岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第19話 『第三試験予選:Ⅳ』

 メルトリリスは、幼い頃から卓越した身体能力を有していた。少なくとも、木ノ葉隠れのアカデミーのくノ一達では誰も彼女の疾走には追い付けなかった。目で捉えることさえも至難の業だったほどだ。

 

 そう、だからこそ、ある意味あの頃のメルトリリスは慢心していたのかもしれない。生まれながらの才能を自他ともに認められ、誰からも賞賛を受けていたあの黄金期を。

 

 アカデミー屈指の神童、日向ネジも言っていた。「生まれ持っての才能が全てである」と。

 うちはサスケという少年も、うちは一族という血統が織り成す多才さを魅せつけていた。

 そして自分もその一人であるのだと、強いプライドを持っていた。それが一つのアイデンティティでさえもあった。

 

 

 ―――それを、一人の凡人が打ち壊すまでは―――

 

 

 初めて彼とアカデミーで出会った時、一目で分かった。

 その男は凡人であると。才能がないのだと。

 

 実際、メルトリリスの直感は当たっていた。彼の持つ僅かな才能と言ったら武器を作るだの弓だのと、鍛冶師や狩人のような的外れなもの。忍として重要なチャクラ量はそう多くなく、チャクラコントロールも目に見えて愚鈍極まりなかった。忍術も可もなく不可もなく平均的なもの。全くもって優雅ではない。

 さらに日向ネジと同期だったらしいが、何を思ってか留年する始末。初歩の初歩たるアカデミーで留年を選ぶような醜態には嫌悪感すら覚えた……そのくせ、努力の数だけは一人前だった。

 

 それを惨めだと、悪あがきだとあの頃のメルトリリスは嘲笑していた。

 

 

 彼とはアカデミーの授業で模擬戦をしたことがある。その度に当然の如く打ち負かした。負ける要素など、一つもなかったのだから。

 それでも彼は折れなかった。自分より小さな少女に負けて、留年して、笑われて、馬鹿にされても。それでも彼は平気な顔をしていたのだ。それが一際気に食わなかった。

 

 『貴方、ダメね。憎たらしい程……悔しくはないの!?』

 

 模擬戦の後、ついにメルトリリスはそう口走った。

 だって、あまりにも彼に対して苛立ったから。

 自分ならここまで負けたらアカデミーに来ようとは思わない。才能の無さを自覚して、忍とは別の道を歩む。こんな恥を晒して平静な顔は保てない。自分のプライドに賭けてだ。

 しかし彼―――岸波シロウは怒るでもなく、悲しむでもなく、何をそんなに荒げているのかと不思議そうな顔でこう言った。

 

 『敗北は無論、悔しいとも』

 『なら―――』

 『だが、いつかは追い抜くさ。そこで負け分を清算する』

 

 な、なにを根拠にそんな厚かましいことを吐けるのか。才能無い身で己惚れるのも大概にしろとメルトリリスはらしくないように食ってかかった。

 

 『何をそこまで生き急ぐ? 確かに才能ある者と比べれば成長の幅は狭いが、まだまだ時間は多くある。それに……いちいちこの程度(・・・・・・)で挫折してはキリがない』

 

 多くの挫折と絶望を経験した彼はメルトリリスとの勝敗なんて歯牙にもかけていなかった。

 悔しくもあろう、無力感に苛まれることもあろう。だがそんなこと、彼にとっては一度や二度ではない。それを積み重ねて、それを経験して、それでもなお、歩みを止めない。止めるわけにはいかない。小石に躓いた程度で、歩くことを止める者は、それはとんだ根性無しだと言わんばかりに。

 

 『―――ハッ。それを能天気な開き直りというのよ』

 『好きなだけ言え。罵詈雑言など、結果で洗い流せることを教えてやる』

 

 夢物語を語るだけなら簡単だ。言うだけならば誰でも言える。

 この男も、そんな情けない人間の一人だと思っていた。口だけ達者な負け犬だと。

 しかし―――どうして自分はこのような男に此処まで執着しているのか。所詮は有象無象の凡人の一人。気にかけるほど容姿がいいわけでもない。なのに何故。

 自問自答が繰り返され、そして答えが出るまでは、そう長く時間は掛からなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 『ッ………!?』

 

