或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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第八十話:人の身で足りぬなら

 結局、亡国機業の幹部としてクローディア・ミューゼル、現コードネーム「スコール」の名が明らかにされたこと以外に特別なことを美咲は話さなかった。精々がスコールの圧倒的実力とその脅威、相対することの危険性への再三の念押しくらいのものだ。

 その後に千冬から今回のことへの他言無用、専用機持ちとして敵から狙われることへの注意と再度の学内の有事に際しては再び出動してもらう可能性があることなどが語られ、その場は解散となった。IS学園という組織として今後どのような対応を講じていくか、各国政府機関への報告と今後の連携はどのようになるかなどの組織、政治的な話は今後進んでいくことになる。しかしそれは一夏ら生徒にはやや縁が薄い話だ。

 

 

「結局、敵の側のやべー奴の名前が分かった以外は特になんもなかったな」

「それは仕方ないだろう。これ以上は組織的、政治的要素が大きく絡んでくる。そこは学園上層部の領分だ。

 仮に亡国機業との衝突があるとしてその際の学園を軍と捉えるなら、我々は少々腕の立つ一兵士に過ぎない。知れることには限りがある」

「おいおいラウラ。ここ学校、オレら生徒よー?」

 

 身も蓋も無い言い方をするラウラに一夏が苦笑交じりで返すも、ラウラは肩を竦めて一夏の肩をポンと軽くたたくだけで返す。

 

「ま、癪だけどラウラの言うことにも一理あるわ。今のIS業界、各国の軍部がガッツリ絡んでるわけだし? 訓練機とは言えISをがっつり配備してるIS学園は見る人によっちゃ立派な軍事施設よ」

「まぁまぁ鈴、織斑君だって理解はしてるよ。今のはほら、あれだよ。場を和ませるジョーク?」

「いや、オレは割と本心は言ってるんだけどねえ?」

 

 そう。一夏とて理解はしている。とは言え思わずには、言わずにはいられないのというのが人の性というものだ。

 

「けど、向こうの目的がISの奪取なのは分かった。なら、それを警戒すれば良いだけ。……分かってる? 織斑君、篠ノ之さん」

「ま、今回はオレが直接のターゲットになったわけだしな」

「わ、私もか?」

 

 瞬間、その場の全員の目が「何寝ぼけたこと言ってんだコイツ?」と言わんばかりに箒へ向けられる。

 

「あのね、箒? いい? あんたのISは現状世界に一つだけの第四世代、しかも篠ノ之博士のお手製。しかも使ってるあんたはまだペーペーもペーの林○パー子よ! 向こうからすりゃ恰好のカモね!」

 

 キッパリと断言する鈴の言葉に全員がウンウンと頷き、箒も流石に自覚はあるのか言葉に詰まり反論できずにいる。

 ところで――と、箒についてこれ以上言っても仕方が無いので話を変えようと一夏が声を上げる。

 

「とりあえずさ、何だかんだで言いそびれてたんだけど、言っていい? てか言わせろ。

 お前ら――なんで全員オレの部屋に集まってんねん」

 

 思わず似非関西弁が出てしまったのはご愛嬌。そう、学園祭が終わり、その後の重苦しい話が終わり一先ずは解散となったその後、三々五々に散ったはずのお馴染み一年専用機組は所用があると言うセシリアを除いて全員が一夏の部屋に集まっていた。

 理由は至って単純。入学当初は箒と同室だった一夏だが、その後学園側の方でも諸々の調整が付いたことで他の生徒も少々巻き込みお引越し、夏休み前には一人部屋を獲得するに至っていた。

 そして一人部屋ということは今回の騒動に無関係な他の生徒が話を聞いてしまうという恐れが少ない。話し合おうにも周りの目と耳を考えればとなった結果、自然と全員が一夏の部屋に集まっていたという寸法だ。

 

「まぁその理屈は分かるけどよ。なんだかなぁ、自分の部屋にこうも集まるってのは、どうにも落ち着かないもんだな」

 

 別に彼女らを拒絶しているわけではない。少なくとも今後、亡国機業との対立において関わりがあるだろう面々で、他の生徒には聞かれない場所で、揃って論ずる。そのために一夏の部屋を使用するのが適しているのは一夏自身認めるところだ。

