岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第18話 『第三試験予選:Ⅲ』

 ディルムッドが放ったソレは、この数年間貯め続けたチャクラを凝縮し、開放する奥の手。

 個人が持てるチャクラ量などたかが知れている。それこそ特殊な人間でない限り、皆常識の範囲内のチャクラしか持つことはできない。

 なれば、その限られたチャクラを日々貯蓄し、高めていけばいいだけのことだとディルムッドは考えた。全ては確実なる一撃の為に、格上に打ち勝つ為にと。

 まさに格上殺し(ジャイアント キリング)。その人間の拳よりも小さき剣の柄に長年溜め込まれたチャクラは、ただただ歓喜を得たかのように外へと飛び出し、巨大な爆発を生み出した。

 如何にセタンタと言えど、これほどのチャクラの暴発を受けて耐えられるはずはない。なにせ口寄せの上位魔獣をも確実に殺せる一撃だ。仮にチャクラで体を鎧のように覆ったとしても、その護りごと打ち砕くには十分すぎる……はずだった。

 

 「……ディル。これは、俺か我愛羅でもなかったから死んでたぞ」

 

 健在だ。あの爆発をその身に受けてなお、セタンタという人間はディルムッドの前に立っていた。爆発で出来た巨大なクレーターの中心に、立ち続けていた。

 

 「セタンタ殿……その姿、その力は……いったい」

 「ん? ああ、コレか。そうか……お前に見せるのは、初めてだったな、この姿は」

 

 今ディルムッドの眼前にいるセタンタは、これまで見たことのない異形の姿になっていた。

 肉体の節々に紅き文様が浮き出て、膝からは強靭な牙が生えている。何より尻尾には異形なりし尻尾が露わとなっていた。ディルムッドの知らない、未知なる力を、今セタンタは発露しているのだと理解できた。

 

 「一騎打ちの場でアイツの力は借りたくなかったが、なるほど。これは無意識に頼らざるを得ないほど、追い詰められたってことか……成長したな。ディルムッド」

 「それが、貴方の本来の姿ですか」

 「いや、違う。むしろ一番遠い姿と言えるだろうが、まぁ、あれだ。奥の手の一つとでも言っておこうか」

 「………奥の手の、一つ」

 「どうする。まだ、続けるか?」

 

 今の異形たる姿は奥の手の一つ。それはつまり、まだ別種の力を隠していることに他ならない。

 対してディルムッドは満身創痍だ。長年溜め込んできたチャクラを出し切り、奥の手も全て晒した。自身の肉体のうちにあるチャクラ量もあと僅かと言ってもいい。

 それに比べてセタンタは今も余力を残している。奥の手も全て晒していない。なにより今相対しているセタンタの圧力、チャクラはこれまでの比ではないと理解できる。勝ち目など、あるはずがないと本能が警告をしている。

 だが、それでも……手足は、まだ動く。まだ、戦える。最後まで惨めでも足掻いて、セタンタの力を少しでもこの目に焼き付けたい。まだ負けるなんてことも、決まったわけでもない。動ける限り、意識がある限り食らいつけと己の心の奥底から叫んでいる。

 

 「これ如何なる時も勝利に、結果に、貪欲であれ……砂隠れの忍であるのなら!!」

 

 なけなしのチャクラを全て肉体強化に費やし、ディルムッドは二振りの剣をセタンタに振りかざす。

 

 「よく言った。で、あれば―――」

 

 異形なりし尻尾が(しな)る。その動きは鞭に似ていた。

 鞭の先端は空気の壁を打ち破る音を発し、音速に到達するという。

 セタンタの尻尾もまた、その鞭のように尻尾の先端が音速を突破。今のディルムッドに避けられるわけもなく、脇腹を捉えられ、ガードをすることもできずに直撃した。

 壁にまで吹き飛ばされ、めり込むディルムッド。もはや意識を保ててはいまい。

 

 「容赦なく、心置きなく、叩き潰せる。再戦を心待ちにしているぞ、ディル」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 怪物だ。アレこそが、我愛羅に匹敵する怪物であるとカンクロウは確信した。

