だが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。水模より先に花田を見つけ出し、決着をつけなくては。決意を固め、飛鳥は歩み始める・・・
悩みを振り切り、意志を新たに進み出ようとした飛鳥の目の前に、唐突に影が降ってくる。反射的に後方へ飛び退った飛鳥が見たのは、悠然と立つ女の姿だった。
濃紺の髪を肩口まで伸ばし、冬の夜だというのに大きめのサングラスで目元を隠している。唇にはつややかな朱が乗り、両耳で金の輪が揺れていた。
豊かな膨らみで盛り上がった、髪と同色のタートルネックの上から漆黒のコートを羽織り、ポケットに両手が差し込まれている。美しく伸びる脚も影のようなスラックスで包まれており、黒のハイヒールと相まって、夜の路面から浮かび上がってきたかのように見えた。
「誰!」
相手の佇まいから感じる強者の雰囲気に、飛鳥の全身が強張る。気配を消してここまで接近し、音もなく直立で着地してみせる技量、相手は間違いなく一流の忍だ。二刀流の刃を召喚する準備は完了している。あとは戦闘開始の瞬間を見極めるだけ。すでに先ほどまでの軟弱な心は消し飛んでいた。
「やあやあ、そんなに威嚇しないでくれるかな。別に飛鳥、君に危害を加えようとか、そういう気はないんだ」
女の口から発せられた声色は軽薄な印象だった。その軽々しさに加え、自分を知っているという事実が余計に警戒心を生む。
飛鳥がさらに構えまで見せ始めると、女は苦笑した。
「まぁ、いいんだけどさ。あたしの話を聞いてくれさえすりゃあ」
「あなたが話したいことを話す前に、あなたが誰だか教えて。話しても信用されなきゃ意味ないでしょ」
「おやおや、意外とガードが堅いのね」
女はヘラヘラ笑いつつ両手を外気にさらす。広げられた腕の先、指には宝石がいくつも輝いていた。
芝居がかった口調で影の忍が続ける。
「お初にお目にかかります。わたくしこそが悲劇のヒロイン水模嬢が探し求める弱小盗賊、花田でございます」
飛鳥が思わず驚きの声を上げる。
「は、花田!?」
信じられない。探し出そうとしていた人物が目の前に突如、忍として現れるなんて!
戸惑う飛鳥だったが、頭の中を整理しながら真偽を確かめるべく、反撃を開始する。
「ダウト!花田さんはザコ山強盗団!だったら私がやっつけてるはずだよ!あなたみたいな人を忘れるはずない」
花田は笑いつつ両手をポケットに戻し、返事を投げてくる。
「あいつら、あたしが君にやられただなんて言ってたわけ?悪いけど、あの時の君に負けるほどあたしは弱くないし、戦ってもいないよ」
嘲笑うかのように、楽しむかのように花田が続ける。
「あの時期は半蔵のお孫さんの力量を直に見るべく、ザコ山の連中に紛れて遠目から観察してただけ。君へのスリをそそのかしたのも実はあたしなんだ。ごめんね」
花田が意地悪な笑みを作りながら舌を出す。一方の飛鳥は、とっくのとうに花田から自分に接近していたという意外な事実に驚きを隠せない。
「あ、あれ、あなたのせいだったなんて!」
プンプンと怒り始めた飛鳥を見て、さらにケラケラと笑う花田。
「そんでもってさ、大体君がどんなもんかわかったから、ビビったフリしてザコ山を抜けたわけ」
話が繋がってきた。こんな人を食ったような忍が相手じゃ、水模に見つけ出せるわけがない。今の花田の姿に強盗団にいたころの面影はないだろうし、花田という名前も使い捨てだろう。死に物狂いの女の子がほとんど無関係な飛鳥に望みをかけてきたのも仕方のないことだった。
となると、聞きたいことがある。
「私のことを探ってたのは、この際目を瞑るとして!」
ここからは飛鳥にとっても大事な話だ。水模を救うために何としても情報が欲しい。
「なぜあなたは、水模ちゃんのお母さんが戦っているのを見ていたの?しかも強盗団の恰好で」
