岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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・岸波シロウはエミヤというより無銘を元にしています



第15話 『サバイバル試験:Ⅲ』

 第一班はセタンタ率いる砂の忍との戦闘において受けた傷を一日かけてゆっくり癒していた。

 試験終了までの残り時間は約24時間。今休んでいる樹木の根元(ポイント)から中央の塔までの距離は五kmを切っている。天と地の書は既に手中にあることもあって、ある程度のゆとりを持てていた。

 今 メルトリリスとシロウは食材の確保に出て行っている。白野は一人でお留守番だ。このトラップで敷き詰められた拠点であれば、そう易々と敵は侵入してこれないだろうが油断はするな……とシロウに言いつけられて。

 白野はバゼットに殴りつけられた腹部をおもむろにさする。

 全く痛みはない、とまでは言わないがかなり鈍痛が引いていた。一日中塗りつけていたシロウの薬草がよく効いている証拠だ。これなら今後の戦闘にさほど支障はきたさないだろうと安心しながら、消えかけていた焚き火に新しい薪を放り投げた。

 

 鳥の囀り、木々の葉擦れ、心地の良い風の息吹。死の森と名称付けられた場所は確かに危険な場所でこそあるが、町中では決して体験できない自然の香りを白野は気に入っていた。こうして腰を落ち着かせ、まったりとしていると確かに疲れが落ちていっているのだと実感できるのだから。

 そして二人の帰りを待つことしか仕事がない白野は焚き火を眺めながらふと己の過去を振り返る。何故自分は此処にいて、何故 中忍を目指しているのか再確認するために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 岸波白野はある日、ある村で、ある大きな災害に巻き込まれたらしい。

 その災害は原因こそ不明だが、一つの村を丸ごと地獄に変えたというのだ。

 生存者は殆どおらず、生き残ったのはたった二人の小さな子供のみだった。

 

 ……実のところ、生存者の白野本人は当時の災害のことをよく覚えていない。気がつけば木ノ葉の病室にいたのだ。そして更に厄介なことに、その災害時の記憶どころかその前の記憶……自分が生きてきた証とも言える岸波白野が過ごしてきた幼少の頃の記憶も綺麗さっぱり無くなっていた。

 辛うじて覚えていたのは最低限持ち得ていた常識くらいだ。自分の名前は幸い着ていた服に『岸波白野』と書かれていたため理解できた……が、分かったのはそれだけ。名前以外のことはまったく分からなかった。知ることもできなかった。親も、友も、知人も、全て―――記憶から、現実から消え去っていたのだから。

 

 生きていても誰も自分のことを知らない、自分自身でさえ己のことを知らないという強い孤独が彼女を支配した。ただそれが幼かった白野には悲しくて、辛くて、寂しくて、何も出来ずに縮こまっていた。

 

 ………だけど、もう一人の生存者である少年は違ったのだ。

 

 彼は自分と同じく記憶喪失だった。自分の名も分からず、親の顔も覚えていないという。

 しかしあの災害当時の記憶はあった……と、いうより刻み込んでいたと言った方が正しいのか。

 

 建築物を巻き込み燃え盛る業火。

 火に炙られ異臭を放つ死体。

 生きたままジワジワと嬲り死んでいく人々の悲鳴。

 

 それらの地獄を彼は全てその目に焼きつけ、耳に掘り込みながら歩き、歩き、歩いたそうだ。

 何も知らない白野と違い、彼は意識を保ちながらその煉獄を小さな我が身で経験し生き延びた。

 彼は最後まで生きることを諦めず、自らの力で生き残ったのだ。それは立派なことじゃないのかと白野はその少年に言った。少なくとも何も無い白野から見れば眩しいとさえ感じた。誇れるものではないかと思った。

 しかし彼は子供とは思えないほど、穏やかな口調でそんなことはないと言ったのだ。

 

 生きて歩く少年に対して必死に助けを求める声があった。目の前で死に掛けていた人がいた。

 自分に対して何度も手を伸ばし、声を上げ、我武者羅に生き残ろうとしていた人間を少年は振り払った。一人だけではない。何十人もの人々をだ。

 ただ自分が少しでも生き残る可能性を広げるために彼らを見捨てた。見殺しにした。

 そんな男の何が立派なのか。誇れるものなど何処にあるのかと………虚ろな瞳をした少年は自嘲気味に語った。その声色は限りない後悔と大きな自責の念で塗り固められていた。

 

 その少年は岸波白野と同じ生存者であるにも関わらず、とても歪で危うい精神状態を形成していた。

 

 ――――サバイバーズギルト――――

 

