或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 お待たせいたしました。
 前回更新のすぐ後から一気に現場仕事が増え、更には色々とあれこれやっていたらいつの間にか更新が二カ月空きました。困ったことです。もっと早く書きたいものです。

 というわけで例のアイツが本性曝け出す回、どうぞ。


第七十七話:バレたというより、バラしたんですけどね

 その言葉に一夏と千冬は揃って頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。率直に言って、二人にとってここ数年で特に驚いたことの最上位に食い込んでいるレベルだ。

 

「ま、待て浅間。元カノというのは、つまり以前に交際していたということか? あいつとか?」

 

 あくまで個人のプライベート事情に過ぎない。この場で深く突っ込むことでもないと重々に理解はしていたが、それでも千冬は問わずにはいられなかった。

 

「えぇそうです。学生時代の話ですけど。今はその関係こそ無いですが、仲は実に良好なままですとも。えぇ、いざとなったらすぐにでもヨリを戻してみせますよ。もちろん、その先までバッチリです」

 

 自信に満ち溢れた様子で言い切る美咲の姿に千冬(24歳独身女子力お察し彼氏居ない歴=年齢)は言葉を失う。

 

「落ち着け、姉さん。落ち着こうぜ。オレだってぶったまげてるんだから……!」

 

 そう諌める一夏(女子に夢見過ぎ童貞)の声も若干震え気味である。気が付けばいつの間にか携帯のアドレス帳に登録している宗一郎の番号にコールをかける一歩手前までいっていた。その先へ進まないのは場の空気を精一杯読んだ上での必死の自制だろう。そもそもこんなやり取りしている時点で空気読んでるもへったくれもないというツッコミは野暮というものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、少々取り乱した」

「同じく。ちょっとテンパってすいません」

 

 何とか呼吸を整え落ち着きを取り戻したところで千冬と一夏は話の流れを大きく乱したことへの詫びを述べる。

 実際、原因となった一件は織斑姉弟および浅間美咲の三人のプライベートのみに収束するため取り乱した姉弟に非があるのは確かなのだが、何せ取り乱した二人が二人だ。思う所はあれど、あの姉弟にとっては相応に大事な案件なのだろうと周囲の面々は一応の納得を各々で行った。

 そうなれば後は話を元通りに進めるだけである。

 

「さて、改めてだが皆ご苦労だった。既に学園祭も終了時刻を回り、来客も帰路に着き始めている。結果として想定通りの状況は発生したものの、人員、設備、施設及び運営の各種機能に大きな被害が生じずに済んだのは僥倖だ。改めて、協力に礼を言いたい」

 

 言って軽く頭を下げる。仕草こそ簡素なものだが、そこに込められた今回の学園祭での一件で動いた全ての面々への謝意は紛れも無い本物である。それを察せない蒙昧はこの場には居ない。ただ静かにそれを受け入れた。

 

「さて、今更言うまでも無いが詳細な報告と今後の対策検討は後日に改めて会議等で纏めることになっている。だが今回の一件、想定していなかったイレギュラーが学園側にも生じた。そのことについて説明だけでも行おうと思い、集まって貰った」

 

 イレギュラー、それが指す存在は言うまでも無い。本来ならば部外者でありながらこの場にいる一人の女と一人の少年だ。その双方に集まった全員の視線が向く。

 

「まずはオルコット達の現場に乱入をかましてくれたコイツについてだ」

 

 美咲の方を顎でしゃくりながら千冬は話す。

 

「浅間美咲。日本政府所属のIS乗りであり、経歴としては私とほぼ同期間。国内でもそうだが世界規模で見ても最古参のIS乗りの一人だ。キャリアという点で似た例を挙げるならば、ドイツのヴァイセンブルクもそうだな」

 

 僅かにどよめきが挙がる。だがその音以上のざわめきが場の雰囲気を揺らしていた。

 

「一先ず、と言うべきか。学園に対してという点では味方の側だ。今日この後にも私や学園長を交えこいつとは色々話すことがあるが、今は味方と考えてもらって構わん」

 

 本音を言えば千冬は一度足りとて美咲相手に気を許したことは無い。美咲の方はと言えば千冬に対して常に穏やかに接してきている。事実、心を許しているように接してきたことも幾度かある。だが、本能は決して警鐘を鳴り止ませることは無いのだ。千冬の内に秘められた天賦とも言うべき存在が、美咲を前にすると常にそれを告げている。程度の大小はあれどだ。

