或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 大変お久しぶりでございます。かれこれ半年少しぶりの更新です。
 理由は色々ございますが、お待ちいただいた方には本当に申し訳なく。

 個人的に難産な回でもあり、これで良いのかとも未だに思っている節がありますが、続きとなります。
 今回の話、メインは一夏ではありません。彼と彼女、とうとう組んじゃいけないタッグが本格的に……

 それではどうぞ


第七十八話 契約

 自分にとって使えるか否か。人が他者を評価する基準や考え方は様々にあるが、これはその中でも比較的ポピュラーな類だろう。

 むしろ表現を変えればほぼあらゆる場面で共通すると言っても良い。何気ない人付き合いの中で自然と為している関わる相手の選別、例えば企業が人を雇い入れる際の判断、公私幅広くに渡って人は他者を自分にとってプラスかマイナスかを判断している。

 だというのにこうして改めて他者を自身にとっての有用性で判断する、そうはっきりと言葉にした時に理論としての理解は得られても必ずしも良い顔をされないことがあるのは、時としてそれを徹底し過ぎる者がいるからか。そうした者は有能だが冷徹などと言われるように敬意より恐れを他人に抱かせることが多い。そういった背景がある種存在しているのだろう。

 そして、そのような観点で言えば御手洗数馬は間違いなく自身にとっての有益性で他人を判断し、その取捨選択を冷徹に徹底する類の人間だった。

 

「簪、あんたそれどういう意味よ」

「言葉通りの意味」

 

 簪の言葉、その意味を量りかねて問うた鈴に簪は淡々と返す。いや、鈴とて分かっている。彼女は決して鈍い人間ではない。むしろそういった気付きについては鋭い方だ。ただ、それでも受け入れるのにやや抵抗があったということだろう。

 

「なに、その言い草だとまるで数馬があたしや一夏、あんたを、それだけじゃない。箒たちや千冬さんや、家族までそういう打算ずくの目で見てるってこと」

 

 その問いかけに簪が返したのは無言。だが沈黙は肯定と受け取り、鈴は信じられないと言いたげな目を数馬へと向けた。

 

「あたしの目もまだまだ節穴ね。それなりの腐れ縁だったつもりはあるけど、まだこいつのことを分かっていなかったわ」

「ま、僕もそう易々と人に見抜かれるような振る舞いをしてはいないからね」

 

 僅かに頬を引き攣らせた鈴になんてことは無いと言うように数馬は肩を竦める。

 

「というよりもだ、鈴。何でそこまで引いちゃうかな。いやね、正直僕もそこまで簪さんに読まれたことは驚いてるけど、暴かれちゃったなら仕方ない。あぁそうとも。僕は僕に関わる全ての人間に対して、その一人一人がどのような影響を僕に与えるのか、それが僕にとって有益かどうか、つまりは僕にとって使えるかどうかを判断している。確かに事実だ」

 

 どれだけひた隠しにしようと、一度暴かれ白日の下に晒されたのならこれ以上の隠蔽は無意味だ。あっさりと数馬は簪の指摘を認める。

 

「で、それが何か問題?」

 

 そしてあっけからんと言い放った。思わず目を見開いた鈴を諭すように数馬は続ける。

 

「だいたい、似たようなことなら人間誰しもやっているんだよ。僕の場合はただ単にそれをより合理的にしたというだけの話さ。業腹だけど社会というものによって世間は成り立っているからね。どれだけ鬱陶しくとも他人との関わり合いは必要になってくる。ならせめてものリスク回避に、自分にとってマイナスになる人間は避けるべきが道理じゃないかな。それの何が悪い」

「……そうね。確かに理屈は分かるわ」

 

 言わんとすることは鈴にも理解できる。そして普通ならばここでこの話は終わりとしても良いだろう。普通ならば。

 だが、その普通が通じない例外的な相手が鈴の前に居た。数馬は、同い年の腐れ縁仲間は断じて'普通'の一言で済ませられる相手じゃない。

 

