トロイア戦争の大英雄、ヘクトール。
不毀の極槍を持ち、アカイアの大軍相手に勇猛果敢に戦った槍兵。

いつも家族を愛し、故郷のために戦ってきた彼。
そんな彼がカルデアに召喚されてからの本心とは…………

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どうも、さんまじゃぐっど改二です。
今回はヘクトール×ぐだ子の短編を書かせていただきました。この界隈ではまだまだ新参者ですので、拙い点などはどんどんご指摘ください。

また、一部ストーリーや絆関連のネタバレがありますゆえ。その点は留意くださいまし。

それでは、ごゆっくりどうぞ!!


極槍でも毀てぬ愛

「ヘクトール、今日はこんな時間まで種火周回付き合ってくれてありがとう!」

「いやあ、オジサンも今日は疲れたよ、もう寝ていいかい?」

 

 一人のサーヴァントが、カルデアの魔術師(マスター)、藤丸立香の隣を気だるそうに歩いていた。その真名をヘクトール。クラスは槍兵(ランサー)。生前、叙事詩イリアスにおいて有名な「トロイア戦争」にて、トロイア側の将として戦っていた。その戦いぶりは、神々の予言すらも覆す程のもので、その活躍から「兜輝くヘクトール」と称えられている。

 

「もちろん、明日は土曜だしゆっくり休んでよ!」

「マスター、最近人遣いが荒くないかい? オジサンもうヘトヘトだよ……」

「ごめんごめん、でもヘクトール強いんだもん」

 

 まったく、と一言こぼしてヘクトールは自室へと向かおうとした。

 しかし、突然マントを引かれて、入る事は出来なかった。

 

「どうしたんだ、マスター?」

「き、今日は私の部屋で一緒に寝よ?」

 

 マスターの思わぬ申し出に、ヘクトールはたじろいでしまった。普段から感情を表に出さないようにしている彼でも、これは流石に焦るものがあった。

 

「オジサン、魔力は充分あるぞ? ほら、普段から魔力は使い過ぎないように溜めてるからな」

「違うの、今日はヘクトールと一緒に寝たいの」

 

 真っ直ぐな瞳で見つめられては、彼も無下には断れなかった。ヘクトールは彼女の自室(マイルーム)について行った。

 

 

 ***

 

 

「まぁ、そりゃあ、そうだよな〜」

 

 

 ヘクトールは(マスター)の寝顔を見ながらつぶやいた。七つの特異点を修正し、三つの人類悪を撃破したとは思えない程の安らかな寝顔。彼はベッドに腰掛けたまま槍を杖に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 ────目が覚めると、そこは荒野だった。死体は積み重なり、山となり、血の川が出来ている。その荒野に”彼”は立っていた。

 彼の背には巨大な城壁がそびえ立っている。その中は彼の故郷であり、彼の帰る所である。

 守るべき民がいて、そして、妻と子がいる。

 

 

「アカイアの軍勢は今回も撤退しました、城内に戻りましょう」

「…………そうだな、戻って寝るか〜」

 

 

 彼は、長柄の十字槍を担ぐと、城門へ向かった。

 

 門の内側では、自らの父の臣民達からの祝福の声によって出迎えられた。市民達の目は、英雄を見る目であり、勝利を羨望する眼差しだった。

 

 

「閣下、陛下が宮殿にてお待ちしております」

「ん、ありがとう。今から行くよ」

 

 

 彼は自らの父である王の元へ向かった。彼は宮殿内でも歓声に迎えられた。

 

 ────これが、俺が求められている事か

 

 故郷(くに)の為に勝利を収め、トロイア市民の平和を護る事。

 

 弟の、愚かだが一途な選択がきっかけだった。

 あの時、故郷の土や償いの金、そして愚弟の首を差し出せば、トロイアは平和なままだったのかもしれない。

 

 だが、”彼”は戦う事を選んだ。

 愚弟は、己が愛する者を、皆の平和を引き換えにしてでも救おうと思ったのだ。方法も拙いものだった。だが、そんな憎めない愚かさ(あいじょう)を、”彼”は無視することが出来なかった。

 