 ある日、久しぶりにシロウと模擬戦を交えた時にメルトリリスは驚愕した。

 強く――なっている。前に戦った時よりも、確実に、目に見えて。

 チャクラが増えたわけではない。忍術が増えたわけでもない。ただ扱う武具が増え、戦術や戦略の幅が増えただけだ。その外部的な強化が、メルトリリスの目にはハッキリと脅威として映った。

 

 それでもなんとか勝ちを拾えた。負けはしなかった。しかしメルトリリスはそんな勝利に全く喜べもしなければ満足もしなかった。あるのは危機感や焦燥……あの圧倒できていた凡人が、今や紙一重の激戦を繰り広げられるほどまでに実力の差が縮まっている事実。

 

 そしてようやく分かった。自分が何故、岸波シロウに注視していたのか。どうして足元にも及ばぬ格下に食ってかかったのか。

 心の何処かで、恐怖していたのだ。彼が自分に追いすがるほどの実力を身につけることに。あの折れない精神力と、挫折を乗り越えて突き進む成長に。

 

 だがメルトリリスとて努力をしてきた。才能に溺れず、自分を磨いていた。

 それでもなお、岸波シロウは追いすがる。それはつまり、自分の修行量を大きく超える練度を日々積み重ねているからに他ならない。自分では想像できない訓練をその身に与えているのだと理解した。

 

 

 彼はゆっくりと……しかし着実に実力の差を埋めていき、そして遂に成し遂げた。

 

 

 

 

 『はは……どう、だ。口だけの男では……なかった…だろう?』

 

 もはや幾度目か分からない戦いの末、ついにメルトリリスは岸波シロウに敗北した。

 互いに精根使い果たし、満身創痍の拙戦だったが、確かに負けたのだ。

 石ころと侮り、凡人だと笑い、これまで勝っていた相手に負けた。その事実が、メルトリリスを襲う……しかし、不思議と受け入れられた。この敗北を、静かに認めている自分がいたのだ。

 

 『……どうして……貴方は………そんなに強くなれるの?』

 

 大地に大の字で倒れ込んでいるメルトリリスは、空を眺めながらそんなことを聞いた。

 その言葉は、悔しさもなければ、罵倒もない。純粋な気持ちが込められていた。

 

 『……弱いままでは、いられないだけさ。強くならなければ何も護れない』

 『守りたい人でもいるの……?』

 『ああ。唯一無二の家族を……妹をこの手で守る。その為の力だ』

 

 即答されたその言葉を聞いて、腑に落ちた。

 誰かを守る為に強くなる。なるほど、確かにそれは人の道理だ。

 納得したと同時に、それは敬意や憧れに変化した。

 我ながら心変わりが早いと呆れながらも、彼の在り方には確かな熱があった。

 誰かの為に強くなる。これも、言葉にするだけなら容易な類いの綺麗言だ。

 だが、岸波シロウは実際にやってみせた。凡人の身でありながら、今もこうして強くなっている。

 

 ここまでされたら認めるしかないだろう。彼が、言葉だけの男ではないのだと。

 

 『負ける…というのも、案外悪くないかも』

 『なんだ。今頃、気づいたのか』

 『仕方ないじゃない。そんな機会、なかったもの……貴方が初めてだわ、シロウ』

 

 強くなる理由に才能の有無はそこまで問題ではない。

 あるべきは強くなるという鋼の心。そして血の滲む鍛錬。

 負けてようやく認めることができた。自分が如何に、胡坐をかいていたか。

 そしてこの敗北。常勝の結果とは違う、また別の余韻があった。

 

 『でもあまり調子に乗らないで。勝ち逃げなんて、許さないんだから』

 『100戦中99敗1勝の身に勝ち逃げも何もないと思うのだが……いいだろう。こちらも折角追い抜いたんだ。早々に追い抜かれないよう、気をつけるとしよう』

 

 そうだ。この頃から、メルトリリスという少女は変わったのだ。

 負けたくない。勝ちたい。そう必死でそう思える相手と出会えた。

 肩を並べる好敵手(ライバル)。己の全てを出しても勝てるか否かの相手。

 気づけば修行を共にするようになり、彼の妹とも交流を持った。

 あれほど嫌っていた相手と、いつの間にやら仲良しこよしときた。

 だが、そんな関係になってもメルトリリスは忘れてはいない。彼への執着を。

 いつまでも強くなる彼を見返し、また追い抜き返す。

 認め、認められるているからこそ、彼が見ている場所で、決して情けない姿は魅せられない。

 

