或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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今回はちょっと早く書きあがりました。

……前回、感想一つも来なかったんですよねぇ……
今回は感想を書いて貰える出来と信じて、レッツ投稿!


第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます

「じゃあ、今日の授業はここまでです。みんな、今日もお疲れ様でした」

 

 壇上に立った真耶の声でその日の授業が全て終了を告げた。荷物を抱えて教室を出ようと足を動かし始めた真耶に合わせるようにして、教室内の生徒達が一斉に立ちあがり始め、各々の放課後を過ごそうとする。

 それは一夏も同様だ。手早く荷物を鞄に仕舞いこむと、さっさと立ちあがって教室を出ようとする。

 

「あ、そうだ織斑君」

 

 ちょうど教室の入り口の所で一夏と鉢合わせる形になった真耶が、一夏の姿を見て思い出したように声を掛ける。

 だが、一夏も声を掛けられた時点で用件を察したのか、心得ていると言わんばかりに頷きながら応えた。

 

「あ、大丈夫っす。分かってますって」

 

 それなら大丈夫ですと言って真耶は教室を出る。後に続いて教室を出ようとする一夏だったが、今度は入口に最も近い席に座るクラスメイトで同じ日本人の相川清香が一夏に声を掛けた。

 

「ねぇ織斑君。山田先生、何言おうとしたの?」

 

「ん? いや大したことじゃあないさ。ちょっとこれから姉貴の、織斑先生のトコに行かなきゃならないってだけだよ」

 

「え? 何で?」

 

「別に大したことじゃあないんだけどさ、今度クラス対抗のISリーグがあるだろ? 俺が出るアレ。その日に出る連中は他のみんなと違う動きをしなきゃならないからさ、その説明だと」

 

「へ~、大変なんだねぇ」

 

 まったくだと、一夏は軽く肩を竦めながら同意する。

 

「ま、仕方ないさ。専用機もあるし、少しはこういうこともしなきゃだからね」

 

「良いよねぇ、専用機持ち。好きなだけ練習できるんだから。私なんてまだ授業で少し乗ったくらいなのにさ。申請しても中々返事来ないし」

 

「いやぁ、専用機持ってるったってアリーナの使用申請しなきゃだし、専用機持ちって肩書きに見合う成果出さなきゃだし、結構大変よ? 俺なんか他にも勉強とか俺の個人的なトレーニングとかもあるし。時間足りねぇよ。いつのまにか一日終わってたなんてザラだからな」

 

「お互い大変だねぇ」

 

「まったくだ。というか、IS学園(ココ)に居る以上はみ~んな大変なんだと思うぜ?」

 

「かもね~」

 

 そのまま互いにハッハッハと笑う。そのまま一夏は軽く片手を振って挨拶をすると教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「揃ったか」

 

 職員室の自身に割り当てられたデスクに座りながら千冬は、自分を囲むように立っている四人の生徒を見回す。織斑一夏、凰鈴音、そして未だ一夏は名を知らない少女二人だ。

 一人の男子と三人の女子という構成になっているこの四人は、全員が各々の所属するクラスの代表者であり、近く行われるクラス対抗ISリーグの参加者である。

 

「私から特に言うことは無い。必要なことは概ねこれに書いてある」

 

 そう言って千冬はプリントをまとめただけの簡素な冊子を四人に渡す。受け取り、各々冊子を開いて中身を読み進める四人に対して、そのまま千冬は続ける。

 

「中に書いてある通りだが、当日にお前たちは始めから他の者達とは違う動きをしてもらうことになる。そこに書かれている内容をよく読み、迅速かつ正確な行動をするよう心掛けろ。いいな」

 

 読み進めながらも四人は了解の意思を示すように頷く。

 

「試合はほぼ丸一日使用だ。凡そ二限目の開始時間を目安として試合を始める。当日には時間など殆どないからな。前日までに準備を済ませておけよ?」

 

「先生、質問」

 

 声を発したのは一夏だった。しかし千冬は特に気にするでもなく続きを促す。

 

「なんだ」

 

「試合の合間の時間がやけに長いこと、試合を全部同じアリーナでやること。この二つの意味は?」

 

「合間の時間に関しては減少したISのシールドの再チャージだ。単なる駆動用ならばまだしも、シールド用はまた別になるからな。あとは装備の調整など、より万全の状態で次の試合に臨むためだ。

 同じアリーナでやるのは、単にその方が効率が良いからだ。一々別のアリーナに移動をするのも面倒だし、一纏めにしておいた方がこちらも管理がしやすい。同様の理由で、二年三年も別のアリーナでそれぞれまとめている。これでいいか」

 

「うす。あぁあともう一つ。試合の際につくセコンドっていうのは……」

 

「そのままの意味だ。今回のリーグ戦、参加者四人の内三人は専用機持ちだ。よって、その三名には機体を開発した企業やら国やらの技術者がサポートにつくことになっている。試合の合間の調整などはその者達に任せることになる」

 

 そこで千冬は視線を四人の内の一人に向ける。三組の代表を務めている彼女は、この場においてただ一人専用機を持たない立場にあった。

 

「お前の場合は学園の訓練機を使用することになるが、安心しろ。学園の技術担当、実技担当の教師がそれぞれ付く。試合当日の、そうだな。だいたい三日か四日くらい前を目安にして実機訓練を優先的に行えるようになるはずだ。その頃には担当の教師も決まっている頃だろう。協力して、準備を進めるように」

 

 その言葉にその生徒は安堵したような表情と共に頷いた。

 他に質問のある者はいないかと問うが、それ以上何かを聞く者はいなかった。それを見て頷くと、千冬は言葉を続けた。

 