 災害で多くの人命が失われた後、生還者が抱く罪悪感や責任感といった強迫観念。

 そのサバイバーズギルトに強く彼は囚われていた。

 

 それに、白野は無意識の内に彼をこのまま放っておくことはできないと強く思った。

 いつか彼は、その自責の念に……脅迫概念に少年が食い尽くされる日が来る。

 子供の白野にはそんな難しいことは分からなかったのだろうけど、本能的に察することができたのだろう。自分と同じ生存者が破滅の道を辿ろうとしているのだと。

 

 彼を助けたいというこの気持ちは―――きっと白野自身の単なる我侭だ。唯一無二の同じ生存者を救いたいという押し付けがましいエゴだ。勝手な仲間意識だ。とてもそれが正しいとは思わない。もしかしたら彼の『可能性』を摘み取ってしまうだけの愚考かもしれない。ここで自分が何もしなければ、彼は多くの偉業を成し遂げる器になっていたのかもしれない。

 

 それでも自分は―――彼を見過ごせないと思ってしまった。

 

 苦しんで苦しんで苦しんで苦しみ抜いて生き残ったというのに、助けたくても生きる為に見捨てるしかなかった人々のことを思い続け、死んでしまった彼らの為に、彼らの代わりに生きていくなんてあまりにも報われない。認めたくないと思ったのだ。

 彼らの死を無駄にしまいと懸命に生きていくのならまだいい。けど、彼らの『代わり』に生き続け、彼らの為し得なかったことを『代行』し続けるなど間違っている。そこに少年個人の幸福はなく、あるのはただただ冷たい責務のみ。それは人間の生き方と言えるのか……否、言えるわけがない。

 

 ―――――気づけば、自分は彼を抱きしめていた。

 

 彼を助けたい、救いたいというお節介な気持ちが爆発した末の行動だったのだろう。

 彼に対して何を言うべきか、何をすべきかも定まらず、本能のままに辿り着いた答え(行為)。自分を大切にしてくれ、そんな重い十字架を背負わないでくれとひたすら強く思い、少年を抱き締めた。

 とはいえ彼からしたら迷惑で押し付けがましい行為以外のなにものでもなかったはずだ。それでも知ったこっちゃない、構わないと白野は強く思った。ただ必死に、この思いを込めて強く抱き締めた。涙ながらに、ひたすら、力強く、想いを籠めて―――。

 

 

 

 ………それからのことは、よく覚えていない。

 

 

 

 医師曰く、数時間ほど白野はわんわんと泣いて少年の体から離れなかったらしい。肝心の少年は一向に離れない少女に困った顔をしていたが、その出来事から少年は多く微笑むようになった。あの地獄から生還して、今まで心の底から笑うことをしなかった少年がだ。

 

 そして暫くして、彼は自身がサバイバーズギルトであることを自覚した。

 

 そのため強い脅迫概念は一時的に薄らいだというが、それでも死んでいった人達に代わって何かを為したい……という根本的なものは変わらなかった。

 ああ、それは仕方が無いのだと白野も思った。彼の精神に刻まれた刻印はそう簡単に消せるものではないし、変えられるような軽いものでもないと理解していたから。

 

 それでも自身の症状を自覚しただけでも大きな前進だと思ったのだ。いつか彼が自分自身の幸福を感じられるよう、これから少しずつ変わっていけるよう努力すればいいと前向きに考えた。

 そして白野と少年は同じ親がいない者同士、生還者同士、行き場のない者同士というわけで共に行動することになった。白野は少年を放っておけないという感情がアリアリだったが。

 

 また二人が共に生きていくと決まった際に、名を無くした少年には岸波の苗字とシロウという名を与えられた。

 岸波は白野と義兄妹になったため。名のシロウは……ほぼ適当だ。強いて言えば覚えやすく、ゴロが良かった。名づけ親は岸波白野である。

 いや、今となっては白野も反省している。少年があまりにも自身の名前に無頓着だったが故に、調子に乗って適当に仕上げてしまったのだ。

 本来 銘には特別な意味を籠められて然るべきというのに、子供であった白野にはその大切さを知らなかった。若さ故の過ちというものだが……少年…シロウは「白野が決めたのならどんな名前であっても構わないよ、俺は」などと素っ気無い口調で言い放ったのだ。コイツは将来とんでもない無自覚女たらしになる可能性があるのだと心中で愕然としたものである。

 

 そして共に記憶を失い、居場所も失っていた新しい兄妹はそのまま木ノ葉の里に保護され続け、今に至る。

 忍者養成学校に入学し、立派な忍になることが木ノ葉から言い渡された保護の条件だが………それは自分達からしても都合の良い話だった。

 生き場を与えてくれた国に対して恩返しができる。いつかは上忍になり、多くの任務をこなし、恩に報いるだけの利益を木ノ葉に与え………その後は、まだ考えていない。

 