 岸波シロウ。貴方が負かせた女の価値―――その目に焼き付けてあげる。

 

 

 ◆

 

 

 第三試験参加の切符を賭けたメルトリリスとバゼットの戦闘は苛烈を極めた。

 メルトリリスが高速体術を得意とするなら、バゼットはスピードもパワーも纏まったオールラウンダー。その手足から繰り広げられる一撃一撃が重く、そして速い。

 小細工は弄しないタイプなのか、今のところ搦め手などは使ってきていない。もしくはまだ使う時ではないと温存している可能性もある。

 なにせ相手は生粋の忍だ。正々堂々の打ち合いが全てなわけがない。警戒するに越したことはないだろう。

 

 「その華奢な体でよく動く。無駄な肉を削ぎ落としているが故の機動力ですか」

 

 バゼットの拳はまさに一撃必殺。まともに喰らえば唯では済まない。

 そして彼女の言う通り、メルトリリスは華奢なのだ。高速移動に必要な最低限の個所しか鍛えてはいない。無駄に筋肉をつけると、その分可動域が狭まると踏んだからこそ。

 

 更に、驚くほど衣服に防御を割いていない。鎖帷子を体に身につけるわけでもなければ、露出狂の如く下半身を晒してさえいる。年頃の少女が下半身を隠す衣装がスパッツ一枚だけというのはあまりにも不健全。

 しかし、これがメルトリリスの唯の趣味ではないとバゼットも感づいている。あの衣装は少しでも効率よく動き回れるようにするための処置と見た。

 護りもある程度重視しているバゼットのスーツとは、真逆の方向性だ。

 

 まさに捨て身の在り方とでも言うべきか。護りを捨て、攻撃に全てを賭す。

 それを勇敢と取るか、蛮勇と取るかは人によるだろう。

 

 ―――バゼットは軽快なステップを踏みながらも、メルトリリスを勇敢と評価した。

 

 確かに彼女とは気が合わないが、その独特な鍛え方は彼女の生き様を表している。

 攻撃なんぞ当たらなければいい。なるほど、確かにその通りだ。どのような打撃も、斬撃も、要は当たらなければ意味を為さない。

 とはいえ、それを実戦で貫き通すことは難しい。どのような強者であれ、生きている限り、無傷で勝利し通すことなどできはしない。それを理解していながら、その戦法と肉体訓練を課しているメルトリリスの決意も窺い知れるというもの。

 

 「なら貴女は私と逆ね。その体型で、いったいどこまで筋肉を敷き詰めているのかしらッ」

 

 バゼットの踏み込みはステージを抉るほど重い。一足、一足が地面を砕き、途方もない殺傷力を嫌というほど知らしめている。

 単純に筋肉の密度が段違いなのだ。その膂力、脚力から織り成すエネルギーに対してこのステージが耐えられていない。そんなものを、もし人間が受ければどうなるか。想像するだけでも恐ろしい。

 

 「力は頼りになりますよ」

 

 軽いジャブによる小手調べを続けていたバゼットの動きが変化した。

 あの軽快なステップは、より豪快に、素早く、鋭敏に。

 様子見は止めて、本格的に潰しにきたのだ。

 そして攻めの手段も変えてきた。

 バゼットは一気に間合いを詰めて、メルトリリスの肉体を素手で掴もうとする。

 

 「――――貴女!!」

 

 メルトリリスは全力で彼女から距離を取った。

 鉄の具足にチャクラを流し込み、地面を滑走するメルトリリス独自の走法。

 その華麗にも、優雅にも取れる美しい奇跡を描く後退とは裏腹に、彼女の顔には余裕がなかった。

 

 「絞め技……いえ、間接技を狙ったわね。打撃系総合格闘家(ストライカー)じみた戦い方をすると思えば、まさか組み技(グラップリング)まで嗜んでいたなんて」

 「何をそこまで驚くことがあるのです。忍たるもの、己が使えるであろう技術は、全て扱えるようにする。当然のことじゃありませんか」

 「節操がないとも言うわよ」

 「打撃も、組み技も、責任を持って会得し伸ばしてきました。貴女だって、私の組み技に脅威を感じたから引いたのでしょう? 生半可な技なら、むしろ付け入る好機だと思うはずです」