 たとえ、戦いが長引こうと、

 たとえ、敵に恨まれようと、

 

 

 そして、たとえ大英雄(アキレウス)に討たれようと、

 彼は自らの信念を曲げる事をしなかった。

 

 

 ***

 

 

 彼女と初めて出会ったのは、四海(オケアノス)の海賊船の上だった。不死の大英雄相手に決して逃げる事をせず、諦めずに戦っていた。

 

 

「総戦力でかかってきな、ガキ。年期の違いを教えてやるよ」

 

 

 アルゴノーツ号に攻め入った彼女達に彼は言い放った。この程度の実力なら、覚悟なら。アカイアの大軍よりも甘い、遥かに甘い。そう侮っていた。

 彼女の瞳には決意が籠っていた。

 

 今考えれば、それは当たり前だ。彼女は既に決まっていた運命を覆そうとしていたのだから。

 

 

 ────2017年以降の人類史が焼却される────

 

 

 そんな運命を背負っても、彼女は屈する事無く戦ってきた。

 やがて、”彼”はカルデアに召喚()ばれ、彼女と共に行動した。

 彼は、どこか彼女を恐れていた。

 

 ────人知では計り知れぬ程の戦いに身を置きながら、何故彼女は戦い抜く事が出来たのだろうか。

 

 だが、そのような恐れを表に出すことは一切なかった。

 生前、トロイアの王子として、将として、そして政治家として、自らの感情を押し殺して生きてきたからだ。

 だから、彼女の隣で槍を振るうのにも、雑念を乗せなかった。

 

 そんな彼に、ある者は言った。彼女はあまりの事の大きさに、壊れてしまったのだと。

 しかし、彼はその意見を一笑に付した。

 

 ────彼女は人間らしい人間だ。

 

 恐怖を捨てることなく、だが恐怖に屈することもない。

 どんな窮地に追い込まれても、決して抵抗する事を止めず。

 自らが追い込まれていようとも、他者に手を差し伸べる事を止めない。

 だが、感情を失わず、善を喜び、悪を憎む。

 

 

 人間としてのあり方を示しつつ人間の弱さを捨てていない。そんな彼女に少なからず彼は敬意を示していた。

 

 

 ***

 

 

「んあっ、ああ、おはよう。今日はよく眠れた…………わけないよね。ごめんね、突然変なこと言っちゃって」

「そんな事ないぞ? オジサンもれっきとした兵士だ。こんな事でヘタれるような事はありえないからな〜」

「そっか、なら良かった〜。今日はランサー達には休んでもらうから安心して?」

「おいおい、いいのかい? じゃ、お言葉に甘えてしっかり休ませてもら────

「立香ちゃん、今すぐ管制室に来てくれるかい?」

 

 二人の休日は一瞬にして吹き飛んだ。

 立香は、渋々ベッドから起き上がり、管制室に向かった。ヘクトールはそのままマイルームのベッドに寝転がって、寝直す事に決めた。

 

「それで、今回は何が起きたんですか?」

 

 管制室にはダヴィンチとマシュがいた。いつも通りの光景、立香は特に緊張する事なくブリーフィングに参加した。

 

「以前修復した特異点に看過できない歪みが発見された。そこで立香ちゃんにはレイシフトしてその歪みを修正して来て欲しいんだ」

「分かりました、がんばります!」

「おお、頼もしい返事だ。カルデアから他のサーヴァントも同伴させるから、あまり気負わずにやって来てくれ」

 

 立香は軽く返事をするとレイシフトの準備に入った。

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてオジサンは休みがなくなったんだ?」

「ごめんね! ほら、でも今回はアーラシュもジークフリートもいるから、そんなに大変じゃないよ」

「まあ、マスターが戦うって言うならオジサンもちゃんと戦いますよ」

 

 ヘクトールはいつもののらりくらりとした口調で頼りになる事を言ってくれた。

 

「前方に敵性反応だ、みんな気をつけて対処してくれ!」

 

 ふと、前の方に影が見える。その影は数が増え、大きくなり…………

 

「あれは粛正騎士だ、でもなぜこの時代に」

「分からないが数が多いぞ、とにかく数が多い。しっかり踏ん張ってくれ!」

 

