そこは―――まごうことなき地獄だった。
周囲の建物を無慈悲に燃やし尽くす業火。それに巻き込まれ焼かれる人々。瓦礫に挟まれ、生きたまま死を待つ住人。泣き叫ぶことしか出来ない幼子。動かなくなった母親に必至に縋る子供。
断末魔があちらこちらで際限なく聞こえ、人の焼ける異臭が鼻をつく。
嗚呼、これを地獄と言わずしてなんと言う。
そんな中、一人の少年は、虚ろな眼にその惨状を焼き付けながら足を動かし続けた。己が生きるために。
歩いている間、どれほど助けを乞われたか分からない。少なくとも10……いや、50は助けを乞われたか。
だが少年はソレを無視した。耳を塞ぎ、伸ばされた手を振り払い、歩き続けた。
自分が生き残るだけでも精一杯。他人の助けに耳を傾けるほどの余裕はない。
そうやって「助けれたはずの命」を己の命可愛さに見捨て続けた。何度も、何度も、何度でも。
暫くして、少年は業火に炙られる町の外に奇跡的に逃げ出すことに成功した。
肢体は揃っており、致命的な負傷もない。ただ気力を使い果たし、立っていられる状態ではないだけだ。それ以外はなんら体に問題はなかった。
しかし自身が生き残ったという結果を前にして彼を待っていたのは安堵ではなく、多くの命を見捨てたことにより生き延びた事実に対する罪悪感であった。
すまないと、ごめんなさいと死者に対して精一杯謝り続ければまだ気持ちは楽になれたかもしれない。しかしその少年はそれだけはしてはならないと分かっていた。
確かに謝れば自分は楽になる。蟠りも、罪悪感も、全て放り投げたらスッキリするだろう。
だがそのようなこと、生き残った少年からすれば許されざる罪だ。してはならない悪徳だ。
故に彼は生き延びたことに対する罪悪感を、一切外に出さずありのままに受け止めた。
たとえそれが、自身の心を壊す要因であったとしても。
そして少年は………一度、壊れた。
……………
…………
………
……
…
「……はぁ」
夢に魘されて起きる起床というものは清々しい、とは程遠いものである。
赤銅色の髪を持つ少年は歳不相応な溜息を吐き、怠い身体を起こした。
六畳一間の部屋には必要最低限の家具が置かれ、壁には手裏剣やらクナイやら火縄銃やらとあらゆる武具が飾られている。とてもじゃないが、一般人を招き入れられる部屋ではない。
「起きろ。おい、白野。朝だぞ」
彼は隣で寝ている人畜無害系少女の肩を揺らす。
涎を垂らして爆睡しているこの少女の名は岸波白野。自分と同じく、あの地獄から生還した生存者である。
彼女とは地獄から生還した者同士、両親を失った者同士、行き場のない者同士というわけでなんやかんやで共に行動することになった。
ちなみに記憶を無くし名も無くした無銘同然の自分に『岸波シロウ』という新たな名を与えてくれたのはこの子だ………ほとんど適当につけらた名前ではあるが、まぁ無銘よりかはマシだろう。何よりこの少女は自分にとっても特別な存在だ。どのような名であっても不満はない。
「…………んぅ」
「今日アカデミーに遅れたら拙いだろう。いいから早く起きなさい」
あの天災の後に救助任務を帯び現れた五大国の一つ、木ノ葉隠れの里の忍者に保護された自分達は不肖ながらもこの里に住まわせてもらっている。
その代わり、アカデミーと呼ばれる忍者養成学校に通うことを義務付けられているが、住居、生活費など諸々負担してもらっているのでかなりの好待遇だ。
尤も、下忍になった後は自己負担。任務などで生活費をやりくりすることが決められている。
「うぅ………あと5秒ねらせて……………いや、やっぱ5分」
「阿呆。そんなことを言っていたらいつまで経ってもお前は起きんだろうが」
「わきゃ!?」
白野の毛布を無理矢理引っぺがした。
こうでもしないと本当に起きないのだから仕方がない。
「うぅ~」
彼女は恨めしそうに自分を見るが、知ったことか。
4年も同じ屋根の下で暮らしていたら効率の良い対処法くらいは心得られる。
「…………シロウ、最近私に対する扱い酷くない?」
「酷くない。そら、さっさと顔を洗うぞ。歯を磨くことも忘れるな」
「そんなこと言われなくても分かってます」
「そうか。それは結構。今日はアカデミーの卒業試験だからな。気張って行けよ」
「だから分かってるってば!」
私の母親かお前はと突っ込まれるが、せめて父親にしてほしいものだ。できれば
◆
アカデミーの卒業試験。今回、これに受かれば下忍となる。
『白兵戦』『射撃』『身体強化』『解析』『武具製作』は得意であるのだが、基本となる忍術は平均より1ランク下の成績だ。チャクラも多いわけではないので油断は出来ない。
「卒業試験は分身の術にする。呼ばれた者は一人ずつ隣の教室に来るように」