「よろしい。ではこれで解散だ。各々、試合に向けて準備を怠らないように。もし何か分からないことが出てきたら、担任なりとにかく教師に聞け。

 ……いいか、今回の試合が持つ意味はそれなりに重い。同じ一年生には同期の上位格としての手本を示し、上級生にはこれが今年の一年生、お前たちの後輩だと示す。そして外部からの来賓、国やら企業からの使いには今年の新入生に向けられる期待を決める指標を示す。

 自分たちの戦いぶりが多くのことを示し、それが重要な意味を持つということを努々(ゆめゆめ)忘れるな。その上で――全力を出せ」

 

 当然だと言うように一夏はフッと笑った。鈴は特に表情を変えずに分かりましたと言うように首を縦に振る。三組の少女は僅かに緊張しているからか、固く握った両の拳を胸の前に掲げながら、同じように緊張の面持ちで頷く。そして最後の一人、四組の代表だろう少女は何も言わずに掛けている眼鏡を指先でクイと持ち上げる。

 そうして千冬の下から立ち去った四人が職員室を出たのは同時だった。

 

「……まぁさ、お偉方が見に来るとか他の皆のためだとか、ややこしいことはあまり気にしない主義なんだけどよ――」

 

「ん?」

 

 背後の職員室の扉を閉めると同時に口を開いた一夏に、鈴がその顔を横から見る。一夏を挟んで鈴とは反対側に立つ二人も一夏が何を言うのか、気になっているかのように一夏を見ている。

 

「全員、良い試合をしようじゃないか。俺も楽しみにしているよ。俺の剣が、技が、お前さんがたをブッ倒すのをな」

 

「へぇ~、中々言ってくれるじゃないの? ん?」

 

 挑発的としかとれない一夏の物言いに鈴もまた、片方の眉を吊り上げて挑戦的な視線で一夏を見つめる。

 一夏と鈴、互いに交わす視線は既に獰猛な獣のソレへと変わっていたが、不思議とギスギスとした空気は存在しない。あるいは、二人が気の知れた友人同士だからだろうか。

 そんな二人を、三組の少女はほえ~と呆けながら感心したような視線で見つめ、四組の少女は冷めた視線のまま再び眼鏡を動かした。

 

「なんというか、噂通りなのね~」

 

 次いで言葉を発したのは三組代表の少女だった。

 

「そういや、俺はあんたのこと知らなかったな。まぁ俺は今更だけど、あんたは?」

 

「あ、そういえばまだだったね。私、スーザン・グレー。アメリカ人よ」

 

「へぇ、アメリカか。日本語上手いな」

 

「いやぁ、小学校(プライマリー)の頃からIS学園(ココ)に受かるためのレッスン受けてたからね。日本語もきっちり教えられたわけよ」

 

 先ほどまで緊張の面持ちであったが、いざ会話をしてみるとこのスーザンという少女は割と陽気な気質らしい。会話からそれを感じ取れる。

 

「けど、まさか噂の男子から話しかけられるとは思わなかったわ。え~っと、名前は……」

 

 思い出そうとするように首を傾げるスーザンに、とりあえず言っておこうかと思う一夏であったが、すぐに思い出したように手を叩いた彼女の様子に、それも必要ないかと思いとどまる。

 

「そうそう思い出した。『セキガハラ アッキ』!!」

 

「読み仮名の『ラ』しか合ってねぇじゃねぇか!?」

 

 あまりにも酷い間違え方に思わずツッコミを入れていた。背後でドンと何かを叩くような音がしたので何かと思って振り返ってみれば、そこには額を壁に押しつけながら笑いをこらえるように小刻みに震える鈴の姿がある。

 

「プッ……ククッ……、せ、関ヶ原って……クフッ!」

 

 大声こそ出してはいないが、盛大に笑われているという状態に一夏は渋面を作る。気になって再び振り返ってみれば、四組の少女まで小さく肩を震わせている。

 そしてそんな状況を招いた元凶はと言えば、さして悪びれる様子も見えなかった。

 

「あ、ゴメンゴメン間違えちゃった。え~っと、『反斑(ソリムラ) 七夏(シチカ)』?」

 

「ちょっとずつ間違えるなよ!? しかも夏が六つばかり多い! いや近くなったけどさぁ!」

 

 しかし近くなった所で間違っていることには変わらない。証拠に、背後で笑いを堪える鈴の蠢く気配は強まり、スーザンの背後の四組代表の肩の震えも微妙に大きくなる。

 

「あぁゴメンゴメン。いやぁ、日本人の名前って難しいね~。えっと、『ポポン・ヤマモト』?」

 

「あのさぁ、近かったのが一気に遠ざかって、読みの文字数しか合ってないんだけど。しかもどっからきたんだよ、ソレ……」

 

 三度目の正直など無かったと言わんばかりの盛大な間違いに、もはや声を大にする気力も失せたのか、げんなりとした様子で一夏はツッコミを入れる。

 それに反して一夏とスーザンの二人を挟む鈴と四組代表の震えは大きくなり、鈴に関しては漏れ出る堪えた笑い声も大きくなっている。それが余計に一夏を何とも言えない気分にさせる。

 

(もう好きにしてくれ……)

 

 なんかもうどーでもいーや。馬鹿らしくなった一夏は考えるのを止めることにした。正直、これ以上突っ込む気になれなかったのが本音だった。

 

「あ、いっけない。私友達と約束があったんだ」

 

 手首に巻いた腕時計で時間を確認しながらスーザンは言い、そのまま立ち去ろうとする。そして去り際――

 