「けど数馬。例えばそうやってあんたが判断していった人間で、あんたが自分にマイナスだって、いらないって、そう判断した相手はどうすんのよ」

「鈴、それは君の知る必要のないことだよ」

 

 問い掛け、返ってきた答えに鈴は言葉を無くす。知る必要が無い、言い方こそ穏やかだがその言葉には鈴に対する明確な隔絶の意思があった。数馬は間違いなく鈴を数少ない友人の一人と見ているだろうが、たとえ彼女であっても踏み込ませない領域、それが投げた問いの先ということだろう。

 それ以上を問い詰めることを鈴はしなかった。別に数馬の気持ちを尊重したわけではない。何より、そうすることが鈴自身の身を守ることだと直感したからだ。

 

「賢明な判断だよ。僕はね、鈴のそういうところは中々だと思ってるんだよね。なぁに、安心しなよ。繰り返すようだけど腐れ縁の仲なんだ。別に何かしようなんて思っちゃいないし、むしろ僕で良いなら喜んで助けになるさ。あぁもちろん、篠ノ之さんとかもね。その時は遠慮なく頼ってくれ。悪いようにするつもりは無いよ」

「……まぁ、そう言うんならそういうことにしておくわ」

 

 話はこれで終わりと言うかのように鈴は大きく息を吐きながら肩を落とす。疲れた、面倒くさい、そんな心情がありありと浮かんでいた。

 そうして気が緩んでいたからか。彼女は完全に気付かなかった。数馬の口が僅かに歪んだのを。その口の中に留まるほどに小さく呟かれた"今はね……"という言葉を。

 

 

 

「まぁ本当にぶっちゃけると簪さんの言う通りさ。僕は関わる相手が自分に与える影響っていうのを何時だって考えてるし、それを利用してる。けどねぇ、僕だって人の子だよ。好き嫌いはあるし、特別扱いだってする。仮に一夏が僕にとって危険な奴になろうが、ダチなのは変わらないね」

「どうせお前、そのパターンだとまずオレとお前の関係自体スタートさせねぇだろ」

「あ、バレた?」

「ったりめーだっつの」

 

 もっともそれはifの話。口にしたところで今の一夏と数馬の関係が変わるわけでも無く、二人にとっては話すだけ無意味だ。

 

「まぁぶっちゃけオレも数馬のアレコレに関しちゃ何も思わないってことは無いんだけどな……。オレが言うまでも無くコイツなら上手くやるだろうよ。だから鈴、今更だ。今までもそうだったろ」

「そうね。癪だけど、そこは確かに一夏の言う通りだわ」

 

 以前から数馬の本性を知っていた二人はそれを受け入れた上で友人としてやってきた。だがいかに友人言えども数馬の考え、行動に何も思わなかったということは無い。時に友ながらに眉を顰めることだってありはした。だが結局は上手くいく。結局、数馬を最も御することができ、もっとも丸く事を収められるのは数馬自身だった。だったら自分たちがあーだこーだ言っても仕方ない。せめて時々に自重を促すくらいが関の山だ。

 結局、今回の一件もそういうことだ。しかも今回は数馬の側に簪まで付いている。こうなってしまえば一夏も鈴も、自分たちがどれだけ考えようとも意味がないと納得せざるを得ない。

 

「本当に、ことオレたちだけの見方をしてみりゃいつも通りの展開だったな。数馬が思い切り場を引っ掻き回して、数馬の獲物が大損をして、当の数馬は高みの見物でノーダメ。もう感想も出ねぇや」

 

 歩きながら続けられていた会話にも終わりが見えてきた。単純な話、学園の正門が近づいてきただけのことだ。

 

「けど、流石に今回ばかりはリスキーだからな。……何かあったら言え。すぐにヘルプに行ってやる」

「そうならないように事前に手を打つのが僕の本領だけどね。けど、その時は遠慮なく呼ぶさ」

 