 セタンタ……後に、クーフーリン(光の御子)と名を改めるであろう男の肉体の内には、魔蟲と魔獣を飼っている。どちらも尾獣と謳われた伝説の怪物に劣るものの、一つだけかの尾獣に勝っているものがある。

 それは、成長を続けるというものだ。セタンタの中にいるあの二体は、無限に成長し続ける。チャクラを喰い続ける。肥大化が止まらない。

 最初は野生の獣と同じくらいの力しかなかったアレらは、長い年月を掛けて少しずつその存在を昇華してきた。尾獣に届くのも、そう時間は掛からないだろう。

 それを二体、セタンタは腹の中に飼っている。飼い慣らしている。

 本来なら一体だけでも制御は困難だろう代物を、セタンタは二つも受け止めているという事実。その精神力たるや、言葉にすることも躊躇われるものだ。

 

 「アイツ……晒しちまったじゃんよ、奥の手の一つを」

 

 しかし、ソレもこの場で多くの忍に見せてしまった。その力の一端を他里に見せてしまったのだ。できるだけ手の内は隠し通しておくものであろうになんということだ。

 セタンタの中に住む魔は風影や重役、そしてカンクロウを含む風影の子供にしか知り得ない機密だったというのに。チームであろう同班の人間、ディルムッドとバゼットすらも知り得ていない力だろうに。

 

 「秘中の秘をこうも簡単に……あの戦バカッ!」

 

 眉間に皺を寄せて本気で憤るテマリ。

 いや、こればかりは憤って当然だ。その肩に乗せられた重みを知るのであれば。

 一人の身勝手な行いは任務に支障をきたす。その愚行を行った者が重要な役割を担うのであればなお深く、大きくなるものだ。

 セタンタは、暴走した我愛羅を止める能力を持っているのなら。

 

 「………ふん、下らん。奴は僅かな力の発露を魅せただけだ。この程度、任務に影響を与えるほどのものではない」

 

 我愛羅は知っている。今この場であの力を見せたところで、対策を練られたところで、セタンタは真っ向から捩じ伏せる男であることを。

 それにあのディルムッドの一撃。アレは流石に、力を隠したまま受けきれる代物ではなかった。力をセーブしたが為に、大きな負傷を追えば本末転倒。

 

 「奴の判断に誤りはない……誤りはないが、あの姿を見せられたら流石に腹が疼くな(・・・・)

 

 今はまだ尾獣以下とはいえ、セタンタは仮にも怪物を飼う人間。似た境遇を持つ我愛羅としても、その禍々しい力を見れば多少なりとも感じ入るものがある。

 尤も、セタンタの持つ魔獣、魔蟲とでは、里中に恐れられた禁忌の化け狸と比べられぬ。業の深さも、人々が向ける恐れも、血塗られた歴史も。

 肉体の所有権を奪うか奪われるか。我愛羅がこの人生において、化け狸と常に肉体の所有権争いを続けてきた。眠れば体を乗っ取られ、暴走し、なれば一睡の猶予も許されない。

 対するセタンタは呑気にその飼っている怪物と和解を成し遂げた。それがどれだけ、どれだけ憎たらしいと思ったことか。安易に御せる程度の怪物なれば、何の苦労もあるまいに。

 

 「我愛羅!」

 「分かっている。俺は、至って冷静だ」

 

 カンクロウはそう言い放つ我愛羅に、正直言って安心できなかった。

 今、我愛羅は酷く残酷な笑みを浮かべている。どう見てもセタンタの魔に当てられている。一尾の本能が、あの魔蟲を喰いたがっているのだ。

 

 ”こんな状態の我愛羅と戦えば……相手に、未来はないじゃん”

 

 無意識にカンクロウは我愛羅の対戦相手を心配する。いや、憐れむと言った方が正しいか。

 敵に情けをかけるなど忍にあるまじき行い。だが、これまで我愛羅に歯向かってきた人間の末路を見続けてきた実兄だからこそ、そんな思いも芽生えてくる。それほど無残な死を迎えるのだ、我愛羅の前に立ち塞がる者は。

 

 「………ふ。この世の中は、全く慈悲と言うものがないな」

 