 しかし現時点で美咲がIS学園に対して味方の立場を取っているのも事実なのだ。無論、彼女の一応の貴族先である日本政府の意向もあるだろううが、美咲自身もそのつもりで出向いて来ているのも事実だ。それを無視して自分の警鐘ばかりを主張することが愚かなことであると千冬は弁えていた。

 

「こいつの介入は、流石に学園での非常事態に手をこまねくことを日本側が良しとしなかったことが起因だろう。その辺りのことも含め報告と協議は重ねる。纏めた内容も可能な範囲で皆に周知はする予定だ」

 

 美咲への対応について結論を纏めてしまえばそれだけだ。そして一応はこの場も大人の世界の一端、報告を纏めて上げるというのであればそれ以上の追及は敢えて行う必要も無い。

 

「さて、次だな」

 

 そう言って千冬は美咲に向けるものとはまた別の険しい視線を――数馬へと向けた。どこか警戒するような先ほどまでの美咲への視線とは違う。同じ年齢ということもあり数馬の近くにいた少女たちは千冬が彼に向けた視線に覚えがあった。あれは彼女たちも向けられたことのある叱責をする年長者の目だ。

 

「こいつに関しては把握する必要は無い。何せただの一般人だ。織斑――弟の友人ではあるがな。だがそれだけだ。聞く必要がないと思った者がいるなら、退席も許可する。やることは他にも色々あるだろうからな」

 

 その言葉を受けたからか、チラホラと部屋を出る者が現れる。そうして出る者が全て出たのを確認してから、千冬は視線を数馬に戻した。部屋に残ったのは一夏ら関わった生徒組、そして――数馬が何を行っていたかを目の当たりにした教師たちと、それでも彼が気になるのであろう数名の教師だ。

 

「数人は既に面識があるようだが、知らない者もいるから紹介はしておく。御手洗数馬、そこの愚弟の中学時代からの友人だ。私も、休日に家にやってきたこいつとは幾度か面識がある。いわゆる優等生というやつで通っているらしいな」

 

 一夏の友人、同じ中学だった鈴や夏休みの時点で面識があった箒、簪、学園祭中に一組の出し物で知り合ったセシリアらは既に知っていることだが、数馬が何者かを初めて聞いた面々は興味深そうな視線を彼に向けた。

 織斑一夏。IS学園唯一の男子生徒にして世界初にして現状ただ一人の男性IS適性者。そしてIS操縦者としても急速に頭角を現しているブラックホース。学内での彼の話は色々なことを多くの人間が聞いているが、以外にも学園から離れた彼のプライベートについてはあまり知られてはいない。その友人関係もだ。

 

「単刀直入に聞こう。何故お前が出てきた、御手洗」

「これはまた、千冬さんらしくもない質問だ。分かり切ったことですよ。一夏を、友人を助けようとしただけだ」

 

 鼻笑い交じりの砕けた口調、そんなものを千冬に向けたことに何人かが驚くような目をする。だが千冬は一瞬目を細めるだけであり、言葉遣いへを咎めることはしなかった。そして唯一美咲のみが面白そうな視線を数馬へと向けている。

 

「なるほど。実にもっともであり評価に値する理由だ。話を聞くに、事実としてお前の介入によって織斑が、一夏が窮地を脱したとも言う。その点についてはこの学園の生徒を預かる教師として、そこの愚弟の姉として礼を言おう。だが、それでも言わせて貰うぞ。なぜ関わろうなどとした」

「――織斑先生。彼の介入、原因は私にあります。その責任も」

 

 一歩、前に進み出て簪が弁明を言おうとする。だがその肩に手を置き、振り向いた簪に向けて首を横に振ると数馬は続けた。

 

「状況から事態を察したのは僕自身ですが、それを認め、同時に同行の許可を出したのも確かに彼女です。ですが、事前にリスクについての警告はしかと行ってくれた。ならば、全ては僕自身の意思によるものだ。それが全てですよ」

「……なるほど。あぁ、お前の人となりは知っているつもりだが、確かにそうだろうな。常に己の内に確たる芯を持ち、それを通すだけの能力がある。私とて認めざるを得んよ、お前や一夏、私が教えている生徒たち、その世代にあってお前より優れた人間など数えるくらいしかいないだろうさ。いや、いるか怪しいと思えるくらいだ」

