岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第13話 『サバイバル試験:Ⅰ』

 第一の試験の潜り抜けた下忍達を待っていたのはサバイバル演習試験である。

 舞台となるのは第44演習所。別名『死の森』と呼ばれる直径10㎞もの広大な森林。

 其処は果てしなく巨大な木々が生い茂り、獰猛な獣、猛毒も持つ害虫などが多く生息している木ノ葉屈指の危険地帯。一般市民が立ち入ろうものなら一日と持たずにあの世に召され、未熟な忍もまた同じ道を辿る。

 故に『死』の森。下忍が中忍へと昇格するための試練としてはこれ以上にない舞台であるのだ。

 

 ―――また各国の参加チームには各々天・地の巻物のどちらかが配布された。

 配布された天地の巻物は言わば合格に必須である鍵の役割を担っている。

 だが天と地の両方の巻物を揃えなければ完全な鍵としての役割は果たせない。

 つまり、奪い合えというのだ。

 天の巻物を得ているチームは地の巻物を得ているチームから。地の巻物を得ているチームは天の巻物を得ているチームからその巻物を奪取し揃えなければ鍵は完成しない。

 例え無事に第二の試練の中央の塔(ゴール)に辿りつけたとしても、その完成された鍵が無ければ次の試験を受ける資格が認められないのだ。

 

 制限時間は5日間。

 その間、下忍達は自給自足かつ命を賭けたサバイバルを生き抜き、敵チームから巻物を奪い、そして目的地まで辿りつかなければならない。

 己の仲間(チーム)以外は全員敵。例え敵チームを殺害しようが不問とされ、第一の試練を潜り抜けた猛者ばかり故に打倒もし難い。

 

 第一の試練とは比べ物にならないほどハードルが上がったことは誰しもが理解できた。

 みたらしアンコが自信満々に合格者を半分以下にできると豪語したのも頷ける。

 

 「さて班長。私達はこれからどう行動すべきなのかしら」

 

 メルトリリスは第一班の班長、岸波シロウに今後の方針を問う。

 第二の試練が開始されているなか、彼らはただただ中央の塔に向かって進んでいるだけだ。

 それに不満を持ったメルトリリスはもっと活発的に活動したいと催促しているのだろう。

 

 「………ゴールである中央の塔に進みながら敵チームの探索を行う。日が沈みだしたら拠点を抑え、休息を取る。翌日にまた中央の塔に進みながら敵の探索。これを繰り返していく」

 「なんだか地味ね」

 「忍なのだからそれで良いんだ。皆目的とする場所は同じ。欲している物も共通している。であれば、焦る必要はない。何もしなくとも敵からやってくるだろうさ」

 「………手加減はするべきかしら?」

 「するべきではないのは分かりきっているだろう。第一の試練を通過した者達が皆強者揃いというのは周知の事実。格下どころか格上ばかりだ。相対すれば手を抜く余裕すらない」

 

 メルトリリスは了解と頷く。

 敵チームと当たれば手心を加える暇すらない。そんな甘い考えを持っては敗北しか訪れない。

 例え格下が相手だろうと命を賭して向かってくる以上は何を仕出かすか分からず、また負けないにしても痛手を負わされる可能性も少なくはない。

 ならば堅実に、確実に仕留めた方が良いに決まっている。

 

 「………シロウ。もし、もしあの砂隠れの人達に遭遇したらどうすればいいと思う?」

 「無論、逃げる」

 「は!? ちょっとシロウそれ本気で言っているの!?」

 

 白野の問いに即座に答えたシロウ。

 しかしメルトリリスは納得がいかないとばかりに声を荒げる。

 それは彼女が誰よりもシロウという男の強さをよく知っているからだ。

 

 ―――何故そんなに努力をするの?

