水模のために健闘する飛鳥と葛城の実力を認め、死の美を見出した冷音が襲い来る。月下の戦場で業を背負った忍たちが辿り着く先は…
部下たちの助力を拒んだ冷音の笑みが、喜びから狂気を孕んだものに変わる。戦いを楽しむ血に飢えた顔だ。
冷音が無造作に突進を開始。葛城が手で飛鳥を制し、迎撃に走る。
白い女が右手の手刀を横薙ぎに振るう。葛城は身を屈めて回避し、右足を滑らせるように前へ振り上げる。硬質の具足を女の左手刀が受け、翻った右手が葛城の腹に向かって打ち下ろされる。鋭い一撃は体を回転させた少女の左具足で弾かれ、回転の軌道が流れるように水平へ移行する。
葛城の手は大地を捉え、自らを振り回す杭とする。体を軸として広げられた両脚が旋回し空間を切り裂き、竜巻を起こす!
「秘伝忍法!トルネード・シュピンデルゥッ!!」
至近距離で竜巻忍法に巻き込まれた冷音は、とっさに腰に巻いていた帯を筒状に変化させて歩道に突き立てる。風に飛ばされることは回避できたが、旋風の刃からは逃れられない。緑の風が白き忍に裂傷を増やしていく。
気力と体力を消耗する秘伝忍法を長くは続けられない。葛城は脚を畳み、腕の力で跳び退って冷音から距離を取る。着地地点で葛城は自らの失敗を悟った。冷音がいない!
「かつ姉、上!」
飛鳥が叫ぶと同時に葛城に飛びかかって、その場から退避させる。葛城の着地地点へ冷音が手刀を振り下ろして急降下してきた。真っ白な手が歩道のコンクリを粉砕する。
冷音はトルネード・シュピンデルの終了間際、帯の杭を外して解放される竜巻に乗った。身を切り裂かれながらも上昇し、体勢を立て直す前の葛城を狙って強襲したのだ。
攻撃に失敗した冷音が血を撒きながら向かってくる。なにが楽しいのか、恐怖を駆り立てる笑顔で。
飛鳥が水模を葛城に託して迎えうちに行く。
すでに互いの間合いに入っていた。飛鳥が右手の太刀を高速で斜め上に振り抜く。笑う女は急停止しつつ上体を仰け反らせて回避。もう一本の太刀を抜こうとしている少女の左手を、女の白い左手が抑え込む。翻った右の刃は手刀で受け流され、飛鳥の正面がガラ空きになってしまい、振り上げられていた冷音の肘が飛鳥のみぞおちに打ち込まれた。
悶絶する飛鳥が逃げようとするが、白い左手に拘束される。強力に掴まれた手は刀を抜くことも、柄から放すこともできない。体勢を崩された少女の視界が大きく揺れる。小柄な体が歩道に叩きつけられ、痛みに苦しみつつ片手で投げられたのだと気づいた。
頭の先でコンクリを割る音。水模を抱えた葛城が再度接近戦を挑みに来たのだ。
大きく蹴り上げられた左足を、白い女は半身になって避ける。だが、葛城は蹴りと同時に前進し、右足を軸にして旋回。右足がプロペラのように水平に振られ、女の上半身を狙う。冷音は烈風をまとった一撃を、飛鳥もろとも後方回転して回避。
回転の終わりに、遠心力を利用して再度飛鳥を地面に叩きつける・・・はずだったが、飛鳥が持ち上がらない。冷音がとっさに目を向けると、飛鳥が下半身半ばまでコンクリに埋まっている。
「土遁っ!?」
飛鳥の戦術についてはかねてより調べてあったが、完璧なタイミングで出されてしまった。冷音は手を放し逃れようとするが、今度は飛鳥が冷音を掴んで放さない。
爆裂。飛鳥の土遁術が発動し、歩道が弾ける。強靭な脚力を宿した地中からの奇襲斬撃で、コンクリ下にあった土とともに、冷音が血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。遠巻きに見ていた黒装束部下たちが口々に声を上げるが、足手まといと言われた彼女たちが勝手に戦場へ割り込んでいくわけにはいかない。歩道の先へ落下した冷音は、すぐに手をついて起き上がろうとする。
「み、なもっ、ちゃんは、無事!?」
「ああ、心配すんな。飛鳥こそ大丈夫かよ!?」
「わ、たしは、ゲホッ!う、うん。だいじょぶ」
葛城の元まで戻ってきた飛鳥は肘打ちのダメージで咳き込みながらも、小脇に抱えられた水模の様子をうかがう。
未熟な忍は飛鳥たちを心配そうに見上げていた。
「私たちなら、大丈夫。必ず守るよ」
「飛鳥」
水模に優しく笑いかけた飛鳥が、葛城の声で前方へ顔を向ける。星と外灯に照らされ、血に塗れた冷音が立ち上がっていた。
飛鳥の土遁斬りを受けて、胸の谷間から脇腹辺りまでが大きく切り裂かれていた。それでも、女は嬉々として微笑み、呼応するように衣装の目玉が激しく蠢く。
狂った絵画のような光景に、葛城と水模、そして黒装束たちが思わず息を止める。
飛鳥だけが納刀し、口を動かした。
「もうやめましょう!私はあなたを殺したくない!わかっているはずです!正しい道は他にあると!」
飛鳥の言葉に、冷音が天を仰いで高く笑う。楽しそうな、美しく、恐ろしい哄笑。