 

 その言葉に特に学園での千冬をよく知る西洋出身組や残っている教師陣が驚きの表情を見せる。千冬をして掛け値なしに優秀と言わせる、それは彼女らにとって驚嘆に値する。

 だが、その賛辞を受けた当の数馬はと言えばただ無表情だった。喜びも無ければ誇る様子も無い。それが当然、当たり前と言うように眉一つ動かさない。ただ、それでも敢えて変化を言うのであれば、無表情ながらに千冬へ向ける視線が僅かに変わったことか。ただ会話のために視線を合わせていた。だが今はまるで千冬の内側を見透かそうとするような視線を向けている。その変化に気付けたのは千冬本人と一夏くらいのものだろう。

 

「……ハァ。助力を受けた恩があるとはいえ、本来であれば相応の対応をするところだがな。が、今回は事が事だ。元々が公にできない事情なら、お前を罰することも公には行えん。お前自身のリスクについても、既に手は打ってあると更識――妹の方が保証をしているからな」

 

 その言葉で簪に怪訝な目を向けたのは楯無だ。いつの間に――そう言いたげな姉の視線を簪は黙って受け流す。

 

「だから、この場で私が、我々ができるのは厳重注意だけだ。このような真似は二度とするな、というな。ハッ、どこまで真面目に受け取るかは知らんがな。そう言われて殊勝になる性質でもないようだからな、お前は」

 

 なおも無表情。数馬は微塵も表情を崩さない。千冬の言葉を聞いていないというわけではないのだろう。だが、これまで言われながらまるで反応を示した様子が無いのは流石に不可解だ。それは他の面々も感じ取っていることであり、何事かと言いたげに数馬を見続けている。

 

「……はぁ」

 

 長い沈黙、それをようやく破った数馬の第一声は言葉ですらない、どこか呆れ交じりの溜息だった。

 

「で、言いたいことはそれだけですか?」

「なんだと?」

 

 千冬の眉がピクリと上がる。一見すれば挑発的な数馬の言動が千冬の癇に障ったと取られるだろう。だが少なくはあるが気付く者もいた。数馬の言葉は千冬が胸に秘していることを暴き立てようとするものであり、千冬の反応はそれに思い当たる節がある故のものだと。

 

「なるほど。これがIS学園での千冬さん、ですか。そうあるべしと思われるままに振舞わなければならないというのは随分と窮屈でしょうね」

「だとしても、これが私の選んだ道だ」

「あぁ、そう。ま、別に良いですけど。で? いつまで建前を被ったまま話しているので? 貴女が僕に言いたいのは、そんなありきたりなつまらない話じゃないでしょう」

「……気付いていたか」

「雰囲気で察せますし、論理的思考から導き出すことも可能です。気づいてないんですか? 案外分かりやすい人ですよ、千冬さんって」

「そうか。そうだろうな、言われれば思い当たる節はある。それなら話は早い。言われた通りに言いたいことを言わせて貰おう」

 

 瞬間、美咲と数馬を除く室内の誰もが一瞬背筋を張りつめさせた。突如として数馬に向けられた殺気染みた鋭い気配。千冬から発せられたソレの余波を受けたことによるものだ。

 

「御手洗数馬。お前は――何者だ」

 

 

 

 

 その問いは集った面々にとって意味を理解しかねるものだった。だが数人は千冬がそのような問いを発したことの意図を察したような顔をしている。

 

「まだまだ若輩とわかってはいるが、それでも人を見ることは決して不得手ではないとも思っている。その上で今だから言うが、私はお前の人柄というものを読み切れなかった。あぁ、確かに今まで私が見てきたお前は評判通りの優等生さ。だが、それだけしか分からなかった。その内で何を思っているのか、まるで読み取れなかった」

 

 密かに気になっていたのは確かだ。しかし深く追及しようとは思わなかった。単にそういうのが上手いだけかもしれないし、何より弟が親友として大事にしている人間にそのような疑念を向けることが躊躇われた。

 

「――三年だ」

 

 それは一夏()が数馬と知り合い、友となってから今日に至るまでの年月。疑念を抱きながらも、あえて見続けずにいた年月だ。

 