 口調こそ軽いが誤魔化すような雰囲気は無かった。一夏の言葉も、数馬に向ける眼差しも真剣そのもの。親友のそんな姿に適当な返事をするほど数馬も不義理ではなかった。

 表向きはつつがなく終わったとされる学園祭からの帰宅者がポツリポツリと周りを通り去って行く中で一夏と数馬の視線が無言で交わり合う。時間にすれば数秒という短いもの、だがそれで十分と言うように一夏は踵を返して学園の方へ歩き出した。

 

「戻るぞ、鈴。ここまで見送れば十分だろ」

「え? あ、ちょ、一夏ぁ!」

 

 スタスタと歩いていく一夏と、その背を見送るように佇む数馬の間で鈴は視線を右往左往させる。

 

「先に戻ってて。私は数馬くんにもう少し話があるから」

 

 助け舟を出すような簪の言葉に鈴は一瞬呆け、続けて考え込むように小さく唸る。だが結局は後を追うことに決めたのか、先ほどの一夏と同じように数馬に背を向けて駆けだそうとする。だが一歩を踏み出す直前で再び振り返ると数馬に指を突きつけながら言った。

 

「数馬! とにかくあんたはもっと自重すること! 何度も言って来たけど、これからも何度だって言ってやるからね! 分かったわね!」

 

 今度こそ鈴も走り去っていく。そうしてその場には数馬と簪の二人だけが残る形になった。

 

「さて、これで二人きりか。それで、話とは何かな?」

「君の、今後のこと。……けど、その前にさっきの続き」

 

 数馬の今後、言うまでも無く学園祭の有事に首を突っ込み、直接の相手こそ死亡したものの正体不明の国際的な暫定テロリスト集団と接触をしたことへの対応を指す。

 そこまでは予想していたが、その前に先ほどの会話の続きをするというのは考えていなかったのか、数馬の目が僅かに丸くなった。

 

「さっきの続き、というと僕の他人への考え方か。そうは言ってもね、さっき話した通りでそれ以上は無いのだけど?」

「嘘」

 

 キッパリと数馬の言葉を否定した簪に数馬の目が細まる。だが不快感を示している様子は無い。その逆、むしろこの後に簪が何と続けるのか期待しているかのような笑みを口元に浮かべている。

 

「確かに君は織斑くんや凰さんにも、君にとっての有益性の判断をしていると言った。けどそれと関係なしにあの二人との付き合いがあるとも言った。それはきっと事実。けど、その君の二人への本当の評価は、使えるかどうか(・・・・・・・)は言っていない」

「やっぱりそこを突っ込んできちゃうかぁ。いや、敢えて言わなかったんだけどね。――確かに、簪さんの言う通り僕は一夏や鈴にすらもそういう見方をしているのは確かだ。けど、それはあくまで僕自身の問題。それを知っていようといまいと簪さんに影響はないと思うんだよね。言いも悪いも両方で」

「そうだね。確かにその通り」

 

 では何故か。そう聞き返されて簪は顎に手を当て僅かに考える。そして数馬の方を見ながら蠱惑さを含んだ微笑と共に答える。

 

「私も、君のことをよく知りたい……これじゃ駄目……?」

「その返しは反則だと思うね。一夏あたりにやってみなよ、案外簡単に堕ちるかもしれないよ。あいつ、あれで結構初心いからさ」

「大丈夫、知ってるから」

 

 知らぬところで話題にされた一夏が小さなくしゃみをしたとかなんとか。

 

「……まぁ、多少だったら言っても良いかな。一夏? あぁ、僕的には実にポイントが高い。本人は腕が立つだけで後は普通だなんて言ってるけど、その腕が立つってのがポイントさ。それに後は一夏がどこまで自覚しているかだけど……いや、これは言わなくても良いね。むしろこのまま見物していた方が面白そうだ」

 

 紛れも無く高評価を与えているつもりなのだろう。だが嬉々とした表情からはそう見ることは難しい。むしろ悪魔がお気に入りの憑りつく相手を見つけた、と言うべきが正しいだろう。そのまま他の人物の評価を語ろうとする数馬だが、そこに簪が待ったをかけた。