 

 バゼットの言う通り、メルトリリスはバゼットの組み技を警戒して後退した。

 タイミングも、組み入る決断力も、どれを取っても一流と感じたからこそ。

 まさかあの年で打撃、組み技をここまで練り上げた下忍がいようとは思うまい。

 

 ”捕まればアウトね、これは”

 

 あの馬鹿力で組み技、絞め技を受けようものなら逆転の可能性も無く潰される。

 きっとここから彼女は打撃系総合格闘家(ストライカー)の技術、組み技系総合格闘家(グラップラー)の技術を入れ混ぜて攻めてくるだろう。厄介さが、更にもう一段階上がったとメルトリリスは内心で溜息をついた。

 

 「癪だわ。防戦一方なんて……私の趣味じゃないの」

 

 恐らくバゼットは体力も高い。持久戦となれば、確実に彼方が有利になる。

 対してメルトリリスは見ての通り、持久力が一般の下忍よりやや劣る。

 あまりに警戒を強くしてチンタラやっていたら、それだけバゼットにチャンスを与えかねない。

 ここはいつも通り、スマートかつ爽快に決着をつけるべきだ。泥仕合なんてこのメルトリリスの肌に合わない。

 

 「此方も、ギアを上げていくしかないようね」

 

 そう言って彼女が取り出したのは―――二つの小さな巻物だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「あれは………メルトリリスめ、この場でアレを披露するのか」

 

 メルトリリスが出した二つの巻物を見て、一番に反応を見せたのは岸波シロウだった。

 

 「あの巻物が何か知っているの?」

 

 義妹は不思議そうな顔をして義兄に尋ねる。

 白野とてメルトリリスと組んでだいぶ時間が経ったが、それでもあの巻物は見たことがない。何より彼女は軽装を好み、忍具をあまり持ち込まないことで知られている。

 だからメルトリリスが巻物を取り出した、というだけでも驚きだというのに。

 

 「アレは、メルトがこの中忍試験の為に用意した奥の手の一つだ」

 

 その口ぶりからして、どうやらシロウもあの巻物に一枚噛んでいるようだった。

 

 「良く見ておけ……白野すら知らない、彼女(メルトリリス)の本領を今から見ることができるぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 メルトリリスはこの予選で本気を出すことを選んだか。

 バゼットは冷静に彼女の持つ巻物を注視する。

 あくまでこの模擬戦は、第三試験に上がる為の篩いでしかない。

 それは彼女も分かっているはずだ。それでも秘中の秘を、この時使おうと決断を下した。

 つまり――メルトリリスはバゼットをそれだけの忍であると認めたからに他ならない。

 

 「貴女の本気、受けて立ちましょう」

 

 認められたのなら、その期待に応えるまで。

 そして敵の秘策ごと、完膚なきまでに打ち砕く。

 それがバゼットの考え得る最上の勝利だ。

 

 「私の全力、その目に刻み込むわ。光栄に思いなさい」

 

 メルトリリスがそう宣言した時、二つの巻物の封が解かれた。

 一つの巻物からは、大量の水が溢れ出た。とはいえ、バゼットに直接危害を加えるほどのものではなく、このステージを水で覆うことを目的としたものだ。

 

 ”なるほど。あの巻物はまずこの場を自分の有利な環境に整える為のもの”

 

 一度彼女と矛を交えたディルムッドから、予めメルトリリスは水遁が得意であると聞いていた。

 ならば、この水たまりを形成した意図は簡単に読める。

 水上でこそメルトリリスは自身の能力を発揮できる類いの忍、ということなのだろう。

 あの面妖な具足によって、水面を疾走することで機動力を向上させる。小細工とも取れる奥の手だ。

 

 そして残るもう一つの巻物をメルトリリスは開帳した。

 

 その巻物から飛び出してきたモノは長大な二丁の槍。

 いや、否だ―――アレは――――具足?

