或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

88 / 89
前回更新から約2ヶ月です。セーフだねセーフ!

本当はもうちょっと時間がかかるかと思ったけど、推しの作家からの本作への推しアピールもらっちゃったから張り切っちゃいましたw
結果、完徹! どうせこれが投稿されてる頃には社内旅行で移動のバスの車中だろうからそこで寝れば良いだけの話。
というわけで、今回もお楽しみ頂ければ幸いです。


第八十四話:最終試験――悪性顕現

 

「計8戦、それも学内でも選りすぐりのメンバーを集めた上で現時点で6戦4勝2分。武装などに制限が掛かっているとは言え、やはり大したものですねぇ、主任?」

「えぇ。それこそ、白式が彼の手に渡った直後から見て来ましたが、たった数カ月でここまでと言うのは、関わっている身とは言えやはり驚かされますよ」

 

 昼の休憩時間を終えて再開された選抜模擬戦、6戦目を終えた直後の待機ピットで倉持技研スタッフが言葉を交わす。特に片割れである川崎は白式と紫電の双方に技術メンバーの中核として携わっているだけに、より深いレベルでこれまでの試合を把握していた。

 

「で、主任の目から見てどうです? 眼鏡に叶う学生はいましたか?」

「……私からは何とも言えませんね。いずれの候補も光るものを見せてくれている。確かに今日の模擬戦が最終選抜試験ですが、何も今日決めるわけではないのですし、仮に彼に勝ったとしてもそれがイコール合格ではない。関係者たちとこの上で更に吟味を重ねて決めるのですから、私個人が不用意な事を言うわけにもいかないでしょう」

 

 至極もっともな川崎の言葉にスタッフの男はそれもそうかを軽く肩を竦め、話題の転換がてらにもう一つ、気になっていたことを問うことにした。

 

「そう言えば主任。アレ(・・)のこと、彼にはまだ言っていませんよね? 流石に所長からストップ掛かってます?」

 

 何のことを問うているのか、すぐに察した川崎は部下の推測に対して首を横に振りながら答える。

 

「いいや、私の判断ですよ。アレについては遅かれ早かれ織斑さんに伝えることになりますから、その辺りの判断は所長から私に一任されています。一応、倉持技研(ウチ)の中では私が一番織斑さんと上手くやらせてもらってもいますからね。――本当はもっと早く伝えていたはずなのですが、どうにもここ最近の彼は少し張りつめたものがあった。その上、今回の選抜に随分と強い関心を示している。だから、しばらくはそちらに集中させてあげようとね。とは言え、そろそろ頃合いですからこの選抜が一段落したら伝えようとは思いますよ。聞けば先日誕生日だったとか。少し遅くなりましたがプレゼント代わりといったところですか」

「はぁ~、そうですか。いや、所長と主任がそれで良いなら良いですけどね。では、自分も何も言わないでおくことにしますよ」

「えぇ、それでお願いしますよ」

 

 川崎の視線がアリーナへと戻る。視線の先、アリーナの中央では斬撃の嵐が吹き荒れ、中心には白と黒の影があった。

 

 

 

 

 

「なるほど、流石か!」

「いや、ちょ、褒められても、こっち手いっぱっ――わひゃぁ!」

 

 傍目に見ればこれまでの6戦と同様、選抜候補者が一夏の剣戟の前に圧倒されているように見える光景だ。だが今回はこれまでとは違う点がある。それは、候補者である生徒が試合開始早々に自ら一夏に攻め入り、当然反撃に遭うも最も長く彼と刃を交え続けられていることだ。

 

「最上級生、剣道部主将! 伊達ではないわけですか、近藤先輩!」

「そりゃあたしにだって意地はあるからね!」

 

 IS学園3学年所属生徒、近藤。学園において剣道部主将の肩書を持つ彼女は部員に箒を抱えていることや学内での立場、肩書もあり一夏にとって数少ないそれなりに親交のある他学年生の一人である。だがこれまで不思議と両者が剣を交える機会は無かった。故に一夏にとってもこの試合は交流のある上級生との初めての試合となるが、蓋を開けてみれば予想以上であった実力に認識を検めることとなる。

 

 最短で三手、持って五手。これまでの6戦において候補者たちが一夏の剣戟の前に持ち堪えた手数だ。数秒にも満たない合間の剣戟にいずれの相手も体勢を崩され、堪らずに一夏から距離を取り再び機を窺って挑む。その繰り返しであった。対して近藤が耐えたのは最大で十一手。更に体勢を崩されてからのリカバーも僅か数歩分離れてからの一瞬、離れた距離を一夏が詰めるより先に立て直し、直ちに迎え撃つ。試合開始よりここまで僅か数分、既に試合結果の判定となる有効打を規定数の半分以上受けている。だがその数分の大半を一夏の剣戟に晒され続けながら未だ耐え切っている。それは紛れも無くこれまでの候補者たちとは一線を画した実力の証左だ。

 

 同級の候補生たちすらも凌げるかと思わされる猛攻を前に守りを貫いた近藤の数十秒は見ていた者達の誰もが感嘆の溜息を漏らしていた。

 

(このまま……粘り切ればッ!)

