岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第06話 『偽りの決着』

 霧が濃くなり、敵の位置すらままならない森林。そんな中で張りつめるは緊張。押し付けるは殺気。人が死に、モノ言わぬ死体へと成り果てていく忍同士の殺し合いの中で、一人の下忍らしからぬ子供が戦場に躍り出る。

 

 「ふ―――!」

 「ぬぅ!?」

 

 琥珀色の眼球を宿した赤銅髪の少年は霧隠れの中忍クラスと刃を交える。

 少年の持つ陰陽の剣と中忍の持つクナイが接触したと同時に、鉄製のクナイが呆気なく真っ二つにスライスされた。

 

 「なんという鋭さか………!」

 

 中忍はせめぎ合うことすら許されず少年に両断されたクナイを捨て、言葉を吐き捨てる。

 奴が持つ陰陽の印が彫られた双剣。アレの切れ味は生半可なものではない。

 それなりに切れ味が良く、強度も高いはずのクナイがまるでチーズのように切断された。

 あの尋常じゃない鋭さは、チャクラを纏っているか錬られているかしなければ到底不可能。

 

 「下忍と言えど侮れんな」

 

 武具が優秀なだけならさほど脅威ではない。しかし、あの赤銅の髪を持つ少年の動きは中忍とタメを張れる下忍の上位レベル。それに加え高い洞察力と鷹の眼を連想させる優れた視力が非常に厄介だ。桃地再不斬のチャクラが大量に捻じ込まれているはずの霧の中で、此方の動きをよく捉えている。しかも感知タイプのくノ一がいるせいで、より良く自分達の位置を知られてしまっている。まるで霧が役になっていない。

 

 「七人掛かりで殺しに行くぞ!」

 「「「「「「応!!」」」」」」

 

 忍びの世の中にはトンデモナイ餓鬼が山ほどいる。血継限界持ちの人外共がいい例だ。

 ならば、慎重に殺りに行くことに越したことはない。

 

 「左から四人、右から三人、同時に来るよ!!」

 「分かった――――俺から離れるなよ、白野」

 「うん!」

 

 襲い掛かる七名の忍に対応すべく、少年は巻物から二つの球体を取り出した。大きさはざっとサッカーボールと同等のサイズと思われる。そして注目すべき点は唯一つ。その玉に張られた大量の起爆札だ。

 

 「―――ふっ!!」

 

 隙間なく起爆札で覆われた球体を、少年はとんでもない腕力をもってまず右側から攻めてきた中忍達に向けて放り投げた。後に左側にも残りの一つを投球した。

 

 「あれは………拙い!」

 

 中忍の一人である男は近くの極太い木に急いで身を隠す。

 その直後、丸い球体は盛大な音を発てて破裂した。

 爆音が大地を揺るがし、爆炎が人を焼き払い、爆風が霧を吹き飛ばす。しかも球体内部に仕込まれていた大量のクナイが容赦なく焼死を逃れた仲間達に襲い掛かり、息の根を止めていく。

 

 「あの餓鬼、無茶苦茶しやがる!」

 

 たった二個の武具で六人もの仲間を焼死体と惨死体に変えた。それだけあの兵器の威力が凄まじかったのだ。いったいどれほどのクナイを仕込み、起爆札を貼りつけていたのか想像するだけでも恐ろしい。

 

 「――――!」

 

 爆風が止んだ時には既に、赤銅髪の少年と感知タイプのくノ一の姿が消えていた。

 いったい何処に消えた? 何処から襲ってくる?