「じゃあね、みんな! 試合、頑張ろうねー! バイバーイ、『織斑一夏』!」

 

 今度こそ正確な一夏の名前を言ってからスーザンは去って行った。

 

「分かってるなら始めから正しく言ってくださいお願いしますー」

 

 だが、その一夏はと言えばどこか不貞腐れたような声でそう突っ込むだけであった。

 

「じゃ、じゃあさ、あたしも戻るわね……ヒヒッ……」

 

 未だに堪える笑いで痙攣したまま鈴も立ち去ろうとする。そろそろ腹筋がキツくなってきたのか、片腕で腹を押さえながら歩いていく。時折聞こえる堪え切れなかった笑い声が何とも言えない気分にさせる。

 

「……で、あんたは? というか、あんたの名前もまだ聞いてなかったな」

 

 そう言って一夏は残った一人、四組代表の少女に視線を向ける。一夏の視線を受けて彼女は深呼吸をして震えていた肩を落ちつかせる。

 そして再度眼鏡を指先で持ち上げると、冷めた視線のままで一夏を見つめ返した。

 

「……更識簪」

 

「更識な。オーケー、織斑一夏だ。よろしく。いいか? 織斑一夏だぞ?」

 

 さすがにこれ以上無いとは思うが、なにせ先ほどまでが先ほどまでだったために、自分の名前を強調する一夏。彼女――簪もそれを分かっているからだろう。素直に首を縦に振る。だが――

 

「……」

 

「な、なにさ」

 

 無表情でジッと見つめてくる簪に一夏はおもわずたじろぐ。別に気圧されているというわけではないのだが、なんとなくこそばかゆい気になるのだ。

 

「……クスッ」

 

「なんなんだよもー!」

 

 そして不意に吹き出した簪に一夏は思わず声を上げていた。

 なにか、そんなに関ヶ原とか反斑とかポポンとかが面白かったのか! と言いたかったが、なんとなくそれを言ったら余計に嫌な気分になるような気がしたので言わないことにした。

 

「……ゴメン」

 

 そう簪は謝るものの、その口の端がわずかにひくついていたのを一夏の目は見逃さなかった。

 

「まぁいい。えっと、更識さん? さっきウチの姉貴が専用機持ってねーのはさっきのグレーだけっつったな。ということは、あんたも専用機持ちか?」

 

 その問いに簪は静かに右手を掲げた。一体何かと思ったが、すぐに気付いた。ちょうど中指の部分に輝く物がある。

 それは一見すると青い宝石類をあしらった指輪だが、すぐにそれがただの指輪ではないと気付いた。

 

「それがあんたの専用機か……」

 

 セシリアのブルー・ティアーズの待機形態であるイヤリング、そして自身の白式の待機形態である腕輪。二つの専用機の待機形態を見た経験が、直感的に簪の指輪がISの待機形態だと気付いた。

 

(そういえば鈴の専用機の話は聞いてなかったな。……あのブレスレットか?)

 

 思考の端でそんなことを考えるが、今はそこまで重要なことというわけでもない。今重要なのは、目の前のことである。

 

「打鉄弐式。一応は打鉄のカスタム機」

 

「へぇ、打鉄のねぇ……」

 

 あのISは一夏も訓練でごく数度だが乗ったことのあるISだ。今の白式も十分に悪くないISだとは思っているが、あの打鉄もそれなりに良いと思えるものだった。

 それをカスタムした機体というのは幾ばくの興味があるが、同時に僅かだが首をかしげる思いもあった。

 打鉄というISは防御に重きをおいた近接戦闘用の機体というのが一夏の印象だ。同じ近接用という点では白式もそうだが、打鉄の方が扱いやすいマイルドな機体というのが一夏の考えだ。

 そして、そのカスタムというからにはおそらくは近接戦を行うものと予想したのだが、何とも言えない違和感があるのだ。自分のように剣で、拳で相手を打倒する術を学んできた武芸者特有の匂いというべきだろうか。

 いや、そうした技術を学んだことはあるのだろうと察せるくらいにはそれらしい雰囲気があるのだが、自分や師のように徹底した程では無い。

 

「専用機ってことは、候補生か何かか? やっぱ日本?」

 

 その問いかけに簪は素直に頷く。

 

「一応、日本の候補生」

 

 やはり候補生かと納得すると同時に、ならば尚更なぜという疑念が強まる。仮にも候補生クラスならば、相応の腕前を持っていることは間違いないと断言できる。実際に候補生を相手にした経験ゆえだ。

 

(いや、ないしは……)

 

 打鉄は確かに近接戦闘寄りの機体だ。だが、だからと言ってそれしか能が無いわけではない。しっかり装備を整えれば、射撃戦だってできる。つまりは――

 

(打鉄弐式……『打鉄』って認識は取っ払った方が良いか……?)