 兄の心情を汲み取ってか、我愛羅は更に笑みを濃くした。

 

 「次は、どうやら俺の番らしい」

 「………!!」

 

 大きくモニターに映し出された『ガアラVSロック・リー』の文字。

 これは一種の死刑宣告と言える。ロック・リーという男に対しての。

 

 「待て、我愛羅。これは模擬戦じゃん。各里の上忍も見ている」

 「だからなんだ。魅せつければいい。砂隠れの力を。俺の力を」

 「まだその時じゃねーだろ! 程々にしておけって言ってんだ俺は!」

 「知らん。それともカンクロウ……お前がロック・リーとやらの男の代わりに俺の前に立つか?」

 「ッテメェ……!」

 「ちょっとそこまでにしなよ、カンクロウも我愛羅も!」

 

 テマリが我愛羅の胸倉をつかもうとするカンクロウを諫め、その間、我愛羅は我関せずと言った顔で試験会場へと向かった。これ以上の会話は時間の無駄であると言う風に。

 

 「カンクロウ。お前は少し熱くなりすぎだ。我愛羅に歯向かえば、兄弟だろうと殺されるよ。その気になれば、虫のようにね」

 

 敵も味方も、そこらの虫も等しく同価値。それが我愛羅の価値観だ。それが、砂隠れの里で、人柱力に選ばれてしまった弟の歪みの在り方だ。

 長い年月を掛けて形成されたあの殻は、非力な自分達では崩すことはできない。その無力さを、誰よりも理解しているのは長女のテマリである。

 

 「今は、あの子の好きなようにさせるしかない」

 「………クソッタレが」

 

 我愛羅が悪いわけではない。全ては我愛羅をあのように育ててしまった、砂隠れの責任だ。我愛羅とは、人柱力とは、風隠れの里の業と言えるのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「………ッぐぅ……痛」

 

 意識を取り戻したディルムッドを最初に出迎えていたのは、全身をくまなく覆う痛みだった。

 その激痛で、先ほどまで意識を失っていたが故の微睡が一瞬で覚醒した。これは目覚めざるを得ない、そんな痛みだ。

 

 「ここは……控え室?」

 

 どうやら自分はあの戦いの後に、すぐさま控え室に運び込まれたようだ。体の節々には大量の医薬品が沁み込まれたシップなどが大量に貼られている。

 血肉を熱く燃やし、激闘を繰り広げた戦場は過ぎ去った。まるで夢のような時間を体験することができたと、ディルムッドは負けたながらに満足した笑みを浮かべる。

 

 「おう、おはようさん」

 「セタンタ殿……」

 

 気を失っていたディルムッドの傍にいたのは、先ほどまでに試合を興じていたセタンタだった。

 彼は控え室に設置された試験会場モニターを食い入るように見ていた。

 ディルムッドは体を起こし、ふらふらとした足取りながらも、セタンタの横に立った。今セタンタが見ている試合が如何様なものなのか、痛みよりも好奇心の方が勝っているのだ。

 

 「もう立てれるほどに回復したか。タフだな、お前は」

 「セタンタ殿ほどではありませんよ……ところで、この試合は」

 

 ディルムッドは自らの敗北を引きずらず、自然と立ち直っていた。

 あれほどの力の差を見せつけられて尚、ディルムッドは折れていなかった。

 その事実にセタンタは嬉しく思う。

 

 「ああ。我愛羅と木ノ葉の忍との試合だ」

 

 砂隠れの奥の手。この木ノ葉隠れに対する切り札。現風影の息子にして人ならざる超常の力を持つ、砂の我愛羅。その脅威は里の誰もが知る者。

 彼と戦闘になれば、まず無事では済まない。これまで我愛羅との闘いを経て生き残った者は数少なく、多くは惨死の道を逝く。

 

 「そんな、馬鹿な」

 

 だからこそ、ディルムッドは目を見開いたのだ。今、あの我愛羅が追い込まれている、この驚愕無比な映像を見たが故に。

 

 「こいつァとんだダークホースだ。本当に下忍か、アレは?」

 

