或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 更新です。

 前回、新型機テスターの選抜模擬戦に現れた一夏。なぜそうなったのかの一幕です。 今回からしばらくは一夏もマジモード入ってますよ。


第八十二話:求めるは只人に非ず

「珍しいな。お前が自分から私の部屋に来るとは」

 

 学園祭、つまりは亡国機業の襲撃から僅かに日を置いたある日の夜、学園職員用の自室で千冬は一夏を迎え入れていた。

 話したいことがある――携帯のメッセージアプリに送られてきたのは簡素な言葉だが、それが言葉で発せられたならその声は決して軽いものでは無いと読み取った千冬は同じように簡単な承諾の返事のみを返した。

 それから数分の後、一夏の姿は千冬の部屋にあった。

 

「部屋、片付いてるんだな」

 

 考えてみれば寮内の千冬の部屋に入ったことは片手で数えるくらいしかない。私生活におけるズボラぶりを知っているだけに、思いのほか片づけられている部屋に僅かながらも一夏は驚いていた。

 

「一応、寮の管理スタッフに清掃も頼んではいるからな。――ほら、座れ。話があるんだろう、一夏」

 

 "織斑"とは呼ばずに名前で呼ぶ。つまりこの場は学園の教師生徒ではなく、あくまでただの姉弟としてのもの。察しの良さに内心感謝しつつ、勧められた椅子に座った一夏は話を切り出す。

 

「単刀直入に、この前の学園祭。亡国機業の襲撃のことだよ。その時の向こうのISのこと」

「ふぅ、姉弟で話すには少し物騒な話題だな……。まぁ良い、なんだ」

「あの蜘蛛女(オータム)が使ってたIS、アラクネだっけ? 情報は関係者の共有事項ってやつでいくらかオレにも回ってきてる。確認だけどあれはアメリカの第二世代、それが試作段階で強奪さ(パクら)れたってので合ってるよな?」

「そうだ。アメリカの第二世代としては現行のコンバット・イーグル型が主流だが、あれはISの実験段階だった第一世代から本格的な運用を目的とした第二世代へ移行するにあたって、既存の米軍体系によりスムーズに馴染むよう組み込むことを主軸に開発されている。だがあのアラクネの場合は違う。元々の軍体系から外れてでも、あることを主目的として作られた」

「それが対IS……。まぁ、天下のアメリカ様だ。そのくらいはするよな。ただ、開発してやっとこ運用をって段階で、盗られたんだよな」

「そうだ」

「だとしたら、姉さん。パクった亡国機業の目的ってやつはなんだと思う?」

 

 その問いに千冬は顎に手を当ててしばし考え込む。世に名高きブリュンヒルデ言えども所詮は腕っぷしが人一倍強かっただけというのが千冬自身で自認するところ。世のあらゆるを知っているなど口が裂けても言えないが、何しろ弟が真面目な顔で聞いてきている。ならば少しでもまともな答えを返すのが姉の威厳、矜持というやつだ。

 あくまで推測だが――それでもそう前置きをして千冬は語る。

 

「まず端的に言えば組織としての戦力の強化だろう。これまで表立っての動きが殆ど無かったとはいえ、今回の襲撃のような事をしでかすには相応に戦力が必要となる。その点でISはうってつけだ。

 次に考えられるとしたらISに投入されている技術だ。最新のISには当然ながらその国家の、更には世界的に認知されている最新技術が集約されていると言って良い。その中には、その関係者しか知らないような秘匿性の高いものもある。それは手にすれば力にもなるし金にもなる。なんなら人を惹きつけ、政治的交渉カードにもなるだろう。亡国機業がどんな組織なのか。単なる秘密結社か秘匿された軍産複合体か、いずれにせよ組織である以上それらはあって困ることは無いだろう」

 

 他にも色々あるがすぐに思いつくのはこれぐらいだ、そう千冬は締め括る。だがそれでも十分なのか、一夏は大きく一度頷き再度、今度は確認をするように問う。

 