 

「うん? まだ一夏のことしか言っていないけど、これだけでいいのかい?」

「ううん、違う。けど、そう。今ので十分」

 

 間違いなく、確実に今の数馬はその本性を曝け出していた。それが一番の親友と認める相手を語る時にも関わらず。これならば本当に聞きたいことは聞きだせる。

 

「じゃあ、数馬くん。私は、どうかな?」

 

 そういうことか、ようやく数馬は簪の言わんとすること。欲する数馬の言葉を理解した。随分と回りくどい聞き方にも思えるが敢えて追及はしない。良いだろう、簪がそれを望んでいるのであれば遠慮なく曝け出すとしよう。御手洗数馬の本心というやつをだ。

 

「結論から言おう。少なくとも今まで僕が接してきた人間の中では最上だよ。あぁ、君は僕にとって実に有益な存在だ。割と本気で悪いとは思うけど、一夏や弾もそうだし、僕の両親すら、僕にとっての有益性という点では君には及ばない」

 

 親友や身内への情は確かにあるが、それとこれとは別問題だ。元よりこの評価は数馬自身がその時々において適切な行動を取るための一種の指標のようなもの。情があるか否かは別問題だし、その相手への接し方が変わるわけでもない。まずそもそもとして、有用性の低い人間に情をかけることがあるのかが問題であり、現状数馬の認識の中ではそのような人間は居ないが、もしかしたらそういう例外も起こり得るかもしれないとは数馬自身も思っている。早々あり得はしないだろうとも思ってはいるが。

 

「そして僕が君をそう評価した根拠だが、まず最初にしてこれこそ最大だよ。僕と同じレベルにある。あぁ、そうさ。僕はね、君と知り合えて心底嬉しかったんだぜ。一夏や弾は最高の親友だよ。けど、それでも二人ともどうしても僕に及ばないところがある。それは一夏にとっての僕や弾も、弾にとっての僕や一夏も同じかもしれない。分かっていたさ、仕方がないって。けどそれが歯痒くて仕方が無かったのも確かだ。別に賛同しろとは言わない。なんなら真っ向から反発してくれても良い。それでも、僕と同じようにモノを見ることのできる、納得はしなくても理解をしてくれる、そんな相手が欲しい。そういう風にすら思っていた」

 

 二人の周囲に人影は殆ど無い。だからだろうか、数馬の語気は少しずつ強まっていた。

 

「勿論、僕だってただ欲しい欲しいと喚くだけじゃない。そういう相手が居ないかを探しては見たさ。ネットの波をくぐってサーフィンなんてこともしたし、それこそ自分の足を動かしたりもした。けど、結果はお察しさ。むしろ見渡せば見渡すほどにクソのような連中が目に入る。なんで世の中こうも阿呆がのさばっているのか。あぁ、いっそ世の中を良くするために連中の脳味噌の中身を僕自身の手で作り変えてやりたいくらいだ。いや、現に……何でも無い。ごめん、少し熱くなったね」

 

 柄にもなくヒートアップした自覚からか、小さくため息を吐いて数馬は言葉を切った。

 

「まぁ、そんな中で君に出会ったわけだよ。嬉しかったね。まだ僕らが知り合って数カ月といったところだ。決して長くは無い。けど、それだけでも君がただの愚鈍じゃないこと、僕と対等に、一部に関しては僕以上かもしれないこと、そんな君の凄さを知った。もっと幸運だったのは君が僕という人間に対し理解を示してくれたことだ。最ッ高だね! 他にも色々ある。そうだね、”更識 簪”という人間が何者なのか。あくまで僕の憶測に過ぎないから明言はしないよ。けど仮に僕の想像通りなら、それもまた僕にとってはプラスだ。これだけ揃えば後はもう何も言うことは無い。

 だからね、簪さん。改めて言うよ。君は僕にとって――最高に使える人間だ……!!」

 