 「ま、何をするにしてもこの中忍試験に合格しなくちゃね」

 

 白野は苦笑しながらまた新しい薪を火に放り込む。

 自分はシロウのように地獄を味わうことは無かった。それどころか何も覚えていない。だけどあの災害を経て、生き残ったというのは紛れもない事実。なれば死んでいった人々の分まで、人生を謳歌して前に進んで生きていかなければならないと思った。

 別に脅迫概念というほどの強い強制力はない。使命感も皆無だ。

 ―――ただ、そう思っているから、そうしたいだけ。

 その為にはまず忍として立派になり、後腐れなくこの国に恩を返さなければ何も始まらない。だから自分は此処にいて、過酷な中忍試験を受けているのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暫くしてシロウとメルトリリスは二人揃って帰ってきた。彼らは当然のように獣の肉から山菜まで一通り手に入れてきており、本人達も実に満足そうである。

 二人曰く、この死の森に生息する獣も山菜も品質が良く、またすぐに確保できるので苦労はしなかったとのこと。更に先日シロウが夜釣りをして釣った魚も巻物内に保存しているため材料にも料理の種類にも困らないというのだから贅沢な話だ。これは今日の夕食は豪華なものになりそうである。というかシロウとメルトリリスのサバイバル能力が高すぎて死の森のなかにいるというのに全く不自由さが感じられない。

 

 「さて、では調理の開始といこうか」

 

 制限時間に余裕はあれど有限であることには変わりはない。さっそくシロウは自慢の料理器具一式を巻物内から取り出し調理を始めた。

 彼が使うまな板は厳選された樹木から選び抜かれた高品質な素材で出来ており、包丁に至っては一から全て手製であり切れ味は言わずもがな。まるでチャクラを通した刀の如き鋭利さと軽すぎず重すぎずという絶妙な質量を誇っている。道具本来の優れた性能と、岸波シロウの神経質というまで行き届いた調整管理の良さがなければこれほどの業物は生まれない。

 扱い方を誤らない限り彼ら(道具)は決してシロウを裏切らない。そしてシロウもまた道具の期待に応え、性能を十全に出し尽くせるよう全力をかける。

 その結果、生臭さの原因と言える魚の鱗は一枚残さず削ぎ落とされていき、獣などの内臓も二秒も経たずに取り出され、山菜も悉く刻まれていく。

 その一連の作業はまさに美しいと言えるほど鮮麗されている。見慣れているはずの白野とメルトリリスでさえ、幾度も目を奪われる始末。

 新鮮な食材、最高の道具、優れた調理師の要素が全て噛み合った時、初めて芸術と言わしめるほどの料理がこの世に生まれることができるのだ。そしてその完成に至るまでの過程でさえ美が宿される。

 

 「「おおぅ………」」

 

 一時間にも満たない時間で、満漢全席の如き料理が白野とメルトリリスの眼前に姿を現した。

 シンプルなものから、複雑なものまでより取り見取り。いくらお代わりしても問題ないと言わんばかりのその量と質に二人はただただ圧倒された。

 

 「今までで一番気合入ってるんじゃないの、これ………」

 「せっかく食糧に恵まれているのだ。精をつけられるよう振る舞うのは当然だろう?」

 

 メルトリリスは呆れ顔を作って平静を装っているが、その口元から垂れる涎とキラキラと輝かせている瞳から期待値Maxというのがまる分かりだ。いくらクールぶってもこの食事を前にしたら無力に等しいのである。かくいう白野もごくりと固唾を飲んでいる。

 

 シロウはそんな二人の反応を嬉しそうに眺める。やはり料理を作った者として、出した品物に期待の眼差しを向けられるというのは気分が良いものなのだろう。

 そして彼は木の枝で作った即席の割り箸と皿を二人に渡し、己の席についた。

 

 「それではお待ちかねの食事タイムだ」

 

 その言葉に反応した白野とメルトリリスはささっと両手を合わせた。

 さすが、シロウが纏めている班だけあって礼儀作法はどのような時でも忘れない。

 そんな二人にシロウは満足した笑みを浮かべる。

 

 「それでは―――」

 「「「いただきます!!」」」

 

 三人は自分たちの血肉の糧となる獣、魚、山菜に対して感謝と敬意を払ってその料理の数々を口にした。

 

 「―――ふむ、上出来だ。過去最高の出来やもしれん」

 

 他人に対しても、自分に対しても厳しいシロウがそこまで自分の料理に賛辞を贈るとなると、その味たるやまさに『本物』であることは間違いない。

 

