岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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・半年以上停滞してすまない……本当にすまない


第17話 『第三試験予選:Ⅱ』

 使い古された木ノ葉の競技会場で、魅惑の黒子を持つ美丈夫は獣の如き咆哮を轟かせる。

 四肢に力を。心に潤いを。繰り出されるは二槍から織り成す刺突の嵐。

 一突き一突きに殺意を込め、致命傷足らしめる威力を引き出す。

 岩石だろうと、鋼鉄だろうと悉く貫いてみせるだろう。

 ――――だが、眼前の男、セタンタに焦燥の色はない。

 むしろ余裕が滲み出ている。歓喜していると言ってもいい獰猛な面構えだ。

 彼は焔を先端に灯した異形の杖をまるで槍のように操り、ディルムッドの猛攻をあしらっていく。まるで舞踊。されど中身は熟練された戦場の舞。

 槍術において、ディルムッドは確かに天才だ。努力も人一倍重ねてきた。

 しかしセタンタは常にディルムッドの先にいる。己が一歩前進するごとに、彼は三歩も四歩も前を征く。

 その底知れなさに、セタンタの才能に、彼の鍛錬に、ディルムッドは憧れた。

 セタンタを追い抜く。超えてゆく。

 それは心の底から渇望していたことだ。彼と出会った時から胸に抱いていた思いだ。

 そして今、こうして本気で、譲れない勝利を賭けて挑めている。

 模擬戦などでも、演習などでもない、本番だ。この瞬間、この戦いはなんと甘味なことだろう。

 

 「そぅらッ!」

 「ッ!」

 

 セタンタは剣戟を交わしている合間に、なんと足で地面にルーンを刻んでいた。

 地面に描かれたルーンにセタンタは思いっきり踏みつける。

 するとその地面に描かれたルーンの術式から大量の炎が溢れ出したではないか。

 術者には害はなく、敵対する者のみを焼き払う特殊な炎だ。

 これにはディルムッドは後退するしかなかった。無論、その行動を読めないほどセタンタは甘くない。

 

 「退いたな? ルーンを多用する今の俺(・・・・)から、距離を取るということは―――」

 

 彼は杖をコンクリートでできた会場の床に突き刺し、両手を用いて目にも止まらぬ速さでルーン術式を組み上げていく。

 

 「こういうことだ」

 

 術式が終えた。

 その瞬間、セタンタの背後の空間に巨大な亀裂が入り、何かがその中で蠢いているのが分かる。

 観客席にいるセタンタの師、スカサハは「阿呆が。こんな狭い場所で、そんなものを出す奴があるか」とぼやいて頭を押さえているのが見える。

 対してディルムッドはなんだ、この術はと警戒心を上昇させる。今までこのようなルーン、見せてもらったことがない。

 

 「我が術は炎の檻、茨の如き緑の巨人」

 

 空気が揺らぐ。

 ディルムッドはあまりの威圧感に身震いが―――否、武者震いが体を震えさせる。

 

 「因果応報、人事の厄を清める社」

 

 手加減無し。

 ああ、これが、これこそが、己が求めていた死合である。

 今のセタンタは、ディルムッドを殺す気できている。

 

 「倒壊するは木々の巨人!善悪問わず土に還りなァッ!!」

 

 裂けた空間から巨大な右腕が現れ、なんの躊躇いもなくディルムット目掛けて拳を放った。

 なんという圧倒的質量。なんという迫力。なんという驚異!!

 巨人と言うに相応しい剛腕は、ただひたすらディルムッドを歓喜させた。

 

 「ハハッ、ハハハハハ!!流石はセタンタ殿だ!!常識外にも程がある!!!」

 

 知らなかった。知らなかった。知らなかった。

 こんな大規模な術を、いったいいつの間に習得していたというのだ。

 まさか、隠してたのか?それともつい最近会得した?