花田の口元が引き締まる。まだ不敵な笑みを形作っているが、少しは真剣に話す気になったらしい。
「ようやくあたしが本当に話したいことが話せるかな。強盗団のカッコしてたのは、バレた時に罪を着せる相手がいるからよ。それもここらで一番しょうもない奴らにさ。結果的にそれが君に迷惑かけることになっちゃったみたいだけど」
花田の話に飛鳥が頷き、先を促す。
「水模ママ、あー、絵狸っていうんだけど、その人の死に際に立ち会った原因は、夫の渋樹って方にもあってね」
「えりさんに・・・しぶきさん・・・」
抜忍となりながらも愛を育み、水模を愛した二人の忍。彼らに一体何があったのか。話が事件の核心に近づくのを感じ、飛鳥の表情も真剣さを増す。
「二人が抜け出したのは、由緒正しき神成流の一族が率いる善忍組織でね。いわゆる駆け落ちをしたわけだ」
「・・・かみなり流・・・駆け落ち」
「そ。神成流直系の次女だった絵狸と、傍系に仕えていた雇われの渋樹が恋に落ちちまったのさ」
「それは・・・」
まだまともに恋愛をしたことがない飛鳥にも、二人の関係が危険を呼ぶものだと理解できた。
善忍の組織において血統や格は非常に重要とされるものだ。数々の制限の中に生きる忍は、自分たちの価値を強固にするために組織としての個を大切にする。特に血筋に関しては不純物が紛れるのを嫌うし、他所への流出も許されない。その傾向は古くよりの家系で構成される組織であるほど強くなり、中には禁忌扱いされるケースもある。
絵狸と渋樹の恋愛は命懸けだった。
花田が続ける。
「だが、二人もヤバいことだってのは当然わかってた。だから本家から切り札を持ち去っていったのさ」
「切り、札?」
飛鳥の理解を深めるべく、花田が知識を公開していく。
「神成流ってのはトンデモない奴らでね。一族は皆、変化の術に長けているんだ」
「っていうと、他の忍とか建物や自然に紛れるのが上手いってこと?」
別段珍しい術ではない。忍具を使えば飛鳥も背景に溶け込んだりできるし、忍学科の担任である霧夜も悪忍に変化して稽古をつけてくれたこともある。霧夜ほどになると、それこそ本物と見分けがつかないくらいだ。
花田がにぃっと笑みを浮かべる。飛鳥の反応を楽しんでいるようだ。
「君が考えているより遥かに高度な術だよ。・・・とにかく奴らは個々が変化の達人で、死期が近づくと、それぞれの力を秘伝忍法書として巻物に封印し、代々受け継いできたんだ。今では少なくとも五百本以上存在するらしい」
「秘伝忍法書に封じた力を、後の代の人たちが術として継承していくんだね」
「おお、察しがいいね。でもただ受け継ぐだけじゃない。自分の術でアレンジしたり他の術と組み合わせたりして、より複雑で洗練された術に昇華していくんだ。それで代が進むにつれて、術の数と幅がどんどん広がっていく。そうやって神成流は力をつけてきたんだ」
使える術が増えることは、そのまま対応できる忍務の幅が広がることを意味する。お上の命を完遂することが善忍の役目であり、組織として生き残るためには、より多くの忍務をこなして一目置かれる存在とならねばならない。
変化術に特化した神成流にとって、世代を超えてでもその道を究めていくことが最善の処世術だったのだろう。
飛鳥はふと気付いた。気付いてしまった。
「絵狸さんと渋樹さんが持ち出した切り札ってもしかして・・・」
「ああそうさ。恐れ多くも秘伝忍法書のいくつかをパクっていっちまったのさ」
飛鳥が思わず体をぶるっと震わせる。恐ろしいことだった。
神成流にとって何よりも大事な秘伝忍法書を盗み出せば、どんなに強力な忍でも死以外に待っている道はない。神成流はどれだけの仲間が犠牲になっても、必ず取り返すに違いない。
「そ、そんなの無茶だよ。なんで秘伝忍法書を人質なんかに・・・二人だけでただどこまでも逃げていく方がよかったはずでしょう?」
