或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 お待たせしました。

 色々ありました。おかげで中々書く時間が取れませんでした。そういうことにしてください、お願いします。
 いや、本当にですね、まさか研修終わって配属決まってまた引っ越す羽目になるとは……
 新規でネット回線契約したのに一月そこらで解約して新規契約し直す羽目になった年下同期、哀れな奴よ……

 今回はエムvs乱入者編。エムにとってはアレじゃないですかね、モンハンで言うトラウマクエストみたいな状況でしょう。
 下手したらあっちより性質が悪いかも。


第七十五話:領域に至るということ

 始めは遠目に見ているだけのつもりだった。常識的に考えれば今の状況を眺めるだけで放置するなど、曲がりなりにも公僕の一端とも言える身の上ではありえない選択肢だろう。

 だが彼女に限ってはそれが有り得る。任務中の行動について、そういう選択肢を取れるだけの裁量が彼女には与えられている。

 

 仮にこのまま見過ごしつづけたとしたらどうなっていたか。まぁ上のお偉方が頭を抱えて胃痛を訴えるくらいはするだろうが、所詮はそれだけだ。問題と言えば問題なのだが、彼女の感覚からすればそこまで大したことにはならないだろうと判断したのだ。

 自分のことはよく分かっている。知る者からは腕前を賞賛され続け、決してそれに気を良くしているわけでは無いが、他の大多数と比較して自分が抜きん出た存在であるという自覚はある。だが同時に、自分が既に主役を張るような立場では無いということも理解していた。

 颯爽と駆けつけ鮮やかに事を解決する。誰もが憧れを感じるような、主人公的とも言える振る舞いをするには自分はもう年を取ってしまった。この場で真に奮戦すべきは自分たちの後進とも言える若者たち、そのことを重々に承知していた。

 

 承知していたが、つい興味を抑え切れなかったのだ。

 

 あとは至って単純。成り行きを見守ろうとした決意は既に彼方のそのまた向こう。その意思を伝えるまでも無く反射反応のように愛機であるISが展開され、夜の闇よりなお深く、それでいて湖面のごとき静謐さとアメジストのごとき幻惑的な輝きを放つ装甲が身を包む。

 そして彼女は宙を駆け抜け、砲火が交差する只中へと降り立った。

 

 

 

 

 

 唐突に現れた存在にその場の全員が意識を向けさせられていた。間違いなく、先ほどの声と殺気はこの乱入者によって放たれたものだ。

 だが言いようのない違和感を感じる。感じた殺気は鋭さと冷たさを孕んだ冷徹そのものだというのに、その声は殺気に比してあまりにも軽く、さながら常に楽しみを見出す少女のよう。そして気の知れた友人に声をかけるように朗らかなものだった。

 そしてエムの、三人の、オータムの前にソレは舞い降りる。黒色でありながらアメジストのような輝きと透明さを感じさせる優美な装甲。しかしその形状は細やかであり鋭利な、攻撃的フォルム。機動力を重視していると思われる背部のスラスターに、携えるは二振りの黒刀。

 ソレを目の当たりにした五人はいずれも経験豊富なIS乗りだ。故にそのISがどのようなものか、一目見ればだいたいの見当をつけることはできる。そして五人のいずれもが、突如現れたISは間違いなく第二世代型であると判断した。

 

 オータムが使用していたアラクネ、シャルロットのラファールを除けばブルー・ティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲン、サイレント・ゼフィルスはいずれも第三世代。ラファールにしてもチューンを重ね第三世代相当の性能パフォーマンスを発揮できるとシャルロットが自負している。その中に第二世代は一見すれば不釣合いに見える。

 性能やカタログスペックが全てと言うような蒙昧はこの場には誰一人としていないが、それでも単純に無理があるのではと思わされる状況だ。決して見かけの性能、スペックが全てでは無いのは確かだが、同時にそれが実戦にあって無視できない要素であるのも事実だ。それを覆すことができるとすれば、要因は幾つか挙げられるが最大のものは乗り手そのもの。

 そして第二世代のISでありながら現行のISの中でも上位の性能を誇る機体が入り乱れる只中に割り込む、それも先の殺気と緊張を微塵も感じないどころか余裕綽々といった佇まいのままでとなると、そう振舞える理由など自然と定まってくる。それだけの実力を持っているということに他ならない。

 