 なんにしても、驚嘆せずにはいられない。笑わずにはいられない。

 これが今己が超えようとしている男だ。なんという高見だ。

 この胸の高まりよう、もはや押さえつけることはできない。押さえつけていいものではない。

 際限なく溢れるこの至福の高揚感を、力に変えずしてなんとする。

 

 「ふっ―――ッ」

 

 チャクラを下半身に集中。そして、爆発的に開放。迫ってくる剛腕を神がかったタイミングで回避する。

 そしてディルムッドを捕らえきれなかった巨人の拳は背後の壁を盛大に破壊し、粉塵を撒き散らして停止した。

 威力は確かに脅威だが、スピードはさして速くない。これなら幾らでも回避できる。

 何より、この場所では木々の巨人の本領は発揮されないだろう。完全体を見せるには場所が悪すぎる。

 

 「そりゃ避けられるだろうな……ま、それも分かりきっていたことだ」

 

 セタンタもバカではない。この場所でこんな術は有効的ではないのはわかっている。

 ならどうして出したのか。

 そんなもの、決まっている。次の仕掛けの前座の為に呼び出したのだ。

 

 「今回呼び出した木々の巨人の右腕は特別でな。こういう使い方もできる」

 

 活動を停止したと思われた巨人の手は瞬く間に弾け飛び、代わりとばかりに無数の人形が生成された。サイズとしては、成人男性と同じくらいだろうか。数は30程度。それなりの量だ。

 

 「可愛いもんだろ。木々の巨人ならぬ、木々の小人ってところだ」

 「………セタンタ殿。まさか、この人並みの人形群で俺をどうにかするおつもりで?」

 「はっはっは。たまにはこういう小賢しいこともしても悪かないだろう?

  だが気をつけろよディルムッド。そいつらは、砂分身よりちょいとばかし性能がいいぞ」

 「―――――ッ!!」

 

 その瞬間、木々の小人達が一切の乱れもなく同時に飛びかかってきた。

 

 

 ◆

 

 

 あいつら本気で殺り合ってるじゃん………

 目の前で繰り広げられる激闘にカンクロウは呆れ顔を隠し切れないでいた。

 セタンタも、ディルムッドも、自分達と同じ極秘任務を受けてこの里にきた。無論、中忍試験など二の次三の次でしかない。

 できるだけ多くの砂隠れの忍が最終試験まで残り、我愛羅の補佐、暴走の抑制を務める。

 特にセタンタはあの暴走状態の我愛羅をどうにかできる数少ない人材。

 ならば同班同士が止むおえず戦闘を強要された場合、ディルムッドが棄権してセタンタを次のステージに送り込むのが定石というものだ。

 ここまで生き残った下忍は言うまでもなく難敵だ。故に持っている忍術、体術などはできるかぎり披露するべきではない。次の戦いまでに対策を打たれるということなど出来るだけ避けるべきこと。

 それは彼らとて重々承知していることだろうに。

 なのにこの殺気、惜しむことなく術を次々と披露していく姿勢。どれを取っても任務よりも戦闘欲を優先しているのは明らか。これだからあの班は戦闘民族の集まりだなどと言われるのだ。

 

 「………里の存亡が関わってるってのに、こんな時でも昂ぶりを抑えられないのかねぇ」

 

 呆れてものも言えない。理解しがたい勇猛さだ。

 あの二人は忍というより戦士に近い。英雄の器でもあるのだろうが、この任務では不安な要素になり得る。

 

 「どうするカンクロウ。このままでは、そのうちセタンタが本気を出しかねんぞ」

 

 テマリも分かっている。あのセタンタがこの任務において我愛羅の次に重要な要であると。

 

 「どうしようもないじゃん。今の俺達が出張ることなんてできやしねぇし、止めることもできねぇ」

 

 試験は始まってしまっている。今更棄権を促したところで意味はない。むしろ怪しまれる愚行に過ぎない。手が出せないのだ、どうしても。

 

 「手の内を晒すなんて控えてほしかったが……こうなっちまったもんは仕方ない。さっさと決着をつけてもらうことを祈るしかないじゃん」

 「あー、もう!なんであいつらはああも血の気が多いんだ!!」

 「今更じゃんよ………お」

 

 カンクロウが目を離しているうちにディルムッドが小人の一体に力強く壁に叩きつけられた。

 轟音が鳴り響くほどの衝撃だ。壁にもめり込んでいる。あれは相当キツイ一撃だろう。

 本来なら、あの一撃でたいていの人間は参るものだ。背中をやられては如何に屈強な戦士と言えども立ち上がるのは困難。

 