「ようやく、私は御手洗数馬(お前)という人間を知ることができたよ。敵に、確かオータムと名乗っていたか。奴に向けた言葉、それを発したお前こそが本物というわけか」

「……」

 

 親友への姉の追及を一夏は黙って見ていた。数馬がどのような人物であるか、そんなことは一夏にとってはとうの以前から知っていたことだ。姉に伝えなかったのも、自分は許容できても姉は渋い顔をするだろうから余計な波風を立てないため、そも言う必要が無かったからということがある。

 そして今この場のやり取りは姉と親友の間だけで成り立つものだ。例え当事者二人に深く関わる立場とはいえ、自分に多く口を出す義理は無いというのが一夏の考えであった。

 

「もしかしたら、アレは相手を挑発するための演技かもしれませんよ」

「その言い訳が通じると本気で思っているなら、評判らしからぬ浅慮だな」

 

 取り繕うことなど認めない。あるいは読み違えているのかもしれない。だが千冬には確かな確信があった。

 

「……」

 

 いつの間にか数馬の顔から表情が抜け落ちていた。品行方正な優等生の評判に恥じない人当たりの良さそうな笑みは鳴りを潜め、どこまでも乾いた、さながら実験動物を眺める研究者のような平坦な眼差しだ。

 

「……はぁ」

 

 小さく一つ、息を吐いた。ため息というには軽い。例えるなら、手がけていた何かが面倒になったから一度投げ出すことにした、そんな時に吐く一息だろうか。そして――

 

「やー、バレちゃいましたか。いや、バレたというよりは、自分でバラしたんですけどねぇ」

 

 ケロリと、まるで悪戯がばれた子供のような軽い調子で千冬の追及を認めた。それと共に無表情だった顔を笑みが彩り、それを見た誰もが一瞬確かに気圧された。

 

「ッ……!」

 

 ただ笑っているだけ、だというのに胸に去来した言いようのないざわめきは何なのか。それが数馬の笑みを見た者が共通して抱いた感想だ。

 先ほどまでの好印象を振りまくような穏やかな微笑とは違うのは一目瞭然。どこか意地の悪さというものが表に出ているのは確かだ。だがそれだけでは説明が付かない。ならこの否応なしに感じる不安は何だと言うのか。

 

「御手洗、お前……」

 

 千冬だけが理解していた。御手洗数馬という少年が何者なのか。実のところより深い部分については未だ見抜けずにいる。だが知っているのだ。同じような人間を。だからこそ、彼女は数馬が如何に異質な人間かを理解できた。

 篠ノ之束。千冬の親友にして世紀の大天才、そして稀代の人格破綻者。長い付き合いだ、千冬にとって束はなんだかんだと言いつつも確かに友人だ。しかし同時に、束がいかに異常な人物かもよく理解していた。故に断言できる。御手洗数馬という人間は例えその領域まで及ばずとも篠ノ之束と同じ側の人間なのだと。

 

(よもやこのような所まで。これが血縁の宿業というやつか)

 

 千冬がそうであるように、一夏にもまた優れていながら一種の破綻した友がいる。姉弟揃って極めて似通った人間関係を築いていることに運命の皮肉を感じさせられる。

 だが全てが同じでは無い。それも断言できることだ。それは友と呼ぶ相手の人格。篠ノ之束と御手洗数馬、仮に両者を知る者が居てどっちらがまだマシかと問われたならば、おそらくは数馬を選ぶだろう。何せ束のコミュニケーション能力の壊滅ぶりは知る者の間では有名な話。一方数馬はと言えば、曲がりなりにも積み上げてきた品行方正な優等生という評価は伊達では無い。仮に誰か一人が彼を糾弾する声を上げたとて、信じる者は殆ど居ないだろう。

 だが束と数馬、二人を知った故に千冬は両者の違いを明確に見出すことができた。確かに束がある種の人格破綻者なのは紛れも無い事実であるし、他者に対しても辛辣だ。だがそれはどこか子供の無邪気さに通じる者がある。対して数馬から感じるのは、明確な"悪意"だ。

 

「曲がりなりにも弟が親友と呼ぶんだ。このようなことは言いたくは無い。だが、敢えて言わせて貰うぞ。私の勘が、お前を危険だと言っている」

「お、織斑先生。いくらなんでもそれは……」

 