 どうしようもない不安が胸を締め付ける。まるで心臓を握られているような感覚が中忍を襲う。

 カタカタと情けなく震える手を必死に抑え込み、大木を背にして周囲を警戒する。

 しかし、その行為は全く意味を為さなかった。

 

 ――――ズドンッ

 

 突如として腹に来る強い衝撃。茫然としながら、男は己の脇腹を見る。

 するとそこには、一本の矢が生えていた。それは肉を抉り取るようなエゲツナイ造形をした鉄製の捻じれた矢だ。刺されば抜き取れないよう工夫が施されている。

 

 「な……に………?」

 

 この剣を捩じらせて作ったような剛矢が背中を預けていた大木を貫通し、自分に突き刺さったのだと呆けた頭で理解するのに、数秒ほど時を用いた。

 だが自分はもう『終わり』なのだと悟るまでは、皮肉にもそう時間は掛からなかった。

 

 「………馬鹿な」

 

 それが、その男の最期の言葉だった。

 後に時雨とも言える大量の剛矢が中忍の男を滅多刺しにする。

 大木はまるで壁の役割を果たしておらず、中忍の男と運命を共にした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「遅い、遅いわ。まるで止まって見える………!」

 

 軽装姿のくノ一の動きは、何処までも軽やかで、滑らかで、優雅だった。

 鋼鉄の具足を履き、蜘蛛のように木々へと飛び移る女は次々と中忍を狩っていく。せめて苦しまないようにと一突きで息の根を止めているのが、彼女なりの優しさだろう。

 忍として生きると決めたのなら、人を殺すことは絶対に経験するもの。決して命を軽んじてはいけないが、敵に情けをかけることも極力避けなければならない。無論、殺さないことに越したことはないが、ここで奴らを仕留め切らなければまた襲い掛かってくるだろう。その時にメルトリリスが再度勝利できるとは限らない。

 ならば、今息の根を確実に止めなければならないのは明白だ。それに殺す気で挑まなければ、殺される。敵も忍として襲い、命を賭して命を奪いに来ているのなら奪われても文句は言えない。忍の世界とは、そういうモノなのだ。

 

 〝思っていた以上に、儚いものね”

 

 戦場での人の命の重さはあまりにも軽く、殺されても文句は言えず、いつ誰が死体になってもおかしくはない。そんな過酷極まりない場所で、忍は生き抜いて行かなければならない。

 『忍はあらゆる死を容認しなければならない』

 これはアカデミーで最初に習う、基礎中の基礎の教えである。

 

 「その首、がら空きよ」

 「ぐ――――あ!?」

 

 圧倒的な脚力によって五十mもの間合いを一瞬にして詰め、具足の大針で敵の首を貫く。鮮血が彼女の具足と身体に浴びせられ、それに気に留めることなく次の得物を狙っていく。

 

 「舐めるなよ、女ァ!!」

 

 中忍の一人が紫髪の少女に突貫する。

 彼の持つ刀は恐ろしいほど、呆気なく少女の身体を真っ二つにした。

 ―――いや、いくら何でも呆気なさすぎる。

 あれだけ自分達に損害を与えた女が、何の抵抗もなく斬られるものだろうか。

 そしてこの水を斬ったかのような手応えは――――…………

 

 「水分身………!」

 「正解。ちょっと近くに湖があったからその水を使わせてもらったわ」

 「―――――――」

 

 背後から聞こえる身を溶かしそうな甘ったるい少女の声。

 一秒でも早く振り向き刃を薙ごうとするが、身体がまるで石像になったかのように固くなり、指先一本たりとも動かせない。

 

 「神経毒よ。もう、貴方は逃げられない」

 「………ち。此処までか」

 「ええ、此処までね。何か言い残すことはない?」

 「トドメを刺せ」

 「潔いわね。シロウほどじゃないけど、それなりに良い男よ」

 「ケッ。とんでもねぇマセガキだ………」

 

 

 ――――森林にて、また一人の忍の命が消え去った――――

 

 

 ◆

 

 

 世の中には絶対に関わってはいけない、闘ってはいけないと本能で分かるヤバい人間が存在する。雇われ仲間の鬼人・桃地再不斬然り、血系限界の白然り。あの二人と相対するだけでも脂汗が止まらない圧力が襲い掛かってくる。

 ―――戦ったら殺される。そんな不安が、己の心から無理矢理引きずり出されるのだ。

 

 「どうした。何故かかってこない」

 

