自分なりにバカエロを描こうとしたら、訳が分からないものができてしまった。
「へぇー。それがケッコン指輪?」
陽炎型一番艦、陽炎。
その艦娘が一個下の妹、不知火の指にはめられた円環を見つめる。
「あげませんよ」
不知火は冷たく言い放った。
とはいえ、手を開き指輪を見せつけているので、見られることはまんざらでもないようだった。
「心配しなくても。とても恐れ多くて、取ろうとは思わないわよ」
提督との強い絆の証であるケッコン指輪。
それに手を出すことは、二人の関係への侮辱となるだろう。
陽炎にそんなつもりは姉として全くなかった。
「まさかなぁ。不知火がケッコン指輪を受け取るなんてなぁ」
ほわわとした口調で不知火の一個下の妹、黒潮がぼやいた。
「意外ですか?」
「いーや? 不知火も司令官のことを思うてるんやねーって。そう思うただけよ?」
不知火はここ、舞鶴鎮守府の中でもお固く、好戦的な艦娘だ。
妹としては、そんな姉が司令官のことを一人の男として見ていることに、意外さを感じているのであった。
「それは貴女も同じことでしょう。黒潮」
「あはは。でも、あの戦いで、不知火が一番ってことが証明されたのやし」
この舞鶴鎮守府は、数ある鎮守府の中でも大所帯である。
大所帯なりに、歴戦の艦娘も多く所属している。
そんな艦娘の中で提督に選ばれたのが、いや、戦いを勝ち抜いたのが不知火という艦娘であった。
「そうですね」
「うわ。ムカツク。そのすまし顔」
「事実ですから」
不知火はふふんと、引き締まった顔のままで、自慢げに笑った。
「あーあ。私も参加したかったな。提督争奪戦」
陽炎はそう、適当に棒読んだ。
「そうですね。今からでも陽炎の相手をするというのも、それはそれで面白いかもしれませんね」
「じょ、冗談よ」
それを慌てて、陽炎は修正する。
妹と言えど、実力は明らかにこちらが負けている。
そんな勇者の中の勇者みたいな妹に、ちょっかいを出そうとは思わないのである。
その戦いは、提督の一言で始まった。
「争え。残った奴を愛してやろう」
大勢いる艦娘と共にある男は提督一人。
ならば、提督を求めて争いが起こるのは必然である。
それを見かねた提督は、ある演習を提案した。
熟練の艦娘たちによる、ケッコン指輪をかけたバトルロワイアルである。
「さて、残りは貴女だけですね。金剛さん」
そんな戦いも、いよいよ終盤を迎えていた。
あれだけいた艦娘も、残りは戦艦金剛と、駆逐艦不知火だけである。
「その前に一つ聞いておきたいことがありマース」
びしっと効果音のつきそうな様子で、金剛は指を指した。
「どうぞ?」
「どうして貴女は、あれだけ暴れておいて、余裕なのカナ?」
バトルロワイアルで勝ち残るコツとしては、できるだけ上手く戦いを避けることが基本である。
にもかかわらず、この不知火は暴れるに暴れ、場を荒らしまくっていた。
金剛が自らの提督の愛を競えると思っていた艦も、いくらか不知火は葬っていた。
「あれだけの数を沈めたのなら、相当に燃料と弾薬を消費した、ハズ」
とはいえ、それはバトルロワイアルという形式では不利な行動のはず。
目立つ上に、連戦は確実になる。
リスク・リターンはともかく、間違いなく消耗は激しいのだ。
「つまり、今の貴女には余裕が無いはずネ。私にハッタリは通用しないヨ?」
それは不知火にも理解できているはず。
にも関わらず、不知火はその戦法を選んでいた。
そして今、割と平気そうな姿で、不知火は水面に立っていた。
この状況には何かタネがある。
金剛はそう感じていた。
「ああ。万全の不知火と戦いたかったというなら。その心配はいりませんよ」
「どういう事デスカ?」
「こんなこともあろうかと。駆逐艦達の間で、事前に取り決めをしていたので」
金剛の雅な眉が、ピクり、と動く。
「取り決め。デスか」
怪訝そうな金剛の姿にも、不知火は淡々と答える。
「ええ。戦闘続行が困難になった駆逐艦は他の駆逐艦に物資を受け渡し、特攻して他の艦種を沈めていく、という取り決めです。事前に不知火の方から、他の駆逐艦の皆さんに提案させていただきました」