 

 たとえカスタム機だろうが、別物であることには違いない。ならば、それがまるで別物であるという可能性も考慮すべきだろう。

 武芸にしても同じことだ。同じ格闘技や武器術、更に流派まで同じであろうと、使い手が違えばその戦い方もまた違ってくる。

 そう自分に言い聞かせて、なんて素晴らしい理解の仕方だと思う。そしてそんな素晴らしい理解の仕方を与えてくれた武術にただただ感動するしかない。

 武術サイコー、武術バンノー、ハイル武術、武術万々歳。願わくば全人類でこの素晴らしさを共有したいと思うくらいだ。無理に決まっていると分かっているが。

 

「もしもし?」

 

「ん。あぁいやゴメン。ちょっと考え事してた」

 

 失敬失敬と言いながら一夏はごまかすように笑いを浮かべるが、それを簪は怪訝そうな目で見つめる。だが、程なくして興味をなくしたかのように元通りの目つきに戻った。

 

「そういえば打鉄って確か倉持技研が開発したよな? もしかして打鉄弐式(ソレ)って、割と最近に完成した? そうだなぁ、大体学校始まって一週間そこら」

 

「そうだけど……なんで知ってるの?」

 

「いや、俺の白式(コイツ)さ」

 

 言いながら一夏も右手を掲げて待機状態となっている白式を見せる。

 

「コイツを受け取った時に姉貴――織斑先生に開発元で二つの機体を並行してどーのとか言ってたからさ。もしかしたらって思ったんだけど」

 

「あぁ、そういうこと……」

 

 弐式の開発元が倉持技研であるということは、『打鉄』ということを考えれば想像には難くない。だが、その受領時期となると話は別だ。

 確かに簪は日本の候補生であり専用機の所持資格を持っている。だが、それを殊更吹聴した覚えはない。専用機にしても開発側から最終調整が完了して一応の完成を見たという報を受け、休日を利用して受け取ったものであるため、周囲からはいつのまにか手元にあったという認識になっているはずだ。

 だからこれまで接点のまるで無かった目の前の男子が、自分の専用機の完成時期を知っていたことに首を傾げたが、それもさっきの言葉で納得いった。

 だからといって、特別どうこうという話ではないのだが。

 

「……じゃ、私は行くから」

 

 そう言って簪は踵を返す。元々自分でもそこまで口数が多い方ではないと思っているためか、何か話そうという気はあまり起きない。

 なら、ここでこれ以上無為な時間を過ごすよりも、また別のすべきことをした方が建設的と思ったからだ。

 

「あぁ、じゃ。また試合で」

 

 一夏も特に気にしてはいないのか、同じように踵を返して簪に背を向けて歩き出そうとする。

 

「あ、そうそう。一つ……言い忘れた」

 

 一歩を踏み出そうとした背に投げかけられた声に一夏は足を止める。

 

「ん?」

 

 首だけを動かして振り返った一夏の視線に入ってきたのは、自分とは違い全身を自分の方に向けている簪の姿だった。

 

「どうした?」

 

「試合……私が勝たせてもらう……」

 

 静かだが、強い意思が秘められた言葉だった。

 

「まぁ、俺も勝つつもりでいかせてもらうさ。良い試合にしようじゃあないか」

 

 知らず口の端が吊りあがっていた。だが、簪は一切表情を変えずに再び眼鏡を指先でクイと持ち上げると、そのまま再度踵を返して歩き去る。そして去り際に一言。

 

「じゃあね、『壇ノ浦 平家』」

 

「お前絶対面白がってるよな!? そうだよな!? やっぱり『ラ』しか合ってねぇよ!? しかも壇ノ浦に平家とか妙に縁起悪いな! あれか!? 暗に俺にくたばれと!?」

 

 最後の最後でもう無いだろうと思っていた名前間違えを、あからさまにわざとかましてくれた簪に突っ込んでみるものの、簪は一夏の追求など何処吹く風と言うように悠々とした足取りで去っていく。

 その後ろ姿を苦虫を噛み潰したような視線で見送る一夏だったが、やがてもうどうとでもなれと言うようにため息を深く一つ吐くと、他の者達と同様に自分のことをするために歩き出す。

 

「……」

 

 無言で歩く一夏だが、程なくしてその足が再び止まる。

 先ほど簪に声を掛けられた時のように後ろを振り向いたりはしない。僅かに視線を落として、ただ一点だけを見つめている。

 だが、その意識は視線の集中に反して自分を取り囲む空間全てへと拡散していた。

 

「……なんだ?」

 

 先ほどまでは会話をしていたために表に出すようなことはしなかった。だが、少し前から思考の片隅に居座る違和感が一人になった途端に急に気になりだした。

 この感覚には覚えがある。そうだ、馴染み深い感覚だ。その一つ一つが鮮明に記憶されている師との修業の一つだ。

 ある時は道場の中央で目隠しをして、ある時は日も暮れて薄闇に、あるいは本物の闇に包まれた森の中で、より鋭敏な感覚を磨くための修業の中で、その中でターゲットとして利用した師の『視線』だ。

 

(誰か、見ていやがったな……)

 

 もちろん、終始自分を視界に捉えていたというわけではないだろう。だが、ほんのさっきまで誰かがそれほど離れていない場所で自分に意識を向けていたのは間違いない。

 師の監督の下による修業では勿論のこと、危機回避に繋がるこのスキルは三年前を境に一気に伸び幅は大きくなった自覚がある。今となっては集中をすれば普通にしている人間の気配なら敏感と呼べるレベルで感知できる自信がある。

 だが、その自分でも違和感程度でしか感知しえない。これが意味するところは、その謎の人物Aが相当なレベルで気配を隠しているということだ。

 

「……まぁいいか」

 

 今はその違和感のような気配も消え失せている。一体どこの誰かは知らないが、何もしてこないならそれで良い。

 何せ自分は世界で唯一の男性IS適格者サマだ。まぁ、そんな変なことに絡まれても仕方ないと言える。それを考えれば、今はこれで妥協しても良いだろう。

 そして一夏は再び歩き出す。時を同じくして廊下の一角、偶然生まれた暗がりの中で和紙の扇子が閉じられる音が一瞬鋭く鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った簪は手早く荷物を片付けると直ちに机に向かう。まず第一に行うのがその日の授業の復習だ。