『命令よ! 今すぐ離脱しなさい! 全力で!』

「なに……?」

 

 最も早く動き出したのはエムだった。厳密に言うのであれば、彼女の上役だ。ゼフィルスを通じて現場の様子を上役の彼女が確認できることは双方の間で理解し合っている。ゆえに緊急時には対応を指示する可能性もあるとは聞かされていたが、この反応はエムにとっても想定外だった。

 声の大きさこそ普通だが、あまりに切羽詰まった声音はこの状況に対して本気の警鐘を鳴らしている。何がそこまでさせるのか、業腹だがその実力は世界最高峰と認めざるを得ない上役がこのようになる事態など殆ど思いつかない。だが、続く言葉にはさしものエムも目を見開くことになった。

 

『相手は――戦女神(ブリュンヒルデ)(クラス)! 今すぐ逃げなさい!』

「ッッ!?」

 

 戦女神(ブリュンヒルデ)――北欧神話における女神姉妹の一人を指す名だが、ISに携わる者にとってはただ一人を示す言葉となる。即ち、織斑千冬(サイキョウ)に他ならない。

 その傑物に比する実力の持ち主、エムは微塵も知らない存在だったが、そのブリュンヒルデと同じ域(・・・)にある上役が言うのであれば事実なのは間違いない。であれば取るべき選択は一つしかない。

 

「オータムッ」

 

 同僚に声を掛けながらビットを全機飛ばし、目くらましとばかりに光弾を乱れ撃つ。縦横無尽に飛び回るビットから無差別に放たれる光弾にセシリア、シャルロット、ラウラの三人は一斉に回避行動を取るが、すぐにビットの狙いが乱入者一人に集中していることに気付く。

 迫る光弾は無数、ビットの軌道、速さともに三人を相手取っていた時以上のものだ。まだ実力を隠し持っていたのかと三人の顔が強張り、同時にそれを集中的に向けられている乱入者がどう動くのか見るべく視線がそちらの方へ向く。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕するような声は誰が漏らしたものか、だが声に出したかどうかはさておき驚愕したという点は全員が共通していた。

 

「素晴らしい腕前ですね。機体の操縦、個々のビットの遠隔操作に射撃精度。どれをとっても一流と呼んで良い。候補生クラス――いいえ、代表クラスは確実ですね」

 

 讃える言葉には心からの賞賛が込められている。その言葉と共に乱入者は全ての光弾を易々と躱していた。それだけではない。躱すと同時に手にした二振りの黒刀で光弾を切り払っていく。その動きに三人は戦闘中ということも忘れて見入っていた。

 優美、そう表現するのが最も適切だろう。流れるように、最小限の動きで光弾を躱していく。無駄というものを一切排し尽くした一つの完成形とも言うべき動きだ。一口に優れた動きと言ってもいくらか種類はあるが、こと優美、流麗という点においては未だかつて目にしたことのない域にある。

 

 完璧――そう呼ぶに相応しい。およそISを駆る者にとっての理想、頂点と呼ぶべき動き方の一つがこの場に現れていた。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつきながらエムは足止めの攻撃を続ける。僅か、本当にごく僅かなものだが乱入者の接近を贈らせることはできている。だが攻撃として手傷を負わせた光弾は皆無だ。まるですり抜ける(・・・・・)かのように当たること無く躱され、切り消される。

 もしや接近を僅かに阻めているというのも向こうが手を抜いているための錯覚で、本来であれば自分はとうに斬り伏せられていたのではないか、そんな想像が脳をよぎり嫌な汗が流れる。

 すぐに頭を振って思考から追い出した。余計なことを考えている暇は無い。相手が手を抜いているというならそれはそれで構わない。こちらはその隙に引かせて貰うだけだ。

 

「オータム!」

 

 再度、同僚に声を掛けた。既に駆けだしていたオータムはあと少しで確保できる位置に居る。乱入者の次元違いの動きに見入っていた候補生三人もそこでようやく我に返り、させまいとこちらもオータムの確保に動き出す。

 だが遅い。エムと三人、オータムに近いのは圧倒的にエムの方だ。これを覆すというのは、少なくとも三人の機体性能と乗り手本人の技量を鑑みれば確実に不可能。そしてすぐにオータムとエムの距離はゼロとなり、オータムを脇に抱える形になったエムは離脱に全力を傾けた。

 