 前方に見える粛正騎士達はざっと五十人。三騎のサーヴァント達は立香の指示に従いつつ交戦を始めた。

 いくら、騎士といえど、英雄達に単騎で挑めるほどの力はない。粛正騎士は射抜かれ、貫かれていく。壊滅し撤退を図る粛正騎士も竜殺しの剣に斬り伏せられていく。

 

 

 

「よし、このまま一気に押し込もう!」

 

 立香の指示で、森へ入っていく。道中のエネミーや粛正騎士を倒しながら進むと、森の出口に村があった。いや、村だったものがあったと言うのが正しいだろう。

 

 建物からは火の手が上がり、死体はそこら中に転がっている。

 

「これは、ひどい…………一体誰がこんな事を…………」

「これもマズイが、オジサン、もっとマズイ状況な気がする」

「ヘクトール、それはなんで?」

「この村、出口が二つしかない。それに、粛正騎士は逃げるんなら自陣に逃げたほうがいいのにどうしてこの廃村に逃げたんだ?」

 

 ヘクトールが目に見えて真剣になっている。立香は嫌な予感がした。

 

「流石はトロイア戦争の大英雄だな、その予感当たったみたいだ」

「前後から大量の敵性反応、三百は優に超えるぞ!」

 

 カルデアから切羽詰った通信が来る。だがすでに四人には見えていた。粛正騎士の大軍が挟撃せんと迫って来ているのが。

 

「ちくしょう、こんなのいくらなんでも三騎じゃ耐えられねえぞ…………」

 

 アーラシュですら困惑するほどの窮地。策をゆっくり練る時間はない。

 

「向こうの軍勢は俺が全力で食い止める。二人はそちらを頼む」

 

 ジークフリートが片方の軍勢に向かっていった。ヘクトールももう片方の軍勢に向かおうとしたその時、肩に手を置かれた。

 

「アンタはマスターを全力で守って、ここから逃げてくれ。アンタがいればなんとかなるだろ?」

 

 弓を構えた英雄(せいねん)は不敵に笑った。

 

「待って、アーラシュ、宝具は使わ────

「行け! 俺はアンタを信用してマスターを託したんだ! 後は任せたぞ!」

 

 彼の弓に魔力が込められる。ヘクトールは立香を抱えると、そのまま狭い道へと逃げていった。

 

 

 ────流星一条(ステラ)!!!

 

 

 宝具の真名と共に、後ろが轟音と閃光に包まれた。ただひたすらヘクトールは退いた。マスターを生かす為、それだけのために退いた。

 後ろでは激しい剣戟の音が響いていた。

 

 

 ***

 

 

 気がつけば”彼”はいつかの城門の前にいた。

 争いが始まったのはいつのことだろうか。もはや覚えていなかった。

 攻めて来る敵を貫き、押し返し。劣勢になったのならば直ちに退いて態勢を仕切り直す。

 そうやって故郷(トロイア)を守り抜いてきた。他の英雄達のように武勇のみで勝利を得るのではない。彼の強さは、巧みな軍略を以って戦い抜く事。その一時は敗北したように見えても、全体では勝利を得る。

 

 ────あの方は、類稀(たぐいまれ)なる幸運の持ち主だ

 ────武芸に秀でたあの方ならば、必ずやアカイアを打ち破ってもらえるだろう

 

 周囲の羨望、それは意図しないところで彼を追い詰めていた。

 彼とて、出来るのなら今すぐにでも敵陣に攻め込み、敵の総大将(アガメムノン)の首級を手に入れたい。それで戦争が終わるのならばそうしたい。

 だが、それは彼にはできない事だった。実力が足りないからではない。

 万が一、自分が死んだ時に、遺される自分の妻と息子はどうなるのだろうか。総大将の首を獲ろうとも、アカイアが退却するとは限らない。もしも、向こうが自分の死後に激しい攻勢を仕掛けた時、トロイアはそれを凌ぎきれるのだろうか。

 

 その確証は一切ない。

 

 ならば、どうすれば故郷(トロイア)を守りきれるのか。その答えは一つしかない。

 