 仮にも一国の候補生を務めている立場上、知識に関しては既に十分なレベルで持っていると自負はしているが、例えそれが既に知っていることでも復習によってより盤石のものとしておいて困ることは何も無い。

 とはいえ、それ自体は一時間もかからずに、それこそ三十分そこらで片がつく見込みがある。ならあとは、試合に向けてじっくり情報をまとめたり策を練ったりするだけだ。

 幸いと言うべきか、同室の生徒はまだ戻ってきていない。別に同室の者が嫌いというわけではないが、やはり一人で集中できるというのはありがたい。

 

「ん……?」

 

 机の上にノートを広げいざと思った瞬間、携帯電話のコール音が室内に鳴り響いた。

 こんな時に誰かと思いながら椅子から立ち上がりベッド脇に置いておいた携帯電話を手に取る。そして画面に表示された発信者の名前を見た瞬間、簪の顔は困ったような、それでいて仕方ないと微笑むようなものになる。

 

「もしもし、どうしたの? ……別に大丈夫。まだ特に何か始めたわけじゃないし」

 

 電話に応答した簪の声はいつも通りの平坦なものだった。彼女のことをそれなりに知っており、なおかつ本当に敏いものであれば、その声に僅かながらの軽快さが混じっていることに気付いただろう。

 それは即ち、電話の相手が彼女にとってそのような調子で話せる、ごく親しい相手ということだ。

 

「うん、こっちはまぁまぁ。弐式も悪くない感じだし、試合には十分。……別に私は大丈夫。そこまで柔じゃない」

 

 相手の言葉は簪の身を案じるようなものであったが、それが僅かなりとも簪にとって気に障るものだったためか、声にふくれっ面のような調子が混じる。

 

「……え? 彼? なんでそれを……もしかして、また覗き見?」

 

 少し前とは違う、今度はジトッとしたような声で尋ねる簪に、相手の態度が慌てるものになるが、それに対して簪はため息を一つ吐くだけだった。

 

「別に今更だから何も言わないよ……。それで、彼がどうだったか、聞きたいんでしょ? 織斑一夏が。……別に、割と普通。けど、入学してすぐに候補生に勝ったのは、侮れない」

 

 素人には変わりない。あの勝利も所詮はビギナーズラックと言ってしまえばそれまでだろう。だが、結果を挙げたのは事実であり油断があればそこを突かれる可能性があるのもまた事実だ。

 

「……別に買ってるとかじゃない。単純な、当り前の意見」

 

 一夏のことを高く評価しているととれる簪の言葉にからかうような反応を見せる相手に、簪はごく当たり前の意見であり他意はないとキッパリ言いきる。

 

「それともう一つ」

 

 付け加えるような簪に言葉に、相手が首を傾げるような仕種をするのが電話越しでも分かった。それをイメージして、そしてこれから言うことを考え、簪の口元に僅かに面白がるような曲線が描かれる。

 

「弄ると結構面白い」

 

 返答は思わず携帯を耳から遠ざけるほどの大爆笑だった。相手は間違いなく腹を抱えて笑い転げていることだろう。

 自分とは違って感情表現が豊かな人間だ。その様を想像することは容易い。

 相手が一しきり笑い落ちついた所で簪は再び携帯を耳に近付ける。

 

「そろそろ良い? 私、やることがあるから」

 

 そう言って電話を切り上げようとする。正直な所、話をするのは構わないのだがこれ以上時間を削られるのは勘弁願いたいと思っていた。

 

「うん。……じゃあ、またね」

 

 そう言って簪は通話を切る。切ってから、そう言えば言っておけば良かったかもしれないということを思いついた。

 

(あまりやり過ぎないように言っておいた方が良かったかな……)

 

 さっきの電話も間違いなくきっかけの一つになるだろうが、十中八九彼女(・・)は彼に、織斑一夏に対してなにかしらのアクションを起こすだろう。

 多分身辺を害するようなことはないはずだが、間違いなく癪に障る類のものには違いない。自分だからこそ断言できる。

 だからこそ、やるならやり過ぎないようにと言っておいた方が良かったと思った。別に一夏を案じてではない。逆に、彼女を案じてだ。

 確かに彼は実に弄ると面白い人間だと分かったが、ああいう手合いは多分やり過ぎると本気で――キレる。それで厄介を被るのは御免だ。

 だから忠告しておいた方が良かったかと思ったが、やっぱり止めた。

 そうなったらそうなったで、またちょっと面白いものが見れるかもしれない。

 そして、これ以上考えても時間の無駄と判断した簪は携帯を再びベッド脇に置くと、机に座って今度こそノートへの書き込みを始めた。

 

「次はどんな名字がいいかな? 霞が関、下関、青木ヶ原なんてのもいいかも……」

 

 漏れた呟きには小さくだが、笑いが籠っていた。

 

 

 

 

 

(ハハッ、駄目元でも頼んでみるもんだよな!)