 曝け出された数馬の本心、しかしそれを受けて簪は――笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり……。そっか、そうなんだね……うん。やっぱり……私が思った通りだった……」

 

 合格だ。これなら良い。コレなら使える(・・・)。彼なら、そうする価値がある。

 

「さっきのお返し。教えてあげる。私の事、更識(わたしたち)のこと」

 

 そして簪が語ったのは自身の素性、更識という家のこと。凡そは以前に一夏に語ったことと同じだ。古くから連綿と受け継がれてきた利を活かし、国内の各機関に根を張るカウンターテロ組織”更識”とそれを統べる”更識家”。およそ普通に暮らしていればまず知ることの無いだろうそれらの情報を簪は隠すことなく数馬に話した。

 

「なるほど、ね……」

 

 驚きはしなかった。むしろ納得が深まったと言うべきだろう。自分が言えた立場では無いが、簪が内に秘める能力の非凡さは決して一般的な環境に育って早々得られるものではない。そして先刻まで彼らが対処していた存在、未だに概要は知らされていないがおそらくは公には秘匿されているテロ組織の類と見て良い。そのような存在への対応を学園側、つまりは公的機関が認めていたこと、何らかの組織的な後ろ盾がある故とまでは想定していたが、後ろ盾どころか組織そのものの中核であった。

 本人の人格、能力はさておき数馬については生まれも育ちもごくごく一般的なソレだ。だが簪は違う。生まれも育ちも特殊であった。それが彼女の才覚、能力の理由の全てでは無いだろうが、得心するという点では十分だ。

 

「なるほど、実に興味深い話を聞かせて貰った。それで簪さん。その話を僕にした意味というのは一体なんなんだい?」

「一つはさっきの、君が状況対応に加わったこと。何度も言われたけど、アレには相応のリスクが伴う。だから、それを更識(わたしたち)が防ぐ」

「そうか、だから君があの時に保証すると……」

 

 本来であれば無関係の一般人である数馬を緊急事態の現場に加えた。そのことについて簪は自分が責任を持つと言ったが、確かに彼女の素性を聞けばそう言ったことも、その言葉を周囲が認めたことにも理解ができる。

 

「けど、それだけじゃあないんだろう?」

「そう。今のは単なる相互認識の確認。本題はこれから」

 

 そこで簪は一度言葉を切り、まっすぐに数馬を見据えて言った。

 

「ねぇ、数馬くん。私たちに、ううん、私に付かない?」

 

 それは数馬をして予想外の言葉だった。私に、と簪は言った。それはつまり彼女が所属する二つの機関、IS学園でも更識でもない。更識 簪という個人に与し手を貸すということ。

 それ自体は別に吝かではない。だがどうせ与させるならば所属する組織そのものに与させた方が簪の立場としても良いのではないか。

 

「それはそうしたとしても精々表向き。数馬君には、私にこそ力を貸して欲しいの。学園でも、更識でもない。私に」

「……僕をそこまで買ってくれるのは素直にありがたいよ。けど、何故そこまで拘るんだい?」

 

 聞いて当たり前の問いだ。だがこの時点で既に数馬は凡その当たりをつけていた。何故言われるまでも無く察したのか。簡単な話だ。そも数馬と簪は似た者同士ではないか。

 

「簡単な事。さっきの言葉、そのまま返す。数馬君、君は、私にとってとても使える人。君の力を私は利用したい。確かに君なら学園にだって、更識にだって有益な存在になれる。けど、君を一番上手く使えるのは――私しかいない」

 

 この上なくエゴに満ちた言葉だ。だがその言葉に不快感を表すことは無い。

 何故なら数馬もまた同じように考えていた。そして数馬も簪もこれこそが最良だと確固たる自信と共に確信している。であれば数馬にもそれを拒否する理由は無い。

 

