岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第04話 『Cランク任務』

 アカデミーを卒業したばかりの下忍に与えられる任務は基本的に安全度が高く、また簡単で優しいものが大半だ。例えば飼い犬や飼い猫を探して保護するとか、何処かで無くしてしまった荷物を確保するとか。

 そして今日も例に漏れずペット捜索任務。しかもとある劇団が手塩を掛けて育てた猿が対象というのだから困ったものだ。また街の中ならともかく、動物の楽園にして庭のような森へと逃げ込まれていているのでさらに手間が掛かる。

 

 「………いい加減、飽きてきたわね。もっと刺激のある任務を受けたいものだわ」

 

 メルトリリスは優雅さに欠ける地味な任務の連続で大いに不満を溜めていた。白野からすればDランク任務でも結構やりがいのあるものだが、普通の下忍より遥かに優れた能力を持つメルトリリスからすれば、こんな任務は戯れにも等しい退屈な作業なのだろう。

 

 「文句を言っていても何かが変わるわけでもなし。無駄口叩いてないでさっさと探すぞ。取り返しがつかなくなる前に捕えたいところだしな」

 「ああ、岸波シロウの言う通りだ。我らがこうしてぐだぐだしている間に、劇団の猿の身に何かあったら目も当てられん」

 

 我らがリーダー岸波シロウと教師の言峰綺礼はそう言って、各々の方角に散開した。彼らのどのような任務に対しても生真面目に取り組む姿勢はまさに社会人の模範のようだ。

 

 「さ、メルト。私達もそろそろ気合を入れてお猿さんを探そう。私はあっちを探してくるから、メルトは逆の方角を探してきて」

 「………はぁ。そうね、文句を言っても始まらない。さっさと終わりにして帰りましょうか」

 

 もう日没まで残り時間が少ない。こんな面倒な任務は一日で終わらせるのに限る。

 メルトリリスは少し気合を入れて、木々へと飛び移りながら目標を探すことにした。

 

 

 ──────30分経過──────

 

 

 『こちら言峰。未だ目標を発見できていない。他は?』

 『俺も同じく。ざっと周囲二㎞を見渡したが、影も形もない』

 『うーん。流石にチャクラを全く発しないお猿さん相手だと私の感知は役立たずだよ』

 『………私も見つけれてないわね。これはちょっと手間が掛かるかもしれないわ』

 

 無線機で連絡を取り合う第一班。しかし、今のところ誰一人として猿を目撃してすらいない状態だ。このままだと日が暮れる。

 そんなことは誰しもがお断りだと心中で呟いていた。動物一匹に一日を潰されてたまるものか。

 

 『………致し方が無い。口寄せを使うか』

 『ほう。それで、アンタはいったい何を呼ぶつもりなんだ?』

 『鼻の利く忍犬三匹だ。移動速度も折り紙つきで猿などすぐに発見できるだろう』

 『『『最初からそれ使えよ!!』』』

 『そう怒るな。私とてここまで長引くとは思わなかったのでな』

 

 まぁ、確かに皆もこれほど手こずるとは予想外だっただろう。たかが猿一匹、いくらこの広大な森に逃げ込んだとしてもこんなに時間を喰わされるとは思いもしなかったのだから。

 

 

──────五分経過──────

 

 

 『発見したぞ』

 

 宣言通り、五分という短い時間内で言峰綺礼は劇団の猿を発見したと報告を寄せてきた。

 この手際の良さ、尚更最初から使っていればと責めたい気持ちが沸々と湧き出てくるが、そこをなんとか我慢してメルトリリスは詳しい情報の提示を願い出る。

 

 『うむ。忍犬からはポイント332から345に向かって一匹の猿が移動していると報告がきている。この位置だと、一番近いのはメルトリリスか』

 『分かったわ。じゃあこの私がサクッと捕まえてきてあげる』

 『油断はするなよ……否、お前の場合は絶対に猿を傷つけるな。加減して無傷で捕縛しろ』

 『はいはい、言われなくとも分かってるわよ』

 