 

 既に夕焼けの茜色が空を染め上げている頃、一夏はISアリーナの一つでただ一人、白式を纏って宙を駆っていた。

 千冬の下を後にし、二人の初見の生徒に名前を盛大に弄られ、一年ぶりに再開した友人に思いっきり腹を抱えて笑われた後、一夏はある考えを以って副担任の真耶を探した。

 時間にも余裕があったため、何とかしてアリーナを使わせて貰えないかと聞くためだ。姉ではなく真耶を選んだ理由は単純だ。そっちの方が話が通りやすそうだからだ。

 そしてお目当ての真耶を見つけて頼み込んだ結果は、今の状況が示している。

 ついでに練習の監督もおまけでやってもらうというラッキーに見舞われ、どうせならばと使用時間の終わりが見えて来た頃合いに、延長を頼んで見れば試合も近いから特別ということで許可を受け、よっしゃヒャッホゥというのが今の一夏の状況だった。

 とはいえ、だからと言って浮かれたような動きをするわけにもいかない。文字通り色々と特別な状況なのだ。そしてそんな機会を与えられた以上は、僅かな無駄も許されない。何より、自分が認める気にならない。

 

「……っ!」

 

 上空からの急降下、地面が近づいたところで一気に急制動を掛けると同時に切り返して再上昇。この切り返しの所で他にも情報以外の前後方あるいは左右といった二次元的機動に持っていくのも選択肢だが、とりあえずは上方への移動に絞っておく。

 そしてある程度上昇したところで一度宙に留まると、一夏は白式の通信機能を起動して管制室に連絡を入れる。相手はもちろん、監督を務めてくれている真耶だ。

 

「どうでした?」

 

 何かは言うまでもない。先ほどの急降下からの上昇だ。

 

『そうですね、ちょっと減速に入るのが早い気がします』

 

「ふむ。じゃあもうちょいタイミングを遅くして、それでブレーキを強めに掛ける感じですかね?」

 

『そうですね。ちょっと体への負担は掛るけど、その方が相手に動きへの対処は取られにくいですし。慣れてくるとあまり減速をしないで次の動きに移れるんですけどね』

 

「あぁ、PICのマニュアル化だかでしたっけ?」

 

『えぇ。ただ、あれはちょっと難しいですからね』

 

「へぇ~」

 

 そんなことを言いながら一夏は白式のコントロールパネルを開く。まるで目の前に浮かび上がるような映像にはいい加減慣れたが、つくづくぶっ飛んだ技術だとは思う。

 そういえば昔テレビでモニターだかを使って空中に絵を描いているように見えるマシンなんてのを作ってたのを見たな~などと思いつつ、一夏はパネルを操作する。

 

「つまりこんな感じですか?」

 

『ちょっ、織斑君!?』

 

 通信の向こうで真耶の慌てた声が聞こえる。白式の状態は監督者である真耶にも分かるように、管制室のモニターやらにも表示されるようになっているため、何かしら機体に変化があればすぐに分かることになっている。

 真耶の見つめるモニターに不意に表示された白式の変化、それはPICのオートからマニュアルへの変更だ。

 オートの状態であれば各種機動を行う際に、機体側が状況をある程度判断して自動でそれに適した操作を行ってくれる。

 だがマニュアルとなれば話は別であり、停止の際に掛ける制動の強さや曲がる際のカーブの描き方など、細やかな部分に至るまで自分で操作しなければならなくなる。

 当然ながらそれを制御するために思考のリソースを割くことになるため、満足に戦闘行動ができなくなる可能性はあるし、操作を誤ればまるでトンチンカンな動きをしてしまったり、あるいは無理な動きをして体に過度の負担をかける可能性がある。

 だからこそ、いきなりPICをマニュアル設定などにした一夏に真耶が困惑の声を挙げたのも無理のない話というものだった。

 

「いや、こりゃ確かにまた……。お空にプカプカ浮かぶにしても一苦労だ」

 

『そうでしょう。だから――』

 

「ま、とりあえずはちょっとやってみますよ」

 

『織斑君!?』

 

 まるで話を聞こうとしない一夏の様子に真耶の声が半オクターブばかり上がる。

 

「ねぇ先生。ぶっちゃけこのマニュアル化って、腕利き連中にとっちゃ基本みたいなモンなんでしょう?」

 

『それは……そうですね。上級生、とくにある程度以上の腕を持った二年生や三年生くらいなら結構やっていますし、一年生でもオルコットさんのような候補生クラスなら可能でしょうね。あとは二組の凰さんですか。少なくとも、学園から離れて正式に国家に所属している乗り手なら、ある種の必修技能です』

 

「なら、俺だって専用機持ちとしてできなきゃでしょう。つーか鈴のやつができてるのに俺がってのもカッコつかないし……」

 

『けど織斑君。確かに織斑君は専用機持ちですが、それも極めて特例的なことですし、まだ経験も浅いんですよ。将来的にはともかくとして、今そこまで焦る必要は――』

 

「別に焦っちゃいないですよ。単に俺が必要だと思っただけです。それに姉貴なら『素人であることなど言い訳にならん。それができることが必要ならば、死に物狂いでも身につけろ』って言うはずですけどね」

 

『それは……まぁ確かに』

 

 公私にわたって付き合いの長い、尊敬する先輩の姿を脳裏に思い浮かべて真耶は否定できないと思う。何せ今自分が話している生徒は件の先輩と自分よりも遥かに長く、それこそ人生全部において肉親として共に過ごしてきたのだ。

 ことその人間面への理解は自分などよりは深いだろう。

 

「それに、試合まではまだ一週間くらいはあるんだ。頑張れば――何とかなるっ!」

 

『え~っと……そうですね?』

 

 別に確約されているわけでもないのに妙に自信満々に言う一夏に真耶も苦笑いをせざるを得ない。

 

「じゃっ! そゆことでっ! またチェックお願いします!」

 

 言うなり一夏は通信を切って再び空中機動の練習に没頭する。先ほどまでと変わって、表情は一瞬にして真剣なものになっている。

 鋭く眼光が光るような目つきだが、怖さなどよりも先に真摯さを感じる。そんな目だった。

 

 

(それにしても……)

 