 

 あるいはその事実を無意識下で理解していたためだろう。一つの打算が近藤の脳裏によぎる。極論、勝つ必要は無いのだ。この模擬戦の目的はあくまで紫電への適性をより実地的に測るもの。そして最終的判断は目の前の後輩(イチカ)ではなく、この試合を見ている大人たちが降す。その判断材料、選考条件に勝利がイコールではないことは最初の説明時点で聞き及んでいた。

 ならばこのまま守りに徹して時間目いっぱいを耐え切れば、例え勝てずとも負けなければ、この後に続く()()()()()がどうなるかは分からないが、高いポイントは稼げるはず。そう考えた。()()()()()()()

 

「あぁ、先輩。そいつはダメだ」

 

 残念だ、そう言いたげな声音で吐き出された声が近藤の耳朶を打った。そして猛攻を凌ぐ最中に気付いた。一夏の目が、怒涛の猛攻を繰り出しながらも澄み渡った湖面のごとき静謐さと深さを想起させる瞳が、僅かたりとも外れることなく近藤の目を、瞳を、その奥にある彼女の思考すらも読み取らんがごとく向けられていることに。

 

「負けないこと、そいつは大事ですよ。結局、最後に立ってたモン勝ちですからね。それはそうだ」

 

 依然として一夏の猛攻が止むことは無く、近藤の意識はそれを凌ぐことに全てが向けられている。にも関わらず、一夏の言葉はまるで砂地に染み渡る水のように近藤の意識へと入ってきていた。

 

「けど、一番肝心で手っ取り早いのは目の前の相手を倒すことなんですよ。誰が相手だって、ほんの一欠けらでもそれは持ってなきゃならない」

 

 故に

 

「形振りを構っちゃいけない。オレもそうする」

 

 瞬間、近藤は捌くことも躱すことも、反撃することすらもかなぐり捨てて完全な守りの体勢に入った。何故と考えもしない。ただ、目の前の一夏が突如として一回り巨大な存在になったように見えた。見えた瞬間、体が勝手に動いていた。守りの構えが完成した時、既に一夏の振るう刃が上段から振り下ろされていた。その様子を半ば漠然としたながら近藤は見つめ、残る半ばの思考は朧ながらに防げると考え――半身を貫いた衝撃に視界と思考が白く染まった。何があったのか――そう考える間もなく続けて複数の衝撃が各所を奔り抜け、気が付けばアリーナに仰向けに倒れ蒼穹を見上げたまま試合終了を告げるブザーを聞いていた。

 

 どこか茫然としながら天を仰いでいる上級生に背を向け、待機所兼のピットに戻りながら一夏は小さく息を吐いた。完全にではないが、心身にかけた緊張をほぐすための動作、だが吐き出す息は常より明確な熱さを持っていた。さながら強大な力を発揮した人機が排熱をするかのごとくだ。それはある意味では事実である。形振り構わない、そう宣言した故に封じていた一手を切った。

 瞬時に加熱、膨張、解放された昂った気は常以上の出力を一夏の身体に解放させ、気迫は威圧感を高め近藤に一夏の存在感の巨大化を幻視させた。呼応した白式は同様に機体出力を瞬時に高め、そのままの勢いに近藤の守りを僅かな抵抗も許さず粉砕し、直後に規定打に達する攻撃を一呼吸の内に叩き込んだ。

 

 決して近藤の守りが悪かったのではない。まずこの試合の場に立つ、その時点で近接型ISを駆る者として学園に置いて秀でた存在であることが証明されている。積み重ねた確かな腕前は咄嗟の防御を並大抵の攻撃なら確実に受け止めるだけの堅固な壁としていた。だが、振るわれた一撃がそれ以上に理不尽であった。それが結果である。

 

