閃乱カグラ 少女達の記録 【忍の業】   作:なまなま

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 偽りの忍・花田との邂逅の後、秘伝忍法書を追って大公園にやってきた飛鳥は、殺された絵狸の墓で水模と再会した。
 しかし、静かな夜の公園にやってきたのは彼女たちだけではない。二人の前に姿を現したのは追手の忍、冷音であった。


第三話 疾走

「ひやね、冷ややかな音と書いて、冷音と申します」

 

 神成流の目玉女が丁寧にお辞儀をしながら名乗る。あまりに滑らかで美しい動作だったため、飛鳥は思わず軽い会釈を返してしまう。抱えられた水模までコクンと頭を上下させていた。

 上がってきた冷音の銀の目が忍学生を射抜く。刃を突きつけられたような緊張感が飛鳥の全身を駆け巡った。挨拶をしている場合ではない。この女は強敵だ。

右手の小太刀を握り直しつつ言葉を投げる。

 

「秘伝忍法書の場所は私も水模ちゃんも知りませんよ」

 

 冷音を水模から遠ざけようとする言葉に、慈しむような笑みを浮かべて刺客が返事をする。

 

「優しいのですね。半蔵様のお孫さんですから当然でしょうか」

 

 名家の関係者なら半蔵の孫である飛鳥のことを知っていて当然だろう。

今度は美しい眉がひそめられ、悲しげな表情となる。

 

「しかし、水模ちゃんが在り処を知っていて、案内してくれるのが一番なのですが。それ以外の言葉は信用に値しません」

 

 白い顔が表情をなくすようにすぅっと冷たく変わる。

 

「水模ちゃんにそれはそれは厳しい尋問をしなければならなくなります。神成流は容赦がありませんから」

 

 冷音の脅しは嘘ではないだろう。異端者をことごとく粛清してきた神成流の尋問など、想像もしたくない。

飛鳥が小脇へ目を向ける。

 

「水模ちゃん、本当に知らないよね?もし実は知ってたって展開になるなら穏便に済ませられるかも?」

 

 飛鳥が言い終わる前に水模が仇敵へ向かって叫ぶ。

 

「知るか!知ってたとしてもお前らなんかに教えない!お父さんとお母さんが命懸けで守った物を渡してたまるか!」

 

 反抗の言葉を聞いて冷音が小さくため息を吐く。心の底から残念がっているように見えた。

 

「お二人が亡くなった今、奪われた秘伝忍法書はその役目を失いました。彼らはあの巻物の力を会得して神成流へと舞い戻るおつもりだったのですから」

 

 白い女の暴露に水模の表情が固まる。予想していた飛鳥は、失敗に終わった抜忍の策略を、悲しい想いとともに述べてみる。

 

「二人は愛し合っていたけど、本流の絵狸さんと傍流に雇われた渋樹さんの関係を、神成流の人たちは受け入れられなかった。だから叶わぬ愛を成就させるには抜忍になるしかなかった」

 

 飛鳥の推理に冷音が小さく顎を引いて、先を促す。

 

「でも神成流の抜忍は必ず死ぬ。生き延びるには神成流に必要とされるしかない。秘伝忍法書を持ち出したのは、その役目を二人自身に取り替えるためでしょう?」

「そうです。お二人は秘伝忍法書の力を己の術にしようとした。体得した後、忍法書を処分してしまえば術を再現できるのはお二人しかいなくなる。その力は神成流にとって血筋よりも大切なもの」

 

 絵狸と渋樹は愛を貫くために命を懸けて術に挑んだ。秘伝忍法書の力を得るか、神成流に抹殺されるか。時間と才能の勝負だっただろう。そして長き戦いの後、二人の愛は敗れ去った。

 

「二人は秘伝忍法書の術を取り込むことができなかったんですか」

 

 悲壮な面持ちで会話に聞き入っている水模に代わり、飛鳥が問いを発する。問われた冷音の顔が、死者と儚き愛を憐れんで暗くなる。

 

「もとより困難を極める戦いだったのです。絵狸様は本流ですが、変化の才に恵まれぬお方でした。といっても神成本流としてで、私などは足元にも及びませんでしたが」

 

 才能とは非情なものだ。生まれ持つ血統や財産には差があれど、血のにじむ努力でそれを乗り越える人々はいる。だが、ある種の才能はそうはいかない。生涯の時間をすべて犠牲にしても追いつけない領域がある。