 かつてのメルトリリスはそんなことを幼少の頃にシロウに問うたことがった。

 それに彼は幼い妹を護る為に力をつけるのだと言った。今のまま無力でいては決して護れぬからこそ力をつけるのだと言った。

 ただ他の者より先に行きたいのではない。優れていたいわけでもない。

 岸波白野という小さな少女を護る為だけにシロウは血の滲むような努力を築いてきた。

 彼はそんな男であるが故に、強い。かつての修行仲間であったメルトリリスが認める程。

 だからこそ岸波シロウの実力を買っていたメルトリリスはそんな彼の言葉が許せなかった。

 だが彼は悔しがる素振りもせずに言う。

 

 「砂の忍……あの我愛羅という少年は危険だ。真っ向からぶつかればお互い唯ではすまないだろう………何にしてもまだ先が見えない第二の試練でやり合うべき相手ではない」

 

 シロウは我愛羅と戦ったわけではない。ただ一度彼の圧迫感(プレッシャー)をその身に浴びただけだ。

 だがそれだけで彼は理解できた。アレはもはや下忍の範疇ではない。中忍という域でもない。上忍すら上回るであろう底知れぬ実力。人としての本能が警報を鳴らすほどの存在なのだ。

 

 「今、優先すべきなのは強敵と戦うことではない。第三の試練を迎えるまでどれだけ力を温存できるかどうかだ。例えこの試練を乗り越えたとしても瀕死ではまるで意味がない。それでは最後まで戦い抜くことは不可能だからだ」

 

 忘れてはならない。この第二の試験は決して最終試練ではないことを。

 まだこの試験の後に続くであろう試練もまた過酷を極めることは予想できる。

 それを五体満足の状態で、力を温存できている状態で迎えることこそ重要なのだ。

 我愛羅にしても強敵であることは認めよう。自分より遥か格上であることも。

 されど、だからといって負けるつもりもない。己が持ちうる策を全て出してでも活路は開ける。

 ただ今は戦うべき相手ではない。勝算があるにしても今ぶつかるべき敵ではないだけの話。

 

 「………分かったな? 先を見据えるのなら、奴との戦闘は極力避けて然るべきというわけだ」

 「なるほど。言い訳っぽいけど一理あるわね」

 「まぁ正直に言えばアレと戦わないのならそれに越したことはないんだがな」

 

 戦えば満身創痍になるのは必定。交戦後、手足が全て揃っていたら幸運と思っても良い。

 あれほどの化け物に好き好んで戦う輩は勇猛でも勇敢でも何でもない。

 それはもはやただの阿呆か、それとも腕によほど自信があるのか。或いは哀れな自殺志願者だ。

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 第二の試験が開始されて初めて太陽が落ちた。

 森林の間から差し込んでいた太陽の光は完全に止み、代わりの満月の光が差し込んだ。

 周囲は暗く、夜目に長けているシロウもこれ以上動き回ることは得策ではないと判断。

 川岸で一夜を過ごすことを白野とメルトリリスに提案した。

 

 「明日に備えて休むべき……確かにその通りね。今日は此処までにしましょうか」

 「私も賛成……お腹が減って仕方がないよ」

 「満場一致か。よし、では早速寝床を出して飯にしよう」

 「「寝床を出す?」」

 

 シロウの不思議な言葉に二人は首を傾げる。

 それに彼はニヤリと笑った。

 

 「ああ。こうして……な!」

 

 彼が懐から出したのは巻物だ。

 いつも彼は武具類全般を巻物内に保管していることは知っている。

 だがこのタイミングで出すとなると………まさかあの巻物には武器ではなく。

 

 「………うそ」

 「………うわ」

 

 シロウによって口寄せが行われ、ボボンと煙を焚かせて現れたのは立派な丸太でのみ作られた小屋だった。誰がどう見ても木造建築物にしか見えなかった。

 いや二人はてっきりテントが現れるのかと想像していたのだが、遥か斜め上を行っていた。

 というか誰が巻物内から小屋が飛び出すなど予想できようか。もうお前の巻物はどこぞの四次元ポケットか何かと突っ込みたくなるレベルである。

 

 「「……………」」

 

 口が開いたまま塞がらない白野とメルトリリスを見るや否やシロウは勝ち誇った顔をする。

 どうだね君達……とでもいう風に。

 実際度胆を抜かれたのだから何も言い返せないことが悔しいと思う二人ではあった。

 

 「いやなに。中忍試験内は恐らくサバイバルもあるだろうと予想はしていたのでね。そんな時のために急ごしらえではあるが作っておいた。無論キッチンも備えている。耐震もバッチリだ。これぞまさに理想の………ってあれ?」

 