 ちょっとした雑務を片付けつつ一夏の様子を見守り続けて、時間はあっという間に四十分ほどが経過した。

 PICをマニュアル化したことで最初の内こそ、エッチラオッチラとするような覚束ない動きをしていた一夏だったが、それもしばらくしたらある程度感覚を掴んだのか、普通に飛ぶだけならば滑らかな動きをするようになっていた。

 その掴みの早さに僅かながら感嘆をするも、それからの一夏のすることはどちらかと言えば地味なものであり、真耶が評価をしたような急降下からの転身や、空中での旋回や体ごと回転させての回避運動など、今の一年生全体で見ればそこそこの難度があるだろうが、総括的に見れば基本的な技能をただ反復している。

 繰り返すたびに確実に進歩をしている。決して劇的というほどではないものの、それでも一歩一歩着実にだ。

 時には制御を謝って壁やら地面やらに激突もして、そのたびに肌に赤みを作ったり体のどこかしらに土汚れをつけたりしている。だが、それらがあるからこそ余計に感じるのだ。

 

「先生、どうっすか?」

 

『えぇ、さっきよりもだいぶ良くなっていますよ。織斑君、結構飲み込みが良いんですね』

 

「まぁ、体で覚えるっていうのは得意ですし、昔からやってましたから。だからまぁ、繰り返しやるってのも結構慣れたモンですよ」

 

『……意外ですね』

 

「え? 何がです?」

 

 真耶の呟きは本人も意図せずして、無意識のうちに零れたものであった。だがそれを耳で拾い上げた一夏はどういうことか聞き返す。

 そして聞き返された真耶は、その時になって自分の呟きに気付き、やや慌てながらも一夏の問いかけに答えた。

 

『えっと、なんていうかちょっとイメージと違うっていうか。織斑君、運動とか体を動かすのが凄い得意そうだから、こう、どんどん難しい動きとかするのかなって』

 

「あぁ……、そういうことですか」

 

 納得したと言うように一夏は腕を組みながら呟く。そして、その疑問への答えとするかのように真耶に向けて言葉を続ける。

 

「まぁ否定はしませんけど、やっぱりまずは基本的なトコですよ。ISもそうだし、武術だってそうだ。

 例えば俺なんか剣術以外に空手や柔道も齧ってますけど、どれも基本は欠かさないですよ。木刀使って素振りや型稽古なんてしょっちゅうだし、空手なんざもう何回正拳突きやったやら。

 そりゃあ、高度な技ってやつも使えますし、練習だってしてるけど、基本は大事ですよ、やっぱ。体づくりもですけど、基本ができなきゃ。

 今俺がやってるこのISだってそうだ。先生、実際問題俺が今やってることはみんな基本みたいなモンなんでしょう? だったら、欠かすつもりはありませんよ。ていうか欠かせないし、欠かしたら姉貴にどやされるのが目に見えてる」

 

『……そうですか』

 

 声は柔らかかった。一夏の言葉は最後だけが茶化すような調子だったが、それでも決してふざけてはいない。

 確かに彼の気質は教師としてしばらく見ていて、少しばかり普通とは違うと思えるものだ。だがそれでも、自分が大事だと思うことに対しての真摯さは間違いなく持っている。

 少なくとも、今はそれが分かっただけでも十分と言えた。

 

「まぁそんなわけなんで先生、もうちょっとお付き合いお願いしますよ」

 

 だからこそ、真耶はその言葉を決して嫌とは思わなかった。その言葉に応えることは、彼女が考えるIS学園教師としての責務だと思うからだ。

 そしてIS学園教師としてもう一つ、今ここで最優先して言わねばならない言葉もまた、確かに存在していた。

 

『織斑君』

 

「はい!」

 

『申し訳ないけど、そろそろ時間もギリギリなので今日はここまでです』

 

 モニターの向こうで宙に浮かぶ一夏の体が数メートルほど落ちると共に、その姿勢がガクッと盛大に崩れ落ちるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「先生、一日って何で二十四時間しかないんでしょうね?」

 

「え~っと、宇宙の法則だからじゃないですか?」

 

「この世界に神はいないのか!!」

 

 練習がノリにノッてきたところで中断を喰らったから、一夏の表情には不満がありありと浮かんでいる。

 だがそれでもおとなしく真耶の言葉に従い、手早く撤収作業を進めてこうして寮への帰路を彼女と共に歩んでいるのは、彼女にかけている負担を彼の思考の片隅にある良心が意識していたからだろう。

 それに一夏は放課後の補習やクラス代表としての仕事などでも度々真耶に世話になっている。そしてつい先ほどもまただ。ならば、彼女の言葉も相応に重んじるべきとも考えていた。

 

「えっと、またアリーナの使用申請をしてからね? 頑張れば良いと思いますよ?」

 

「うぃ~っす……」

 

 まぁた色々紙に書かなきゃならんのかと、訓練機の貸出程では無いもののやはり手軽とは言い難いアリーナの使用許可の一連の流れを思い出し、うんざりとしたような顔をする一夏に真耶は再度苦笑をする。

 

「あ~、そういや先生。ちょっと一つ質問良いですか?」

 

「何ですか?」

 

「え~っと、ISでも普通に手や足を動かしますよね? あの動きって確かISが俺ら乗り手の体が動こうとするのを瞬間的に読み取って、その通りに機体で勝手に動かしてくれるって仕組みでしたよね?」

 

「そうですね。でも、それもやっぱり乗り手本人との関係は密接ですよ。単純な話、握力が強ければISの手の握力も、出力限界を超えないまでですけど強くなりますし。それに動きの細やかさも――」

 

「あ~っと、それも大事なんですけど、俺が聞きたいのはアレです。こう、例えば持った剣振るうのに腕も振りますよね」

 