 そして今、黒髪の男と相対している十名以上の中忍クラスの忍全員が、その圧力を真正面から受けている。

 

 「「「「…………っ」」」」

 

 数で圧倒的有利に立ち、地形も自分達が好む森林。しかも桃地再不斬が用意した霧によって、元霧隠れの忍には最高とも言える舞台が整えられている。

 体調は実に良好。ステージも何一つとして不満がない。これほどアドバンテージのある戦場は早々ありはしないだろう。

 ………だというのに、あの男に勝てる気が全くしない。そして、逃げれる気もしない。

 

 「そちらが来ないのなら、此方から行くぞ」

 

 男はそう言って、懐から珍妙な道具を取り出した。

 

 “刀身が存在しない柄……だと?”

 

 恐らく西洋の剣の柄と思われるモノを、彼は計六個、己の指と指の間に挟んで装着する。

 紅い十字架を連想させるその剣の柄などを取り出して、彼は一体何をするというのだろうか。

 

 「set」

 

 男が短い詠唱を云い終えると、その刀身不在の柄から粒子状のチャクラが溢れ出し、瞬時に鋭い刃が形成された。紛いモノではない、立派な剣の刀身が現れたのだ。あんな道具、見たことも聞いたこともない。

 

 「な………」

 

 刀身を露わにした六本の西洋剣を上忍の男は勢いよく投擲する。

 的確な投擲は一つも外さず忍六名を刺殺した。大木の裏に隠れていた忍も大木ごと貫かれている――――とんでもない貫通力と命中率だ。

 

 “馬鹿な、この視界が断絶された霧の中で我らの位置を把握しただと!?”

 

 忍全員が心中で叫びを上げる。

 

 「お前達は気配を出し過ぎた。おかげで位置を特定するなぞ容易いものだったぞ」

 

 その心中をまるで聞いたとばかりに答える上忍の男。此方の心を完全に読んでいる。

 彼らの焦りと動揺はピークに達し、ついに殺しに行く覚悟を決めた。

 このまま身を潜めていても刺殺されるのみ。ならば行動に移すほかに選択肢など在りはしない。

 生き残った中忍達は己が武装を握る手に力を入れ、玉砕覚悟で潰しに掛かる。

 

 九名もの男が一瞬で上忍を囲むようにして姿を現した。上忍はとんでもない速度で印を結ぶが、もはや構うものか。術が発動する前に勝負を決めればいいだけのこと………!!

 チャクラによってドーピングされた筋力を持って、最高速度の剣速を叩き出す。

 その凶器が捉えている箇所全てが人体の持つ絶対的急所。命に影響を及ぼす死点。

 ―――何処でもいい。何処か一つでも急所を断てれば、勝機はある。

 その希望に全員は全てを賭けていた。そう、命までも。

 しかし黒髪の男は彼らの微かな希望を無慈悲に打ち砕く。

 

 「そんな…………」

 

 刃が―――通らない。

 あらゆる急所に叩き込まれた剣戟は、男の薄皮一枚も傷つけていないのだ。まるで鋼鉄を打ちつけたような手応え。これが、人が持つ弱小な皮膚の強度であるはずがない。

 肌が切れずとも刃を受けた服の箇所は切り裂かれる。そして、鋼の男の素肌が所々露わになる。

 中忍の一人はその肌を見て気付いた。刃を弾いた肌色が、酷く鉛色に変色しているということに。そして理解した。この異常とも言える肌の強靭さに―――――……………!