 自信満々のドヤ顔で解説していた彼を他所に白野らはもう木造建築物のなかに入室していた。

 

 「やれやれだ。少しは話を聞いてくれてもいいだろうに」

 

 急ピッチで作ったわりにはかなりの完成度だった故に長々しく説明したかったシロウは少し残念と思いながらも、二人の後に続いてそのマイホームのなかに入っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「小屋を用意しよった………」

 「………なんて、常識外れな」

 「………いいなぁアレ」

 

 シロウ一行を密かに尾行していた三人の下忍達は各々独特なリアクションをして目に映った出来事を受け入れていた。

 木ノ葉の忍は平和ボケした連中故に鴨に成り得る。

 彼らの担当の上忍からはそう学んでいた。学んでいたのだが……果たして実際にそうなのだろうか。今自分達が狙っている忍は鴨ではなく別のナニかにしか思えない。

 しかし、実際彼らが寝床を出すまでに自分達の存在を感づかれていなかったことから手練れではないのかも……という淡い希望もある。何より敵を補足しておいて撤退するなど草隠れの忍としての誇りが泣くだろう。

 

 「どうする。起爆札を使用して一網打尽にするか」

 「いや、奴らは巻物を持ってるんだ。爆風で獲物が粉微塵になっては意味がない」

 「なら―――建物内に潜入した後に殺るべきと?」

 「そうなるな」

 「ではいつ攻める」

 「奴らは一人を見張りにつかせて眠りにつくだろう。数時間ごとに見張り役を交代しながらな」

 

 要は見張り役となる人間を音も立てず、悟られずに暗殺する。

 後に就寝している二人を始末し、巻物を頂く。

 できるのならあの小屋も戦利品として頂戴してこれからの拠点とする。

 

 「見張り役はあの男ではなく女……くのいちが担っている時に襲撃する」

 「分かった」

 「まぁ無難だわな」

 

 リーダー格の男の作戦に残る男二人も頷いた。

 非力な女が見張りについているところを狙う。おおよそ良識のある人間が考えることではない。

 だがそれで良いのだ。

 忍とは闇に生きる者。賛美されるべき者でもなく、堂々と称えられる者でもない。

 任務を成功させるために効率を重視する。人としての道徳は殴り棄て、道具のように徹する。

 それが忍としての在り方である。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 数時間後、明々と点いていた小屋の光は消え、代わりに一人の男が小屋から出てきた。

 赤銅色の髪を持つ少年。恐らく彼が一番最初の見張り役。

 まだ手を出すべきではない。くのいちが見張り役を担うまで機会を待つ。

 そもそも奴は立派な木造建築物を巻物から出すようなとんでも野郎である。

 そんな訳の分からない人間を相手にしたくは―――

 

 「さて、この死の森とやらに生息する魚は美味かな?」

 「「「…………!?」」」

 

 鼻歌交じりに奴はなんと釣り道具を巻物内から取り出し、釣りをし始めたのだ。

 見張りをやるついでに明日の食糧調達を行っているのだろう。

 しかし何なんだあのサバイバル生活にもってこいな装備の数々。リールもロッドも全て高性能なものばかりじゃないか。つかジャケットまで持参してやがる。

 まさにプロ顔負けのフル装備。そしてキャップをかぶってニヤニヤと釣りをしている男は本当に忍なのかと突っ込みたくなる。

 

 「………もうアイツでいいんじゃね? 忍というより釣り師か何かだぞアレ」

 「確かにくのいちよりもなんか弱そうではある。得体は知れないけど」

 「いやまて。もう少し様子を見るんだ」

 

 リーダー格の男は油断せずに彼を観察する。

 

 「――――む!」

 

 少年は手応えを感じたのか目の色を変えた。

 よく見れば釣竿が大きく曲がっている。アレは魚が餌に喰らいついている証拠。

 だがあの曲り方は何だというのだ。普通の魚が引っ張ってもあれほど竿が曲がることはない。

 大物は大物。特大ビックサイズと見た。

 だがそんな獲物を前にして彼の隙は一つとして伺えない。

 釣りを楽しみ、それでいて見張りの役目はきちっとこなしているとでもいうのか。

 

 「ククッ、俺がヒットした獲物を逃がすとでも思ったか? 必ずフィッシュしてやる!」

 