「おいエム――」

「舌をかむ喋るな! アレはマズイ!」

 

 基本的にオータムとエムは反りが合わないと自認し合っている。故に二人のやり取りは何かに付けてはすぐに相手への文句になるのが常だが、そんなことをしている余裕は今のエムには一切存在していなかった。そしてオータムも、曲がりなりにも巨大な秘密結社において潜入任務を任されるだけのエージェントを努めているわけでは無い。エムの様子に察しとるものを感じ、それ以上を言わず口を閉じた。

 オータムの確保ができた以上、後は引くだけだ。逃げに徹するというのはエムにとって自尊心を大きく傷つけられることだが、それを上回るくらいに本能が乱入者に対しての危機感を告げている。あんなもの、わざわざ相手にする必要等無い。いざとなったらあの手この手で上司を引っ張り出して、化物級同士で勝手にやり合わせればいいだけだ。

 エムの意思が伝わり、ゼフィルスは機体の発揮ポテンシャル全てを逃走のための高速機動へと回す。伊達に世界でも数少ない、完成型と呼んでいい第三世代ISではない。専念すればその機動力は高機動戦闘型にも引けを取らない。ビットは二、三犠牲にしても構わない。何を優先してでもまずはこの場からの離脱を――

 

「あ、流石にそれは困っちゃうのでやめてくださいね?」

 

 すぐ耳元で声が聞こえた。次の瞬間、衝撃と共にエムは地面へと叩きつけられていた。

 

「ガッ……!」

 

 痛みでやや霞んだ視界に映ったのは先ほどまで自分たちがいたであろう位置で蹴りの姿勢を取っていた乱入者だ。その姿にエムは戦慄を禁じ得なかった。

 先ほどまで間違いなく足止めはできていたはずだ。なのにこの状況、考えられるとすればオータムを確保して逃走に専念しようとした瞬間に、一気に接近して蹴りを、それも重量級武装のソレにに匹敵する一撃を叩き込んだということか。幸いにして受け身は取れていたため、エム自身とオータムの両方に問題は無い。オータムの身を慮るつもりは無いが、それが任務である以上はそれなりの無事は確保しなければならない。

 

 一方的にやられっぱなしというのは心底癪だが、敵が自分より遥かに格上なのはもはや疑う余地も無い。痛みを堪えつつも何とか撤退しようと地面を滑りながらゼフィルスの体勢を立て直そうとして、自分のすぐそばを一陣の風が吹き抜けたのを感じた。それと同時に違和感、原因はすぐに分かった。つい先ほどまで己の腕の内にあったオータムを抱える感覚、それが綺麗さっぱりと消え失せていたのだ。

 まさかとすぐに周囲を見回す。そして見つけた。自分の後方、こちらを見下ろすように宙に佇む敵の姿。そして、その手によって首を握られもがくオータムの姿を。

 

「て、メェ……! 離せッ! 離し、やがれぇッ……!」

 

 漆黒のISはオータムが最低限呼吸はできるように加減をしているのだろう。だが、首を絞められ持ち上げられているという事実はオータムを確かに苦しめている。圧迫感に声を掠れさせながらもオータムはもがき、自身を掴む腕を振り解こうとする。

 だがISの膂力に生身の人間が及ばないのは言うまでも無い。純粋な膂力の上限で敵わない、これは武人の頂点を自負する二人の男もまた認めるところなのだ。こと力技において、彼の二人が出来ないというのであれば、それは現存する人類の誰にも不可能ということに他ならない。

 

「さて、折角なので先達として一つ教授を」

 

 もがき暴れるオータムなどまるで意に介さず、漆黒のISはエムに向けて語り始める。その口調はまるで親切な教師が教え子に向けるソレであり、敵愾心の欠片も感じられない。それがエムには尚更に底知れ無さを感じさせた。何せ言外にこう言われているように感じてならないのだ。敵と見るまでも無い――と。

 そんなエムの胸中などお構いなしに言葉は続く。

 

「まず戦闘行動全般においてですが、文句なしの合格点です。咄嗟の判断力、それを実行する度胸と成立させる技量。戦闘機動にしても実に手堅く基礎をきっちりと押さえた上で高い練度を保っている。それこそ、私が見てきた教え子たちにお手本として紹介したいくらいです」

 

 紡がれる言葉は賞賛だ。だが評価というのはそればかりで終わるものではない。褒められることがあれば、叱責を受けることもある。それはこの場においても例外では無い。

 