 

 バゼットの予測は当たっていた。

 槍ほどの長さを持つソレの正体は、メルトリリス専用の具足であった。

 メルトリリスは今まで扱っていた具足を脱ぎ捨て、その新たな具足に瞬時に履き替えた。

 あの小柄で小さかった少女は、今やその身長たるや190cmを優に超える。

 バゼットがメルトリリスを見下ろしていたのに、今度は見下ろされる立場となったのだ。

 

 「こけおどし……では無さそうですね。しかしまた、面妖な武具を使う」

 

 如何に特異な代物を出してこようと、バゼットは油断などしない。侮りもしない。

 第二試験、死の森で岸波白野に深手を負わされたあの時に、そんな余分なものは殴り捨てた。

 険しい顔つきで睨むバゼットだが、次の瞬間、その鉄面皮が崩れ落ちることになる。

 

 「どうもスパッツのままだと、気分が乗らないのよね……っと」

 

 びりびりびり。

 彼女は自分で自分のスパッツを、何の躊躇いもなく、公衆の面前で――破いた。

 

 「――――なぁッ!!??」

 

 メルトリリスは、ただでさえ露出の激しい下半身の防御を脱ぎ捨て、その肉体を晒したのだ。

 いや、いやいや、女性の秘所は何やら銀の前張りみたいなもので隠しているが、それでもギリギリの、ギリギリだ。隠している方が厭らしく見えるレベルでギリギリだ。

 

 「「「「「おおおおおおおおおおおお!?!?!」」」」」

 

 外野の男共が一気に熱狂した。

 先ほどまで静かに観戦していたというのにだ。

 

 「あ、あああ貴女何を、何をして………!?」

 「何って、見て分からない? 動きやすくなる為に、脱いだのよ。このスパッツ、締め付けが地味に強くて」

 「いえ、だからって、貴女、そんな、」

 「はぁ……まったくどいつもこいつもお子ちゃまね。この程度で騒めくなんて」

 

 どう考えてもそういう問題ではないだろう。

 

 「な、なんて淫らな! 如何に効率を考えたとしても、これは行き過ぎている!!」

 「悪かったわね。これがベストな状態なんだから仕方ないでしょ。大事なところはちゃんとコレ(前張り)で隠してるし。見えてないし。セーフよセーフ」

 「どう見てもアウトですッ!!!」

 

 スパッツまでは良かったが、ここまで来ると、もはや機能云々以前の問題だ。

 羞恥心が無いどころの話ではない。

 

 「安心なさい。これはどこぞの武器屋が作った特製の前張り。生半可なことでは破壊もできないし、うっかり外れることもないから」

 

 メルトリリスがさらっとそんなことを言い、観戦席から咳き込んで咽ている少年と、怒号を鳴り響かせる少女の声が聞こえたような気がした。

 あまりの行動に呆気を取られるバゼットだが、次第に呼吸を整え、荒れた精神も整わせた。

 

 ”相手のペースに乗せられるな。これはあくまで動揺も含めた揺さぶりのはず……男ならまだしも、女の私にはそこまでの効果はな―――”

 

 そう言い聞かせるバゼットの前で、忽然とメルトリリスが消えた。

 激しい水飛沫の軌跡だけが残り、メルトリリスは見たこともない速度でステージ上を疾走する。

 不意打ちのつもりで動いたのだろうが、此方も既に迎撃の態勢は取っている。

 

 しかし、それでもこの速さは―――尋常ではない。

 

 あのスピードに慣れないうちは、肉眼では追えない。水上を加速、更に何段階もギアを上げて速度を上げるメルトリリス。先ほどの痴女めいた行いも、あながち無価値なものではなかったようだ。

 

 「行くわよ」

 

 闘志の籠った言霊がバゼットの耳に届く。

 

 「ふぅぅぅぅ………」

 

 メルトリリスの声に、バゼットはただ、拳を構えて応える。

 そして、その一瞬。刹那の出来事だった。

 ―――バゼットの眼前に、巨大な鉄の脚が現れた。

 

 「ハァッ!!!」

 

 迫る鋼鉄の具足を、バゼットは受け止めることをせずに、拳で受け流した。

 ガイィンッ! と、鈍く重い音を響かせながらその旋風脚はいなされる。

 もはや反射神経で対応したに等しい。それでもバゼットの業は冴え渡っている。

 しかし、だからといって余裕の表情を浮かべられるほど、彼女も楽観視はできないでいた。

 