 とは言え、同時にこの部屋は学園内において数少ない一夏のパーソナルスペース。気の知れた友人とは言え、一気に大人数を入れることには何とも言えないむず痒さも感じていた。

 そんな一夏の心中、その理由を察してか鈴がややニヤけた顔で聞いてくる。

 

「ハッハーン、なるほどねぇ? つまり一夏としてはあんまりあたし達に見られちゃマズいものがあるわけだ? ふ~ん?」

「別にそんなんじゃないけどさ。まぁ確かに、だいぶオレの居心地の良いようにあれこれ置いたりはしてるけど……」

 

 一人部屋、基本二人部屋構成となっている学生寮においてこれほど特別な空間は無い。そもただでさえ女子だらけの中の唯一の男子として、それなりに気を使ってもいるのだ。そんな中にあって唯一、一人で落ち着ける空間を得られたのだからその喜びは推して知るべし。しかしただパーソナルスペースを確保しただけでは物足りない。何かを得たのならもっとと考えるのが人の性というもの。気が付けば一夏はお気に入りの私物を少しずつ、しかし絶やすこと無く部屋の中へと増やしていった。

 さてそうなれば後は一夏の思うまま。あくまで問題にはならない範囲ではあるが、今や部屋はすっかり一夏の色で染められていた。

 

「まぁ、なんというか、本当にあんたらしいわよ。枕元に刀を置いてる生徒、ていうか高校生なんてあんたしかいないんじゃないの? てか銃刀法はどうしたのよ」

「そこは抜かりない。つーか刀は銃刀法の管轄じゃねーよ。登録証は必要だけどさ」

 

「織斑くん織斑くん、本棚の上のこのフィギュアさ、何かのキャラクター?」

「おうそれな。当ててみろよ。モデルは歴史上の有名人だし、多分シャルロットなら絶対分かるぜ」

「え? う~ん、この大きな旗が目立つよねぇ……。もしかして、ジャンヌ・ダルク?」

「はい正解。いやー、クレーンゲームの景品なんだけどさぁ。わざわざ取るのも手間だから通販でポチッたんだよ」

「それクレーンゲームの意味無いんじゃないかなぁ?」

 

 気が付けばいつの間にか一夏の部屋の物色会が始まりかけていた。少々趣味の色が強いながらも疚しい物は、物はあくまで置いていないと自負はしているが、あまり漁られるのも嫌なのでボチボチお開きにするかと内心で定める。

 敵は亡国機業、狙いは自分の白式や箒の紅椿、続いて恐らくは鈴達が持つ第三世代専用機、それらの奪取。自分の場合はついでに身柄もだろう。それらが狙いと分かり、ならば各々警戒を強め以後対策を深めていく。今日のところはそこまで纏められれば十分だ。

 時間も頃合い、そろそろ腹の虫が鳴き出すだろう。メシ行くぞメシと言いながら追い立てるように全員を部屋から追い出し、夕食ついでに場をお開きとさせた。

 

 食堂に向かう途中、どこか疲れた表情のセシリアとも合流を果たす。おそらくは敵の手に渡っていたサイレント・ゼフィルス、自国の新鋭機の件について本国とあれやこれやと連絡を取り合っていたのだろう。常に毅然とした雰囲気と余裕を纏うセシリアだが、今回ばかりはそれらを取り繕う暇も無いようである。しかしそこは事情を知る者同士、話に深くは踏み込まずに黙って級友を労わる。合流してすかさず隣に寄った鈴が小声で話し合いの結論を告げ、ついでに一夏の部屋が愉快だから一度冷やかしに行ってみろともけしかけると、その背を軽く叩いて食堂へと引っ張って行った。

 

「あぁいうところ、見習うべきだよなぁとはつくづく思うよ」

「へぇ、君でもそう思うことがあるんだ」

 