「てことはだ、姉さん。どこ製にしろ、国家が開発してる新型機ってのは確実に――かは何とも言えないけど、連中に狙われる可能性が高いって認識で良いのかな」

「そう、だな。それは、十分に考えられることだ。現に我々はその事例を知っている。サイレント・ゼフィルス、あれだってその類だ」

「そっか……」

 

 そのまま考え込むように僅かに俯きながら一夏は沈黙を続ける。(ちふゆ)からすればまだまだ未熟なところの多いお調子者と思っている(いちか)だが、それでも時にはこうして真剣な面持ちになる。

 だがそれでも、今回はいつもとはまた違う。だからだろうか、知らず千冬の口は動き一夏へと言葉をかけていた。

 

「一夏、何を考えている」

「……」

 

 目線だけを上げた一夏の瞳が一瞬揺れる。言うべきか否かを考えているのだろう。だが言うことにしたらしい。決意の光を瞳に宿して、ただ一言を発した。

 

「――紫電」

「……そうか、それがお前の真に聞きたいことか。そうだな、あくまで私の見解だが、"そうだ"と答えておこう」

 

 

 千冬の部屋を出た一夏は歩きながら携帯で電話を掛ける。既に時間も遅いと言って良い。本来なら日と時間を改めるべきなのだろうが、それでも急ぎたかった。

 そして数度のコールの後に相手は出た。開口一番、遅い時間の電話への詫びから切り出した一夏に相手は快く流す。そして挨拶もそこそこに一夏は本題を切り出した。

 

「"例の件"、お願いしたいことがあります。我ながらとんだ無茶は分かってますけど、それでも――」

 

 

 

 

 

 

 

「あの、これってどういう……」

 

 新型機テスター選抜、その最終選抜でアグレッサーとして現れた一夏の姿に候補者たちは少なからず驚きの様相を呈している。その中の一人が言いかけた疑問に、言い終えるより先に一夏は答える。

 

「オレが、川崎さんに直に志願をしました。さっき説明があった通り、今回の新型機"紫電"はオレの白式が開発のベースとなっている。だからオレは紫電のことを多分先輩がたよりは早くから知っていたし、先輩たちがテスター候補になっていることも知っていた」

 

 だから――そこで言葉を切り一呼吸の溜めを作る。

 

「試してみたくなったんですよ。紫電がどんなISなのか。それを操る人が、どんな人なのかを」

 

 声だけを聞けば好奇心を隠し切れない笑いを含んだ声だ。だが語る一夏の内心が到底穏やかとは言えないのは彼の目を見たこの場の全員が理解をしていた。

 

「織斑、建前を聞くつもりは無い」

 

 このままでは一夏が本心を明かすことは無い、そう判断した初音は言外に本心を言えと言葉を投げつける。

 初音の言葉に一夏は鋭く細めたままの視線を向ける。その眼差しを初音は真っ向から受け止め、同じようにほんの僅かだけ細めた視線を返す。

 

「……」

「……」

 

 無言のまま数秒だけ視線を交わし、仕方ないと判断したのか一夏は小さくため息を吐き再度候補者たちに向き直る。

 

「紫電は、間違いなく世界で見ても新しく作られたISです。オレの同級の専用機持ち連中のISみたいに特殊な兵装がある特別なワンオフってわけじゃない。新型って言っても打鉄とかラファールとか、その延長だ。けど、少なくとも今は間違いなく世界でも特に新しい特別なISだ。だから、何に狙われるか分からない」

 

 狙われる、些か物騒な物言いに候補者たちの眉が訝しげに歪む。紫電の開発メンバーの主軸の一人であり、故にある程度事情を知っている川崎は横目で一夏に、それを言っても良いのかと視線を送り彼を慮る。

 そんなことは百も承知、その上で一夏は話すと決めたのだ。何せ彼が紫電に向ける危惧は、他ならない彼自身がつい先日に身を以って体験したことだ。

 

「生意気大口は百も承知。でも、だから、オレはオレ自身で確かめたいんですよ。先輩がたがその状況に出くわした時にどこまで、その気(マジ)になれるのかを。

 そしてもう一つ、他でも無いオレ自身のため。次こそは、その次も、次の次も、そのずっと先も、確実に潰すためにだ。先輩がた、あんた達の積んだ経験をスキルを喰わせて貰う」