笑い終えた冷音の顔が戻ってくる。血飛沫を浴びながらも表情は柔らかく、飛鳥へ優しい眼差しを送っていた。
血で更に赤くなった唇が戦いを求める。
「飛鳥さん。私を殺してごらんなさい。あなたのような優しき人が、私を苦しき定めから解き放ってくれるのなら、喜んで命を散らします。忍の業からは何人たりとも逃れられない。どうせ心が苛まれるなら、いっそ優しく正しき刃で逝きたいのです」
休戦の申し出を拒否するように、狂気の忍が死を望む。冷音もまた、忍の業に苦しんでいた。
飛鳥の心に冷音の言葉が入り込んでくる。いやだ、殺したくない。殺せばいずれ、冷音は飛鳥の元に戻ってくる。冷音の死とは何であったのか。冷音を殺してでも飛鳥に生きる資格があるのか。
・・・違う!いやなんじゃない!
「私とあなたは命の取り合いをしているわけじゃない!この戦いであなたが死ぬ理由なんてないんです!」
「だから私を殺さないと?私が望んでいるのに?」
そうじゃない!わかっていた。今までもそうだった。正しさなんて、自分の中にしかない。その道から逃げるなんてことはできない!
「これが私の道なんです!あなたを殺さない!私の道に、あなたの死はない!」
飛鳥が自分に言い聞かせるように叫ぶ。結局、自分の信じる道を行く他ないのだ。その道が全てだ。生かすも殺すも、自分が決めること。数多の血と死の上に立つ自分が、その屍の山に話しかけ、迷い悩むことこそ、散っていった者たちを愚弄する行為だ。過去の行いは変えられない。ならば、自分を信じて前へ前へと進んでいくしかない!死の願望になんて屈しない!
冷音から笑みが消える。なにかを失ったように漂白された表情。
「・・・ごめんなさい。私、また利用しようとしていたわ。人の優しさ、甘さを。自分の苦しみから逃れるために」
再び紅の唇が弧を描き、女の視線と両腕が空へ向けられる。
「ならば、決着をつけましょう!死なんて打ち捨てて、忍として!己の進む道を駆けて行きましょう!」
宣告を終えた冷音が腕を下ろし、飛鳥を見つめる。
「私は強いですよ」
なにかから解き放たれたように血の忍が若者たちに向かって疾走。
呼応するように、水模を抱える葛城を制して飛鳥が先行する。
先に仕掛けたのは飛鳥。抜刀する、と見せかけて振られた両手から六つの手裏剣を放つ。冷音は手裏剣を手刀で撃ち落とすと、お返しとばかりに両手を下向きに前で交差して、振り抜く。飛んできたのは手裏剣ではなく、帯。冷音の腰に幾重にも巻き付いている帯から、二つが直線となって飛鳥に向かってきたのだ。
迎撃のために逆手抜刀。左右へ帯を切り払う斬撃を放つと、帯と刃がぶつかり合って甲高い金属音を上げた・・・金属音!?異変に気付いた飛鳥へ向かって帯が曲がってくる。
「わ、ちょちょ!ええ!?」
帯の交錯から逃げるように低姿勢で横転。回転しつつ後方を確認すると、葛城が自分のところまで伸びてきた帯の刃から、同じように逃げているところだった。飛鳥が回転を終えて前を向く・・・より先に右一閃。すでに接近してきていた冷音に命中するが、またしても金属がぶつかり合う音。刃は冷音の脚に巻き付く帯に阻まれていた。大量の目玉がこちらを凝視している。
悪寒が背筋を駆け巡り、その場から慌てて離脱。振り返ると女の下半身で、周りの空間を切り刻むように帯が乱舞していた。あのまま帯と格闘していたらどうなっていたことか。
葛城が逃げてきた飛鳥と合流する。
「かつ姉に言われたこと忘れてたよ!」
青い顔で対面した飛鳥に、先輩が深刻そうに頷く。
冷音が実力を発揮し始めている。腰から下にまとっているいくつもの帯は鋼鉄のように固く変化させることができ、刃にも盾にもなる。伸縮自在なため中距離にも対応でき、先に見たように柱状の大槌として使うこともできる。他にも使いようはいくらでもあるだろう。
葛城の具足や飛鳥の太刀を受け止めた手刀も合わせて考えると、冷音は自身の一部と武器である帯の形や性質を変化術で操る忍だ。加えて隠密術も達人級。透明人間が透明な帯の刃を一斉に放ってきたら、躱すことなんてできない。
二人の目が血に塗れた冷音を捉える。一時でも彼女から目を離すわけにはいかない。
「才無き忍は戦場に死の美を求めることが最上の喜び」
憑き物が落ちたような笑みで、冷音が言葉を放つ。
「しかし、強き人々の指先に生きる忍の道はまた違います」
無心の表情が悲しみで翳る。
「その身も心も、自らを求める方々に捧げ尽くすことこそ、我らの死の美なり」
冷音の両腕が前へ振られると、十の目玉の帯が飛鳥たちへ殺到する。
「それがあなたの忍の道・・・!」
飛鳥と葛城は逃げずに帯の嵐へ飛び込んでいく。近接戦闘を主戦術にする二人が、中距離もこなす冷音に距離を取られるわけにはいかない。冷音が神成流のために自分たちを殺せないなら、思い切って懐に飛び込んでいくべきだ。狙うは秘伝忍法による早期決着!