 そして他の二人というと、

 

 「「ふぉぉぉぉ!?」」

 

 淑女とは思えぬ奇怪な声を上げていた。

 

 白野ならまだしもあのメルトリリスまで感情を制御できていないのだ。よほどその舌に旨味、コクが抉り込んでいるのだろう。

 

 「「!!…………!?」」

 

 彼女達は料理を一口食べるごとに面白いリアクションを起こし、奇声を上げそうになる。

 傍から見れば下手な世辞。オーバーリアクションと受け取られても仕方がないほどの反応の濃さ。

 

 “………面白い”

 

 シロウは口に出さず心のなかでそう呟いた。

 美人、とまでは言わないが可愛らしい女子(おなご)達が面白おかしい顔をしながら箸を進めている。本来ならば注意しているところなのだが、それを聞いてくれるほど余裕も無さそうなので放置一択。というか自分の作った料理がこれほど絶賛?されていることに嬉しく思った。

 シロウは彼女達のリアクションを眺めながら飯を平らげていく。

 恐らくこの死の森を抜けるのは今日中で済む。しかし、これが中忍試験である以上一筋縄ではいかないのはもはや明白。ならば今のうちに精気を養っておかなければならない。できるだけベストコンディションに近づけるように。

 

 

 シロウ手製の料理は一時間もかからず完食された。食事の途中、白野とメルトリリスで残り少なくなった肉の取り合いになるなどして小さな内紛もあったものの、シロウ(食神)の怒りにより被害は最小限に留まった。

 ともあれ楽しい楽しいディナータイムは瞬く間に過ぎ去っていった。精気を養え、肉体を休ませたのなら次にすべきことは唯一つ。この第二の試験を通過することのみである。

 

 体調が大方回復した第一班は急がず、焦らず、中央の塔へ近づけば近づくだけ警戒を強めながら前へと進んでいく。本来ならば木々の枝を道代わりとしてより迅速に移動したいところなのだが、そのような迂闊な行動は間違ってもできない。何故なら中央の塔に通ずるあらゆる箇所に契約獣ないし監視の忍具が大量に設置されているからだ。しかもそのどれもこれもが実に巧く隠している。

 

 十中八九、中央の塔付近で待ち伏せしている輩がいる。

 

 天と地の書を持ったチームをゴール前で待ち伏せして打倒する。

 実に卑しく、傲慢で、卑怯。

 されど忍としてそれは当然の戦略。勝ち残ることが全てであるこのサバイバルにおいても、忍が生きる過酷な世界においても、正々堂々、正攻法などというものは存在しない。

 

 「………さて、どうするか」

 

 シロウは歩かせ続けていた足を止める。

 監視の中を掻い潜り、ある程度中央の塔に近づけた第一班ではあるが、流石に此処から一km以内を気づかれずに進むことができない。待ち伏せを行っているチームはよほど気合が入っているようだ。まるで蟲一匹たりとて見逃さない監視範囲。あのシロウでさえも舌を巻くレベルである。

 

 「まったくもってメンドクサイわね。さっさと強行突破しちゃいましょうよ。待ち伏せをして甘い蜜だけ頂こうなんて軟弱者に後れを取る私達でもないんだから」

 「それは慢心というものだ。少なくとも此処まで見事な監視能力がある忍が単なる雑魚であるはずがない。ここは慎重に行動して然るべきだろう」

 「でもこれ以上隠れて進んでも間違いなく見つかるんでしょ?」

 「…………」

 

 敵は獲物を仕留める準備を確実に整えている。このまま進めば手厚い歓迎が待っていることはもはや確定済み。しかし、だからと言って受身に徹した状態で進まないわけにもいかず、敵に気取られずに中央の塔へと到達することは不可能に等しい。

 

 シロウは敵の監視に穴はないかより注意深く見渡し、その結果どのルートも完璧に押さえられていることを再確認した。

 ………やはりメルトリリスの言う通り、強行突破以外に道は無いようだ。白野も覚悟を決めたようで、シロウの指示を待っている。

 

 「………分かった。もう隠密に回るのはここまでだ」

 「それじゃあ」

 「ああ、全霊を持って目の前の道を走り抜ける。メルトの好きな―――強行突破だ」

 「そうこなくっちゃ面白くないわ」

 

 シロウと白野は全然面白くないと思いながらも脚部にチャクラを練り上げ、集中させる。自分達が持ち得る最大の移動速度で駆けるために。

 無駄な戦闘は極力避けたい。ゴールが目の前にあるのなら尚更だ。

 被害を最小限に、かつスピーディーに終わらせる。ただそれだけを頭に叩き込んで第一班は敵のテリトリーに足を踏み入れた。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 「………どうやら、先客がいたようだ」