花田が首を横に振る。
「神成流には通じない。あいつらは潔癖にすぎるのさ。大昔から今の今まで、神成流から出ていった忍は一人もいない。いてもいないことにされたしね」
「じ、じゃあなおさら駆け落ちなんて無謀なことをどうして・・・」
黒い忍が小さくため息を吐く。まだまだ若く純粋な飛鳥に呆れているようにも感じられた。
「愛は盲目なのさ、って言いたいところだけど、実は違う。言っただろ?秘伝忍法書は人質じゃなく切り札だったんだ。神成流の業に抗うためのね」
花田の言葉で飛鳥の脳裏に閃きが走る。予想が正しければ、二人の抜忍は大博打に出て、今まで戦い続けていたことになる。賭けに勝てば神成流での地位を得ることもできたかもしれない。だが、その結末は・・・
「今、奪われた秘伝忍法書はどこにあるの?」
飛鳥が恐る恐るといった調子で問いかける。
月の光を受けた花田は、この夜最も楽しそうな笑顔を見せた。唇が赤い三日月となって艶めかしく光沢を帯びる。
「最後の一つが見つかってないようだ。知っていたはずのカップルも今は地獄。水模ちゃんはすんでのところで殺人者を取り逃がし、涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら号泣してたけど、死んだ奴は生き返らない。ああ無情。さてさて神成さんちは何を頼りに見つけ出すのかな?」
最後まで聞かずに飛鳥が弾かれたように跳躍する。花田の頭上を越え、塀を越え屋根を越え、瞬く間にその影が小さくなり夜の闇に消えていった。
残された花田は少女の消えた方向を見つめてニヤニヤと笑っていたが、幾ばくかすると路地の先に視線を落とす。
「追わなくていいのかな?葛城君」
声が投げられると、先の角から葛城が姿を現す。飛鳥と別れてから、心配になって戻ってきていたらしい。
訝しげな表情で影の忍と対峙する少女はわずかな殺気をまとっていた。
「お前にまだ聞きたいことがあるからな」
クスクスと小馬鹿にしたように花田が笑い、飛鳥にして見せたのと同じく、両腕を広げて指輪を光らせる。
「何でも聞いてくれたまえ、勇敢な忍学生よ」
挑発的な言動を無視して、冷静な声で葛城が問う。
「飛鳥は話を逸らされたが、アタイはそうはいかない。お前はなんで絵狸の殺害現場にいたんだ?殺したのがどんな奴か知っているのか?なぜ自分から飛鳥に接触した?」
静かな声で畳みかける葛城に、花田が苦笑しつつも口を開く。
「いいよいいよ、君みたいな子は嫌いじゃない。答えてあげるよ。」
花田が右手人差し指を立てて前に掲げる。
「一つ目。絵狸の死を目撃できたのは、抜忍二人の動向を追うのがあたしの仕事だったから。」
答えは葛城の予想の範囲内だった。名家のお家騒動となれば、他の忍組織が関心を寄せるのは当然だ。飛鳥を観察していたことといい、花田はどこかの諜報か雇われの身なのだろう。
驚きもしない葛城を、花田の方も気にせず中指を立てて続ける。
「二つ目。追手の忍は火炎の使い手ってくらいであとは不明。あ、あと恐ろしく強い」
「容姿くらいわかるはずだろ」
葛城の追求に花田がくくくと笑う。
「盗み聞きしてたんでしょ?変化に長ける神成流からの刺客で火炎使いとなれば、そいつはもう火炎そのものさ。時々人型になったかなー?くらいで背格好も目鼻立ちも、何もかもわからないのさ」
女の驚くべき目撃談を聞いて葛城の息が止まる。神成流の変化術は少女が知っているそれとは次元が違っていた。明確な殺意と戦闘技術を持った生ける炎を相手に、いったいどう戦えばいいというのか。
葛城の心に焦りが生じ始める。おそらく水模は秘伝忍法書の存在を知らない。ならば跳び去った飛鳥は、水模の危険を排除するために、連中より先に秘伝忍法書を手に入れようとしているだろう。