帯の刃が嵐に走り込んできた二人を目がけて飛んでくる。右を走る飛鳥に六本、左の葛城に四本!
斜め上から襲ってくる二本の目玉を飛鳥の二刀流が迎撃。開いた両側面への刺突を急加速して回避し、下からのえぐるような斬撃を前転で飛び越える。回転途中に背後を確認。起き上がりざまに追いすがってきた一本を右太刀で受け止め、再度殺到した五本の剣を前方に跳躍して避ける。飛鳥の目に待ち受けていた冷音の姿が映る。
葛城は左に抱えた水模を庇うように、左からの刺突を後方回し蹴りで吹き飛ばす。慣性のまま体を横に倒し回転させつつ飛び上がり、縦の左回し蹴りを左斜め上からの目玉に叩き込む。回避行動をとれない空中の葛城に下からの帯が襲いかかるが、察知した葛城が右の具足を瞬時に変形させる。変形させた底面から噴出した気弾の勢いを利用して、回転の軌道を強引に逆方向へ変更。具足の先端から現れていた丸鋸が向かってきた帯に激突する。硬化した帯が強烈なキックで切断され、葛城が勢いのまま縦回転に移り、後方から狙っていた刃を右足で弾き落とす。回転の勢いを前進に繋げて着地しつつ、冷音へと接近していく。
帯の嵐を突破してきた二人の忍を、冷音の柔らかな笑みが迎える。放っていた帯を巻き戻しつつ、すぐさま葛城へと縦向きの一本を放つ。
蹴り返そうとした葛城が異変に気付いて横っ飛びに逃れていく。縦の薄い刃だった帯が、葛城に到達するころには大きな四角柱に変化していたのだ。重量を増した巨大ハンマーのような一撃に対し、刀を受けるつもりで蹴りを入れていたら、脚の骨が粉々に砕けていただろう。
奥行きのある四角柱は、飛鳥から葛城への視線を遮断。優しき飛鳥の心配を引き出そうとする一撃でもあった。
葛城が回避するのを横目で確認した飛鳥は速度を早める。
急速接近する少女に放たれたのは目玉の柱。立った状態で射出された柱は瞬時に巨大化し、飛鳥を押しつぶそうと飛んでくる。
俊足の少女は右への高速移動で大柱を避けるが、視界の左端で帯が変化したのに気付き、さらに大きく右跳躍。倒れた状態になった柱が地面を削って迫りくる。まるでロードローラーが高速で向かってくるようだった。しかも、いつの間にかより巨大になっている。
驚いた飛鳥は、それでも再度冷音に向かって、印を結びながら疾駆。三メートル近い太さの柱と激突する寸前で地面を蹴り、柱に向かい合いつつ両腕を腰のあたりで交差させる。二刀流の太刀から鮮やかな緑の光が噴出し、刃を伸ばす。短く息を吸った飛鳥が渾身の一撃を放った。
「秘伝忍法!二刀繚斬ッ!!」
交差した刃が振り抜かれ、目玉の柱に大きなバツ印が刻まれる。飛鳥の目の前で柱が四つに分断され、切断面を飛び越えて着地。間を置かず赤き忍へと軌道を変えた飛鳥に、冷音が感嘆の声を漏らす。
迫り来る少女を迎撃しようとした冷音は異音を聞いた。瞬間的に音源を悟って後方跳躍しようとしたが、左腕に何かが巻き付き、その場から離れることを許さない。目を向けると得体の知れない桃色の太い物体。先を辿って冷音が見たのは、瓦礫の影から現れた大きな大きなガマガエルだった。マヌケな顔の蛙の口から粘着質の舌が、冷音でも反応できないほどの超高速で放たれたのである。
「絶・秘伝忍法、ガマ召喚♪」
蛙の背の上で飛鳥がにぃっと笑っていた。二刀繚斬を放つ前の飛鳥が印を結んでいた理由に気付くが、時すでに遅し。
「かつ姉ぇっ!」
飛鳥の声に答えるかのように、聞こえていた異音が激しさを増す。少女と女の目が葛城を襲った四角柱に向けられるや否や、高速回転式ドロップキックで硬質の帯を粉砕した葛城が、ドリルのようなエメラルドの竜巻をまとって現れた。