 険悪、というほどでは無いにしろ鋭さを増していく千冬の雰囲気に見かねた箒が諫めようとする。千冬のことを疑っているわけではない。だが少なくとも箒が見てきた限りでは、数馬は極めて理知に優れた認め、敬意を払うべき知己と思っている。

 せめて穏便に事を収められないか、そう考えての言葉だ。

 

「あぁ、大丈夫だよ篠ノ之さん。心配には及ばない。そう、なぁんにもね」

「御手洗……」

 

 だが当の数馬が箒を止めた。その肩に手を置き、振り返った箒に見えるように首を横に振る。数馬の顔に張り付いたままの不敵な笑みに薄気味の悪さを感じつつも、しかしと案ずるような顔の箒に数馬は少しだけ表情を和らげた。

 

「大したものだよ、君は。そこまで性根がまっすぐな人がいるなんてね」

 

 その言葉に一夏が僅かに眉を動かした。今の言葉、紛れもない数馬の本心だと彼には分かった。付き合いの浅い同年代を評価するなんてなぁと、軽い驚きと共に一夏自身も箒に感心をする。

 

「が、これは僕と千冬さんの話だ。わざわざ君が手間を掛けるほどのことじゃあないよ」

 

 言外に千冬を相手にすることくらいは訳無いと言う。

 

「ところで、一つ確認しときたいのだけど、あの――なんだっけ? 下品な女の名前」

「オータムだよ。お前、もう忘れたのか」

「いやさ一夏。ぶっちゃけ覚える価値があると思うかい? あれに。まぁいいや。あれ、どうなった?」

「死んだとさ。そこの、浅間さんにキュッと絞められて草加ったらしい」

「あっそ。ならいいや」

 

 オータムが死んだ、それを聞いた瞬間に数馬の思考から彼女のことが完全に消え去ったのは誰の目にも明らかだった。

 別にオータムに同情をするわけではない。だが人がすぐ間近な所で死んだというにも関わらずまるで興味を持たないような数馬の反応はその場の者の殆どに再び薄気味悪さというものを感じさせた。

 

「お前は、なんとも思わないのか?」

 

 再び問いただした千冬の声音は鋭いというよりも慎重なものだった。一方で返す数馬の言葉は変わらず至ってあっさりとしたものだ。

 

「別に。ゴミみたいなのがモノホンのゴミになっただけじゃないですか。何を気に掛ける必要があると? 簪さんや、まぁ他の人が想定したリスクも、結局はあの生ゴミから僕に向けられるものが殆どだ。出所が消えたなら、何を気にする必要があるのか」

 

 ゴミと、オータムとその死を指して彼はそう言った。別に気取った、虚勢を張った言い回しをしているわけではない。心底からそう思い、オータムを「人」としてすら見做していないのは彼の口ぶりが伝えていた。

 一体この少年は何者なのか、この場に残った学園の教師陣は一様に緊張を表情に浮かべる。

 

「テロリストに情けを掛けるわけではない。だが、お前はそう呼ぶのか? 人の死を、ゴミと」

 

 何かを堪えているのか、千冬の声には僅かな震えが混じっていた。それが何なのかを悟るのは数馬には容易なことだ。そして全てを分かり切った上でも彼の答えは一切変わることは無い。

 

「僕の役に立たないどころか邪魔をする愚図なんぞ、人として見る価値もない。死んでもただのデカい生ごみでしょうに」

 

 そう、全てを見下すような歪んだ笑みと共に言い切った。瞬間、室内を一陣の風が走り抜けた。

 千冬の右手が拳を握り数馬の顔めがけて振りぬかれる。余りに早いその動きは殆どの者が認識すら追いつかず、ごく僅かに反応できた者も反応できただけで止めるには到底間に合わない。

 このまま千冬の鉄拳が数馬の頬を打ち、年頃の男子としては細身な彼の体が宙を飛び床に叩き付けられる。そんな光景が幻視された。だが――

 

「ストップだ、姉さん」

 

 千冬の拳は数馬の顔のごく手前で止められていた。千冬の意思によるものではない。証拠に今もその拳は数馬に向けて突き進もうと震えている。だが動かない。理由は簡単だ。何かが拳の動きを阻んでいるというだけのこと。