 そう言って一夏は目の前に突きだした片腕を上下にブンブンと振る。

 

「けど、実際に振られているのはISの、あの鉄の塊の腕なわけで。アレ、振るスピードをもう少し早くできやしませんかね?」

 

「あぁ、そういうことですか……」

 

 一夏の質問の意図に納得した真耶は考え込むように顎に手を当て、言葉を吟味しながら彼の質問に答える。

 

「そうですね、結論から言えば可能です。腕や足の駆動系の制御系を弄ればより機敏な動きができますし、その作業も流石に今の織斑君一人では大変でしょうけど、少しそっちに明るい人に手伝って貰えばすぐにできるものです。少なくとも、私達みたいな先生の誰かであれば一発ですね。

 ただ、あまりやり過ぎはお勧めできませんよ? 負担は乗り手の体に掛るわけですし、限界を超えてしまえばどうなるかは明らかですから。だから、もし織斑君がもっと早い動きを希望しているとして、その作業を誰かに手伝ってもらいながらやるのは一向に構いませんけど、ちゃんと自分の体と相談しながらにしてくださいね?

 また今日みたいに私に相談をしてくれても大丈夫ですから」

 

「わかりました。いや、そんだけ聞ければ十分です」

 

 そう言って一夏は真耶に頭を下げて礼を言う。そして上げた顔をまっすぐ真正面に向けた一夏の目は、何かを考え込むように真剣な眼差しになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、話は分かった」

 

「ありがとうございます」

 

 都内にあるとあるビル、その一室では部屋の主である壮年の男性と、彼への来客である若い女性の会話が為されていた。

 共に着込んでいるのはスーツであり、その会話も二人にとっては自身の職務に関わる重要なものであった。

 そしてそのビルの正門には、ビルの内部にある組織の名前が記されている。それは『防衛省』。

 

「だが浅間君。君の腕を信用していないわけではないが、本当に大丈夫なのかね?」

 

 男の問いかけに女性――浅間美咲は頷く。

 

「問題ありません。むしろ、私一人の方が都合が良いくらいです」

 

「まぁ、君ほどになればそう言ってもむしろ納得できてしまうのだがね」

 

 そう言って男――美咲も懇意にしており何かと便宜を図ってもらっている防衛省幹部は掛けていた椅子の背もたれに深く腰を下ろす。

 兄弟子の父とも個人的友好を持っている彼は、兄弟子の父と比べれば纏う空気の重みというものに欠けているように見えるものの、その表面からは読み取れない巧みな手腕がそれゆえにただならないと彼女に思わせている。

 もっとも、だからこそこうした頼みごともある程度気兼ねなくできるのだが。

 

「一つ、聞いてもいいかね?」

 

「はい」

 

「何故出ようと思った。こう言ってはなんだが、君の気質を考えれば、こんな日の光を全身に浴びるような仕事は好みでは無いと思うのだが?」

 

「そうですね。確かに今までの私の任務を鑑みれば、そう思うのも納得です。ただ――」

 

 そこで美咲は一度言葉を切る。切って間を置くことによって、より次の言葉への相手の意識を高めるためだ。

 

「私の職責の履行、私が出ることの必要性、それらを総合的に考えた上です。それに今年は例年とは異なります。何があってもおかしくはないでしょう」

 

「例の彼か……」

 

 その言葉で男と美咲は同時に一人の少年の姿を思い浮かべる。別に面識があるわけではないが、とにかく有名なので否応なしに知っている。

 

「まぁ良い。当日は君に任せよう。だが、決して無理はしないでくれたまえよ。援護を寄こす準備は整えておく。君は防衛省(われわれ)に、いや。この国にとって失ってはならん人材だ。とくに、彼女(・・)が大きく動けない今はな」

 

「心得ています」

 

 そして美咲は一礼して部屋を出ようとする。だが部屋を出る直前、その背に再び声がかけられる。

 

「浅間君。先ほど無理をするなと言った後にこう言うのもおかしな話だとは分かっている。だが、失敗もまた許されないと肝に銘じておいてくれたまえ。当日、君の双肩には我が国の国際的な信用の一端が乗るのだからな」

 

 先ほどまでの気楽さとは打って変わり、少し低くなった重みのある声で男は告げる。

 美咲はただ一言、「無論です」とだけ答えて部屋を辞した。

 ハイヒールと床の当たるカツカツとした音を廊下に響かせながら美咲は思案する。

 実際問題としては何事も無いのが一番だ。スポーツ、サッカーあたりに例えれば自分はゴールキーパー。仕事が無いのがチームにとって一番なのだ。

 だが、その方が良いと理屈では分かっていても、同時に何かあってはくれないかと思う自分がいることに苦笑を禁じ得ない。一年三百六十五日、技を振るう機会を求めているような性格だから今更なことだとは分かっていてもだ。

 そんな主の思いに同調するかのように、手首に巻かれた待機状態となっているIS「黒蓮(くれん)」が小さく光を照り返した。

 

 

 

 

 

 

 そうして誰もが各々の日々を過ごし、時は一歩一歩確実に進んでいく。

 そしてついに、IS学園学年別クラス対抗代表者ISリーグ戦開催の日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとコメディ成分も入れてみました。
言わずもがな、一夏の名前間違えネタです。まぁ元ネタは存在するのですがね。
さて、とりあえず三組の代表者を適当に作ってみたわけですが、コイツの今後の扱いどーしましょう。
キャラづけして今後も話の中で動かすも良いけど、ちょっと妥協しちゃってたま~に思いだしたかのようにちょこっと出る程度にするか。
……書きながら追々考えることにします。

ではまた次回!

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