「ですが敢えて言うなら、その手堅さがネックでもある。残念ながら、まだ先を読めてしまうレベルなのが実に惜しいところです。勿論、応用や貴女なりの動き方も修めているのは分かりますけど、まだまだと言わざるを得ません」

 

 自分の戦闘機動、ソレを指してまだまだと言うのか。エムは思わず表情を引き攣らせていた。実力を過信しているわけでは無く、純粋な自負と他からの評価として自身の戦闘技術は各国の国家代表、IS界のトップガン達にも後れを取らないと思っている。

 

「えぇ、確かに多くの国家代表を相手取っても十分に戦えるでしょう」

 

 だが、そんなエムの考えを見透かすような言葉が続く。

 

「そうですね、国家代表、世界のトップガン達と張り合える。それは間違いなく世間一般からすれば賞賛に値されることでしょう。ですが、その程度(・・・・)では足りないですよ。私を相手にするには。貴女の背後にいる者(・・・・・・)を相手にするには」

「っ……!」

 

 各国の国家代表に比肩するのを指して足りない、その言葉も聞き捨てならないが、それ以上にその後の言葉がエムにとっては衝撃だった。

 

(まさか、感付いているのか?)

 

 そんなエムの考えを手に取っているかのように、漆黒のISは微笑む気配を見せた。

 

「えぇ、勿論。貴女の動きには彼女の色を感じた。クス、ちょっとだけ懐かしい気分にさせて貰いましたよ。その点はお礼を言いましょう。さて、続きですね。とは言っても貴女には大した助言は必要ないのですが――己の境地に至りなさい。それを徹底的に突き詰めなさい。限界は限界に非ず。それを踏破してこそ領域(タツジン)に至る道は開かれます」

 

 与えられた訓示、それは先ほどまでの朗らかさとは打って変わって穏やかながらも、確かな重みを伴う厳かさを孕んでいた。

 一連のやり取りはエムだけではない。セシリア、シャルロット、ラウラもまた聞いていた。そして三人もまた、最後の訓示をただ静かに聞き入っていた。

 

「さて、若い子への指導も終わったことですし、いい加減少しは仕事をしないとですね」

 

 そこでようやく漆黒のISは視線をオータムへ向けられた。ISは第二世代以前のISによく見られたヘルメット型の頭部装甲を持っている。それ故に両者の視線はバイザーを間に挟むことになるが――視線を向けられた、そう感じた瞬間にオータムは思考の一切が止まっていた。

 理由はただ一つ、己を握るISから発せられた()にあてられたからにならない。

 

「本来であればこのまま捉えるのが道理なのでしょうが――正直情報源としての価値は見られませんし、仮にも彼女(・・)がそれを許すとは思えない。おそらく捕えても徒労が増えて終わるだけなのでしょうね。であれば、私の取るべき選択肢は自ずと絞られる」

 

 エムは敵が自分にも意識を向けたのを感じた。いや、人の発するソレとは思えないほどの気、その一端でも受ければ誰だって感じ理解するだろう。

 

「これは私からのメッセージです。彼女へ、"姫光帝(ライト・エンプレス)"への。そして私に敗れた貴女の未熟、それが何を招いたかの示し――」

 

 よせ――敵が何をしようとしているか、察したエムは声を上げようとする。だがそれよりも早く、何気ない日常の所作と同じように漆黒のISは手を握りこんだ。オータムの首を掴む、鋼鉄の手を。

 

(首が折れる音)

 

 ゴキリと固い物が折れる音、ただ物が折れるにしては余りに生々しい音が鳴った。

 握られた手が緩められる。支えを失ったオータムは重力に従い地に落ちる。落ちながらオータムはピクリとも動かない。首を絞められた、その瞬間に事切れたオータムの体はまるで高所から落ちたマネキンのように地に叩きつけられ、無作為な方向に手足を曲げながら光の消えた目を空に向けていた。

 これがオータムの最期だ。恵まれた生まれも育ちもしなかった。本当の名すら忌み名として捨て、我欲に生きると決めた女の最期は、まるでそう扱われた幼少の原点に回帰するかのように粗雑で、呆気ないものだった。

 

 

『エム! 逃げなさい! エム!』

 