 

 あらゆるトラップ、不意の襲撃、幻術、その全てに最大限の警戒を強いて中央の塔へと向かっていた第一班が発見したのは気絶し倒れ伏している三人の忍。額当てからして草隠れの忍だろうことは分かる。恐らくこの三人が至るところに監視の目を置いて待ち伏せしていた者達なのだろう。彼らの陣地と思われる場所には監視忍具の配置位置がこと細かに記されている地図が見つかった。

 

 「争った後は無し……か」

 

 現場が全く荒れていない。戦うことも、抵抗することもできずに打倒されたと見るべきか。そして倒れている忍達の手には手入れ中だったと思われるクナイ、トラップの部品などが握られていた。つまり彼らは武具の手入れ中に不意を突かれた……敵はあの監視網に一つも引っかからずにこの草隠れの忍達の背後を取ったのだ。

 それにメルトリリスは信じられないと言って溜息を吐いた。

 

 「それじゃあ何? この草隠れの忍達を倒した奴らは私達でさえ諦めたあの監視の目を潜り抜けたってこと? まったく気付かれず、悟られずに?」

 「そうとしか考えようがないな。忍の技量において、彼らを倒した者達は俺達より遥か格上だ」

 

 中央の塔(ゴール)はほぼ目の前だ。しかし、白野はその道のりが先ほどより遠く感じた。

 先に進めば進むほどライバル達の練度が高まり、より厳しい競争が行われいく。その過程が嫌でも分かってしまう。

 

 「まぁ無駄な戦闘を避けれただけ良しとするしかない。先を急ごう」

 

 シロウは何時までも留まっている場合じゃないと意識を切り替えて再び足を走らせた。そんな彼の後に二人の少女は了解と頷いて追行する。

 第三の試練にどれだけの猛者が集おうが、自分達の為すべきことに変わりはない。ただ勝って、勝って、勝ち進めばいい。たとえこの先に格上の忍だけが待ち構えていたとしても、死力を尽くすだけなのだから。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 暫くして第一班は無事ゴールである中央の塔へ到着することができた。流石にもう建物内までくれば他の忍に妨害されることもないだろうと三人は安堵して一息つく。

 しかし、肝心の試験官の姿が何処にも見えない。てっきり天と地の書を試験官に渡したら第二の試験通過が認められるとばかり思っていた白野は目を点にした。

 

 「あの、どうすればいいの……これ」

 「本当にね。天地の書を受け取る人がいなくちゃ先に進めないんだけど……シロウ?」

 「………二人とも、アレを見てみろ」

 

 シロウの指差す方向に目を向ければそこには壁があり、大きな壁紙が飾られていた。またそれには文が刻まれており、三代目火影の名が記されている。

 

 「“天”無くば智を識り機に備なえ“地”無くば野を駆け利を求めん

  天地双書を開かば危道は正道に帰す これ則ち“ ”の極意…導く者なり」

 「……どういうこと?」

 「その問いは、これからこの巻物の中身が教えてくれるだろうよ」

 

 白野の疑問にシロウはそう答え、天と地の巻物を開いて空中に放り投げた。

 巻物の中身に刻まれた文様は口寄せの術式。空間転移術の一種にして、岸波シロウがよく好んで扱う忍術である。

 空中に放り投げられた巻物はボフンと音を立てて煙が吹き出て、あるモノが召喚された。それは道具でもなく、契約獣でもない―――木ノ葉の忍だった。

 目の下に包帯が巻かれており、目つきがやや鋭い。このチャクラに、この風貌。白野は身に覚えがある。確か第一の筆記試験の時にもいた試験官の一人。

 

 「伝令役はがねコテツ此処に参上……っておお。なんだシロスケじゃねぇか」

 

 はがねコテツと名乗った忍はシロウを見るや否や驚きの声を上げる。

 それに対してシロウは軽くお辞儀した。

 

 「第一の試験以来ですね、コテツさん」

 「オウ。しっかしまさかお前の班の伝令を頼まれるとはな。奇遇なこともあるもんだ」

 「ええ。俺も貴方が出てくるとは思っていませんでしたよ」

 「その口ぶりからして口寄せの中身が俺達忍だってこと感づいていたな? カーッ、察しが良すぎるのも考え物だ。まったく可愛げがねぇ」

 「別に可愛げなんてほしいとは思っていません」

 

 シロウとコテツは顔を合わせるや否や、ワイワイと談笑をし始めた。

 どうやら二人は中忍試験前からの知り合いというか、親しい仲だったようである。

 