 絡繰りまでは読み取れずとも、近藤の秀才足る技量とそれを正面粉砕した一夏の理不尽(暴力)という図式を読み取った者は多くは無いが見ていた者達の中にもいた。一連の流れに彼女らの大半が浮かべた表情は苦さを含んだものである。近接戦における一夏の技巧の高さは、どちらかと言えば技と技の競い合いを好む彼のこれまでから知っていたが、相手の技巧を物ともしない力ずくの理不尽さもそこに加わる。なんとも、試合の場ではお近づきになりたくない男子である。

 

「次で最後、か……」

「あー、やっぱりそういうやつ?」

 

 後に続く試合の事を考え何気なく吐き出された言葉に倒れたまま近藤が言葉を返してくる。振り返れば、依然として天を仰いだまま、まるでぼやくように言葉を続ける。

 

「あたしもね、一応は三年だからね。それなりに後輩の様子ってのは気にしてるのよ。ぶっちゃけ織斑君、一番気にしてたのは()()()でしょ」

「……」

 

 そんなことはない、そう答えるのは簡単だったはずだ。事実、ここまで戦ってきた相手がいずれも眼中にないなどということは決して無いのだから。だが言葉を発して返すことができなかった。それは近藤の言葉が言い返すことのできない真実を突いていたからだろう。

 

「別に、先輩や他の人達が駄目だったってわけじゃない。良い腕でしたよ」

「ま、そういうことにしときますかぁ」

 

 今度こそアリーナを後にして一夏はピットへと戻る。白式を解除しISスーツ姿に戻ると手近な椅子に座り一つ息を吐き出す。駆け寄ってきたスタッフから差し出されたドリンクを飲み干し、軽く汗を拭って再度アリーナへと視線を向ける。残すは一試合、選抜試験というこの場の主目的を鑑みれば最後の試合だが、一夏にとっては――近藤の言葉を肯定するのであれば――やっとの本番である。

 

 

 次の試合までの準備時間の間を休憩時間と定め、静かに座しながら一夏は体力と気力の回復を行っていた。元々の下地ができているだけあり、安静にしながら呼吸を整えていけば体力は早々に回復する。息を整えながら再度研ぎ澄ました意識の集中が完了し、閉じていた目を開いたのと次の試合の準備が整ったことが伝えられたのはほぼ同時であった。

 

「次で最後の試合ですね」

 

 白式を再度纏い、出撃の準備を整えた一夏に川崎の声が掛けられる。

 

「お蔭さまで、良い経験をできましたよ。……色々、我が儘聞いてもらっちゃってすみません」

「いえこちらとしても有意義なデータを取れましたので。最後の試合も、存分にやってください」

「えぇ、ありがとうございます」

 

 頭を下げて謝意を示し、鋼鉄の足を動かして出撃のためにピットの端へと立つ。既にアリーナには準備を終えた紫電と、それを纏う最後の候補者が立っている。眼下に見下ろす強者(イチカ)と見上げる候補者(チャレンジャー)という構図がそこにあった。だが、不意に相手と目が合った――そう一夏が認識した瞬間、総身を強風が吹きつけた。

 

「――!」

 

 実際に風が吹いたのではない。目が合ったその瞬間、相手が叩きつけてきた剣気がそう錯覚させただけのこと。だがそれこそが一夏の求めていたものだ。知らず、口の端がつり上がる。そして心の内で先に下した近藤に詫びる。彼女の指摘は正しかった。軽んじてはいない、だがここまでの試合は全て前座だ。一夏が今日、この場に立つ理由。それは今この瞬間にこそ全てが存在する。

 

「管制室、試合開始の合図は不要です。もう、始まっている――!」

 

 返答を待たず一方的に通信で伝えると身を宙に踊らせアリーナへと降り立つ。白式の脚がアリーナの地に着いたのとウイングスラスターが瞬時加速を発動したのは同時のこと。そして相対する最後の候補者、斎藤 初音が紫電のスラスターで以って瞬時加速を発動したのは全く同時のことであった。

 

 そう、本来の果たし合いとはこれだ。合図など不要、ただ構える、否。目を合わせる、否。ただ同じ空間にある、それだけで仕合は始まる。故に二人は示し合わせるでもなく、互いの脚がアリーナの地を踏んだその瞬間を仕合の始まりと定め動いた、それだけのことだ。

 

 互いのスラスターが吐き出した炎は始まりの狼煙だ。炎と共に空に響き渡った爆音は開戦の号砲だ。そして――瞬時加速により与えられた勢いそのままにアリーナの中央でぶつかり合った二人の剣が鳴らす鋼の鳴き声は、裂帛の気合いを孕んだ鬨の声であった。

 

 