 

 「呆けているところで悪いが、攻守交代だ」

 

 ネタに気付いたところでどうしようもない。棒立ちとなっていた男達の顔面に、情け容赦なく黒く変色した拳が叩き込まれる。

 彼らは叫ぶことも許されず、頭蓋を木端微塵にされ、噴き出る血は大地を濡らす。

 

 

 ◆

 

 

 そつなく三十名もの忍を殲滅した第一班は指定の場所に集合した。メルトリリスがえらい返り血塗れなのは気にしないでおこう。気にしたら負けだ。

 

 「カカシと再不斬はまだ殺し合いを続けているな。濃密な殺意の渦が肌で感じられる」

 「これが本当に人の出せる殺意か―――鳥肌が立つな」

 

 濃い霧の先でどれほどの激戦が繰り広げられているか、シロウ達は見ずとも理解できる。

 流石は二つ名持ちの忍と言ったところか。先ほどの中忍共とはまるで格が違い過ぎている。

 

 「コピー忍者のはたけカカシと元忍刀七人衆 桃地再不斬。どちらが実力的に上を行っているか分からんが、あの場には第七班の下忍生徒とタズナさんがいる。少々、再不斬の方に利があるな」

 

 綺礼がそう呟いた丁度その時、先ほどまで立ち込めていた霧が消失し、第七班がいる湖のある場所から巨大な水龍が空を舞い壮絶なぶつかり合いを興じ始めた。

 どちらの水龍にもかなりのチャクラが練り込まれており、繊細なチャクラコントロールが為されている。上忍レベルでなければ扱えない代物だろうと一目で理解できる忍術だ。

 

 「あれは、水龍弾の術………!」

 「知っているのメルト!?」

 「え、ええ。アレはかなり高度な水遁の術よ。私もまだ習得できていないし、現物を見るのも今日が初めて。それに、水龍弾がああも激しくぶつかり競い合っている光景なんてそうそう見れるものじゃない!」

 

 水遁を得意とするメルトは目を輝かせながら二頭の水龍を見る。

 

 「………同じ術のせめぎ合いが起きるなど、あの男のいる戦場では日常茶飯事。どうやら決着はもう間近なようだ」

 

 コピー忍者のはたけカカシ。木ノ葉の白い牙の息子にして、うちはの血統でもないというのに三大瞳術『写輪眼』をその眼に宿す上級上忍。噂では千もの忍術をその身に習得しているという。

 知名度で言えば忍刀七人衆と肩を並べれるほど高い。そして『伝説の三人』の自来也、綱手の次に五代目火影の座に相応しい男として注目されている。

 

 ――――ズガァァァンッ!!

 

 二匹の水龍は互いに絡み合い、爆ぜた。どうやら威力共に互角だったらしい。全くオリジナルと遜色の無いコピー忍術。アレこそカカシがコピー忍者と謳われる所以だ。

 ほどなくして今度は大量のチャクラが含まれた竜巻が一方的に繰り出された。

 

 「今度は水遁 大瀑布………!」

 

 またもや上級レベルの水遁の発動。ついでにメルトリリスの興奮も最高潮に達した。

 もはや忍術と言えるかどうか、あの水遁 大瀑布にはそんな疑問を抱くレベルの大規模な破壊力とド派手さがあった。

 

 「さっきの術、カカシ先生のチャクラで作られてた」

 

 白野の言葉に、綺礼とシロウはどちらに軍配が上がったか判断できた。そして彼らの予想を証明するが如く、鬼人が放っていたドスグロイ殺気がぷつりと消えた。この殺気の消えようは殺意を納めたのではなく、死亡した時に為る特有なものだ。

 はたけカカシの勝利して、桃地再不斬が敗北したということを暗に語っている。

 

 「これより第一班は第七班と合流する」

 

 綺礼の言葉に皆が頷きこの場を去って行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 無事第一班と合流できた第七班は、そのままタズナの宿へと泊まることとなった。

 写輪眼の使い過ぎでぶっ倒れたカカシによると、霧隠れの死体処理班『追い忍』に再不斬の首に二本ほど千本針を撃ち込まれ、トドメを刺されたという。死体はそのままその追い忍が回収したとのこと。

 身体が疲れ切って戦力にならなくなったカカシだが、一番の脅威である鬼人を仕留められたのでとりあえず一安心………

 

 「カカシともあろう者が抜かったな。あの鬼、まだ生きているぞ」

 

 ―――することはなかった。

 

 「「「「「「……………は?」」」」」」

 