 セタンタも苦笑いをして我愛羅の対戦相手たるロック・リーを評価する。

 ロック・リーは忍術を一つも使わず、超人的な身体能力のみで我愛羅を圧倒していたのだ。視認など許さぬと言わんばかりの高速移動からの、音速を超えた連撃の数々。

 

 「なんという高速体術。砂の完全防御が追い付いていない……あらゆる攻撃を遮断する、砂の壁が、ロック・リーの動きに反応できていない……!」

 「信じられるか? 奴は己が力のみであの我愛羅を翻弄している。人柱力に対して、体術一筋であそこまで出来る人間がいようなんてな。いやはや、忍の世界ってのは広い」

 

 努力も極めればあれほどの力を身につけることができるのか。一体彼はどれだけの鍛錬をその身に課してきたというのか。もはや狂人の域だ。下忍の域を極限まで極めていると言っても過言ではない。

 

 「なんという……素晴らしい忍だ、彼は!!」

 「感動するのは分かるが、お前はどっちの味方だどっちの」

 「ッ! す、すみません。つい、興奮して……」

 「興奮しすぎて傷を開かんようにな。それよりも、そろそろ決着がつくぞ」

 

 ロック・リーの動きは人の動きに非ず。その脚力も人間の限界を超えている。

 なれば、当然それらの動きを長時間持続できるはずもなし。今の彼は肉体に多大な負荷が掛かっているのは明白だ。

 体力が尽きれば我愛羅に嬲り殺しにされるまで。命運を決めるのは早期決着であるか否か。ロック・リーが尽きる前に、我愛羅を下すほかに道はない。

 ロック・リーは最後の力を振り絞り、我愛羅に大技――裏蓮花なる木ノ葉の奥義を使用した。あの莫大な膂力とチャクラからなる連撃からの、拳と蹴りにチャクラを集約された強烈な一撃を見舞ったのだ。

 

 「これは、流石にあの我愛羅であっても……」

 

 砂の完全防御は破られ、まともに叩き込まれた窮極の体術。如何に我愛羅とて、ここまでされては立ち上がることはできないだろう。

 そう、ディルムッドは言うが、セタンタは首を横に振った。

 

 「我愛羅の勝ちだな……倒しきれなかったか」

 

 我愛羅はあの技を受けてなお、意識が残っている。

 地に伏せ、立てないレベルまで追い詰められたものの、意識がある。

 ただそれだけでいいのだ。肉体の損傷が幾らあろうと、チャクラが尽きていなければ、砂を操るだけの意識が残っていれば―――我愛羅は攻撃する術を行使できる。

 全力を出し切り、身動きの取れぬロック・リーにじりじりと這い寄るは砂の魔の手。数々の忍をあの世へと送った死神の馬車。

 アレに捕まれば、どうなるか。それは砂隠れの忍であれば皆が知っている。

 

 「チっ………右手、右足を潰された。もう地力では逃げられん」

 「(むご)い……」

 

 逃げ切ることができずに、ロック・リーの肉体の一部が砂によって握り潰された。あれは間違いなく骨諸共、粉々に砕け散っただろう。

 その痛みたるや、想像を絶するものだ。普通なら気絶してもいい、拷問にも勝る苦痛だろう。

 そしてトドメとばかりにロック・リーに迫る追撃の砂を―――彼の上忍が割って入り、それを阻止した。

 勝負はついていなかったが、これによりルール違反と見なされ、ロック・リーの敗北は決定された。しかし誰があの上忍を責められようか。

 

 「正しい判断だ。あのまま続けていたら、殺されていただろうからな」

 「………俺の立場で、このようなことを口にするのは間違っているのでしょうが……正直に言って、安堵しています。彼があの場で命を落とさなかったことを」

 「ああ。今は、それでいい。敵であれ、あれほどの忍をむざむざ嬲り殺されるのは、面白くもなんともねぇってもんだ」

 

 ロック・リーは敵国ながらも賞賛せざるを得ない男だ。あのような場所で果てる末路は似合わない。

 