 「………まぁ、大丈夫だろうなぁ」

 

 もっとも、ディルムッドは普通ではない。

 卓越したチャクラコントロールを駆使して背中にチャクラの膜を集中されていた。

 あれならば、完全とは言わずともそれなりの防御力を発揮するだろう。

 

 「相変わらず芸が細かいじゃん」

 

 器用で実戦的なチャクラの使い方だ。

 考え、想像し、訓練で行えたとしても、実戦であれほど苦も無くやってのけるのだからディルムッドも下忍の領域ではない。

 

 「木々の小人ってふざけた人形の戦闘力が高いな。俺の傀儡ほどじゃあないがね」

 「変なところで意地を張るな。正当な評価としては、どんな感じなんだ」

 「まぁ……砂分身より高度な実体分身だ。個々の力こそ、砂分身を凌駕しているがたかがしれている。だが、それを補って余りある連携の数々……ありゃ厄介じゃん。傀儡以上にな」

 

 動きに乱れがない。陣形に歪みもない。更に木々の人形ゆえに呼吸の有無も存在しない。

 疲れがないのなら延々と動き続けられる。その術者のチャクラが尽きるまで。

 そしてセタンタは下忍のなかでも上位クラスのチャクラ貯蔵量を有する。少なくとも、この一戦でチャクラの底が尽きることはないだろう。

 

 「ディルムッドが小人の相手をしている間、セタンタは自由に動けるじゃん。ということは、ある程度時間がかかる強力な術も用意できるってことだ……ここからは一方的な戦いになるかもな」

 

 ディルムッドの二槍は確かに強力な魔具だ。

 一度穿てば長期間傷が残り続ける黄槍。チャクラの鎧を貫通する赤槍。

 どちらも白兵戦特化。防御をすり抜け、致命傷を与える恐るべき獲物。

 更にその厄介な武器を操るのはディルムッド・オディナ。

 砂隠れの下忍のなかでも間違いなく猛者と言える忍。まともに戦えば無事では済まない

 しかし今回ばかりは相手が悪すぎる。というか相性が悪い。

 ディルムッドは今も多勢に無勢な物量で攻め立てられる。おまけに距離を取ったセタンタは次々と強力な火炎忍術を放ち追い打ちを仕掛けている。

 カンクロウの予想通り、一方的な戦いになってきた。まるでディルムッドが攻勢に転じることができず、攻撃を浴びるばかりだ。

 かろうじて致命傷を避けているが、いったいいつまで持つか分からない。

 

 「状況は絶望的だ。勝ち目なんてありゃしない。なのに、どうして、あの男(ディルムッド)は―――」

 

 あんな満面の笑みで戦い続けているんだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 木々の小人が休む間もなく襲い掛かる。

 一撃一撃がハンマーで殴られたかのような威力を持ち、その俊敏性も極めて高い。

 我が赤槍で穿っても、機能が停止することなく動き続ける。これはもはや呪いの域。恐らく燃やしたところで止まりはしないだろう。

 ―――そういえば、聞いたことがある。

 かつて木ノ葉を創立させた初代火影は木遁という秘術を扱い、忍の神として崇められた。

 その忍の神は、遥か昔に風隠れの里と和平を結んだ。その同盟の証として、幾つもの貴重な忍具を豪快に献上したという。

 初代火影の持つ忍具というだけあって殆どが強力無比な代物。こんなものを躊躇いもなく譲渡する器の広さに大名達は呆れながらも感服したと言い伝えられている。

 その忍具は代々続く砂隠れの一族に渡った。しかし強力すぎる故に扱いきれる者はおらず、封印され、実際に戦場で活躍することはなかったと。

 木々の巨人。木々の小人。

 もはや初代火影の木遁忍術であることは決定的に明らかだ。

 恐らく赤枝の一族にも初代火影の忍具が手渡されていたのだろう。そしてその一体があの木々の巨人。今まで扱いきれるものが存在せず、埃を被っていた魔具を、あの男が呼び覚ましたのか。

 

 「なんにせよ―――!」

 

 この崖っぷちの高揚感を前にしたら、木々の巨人、小人がなんであろうが些事である。

 仮にアレが初代火影、忍びの神が創造した忍具だとしたらどうだというのだ。

 

 「より一層、越え甲斐が増した!!!」

 

 既に己の肉体は火傷に切り傷で血塗れている。上空からは今もルーンによって生み出された焔の塊が落ちてくる。火の塊が雨の如く振り続けるとは悪い冗談だ。

 セタンタの狙いは分かっている。

 このまま試合会場を焔で満たし、体力と逃げ場を徐々に殺していくという算段だ。時間を掛ければ掛けるほどディルムッドの敗北がより明確なものとなる。

 もはや予断は許されない。退路がないのなら突き進むまでのこと。この過酷な状況に、笑え、笑え―――笑って挑め!!

