自作クロスとか、色々考えていたのに。
グラーフ・ツェッペリンは転生者である。
かつては現代日本で暮らす日本男児であったのだが、気が付くとオギャアとも言う暇もなく
そして今、兵器としてではあるが穏当平和に暮らしていると思っている。
「いや、しかし。だな」
考えてみると、彼女は平和に暮らせていると思っている。
思っているが、しかし。
何かを忘れている気がする。
「ふむ。何か、か」
その独り言はやや大きめであるが、この部屋では自分にしか響かない。
この感覚はずいぶんと久しぶりのような気がする。
物資に充実した今なら、こういう時間も悪くはない。
この一時こそ、かつて彼女が慣れ親しんだ孤独。
仲間か、とは思ったが、それは違う。
自分には仲間も
今のところ彼女たちと特別距離を感じることはない。
鏡に目を向けると、純朴なソレは女を映し出す。
血が通っているのか怪しい肌と、澄みきった目。
ザイロンの髪と、恵まれた装甲を持っている。
美しいは美しいが、出来の良すぎる人形のようだ。
だが顎に手を当てると、目の前の女も顎に手を当てる。
それが彼女にとっての現実であり、紛れもない私だった。
それを見て装備や練度不足がとは思ったが、それも違うだろう。
この柱島鎮守府において、彼女は主力とも穀潰しとも言い難い。
自身は努力家だとは思わないが、文武ともに十分な活躍をしてきたとも考える。
「コーヒーでも、入れるか」
こうして考えこんでも仕方あるまい。
部屋を出よう、何かしらのアクションが必要だろう。
彼女は己の完成を待つことに飽いていて、永遠へと続く沈黙に耐えられないのだ。
**
彼女はフラスコ等の器具を箱に入れ、それを両手に給湯室へと向かう。
理科の実験室で見かけるそれは、近所のフリーマーケットで投げ売りされていたものである。
鎮守府にコーヒーメーカーがないわけではないのだが、ドリップはどうしても質が劣る(と、彼女は思っている)。
故に彼女はこれでコーヒーを入れるのだ。
周りに視線を向けると、執務室が見えた。
思えば初日に入ったきりで、ここは全く利用しない。
なんとなしに扉をノックする。
「ん。どうぞー?」
扉を開けると、広い部屋に二人。
ここの提督は煙をふがふがと吹く好中年。
傍らには、しばふ顔に丈が短いセーラー服の女、秘書艦の大井である。
「おやおや、グラーフとは。随分と珍しいんだねえ」
「ええ、そうですね」
髪や顔に老いこそ見えるが、未だ衰えず。
提督は青年の輝きを持って、笑うのである。
傍らの少女は事務的にかつ、温かみをもって同意している。
「暇?」
「そうかもしれない。特に用はないのだが。なんとなく、だ」
グラーフは迷惑だったか、と一瞬思ったが。
それでも多分、大丈夫だという確信はあった。
入ったことはないが、入る艦娘は多く見てきた。
「用が無いなら邪魔しないでくれません? 私たちは見ての通りで、忙しいんですよ」
「そーそー。暇するのに忙しいんだ」
「提督はちょっと黙ってもらえません?」
大井の言葉は辛らつだが、棘はない。
ただ、若干困ったようではあるだけだ。
「ま。大井はこう言っているけど。好きにしていーよ。駆逐艦連中なんか、普段からしょっちゅう来てるしねぇ」
「そのようだな。なら、今回は私もそうさせて頂く」
「ふん」
大井はわざとらしく不機嫌です、と言わんばかりにそっぽを向いた。
こういうのを、Tsundereというのだろうか?