 切羽詰まった様子を隠さない上司の声がエムの鼓膜を震わせる。だがエムは半ば心ここにあらずの状態だった。

 地に落ち、ただの肉塊と化したかつての同僚の姿が自分と重なる。アレへの同情など無い。だが、この状況で逃げられるのか? 無理だ。もはや自分の生殺与奪は敵の手中にある。

 なまじ優秀であるがゆえにエムは理解してしまう。今の自分が如何に絶望的な状況に置かれているかを。もはや打つ手は――

 

「お行きなさいな」

「なに?」

 

 だが、掛けられた言葉は予想外のものだった。

 

「少なくとも、私も最低限の務めは果たしました。貴女一人の生存も、大きな問題とはならないでしょう。行きなさい、そして伝えるのです。彼女に、私という存在を」

 

 もはや用は無い。そう言うかのごとく敵はエムに対し背を向ける。それを撃つ気にはならない。もしもそれをすれば、今度こそ自分の命は無いと理解していた。

 故に、ただ飛んだ。脱兎のごとく学園の領域から逃げ出した。最初に相手取った候補生たちが追いかけてくる気配を感じた。だが既に手遅れだ。全リソースを逃走のために回したゼフィルスはすぐに追跡を振り払い、そして学園側の探知から完全にロストした。

 

 その一部始終を漆黒のIS、その駆り手である浅間美咲は見ていた。そして、バイザーの下で静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「オータム……」

 

 仕事の連絡をしなければならない、そう合席の男に断って席を立った女――亡国機業幹部の一角である"姫光帝(ライト・エンプレス)"スコール・ミューゼルは人目につかない陰で一連の流れをゼフィルスからのリアルタイム中継越しに一部始終を見て、死んだ部下の名を呟いた。

 そしてもう一人の部下が無事に逃げおおせたのを確認し、ようやく安堵の溜息を吐く。オータム、そしてエム。どちらも可愛がっていた有能な部下だ。失うのは痛手に他ならず、その点で言えば今回は運が良い方だ。何せあの魔女を、浅間美咲の前に敵として立ちながらも生き延びたのだから。いや、この場合は見逃されたというべきだろう。理由など決まっている。浅間は既にエムの背後にいるスコールの存在に気が付いている。そして引きずり出すことだろう。

 何故か。排除し、亡国機業に痛手を与えるためか? 理由の一つではあるだろうが、浅間にとっては仕事上の都合を付けるための体の良い方便の域を出ない。その真の狙いはただ一つ。スコールと死合うこと。

 ISの世界において現状、浅間と渡り合う存在はスコールの知る限り三人。"戦女神(ブリュンヒルデ)"織斑千冬、ドイツの"大魔弾(デア・ザミエル)"エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク、そしてスコール自身。かつて知る者ぞ知るIS黎明期からの不動の頂点に立つ四人の内の三人だ。残る一人が浅間であることは言うまでも無い。 

 しかし敵対するに織斑とヴァイセンブルクは相手として良くない。どちらも体制の側についている人間だ。それに喧嘩を売るなら、それこそテロリストに身をやつすしか無いだろう。そのリスクを鑑みて浅間は狙いを自分に定めたのだ。昔からそうだ。修羅道の狂気に憑りつかれながら妙な部分で身のこなしが上手い。

 

「いずれにせよ、対策は必要ね……」

 

 仮に、浅間が本当に出張ってきたとなるとスコールが相手取る以外に対策は無くなる。

 アレは数や策略でどうにかなるような手合いではないのだ。自分が、織斑千冬がそうであるように、渡り合える領域に至った者でなければ何をするだけ無駄だ。

 

 まずは帰還したエムを労い、今後の方策を打ち立てることから始めよう。決めてスコールは歩き出す。既にその思考からオータムのことは消えていた。

 確かに有能な部下だった。組織人としてだけでなく、個人としても目をかけ可愛がっていた。だが――所詮は手駒の一つに過ぎない。失われればそれまで、戻らないのであればいつまでも気に駆ける必要は無い。それはエムもまた同じ。

 それがスコール・ミューゼルという人間だった。

 

 

 

 

「申し訳ありません、ちょっと部下の娘がトラブルに巻き込まれてしまったみたいで」

「聞けばまだ若いのだろう? そういうこともあるだろうさ」

 

 席に戻り合席の男に軽く詫びを入れる。だが気にしていないと言う風に、男は逆にスコールの側を案じるような言葉を掛ける。

 二、三、適当に言葉を交わしながらスコールは支度を整えていた。

 