苛烈な神成流では、その領域に生来より住まう人々と渡り合えなければ、道具として切り捨てられてしまう。生まれた瞬間に自らの役目が決定されてしまうのだ。

 自分になけなしの才能がなければ、いったいどうなっていたのだろう、と飛鳥も一瞬考えを巡らせた。

 

「もっとも、だからこそ絵狸様は抜忍の道を選んだのかもしれません。お二人にとって、あの賭けは才能を乗り越えるための試練でもあったのです」

 

 話を聞いていた水模が呆然としている。無理もない。自分が信じ、愛した両親は、彼らを手にかけた者たちの下へ返り咲くことを望んでいたというのだから。もしそれが叶っていたら、自分も神成流の忍として生きることになっていたのだから。幼い忍に全てを理解し、納得しろというのは酷だ。

 冷音の悲しげな顔が水模へ向けられる。

 

「水模ちゃん、もうあなたが背負うものは何もないんです。真実を受け入れ、私とともに来てください」

 

 水模の瞳で感情が乱れ、波濤となる。自分が何をすればいいのか、どうしたいのか。混乱する頭を静めることができない。

 そんな水模を見て、飛鳥が打開を図る。

 

「協力はできませんか。私も水模ちゃんも一緒に秘伝忍法書を探します。あなたも本当は、水模ちゃんをこれ以上苦しめたくないんじゃないですか」

 

 水模を救うと決めた飛鳥のまっすぐな心。自分の身を投じてでも、信じる忍の道を進むんだという決意。懐かしい若者の正義感に、冷音が眩しそうに目を細める。まだまだ現実を知らぬ少女の姿を、銀の瞳が優しく受ける。

 

「できません。神成流が抜忍や外部の力に頼ったと、他の組織は見るでしょう。自らの後始末も存分にできないと侮られれば、神成流の築いてきた格に傷をつけることになります。そうさせるわけにはいかないのです」

 

 傍流なれど、冷音もまた神成流に縛られた忍であった。秘伝忍法書を奪取できなければ、彼女自身にも罰が待ち受けているだろう。選択の余地はない。

飛鳥が自分の道を譲れないように、冷音もまた引き下がるわけにはいかなかった。

 

「決めた」

 

 沈黙していた水模が声を上げる。対峙する二人の忍だけでなく、周囲の黒装束たちにも緊張感が走る。

 事件の行く末を決める水模の決断が下された。

 

「あたしが秘伝忍法書を見つけ出して、術を完成させる!お父さんとお母さんにできなかったことを、あたしがやり遂げるんだ!」

 

 飛鳥の全身が強張り、臨戦態勢を取る。水模の決断では、神成流は納得しない。

 冷音が目を閉じ大きく息を吸って、吐く。白い顔から放たれた白い息が、彼女の密かな想いとともに消えていった。

開かれた細い目に、憐憫は欠片も残ってはいない。紅の口が告げる。

 

「待てません。叶わぬ願いなど、待てないのです」

 

 女の右腕が前へ振られ、戦闘が開始される直前、飛鳥と冷音の間にエメラルドの風が落下し、破壊音と砂煙を立てる。

視界を遮られた冷音はジッと前を見据え、砂煙の中へ声をかける。

 

「思い切った介入ですね、葛城さん」

 

 落ちていく砂の中に葛城が現れていた。前を全開にした夏の制服姿。首からさがるネクタイが胸の谷間を通っている。飛鳥と色違いのブルースカートから健康的な脚が伸び、膝下に続くソックスには青いリボンがかけられている。リボンの先には、金の縁取りが施された黒い具足。葛城の忍転身した姿、戦闘モードである。

 高い木の上に身を隠し交戦のタイミングを狙っていた葛城は、水模を抱える飛鳥を敵から離すために割って入ったのだ。

 

「風をまとった強力な蹴技。存分に見せてもらいましょう」

「ああ、見せてやるさ。アタイは強い奴相手には出し惜しみなんてしないからな!」

 

 思い切り振られた葛城の具足が、唸る風とともに冷音に襲いかかる。

 

 

 

 葛城の奇襲に乗じて全速で脱出した飛鳥は木々の間を走っていた。

追手の気配がする。どうやら冷音は来ていないようだが、多くの部下たちが水模の確保に回ったらしい。

 

「あたし、本当はどうすればよかったんだ・・・」

「後で考えよう!今はとにかく逃げきらなきゃ!」

 