 ”なんという蹴りだ。それにこの常軌を逸した機動力……我愛羅を追い詰めた、あの木ノ葉の下忍と勝るとも劣らない”

 

 眼では捉えきれず、かといって直感と反射神経だけ頼っていては、いつか必ずボロが出る。

 そう思案しているうちにも、一撃、また一撃と四方八方から蹴りの応酬が続く。

 息をつく暇も与えないつもりか。そしてこの苛烈さ、後のことは考えずに全体力を用いている。

 

 「土遁、籠城壁!」

 

 バゼットは素早く印を結び、口から泥を吐き、即席の円形シェルターを形成する。

 何をするにしても時間稼ぎが必要だ。あの猛攻に対していつまで持つか分からないが、この土遁であれば、そうすぐには破られまい。

 今のうちに打開策を取る。もはや此方も出し惜しみができる立場ではない。

 実力が拮抗し、相手が全身全霊で挑んでくれば、此方もそれ相応の迎撃を行わなければ討ち取られる。全力も出せずに敗北することほど、惨めなものはないのだ。

 

 「視、動、脚―――是、敵穿つ赤枝の矛為り」

 

 バゼットはグローブを装着させた拳を合わせ、動体視力のルーンを展開する。

 あのセタンタが持つ原初ほどの力はないが、それでも上級に位置する強化倍加の術だ。

 元々強靭な肉体を持つバゼットに、この強化術が施された場合、その上昇値は乗算される。

 視力向上、脚力、膂力の一時的な底上げ。相手が短期決戦を望むというのなら、応えようとも。

 

 そして、バゼットの術式が終えた丁度その時―――籠城壁が崩れ落ちた。

 

 やはり長くは持たなかったと思いながらも、役目は全うしてくれた。

 ここからバゼットも反撃に出る。

 強化された脚で大地を蹴り上げ、水面を高速滑走するメルトリリスの元に全力で駆けた。

 

 バゼットの走法は、彼女(メルトリリス)ほどの白鳥の如き優雅さは無い。ただ体中の筋肉をバネのように伸ばし、収縮し、それを繰り返し、獣のような柔軟性のある機動力を体現する。あまりにも泥臭く、堅実じみた動き。

 

 だが、それでいい。それがいい。

 

 華やかさなど要らぬ。優雅さなど要らぬ。他を魅了する、美しさなど必要ない。

 必要なのは結果に直結する無駄のない動きのみ。それが例え、つまらないものであったとしても、遊びがないとしても、構わない。全ては実戦で役立てばいい。それでこそ価値があるのだから。

 

 「オォォォォォォッ!!」

 

 バゼットは咆哮し、メルトリリスの速度に喰らい付く。

 

 メルトリリスの具足は確かに脅威だ。

 細く、長い刺々しい針にあの人外じみた蹴りのリーチ。

 あのような獲物、普通であれば扱いきれず、大きな隙を生むだろうにその予兆すら見せない。まこと天晴れと言うほかないだろう。

 

 しかし、そのリーチの長さは長所になれば短所にもなる。

 要は槍と同じだ。懐に入り込めば、そのまま畳みかけることができる。

 

 「ハッ、貴女も十分速いじゃない!!」

 

 無論、バゼットの狙いはメルトリリスも理解している。

 巨大な鋼鉄の具足という特殊な武器を扱うのなら、その欠点まで熟知しているだろう。

 メルトリリスは笑みを浮かべてバゼットを迎え撃つ。

 

 秀麗極めるメルトリリスの脚撃。

 無骨無比なるバゼットの拳撃。

 鋼の槍と化した蹴りを、鋼の拳で撃ち払う。

 

 その攻防からは火花が絶え間なく散りばめられる。

 対極する業と力。観客の皆が、固唾を呑んでその応酬を刮目する。

 この予選で見事勝者となり、第三試験に臨むであろう者は特に注目していた。

 どちらも中忍になってもおかしくない手練れ。そして、次の戦いの場で雌雄を決することになるであろう相手だ。一挙一動を分析するが如く頭に叩き込んでいる。

 

 「うおォッ!!」

 「ッ!」

 