 

 「一気に駆け上がらせてもらう!」

 

 赤の長槍を眼前に迫る木々の小人に全力で突き刺し、引き抜かず、そのまま懐から取り出したワイヤーで括り付け、身動きを封じる。

 黄の短槍も同じような工程を踏み、何体かの人形を封殺する。

 多少敵の数を減らしたといえば減らしたが、これでディルムッドの持つ獲物は無くなった。まったくの無手だ。

 まだ木々の小人とセタンタが残っている状況でこの選択は自殺行為。

 だが、決してヤケを起こしたわけではない。

 二つの槍を惜しみもなく手放したのは、新たな武器をこの手で掴む為。断じて自殺行為なのではない。ヤケを起こしたわけでもないのだ。

 

 「ここからは、いつものディルムッドではないことを約束しますよ。セタンタ殿」

 

 巻物を取り出し、現界させるは紅き剣に黄きとした剣。

 セタンタ相手に対人の武器では勝機無し。故に解こう。我が真の奥の手を。

 二振りの剣の名は大いなる激情(モラルタ)小なる激情(ベカルタ)

 二槍を操る者から、二刀の剣を操る者に。

 対人を相手取る型から、大衆を相手取る型に。

 もはや数では押されない。今から最短距離でセタンタの元に辿り着く。

 

 「ハッ、ディルめ。いつの間に双剣使いなんぞになりやがった」

 

 最高の剣を手にしたディルムッドは次々と木々の小人を斬り倒していく。

 幾ら借り物とはいえ、あの初代火影柱間がかつて使役した忍術にここまで食い下がるか。

 それにディルムッドが剣を使う姿は初めて見る。あれがアイツの奥の手。班員にすら黙っていた切り札とみていいだろう。

 獲物もただの剣ではなさそうだ。一撃でも食らえば何が起こるか分からん。ここは慎重に……知的に対処する。

 

 「ansuz(アンサズ)

 

 焔のルーン、全種解放。

 今持つ最大の焔。最高の火力。対人には過ぎた秘術の一つ。

 無論、発動するには時間が掛かるが、その為の足止め(木々の小人)だ。

 本来このような大技を用いた際に起きる大きな隙をカバーする為だけにアレを持ちだしてきたのだから。

 

 「灰は灰に、塵は塵に、土は土に」

 

 膨れ上がるは火の魂。

 チャクラを注ぎ込めば注ぎ込むだけルーンは応えてくれる。

 膨張する火の玉を制御し、更に肥大化、更に膨大に。

 試験官のハヤテはこの異常な術に急いで観客を護る為結界を張った。

 そう、この技は少しばかり派手すぎる。周りに気遣いができるほど細かな調整ができない。

 というか周りの被害を考えずに威力だけを求めたのが、コレなわけだが。

 

 「ディル。この場で死にたくなければ超えていけ………!!」

 

 育ち切ったチャクラの焔をセタンタは何の躊躇いもなくディルムッドに放った。

 まともに喰らえば間違いなく死ぬ。焼死体どころか消し炭になるだろう。

 ―――生きたければ対処する他に道はない。

 対するディルムッドはその火の玉に臆することなく見据えてきた。

 

 「大いなる激情は更なる躍進を」

 

 紅き剣はディルムッドの血を吸い脈動する。

 

 「我が微々たる個に過ぎた力をッ」

 

 激情が入り混じった血を捧げることによりこの剣は真価を発揮する。

 ディルムッドの肉体が歪な音を立てているのは、血の対価を承認した大いなる激情が力を与えている証明。例えるならドーピングにも似た効果が所有者に齎される。

 

 「行くぞ―――大いなる激情(モラルタ)

 

 契約が成立した。

 今この場において、意図的にディルムッドは自身の限界を凌駕する―――!