グラーフが、手元の箱にちらりと目をやる。
「ただ邪魔するだけでは悪い。二人共、コーヒーはどうだ。私が淹れよう」
「んー? じゃ、ブラックをよろしく」
「オーイは?」
「私も提督と同じで、お願いします」
グラーフが提督たちの目の前で淹れていく。
器具を組み立て、給湯室から持ち出した水を用いて。
漏斗とフラスコが、上下するコーヒーが、味だけでなく楽しませる。
コーヒーの道は深淵に通じるが、楽しむのはそう難しくはない。
上質の豆と器具、最低限の知識さえあれば、おいしいコーヒーは誰でも淹れることが出来るのだ。
「上手だねえ。美味しい牛乳使ってるんでしょ?」
「その表現はどうかと思いますけど。美味しいのは確かだと思います」
提督はズズ、と両手を使って啜っている。
大井のそれは淑女として模範的で、流石と言った所か。
「当然だ。私が淹れた拘りの一杯なのだから」
当然だ、とグラーフは大きな胸を張った。
んふー。
そこでなぜか、提督は真顔になる。
「で、結局。何の用?」
「いや。特になんの用もない、はずなのだが」
艦娘も、自身を完璧に理解しているとはいえない。
人に近いからこそ、余計にそういう所はあるのだ。
つまり、人が自分こそを理解していない所などを。
「何もない、ってことはないだろうさ。なあ、大井」
「恐らくは」
二人は互いに目配せして、頷いている。
あちら側には何かしら分かっている素振りに見えるが。
「これはどういうことだ。アドミラル。説明を願いたい」
しかし、はいそうですかとは言えない訳で。
盲信は人を腐らせ、問いは知的な作業である。
あちら側も、理解している保証などないのだから。
だが、提督はずいぶんと気楽に見える。
「経験則だけどねえ。何かあると見たんだ。便りがないのは良い知らせ、ってね。知らんけど」
いつもの通り、ノープランだがね。
そして、はっはっはと大きく笑うのだ。
「好きに話すといいよ。何かキッカケがあるはずだろう?」
グラーフは小さく口を開け閉めする。
元より、行動に方針があったわけではない。
だが、キッカケはそこそこハッキリしている。
少しばかりの沈黙の後、ようやくその言葉を絞り出した。
「何かを忘れている。ただ、そう思っただけだ」
「ふーん?」
指揮官は聞いた後、天井を見つめ、コツコツと机をたたく。
それをすると、とても人の話を聞いているようには見えないが。
しかし話をするときは目を向けていたので、しっかり聴いているような感じはする。
「大井。大井」
「なんですか? ご命令ですか?」
大井が型通りの反応を返す。
それに対して提督が、ニヤリと笑った。
「今夜、近所で祭りがあるだろ。グラーフと行ってやんなよ」
「は?
さもあらんと、グラーフはそう思うのだ。
大井と自分が一緒に行く理由がわからない。
大して仲良い関係にもないのに。
どちらにとっても嫌だろう。
「今夜は北上さんと行く予定があるので。プライベートですから、邪魔しないでくださいません?」
「そうかそうか」
提督がウザいくらいに、うんうんと頷く。
明らかにわかってやっている。
「じゃ、オレが行くか」
「え」
その言葉を聞いた途端、グラーフに熱い何かがこみあげてくる。
同時に、大井から違和感も感じるのだが。
「オーイ。何か、違わないか」
「い、いえ。その。そうですけど」
大井がらしくもなく、提督と虚空を見やる。
そう、何か、都合が悪いように。
「私としては、嬉しく思う。だが良いのか、アドミラル」
「心配するなって。これも提督の勤めだっての」
「えー」
大井の不満そうな声は、部屋の誰にも響くことはなかった。
こうして、提督とグラーフの二人っきりのデートの予定が建てられたのだった。
**
グラーフがぼんやりと、小さな神社の小さな祭りを見やる。
そこには、手で数えられる程の出し物しかなかった。
彼女の記憶をたどっても、そこにあるものよりも随分と小さい祭りだ。
この島の規模の割には、人はかなり多いと言えるぐらいか。
しかし本当に、随分と活気があるように思える。
決して明るくはない時世、人々は現実を忘れようとしているのだろうか。
「よ。待たせたね。半日くらい?」
「いや、そうでもない。私は30秒前に来たばかりだ」
背後から声が聞こえ、グラーフが振り返ると。
そこにはいつもの服を着た提督がいた。
「その服、カワイイね。どこで買ったの?」
「待て、アドミラル。何が言いたいのかは分かる。だが言わせてくれ」
提督が彼女を見ると、ほんの一瞬だけ止まった。
それを見逃さず、思わず彼女は目を逸らして俯いてしまう。
「他に服が、無かった」
グラーフは、出撃等にも使ういつもの服を着ていた。
何が悪いかといえば、服を買うのを怠った彼女の怠慢なのだが。
彼女には、この時まで他の服を着ようという発想が全く思い浮かばなかったのだ。