 その場にいた全員が言峰綺礼に勢いよく視線を向ける。

 この男は、先ほどトンデモナイことを口走った。

 

 「………ええ、綺礼先生のおっしゃる通り、桃地再不斬はまだ生きています」

 

 カカシは言葉尻に面目ないと口にする。

 

 「い、いったいどうゆうことだってばよ!?」

 

 ナルトは桃地再不斬が生きている根拠となる説明を上忍二名に催促する。

 この場にいる第一班と第七班の下忍たちも彼らの説明を待っていた。

 綺礼は彼らの疑問に答えるべく、口を再度開く。

 

 「死体処理班とは本来すぐその場で死体を処分するものだ。なのにその追い忍よりも図体がデカい再不斬の死体をわざわざ持ち帰った。

 そら、可笑しな話だろう? 打ち取った証拠は首だけで事足りるし、残りの死体は焼却処分すればいいだけだというのに何故そのような手間の掛かることをする必要がある。それに追い忍が使ったとされる千本針は人体にある細工を行うことができるのだが、それが何か君達には分かるかね?」

 

 千本針。それは元来ツボ医療に扱われる道具である。殺人を目的としていない故に急所に当たらない限り殺傷効果はかなり低く、戦闘で扱う者もかなり少ない。そして人体に在るツボに突き刺せばさまざまな効力が発揮される。その内の一つが、

 

 「「仮死状態…か」」

 

 武具使いの少年とうちはの末裔の声が重なった。

 

 「ほぅ。よく知っているな岸波シロウ、うちはサスケ―――正解だ。千本針で人の持つ特定のツボに突き刺せば、仮死状態にすることが出来る。

 無論、投擲によって首のツボを突くにはかなりの腕前が必要不可欠だが………人の肉体を知り尽くし、様々な修羅場を潜っている死体処理班なら容易なはずだ」

 

 最悪の事態を想定するのも、忍びの鉄則。

 考え過ぎだと思ったとしても、クサいとアタリをつけたのならより警戒し、出遅れないよう準備するのも基本中の基本。

 綺礼の説明が終わり、今度はカカシが口を開いた。

 

 「………仕方ない。第七班(お前達)に、修行を課す! 出来れば第一班の方々にも協力してくれたら有り難いのですが」

 「結局貴様の任務に最後まで付き合わされるハメになるのだな。まぁ、これも私の生徒達に良い経験を積ませる折角の機会だ。此方の任務が終了次第、其方の手伝いでも何でもしてやろう。

 だが覚えておけよ。ここまで此方に手間を掛けさせるのだから、里に帰還したらそれ相応の対価を求めさせてもらう」

 「………分かりました。覚悟しておきますよ」

 

 これから始まるであろう特別修行に喜びが抑えきれず打ち震えるナルト。スカした態度を取りながら内心喜んでいるサスケ。そして、サクラだけがそれに猛反発した。

 

 「ちょ、待ってよ先生! 私達がちょっと修行したところであんな化け物に勝ち目なんてないわ!相手はカカシ先生でも苦戦する相手なのよ!?」

 「サクラ……その苦戦した俺を救ってくれたのはお前達だ。その成長速度は目を見張るものだった。とくにナルトは一番成長している」

 「………!」

 

 カカシの褒め言葉に、ナルトは今までにないほど喜びに満ちた顔をした。

 事実、ナルトは確かに大きく成長しているのだろう。最初はシロウも驚かされた。あの一時間もない少ない時間のなかで、彼は確実に逞しくなっていたのだから。顔つきからしてアカデミーにいた時とは比べものにならないほどだった。

 

 「とは言っても、俺が回復するまでの修行だ。お前達では勝てない相手に違いは無いからな」

 「でも先生! いつあいつが襲ってくるかも分からないのに修行なんて……」

 「その点なら心配ないだろう。いったん仮死状態になった人間が、元通りの体になるにはそれなりの時間が掛かる。そうでしょう、綺礼先生」

 「当然だ。いくら鬼人と言えど、人は人。短く見積もっても恐らく一週間は掛かるだろう」

 「ま、その間の修行ってわけだ! せめてお前達が瞬殺されるのを防ぐためのな」

 