「なるほど、概ねは理解したよ。表向きは君の側に与し、しかして真実は簪さんのみの味方、か。良いね、実に僕好みのやり口だ。だが良いのかい? 自分で言うのも何だが、僕は自分本位ってやつが強い。君に与するのは良いが、そうだね。仮にだが、君と一夏が反発し合ったとしよう。その時は、残念だが敢えての中立、あるいは一夏の側に立つかもしれないよ。もしかしたら君の側かもしれないが、どうなるかはその時次第だ」

「別に構わない。私はそうはならないようにするつもり。彼は、織斑君は、味方でいてくれた方が都合が良い」

 

 そうだ。こういうところだ。友情は間違いなく本物。しかし同時に自身の利益を踏まえた打算を怠らない。こういうところがそっくりなのだ、自分と簪は。

 

「逆に質問。ねぇ数馬君。もしも、私が君を見限ったら? もしも、私が君の敵となったら? 私が、君を排しようとしたら? 君はどうする?」

 

 言うまでも無い。

 

「その時は仕方ないね。残念、実に残念だけど素直に巡り合わせに従うよ。従って、僕自身のために君を排除しよう」

「もっと合格。それでこそだよ、数馬君。それこそ、私が君に求めるものだから」

 

 気が付けば二人は間近で笑い合っていた。二人を知る者、知らない者、誰でも良い。二人の会話を聞いていればおおよそ誰もが表情を強張らせるだろう。それほどに二人の会話は剣呑な内容だ。だが、二人にとってはそれこそが心地よかった。だからこそ、目の前の相手が得難い存在に思えるのだ。

 

「ねぇ、数馬くん。これは契約、君は私の力になる。君を私が存分に使う。代わりに君への助力を私は惜しまないし、君は私を幾らでも利用してくれていい。どう? 悪い話じゃ、ないよ?」

「なるほど、実にシンプルかつ良い契約だ。是非も無い。けど、良いのかい? さっきも言ったけど、僕は自分本位な人間だ。場合によっては、それを躊躇なく切り捨てることも在り得るよ?」

 

 仮にそうなったとしても自分への不利益は徹底的に回避するだろう。御手洗数馬がそういう類の人間であることは簪も重々承知していた。故に最後の一押し、より結びつきを強固にする一手が必要となる。そしてその一手は既に簪の中にあった。

 

「そうだね。君はそういう人。だから私は、それを縛ることにした」

「……それは?」

「数馬君。私も、起伏は小さいけど人並みに喜怒哀楽がある。感情だってある。それは君も同じ。だから私は、君の感情(ココロ)を縛る」

 

 この瞬間、数馬は初めて簪に戦慄、あるいはそれに類する感覚を抱いた。だがその感覚への対処をするより早く、簪の口からその言葉は紡がれた。

 

「君と私は相互に力を貸し合って、利用し合う。代わりに――君を、愛してあげる」

 

 今度こそ数馬は一切の言葉を失った。認めざるを得ない。この場において簪は完全に数馬を上回った。こと簪を相手にした場合に限って最も突かれてはならないポイントを容赦なく抉りこんできたのだ。

 

「簪さん、君は――」

「本気だよ。君にはそれだけの価値がある。それに、私も……君なら構わない」

(あぁ、参ったね。これは、やられたよ)

 

 きっとこの瞬間のことは数馬の記憶に生涯刻み込まれるだろう。人生における完全な敗北の経験として。しかも困ったことに負けたことへの諸々と同時に、それほど悪くないと思えてしまっている節があるために余計性質が悪い。とりあえず向こう10年くらいの間はその気になれば鮮明に思い出せそうだ。

 

「――分かったよ。あぁ、参った観念したやられたよ。君の提案、受けさせて貰うよ。実際、悪くない話なのは確かだ」

「じゃあ、契約成立……」

 

 そうして簪は右手を数馬に向けて差し出す。その意図に気付かないほど数馬も鈍くは無い。フッとどこか諦めたような笑みをこぼしながら同じように右手を差し出し握り合う。

 