 メルトリリスは無線を切り、目標の元へと疾走する。その速度は実に100㌔オーバー。

 彼女は森のなかを何不自由なく駆け抜けていく。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「──────見つけた!」

 

 目標はすぐに補足できた。猿にしてはなかなかの速度で移動しているが、所詮は獣。忍獣でも無い限り万に一つとしてこのメルトリリスから逃れることはできない。

 まぁ、やっと劇団などという人間の見世物牢獄から脱獄して自由を満喫している猿を捕縛する……というのは少々気は引けるがこれも任務だ。潔く諦めて、今まで捕縛してきたペットと同じ運命を辿ってもらおう。

 

 「えーと、この状況で最も適した捕縛忍具は──────これね」

 

 ポーチから取り出したのはシロウ印の紐網。メルトリリスはその高い跳躍力をもって猿の頭上まで飛び、その網を猿に向かって投げつけた。

 シロウほど命中精度は良くないが、獣程度に網を被せるよう当てることなど造作もない。

 

 「キっ!?」

 

 投擲は見事に命中。

 猿は網に捕えられ、キーキーと鳴きながらも暴れ続ける。

 

 「ごめんねお猿ちゃん。これも任務だから」

 

 人の言語など猿に理解できるわけがないが、とりあえずメルトリリスは謝罪をする。

 

 「キーッ! キシャーッッ!!」

 「………見事に怒り狂ってるわね。落ち着いてっていうのも無理があるし、ここは手っ取り早くコレに頼りましょう」

 

 劇団に戻されることが嫌なのは十分理解できるが、これ以上無駄に暴れられても困る。それにこのままでは運ぶのも面倒だし、メルトリリスは催眠スプレーを取り出し猿の顔に向けてささっと吹いた。

 

 「──────………」

 

 先ほどまで暴れ回っていた猿は一瞬にして落ち着き、眠りについた。

 なんという効力。いくら獣とはいえたった一吹きで眠りに誘うとは、流石はシロウ印の催眠スプレー。安心と信頼の性能である。

 

 後ほどシロウ達も到着した。そしてこの猿が本当に対象かどうかしっかり検分し、結果、同一の猿であることが確定された。匂い、外見ともに脱走した猿と合致したのだ。

 

 第一班のDランク任務は無事完遂することができた。

 

 

 ◆

 

 

 岸波シロウ、岸波白野、メルトリリスが下忍となり、班を組んではや一週間が過ぎていた。言峰綺礼という胡散臭い教師の性格も慣れてきて、いつの間にやら任務達成も50を超している。そして低ランクながらも数多くの依頼をそつなくこなしてきた第一班の実績は、上層部からもそれなりの評価を受けている。

 だからこそ許可が下りたのだろう………Cランク任務を受けることを。

 

 「やれやれ。まさか本当にCランク任務を受けれることになろうとはな。下忍になったばかりの俺達には、些か早すぎるような気もするのだが」

 「ふふ、どの口が言うのかしらね。シロウならCランク任務なんて十分受けれる実力があるでしょうに………まぁ、大切な大切な娘が心配なのは分かるけど、そろそろ子離れしてもいいんじゃない? あの子は貴方が思っているほど、弱くもなんともないわよ」

 

 下忍になって初めてCランク任務を受けることになり、なんとなく皆で食事を取ろうということになった第一班。飯をご馳走する場所は一楽のラーメン屋でも、焼肉屋でも、ましてや中華料理店泰山でもない。岸波家のアパートだ。

 料理をするのは岸波シロウ唯一人。綺礼と白野は食材の買い出しに行っている。

 つまり今この部屋にいる者はシロウとメルトリリスのみ。

 客人のメルトリリスはヨンデーという図々しいタイトル名の月刊誌を読みながら、錬鉄の主婦シロウと他愛のない話に華を咲かせている。

 