 それは千冬の手首を強く握りしめる一夏の手だった。

 

「一夏……」

「姉さんの気持ちは分かるよ。けど、それは見過ごせない」

 

 正直なところ千冬を抑える一夏も一杯一杯な状態だ。千冬の拳同様に、その手首を掴み抑える一夏の手もこれ以上進ませまいと小刻みに震えている。 

 

「別に姉さんに数馬をぶん殴る権利が無いって言ってるわけじゃないよ。というかコイツの性格とか諸々考えたらぶん殴られてもまぁ仕方ねぇよなとは思うし、それが真っ当な道理だ。ましてや姉さんみたいな人間ならなおさらな。うん、別に姉さんがこいつを殴ろうとすることは否定しないよ。けど、もしそれを実行しようってなら、オレはそれを止めるぜ」

 

 それはなぜか、別の方から疑問の声が上がる。それはそうだろう。殴ること自体は否定していないのに、実際にそうしようと言うなら止める。ともすれば矛盾しているようにしか思えない論理だ。

 その問いに一夏は軽く鼻を鳴らす。くだらないことを聞くなと言外に告げるような態度と共にきっぱりと言い放った。

 

親友(ダチ)だからに決まってんだろ。ダチがいきなりぶん殴られようとしてるのを止めない奴があるかよ。そいつは、姉さんだって同じだろう」

「っ……」

 

 言い切った一夏に千冬はただ喉を詰まらせた。数秒、考え込むように視線を俯かせ、観念したかのように深いため息を吐いて拳を下した。

 

「痛いところを突く奴だ。そう言われては、私は何も言い返せんというのに」

「姉弟揃って似た者同士ってことかな。いいじゃねぇか、家族同士で似てるのは悪いことじゃないだろ」

 

 同じだ。まったく同じなのだ。その人格に、言動に、行動に、眉を顰めることもあれば頭を痛めることもある。時には自らの手で制裁を加えることすらある。それでもいざとなれば危害から守る。理由はひとえに友であるから。千冬と束の関係、それと何一つ変わらないのだ、一夏と数馬は。

 いや、ともすれば彼らの方が結びつき、信頼は強いかもしれない。そしてそれらを目の当たりにしてしまっては、もはや千冬に拳を押し進めることはできなかった。

 

 言いたいことは山とある。御手洗数馬という人間を未だに危険視している節があるのも事実だ。千冬個人の主観だが、そう考える理由が一夏()のことを案じてという部分が大きいのも確かだ。

 だが、その一夏が良しとしている。ならばそれ以上に踏み込むことは千冬にはできない。こうなってしまっては千冬と数馬の話はもはやここまでとするしかない。

 

「御手洗、最後にこれだけは聞かせろ」

 

 それでも譲れない一線が、問うておくべきことがあった。

 

「お前は、一夏の味方でいてくれるのか?」

「無論」

 

 僅かたりとて逡巡することはない。即答した数馬に「そうか」とだけ言うと千冬はそれ以上を問うことはしなかった。

 

 千冬が危惧した数馬の人格、そこから来る危険性。それらへの追及はひとまずの幕を引いた。そして学園の非常事態に対し介入し、あまつさえ敵組織の人間にも言葉のみとはいえ接触した件についても"更識簪"が対応の全てを持つと明言している。こう言われてはこちらとしても多くを言うことが難しくなる。

 

「分かった。なら、もはや私は何も言うまい。……一夏の力になろうとしたことは感謝しよう。だが、あのような真似はやめろ。再三な言葉だが、リスクが大きいのだからな」

「善処はしましょう」

 

 聞く気があるのか怪しい返事だったが、今度こそこれ以上の追及はしなかった。

 そして千冬は次の指示を始める。とはいえ殆どが学園所属の人間に対しての事後処理の分担だ。異なるものがあるとすれば美咲と楯無に状況のより詳細な整理を上層部で行うために学園長室に呼びつけたこと、そして一夏と簪に数馬の、そして野暮用として待たせている弾の送りを命じたことだ。

 

 

 

 

 

「それで、鈴。なぜ君がいるんだい?」

「んなの簡単よ。あんたらだけにしとくと嫌な予感しかしないからよ」

 