 意外と思っているのか思っていないのか、平坦な簪の言葉だが一夏は小さく頷いて返す。

 時たま短気になりやすいところを除けば鈴の人柄、誰とでもすぐに打ち解け自然と距離を近づける、そして相手への気遣いをごく自然にできるところは美徳そのものだと一夏は前々より思っていた。一夏、数馬、弾、そして鈴。一夏は小学校からだが、中学以来すっかり腐れ縁仲の間柄にあって、弾はともかく一夏に数馬という一癖どころか二癖三癖はあるような人間と友人関係が続いているのは、むしろ鈴のその気質によるところが大きいだろう。

 

「多分、亡国機業(やつら)とこれから()り合うとしたら、少なくとも今のオレたちじゃソロはキツイ。かっちり連携決めて、仲間として、チームとして力を合わせなくちゃならない。そういう時、鈴みたいな奴は大事だろうよ。きっと、みんなの中心になってくれる。いざって時にケツを蹴りあげてくれる。オレにはどうにも難しい。多分オレは、チームメンバーその1くらいがお似合いだよ」

 

 気が付けば一夏は歩く足を止めていた。鈴たちを始め、既に他の生徒たちは夕食のために食堂へ向かったのだろう。廊下には人の気配は殆ど無く、静寂の中で一夏は佇み眼前を、しかしこの場では無いどこか遠くを見つめるような眼差しをしていた。

 

「さて、その中でオレは何ができるのかね」

「……普通に、一緒に戦えば良いだけ」

 

 一夏に合わせてか隣に立った簪は、一夏の疑問にさも当然のように答える。その模範解答のような答えに一夏も、そうなんだけどさと苦笑を浮かべる。

 

「けど、それで足りるのか?」

 

 浅間美咲は言った。目下最大の敵、スコールは千冬に匹敵する現IS操縦者界における最強の一人だと。千冬、美咲、ラウラのドイツでの上官と確かに対抗し得る者はいる。しかし、本当にその者達がスコールの相手を、まさにその時にできるのか。スコールがその猛威を振るわんとする時、相対するのが自分たちの可能性だって大いにあるのだ。仮にそうなった時、例え力を合わせたとしても今の、あるいは今より少し成長しただけの自分たちで勝てるのか。勝負をできるのか。守るべきを守れるのか。何より、挑んだ自分たちが生きて帰れるのか――。

 そして何も敵はスコールだけではない。

 

「浅間さんは、あくまで推測だけどって前置きしてだけど、言ってたろ? 亡国機業(やつら)という組織も考えろって。ショ○カーやゴル○ムみたいなマジモンの秘密結社かもしれない。ISなんて持ってるには、どこぞのえーと、軍産複合体? かもしれない。下手こいたら実は大国同士が裏で繋がってた秘密組織かも、なんて言ってた。なぁ、本当に足りるのか? 何も全部相手にして根こそぎ潰すってまではならないにしてもだ。本当にそんな、全部がまるで見えないどこまででかいかすらさっぱり分からないようなのが敵になるとして、本当に今のまま、今の進み方で良いのか?」

 

 黙って聞いていた簪はふと気が付いた。一夏の声が普段と違う。明らかに普段は見せない感情を含んでいる。それが何なのかはすぐに分かった。それは――

 

「怖いの?」

 

 恐怖だ。どうにも信じがたいが、間違いなく一夏は少なからずの恐怖心を抱いている。亡国機業という未知の、そして強大な存在が敵であるということにだ。

 

「――あぁ」

 

 そして一夏はその恐怖を認めた。

 

「けど、オレが狙われてるからじゃない。まぁ、そういうのがあるだろうなってのは最初の時から何となく感じてはいたさ。いざ本当にその時が来たら、正直この世に未練は五万どころか百万千万とあるけど、自分で自分の首刎ねて強制終了させてやる。やりたかねぇけどな。

 だがそいつはオレのことだ。でもオレ以外のやつが、弾や数馬、弾の妹の蘭ちゃんとか弾と数馬の家のおじさんおばさんとかさ。それだけじゃねぇ、例えばこの学園だよ。割と気に入ってるんだ。クラスの連中、張り合いのあるパイセン連中、お前ら。例えばオレだけ無事で、お前らがってなったら、そいつは……最悪に胸糞悪い」

 

 そう、敵の存在が明確となった。それにより考え得る最悪な“もしも”を考えてしまった。仮にそうなる可能性があるのであれば――

 