この戦いを知った不知火は、戦いに参加する駆逐艦たちに話を持ち掛け、こっそり取引を行っていた。
全ては駆逐艦の生存率を上げ、自らが勝利しやすくするため。
数は多いが戦闘能力で他の艦に劣る、駆逐艦ならではの策だった。
「そ、それは卑怯じゃないカナー?」
「戦場において、それは褒め言葉でしょう。戦争は始めるまでが戦争ですから」
金剛は不知火を手で制し、提督に抗議する。
裏取引ありの勝負なんぞ、公平性に欠ける。
とても認められない。
「提督。これは反則デハ?」
しかし、提督はくつくつと笑い、不知火に向けてゾッとするような笑みを浮かべていた。
「嬉しいぞ。不知火。そこまでしてこの俺が欲しいとは。よかろう、認めようではないか」
そんな提督の姿に、金剛は憤慨した。
「テートク!」
「くどいぞ、金剛。俺がルールだ」
それを提督はバッサリと切り捨てる。
「それに、ハッタリが通用しないのはこっちの台詞ですよ、金剛さん。余裕がないのはそっちの方では? 貴女もあれだけの駆逐艦を沈めたのですから」
そして、不知火の追撃が入る。
なるべく不要な戦いは避けていたつもりだったが、度重なる駆逐艦たちの特攻で、どうしても戦いを避けずにはいられなかった。
金剛の姿はボロボロで、既に中破判定が入っているようだった。
対比して、不知火はまだ余裕がありそうだ。
どう見積もっても小破に届くか届かないぐらいの損傷である。
あせり、余裕がないのは、金剛の方だった。
「私はバトルシップ、ネ。貴女を相手取るだけのサプラーイは残っているヨ」
不知火の言うとおり、金剛の燃料と弾薬はかなり危険ラインに入っている。
それでも、提督への愛が試されるこの場において、金剛は引き下がるわけにはいかない。
日頃から提督への愛を公言する自分が、何でもないようにすました顔をしている駆逐艦一人に負ける訳にはいかなかった。
金剛は腹をくくった。
「いざ、尋常に勝負ヨ!」
二人の距離が縮まり、いざ、砲撃を交えんとす。
「そうですか。ああ、失礼なことをお聞きしますが。ダメコンは十分ですか? 不知火はまだ残していますが」
と、さらなる不知火のささやきが入る。
そして、面舵を最大に切り、酸素魚雷を金剛目がけて発射した。
「確かに、ダメコンはもうナッシング。でも、それでも。愛は、沈まないネ!」
迫りくる魚雷を突っ切ることで金剛は回避し、不知火の進路へと並び、主砲の狙いを不知火へと向ける。
一度、いや、二度不知火に入れなければ。
「バアアアアニングゥッ! ラアアアアブ!」
渾身の愛を込めた一撃が、狙い定めた主砲の一撃が、不知火へと命中した。
「沈め」
しかし、不知火は全く動じることなく、金剛へと主砲を向けていた。
不知火のダメコンは、何も問題なく作動していた。
そして、不知火の主砲が火を噴き、金剛の
「ま、まだ私は」
金剛は副砲を不知火へと向けていた。
しかし、不知火の主砲の一撃で、金剛はひるんでいた。
ひるんでしまったのだ。
「沈め」
そして駄目押しとばかりに、残されていた不知火の酸素魚雷が発射される。
お互いに並列の状態にある以上、避けられるはずもなく。
「そ、そんナ。私のラブが。ま、負けるなん、テ」
「お見事でした。金剛さん」
こうして、不知火は戦いを勝ち残ったのであった。
「いやあ。金剛さんは強敵でしたね」
「ホント。よう勝てたなあ」
「金剛さん凄く落ち込んでいたわね」
陽炎も黒潮もあの場に居合わせていたが、その後の金剛の姿は見てられなかった。
何しろ、大の戦艦が、男(?)泣きしていたからだ。
「ま、ケッコン指輪とて一つではありません。提督が望みさえすれば、金剛さんが第二、第三の座を手に入れることは十分可能でしょう」
とはいえ、これで金剛が提督とケッコンできない、という訳ではない。
提督が大本営に頼んで、ケッコン指輪を発注すれば、まだチャンスは残っている。
人間は重婚できないが、ことに関して艦娘のケッコンは仮である、だから重婚カッコカリはできるのである。