 別に勝たなくてもいい。せめて生き残る術を身につけろ。そう、カカシは言っているのだ。

 

 「面白くなってきたってばよ!」

 「………全然面白くなんかないよ」

 

 燃えに燃えているナルトのやる気に水を差したのは、先ほど入室してきた小さな子供だった。

 その子供の眼は歳不相応なほど諦めに満ちている、そんな色に覆われていた。

 

 「おおイナリ! 何処行ってたんじゃ!!」

 「ちょっと散歩にいってた。………おかえりじいちゃん」

 

 イナリと呼ばれた子供は、タズナの孫だった。

 

 「イナリ、おじいちゃんを護衛してくれた忍者さん達にちゃんとあいさつなさい!」

 

 タズナの娘でありイナリの母親であるツナミは息子に挨拶するよう注意する。だが、イナリはジト目で第七班と第一班を見て、

 

 「母ちゃん……こいつら死ぬよ………」

 「なんだとォ―――! このガキってばよォ―――――!!」

 「ガトーに刃向うなんて馬鹿なひとたちだよ。どうせ勝てやしないのに」

 「このガキィィィィ!!」

 「お、おいナルト! なに子供相手にムキになっている!!」

 

 沸点の低いナルトは顔を真っ赤にして小さな子供に突っかかろうとする。それをシロウは必至にナルトの体を押さえつける。今ナルトを離してしまったら間違いなくあの子供に襲い掛かってしまうだろう。

 

 「いいかおイナリ!よく聞けよ! オレは将来 火影っていう凄い忍者になるスーパーヒーローだ!! ガトーだかショコラだか知らねェが、全然目じゃないっつうの!!」

 「………ふん。ヒーローなんてバカみたい。いるわけないじゃん、そんなの」

 「なにをォォォォォォォ!?」

 「火影になる男がそんなに大人げなくていいのか この戯け!」

 

 シロウがナルトを押さえている間に、イナリはそのまま自室へと戻っていった。

 

 「………すまんのぅ」

 

 流石に見かねたタズナは、孫の無礼に頭を下げた。

 ナルト以外は皆、何かわけありなのだろうと察していたので彼の対応に不満などは無く、所詮は子供の言う言葉。そこまで気にすることはなかった。ナルトも後にイナリの心情に気付き、とりあえず固く握り締めていた拳を納めたのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 波の国の最奥にある小さな隠れ家では、仮死状態となり身体が麻痺してしまった桃地再不斬がベットの上で安静を取っていた。そして再不斬のお気に入りの道具にして血系限界の少年 白は無言で彼の看病に当たっていた。

 男と知らねば女と見違う白い肌と美貌を持ったその少年は、椅子に座りながら黙々と紅い林檎の皮を剥いていく。

 彼にとって、桃地再不斬という存在こそ全てであり、生きる目的。

 再不斬が白のことをどう思っていようが関係ない。ただ白は再不斬に尽くす。そう、例え命でさえも容易に捧げられる。

 

 「ハッ、まさかお前までやられて帰ってくるとはなぁ。霧の国の忍はよほどヘボと見える。本当に期待外れの金喰い蟲だな。えぇ? この役立たず共が」

 

 ズカズカと勝手に入室してきた低身長の小太り男、ガトーは見下した視線を彼らに向け、暴言を吐き捨てる。

 はたけカカシという男がどれほどの手練れであったかも知らずによくもまぁ言えたものである。

 

 「鬼兄弟(部下)の尻拭いもできずに何が鬼人じゃ。今から小鬼とでも改めるか?」

 「…………」

 

 人を見下す目線を受け流し、小五月蠅い暴言を無視し続ける再不斬。まるでガトーなぞこの空間に端から存在しないと言わん限りのシカトぶりである。

 その態度にカンが触ったのか、ボディガードの侍二人がガトーの前の出て、得物の刀を持って構えた。鞘から刀身を抜かず、構えている姿を見る限り、恐らく居合いの使い手だろうと白は憶測を立てる。隙の多さからして腕前は達人の域とまでには至っていないようだ。