 大物が喰らいついたことにテンションがおかしな方向に暴走する少年。

 だが口だけでもないようだ。大口を叩くだけの力量が確かに彼にはあった。

 

 「ふはははは…………!!」

 

 竿を引っ張る力が弱くなった一瞬を見逃さずに彼はリールを回しに回した。

 ただ力任せでやっているのではない。ちゃんと緩急もつけている。しかも絶妙なタイミングで。

 やはり奴はプロなのか―――釣りの。

 魚もまた粘る。少年を川に引き込まんとばかりに強く竿を引っ張るその力は正しく大物。

 

 ……

 …

 

 数分後、長く続いた死闘の末に勝利したのは―――少年だった。

 釣り師としての卓越した技術。さらに高性能な装備まで纏っていた彼が相手ではさしもの巨大魚も分が悪かったのだ。

 

 「ほぉ、これはなかなか………」

 

 小さな子供程の図体を誇る魚を見た少年は満足気に頷く。

 ピチピチと未だに跳ねている魚も活きがいい。

 

 「さて……新鮮味が失われないうちに保管をするか」

 

 また巻物を取り出し、釣りたての巨大魚を封印した。

 何でもかんでも巻物内に保管しているのかあの男。

 確かに持ち運びに便利ではあるが、ここまで積極的に活用している下忍は初めて見た。

 

 そして彼はまた更なる獲物を求めて釣りを再開した。相変わらずつけ入る隙すら出していない。

 何故あれだけ釣りに熱中しているのに隙が全く表れないのだと心底呆れ返る。

 だがいつかは釣りに没頭しすぎて隙の一つや二つは晒すだろうと観察していたが、結局三時間にも渡って彼は隙無しの状態で釣りをやり続けたのだ。

 

 「………時間がきたな」

 

 少年は懐中時計を見るや否や、小屋のなかへと戻っていった。

 これはまさか―――遂にこの時がきたのか。待ちに待っていたこの瞬間が。

 

 「ふぁぁ。もうちょっと寝たかったなぁ………」

 

 欠伸をしながら小屋から出てきたのは紫の長髪を持つ少女。

 肉体はまだ発達していない未熟なもので、身長も並みの子供より小柄だ。

 見るからに貧弱。見るからにネギを背負った鴨。

 三人で取り押さえて息の根を止めることも容易いように思える。

 しかも隙が多い。これで決定した。

 彼女を―――仕留める。

 

 「行くぞ………!」

 「「了解」」

 

 木の陰でずっと様子見に徹していたが此処までだ。

 三人は息を潜めて彼女に近づく。

 一人は川の水中から。一人は背後から。一人は地中から。

 四方八方からの一斉鎮圧。音など立てずに即殺を狙う。

 後は小屋のなかで寝ている者達の寝首を掻っ切れば全て上手くいくのだ。

 

 「ほんと、眠いわねぇ」

 

 敵は未だに油断している。まるでなっちゃいない。

 こんな女を見張り役にしたあの男の無能さがよく分かるというものだ。

 

 「でも……ま、多少の暇潰しができる相手が来てくれただけでも良しとしましょうか」

 

 三人の背筋に何か冷たいモノが通過した。

 今、彼女は何と言った? 暇潰し? 来てくれた?

 いったい何を言っている。彼女の前には何もない。

 なら彼女の独り言はただの妄言とでも?

 いや、それはない。それはないと分かっている。

 

 「手加減はするな……と言われているの。でも見た感じ貴方達は本当にお馬鹿な集団のようだから、できるだけ殺さないよう努力はするわ」

 

 気付いてる。彼女は自分達の存在に気付いた上で話しかけている。

 そして彼女が先ほどまで晒していたはずの隙が一切なくなった。

 ああ、どうやらネギを背負った鴨というのは彼女ではなく自分達のことだったようだ。

 まんまと甘い蜜に誘き寄せられたのだ。無知な蟲と同じように。

 なんという間抜け。なんという阿呆な失態。

 敵の実力も見極められず、死地に誘い込まれようとは………。

 

 「神にでも仏にでも拝みなさい。数分後の自分達がこの世に留まっていられるように」

 