 

 なんの躊躇いもなく火の大玉に向かって跳躍したディルムッド。

 その勢いたるや弾丸の如く。空中で曲がることも減速することもなく、ただまっすぐに直進する。

 観客席にいる忍達はどよめき出す。

 当然だ。あれだけの大火力を持つ火炎忍術に対して特攻するなど無謀もいいとこ。あらゆる防御手段を用いて守りに徹した方がまだ生存率は上がるだろうに。

 あれでは自ら死地に赴く蛮行だ。

 しかし―――類いまれない力を持つ者は、蛮行を貫いた末に、活路を見出す。

 

 「ぬゥオオォォォォォオオオオオオオオァアアッッ!!!」

 

 気合いの入った雄叫びの元、ディルムッドは紅き剣を全身全霊で振るう。

 まだ少年とは思えぬほどの筋肉が唸りを上げ、繰り出されるは過去最高の一太刀。

 太陽に勝るとも劣らない光と熱を発する焔の大玉を切り伏せるには十分だった。

 真っ二つに割られたセタンタの火遁はそのまま失墜するが、ディルムッドの勢いは止まらない。むしろ加速してそのままセタンタの元まで突き進む。

 狙うべきはセタンタのみ。端から術を切り伏せるだけで終わろうなどとは思わない。

 何よりこの双剣は槍と比べて燃費が悪い。今こうして持っているだけでもチャクラを吸われ続けている。チャクラも比較的多くないディルムッドにとっては、まさに奥の手。短期決戦専用の魔具。ちんたらしている時間はない。

 しかし彼の元へと行かせまいと残っていた木々の小人が彼の前に立ち塞がる。

 

 「邪魔だ、木人形」

 

 勢いを殺すことなく、通り抜けざまに粉微塵に斬って捨てた。

 流石にあそこまで損壊率が高ければ簡単には再起はできまい。

 もはやセタンタを護る障害は存在しないだろう。

 で、あれば―――

 

 「御覚悟を!」

 

 ディルムッドは王手をかけるが如く、その大いなる激情(モラルタ)を尊敬する男に向かって縦一文字に振り下ろした。

 しかしセタンタとてこのまま勢いに乗ったディルムッドに一太刀浴びせられるわけにはいかない。

 木人形に頼らずとも、この身には原初のルーンが備わっている。

 モラルタの一撃はルーンによって強化された杖によって防ぎ、致命傷を回避した――かに思えた。

 

 ディルムッドにとってモラルタを防がれるのは想定済みだったようだ。

 彼はモラルタが防がれたと見るや否や、左手で握られていた小なる激情(ベカルタ)の柄部分をセタンタの胸に添えるように静かに当てた。

 ディルムッドが小なる激情(ベカルタ)の刃でセタンタを斬り伏せなかったのは、決して情けをかけたわけではない。そもそもそんな余裕、あるはずがない。

 ならば理由は単純明快。小なる激情(ベカルタ)は……刀身ではなく柄にこそ真価が発揮される魔具であるが故に。

 

 「俺のチャクラ量はそんなに多くない。だから貯めていたのです。この柄に」

 

 物心がついた時から暇があればずっと貯めていたチャクラ。どんなにチャクラ量が少なくとも、日々貯蓄していけば山となる。

 そしてその貯めに貯めたチャクラを、一瞬で、最大出力で放出する。

 ただのチャクラ放出は質量の暴力によってあらゆるものを粉砕する凶器へと昇華される。

 この間合い、このタイミング、もはやセタンタは逃げられまい。今こそ彼から勝利を捥ぎ取る時だ

 

 「文字通り、俺の、全てを、ぶつけます」

 

 憧れた仲間に送る、これがディルムッドの全力全開。

 

 「――――小なる激情(ベカルタ)――――」

 

 ディルムッドが魔具を開放した瞬間、試験会場内は―――爆音に包まれた。

 

 




・五章でチラっと出演したセイバーディルムッド。色々夢が膨らみます
 そしてスカサハ、オルタニキピックアップで盛大に爆死し続けた我、ケルト英雄に嫌われてるのかもしれない……

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