 「そういえば白野、メルトリリスはコテツさんと直接話すのは初めてだったな。この人はよく『岸波錬鉄所』の武具を買い取ってくれるお得意さんだ」

 

 それを聞いた白野は「あー、この人がテンテンさんと同じくらい忍具を買ってくれてる人かー」と言って頷いた。たまに岸波家の料理が豪勢になるのは、彼のような忍が大量に忍具を買い取ってくれて収入が安定した時などに限られている。そう考えれば白野にとっても実に有り難い人と言える。

 

 「初めまして、妹の岸波白野です。義兄がお世話になっています」

 「ああ、此方こそ君の兄に世話になっているよ。よろしくな、白野ちゃん」

 

 なんともフレンドリーな雰囲気を出す人だ。こういう人は嫌いじゃない。

 

 「まぁ飯の一つや二つ、奢ってやりたいところだがまだ中忍試験の途中だしな。とりあえず、伝令役としての仕事を全うしようか」

 「そうしてください」

 

 冷ややかなシロウの催促にコテツは少し落ち込みながらも、一旦咳払いをして一介の試験官としての顔になる。

 

 「―――君達三人は全員、文句無しにこの第二の試験を突破した。おめでとう」

 

 その言葉を聞いた三人は揃って安堵の溜息を吐いた。そして白野は遂に緊張の糸が切れ、ペタンと尻を地面についてしまった。

 尻をついた白野をコテツはまだまだ鍛錬が足りないぞと苦笑して言い、また咳払いをして下忍達を見つめ直す。本来の伝令の内容はこれから語られるようだ。

 

 「また火影様からお前達中忍を目指す下忍に送る伝令(メッセージ)がある。心して聞くように」

 「それはあの壁紙についてのことじゃないのか、コテツさん」

 「………お前という奴は本当に鋭いのな」

 

 シロウの指摘に苦虫を噛み潰したような顔をするコテツ。俺が何の為に呼び出されたか分からんぞと小言を漏らしながらも彼は伝令役としての任務を全うするために説明を始める。

 

 「この壁紙に記されている内容は三代目火影様がお前達に送る“中忍”の心得だ」

 「心得?」

 「ああ、心得だ。この文章で言う“天”というのは人の頭を指し、“地”は肉体を指す」

 

 コテツはまだ理解できていない白野に対して丁寧に、教師然とした声色で続きを語る。

 

 “天”無くば智を識り機に備なえ(様々な理を学び任務に備え)“地”無くば野を駆け利を求めん(日々の鍛錬を忘れるべからず)

 天地双書を開かば危道は正道に帰す(天地両方を兼ね備えれば覇道にも為り得る)

 

 「つまりどのような危険な任務であったとしても、この天と地を兼ね備えれば安全な正道に化ける可能性があるというわけだ」

 「……あの抜けた文字は? これ則ち“ ”の極意ってとこ」

 「ククッ、案外せっかちなもんだなシロスケの妹さんは」

 「ご、ごめんなさい」

 「いやいやシロスケと違って可愛げがあって結構だ。此方も説明のし甲斐があるというもの」

 「いいから早く続きを言ったらどうですコテツさん」

 「シロスケがせっかちでも可愛げなんてもんはないなぁ」

 

 コテツはそう言って地面に落ちていた天と地の書を拾い上げる。

 彼を呼び寄せた口寄せの術式には“人”と刻まれていた。

 

 「コレが、空白を埋める文字だ。“人”の極意とは忍の心得。導く者なりってのは今お前達が目指している中忍という意味を持つ」

 「導く者……それが、中忍」

 「そうだ。中忍になるということは一部隊を任せられる部隊長になるということ。部下を持ち、指示を下し、指揮下全ての調律を行い、チームを導く責任と義務がある」

 

 下忍とは背負うモノが比べ物にならないほど重くなるとコテツは言っている。それを理解した上で、この先を目指さなければ中忍になぞ為れるわけもない。

 

 「故に知識の重要性、体力の必要性、責任に対する意識の強さを深く肝に銘じておくんだ。なにせソレらを確認するための第二の試練(サバイバル)だったからな。くれぐれもこの中忍心得を忘れることのないように………以上が、俺が火影様から承った伝令だ」

 

 コテツを介して送られた三代目火影のメッセージを三人の下忍は厳粛に受け止めた。

 そしてまだ見ぬ好敵手達もまた、火影の伝令を聞き中忍になる決意を強くしていることだろう。

 この先、第三の試験が激戦であることは決定的に明らか。されどこの足は決して止めない。怯みもない。ここまで来たからには最後まで進み通す。

 

 「三人とも、イイ面構えだ。その確固たる心意気を冷ますことなく次の試験に挑んでくれ………だがまぁ、まだ試験終了まで24時間ほど時間がある。取り合えず各々控え室を用意しているから、そこで鋭気を養っているといい」