 笑顔を振り撒く少女は確かに美しかった。美声も実に心地良い。

 彼女の視線はまるで少女とは思えぬほど妖艶で、身も心も蕩けそうな甘い蜜。

 息をすることすら忘れそうなほど……魅力的であると思えた。

 

 しかしその実、彼女の甘い視線は氷のような冷たさが内包していた。笑顔には棘もあった。

 彼女は決して触れてはならない毒の華。美味であろうと食してはならない禁断の果実。

 愚かな男達はそれも知らずに触れてしまった。食してしまった。

 無知だから仕方がない。愚かだから許される。鈍感だから何も起こらない。

 そんなことは―――無論、許されない。

 

 

 ◆

 

 

 

 複数人の断末魔が小屋の外から聞こえる。怪談の材料にでも出来そうな不協和音だ。

 恐ろしい…とシロウと白野は思った。

 何せ彼女はずっと自分達をつけている敵をどう『調理』するか嬉々として考え込んでいたのだから。それも純粋無垢な顔をして……だ。

 

 「こ、殺さないよね……きっと」

 「ああ……あいつも無用な殺生は好まんだろうからな………たぶん」

 「そこは断言しようよ」

 「ならお前は断言できるのか?」

 「できない」

 

 そらな、とシロウは言った。

 メルトリリスは過度な戦闘狂であり、強い刺激にも飢えている。

 そんな飢えに飢えた肉食動物に哀れにも挑んだ敵チームは実に運が無い。

 

 「………()まないね。断末魔」

 「………本当に長いな。断末魔」

 

 野太い叫び声がよく響く。この声で他の敵方が集まってこないか心配になるレベルだ。

 

 「―――あ」

 「止んだ……か」

 

 随分と不快な音が鳴っていたものだが、それも先ほどで完全に途絶えた。

 代わりに不気味な静けさが二人の空間を漂う。

 しかし、その静寂も長くは続かなかった。

 

 ギィィ……と小屋の扉が開く不気味な音。

 シロウと白野はそんな音が聞こえた玄関口を見る。

 

 「ふぅ、楽しかった!」

 

 そこには満面の笑みを浮かべて帰ってきたメルトリリスの姿があった。

 見たところ怪我はしておらず、ストレスも一切感じられない堂々とした在りようだ。

 それにしてもなんとも愛くるしい笑顔をしているのだろう。いつもの妖艶さが消え失せている。

 ――――頭から足まで血塗れでなかったらもっと和めたのだが。

 

 「殺したのか?」

 「まさか。誰も好き好んで殺したりはしないわよ。でも、必要最低限 痛めつけはしたわ。決して第三の試験に受けれないように」

 「そうか……手当は?」

 「したわ。流石にあのまま放置してたら出血多量で死んじゃうもの。まぁリーダー格が思いのほか楽しませてくれたからそれ相応の感謝の意も込めてね」

 

 流石、第一の試験を通過した猛者だけはある。この戦闘狂を楽しませるほど奮闘したとは。

 

 「それよりも、はいこれ戦利品」

 

 メルトリリスがテーブルの上にドンと置いたのは『天』と書かれた巻物だ。返り血つきの。

 ちなみに自分達が持っているのは地の巻物。幸運にもたった一回の戦闘で鍵は完成したのだ。

 これでわざわざ敵を探索して戦う必要はない。このまま中央の塔に向かうだけとなった。

 

 「よし。俺達にしては実に運がいい………まぁ、これからのことを話すにしてもまずは」

 「まずは?」

 「その返り血落としてきてからだ、メルト」

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 服を脱ぎ、血を川の水で洗い落してきたメルトリリスは予備の服をきて小屋へと戻ってきた。

 外見は確かにまともに為りはしたが、流石に血の匂いまでは消し切れていない。

 こればかりは試験後に何とかしてもらうしないだろう。

 とりあえず三人は小屋の床に座り込み、今後の方針を改めて話し合うことにした。

 

 「メルトのおかげで天の書が手に入った。これで俺達は完成した鍵を手に入れたというわけだ」

 「まさか初戦の相手が地の方じゃなくて本命の天を持っていたのは本当にラッキーだったわ」

 「ダブってたらまた敵を待ち構えるか、奪いに行くかしなくちゃいけなかったもんね………」

 「まぁ何にせよこれ以上敵と相対する必要はなくなった。ならば残る目的はただ一つ」

 「「中央の塔への到達」」

 「その通り。被害をできるだけ抑えてゴールにひた走る。ただそれだけだ」

 