それはすなわち、神成流の刺客と交戦する可能性があるということだ。葛城には荒れ狂う自然現象のような忍と対峙して勝利するイメージが想像できなかった。
そんな葛城の心を見透かすように、花田が心底楽しそうに口で弧を描きながら薬指を立てる。
「三つ目。抜忍二人が死んで、あたしの仕事は終わった。普段ならあざっしたー!って報酬いただいて消えるんだけど、水模に見つかっちまったからね。この件からスッパリ手を引くには、面倒事は誰かに押し付けるに限る」
「飛鳥に水模のこと丸投げするために現れたってのか」
葛城の胸に怒りが沸々と湧いてくる。このふざけた忍は飛鳥の危機や苦悩のことを考慮せず、これ以上関わりたくないがために自分の責任を押し付けたのだ。
だが、今はこんな奴に時間を使うよりも飛鳥を追わねばならない。
「お前、長生きしないぜ」
嫌味に花田がどんな顔をしたのかを見もせず、葛城は体を反転させて走り出す・・・前に聞き忘れていたことを思い出し後ろへ顔を向ける。
夜の路地から影色の忍は姿を消していた。夜に溶けてしまったかのように、一切の気配や痕跡も残っていない。絶対に好きになれない奴だが、凄腕だった。
忍名を聞きそびれた葛城は気を取り直して前に向かって走り出す。葛城は水摸と天秤にかけ、飛鳥を選んだ。その飛鳥が水模を救おうというのなら、腹を括るしかない。
夜の大公園に星々の光が降り注ぐ。出入り口が封鎖され、所々にある施設の灯りも全て消えている。木々や草花の間を縫うように広い歩道が整備され、一定間隔で外灯と休憩用のベンチが据えられている。
静まり返った無人の公園を疾風が駆け抜けていく。風を起こした人影は常人からかけ離れた速度で歩道を疾駆する。
ニットベストを合わせた半袖の学生シャツにチェックのグリーンスカート。太ももの半ばまでを黒のニーソックスが包み、スカートとの魅惑の隙間を際立たせている。腰には左右二振りの小太刀が装備され、首元を覆う赤いスカーフの先端が後方に流れている。
揺れる胸とともに縦横無尽に走っているのは、忍装束に転身した飛鳥であった。
「プロの忍同士が本気の戦いをしたなら、その痕跡が残っているはず」
飛鳥は水模の危機を取り除くために秘伝忍法書の手がかりを探し回っていた。すでに公園のほとんどの場所を走り回り、残るは前方の木々が生い茂るエリアだけだ。
最後の望みをかけて茂みへと飛び込んでいった飛鳥の目の前に、小さな石が現れた。石の前には可憐な花々が添えられ、周囲の地面が露出している。
「絵狸さんのお墓だ・・・」
直感した飛鳥は悲しみに飲まれる前に、気配を察知して後ろを振り返る。
「何しに来たんだよ」
飛鳥の視線の先には見慣れた黄土色のコートと桃色のマフラー。自分の前から去っていった水模が、悲しみと怒りの混じった顔で立っていた。
「水模ちゃん・・・」
飛鳥が一瞬言葉に詰まる。だが今度は先のようにはならない。水模を守るために手がかりが欲しい。
「あなたを助けたいの。秘伝忍法書のこと、ご両親から聞いていない?」
「・・秘伝、忍法書?」
水模が怪訝な顔をするが、すぐに飛鳥の問いの意味を察する。
「それのせいで、お父さんとお母さんは死んだの?」
水模の表情が再び憎悪で歪もうとしている。飛鳥はその憎しみに向き合う覚悟を決めてきた。水模を苦しめてでも救う覚悟を決めてきた。
「・・・そうだよ。追手はその秘伝忍法書を探してる。何か知っているなら教えて!追手は残ったあなたにてがかりを求めてる!」
飛鳥の言葉に水模の憎悪が燃え上がる。口は邪悪な笑みを浮かべていた。
「ならちょうどいい!あたしのところに来る奴ら、片っ端から殺してやる!」
「ダメだよ!追手は絵狸さんと渋樹さんをあなたから奪っていった!このままじゃ水模ちゃんまで・・・」
「あたしは死ぬのなんて怖くない!死ぬなら奴らも道連れだ!」