「ちょっと仕事が入りましたから、私はこれで失礼しますわ。お話、楽しかったですよ」

「そうか。いや、女性との縁は少ない身でな。上手く話せたなら幸いだ。それに、良い頃合いだ。丁度こちらも仕事に取りかかろうと思っていてな」

「あら、そうですの?」

 

 詳しく聞くつもりは無い。適当に切り上げて立ち去るつもりだった。既にスコールは余裕があるとは思っていなかったからだ。故に、続く男の言葉は完全に想定の埒外であった。

 

()()()()()()()()()()()、それこそが俺の仕事の理由だ。スコール・ミューゼルよ」

「なっ――」

 

 疑問を抱くより先にスコールは違和感に気付いた。先ほどまで二人を包んでいた喧騒、それが完全に消え失せている。代わりにあるのは四方からスコールを射抜く殺気の数々だけだ。

 その数、唐突な状況の変化、何故と思う点は幾つかあるが、それ以上に驚嘆すべきは殺気の質だ。一つ一つが並大抵の物では無い。軽く二十を超えるだろう殺気、それを放つ面々はいずれも間違いなく武人として達した(・・・)と言って良い。いや、あるいは織斑千冬や浅間美咲に及ばないとは言え、それに準ずる域にはあるか。

 だが、どれだけ優れた人材を数揃えようがスコール・ミューゼルという到達者(真の達人)の一人を前にしては意味を為さない。純粋な生身でも、手こずりはするだろうが脱する可能性はある。何よりスコールが携えるISがそれをより確実へと引き上げる。

 

 しかしそれは絶対では無かった。その理由はただ一つ――

 

「さて、自慢のISを展開するか? それは構わんが、それと俺がお前の首を刎ねるの、どちらが速いだろうな?」

 

 スコールに気取られぬまま、どこに隠し持っていたのか手にした小太刀の刃をスコールの首に当てている男の存在だ。

 

「っ……!?」

 

 驚愕に目を見開く。確かにスコールは個人として紛れも無い世界の頂点を競う領域にある。それは何もISだけが理由では無く、純粋な彼女個人としてでもだ。織斑千冬が、浅間美咲がそうであるように。

 しかし、真の意味での頂点では無い。理由は簡単だ。それより上回る存在がいるからに他ならない。そしてその存在が今、スコールの前に居た。

 海堂宗一郎――その名前をスコールは知らない。だが一時期、裏の世界を賑わせた凄腕の剣豪の噂は聞いたことがある。どこか眉唾と思っていた存在、それをスコールは目の当たりにすることでようやく信じることができた。

 

「……」

「……」

 

 静寂に包まれたまま両者は睨み合う。だが浮かべる表情に双方の余裕の差というものが如実に現れていた。

 女が浮かべる表情は緊迫したソレ、男が浮かべるのは強者の睥睨。無言のまま、微動だにせず秒に10は達するかという牽制の応酬を繰り返し、どれだけ時間が経ったのか。実際のところは数分も経っていないが、まるで数時間が経過したかのような緊張感の中で宗一郎は不意に口を開いた。

 

「そうか、それがあいつの意思か……」

 

 依然スコールに向ける殺気は微塵も緩めず、僅かな隙も見当たらない。それどころか、逆にスコールが刹那でも隙を見せようものならその瞬間に首を刎ね飛ばさんばかりだ。

 

「行け」

「何ですって?」

「そのままの意味だ。ここでお前をどうこうする必要が消え失せた。お前が望むのであればその通り(・・・・)にしてやるが、そうでないならそのまま帰れば良い」

「見逃すと言うの?」

「押し通れると?」

 

 宗一郎の気には微塵も揺らぎは無い。スコールがそのつもりであるならば、例え彼女がISを持っていようが関係なしにこの場で死合いをやっても構わないと気迫で語っている。

 だが同時に見逃して構わないと思っているのも確かなのだろう。ならばスコールの選択肢は始めから一つに絞られる。

 

「借りを作ったとは思わないわ」

「構わん。どのみち、あいつがお前に引導を渡すだろうさ」

「浅間美咲ね」

「……」

 

 無言は肯定と受け取った。やはりあの魔女が絡むかと、悟られぬよう内心で舌打ちをする。

 だが、安全を確保したのは確かなのだ。であれば、その結果を良しとするべきなのだろう。

 