 「あの男は最後まで戦った。まさかあの我愛羅をここまで追い詰める忍がいようとは……ディルムッド。この里を落とすのは、想像以上に容易ではないかもしれん」

 「その割には、笑みを零していますが?」

 「ハッ、当然。俄然 落とし甲斐があるってもんだ。まぁあんまりこの任務には気は乗らなかったが、従うしかない身の上であれば、少しでも楽しんだもん勝ちよ」

 「違いない」

 

 この中忍試験を受けてからというもの、木ノ葉の里の高い地力は常に感じさせられる。全面的に練度も高く、優秀な人材揃い。里国一の大国と言わしめるだけのことはある。

 

 「お前の意識も戻った。俺は試験会場に戻る。やはりモニター越しで鑑賞するより、この目で直接見る方が性に合っている」

 「でしたら俺も……!」

 「駄目だ。今は体を休ませとけ。俺の一撃はそう生易しいものではなかったはずだが?」

 「…………はい。了解、しました」

 「分かればよし」

 

 ディルムッドもこの任務において重要な我愛羅のサポーターの一人。負傷を負ったのなら少しでも回復するよう専念して然るべき。

 自身の立場を思い出したディルムッドは、しぶしぶセタンタの言葉に従った。敗者なれば、なおのこと口答えするなどできないのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 既に幾度となく鮮烈な戦いが起こり、舞台となるフィールドは徐々に痛み始めている。

 全て下忍である忍達が遺した爪痕。戦いの痕跡。

 これが選ばれし忍の力なのかと、岸波白野は痛烈に己の未熟さを噛み締める。

 セタンタの未知なる力も、我愛羅の凶悪無比な砂も、ロック・リーの極まった体術も、どれもこれもが各々他人に譲ることのできない唯一無二の武器。

 真似できるものなど何一つもなく、参考になるほど生易しいものでもない。

 

 「これが、中忍試験の中間地点」

 

 戦いに敗れ、敗者となった忍とて全員弱くはなかった。誰も彼もが白野を上回る猛者だった。

 ただどのような強者であろうと、それを超える圧倒的な力の前では捻じ伏せられる。それが現実であり、今自分が挑むべき壁なのだと再認識させられる。

 

 「ふふ、なーに固まってるの白野」

 「メルト……」

 「シャキっとしなさい、貴女らしくない。こんな試練、霧隠れで経験した修羅場と比べればどうってことないじゃない」

 

 メルトリリスは自信が揺らぎ始めている白野を察して、力強く言葉を投げかけてくれた。

 その言霊は、自身の実力を肯定すると同時に、かつての試練を思い出させてくれる頼もしい助言でもあった。

 あの生死の境目に立たされた戦と比べ、何を臆する。何が劣るというのか、と。

 

 「……ありがとう、メルト」

 「そう、その顔よ。貴女は常に堂々とした顔がよく似合う」

 

 白野の目に灯った闘志に満足し、まるで姉のような笑顔を晒すメルトリリス。

 そしてその瞬間、次の対戦相手が決定した。メルトリリスの出番である。

 

 「次は私の出番のようね。相手は……あら」

 

 メルトリリスの対戦相手は、あの死の森で白野と一戦交えたバゼットいうくのいちだった。

 

 「あらら。白野の獲物を横取りする形になっちゃったか。ま、私も再戦を楽しみにしていたディルムッドが敗退しちゃったし、これも運命。仕方ないことね」

 「メルト、彼女は―――」

 

 白野は一度バゼットと戦い、その戦闘スタイルをその目、その身で体験している。

 少しでもその情報を授けようと口を開くが……メルトリリスの細くて白い、綺麗な指を下唇に当てられ、言葉を中断させられた。

 

 「助言は結構よ。私的には無粋ってこと」

 「白野からのせっかくの助言。聞いておけばある程度の対策も取れるだろう。本当に聞かなくていいのか?」

 

 白野が持つ情報の貴重性、重要性を説くシロウにも、メルトリリスは呆れたように首を振った。

 