「あー。俺も俺も」
「見え透いた嘘は、つかなくても良い」
彼女はいつもの冷めた声で、ため息をつく。
「貴官は私と違うのだろう。その服装は大本営からの命令と聞いている」
「なんだ。知ってるのな」
彼女はその服を選んだが、提督はその服しか選べなかった。
提督は中学生のように、外出の際も常に軍服の着用を義務付けられているのだ。
ナポレオン曰く、服はその人を形作るとか。
「貴官は窮屈だな」
「そうでもないよ。こんなに可愛い女の子たちと、好きにやらせてもらってるんだからさ」
彼は常時監視のため、上から提督の身分に縛られている。
だが確かに窮屈さは感じない。
グラーフにとっては、それを見て思う所はある。
「私には、この世界が巨大な建造物のように見える。そう、誰かの妄執で建てられ、意味もなく消されてしまうような」
らしくもなく、ポエマーなことを呟いてしまう。
何かに縛られる自分と、何にも縛られない提督。
羨ましくないと言えば、嘘になる。
「忌々しい」
その憎悪は誰に向けられたものか。
提督か自分か、それとも世界にか。
しかし、それもすぐに霧散する。
「いや、今のは忘れてくれ」
「いいや。忘れないよ」
憎悪を向けられたと言うのに、提督は笑う。
「俺。忘れっぽいからさ」
気にしてはいない。
でも、無視するわけでもない。
「そうか」
そういうものを感じ、グラーフは一気に気分が落ち込んだ。
「それも。いいだろう」
憂鬱だが、不思議と悪くはない。
「手を、繋いでくれるか?」
「うん? いいよ」
提督が手をつなぐと、少し彼は驚いたように見える。
「冷た」
「すまない」
彼女は自分を冷たい女だと思っている。
だが、提督は拒否する様子はない。
「ひんやりして、気持ちがいいよ」
「あなたの手は、温かい」
何となく、このような時を待ち望んでいたような気がする。
そんなはずはないのに。
「ああ。久しく忘れていたな。この光景は」
彼女は、何かを思い出す錯覚を抱いた。
過去のそれとは違い、人は衰退の一途だし、他の艦娘だっている。
だが、そこにいる自分は自然だと感じるのだ。
「あれ。祭り、行ったことあるの」
「行ったことはない。だが、知っている」
自分が知る祭りを思い出す。
困難の中に小さな希望を見出すのではなく、絶望の中に大きな享楽を見出そうとした祭りを。
「私には、私とは別に。この国で生まれ育った人の記憶もあるだけだ」
提督は少しばかりおどけた表情を見せた。
「ふーん。結構大事なことじゃないの?」
「貴官は気にしないだろう?」
「うん」
「即答か」
まあ、いい。
これはそういう男だった。
それぐらいはグラーフもちゃんと分かっている。
「思い出した、そうか。私は、気にしていたのだった。戦いの中で、忘れてしまっていたのだ」
ここにきて、彼女は嘗ての自分を思い出していた。
既に気にしなくなって久しい、男の過去を。
「貴官はベルファストという艦を知っているな?」
「んー。イギリスの巡洋艦だっけ?」
「そうだ。イングランドに、今も現存するはずの艦だ。私も直接の面識があるわけではない。ただの、聞いた話だが」
こことは似た世界の、ある女に思いを馳せた。
今は好きだとか、そういう意味はない。
ただ、その現在について、彼女は思うものを感じたのだ。
「艦の理想とはこうあるべきだろうと思ったのだ。戦果を挙げ、後世まで讃えられるべきものと」
自分はこうして今世に迷い込んでいるが。
かつて解体された自分に対して思う所はある。
かつて解体された男に対しても。
「うーん。ウチの国はさ、お隣さんに壊されちゃったからねえ」
「そうか。そうだったな」
恐らくは、日本の艦も、同じことを考えているのだろうか。
皆が皆、必死なのだ。
自分の未練を晴らそうと。
「貴官はどうするのだ。この戦いに、何を望む」
提督の考えていることは読めない。
だからこそ、ここで問う。
「そういやさ、この季節。サンマが食いたくならない?」
異次元の切り替えしに、彼女は思わずしかめ面を作ってしまう。
「私は真面目な話をしているのだ、アドミラル」
確かに、もうすぐサンマの季節がやってくる。
正気の沙汰とは思えない、狂気の季節が。
あれは、何のために戦うのか分からなくなるというのに。
「子供たちにも食わせようぜ。サンマ」
その言葉を聞いて、一つ納得できたように思えた。
彼は私のことを理解していないが。
その未来に関しては、共感ができたから。
「ああ」
彼女は少し、自分の未来が晴れたように思えた。
「大丈夫だって。偉い人も言ってるって。ヤればデキるってね」
「それを言うには、もっと相応しい人がいるのではないかと愚考するぞ」
帰ったら、大井が怒っているのだろうな。
そう思いながら、これからの予定に関して考えるのであった。
これで一旦はおしまい。