 「………分かりました。ところでコテツさん」

 「ん?」

 「今、この中央の塔へ辿りつき、第二の試験を通過した班は何組いるんですか?」

 

 シロウの素朴な疑問に、コテツは苦笑いしてこう答えた。

 

 「驚くなよ? なんと、今の時点で既に七組を超えている」

 「――――それは」

 「本当だ。正直言って、試験官側も驚かされている。いつもなら精々三組から四組くらいしか辿り着けない第二の試験を、今年は大きく上回る数の班が辿り着いた。もしかしたらまだ二班ほど通過するかもしれない」

 「優秀な人材揃い、曲者ばかりというわけですか」

 「ああ。前年度の中忍試験なら、お前らほどの熟練度を持つ下忍であれば余裕で中忍になれていただろうが……今年のはそうもいかないだろうよ」

 

 控え室まで案内しながらコテツは笑う。

 それに三人は人事だと思って、とゲンナリして肩を落とした。

 

 「だがま、お前達なら無事勝ち抜けるだろうさ」

 「簡単に言ってくれますね」

 「俺はお前を……いや、第一班を高く評価しているからな。贔屓目無しで」

 「いくらべた褒めても忍具は安く売りませんよ。他の班の情報を教えてくれるというのなら考えないでもないですけど」

 

 シロウの軽い冗句にコテツは唇を引き攣らせた。それどころか顔色を悪くしている。

 

 「ば、馬鹿言うな。中立かつ試験官である俺がそんなこと出来るか。もしそんなことが火影様にばれたら説教どころの話じゃ済まされねぇ。下手したら首が飛ぶ」

 「冗談なんですからそこまで怯えなくてもいいじゃないですか」

 「こちとらお前が手段を選ばん男というのはよく知ってるんだよ」

 「それは心外だ」

 「どの口が言うのか………」

 

 この時ばかりは白野もメルトリリスもコテツの心情を理解できてしまった。

 シロウはありとあらゆる手段を用いて勝利を捥ぎ取っていく男である。たとえそれらの手段が正道から外れたものであってもお構いなし。そんな忍から交渉紛いの冗談を吹っ掛けられたら嫌でも警戒してしまうものだ。

 

 「……着いたぞ。此処が、お前達の控え室だ」

 

 コテツによって案内された個室はそれなりの面積があった。これなら三人の人間が一日寛ぐには丁度いい広さだろう。しかしベットも、キッチンも無いのでそれほど設備が整っているわけではない。まぁただ休息を取るだけの場所なのであって宿屋ではないのだから当然というべきか。

 

 「制限時間が来るまで此処にずっといろ…とは言わない。便所も外だし、室内を散歩するくらいは許されている。ただ―――他班との戦闘は絶対にしてはならない。小競り合いであったとしてもだ。もしソレを班員一人でも犯せばメンバー諸共失格になる。気をつけとけよ」

 「分かりました。此方としても、そんな情けない理由で脱落するわけにもいきませんので」

 「それなら結構。では、俺がお前達にしてやれる仕事は此処までだ。第一班の活躍、楽しみにしているからな」

 

 そう言い残してコテツはシロウ達の前から姿を消した。

 

 「なんだか私達、凄い期待されてるね」

 「ああ。これは程好いプレッシャーになる」

 「ねぇ、早く部屋に入らない? 休めるのならできるだけ多く休みたいのだけど」

 「そうだな。二人は先に休息を取っていてくれ」

 「「シロウは?」」

 「用を足しに行くだけだ。トイレは室内に設備されてないとコテツさんが言っていただろう」

 

 シロウの言葉に二人は納得してドアを開け、室内に入っていった。

 それを見届けたシロウは迷わずトイレのある右の通路ではなく―――真逆の左の通路を歩み始めた。そして若干呆れた表情をして、その通路の曲がり角に足を踏み入れた。

 

 「………やはり貴様か」

 

 曲がり角の先には、死の森で一度刃を交えた砂の下忍 セタンタが腕を組んで佇んでいた。

 彼はシロウだけに殺気を送り、この場所まで呼び寄せたのである。

 しかしセタンタはシロウが来るや否や、殺気を止めて「よう」と暢気な挨拶をしてきた。

 

 「随分と遅い到着じゃねーか。一度俺達を退かせた奴らだってのに情けねぇ」

 「俺を呼んだのはその下らん自慢を口にするためか。それとも前回の続きを此処でするつもりか? 此処での争いごとはご法度だと聞いているはずだが?」

 「まぁまて。そう警戒を強めてくれるな。俺とて禁戒を破るつもりは毛頭ねぇよ。んなつまらんことで脱落したくねーしな」

 