 

 ピットに現れた時の怜悧なものとは違う、熱を孕んだ殺気が一同に叩きつけられる。だが今度は誰も怯まない。むしろその逆、一夏に向けての闘志を各々が胸中で湧き上がらせる。

 つまるところあの後輩(イチカ)は自分たちを、自分たちの将来を決めるかもしれないこの場を、自身のための餌と言っているのだ。

 大した生意気だと思うし、急速に実力を付けている成長速度はそう言えるだけの自信を彼に与えたのだろう。だがそこでハイそうですかと言ってやるつもりは誰も持っていない。それが望みなら、その通りに上級生としての矜持をぶつけてやるだけだ。

 

「では、また後で。よろしくお願いしますよ、センパイ」

 

 そう言い残し一夏は準備のために一足先に踵を返して歩き去って行く。残った候補者たちには引き続き選抜模擬戦の説明がされる。

 模擬戦終了の基準である有効箇所への被ダメージ、あるいはシールド残量の規定値分の減少。紫電の機体特性への適性判断を目的とした武装の限定、種々の説明や準備が終わりいよいよ模擬戦本番の時を迎える。

 一番手は第二学年に属する生徒の一人。紫電を身に纏いアリーナに降り立った彼女は離れた位置で既に待機していた白式を見る。学内でも特に有名な一人、しかしこうして相対するのは初めてのことだ。

 ヘッドセットに付けられたバイザーで一夏の表情を窺い知ることはできない。だが離れていても白式から、一夏から発せられる闘気が肌に圧迫感を与えてきているのを感じ取っていた。だが臆することはできない。彼女自身、相応の志を持ってこの場に臨んでいる。何より、どれだけセンスや素養を持っていたとしても後輩相手に後れを取ることを彼女自身の意地が許さない。

 

(そうよ、やってやろうじゃないの――!)

 

 胸の内で決意を固め直し静かに構え――試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「え――」

 

 ブザーが鳴った瞬間に超高速で白式が間合いを詰めてきた、まともに覚えているのはそこまでだ。

 気が付けばISを纏ったまま地面に倒れていた。脳が揺れるような感覚と定まらない視界に不快感を感じながら茫然とする。顎のあたりに衝撃を受けた感覚が残っている。これが原因だろうか。

 一時的なものか、聴覚も上手く働かない。だが、規定回数の有効ダメージを受けたことによる自身の敗北、そのアナウンスは確かに聞こえた。

 

(なに、ガ……)

 

 混濁する意識の中、それでも一つだけ分かることがある。彼女の選抜試験は、ここで終わりということだ。

 そして倒れる彼女のすぐ側。上級生を反撃の間もなく下した一夏は僅かな達成感も無い表情で立っている。そうして、一切の武装を持っていない白式の手を見ながら短く言った。

 

 

「――次」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 少し更新ペースが取り戻せているかなと思う今日この頃。この調子で頑張っていきたいものです。

 始まった選抜模擬戦。一々ちゃんとバトルしてたら時間かかって仕方ないので、ルールを設けてあります。そこは本編中にて。
 まず一人目の二年生は瞬殺と相成りました。実のところ、ISを動かすということをより総合的に見るのであれば、まだまだ一夏より上な人間が学内には多いのが実情です。問題はその差をねじ伏せるくらいに、間合いに入った一夏が鬼ということ。そして選抜模擬戦は機体特性上、近接戦がメイン……あっ(察し

 そう言えば今更ですが、IS12巻では箒がなんかISに意識を乗っ取られてましたね。
 面白い試みとは思いますが、例えばあれで乗っ取られるのが敢えて箒ではなく一夏とかもちょっと変わり種なんじゃないかなと思ったり。

一夏「こんなイケてる悪役がいるわけねぇだろ? チャオ♪」
数馬「ならば僕はぁ! あなたにィ! 忠ゥ誠ィをぉ、誓おぉ!!」<ビーザワンビーザワン



 ではまた次回更新の折に。
 感想、ご意見、随時お待ちしております。お気軽に書きこんでください。


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