「握手、か。思えばあまりしたことは無いな。……その、なんだ。よろしく、簪さん」

「うん。……まずは、当面のことを色々と話したい。今度、時間貰える?」 

「あぁ、うん。それは構わないけど、どこでかな?」

「秋葉原」

「即答って……いや、どうして秋葉原なんだい? なんなら駅隣のモールでも――」

「人ごみの中の方が話しやすい。それに、そのままデートにも行ける」

 

 追い打ちを掛けるような不意打ちに再び数馬は言葉を失う。まさかこうも手玉に取られるとは思わなかった。

 

「良いさ、是非ご一緒しよう。慣れてはいないが、精一杯エスコートさせてもらうよ。……あぁ、良いさ。簪さん、君は好きなようにすればいい。いくらでも僕を利用しろ。僕もそうする」

「もちろん」

 

 握手をしながら二人は再び笑みを交わしあう。ここに本当の意味での二人の契約は成立した。これが何をもたらすのか、誰も見届ける者が居ない以上、それは誰にも想像ができないものであった。

 

 

 

 

「じゃあ、今日のところはこの辺で」

 

 ゆっくりと数馬は手を解く。そのまま踵を返して立ち去ろうとして、背後の簪に不意に手首を掴まれた。

 

「何か――っっ!?」

 

 振り向いた直後、目の前には簪の顔が迫っていた。それも今までより遥かに近くに。それと同時に何か柔らかいものが数馬の口をふさぐ感触がある。

 それが何なのか、理解した瞬間に今度こそ数馬の思考は吹き飛んでいた。

 

「なっ……なっ……」

 

 何時の間にか簪は数馬から離れ得意気な笑みを浮かべていた。

 

「これで、もっと強く君を縛れたかな」

「え、えぇ~……」

「君と私は同類。君と私は利用し合って、けど君は自己保身は怠らない。私も、同じことをしただけ。君を縛って、そして私自身を守る」

 

 そのためならこの程度は安い。

 

「けどね、数馬君。私はそういうのを抜きにして、君を……気に入ってる。契約の代わりだけど、せっかくだから。……私を、夢中にさせてね」

 

 そして今度は簪の方が踵を返して学園へと戻っていく。その後姿を半ば呆然としながら数馬は見送り、気が付けば口周りを撫でていた。

 

「……クッ、面白い」

 

 やがて思考は正常へと戻り、数馬の表情にも笑みが戻る。一夏や弾、簪と言った限られた者の前でのみ見せる、本性を曝け出した笑みだ。

 

「面白いよ、簪さん。こういうやり取りは初めてだ。あぁ、今回は僕の負けだ。けど見てなよ、次は違うからな。あいにく僕だって男なんでね」

 

 久しく感じていなかった熱に自然と気持ちが昂る。悪くない感触だ。

 関わっている事を考えれば面倒事、厄介ごと、苦労ごともあるだろう。だがそれに見合うだけのリターンはある。

 間違いなく退屈はしないだろうこれからに想いを馳せながら、数馬もまたIS学園の地を後にした。

 

 

 

 

 




 あ~あ、組んじまったよ。
 まず初めに、原作の可愛い簪ちゃんが好きな方々、本当にゴメンナサイ。
 申し訳ありませんが拙作の簪ちゃんはあんなのです。えぇ、そりゃもう中々の黒さ。

 書いてて思いましたとも。なんだこいつらと。
 互いに好意はあります。数馬は割とマジです。しかし同時に利用価値の打算も徹底している。感情と理屈を完全に確固たるものとしているのに絶妙なところで交わって実はどちらにも徹しきれない。他の面々とは違った二人の複雑さを表現できていればと思います。
 ちなみに後ほどこのことを知った一夏は石化する模様。

 言い訳がましいとは自覚していますが、久々の執筆で色々な落ち込みを感じています。また少しずつ書き進め、なんとかクオリティの向上をしたいものです。
 次回あたりでなんとか学園祭編を終え五巻編のラストパート、本作オリジナルの一幕に漕ぎ着けたいものです。

 それではまた、次回更新の折に。



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