「絶・秘伝忍法!デッドスクリューッドラゴォォッンッ!!」
ガマの強力な拘束から逃げられない冷音は、大急ぎでありったけの帯をかき集めて盾を作るが、防壁ができあがる前に葛城のスクリューキックが着弾。完成間近だった帯の盾を破壊して、冷音もろとも吹き飛ばす。
葛城とっておきの秘伝忍法を胴でもろに受けた女は、歩道から外れて木々をいくつもなぎ倒してようやく倒れ込む。
飛鳥と目を回した水模を抱えた葛城が、忍法を解いて冷音を追う。二人の後ろからは黒装束たちの足音も聞こえている。帯使いの忍は、開けた小さい広場のような場所で、大きな木の根元に寄りかかって四肢を投げだしていた。葛城の蹴りで飛鳥から受けた斬撃の傷が深くなり、大量の血を流している。
「冷音様ッ!」
黒装束の数名が手当てをするために上司へ駆け寄る。飛鳥たちは神成流の忍に勝利した。だが、残る黒装束たちが武器を構え、臨戦態勢を取る。
わかっていた。だから飛鳥も納刀はしていないし、葛城も水模をしっかり抱えたままだ。戦いはまだ終わっていない。
飛鳥と葛城も体勢を整え、黒装束たちの出方をうかがう。
「・・・やめなさい」
優しい声が忍たちの間を抜けた。黒装束が一斉に大樹の根元へ向き直る。
敗れた冷音は苦しそうに呼吸しながらも、満ち足りたような表情で飛鳥と葛城を見つめていた。
穏やかな視線が部下たちへと移る。
「勝負は決しました。あなたたちが無駄に命を散らすところを見たくはありません」
黒装束たちの中から嗚咽が聞こえ始める。信頼し尊敬する忍の敗北と、自分たちを想う気持ちに感情が溢れてしまったのだ。彼女たちの間には飛鳥たちの知らない、深い絆があるのだろう。
冷音が言うように勝負はすでについている。黒装束の彼女たちでは、飛鳥を捕えることはできないし、葛城の暴風から隠れることはできないだろう。もう戦う必要はない。
銀の瞳がゆっくりと水模に向けられる。葛城の小脇に抱えられた不幸な女の子は、その視線をまっすぐに受けた。
「・・・あなたの人生は辛く険しいものとなるでしょう。その道へ誘ってしまい・・・本当にごめんなさい・・・」
冷音は自らの罪を潔く受け入れた。忍としてではなく、水模の望む道、絵狸と渋樹の愛の道を阻んだ人間の一人として謝った。
戦いに敗れた彼女自身にもまた、過酷な運命が待ち受けているだろう。
飛鳥の信じる道が水模を守り、冷音を追い詰めてしまった。だが、もう飛鳥は揺るがない。
「冷音さん、私はあなたの誇りのためにも、自分の信じる道を進みます。あなたが、あなたの信じる道を進んだように」
飛鳥の言葉に、冷音が微笑みながら小さく頷く。二人の道は相いれなかったが、お互いに相手の道を認め合っていた。忍とはそういうものなのだ。譲れぬ信念がぶつかり合い、誰かが散っていく。生き延びた者は、さらに自らの道を進んでいくしかない。
冷音との戦いは終わったが、葛城にはまだ気になっていたことがあった。
「冷音、絵狸を倒したのはお前じゃないよな?」
問いを発した葛城に飛鳥が顔を向ける。
「花田を問い詰めて聞き出した。絵狸が戦った刺客は炎の姿をした忍だったって」
葛城の報告を聞いた冷音の目が見開かれる。
「炎の、変化術・・・!?まさか・・・いえ、でも・・・そんなはずは・・・!?」
冷音の頭にある可能性が閃く。だが、もしその予測が当たっているならそれは・・・
「それはわらわのことぢゃのう」
第五話へ続く