自分達の教師、気さくな性格を持つイルカは試験内容を発表した。
“嗚呼、助かった。まだ基礎の基礎に入る部類の忍術『分身』が試験課題か”
別段得意というわけではないが、何とかなるだろう。問題があるとすれば、
「ナルト。お前大丈夫なのか?」
隣の席で真っ青な顔をしている同級生だろう。
彼の名はうずまきナルト。周りから何の取り柄もない、アカデミー屈指の落ちこぼれのレッテルを張られている少年だ。
だが、シロウはそんな彼を気に入っている。なにせ彼は不器用だが諦めの悪い努力馬鹿であるからだ。どれだけ壁にぶち当たろうと、立ち直る根性を持っている。そういった人間は非常に好ましい。友人として。
「だ、だだだ大丈夫だってばよ! お、俺は将来火影になる男だぜぇ!?」
…………とても大丈夫そうには見えないのだが。
「とりあえず落ち着け。リラックスしろ。平常心だ平常心」
「お、おう………ふう。少し気持ちが楽になった気がする。その、なんだ。サンキューだってばよ、シロウ」
「どういたしまして」
「うーし、ここはビシッと決めてサクラちゃんに自慢してやるってばよ!」
「その意気だ…………さっそく順番が回ってきたな。それじゃあ先に行くぞ、ナルト」
「応! 絶対、ぜぇぇぇったいに合格しろよ!」
「当然だ。言われるまでもない」
シロウは席を立ち、試験官の待つ教室に歩いていく。ナルトはその背中が、自信に満ち溢れた堂々としたものだと思い、少しばかり見惚れていた。
…………
………
……
…
卒業試験が終わり、シロウは無事試験に合格した。
クラスメイトの皆はわいわいと木ノ葉印の額当てを見せ合い、嬉しがっている。
シロウはきょろきょろと別クラスの元に行き、岸波白野の姿を探した。
彼女は合格したのだろうか。極めて心配だ。とても心配だ。自主練では上手くいっていたが、本番でミスをしないとは限らない。うっかりスキルなんてものを発動させていないことを祈るばかりだ。
「シロウ!」
探していたら白野の方から来た。手には額当てが握られている。
無事、合格してくれたようだ。
シロウは安心して胸を撫で下ろす。
「よくやったな、白野」
「心配してた?」
「………まぁな。結構、心配していたよ」
そうシロウが言うと白野は少し不機嫌そうに頬を膨らました。
「もっと私のことを信用してくれてもいいと思う」
心配していなかったらしていなかったで怒るくせに、よく言えたものだ。
どちらにせよ不機嫌になることは決定済みなのだから苦笑するしかない。
女性とはホトホト難儀である。
“そういえば、ナルトの姿が見当たらないな”
親友の姿が見当たらない。もう既に帰ってしまったのだろうか。
不安が心を燻る。彼はやる時はやる男だが、如何せんドジを踏む頻度が白野とどっこいどっこいだ。へまをして落ちていなければいいが。
「………いや、ナルトのことだ。なんとかしているだろう」
◆
下忍になったのはいいが、喜んでばかりではいられない。本日もって里による援助は無くなったのだ。明日からは一忍として独立し、己の力で任務をこなし収入を得ていかなければならない。
当然、今月のアパートの賃金も自力で払わねば。もう援助に甘えられる立場ではなくなったのだから。
シロウは己の武器の手入れをしながら、二日後の説明会に備え始めている。明日は証明写真も撮らねばならないし、色々と忙しくなる。
「くぅ……くぅ…………」
白野はすでに寝てしまっているのだが、これは果たしてそれはえらく胆が据わっているのか単に緊張感がないだけなのか判断しかねる。恐らく後者だろうが。
「―――――?」
エミヤは短刀を磨く動作を止める。何やら外がいつも以上に騒がしい。
酔っ払いが叫んでいるわけでもなし、何か事件でもあったのだろうか。
「上忍?」
建築物を忙しく跳び回る忍の姿に、シロウは明らかに只事ではないことが起きたのだと理解した。上忍達は何かを探しているのか、目を光らせてあちらこちらを鋭い眼つきで睨んでいる。
シロウは窓を少し開け、チャクラで強化した聴覚で彼らの言葉を可能な限り拾おうと試みた。すると、驚くべき言葉が耳に届いた。
―――――あの化け狐め。いったい何処に逃げやがった!―――――
―――――おい、そっちにいたか!?―――――
―――――いや、いない。クソッ、ナルトとあの巻物がセットだなんて笑えない―――――
―――――愚痴っている場合か!? とにかく探すんだ! 草の根分けてもな!―――――
―――――あの巻物を盗むたぁやってくれたなあの餓鬼!!―――――
「………穏やかな話ではないな」
シロウは前々から大人たちのナルトを見る目が気になっていた。
彼らは隠しても隠し通せない憎悪の念をもって、ナルトを見ていたのだ。