飛鳥の声は水模の心に届かない。だが、飛鳥の決意も変わることはない。水模を傷つけ、自分が傷ついても、前へ進む。
「絶対にそんなことさせない!」
叫びとともに素早く伸ばされた左腕が幼い忍の身体を抱え込む。
「なにするんだ!放せ!」
水模が半狂乱になりながら四肢を暴れさせ、飛鳥を殴りつけ、蹴りあげる。
しかし飛鳥はびくともしない。目はまっすぐ前を見据えられていた。左腰の太刀が抜かれ、腰を落として跳躍の体勢となる。
次の瞬間、水模はたたきつけるような上からの風と浮遊感に見舞われた。小脇に抱えられた彼女が見たのは、木々の梢。風は上から吹いたのではなく、自分が飛鳥もろとも勢いよく宙へ舞い上がったのだ・・・と悟る前に浮遊感が消失。歩道の真ん中に落下していき、忍学生が難なく着地する。
両親に同じようなことやそれ以上のことをされた経験はあったが、自分を見失っていた水模は、隙をつかれて軽く驚嘆していた。飛鳥を甘く見ていたということもある。跳躍地点へ振り返ると、三十メートルほど跳んだようだった。
「い、意外とやるんだな」
水模が飛鳥を見上げて強がるが、少女は周囲を警戒していてこちらを向いてくれない。
「意外っていうのはちょっと残念だけど、少し落ち着いたみたいだね」
公園を見渡しつつ優しく声をかける飛鳥だったが、明らかに余裕がなくなってきていた。
「開けた場所に出れば相手の姿を確認できるかと思ったけど、神成流の人たちが相手じゃダメか」
飛鳥はすでに追手の気配を感じ取っていた。抱えられた水模も事態を理解して首を動かす。
どこにも相手の姿が見えない。だが多くの視線と威圧感を確かに感じる。追手は一人じゃない。だが、一人も見つからない。
飛鳥が耐えかねて刺激してみる。
「気配を完全に消していないってことは、姿を見せる気があるってことでしょ?からかうのはやめてください!」
飛鳥がどこへともなく叫ぶと、視界の端に動き。瞬時に刃を向けると、黒装束の忍が現れ出ていた。顔まで黒布で覆っており、まるで影が歩み出てきたようだった。視線を動かすと、飛鳥たちを囲むように続々と同じ姿の忍が出現していた。二十人ほどもいるというのに、今までどこに隠れていたのか全く分からなかった。
「あなたたちが神成流・・・」
飛鳥が高度な隠密技術に息を飲む。水模も影たちの出現に目を見張っていた。先の憎悪がただの虚勢にしかならないと思い知らされたのだ。
「神成流・・・の傍流の傍流ですよ」
しっとりとした柔らかな声が飛鳥の背中に投げられる。反転すると、歩道のど真ん中に着物姿の女性が立っていた。一番隠れようもない場所へ突如現れた忍に、一段と警戒心を強め注意深く観察する。
黒くつややかな長い後ろ髪を上の方で団子にまとめ、いくつも金色のかんざしが差してある。ほとんど血の気が感じられない白い白い肌。小さな顔を前髪が両脇からさらに小さく見せており、細筆でスッと線を引いたような流麗な眉と、切れ長の目に収まるのは銀の瞳。細い鼻筋の下では真紅の唇が柔らかく微笑んでいる。
顔立ちの美しさに反し、着物には赤緑黄を基調としたサイケデリックな目玉模様がいっぱいに描かれ、どこに視線を送っても目が合ってしまう。着こなしも通常とは違い前が開け放たれ、豊満な乳房が半ばまで露わになっている。腰から下には太さの異なるショッキングピンクの帯が何本も巻きつけられていて、腰回りと美しいであろう脚線美のほとんどを覆い隠していた。その帯にも目玉模様が描かれていて、和風美人も何もあったもんじゃない。
歳は三十代半ばだろうか、実年齢よりも若々しく見えるタイプのような気もするが、目に痛い着物のせいで正常に見極められない。ここまで目を引く人物がどこに潜んでいたというのか。
「ひやね、冷ややかな音と書いて、冷音と申します」
冷たく澄んだ声が夜に溶ける。
第三話へ続く