 戸惑う水模を気にしつつ前を向いて走る飛鳥だったが、違和感に気付いて急停止。前方の虚空に向かって一振りすると、甲高い金属音が鳴る。

すぐに弾いて後退。刃を当てたモノも同じように飛鳥から距離を取る。背景の木々に同化していた人物が自然の色を失い、黒装束として正体を現した。

危なかった。気付かなければ、すれ違いざまに水模を奪われていただろう。

 飛鳥は右太刀を構えて間合いを測る。向こうも小太刀を掲げて隙をうかがっている。

冷音は自身を神成流の傍流の傍流だと言っていたが、彼女の隠密技術といい、この黒装束の迷彩術といい、並の忍以上の実力を持ち合わせている。

 飛鳥も慎重にならざるを得ないが、黒装束は攻めてくる様子がない。耳は後方からの追手の足音を聞き取っている。急がねば再び包囲されてしまう。

 意を決して前進しようとした瞬間、左右から聞こえた風を切るわずかな音が、飛鳥をさらに後方へ軽く跳躍させた。

跳びつつ自分のいた場所を確認すると、三本のクナイが草の間に突き立っている。

着地した飛鳥は冷や汗をかいていた。追手の音は後方から聞こえていたはずだ。なのにクナイは左右から投げられた。しかも気づくとすでに囲まれている。

後方跳躍で逃げたが、大した距離じゃない。それなのに、初めから追いついていたかのように、黒装束の群れが暗闇から出現していた。

 視線の先にいる黒装束の一人が、意外に高く若い声を出す。

 

「半蔵様の孫よ。我らはお前を殺すわけにはいかぬ。その娘を置いて去ってはくれまいか」

「私を殺せないなら、なおさら水模ちゃんを渡すわけにはいかないよ。私といれば安全なんだから」

 

 挑発的な笑みで返したみせた飛鳥だったが、状況は良くない。二十人の変化忍を相手に切り抜けられるだろうか。

 表情の見えない黒装束が食い下がる。

 

「心情だけで動くな。戦況を冷静に分析すれば、圧倒的不利なのが分かるはずだ。今も我らの音響変化にまんまと騙されたではないか。いつまでも避けられるクナイを投げるわけにもいかぬぞ」

 

 後方から鳴っていたと思った足音も変化術の一種だった。神成流は物体だけでなく音にさえ化ける。もし彼女たちが本気で飛鳥を殺しに来ていたら、あの瞬間に二、三回は殺せただろう。

 殺さないのは飛鳥が半蔵の孫であり、国立半蔵学院の忍学生だからに他ならない。伝説の忍たる半蔵の逆鱗に触れでもすれば、神成流の失墜に繋がりかねない。

黒装束の彼女たちにもまた、守らねばならぬものがあった。

 

「我らは自らの死を費やしてでも、秘伝忍法書を手に入れる!」

 

 黒装束たちが決意とともに突撃してくる。飛鳥も彼女たちの気迫に負けじと正面へ走る。

黒装束が打ち下ろす小太刀を刃で受け流し、体を回転させつつ右へ移動して左から飛んできた鎖鎌を回避。回転の途中で目視した後方からの一閃を背中に回した刀で受ける。回転の勢いを殺さず慣性を縦の動きへ誘導し、受け身を取るように前転。頭の上で空振りの刃が風を切る。

 前転の終わりに地面を蹴りつけ跳躍。アーチの頂上で足元の木の枝に着地しようとして寸前に取りやめ、慌てて右腕を伸ばして上方の枝を掴む。眼下の枝が蠢き、円盤型の刃を持った黒装束に変化。幹に足だけで組みついた黒い忍が、上の飛鳥に向かって刃を振る。

懸垂の要領で上の枝へ逃げて円刃を避け、下方の確認もせず再び跳躍。一瞬遅れて飛鳥のいた場所に投擲武器が殺到し、枝が粉微塵になる。

 前方の木の頂に飛び移った少女は、すぐさま枝葉を伝って急降下していく。

 

「わわあああぁぁぁっ!?」

 

 水模の叫びに続き、後方で木が粉砕される音が聞こえるが、俊足の飛鳥自身を捉えきれない。景色も音も全て置き去りにする立体逃走戦術を選んで正解だ。

 根元近くまで降りてきた飛鳥が地面に向かって一太刀振るう。木の根に変化していた忍が緊急回避していき、飛鳥が着地。

 前を向くとどこか違和感のある木々の景色。回り込まれていると瞬時に判断し、右へ進もうとして影に阻まれる。樹上から降り立った追手から逃げるように、即座に反転して走り出す。