 当初とは異なり、数馬の送りには鈴も同行していた。理由は言葉の通りだ。別に数馬や一夏の心配をしているわけではない。むしろこの二人を一緒にしておいて何かやらかさないか、そちらの方が心配でしょうがないのだ。

 

「にしても、少し意外だったわね」

「何がかな?」

「シラ切ってるんじゃないわよ。まさかあんたがあそこまで上っ面引っぺがすとは思ってなかったって話。とうとう他の人にもバレたわね」

「いやね千冬さんにも言ったけどさ、バレたというよりはバラしたんだよ。言っておくが、僕は別になんの問題とも思ってはいないよ。あの場合はあぁした方が上手くいくと思っただけさ」

「あっそ」

 

 興味を無くしたのか、あるいは深く聞き出そうとしても無理と悟ったか。数馬の意図のそれ以上を鈴は聞かなかった。

 

「ただまぁ、なんだ。姉さんの言うことも尤もだぜ、数馬。マジであれは危ねぇぞ。いや、実際助けられたからあんまり強くは言えないんだけどさぁ」

「そうだね、再三言われたけど僕もそこは重々承知しているよ。ただ、居てもたってもいられなくてね。それにリスク、そっちもあまり心配しちゃいないんだよ」

「というと?」

「だって、いざとなれば一夏。君が僕を守ってくれるんだろう?」

 

 確信を抱いた全幅の信頼を寄せる言葉。親友に掛けられたその言葉に一夏は一瞬目を丸くするものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべながら「まぁな」と頷く。

 

「だろう? 逆もまた然りさ」

 

 フッと笑い合う二人の姿は正しく親友のソレだろう。例え片方が芯の部分で人とズレた価値観を持っていようが、例え片方が余人と遥かにかけ離れた悪意を内に抱えていようが、その一点だけは他者と何も変わらないものであり、彼らにとっては紛れもない本物だ。

 笑い合う二人を鈴は黙って見ていた。色々と言いたいことはあるが、二人の友情は流石に疑いの持ちようがない。いや、正確に言うならば別の疑い――ぶっちゃけこいつら友達というよりホモダチなんじゃないのかと思わないこともないのだが、そこは深く考えすぎると気持ち悪いことになりそうだから敢えて目を瞑っておく。別にそういうマイノリティな存在を否定するわけではないのだが、少なくともこの二人にやられると気持ち悪いとしか言えない。

 

「けど……それだけじゃない」

 

 それまで沈黙を保っていた簪が言う。その言葉に真っ先に反応したのは鈴だ。どういうことなのか、意図を問う。

 なぜならその言い方はまるで、一夏の数馬の関係が信頼し合う親友、それ以外もあるかのように聞こえるからだ。別にそれ自体は不思議なことではない。友人関係にあってもその関係に関わる要因は様々だ。だが今回は当事者が当事者だ。どのような中身が出てくるか、予想もつかない。

 

「難しいことじゃない。単に、数馬くんの考え方の問題」

「僕の、か……」

 

 多くを言わずに数馬は簪に続きを促す。阿吽の呼吸ともいえる間を繋ぎ、簪は続けた。

 

「だって数馬くん、絶対に自分にとっての利用価値とかの打算をしているでしょ? 他の人たちに。凰さんに。私に。――織斑くんにも」

 

 その言葉に鈴は自分の表情が固まるのを自覚した。一夏はどこか興味深いと言いたげな顔をしている。そして数馬は、ただいつも通りに微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 




 正直難産だったというのが今回書いていての本音です。「作者より頭のいいキャラを書くことはできない」などと創作界隈ではよく言いますが、まさにその通りだと思います。
 さて、いよいよ数馬が人前で本性をさらけ出しました。更に自分自身の能力のセルフプロデュースまでしています。これが何に繋がるかというと……やったねたえちゃん! 数馬を今後もガンガン話の筋に絡められるよ! 頭脳キャラって書くの大変だから作者の負担が増えるよ! コンチクショウ!wwということになります。

 次回は美咲さんについてもうちょっと。
 できれば次回あたりで学園祭関係の話は締めとしたいところです。もしかしたら次々回かも……
 そして、五巻編最後の展開に移りたいと思います。スポットが当たるのは一夏でも千冬でも美咲さんでもヒロインズでも数馬でもない、あの人になります。

 それでは、また次回更新の折に。次はもっと早く仕上げられるよう頑張ります。


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