 敵チームの探索が思慮に入らないようになったおかげで、よりスムーズに中央の塔へ向かうことができるようになった。これは何にも勝るアドバンテージだ。しかもわざわざ危険な敵チームを探すこともないため、被害をできるだけ抑えることもできる。

 故に今自分達が為すべきことは被害を最小限に抑えながら最短のルートでゴールに向かうこと。

 

 「みたらしアンコが俺達下忍に配布してくれた地図が正しいのであれば、このルートをひたすら進めば制限時間内までには十分間に合う」

 

 シロウは配布された地図を広げて、赤いマーカーを取り出し、キュッキュと自分達のいる地点と目標位置までのルートを書き込んだ。

 

 「もし敵と遭遇しても極力戦闘は避けろ。天地の巻物がある以上戦う理由がないからな」

 「しつこく追ってきたらどうするの?」

 「全力で叩く。できるなら第三の試験を受けれんようにするほど痛めつける。メルトが先ほど行ったようにな………合格者は少なければ少ないほどいい」

 「ふふ、なんとかなりそうね。これだと余裕じゃないかしら」

 「油断はできない。周りからすれば天・地の両方の巻物を持っているチームは恰好の獲物だ。知られれば全力で奪いに来るだろう。また中央の塔近くで待ち伏せをしている輩もいるかもしれん」

 「上等じゃない。全員纏めて締め上げるだけだわ」

 

 自信家のメルトリリスだけあって実に頼もしい言葉だ。

 白野はそんな強気なことは言えない。自分が弱い人間だと理解しているからだ。

 戦力として期待されていない白野は若干情けない気持ちになりながらも、気分転換に感知の術を使う。今の白野にはこれくらいしか担えるべき仕事がない。しかし同時に誇れる役割でもある。

 仲間の危険をいち早く察知し、それを皆に伝えることができる。

 それは何よりも重要なことで、心強いものだと教えてくれたのは他でもないシロウだ。

 なら、せめて今はこの一㎞未満は安全なのだと二人に安心………して?

 

 〝な、そんな!?”

 

 先ほどまで何の反応もなかったはずの小屋周囲から三つのチャクラ反応が感知された。

 ―――囲まれている。

 あり得ない。先ほどまで何も感じなかった。メルトやシロウでさえ気配を感じ取れていない。

 ならば気のせいか………いや、そんなわけがない。そんなはずがないだろう。

 しっかりしろ岸波白野。現実逃避はどんなものよりも意味がないものだ。

 

 「シロウ、メルト!!」

 

 白野は細かい説明を省いて声と目線だけで二人に緊急時だと伝える。

 

 「「…………!!」」

 

 白野が自分達に伝えたいことをすぐに理解した二人は即座に動く。

 シロウはこの小屋を破棄することを躊躇うことなく決断。

 メルトリリスは己の主武装たる鋼の具足を着用。

 既に白野は持つべき物を身につけている。

 

 「全速を持ってこの場を離脱する!」

 「「了解!」」

 

 三人は勢いよく小屋から躍り出た。その刹那―――暴力的な爆炎が小屋を覆う。

 あの火力は並みの火遁ではない。鉄すら溶かし、地面を抉って余りある。

 もはや下忍の範疇を超えている術だ。

 

 「ギリギリだったな………!」

 

 あと一歩でも行動を起こすのが遅かったら丸焼きになっていただろう。

 危機一髪とはまさにこのこと。しかし安心してはいられない。

 建物を丸ごと滅却する火力もさることながら、此処まで近くに接近していたというのにシロウやメルトリリスに存在を悟られず、白野の感知にも容易に引っ掛かることはなかった。

 もはや、敵がかなりの手練れだということは決定的に明らかである。

 

 「誰だか知らないけど何考えているのかしら!? 巻物があるのに火遁なんて………!」

 「…………いや、もしかしたら奴らはもう既に天地の巻物を得ているのかもしれない。だからこそ火遁での奇襲を実行した」

 「なら、どうして私達を狙ってきたの? 天地の巻物を揃えているなら攻撃を仕掛けてくる必要もないんじゃ」

 