 セタンタはあくまでシロウのみを此処に呼ぶためだけに限定的な殺気を放っただけであって、戦うつもりは一つとしてないと言う。証拠に獲物となる杖も、道具も、この場に持ち合わせていない全くの手ぶらだ。そもそも禁戒を破る行為自体がセタンタにとっては鬼門なので行えるはずもない。

 

 「なら、いったい何の要件で俺を呼んだ」

 「やれやれ とんだせっかち野郎だ。試験官にも言われなかったか? 妹さんと違ってお前のせっかちは可愛くないってよ」

 「………貴様、あの場にいたのか」

 「おうよ。ちょいと隠れて様子を見てた」

 「…………」

 

 自分にも、白野にも、メルトリリスにも、試験官のコテツにさえも悟られずに一部始終視られていた。聞かれていた。本当に油断も隙も無い男だとシロウは心の底からそう思う。

 

 「さて……そんじゃご希望通り、さっさと本題に入るとするかね

  ―――手前、第三の試験の前に予選ってやつがあるのを知ってるか?」

 

 セタンタの問いにシロウは首を軽く横に振った。

 なら説明してやるとばかりに彼は喋り始めた。

 

 「予選つっても毎年それがあるってわけじゃねぇ。第二の試験を通過した班が想定数を超えた時だけ行われる、言わば差っ引きだ。試験官曰く、この予選が行われるのは五年ぶりなんだとよ」

 

 中忍試験が順調に進んでいれば行われない処置。それが第三の試験前に行われる予選というもの。あまりにも第一、第二の試験合格者が多く、第三試験で不都合があるために用意された篩い。これにより試練から生き残った猛者の中からより強者を選定されることになる。

 

 「流石にその予選の内容までは聞けなかったが、恐らく合格者の半数近くを削られると見て間違いねぇだろうな。第三の試験はよほど人数を減らさなければならない理由があるようだ」

 「………何故そんなことを俺に教える」

 「白々しいな。俺がなんでこのことをお前に教えたのか。俺がお前に何が言いたいのか。察しの良い岸波シロウならもうとっくに分かっているだろう?」

 

 苦笑しながらシロウの瞳を覗き込むように見るセタンタ。その紅い瞳に岸波シロウは自分の心の中を読まれたような錯覚を覚えた。

 

 「くれぐれも、俺と決着をつけるその時まで(ふる)いには落とされるな……か?」

 

 溜息を吐きながらシロウはそう答えた。それに彼はただただ満足気に頷く。

 

 「せっかく目をかけてやった奴がよりにもよって第三試験の前の予選如きで落ちられては興醒めだからな。こうして釘を刺しにきたってわけだ」

 「ただそれを伝える為だけに呼んだのか。律儀なことだ」

 「俺はこの中忍試験を心行くまで楽しみたいんでね」

 「………戦闘狂の考えることは理解できん」

 

 付き合ってられないと言ってシロウはセタンタに背を向け、己の控え室に戻るために歩き始めた。しかしあのシロウが敵を目の前にして背後を見せる辺り、ちゃっかり彼もセタンタという男を信用していた。

 

 「―――ふむ」

 

 そしてシロウは何かを思いついたのか、ふと帰路の足を止めて後ろを振り返る。

 

 「理由はどうであれ、予選についての情報を提供してくれたことには感謝する。万が一 貴様がその篩いに落とされた時は、慰めの言葉を一つくらいは送ってやろう」

 

 憎たらしい皮肉の効いた台詞にセタンタは「やはりお前のその捻くれた性格だけは好きになれん」と呆れながらも笑い、伝えたいことを伝え、聞くべきことを聞いた彼はその場から消え失せた。そして彼が去るのを見届けたシロウは何度目か分からない溜息を吐く。

 

 「………この先に何が待ち受けていようとも、俺は最後まで勝ち残る為に最善を尽くす。貴様に釘を刺されるまでもない」

 

 シロウは誰もいなくなった廊下で、好敵手に憂慮されたことに対して心外だと小さく呟き、白野達が待つ控え室へ悠々と戻るのであった。




・まさか、Grand Orderでスカサハ師匠のお姿がこうも早く目にすることができようとは……ありがたやぁ、ありがたやぁ
 まぁ未だにあのランサーがスカサハだと確定したわけではありませんが、ゲイボルクらしき紅い槍に全身タイツを見る限りほぼ確実とみて間違いない! というかこれで違ってたら涙で湖ができますね

・取り敢えず一刻も早くランサーの正体を確かめるためにもGrand Orderをプレイしたいです……(切実)

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