 背を向けていても変わらない。濃密な殺気をぶつけ合ったまま、スコールは歩き去って行った。その姿が見えなくなり、ついに気配も完全に消え失せたところで、ようやく宗一郎も臨戦態勢を解いた。

 

「海堂殿、宜しかったのですか?」

 

 側に寄り尋ねてきたのはスコールを包囲していた面々の、この場での纏め役だ。彼らは宗一郎の本来の部下では無い。彼の盟友、もう一人の頂点(超人)に使える私兵と言える存在だ。

 だが、その主である男の命で彼らは宗一郎の指揮下に入っていた。主の命であれば意義は無し。海堂宗一郎という男自身、主に並ぶ猛者ということもあって、彼らはこの場限りの仮初めとは言え、宗一郎の下に集い動いていた。

 

「あいつからの通信でな。帰して構わんそうだ。まぁ、それも理由はさっきの会話の通りだが」

「なるほど……」

 

 多くを語る必要は無い。少しの言葉だけで男は宗一郎の言わんとすることを察していた。

 

「撤収だ。あいつの――煌仙の方も片付き次第合流する。以後、あいつの元に戻れ」

「はっ」

 

 宗一郎の指示に男は短い返事で答える。そして各々動き出そうとしたところで、再び宗一郎に声を掛けていた。

 

「しかし、本当によろしかったのでしょうか。頭領や海堂殿を疑うわけではありませんが、あの女が危険分子なのは確かです」

「その点は俺も理解しているがな。その脅威も、そう長くは続かんだろうよ」

「と、申されますと――?」

「死相が見えた。病――ではまず無いな。アレも物騒な業界の人間だ。あるいは遠からず、戦いの中に果てるやもしれん。それがいつかまでは流石に読めんがな。今日か明日か、一月先か一年先か、あるいは五年か――」

「それは、浅間殿によって……?」

「現状ではそれが有力だがな」

 

 もう語ることは無いと言うように宗一郎は歩き出す。その意思を汲み取り男も一礼すると己の仕事に戻る。

 歩きながら宗一郎はつい先ほどの自分の言葉を反芻していた。

 

(そう、今はまだ美咲だ。今は、な)

 

 だが、それが例えば半年先なら、一年先なら、二年、三年ならどうか。目覚ましい成長を遂げる者は意外と世に多いものだ。

 あるいはその中の誰かがという可能性も在り得る。

 

(それは我が弟子か、あるいは……)

 

 師匠バカと言われればそれまでだが、真っ先に思い浮かんだのは愛弟子だ。だが、彼に限った話では無い。もしかしたら、宗一郎も知らない誰かがそれを為す可能性もある。

 それはそれで興味深い。自身の仕事の顛末を纏めながら、宗一郎はいずれ来るだろうその時に想いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 さらばオータム(合掌)
 何か変な字幕があったような気もしますが、気にしないでください。気のせいです。
 今回、エムは終始振り回されました。もう完全に遊ばれていました。
 仕方ないです、実力差がありすぎます。だって相手は千冬と同格ですから。そりゃ勝てない。
 オータムについては……オータムは犠牲になったのだ。

 続く別場面。もしかしたら気付いていた方は多いかもですが、喫茶店の男女は師匠とスコール。
 ちなみにこれ、スコールを狙った罠。周り全部仕掛け人です。しれっとその構成が尋常ない感じで書いてますが、そういう連中です。
 とりあえず、あのおっさん二人はもう完全に色んな意味で手が付けられない感じですね。別ベクトルでぶっ飛んでるクソ外道も本作にはおりますが。

 次回は、後始末のあれこれでしょうか。それに何話か使って一応原作中の展開は終了。
 しかぁし! まだ五巻編は終わりません。もう一つ、イベントを残しています。乞うご期待、というか見捨てず気長にお待ちください。

 それではまた次回更新の折に。感想、ご意見は随時募集中です。些細な一言でもお気軽にどうぞ。


 レムりんマジ天使。やばい、レムりんマジでヤバい。
 あ、この前モバマスでSレア楓さん二枚、みくにゃん&飛鳥くんの計スタドリ2000弱相当、リアルマネーにして20万超え分のカードを15kで引きました。やったね!
 もう爆死マンとは言わせねぇぞ……!



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