「足りないよ。今のままじゃ足りない……」

 

 そのまま一夏は僅かに顔を伏せると、すぐ隣に立つ簪にすら聞こえないほどの小声を口の中から発することなく呟く。何か考え込むようなその様子が数十秒ほど続いただろうか。再び沈黙した一夏は何かを決めたように顔を上げて前に向き直った。

 

「よし決めた。うん、やっぱオレにはこの方が良い。うん、オレらしい」

「……何が」

「うん、やっぱりね。みんなはみんなで頑張って力を合わせて強くなればいいと思うんだ。多分、その辺の人間関係は鈴が上手くやってくれるさ。シャルロットも得意な口だよな。力を合わせて巨悪に立ち向かうんだよ」

 

 一夏が出したらしい結論はさっきまで疑念を抱いていたソレと何ら変わりは無い。だが、その中身の違いを簪は鋭敏に読み取っていた。

 

「それで、その時君はどうするの?」

 

 そう、一夏が語る「みんな」の中に一夏は自分自身を含まなかった。ならば外れた一夏はどうするのか。まさか一人尻尾を巻いて逃げるということはまず有り得ない。だとすれば――

 

「オレは、オレでやるさ」

 

 当たり前と言うような真顔でそう言った。

 

「箒やセシリア、鈴にシャルロットにラウラ、お前や会長。力を合わせて頑張ってくれ。オレは、まぁ、そうだな。みんなじゃできないことをやってるさ。あぁそうだ。足りないなら、足りるようにすればいい。その良い目標が、ひーふー……三人はいる! そうさ、あそこまで至れば、それを超えれば……全部オレの手で……!

 ……よし決まりだ。となると、早速頑張らなきゃな! いやー、勉強修行そして心をオアシスのオタ活、忙しくって人生時間が足りねぇなぁ! 行くぞ簪! まずは夕飯だ夕飯! 確か今日の目玉は焼肉定食だ! 肉だぞ肉! 夜は焼肉っしょー! フォーウ!!」

 

 一気にテンションを上げた一夏はそのままの勢いで大股に歩きだすと食堂へと向かっていく。その姿に一瞬呆けた簪だが、すぐに着いていくべく歩き出し、ふと思い立って再度一夏を呼び止めた。

 

「ねぇ織斑君」

「ん? どした? オレ腹減ったんだけど」

「さっきのに一つ追加、聞いて良い?」

「……いいぜ」

 

 そのまま一夏は続きを促す。

 

「もしも織斑君がソコ(・・)まで至ったとして、君は何になるつもり?」

「……さてね、オレはオレだから。まぁその時になってみないと分からないよ」

 

 けど、と言葉を続けようとして、一夏の表情からは先ほどの高揚は消え去りその目には再び刃のごとき鋭さが宿った。

 

「もしそうあることが必要で、敵がオレをそう呼んで恐れるなら、良いさ。オレは、鬼にも羅刹にもなってやるさ」

 

 それだけ。答えた一夏は今度こそ振り向くこと無く歩き出す。その少し後ろを簪はただ黙って着いていく。前を行く一夏は振り向かず、簪の横を歩く者、後から追い縋る者もいない。故に誰も気が付かなかった。彼女の閉ざされた口。その形のいい唇がうっすらと笑みを浮かべていたことを。

 

 

 

 




 



 なんと申し上げましょうか。えぇ、大変にお待たせしました。
 気が付けば昨年の夏以来となりますが、なんとかの更新です。
 こんな不甲斐ない作者と作品ですが、どうか今後も細長い目で見守って頂ければ幸いです。

 さて、今回で学園祭話は一区切り。原作ならこのまま例のレースですが、まぁそろそろ拙作も拙作としての路線に行くべきかと。
 というわけでここから少しの間、多分原作には無いでしょう拙作ならではという話を展開できればと思っております。
 個人的に書きたかった場面もありますため、今度はあまりお待たせせずにお送りできればと思う所存です。

 それではまた次回更新の折に。
 感想ご意見、些細な一言でも大歓迎。随時お待ちしております。
 わかりやすく言えばテンションへの餌を下さい。以上!

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