 

 ────自分が死なずに、勝利を得続けるのみである。

 

 

 自らの犠牲前提で戦う事は出来ない。だが、自分がここで勝ち続ければ、家族は守られ、トロイアも守られる。

 だから、彼は戦い続けた。

 

 

 ”大英雄”がやってくるまでは────

 

 

 

 ────ヘクトール? ねぇ、ヘクトール!! 聞いてるの?」

「えっ、ああ、ゴメンよ、何も聞いてなかった」

 

 マスターの声に彼は現実へと引き戻された。過去を思い出して狼狽するなんて自分らしくない。彼は目先の戦いに集中する方向に決めた。

 

「それで、どんな話だったんだ?」

「アーラシュは消滅して、ジークフリートも未帰還。この森は騎士はおろか魔獣などの敵性反応も見られない安全地帯だという事が分かっている」

 

 なるほどね、とヘクトールは頷きながら辺りを見回した。松明の灯りに照らされた木々はどこか幻想的だった。

 それに、と続けたのはカルデアからの通信だった。

 

 

「君たちから見て北西の方向、大河を超えた先にある比較的大きな集落。いや、この規模は都市といっても過言ではないな。とにかくその都市の手前が一番歪みが酷い。態勢を立て直し次第そこに向かってくれ」

 

 

 普段はあいよ、と軽い返事をするはずのヘクトールが、今はどこか覇気がなかった。それが何故かは分からないが、彼の表情を見る限り声をかけるべきでないと立香は判断した。

 

「交代で見張りしよう、先にヘクトールが休んで?」

「んっ、ああ、分かった。先に休むことにするよ」

 

 ヘクトールは手頃な木に寄りかかると、槍を杖にして眠り始めた。そんな彼を、立香はじっと見ていた。

 

 

 ***

 

 

 彼女はただの人間だった。それももう昔の話である。

 

 邪悪なる竜の魔女を倒し、

 ”破壊するもの”を倒し、

 周りに愛されなかった英雄を倒した。

 

 彼女の手は血に染まりつつあった。だが、彼女は見ないふりをしてきた。

 自分がやらねばならない事の為には、この流血も認めなければいけない。

 

 自分がやっているのは罪ではない。正義なんだ。

 

 そう思い続けてきた。

 

 とあるサーヴァントと出会い、共に戦うまでは。

 

 

「総戦力でかかってきな、ガキ。年期の違いを見せてやるよ」

 

 

 そのサーヴァントと四海(オケアノス)で対峙した時、言い放たれた一言。その時は、相手を挑発する口上としか思っていなかった。だが、彼がカルデアに召喚され、彼と共に戦い続けて、その言葉の意味が分かり始めた。

 

 ヘクトール、九偉人に選ばれる程の大英雄。だが、彼が守ろうとしたものはただ一つ。

「かけがえのない日常生活」だった。

 

 初め、彼女は、彼は自分と同じじゃないか。私だって平和を守る為に戦っている。そう信じて戦ってきた。だが、彼と自分の目的は、似て非なるものだった。

 

 彼女は、人類にとって明確な悪がある。それを打ち倒さなければいけない。漠然とした目的意識で今まで戦ってきていた。だが彼は違う。

 自分が死ねば、遺された妻子やトロイア市民は、どうなるのだろうか。

 そのプレッシャーに耐えて戦ってきたはずだ。何度も何度も攻めてくる(アカイア)の大軍。押し返せなければ終わり。そんな修羅場を彼は何度耐え抜いたのだろう。

 

 そこで彼女は理解した。背負っているものは自分の方が重く見える。だが、背負い方は彼の方が重かった。

 その背負い方では、人類史を修復なんて大それた事をできるはずがない。

 

 彼女は”人間”を自分と同じように愛することに決めた。

 

 

 ────彼と以前、話した話を思い出した。

 

 あれは、彼の宝具の真名を解放した時だった。

 彼はいつも通りの奔放な口調で、「どんな名槍であろうと、いずれは折れて朽ち果てる。もっと言えば、二流三流の武具や兜ですらその身を守る事ができる。じゃあ何故、その武器に拘るか。それは、部下や親父、妻や弟が心込めてピカピカに磨き上げくれた物だから。だからそんな野暮なこと言わないで、”英雄”らしく振る舞わないとな」と言っていた。