まあ、提督がその気になれば、であるのだが。
「不知火はそれでいいの?」
陽炎として、ケッコンはしてみたいとは思うが、ジュウコンはちょっと、な乙女心なのだが。
「提督が望むというのであれば。そして、不知火は寛容ですから」
そんな妹の姿に、陽炎はため息をついた。
「ホント余裕ねえ。これが強者の余裕と言う奴かしら。あーあ。どうしてこんな妹に育っちゃったのかしら」
「ほんま怖いわー。姉がガチ勢で困るわー」
そんな姉妹の姿に、不知火はセメントである。
「馬鹿なこと言っていないで、二人とも。そろそろ風呂に入ってきてはどうですか?」
二人が時計を見ると、もうじき風呂の使用時間が過ぎそうになっていた。
「そやね。もうこんな時間やし」
「あれ? 不知火は一緒に入らないの?」
「ああ。二人が遅かったので、不知火は先に入らせてもらいました」
そんな不知火の姿に、陽炎は首をかしげる。
と、黒潮は何かに気づいたようだった。
「ふーん?」
「ははあ。そういうことやね?」
黒潮は、ニヤニヤと意地の悪そうな顔で、不知火を見つめた。
「馬鹿なことを言っていないで、早く済ましてしまいなさい」
それも不知火は淡々とした対応で追い返したのであった。
「はーい」
「はーい」
姉妹で共有している部屋を、二人が出ていき。
部屋には不知火一人になった。
しばらく、沈黙が流れる。
不知火は、自らの手にはまった指輪を見つめている。
「えへへ」
不知火の顔が、にへら、と笑う。
「提督とお揃い。提督と一緒。えへへ」
『不知火とあろうものが、色恋に惑わされるとは。なっていませんね』
不知火の背後から、同じ声の者が話しかけた。
彼女はかつて、不知火であったものの幻影。
かつて海で沈み、今は亡き、不知火そのものである。
そして、それは不知火だけに見聞きすることができるのだった。
「い、いいでしょ。提督のこと、本当に欲しかったんだから」
『それは提督の座がですか? それとも提督の身体をですか?』
その質問に対し、不知火の身体は恥ずかしそうに、ぷるぷると震える。
「か、身体が」
不知火の幻影は、大きなため息をついた。
『本当に、何でこんな人が不知火の身体を利用し、あまつさえ艦娘としてトップの座に上り詰めるとは』
幻影の愚痴に、不知火は露骨に落ち込む。
そして、誰にも見せない不安な表情を覗かせながら、幻影に問う。
「そんなに、可笑しい、かしら」
幻影は、しばらく沈黙する。
『不知火は現状にそこまで不満ではありません。もっとも、“不知火”が活躍できればもっとよかったのですが』
不知火は気まずそうに顔を逸らした。
「それは、言わない約束でしょう」
『そうですね。あの時、“不知火”は沈んだのですから。余計なひと言でした』
かつて、艦娘としてこの世に生まれた駆逐艦不知火は、一度海に沈んだのであった。
しかし、彼女の身体は、異世界の提督を中身に入れることで、再浮上を果たしたのだった。
つまり、不知火は不知火でありながら、不知火ではないのだ。
「“俺”もあの時、死んだんだよ。あれから、“不知火”の心には穴が空いてしまった。もう“俺“は提督ではないのだから」
異世界で提督をしていた男は、異世界で既に死んだ身だ。
その身体はどこにもなく、代わりに不知火の身体に入っている。
かつてここにあったものが、ここにはない。
そのことがどうしても空虚だった。
「だからかな。“提督”のことがものすごく欲しい。欲しくて欲しくてたまりません」
不知火が欲しているのは、提督なのだろうか。
それとも、提督のナニカなのか。
「不知火は、駄目な艦でしょうか」
彼女にも良く分からない感情が、彼女の中で這いうねっていた。
『不知火。貴方は』
不知火はフルフルと顔を振ると、やがていつもの真面目な顔に戻った。
「さて、辛気臭いのはどうもいけませんね。忘れてしまいましょう」
不知火の幻影は、安堵するが。
次の不知火の行動をみて、顔色を変えた。
『ちょっと待ちなさい。何をしようとしているのですか?』