 

 「まぁ待て」

 

 ガトーは二人の侍を退かせて、てくてくと再不斬のベットまで近づいてきた。

 

 「おいおいそう黙ることはないだろ。少しは何か言ったら………」

 

 そして脂肪の詰まったその短い手で再不斬に触れようとしたその時、白は動いた。

 

 「ギッ!?」

 「汚い手で再不斬さんに触れるな」

 

 白はガトーの腕に握り締め、怒気だけではなく殺気までも含まれた声で忠告する。

 

 「お、お前! 離せ、離せと――――ぐがァ!?」

 

 ガトーの腕は白の握力によってボキリと音を発てて折られた。

 主の危機に二人の侍は居合いを放とうとする。無論、狙うは白の急所。ここまで舐められた対応をされては殺すしかない。いくら戦力といえど、主に刃を剥く危険分子なら尚更生かすことはできない。

 

 「「………!!」」

 

 しかし、殺すことは敵わなかった。

 忍として上位のスピードを誇る白の早業で彼らの背後に回り込み、さらには愛刀までも奪われその刃を首元に宛がわれている。

 

 「止めておいたほうがいいよ。僕は怒っているんだ」

 

 何処までも冷たい、氷のような声で彼は言う。

 まだ敵意を自分達に見せるようであるのなら、その首を落とす。

 微かな躊躇いさえも白は決して起こさないだろう。それこそ草を毟るような感覚で、自分達の命は刈り取られる。指先一本動かせば、自分達は死ぬ。間違いなく、だ。

 この二人は腐っても侍。どれだけ彼が本気なのか理解できてしまう。ガトーもすっかり血の気を失せてしまった。腕を折られた怒りよりも、殺されるかもしれないという恐怖の方が上回ったのだ。そして彼は野太い声で泣き叫ぶように叫んだ。

 

 「い、いいか! 次ヘマするようであればお前達の居場所は無いと思え!! 暫くしたら新しく雇った手練れの忍も到着する!! 居場所どころか命までも取られたくなければ、邪魔者の抹殺に死力を尽くせッ!!!」

 

 なんとも三下の手本のような言葉を言い残してガトー達は去って行った。

 

 「はぁ、本当に騒がしい人達ですね」

 「………まったくだ。危うく殺しそうになった」

 「今は我慢ですよ、再不斬さん。ここで騒ぎを起こせば、また追われる毎日が待っています」

 「………ああ、そうだな」

 

 再不斬は自分が追われている身だと言うことを思い出し、また身体を休めるために静かな眠りについた。白はそのまま彼の傍らに居続け、夜を過ごした。

 

 

 ◆

 

 

 数㎞先も同じ風景が続く長く険しい熱砂漠。人を焼き焦がさんとばかりに照りつける太陽が昇っているなかで、一人の中年の男性は悠然と歩いていた。

 その男は逞しい髭を生やし、髑髏の仮面を被り、中東諸国のターバンを頭に巻いている。何より目を惹くのは腰に巻かれた風の国の額当て。アレは砂隠れの忍という証である。

 

 「やれやれ。波の国とはまた遠い場所にあるものよ」

 

 低い声で一人ごちる男は焦らずゆっくりと自分のペースで目的地へと向かっていく。

 その足取りは何処までも軽く、淀みがなかった。歩けば必ず足跡が出来る筈の砂の上を歩いているのにも関わらず、彼の歩いた道には足跡が“一つも無い”のだ。その異常は決してチャクラを足の底に纏っているからではない、ただ純粋たる体術のみで為している。

 

 波の国で起きている闘争に、また一人の忍が招き寄せられる。その男もまた二つ名持ちの生ける伝説。忍びでありながら他国にまで名を轟かせた最高峰の手練れ。

 

 ―――人は彼を『砂隠れの多重人格者』と呼んだ。

 


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