 三人は敵の顔を見ることもせずに逃走を選択。

 まずは戦闘は極力避けるよう努力するという方針に従う。

 川岸から離れ、木々の間をすり抜けながら全力で駆ける。

 

 「第三の試験で戦うかもしれない人間を、此処で積極的に仕留めるつもりなのかもしれんな」

 「………なるほど。自分達の障害になり得るチームはさっさと潰したいってわけね」

 「その標的が私達……ってことなの?」

 「そうなるな。全く、迷惑かつ厄介な輩だ………」

 

 シロウは文句を垂らしながら地雷式起爆札に簡易ワイヤートラップを移動しながらばら撒いていく。

 

 「せめてもの時間稼ぎに………なるわけないか」

 

 設置しては一分以内に破壊されていくトラップ。

 これではただただ貴重な装備を溝に捨てているだけだ。

 やはりその場しのぎの即席の罠では足止めすらままならない。

 相手も相手で自分達を逃がそうなどとは微塵も思ってはいない。

 それにしても移動速度が自分達の比ではないのだ。このままでは遅かれ早かれ追いつかれる。

 もはや諦めるしかない――――逃げるという選択は。

 

 「これは、徹底抗戦といかなければならないようだ」

 

 敵と自分達の脚の差は歴然。メルトリリスだけならまだしも、白野とシロウの移動速度では時期に追いつかれるのは目に見えている。

 極力戦闘は避けたかったが、こうなれば徹底的に敵を叩き、第三の試験でぶつからないようにするしかない。いずれは中忍昇格を賭けて戦うしかもしれない相手なのだ。此方もそれ相応の対応に打って出るべきだろう。

 

 「二人とも……逃げるのは止めだ。ここらで敵を全力で迎え撃つ」

 「………わかった」

 「了解。さっきの忍とはまるでレベルが違うようだから楽しみだわ。正直に言うとね」

 

 決断してからの彼らの行動は素早かった。

 逃げるために用いていた脚を完全に止め、木の枝に足をつけて敵を待つ。

 既に出迎える覚悟はできている。後は敵の姿を目視するだけだ。

 

 迎撃の構えに出た三人を見るや否や、彼らを追っていたチームは面白いとばかりに姿を現す。

 目線が交差するようにシロウ達と同じ高さにある木の枝に彼らは同じくして立ち止まった。

 

 「……逃げるのは止めて迎撃に回ったか。良い心掛けだな」

 

 一人は蒼い民族衣装を着こなす少年。フードを深くかぶり、顔の半分を覆い隠している。腰につけているモノは砂隠れの額当てであり、同盟国の忍であることが分かる。

 そのフードによりよく見えない目元からは焔のように紅い瞳だけが見え、ちらりと覗かせる八重歯は活発的な印象を三人与えた。

 手に持っているのは独特な形をした杖だ。またそれには多大なチャクラが貯蔵されているとシロウは見抜き、一種の魔道具として最大級の警戒を敷いた。どう考えてもアレは下忍が持つべき代物ではない。上忍でさえあのような優れた獲物を持つものは稀である。

 

 「………ふむ。男一人、女子(おなご)二人とはまた珍しいチームがあったものだ」

 

 美丈夫と言えるであろう美しく整った顔を持つ少年は物珍しげにシロウ達を見る。

 瞳の下に泣き黒子。たれ目ではあるが意志の強い眼。唯の優男ではないのはよく分かる。

 左手に黄色い1.5m程度の黄色の短槍。右手には2m程度の赤い長槍が握られており、両方の槍には禍々しいまでの封術符が貼られていた。おかげでどれほどのチャクラを内包しているかシロウでさえも読み取れない。

 彼はフード男が来ている民族衣装と同じような紋様を施されている深緑のあるボディスーツに身を包み、使い古された外套を羽織っている。

 一見ロック・リーやマイト・ガイのような軽装タイツを彷彿させるが、両腕や肩など所々に鎧の一部であろう金属が施されており、熱血師弟が愛用するアレとは全く異なるタイプのようだ。またイケメンが着用していることにより格好の良さも決して損なっていないどころかよく似合っている。

 