 「もう、何度も言わせないで。無粋と言ってるでしょ」

 「まったくお前という奴は。こんな時でも戦に愉悦を求めるか」

 「そりゃ求めるわよ。私はね、戦いが好きなの。この身に流れる血が命削り合う相手と交じり合い、溶け合い、熱くなる。そんな一刻が堪らなく好きなのよ」

 「戦闘狂め。ああ、いいだろう、好きに暴れてこい。いつも通りにな」

 「言われずともそのつもりよ。見ていなさい、私の戦闘ってものをその目に刻んであげる」

 

 メルトリリスは絶対の自信を持って荒れたステージに足を踏み入れた。

 忍としてのセンスも高く、あらゆる分野においても秀才と言えるメルトリリスは高飛車だが、その実力は本物だ。

 メルトリリス本人が助力を必要とせず、生粋な実力勝負を所望するならそれに応えた方が彼女の為ではあるのだろう。例えそれが慢心であると言われようとも、傲慢であると思われようとも曲げはしない、彼女の譲れないプライドなのだ。

 

 「待たせたわね」

 

 メルトリリスは先に舞台で待っていたバゼットの正面に立った。

 彼女はディルムッドに勝るとも劣ろない、凛々しい貌つきをした女だ。

 こういった真っ直ぐな瞳を持つ女性は大抵、芯が固い。肉体も、心もだ。

 

 「………話は聞いていました」

 「あら、盗み聞きが得意なのかしら?」

 「忍とは元来そういうものであるはずです」

 

 バゼットはメルトリリスの煽りをばっさりと切り伏せる。

 忍とは諜報のプロでなければならない。

 あらゆる情報を聞き出し、持ち帰り、里の利益とする忍の本懐。

 盗み聞きを得意ちするのは当然のこと。何も恥ずかしがるものではなく、むしろ胸を張って誇れるものである。

 

 「あー、そう言えばそうだったわね」

 「貴方には大層な誇りがあるようですが、それと同時に忍としての自覚がない。まるで自分が崇高な騎士か何かと勘違いされているのでは?」

 「ふふん。だいぶ強く突っかかってくるけど、そこまでカンに触ったのかしら。触ったのよね。でなければそこまでムキにはならないもの」

 「ええ、私は大変貴女が気に食わない。高い実力を持ちながらその傲慢。見ていて好めるような類ではないのは、確かです」

 「なるほど、なるほど。お堅い貴女とではソリが合わないのも道理ね……なら、口で説教するだけじゃなく、その実力で持って分からせてはどう?」

 

 笑顔で問うメルトリリスだが、その額は若干ながら血管が浮き出ている。

 彼女にとって他人からの説教は好ましいものではないのだ。それも初対面にこの言われよう。

 これで黙っていられるほどメルトリリスは大人ではなく、堪え性もない

 

 「無論、そのつもりです。少々……いえ、多く痛い目を見るのは覚悟してください」

 「その大口、敗北させた後が楽しみね。いいわ、貴女自身は気に入らないけど、そのビックマウスな態度を屈服させた時は最高の玩具に変わりそうよ。ああ、ゾクゾクしてきたわ」

 「まるで獲物を舌なめずりする獣。下卑た笑みを隠そうともしない。その性根、我が拳を持って叩き直しましょう………!」

 「やれるものならやってみなさい。逆に貴女の性根は真っ直ぐすぎてつまらない。私が程よく捻じ曲げ、イイ女にしてあげる。ええ、本当に、慈悲深い私に感謝なさい!!」

 

 女と女。

 互いに相手が気に食わない。いけ好かない。

 それらの猛々しい感情が彼女達を高く、高く、天を貫く勢いで闘志を燃焼させていた。

 試合の合図は既に下され、止める者もいない。もはや檻から解き放たれた二匹の獣だ。

 なればただあるのは前進のみ。ただ為すべきは相手の粛正のみ。

 拳と蹴り。相反する女達の想いが籠った重い一撃は、試験会場を大きく響かせた。




・明けましておめでとうございます!
 年明け更新、なんとか間に合った……そして新年早々、女の戦い、始まります

・追記
 今回チラ見せしたクリード・コインヘンはセタンタの飼う魔蟲です
 元ネタ的には海獣ではありますが、オリジナルで蟲に変更
 魔獣の方も来たるべき舞台で出しますので、御容赦ください

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