「何って、褒美を受けりに行こうかと」
その部屋で、不知火の声といないはずの誰かの声が響き渡ったそうな。
「フフフ」
舞鶴鎮守府の提督は、誰もいない部屋の中で一人、シャンパンを揺らしていた。
(あーあ。とうとう渡してしまったなあ。ケッコン指輪)
舞鶴の提督は、一般に有能で、カリスマ溢れる姿で知られている。
しかし、その内面は誰も知らないでいる。
(あの場のノリで渡してしまったが。ま、不知火みたいな艦で良かったと思うか。不知火は色恋ってイメージ湧かないし。本人も戦闘能力が強化されて、喜んでいることだろう)
その内面は知らない方がいいかもしれない。
彼の内面は小市民で、かつヘタレだった。
シャンパンを持っているのも、見栄えがいいからという理由である。
とはいえ、それなりに猫かぶりが上手く、有能であるからここにいる。
本人の自覚がどうであれ、それは間違ってはないことだろう。
(しかし、“ケッコン“って。ここではどういう扱いになるのだろうな。後で、大本営にでもコッソリ問い合わせておくか)
因みに、彼もまた異世界からの来訪者であることは、彼だけの秘密である。
そんな夜中、ノックの音が聞こえる。
「誰だ」
部屋の周囲に、品のある声が響く。
「不知火です」
「入れ」
扉を開けたのは、紛れもない駆逐艦、不知火の姿であった。
ただし、何故かネグリジェ姿の。
「どうした?」
不知火は、提督の前で跪いた。
「提督に褒美を、与りたくて」
その姿に、提督は薄く笑みを浮かべた。
「ふふふ。アレでは足りぬというのか。強欲な艦だ」
提督は意味もなく一回転し、不知火の顔元に近づいた。
「良い、それでこそ、我が鎮守府の頂点に立つ艦として相応しい」
提督はシャンパンを、不知火の顔の上に掲げた。
「表を上げよ。受け取るがよい」
「頂きます」
不知火が上を向く。
すると、提督はシャンパンを傾け、不知火の顔にへとかけた。
「えへへ。提督と、間接キス。間接キス。えへへへへ」
シャンパンをかけられた不知火は、提督が見たこともない顔をしていた。
とても嬉しそうである。
(あ、あれ? 不知火ってこんなキャラだっけ? あれ? 俺の耳がおかしいのかな)
因みに不知火の幻影もここにいて、なお出荷される豚を見るような眼で不知火を見つめていた。
「て、提督。もっと、もっと不知火に。ご褒美を。ご褒美を。えへへへへ」
(え。ご褒美をって、あれ? 何で、不知火はなんであんな服を。し、シャンパンで濡れて、し、下着が、見え)
「ちょっと待つネ!」
そこで、乱入者の登場である。
「む。貴女は負け犬の金剛さん!」
「負け犬は余計ヨ!」
そこにいたのは、悲しみから立ち直った戦艦、金剛だった。
ネグリジェ姿の。
「おのれ! 提督は譲りませんよ!」
「提督は皆のものヨ! 独り占めは許しまセーン!」
「順番です! 順番であれば何も問題はありません!」
今にも、再びキャットファイトが、始まらんとするとき。
「ひれ伏せ」
提督の無慈悲の効いた声が響き渡った。
「ハッ!」
「わ、わかったヨ」
不知火はすぐさま跪き、金剛はワンテンポ遅れて跪いた。
「不知火。貴様の気持ちは分かった」
「ありがとうございます」
「だが、今はその時ではない」
少しだけ、不知火は悲しそうな犬の顔になったが、納得はしたようだ。
「わかりました」
不知火の近くを離れ、跪きながら震える金剛の元に、提督が近寄る。
「金剛」
「て、テイトクー。私も提督が欲しいヨー」
「ふむ」
提督はしばらくの間、思案したが、やがて口を開いた。
「待て、しかし希望せよ」
「分かり、ましタ」
そうしてコツコツと足音を立てながら、提督は意味もなく後ろ姿を二人に見せるのであった。
(どうしようかなあ。マジで言っちゃったよ。この後どうしようかなあ)
提督は今になって悟るのであった。
この世界のケッコンはケッコンカッコガチであるのだと。
後日、二人とめちゃめちゃ夜戦することになった。
不知火の背後にいる幻影がめっちゃ微妙な顔をしたことを、ここに付け加えておこう。
なんだこれくしょん