 

 本人は照れた様子で、でもいつもの彼らしさはそのままで話していた。でも彼女は、そこに彼の強さを見た気がした。

 英雄なら拘るはずの宝具。でも彼は、「槍なんて投げられればいいんだ」と言って、真名解放するまで、自分の槍の名前もろくに覚えていなかった。

 でも問題ない。その槍には、家族の想いがこもっている。それは彼にとって一番大切なものだから、使い続けてきた。

 

 

 ────どう戦うなんてどうでもいい。何のために戦うのかが大事なんだ

 

 

 彼女はそう教えられた気がした。

 だから、今も彼女は戦っているのだ…………

 

 

 ***

 

 

「おや、マスターはもう寝ちまってたのか。まぁ、しょうがないな、今度は俺の出番か」

 

 

 ヘクトールが目を覚ますと、立香は横になってすでに休んでいた。彼は辺りを一瞥してから、見張りを始めた。

 

 ふと、自らの槍を見つめる。

 そして、彼は、自らの最期に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 ────それは、凄絶としか表せないほどの死闘だった。

 

 大英雄(アキレウス)と戦えば自分は死ぬ。だから戦ってはいけない。

 そう自分に言い聞かせてきたのに、向こうの挑発に乗ってしまった。

 

 

 ────この”結界”では神々の介入も許されぬ。ここにあるのはただ公平な勝負、己の実力のみの勝負。それだけだ。

 

 

 アキレウスの一言、それで彼は悟った。

 

 ここで、トロイアの命運が決まるのだ、と。

 

 

 無論、この戦争を始めた時と同じ、選択の自由があった。ここで退けばまだ好機はあったかもしれない。

 だが、彼は退かなかった。最初で最後の過ち、今思い返すとそう言える決断だった。

 

 結果は、敗北した。四肢は既に言うことを聞かず、肺も碌に空気を取り込まない。

 だが、完全無欠の大英雄(アキレウス)の唯一の弱点を見破った。

 

 

 ────後は、頼んだ。

 

 

 アキレウスの弱点を自らの体に刻みつけ、意識を手放した。

 

 

 夜空には、あの時と同じ北極星が見える。

 

 あの時、挑発に乗らなければ

 

 そんな後悔がふと脳裏をよぎる。だが彼はそれをすぐに否定した。

 

 今は、藤丸立香(マスター)に仕える身。立香の槍となる。そう誓ったのだ。ならば過去の事にしがみついている暇はない。

 この槍を、守るために振るうのみ。

 

 彼は、一つ息を吐いて、見張りに意識を戻した。

 

 

 

 ***

 

 

「そろそろ、異変が起こっている地点に到着する。二騎のサーヴァントに関しては胸が痛むが、昨日の戦闘で敵の戦力は大方減った。だが、数が多いのはまだ変わってない。カルデアから新しく増援としてレイシフトしてもらったが、それでも気を引き締めてやってくれ」

 

 あいよ、と威勢のいい返事はヘクトールだ。カルデアからは紫の甲冑の騎士と、白い衣の弓兵が増援に来ていた。だが、やることは変わらない。

 

 敵と戦い、これに勝つ。

 

 一行は気を引き締めて拠点を出発した。”歪み”に到着したのは丁度日が中天した頃だった。

 

 

 

 

 激しい剣戟の音が河岸に響く。粛正騎士達は”秩序を乱す異物”を排除しようと、剣を、弓を、そして槍を放つ。

 

「そこの騎士はこの集団の一部を引きつけてくれ。その間に弓兵は、敵の剣士たちを留めろ。オジサンが中心の敵を一掃する!!」

 

 ヘクトールの的確な指示に、彼らは難なく従った。彼らの動きにより、徐々に中心の元凶が見え始めた。

 

 

「あれは、シャドウサーヴァン────

「アキレウス…………」

 

 

 立香が固まるのと同時に、ヘクトールは目を見張った。

 

 かつての宿敵、そして仇敵がそこに佇んでいる。

 