左から横合いの斬撃を繰り出した忍を回転斬りで弾き、回転ついでに後方からの投擲を捌く。木々の間を抜け、歩道に出た飛鳥が向かいの木々へと走り抜けようとした時、視界の左端で高速接近する何かを捉え、右に跳ぶ。着地と同時に轟音。

 音の方に目を向けると、筒状に丸まった巨大な布のようなものが、歩道に突き立っていた。布の表面には色とりどりの目玉模様がギョロギョロと蠢いている。見覚えのあるドギツイ桃色の物体に驚愕していると、進もうとしていた木々の間から葛城が躍り出てくる。

 

 「逃げろ飛鳥!」

 

 葛城の叫びを聞いて飛鳥が再び右に大きく跳躍。葛城も一拍遅れて追うように跳ぶ。

二人のいた場所から轟音。二つ目の目玉の柱が現れていた。柱は木々の間から伸びた布の先にあり、高さはゆうに三メートルはある。飛鳥が隣に着地した葛城を横目で見ると、玉のような汗をかいて肩を上下させている。

 呆然とする飛鳥だったが、自分に向かって飛翔する手裏剣やクナイに気付いて斬り払う。自分が出てきた場所から黒装束たちが現れてきていた。

 

「くっそ!」

 

 葛城が吐き捨てながら黒装束に向かおうとするのを、飛鳥が襟首を掴んで強引に引き戻す。葛城の進もうとしていた歩道から鉈が生まれて旋回。目玉の柱に気を取られていた隙に接近を許してしまっていた。

葛城もろとも後方跳躍した飛鳥が空中から歩道を見下ろすと、目玉の柱が収縮して木々の中へあっという間に引っ込んでいく。

 異界の生物を見たような気分だ。先ほどまで飛鳥の立体移動に目を回していた水模も、信じがたい光景に愕然としている。

着地した飛鳥がたまらず葛城に問う。

 

「あれ冷音さんの帯!?」

 

 驚きの声を上げる飛鳥に、葛城が息を切らしながら首をブンブンと縦に振る。

 

「あ、あいつ滅茶苦茶だ、アタイの蹴りと手刀でやり合った上に、帯が伸びたり縮んだり、枝分かれしたり太くなったり、硬くなったり柔らかくなったり、とにかく変幻自在で・・・」

 

 さらに何か言おうとした葛城が、弾かれたように飛鳥達を右の木々の方へ突き飛ばし、自身も同じ方へ横転で回避行動をとる。

間を置かずに轟音。

 三人が元いた場所を目で辿ると、再び目玉の柱が現れていた。柱は瞬く間に小さくなっていき、木々の間へ引っ込んでいく・・・と思ったら、歩道の端で持ち上がった布の先がスパッと切れている。通常の着物の帯と変わらぬ大きさになった柱は、見る間にしゅるしゅると解かれて、中空に吸い込まれていくかのように消えていった。

 わけのわからない現象を目の当たりにして、飛鳥の動きが完全に止まってしまう。

葛城は飛鳥の硬直を解くために解説を入れる。

 

「冷音はあそこにいるってことだ」

 

 立ち上がった葛城が疲弊しながらも構えをとる。

 

「・・・あ」

 

 飛鳥にも分かった。よーく、よ~く目を凝らしてみると、背景との境目が見つかった。冷音はそこにいる。

まるで透明人間かのように背後の自然と同化してしまっている。

黒装束たちの隠密術もなかなかのものだったが、神経が研ぎ澄まされた戦闘中の飛鳥なら見破ることができた。

だが、この冷音はそうそう見つけられる気がしない。一瞬目を離せば、もう二度と見つけられないとさえ思う。

 

「葛城さんは素晴らしい忍学生ですね」

 

 透明の冷音が浮き出てくるように本来の色を取り戻していく。飛鳥の脇で水模が小さく声を上げた。今初めて見つけられたらしい。

 目玉模様をまとった冷音は所々に傷を負っていた。白く美しい肌に血が塗られ、どこか煽情的に感じられた。あのトンデモ忍法相手に、葛城はかなり健闘していたようだ。

 赤と白の冷音が嬉しそうに口を開く。

 

「飛鳥さんも。もう学生の枠には収まらないのではありません?」

 

 上司の視線の先で、追いついたきた黒装束たちが不承不承といった風に小さく頷く。水模を抱えつつ隠密術を看破し、一刀だけで二十人から逃げ切った飛鳥の実力を認めざるを得ない。

 敵とはいえ強力な忍に認められ、飛鳥は内心少し嬉しくなる。

 

「ですから、足手まといは無しで行きましょう」

 

                                      第四話へ続く

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