 不意にバゼットの勢いが増し、互角だったパワーバランスが傾き始めた。

 徐々に押され始めたメルトリリスは唇を歪ませる。

 バゼットが回避を考えずに突き進んできたのだ。

 メルトリリスの蹴りが彼女の紺色のスーツを破き、裂き、鮮血を彩る。

 それでもお構いなしに前進してくる。

 もはや無傷で一撃を与えられないと踏んだバゼットは、覚悟を決めて、決着を決めにきていた。

 

 「人ひとりを仕留めるのに、大仰な攻撃手段などいらない」

 

 バゼットは体中から吹き出る血を気にも留めない。

 頑丈さが取り柄である彼女にとって、致命傷以外は掠り傷と同義。もはやダメージなど眼中にない。今彼女の心を占めているのは、ただ敵の打倒のみ。

 

 「速く、深く、確実に―――」

 

 忍術は隙が多い。印を結ばねば発動できないからだ。

 両手が塞がり、時間も僅かながらに必要とする。

 そして派手だ。隠密には向かぬ物も多く、広範囲に被害が及ぶ。

 戦争ならまだしも、人間一人を潰すのに、そのような手間は不要。

 バゼットが求めるのは、シンプルで効率の良い結果。相手を仕留めるという事実だけを渇望する。そこに過程の良し悪しは意味を為さない。

 

 「その心臓を抉り取るッ!!」

 

 バゼットは渾身の力を振り絞り、己が手刀を目の前の少女に向けて突き放つ。

 もはや直撃すれば命をも取る危険な一刺し。心の臓を文字通り貫く魔槍。

 されどバゼットに迷いはない。相手は殺す覚悟で挑み、此方も殺す覚悟で相対している。

 なればこそ、敬意を払い、殺意の蓋を開け、その命を狙おうとも。

 手加減できる相手ではないと理解しているが故に。

 

 ”取った―――!!”

 

 バゼットは確信した。

 今のメルトリリスの態勢、間合いでは我が手刀突きを避けられはしない。

 その心臓を刳り貫くタイミングとしてはベストそのもの。

 

 そして響き渡るは肉を絶つ生々しい音。

 

 メルトリリスの肉体からは液体が溢れ、地面を彩る。

 バゼットの拳は幼き少女の胸を貫いている。

 勝負はついた。そう、バゼットは―――思いたかった。

 しかしそれを否定するものがあった。

 

 「この手応えは………!!」

 

 バゼットの拳から伝わる違和感。

 本来あるべきメルトリリスの心臓がなく、まるで水を裂いたかのような感触。

 人肉を絶った手応えではない。よく見ると、地面に付着した液体も鮮血ではなく、透明無色の(……)だった。

 

 「水分身ッ!」

 

 影分身と同じ系統の実体を持つ分身。

 己がメルトリリスと思い、貫いた者は偽物だった。

 

 「まったく、本気で殺しに来たわね……私が水分身で本当に良かった」

 

 心臓部分を穿たれた水分身はケラケラと笑う。

 ―――なんて持続力だ。水分身と言えど、この一撃を喰らってまだ消えずに形を保っている。

 そしてその水分身はあろうことか、そのままバゼットの肉体に抱き着いた。逃げられないように、身動きが取れないようにガッチリとホールドする。

 

 「く……おのれ!」

 「ふふ。いくらあなたの馬鹿力でも振りほどけないでしょ。なんたって私は特別性の水分身。この体には豊潤なチャクラが練り込まれているんですもの」

 

 身体を極限まで密着させ、バゼットの耳まで口を柄付け甘ったるい蜜のような声色で話す水分身(メルトリリス)。わざわざ身動きの取れないバゼットに対して丁寧に説明してくる辺り、オリジナルと似てイイ性格をしている。

 

 しかし解せない。先ほどまでバゼットが激闘を演じていた者が偽物(フェイク)だった?