 「なぁバゼット。本当にこいつらを此処で消しかけるつもりかよ。今回は軽く手合せをするぐらいにして、第三の試験まで取ってこうぜ? ここで潰すにゃ勿体ない気がするんだが………」

 「馬鹿を言わないでください、セタンタ。遅かれ早かれ壁に成り得る存在は即座に叩く。それが一番なんです。捕捉した以上は徹底的に潰す以外の選択肢はあり得ません」

 

 固い物言いでセタンタと呼ばれたフード男の言葉を切り、ふんすと息巻くのは短髪の少女。

 両手には黒い手袋。両腕には籠手が装着されていて清々しいまでの拳上等なスタイル。

 考え方も男らしく、整った顔をしているというのに女としての色香が全く感じられない。

 こういう輩ほど女とみて侮っては痛い目を見るとシロウは確信している。

 服装は男二人と比べて民族的な衣装を着ておらず、極めて普通の……男装をしている。

 機能性を重視し、かつ脆い肌をあまり晒していない服装を見るにやはり性格がモロに反映していることがよく分かる。しかもあのスーツのような戦闘服、どうみても特別性の素材で出来ている。武具から戦闘服にまでかけて詳しいシロウは衝撃に強い素材を使われていることまでは理解できた。また彼女は赤黒いコートも羽織っているがアレは対忍具用にコーティングされた一品だろう。

 

 「勿体ないねぇ……ま、アンタらには運が無かったと思って諦めてもらうしかねぇか」

 

 そう言ってフード男は爽快に笑った。笑ってはいるが―――紅い眼はまったく笑っていない。

 アレは獲物を見る者の眼光だ。知的にこそ振る舞ってはいるが、隠しても隠し切れない本性が見える。

 

 「………まぁ何だ。このままお互い名乗らずおっぱじめるのも味気ない。ここはひとつ自己紹介といこうじゃねぇか。忍に礼儀っつうのもおかしな話だがな」

 「ハッ、礼儀か。奇襲を仕掛けた人間がよく言えたものだ」

 「そう揚げ足取るなって。アレでお陀仏になりゃテメェらはその程度だったと思ったまでさ」

 

 なるほど。つまり先ほどの奇襲は一種の値踏みと言ったところか。随分と荒っぽいものだ。

 

 「………後悔するんだな。俺達に目をつけたことを」

 「ふん。俺はただアンタが口だけじゃないことを期待するだけだね」

 

 琥珀色の瞳と朱色の瞳の視線が交差する。

 敵意と殺意が入り乱れる。

 

 「岸波シロウ……お前を負かす男の名だ。よく覚えておけ」

 「セタンタだ。俺の名をその脳髄にしっかりと刻んでやるよ」

 

 男二人はガンを飛ばしながら名を言い合った。

 各々の(おさ)が名を名乗るのなら班員も黙ったまま始めるわけにもいかない。

 

 「私の名はバゼット。今から貴方達を全力で排除します」

 「岸波白野……全力で防衛します」

 

 バゼットは拳をギチリと握り締め、白野は帯刀を引き抜き構えを取る。

 

 「メルトリリスよ。甘く溶かしてあげる、色男さん」

 「ディルムッドだ。女子(おなご)とはいえ、忍である以上は容赦せん」

 

 両足に武具を有するメルトリリス、両手に武器を持つディルムッドは静かに闘志を燃焼する。

 

 天・地の両方の巻物を手に入れ、もはや中央の塔へ向かえば第二の試験を突破できるはずの二組の班。そのゴールを前にして、彼らは刃を交えることとなった。

 その勝敗は誰にも予想できない。されど、始まった以上は終わりがある。

 数分後、どちらの班が生き残るのか。それとも共倒れとなるのか。或いは別の結果が残るのか。

 

 太陽は徐々に姿を現し始めている。

 夜の闇が払われ、太陽の光が森を照らしたその瞬間―――火ぶたは切って落とされた。

 

 

 




・やっと兄貴を出すことができた。でも必中の槍は簡便な! あれは物語が破綻する上に扱い難いので。
 まぁだからこそ主武装が杖っぽいキャスター兄貴を選択したんですけどね。
 とにかく今はゲイボルクは封印していてくださいとしか言えんですわ………。

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