 ただ剣と剣がぶつかり合った。近接型のIS同士の戦闘であれば当たり前のように起こる状況だ。しかし、ただ激突した余波、それだけで周囲の地面が抉れるという状況は明らかに異常だ。然るにそれは、剣を振るう両者もまた尋常の者では無いという証左と言っても良いだろう。

 

 弾かれるように距離を取ったのも数瞬のこと。コンマ1秒すら惜しいと言わんばかりに距離を詰めた二人は目まぐるしいまでの剣戟を繰り広げる。一見すれば互いに闇雲に斬り合っているように見える。だがその実は必殺の応酬であった。片方が繰り出す攻め手はISを纏わない純粋剣士の死合いならば必殺の一刀、しかし受け手はそれを防ぎ、返す刀で逆に必殺の一刀を繰り出す。攻撃が守りであり、守りが攻撃になる、互いに極限までロスを省いた最大効率の殺し合いであった。無論、現実の二人はISを纏っており、その性質によりただ一刀で生死を分けるということは殆ど無い。だがそれはあくまで実際の事象の話であり、既に一夏と初音の思考は死合いのソレへと転じていた。

 

 初音の顔に浮かぶ表情は十七歳の少女のソレとは思えないほどに鬼気迫るものだ。対する一夏もまた十六の少年が浮かべるものではない修羅の形相をしている。しかし外面、剣戟の激しさに比して両者ともに纏う気は苛烈な熱を持ちながらも、静謐な流れを保ち精緻な制御がされていた。

 

「ハァッ……」

「……フゥッ」

 

 流れだした汗が雫となり、一つ二つと地面に落ちていく。仕合が始まりまだ数分と経っていない。にも関わらず、既に二人には明確な消耗が見えていた。その理由を察したのは管制室にて試合を見守っていた千冬、そして観客席に座る数人の代表候補生(手練れ)のみであった。

 

「密度が違いますわ」

 

 周囲が浮かべる疑問に対して回答を発したのはセシリアだ。

 

「おそらく二人は常に、剣を交えていようといまいと、互いに牽制を仕掛けあっている。それも一度に何手も。つまり、この僅かな時間に二人はイメージのみでこれまでのどの試合よりも密度の高い試合を行っているのです」

 

 その意見は正鵠を射ていた。先に仕掛けたのは一夏、対する初音は素養、センス、経験、それら諸々を動員して彼の牽制を見抜き、逆に仕掛けた。当然ながら一夏もまた同様に応じ、それは瞬時に牽制の応酬として形作られる。更にその中でイメージの中に留まらないもののみが、剣戟という形で現実に出力されていた。――技撃軌道、そう呼ぶとして二人のそれは既に3桁を数える手数で繰り広げられていた。

 

 二人の技撃軌道戦が途切れることは無い。その中にあって距離を開けた両者は互いに剣を構える。八相の構えを取る一夏と霞の構えを取る初音、瞬きすら放棄した両者は最も最適なタイミングを探り合い、全くの同時に駆け出し再びの剣戟を――

 

 

 

 

 

 

 

 

『は~いそこでカーット!! ぶっさいくなガラクタには退場してもらっちゃうよ~!!』

 

 

 

 

 

 

 

 どこか遠くで、そんな(ノイズ)が響いた。

 

 

 

 

 

 灼熱が幾条もの線となり降り注いだ。あまりにも突然、あまりにも予想外、あまりにも理解し難い光景に誰もが、剣鬼二人すらも止まる。

 灼熱の後に影が降りてくる。同時にその場に存在するIS、センサー類が同時に発する警報が耳障りなアラート音を鳴らす。未確認IS――アラート音と共に文字が伝えてくる。

 

 誰もが動きを止める中、落ちくぼんだ眼窩の奥に赤い光が宿る。巨大な腕の片方が振り上げられ、その先に光が収束するのを認めた時、ようやく動きは再開した。

 

『逃げ――』

 

 誰が言い出したのかは定かでは無い。重要なことでもない。だが僅かに遅かった。言い切るより早く、動き出すより早く、真紅の破壊は周囲へと撒き散らされた。

 

 

 

 

 悪意顕現――討滅開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、執筆をする上でハーブをキメキメ(意味深)したくて仕方ありません。
何せあちらの方、自分にとっては初期からの推しなので。

次回あたりでまた一つ、個人的に書きたいと思っていた山場にいけるかなと思っております。2015年3月から始まった5巻編、やっと終わりが見えてきた……

感想ご意見、随時大歓迎です。
ほんの一言でも構いませんので頂ければ大きな励みになります。

それではまた次回に。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。