 たかが、たかが水分身如きに自分は互角だったのか。見抜けもしなかったのか。

 なんたる無様。これではまるで滑稽な道化師(ピエロ)だ。

 

 「ふふ、そう深刻な顔をしなくてもいいのよ?」

 

 背後から聞こえる声に振り向けば、そこには堂々と得意げな顔をして仁王立ちしているもう一人のメルトリリスがいた。

 嫌でも分かる。アレが本体だということが。

 今まで何処に隠れていたかは知らないが、こうして姿を現したということは、動けぬ己にトドメを刺しに来たからだろう。そしてバゼットには抗う術がない。文字通り、雁字搦めに身体が拘束されているのだから。

 

 「その分身は本当に特別性。私の限界までチャクラを注ぎ込んで、戦闘力もオリジナルの私と遜色ないほどに仕立て上げたもの。だから水分身如きに、と己を卑下する必要なんてない……と、一応言っておくわね」

 「馬鹿な。そのような精密なモノを作ればチャクラなど……」

 「ええ、その通り。その通りよ。おかげで私のチャクラ量はゼロ。全部その分身に与えてしまって、空っぽの状態。もう分身一体も作れはしないし、高速移動もできない」

 

 メルトリリスとて、これは一か八かの賭けだった。

 もし水分身が拮抗することもなく、大きな隙を与えることもできずに敗北していたら、オリジナルのメルトリリスが残ったところで打開策などないのだ。

 全てのチャクラを注ぎ、いわば絞りカスのメルトリリスがのうのうと残ったところで何の意味もない。

 

 「貴女の渾身の一撃を放たせるまで騙し、粘り、追い込み、そして受ける。それがその水分身の役目。最高級の囮にして、最大の切り札だった」

 「ほんと、分身使いが粗いのよねオリジナル。もっと褒めなさいな」

 「……ちょっと本気で作り込んだせいか、無駄なところまでリアルなのがたまに傷ってところかしら」

 

 生意気なことを言う己の分身に溜息をつくメルトリリス。

 

 「まぁ何にしても、貴女は強いもの。次の試験に支障が出ないよう勝つには、多少リスキーなことをする必要があった。本当に無事騙し通せて良かったわ」

 

 そう、この戦いは所詮 通過点に過ぎない。

 第三の試験に向けて行われる篩い落とし。本命ではないのだ。

 だからこそ、如何に損傷を軽微にして、次の試練に赴くべきか最善を尽くさなければならない。

 

 「一つ……聞いていいですか」

 「なに?」

 

 もはや逆転のチャンスはない。メルトリリスの全チャクラが内包されたこの水分身の拘束を解くことができないバゼットは、チャクラが全く残っていないメルトリリスにすら何の抵抗もできない。手裏剣一つ投げられても、回避することはできないだろう。

 

 負けを認めよう。認めたうえで、疑問を晴らしたい。

 

 「一体いつの間に、水分身と入れ替わっていたのですか。私との戦闘の最中に、そのような暇はなかったはずです」

 

 バゼットとメルトリリスの肉弾戦に小細工を弄する隙などなかった。

 しかしどこかで入れ替わったのもまた事実。

 いったい何処のタイミングで入れ替わったのか、バゼットは聞きたかった。

 

 「何を言ってるの。あったじゃない、貴女が私を見なかった、僅かな時間が」

 

 メルトリリスはステージに転がっているあるモノを指差した。

 それを見たバゼットは、あまりの不手際に情けなくなって笑いたくなった。

 メルトリリスが指差した先にあったもの。それは、バゼットが用意した籠城壁。その残骸だ。

 

 「土遁で貴女の攻撃を一時的に免れたあの時に……ああ、確かに籠城壁のなかにいた際は貴女を見ていなかった。見れなかった」

 「そう。おかげで私は堂々と水分身を作り、入れ替わることができたというわけ」

 「……なんという失態だ」

 

 誰でもない、バゼット自身が招いたのだ。この敗北は。

 しかしあの時間稼ぎがなければ、メルトリリスの動きに対応する術がなかったのもまた事実。

 必要であるからこそ、籠城壁を用いた。その判断に誤りなどない。

 結局、使わざるを得ない状況に追い込まれた己が未熟さが祟ったということだ。

 

 「私の―――負けです」

 

 策に嵌められ、身体を拘束され、起死回生の手段もない。

 これ以上、明確な結果はないだろう。

 バゼットは素直にメルトリリスを讃え、潔く、棄権を宣言した。




・バゼットVSメルトリリス、決着!
 補足:メルトリリスが後半に出した長大な具足は、CCCでお馴染みのあの脚です

 それにしてもFGOのCCCイベ良かったですね! メルトリリスまじヒロインでした
 え? そのメルトちゃんはちゃんと手に入れたかって?
 ええ、物の見事に爆死しましたよ(白目)

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