 「子離れも何も、白野が弱いなどとは俺は思っていない。ただ、もう少し経験をだな」

 「そんなこと言ってたらキリが無いでしょ。それにたかがCランク最下位の任務。AやBランクの任務を受けようってわけじゃないんだし、別に大した問題はないわ」

 「………確かに、Cランク任務とは言えど『波の国にある薬草の入手』と難易度は最下位にあたるものだった。あの国には忍者はいない。仮にいたとして、万が一戦闘になったとしても────」

 「即無力化すればいいだけよ。力及ばずともあのコトミネーターがなんとかしてくれるし無問題無問題♪ あまり心配しすぎると白髪になるわよ?」

 「………そういう冗談はやめろ。案外洒落になってないからな」

 

 シロウの苦渋に満ちた言葉にメルトリリスは口元を緩ます。堅物な彼をからかうのは案外面白い。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 暫くして白野と綺礼が帰ってきた。二人は寄り道せずにちゃんと頼んでいた食材を仕入れてきた………のはいいんだが何故に豆腐と麻婆の元があるんだ? そんなもの頼んだ覚えはないのだがと引き攣った笑みでシロウは言う。

 

 「「よろしく」」

 

 いったい何がよろしくなのか。この二人、シロウが中華料理苦手なのは重々承知しているだろうに。だがこうして材料まで買ってこられていて、尚且つこれほど期待の詰まった眼差しを向けられたら作らないわけにもいかない。

 ──────良いだろう、上等だ。作ってやろうじゃないか。密かに中華料理の基礎を勉強し直し、陰ながら修行して身につけた腕前を披露するには丁度いい。

 人間とは、日々成長する生き物だということをその身をもって思い知らせてやる。

 

 

 ───調理、開始───

 

    ◆

 

 ───調理、終了───

 

 

 テーブルに盛られた和洋折衷なんでもありの料理の数々。任務の達成率が高いおかげで、金銭に余裕を持ててきていたので豪勢に振舞った。また、唯一苦手だったジャンル『中華料理』もなんなく作り、麻婆豆腐も完璧だ。

 こと料理に関しては、今の岸波シロウに死角はない。どのような料理でも完全に仕上げて魅せる。これが────錬鉄の主婦の力である。

 

 「素晴らしいな岸波。泰山の麻婆ほどではないが、スパイスがよく効いている」

 「嗚呼、まさにGJ!」

 「シロウの料理はやっぱり美味だよねぇ」

 

 皆はシロウが丹精込めて作った料理を頬張っていく。評価は悪くない。むしろ良い。

 やはり調理する者として、食べてくれる人が美味いと言って喜んでくれるのは嬉しいものだ。これは作った者にしか味わえない特権だろう。

 そしてテーブルの上に出されていた料理全てがものの見事に完食され、皆は腹を膨らませた。うむ、実に素晴らしい喰いっぷりであった。シロウは実に満足した顔で食器などを洗っていく。

 

 「馳走になったな、岸波。明日は大門前にて集合だ。くれぐれも遅れぬように。

  ────あと、はたけカカシ率いる第七班と波の国まで同行することになった」

 「………第七班といえば、確かナルトやうちはサスケが所属している班だったな」

 「ああ、そうだ」

 

 あの意外性№1忍者であるうずまきナルトと数ある血族中『千手』と並び最強と称される『うちは一族』の末裔うちはサスケが配属されている第七班。教師は言わずと知れたコピー忍者、写輪眼のはたけカカシが担当しているという。

 同行する班としては、なかなか面白くまた頼りになる。

 

 「彼らはある老人の護衛任務についている。出発時刻もルートも目的地も同じ故に同行することになったが……別に構うまい?」

 「此方としては別に不満もなければ問題もない」

 

 シロウの返答に綺礼は無言で頷き、部屋から出て行った。

 ────なんとなく、本当になんとなくだが………明日は色々と面倒なことが起きる気がする。

 根拠などない、単なる岸波シロウのカンではあるが、幸薄い男の悪い予感なのでけっこう侮れない。そんな胸を曇らせる心のもやもやを洗い流すように、シャカシャカと食器洗いに専念するシロウであった。

 


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