 

「ヘクトール、どうしよう!!」

 

 

 立香の裏返った声、耳障りな剣戟の音、そんなものももはや彼の耳には入っていなかった。

 

 

「今度は、俺が勝たせてもらう、ここで死ぬのなんて御免だ」

「でも、あのサーヴァント、明らかにおかしいよ、ランスロットとアルジュナ呼ばないと────

「大丈夫だ、オジサンがこの間話した話を覚えてないのか?」

 

 

 そう言うと、ヘクトールはシャドウサーヴァントに向き直った。”それ”はヘクトールを視認するなり、騎士たちを彼の方に差し向けた。

 

 

「まさかこんなところで戦うと思ってなかったが、しょうがないな。さあ、今度はどっちが強いか、決め直そうじゃねえか!!」

 

 

 彼は一歩前に出る。

 

 

「アキレウスの影をぶっ倒すまでに、オジサンの話を思い出しとけよ〜」

 

 

 そうマスターに言い残して、騎士と打ち合い始めた。彼の周りには50体程の粛正騎士。だが彼は怯まない。

 

 あの時と同じだ。後ろには守るべきもの(マスター)がいる。ここで自分が死ぬわけにはいかない。だが、負けるわけにもいかない。彼は全力で槍を振るった。

 

 

 振るい続けて、どれだけ経ったか。彼の周りにはもう騎士はいなかった。だが、二百メートル先、そこにかつての宿敵がいる。彼は槍を構えた。

 

 

 

「標的、確認」

 

 

 自らの槍に魔力を込める。魔力だけではない。積年の後悔、そして全ての”仲間”の思い。

 人に出さなかった本心をあらわにする。

 

 

 

「方位角、固定」

 

 

 

 ”ヤツ”はゆっくりとこちらを見る。

 ”昔”の記憶が再び蘇る。これで、最後だ。

 

 

 

 ────不毀の極槍(ドゥリンダナ)!!!!

 

 

「吹き飛びなァ!!!」

 

 

 真名解放、彼の槍は全てを貫く極槍。その槍はかつての宿敵(アキレウス)に到達する。

 直後、魔力が解放され辺りを吹き飛ばす爆風が起こる。立香の視界は閃光で包まれた。

 

 

 

 

 ────おい、マスター、大丈夫か?

 

 

 立香の前に無精髭の男が現れる。彼は、目が合うと安堵した表情を見せた。

 

「よくやった、その時代の歪みも修正されつつある。今からレイシフト準備に入るよ。お疲れ様、話はカルデアに戻ったらゆっっくりと聞くね」

 

 カルデアからの通信で、ようやく地に足がついた。

 そこで彼女は思い出した。

 

「ねぇ、さっきの話って何?」

 

 率直に彼に尋ねた。すると、彼は頭を掻きながら恥ずかしそうに、

 

「覚えてないんなら、いいだろ。それだけの話だったって事で」

 

 と言って逃げようとする。その腕を彼女は逃さなかった。

 

「いつも、いろんな話をしてるから、どれのことか分からないの。だから教えて?」

 

 この言葉には歴戦の槍兵もたまったもんじゃなかったらしい。照れながら、口を開いた。

 

 

 

「マスターはオジサンにとってのトロイアだ。全力で愛し、守ってみせる。そう言ったんだ」

 

 

 

 彼女は思い出した。でも、嬉しさは初めて言われた時と変わらない。

 本心を出さない彼が、自らの心の内を出した一言。忘れるはずがなかった。

 

「ええ? 聞こえなかったからもう一回言って?」

「こらこら、オジサンを困らせないでくれよ、ふて寝するぞ〜」

 

 

 一人の魔術師(マスター)と一人の槍兵(サーヴァント)。彼らはまた絆を深めた。

 

 主人は、従者を尊敬し

 従者は、主人を愛す。

 

 これからも、お互い守るべきものの為に戦い続ける。

 

 

 そう心に誓った戦場跡に、どこか暖かい風が吹いたような気がした。

 





これで、少しでもヘクトールオジさんの事が好きになっていただければ幸いです。

これからも宜しくお願いします!

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