随分昔に無礼を承知で火影にこのことについて問うたことがあった。
しかしあの人は何も答えなかった。答えなかったと言うことは、確実に何かを隠しているという現れに他ならなかった。
〝成程。そういう事情か”
この騒ぎでやっとこの里の大人達が隠していることが分かってきた。
昔この里を襲ったとされる九尾の妖狐。そして先ほどの上忍がナルトに対して言っていた化け狐という言葉。導かれる答えなど、嫌でも限られてくるというものだ。
“だがナルトが何かしらの巻物を盗んだ、というのは納得できないな。確かにあいつは悪ふざけが大好きな男だが、間違っても皆を不安にさせるようなことをする男ではない。恐らく良からぬ誰かにナルトが利用されているのだろう”
何にせよ、友が窮地に立たされているのなら助けに行かないわけにもいかない。
シロウは忍具を巻物のなかに収納し、目立たない黒い外套を着用する。
「手間をかけさせるなよ、馬鹿者め」
◆
シロウは失礼ながらも初代火影の顔面岩の頭の天辺に足をついた。
此処からだと、木ノ葉の里全体がよく見える。まぁ、アパートからそれなりの距離があったため、かなり体力を使いはしたが。
「ぜぇ……はぁ………ぜぇ、ゲホッ、ゲホ…………クソ、滅茶苦茶、疲れたぞ……………」
膝をつき、一息つく。
そしてやっとのことで息を整えられたシロウは、強化した裸眼で里全体をくまなく視る。
彼の眼光は鷹の目といっても言い過ぎではない。
「捉えたぞ、
4㎞ほど離れた森で、ボロボロのナルトとイルカ、そして武装した中忍のミズキの姿があった。いつも温和な顔をしていたミズキがひどく口元を歪ませ、悪鬼の形相をしている。
〝やはり皮を被っていたか、あの男”
アカデミーで顔を初めて見た時から相当精神が歪んでいるとは思っていたが、まさか生徒を利用するまでの下衆とは思いもしなかった。
恐らくミズキが言葉巧みにナルトに何かを吹き込み、巻物を強奪させた。そしてイルカはいち早くナルトを発見したのはいいが、ミズキに隙を突かれ負傷させられて今に至る、といったところか。
まぁこの推測が合っているかどうかなどはどうでもいい。
要は主犯が誰か。それだけ分かればいい。
立てれないほどの負傷を負わされたイルカにトドメを刺そうとするミズキ。
大丈夫だ、今からならまだ間に合う。
懐から巻物を取り出し一気に広げ、親指の先を噛み切って血を出させる。
その血を封の印に擦りつけ、収納されている武装を現界させた。
目の前に現れた黒一色に塗られた巨大な弓と捻じれた剣矢をすかさず手に取り、構える。
狙うはミズキの肩。此処からは四㎞離れているが、問題はない。すでにミズキに己の矢が直撃するビジョンは頭に浮かんでいる。ならば、外すことを疑うことはない。一撃で貫通させる。
「――――――――!」
弦を引き、矢を射出しようとしたその時、ナルトはなんとミズキに拳を叩き込んだ。
油断していたのか中忍のはずのミズキは見事に吹っ飛ばされる。慢心で足元を掬われるなど、中忍にあるまじき醜態だろうに。
「俺の出番は無かったな」
シロウはそういって肩の力を抜き、弓矢を下ろした。
キレている。今、ナルトは最高潮にキレている。あの顔は、マジギレだ。
ああなったナルトはもう手が付けられない。
彼は両手の中指と人差指を十字に交差させる特殊な印を結んで、何か忍術を発動させようとしている。
何故だろうな。今のナルトは、術の失敗は絶対にしないと断言できてしまう。
そして、彼ナルトは術を発動させた。
すると一瞬にして1000体ものナルトがミズキを囲んで出現したのだ。
しかもその一体一体に実体があり、尚且つ多量。
その瞬間、ミズキの敗北は決定したようなものだ。
実体のある分身はミズキをくまなくタコ殴り。如何な中忍と言えどあの戦力差は如何ともしがたい………恐ろしいものだ。アレが、ナルトの盗んだ巻物に記されていた忍術。禁術の力。
「帰るとするか」
結末を見届けたシロウは武装を解除し、巻物内に収納。
彼は何も無かったかのように元来た道を辿る。
「あの術を視れただけでも出向いた甲斐はあった」
ナルトには何もしてやれなかったが、無駄足ではなかった。
ナルトの無事と底力を見られただけでも良しとしよう。
恐らくあの状況は火影に筒抜けだろうし、イルカもいる。
巻物を盗んだうずまきナルトの処遇は、それほどキツいものにはなりはすまい。
・感想、評価などお待ちしています!
…………本当は魔法夫婦リリカルおもちゃ箱か『Fate/contract』のどちらかを完結させた後に投稿したかったのですが、気分転換的な感覚と夜のテンションが合わさり、つい投稿しちゃいました。後悔は無い、と断言できない自分が情けない