』

『計算終了。結果は――織斑くんの勝ち。だから、さっさと片付けて』

 

 一夏と簪、極めて優れた武と智に極大の悪意(カズマ)を加えたこの連携の前に、ただ優秀なだけであったオータムは非力だった。これを打ち破るとすれば、必要となるのは規格外とも言える圧倒的力のみだろう。

 そして、全てを決するべく一夏は拳を振るった。

 

「我流――五点星爆穿!」

 

 五度に渡る貫手がオータムの急所である五点に同時に叩き込まれる。シールドによって肉を貫かれることは防いだものの、受けた衝撃の想定外の威力にオータムは苦悶の声を上げる。

 一撃一撃が必殺を込めて放たれた貫手、それが急所中の急所へ叩き込まれたのだ。よしんば肉を貫かれずとも、その衝撃だけでも大ダメージは避けられない。それが五か所同時、ダメージは連鎖しオータムの全身を引き裂くような激痛が縦横無尽に駆け巡る。

 

「ガッ、アッ……」

 

 貫手を叩き込まれた衝撃で後方に吹っ飛ばされ、倒れ込んだオータムは時折わずかに奮えるだけで起き上がる気配は無い。

 

「勝った、の……?」

 

 事の顛末を見ていた楯無が呟く。そして様子の確認と捕縛を行おうとオータムに近づこうとした瞬間、視界に入ったものにその動きを止めさせられた。

 そこには、殺意を一切も緩めないままオータムを見下ろす一夏の姿があった。そしてその手には、彼の放つ斬首の意思を乗せられた刀が握られていた。

 

 

 

 

 




 結局終始目立っていたのはあのクソ外道でした。
 個人的に今回のポイントは二つ、まずはあのクソ外道による「家畜に~」の件です。
 FinalFantasyTacticsというFFの一作品の台詞なのですが、ご存じの方はいらっしゃるでしょうか? 作品をプレイした経験のある方の間でならかなり有名な台詞です。ゲーム自体も初代PS作品ですが、07年ごろにPSPverも出ているので、案外若年層の方でも知っているんじゃないかなとは思います。
 この台詞を言ったキャラは作中でも屈指のヘイト稼ぎマンですが、よくよく考えるとゲーム中の世界においてそれまでの歴史の積み重ねを軒並みぶっ壊すような一連の大事件の当事者たちの行動を決定づけた台詞と考えると、何気に歴史の大転換に関わった凄いやつなのではと思ったり。だが許さんしね。

 もう一点が一夏について。
 端的に言えば後半の一夏、ガチで切れてます。オータムの数馬を殺す発言は冗談抜きで一夏の逆鱗に触れます。淡々としてますが、大真面目に逆鱗モード入ってますね。
 それにより、普段は相手への配慮もして抑えていた部分もむき出しにしていますので、更にもう一段階本気モードの開放がされています。上手い表現が思いつきませんが。
 そしてオータムへの止めとなった急所の見切りですが、ここ後々重要です。テストに出るのでメモ重点。なお技については、ぶっちゃけ元ネタアリです。さて、分かる方はいるかな?

 次回は、まぁ原作的に一部原作ヒロインズの場面ですね。ただ、原作通りかは分かりませんが。
 そしていよいよあの人が表舞台に本格介入と。

 感想、ご意見は随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、お気軽の書きこんでください。

 それでは、また次回更新の折に。



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