岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第07話 『道具《にんげん》』

 はたけカカシが第七班の下忍たちに与えた修行内容とは―――ずばり木登りである。

 言葉にすればあまりにも小馬鹿にしているとしか思えないものではあるが、この修行の必要性と重要性はとても高い。それどころか忍として生きるのであれば誰しもが一度は通る修行なのだ。

 言わずもがな、この木登りはただの木登りではない。簡単に言えば、ナルト達は手を使わずに足だけで木に登らなければならない。

 普通の人間ならば絶対に不可能。しかし、忍なら可能なのだ。

 忍が扱う生命力“チャクラ”を適度に足に纏えば、木の表面に蛸の吸盤の如く足の裏をくっ付けることが出来る。そうすれば、後は足腰の力さえあれば天井や壁を自由に己のフィールドとして扱うことができるようになる。

 そして、何よりこの修行で最も培われるのは精密なチャクラ制御と持久力。

 練り上げたチャクラを必要とする分だけ必要な箇所に送る。これは忍術を扱う上で最も肝心なことなのだが、案外今の忍でも結構難しい技術である。

 この木登りにおいて必要とされるチャクラは極めて微量。さらに足の裏は最もチャクラを集めることが困難な部位とされている。

 つまり、この木登りを巧くできるようになれば、理論上あらゆる忍術が体得可能になるとされる。しかも足の裏に集めた微量なチャクラを持続しなければいけないため、自然と持久力も養われていく。まさに至れり尽くせりの修行なのだ。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 さっそくナルトは助走をつけ、雄叫びを上げて木登りに挑戦し始めた。

 気合は十分。疲労もなく、体調は万全。勢いもある。しかし――――

 

 ――――ゴンッ!

 

 足に纏うチャクラ量の配分を誤り、バナナの皮を踏んだかのように木から足をツルっと滑らせ、そのまま受け身も取れずに頭を地面に叩きつけた。

 

 「~~~~!?!?」

 

 激しい鈍痛に身を捩らすナルトの悲痛な声が辺りに木霊する。

 

 “その痛み、よく分かるぞナルト”

 

 その様子を家の屋根から一部始終見ていた岸波シロウはうんうんと頷きながら同情する。彼も過去にナルトと全く同じ失敗をした。

 足の裏にチャクラを集めすぎると木の表面から弾かれ、あまりにも少なすぎるとナルトのようにツルッと足を滑らせ頭を地面に打ち付けられる。その失敗を何度繰り返したか分からない。何回か打ち所が悪くて死にかけたこともあった。

 

 「おぉ」

 

 ナルトのように雄叫びは上げず、冷静(クール)に木登りに挑んだサスケとサクラは想像以上の速度で木を駆け上がって行っている。これにはシロウも驚きの声を上げた。まさか一発目からあれほどスムーズにチャクラ制御を行なえるとは。

 サスケは途中で木に弾かれ、失敗したが体勢を立て直して着地できるだけの余裕があった。流石、天才と言ったところだろう。自分では初っ端からあんなに巧くチャクラ制御は出来なかった。

 しかしシロウを最も驚かせたのはサスケではない。春野サクラだ。

 なんせ彼女は一度も失敗することなく、木の天辺近くまで登り切ったのだから。天性と言っても過言ではないチャクラ制御能力である。

 

 「凄いわね。私でも無理よ……一発目であんなに登ることなんて」

 

 シロウと同じく彼らの修行を見ていたメルトリリスは羨ましそうにサクラを見る。彼女もサクラと同様、チャクラ制御にはかなり秀でている。

 友人のシロウと共に幼い頃から死に物狂いで修行をし続け、今では水上歩行をも可能にしたメルトリリスだが、サクラほど最初から巧くは出来なかった。

 

 「はは、お前もうかうかしていたらすぐに追いつかれるぞ?」

 「それは互い様でしょ。あのナルトとサスケの成長速度、並みの比じゃないわ。特にナルトはあの第七班のなかでも群を抜いて成長している。アカデミー時代の落ち零れのレッテルなんて今じゃ詐欺ね」

 

 メルトリリスの言葉にシロウは苦笑する。

 確かにナルトはアカデミー時代にはどうやっても成績が底辺だった。組手でも、テストでも、誰にも勝てやしなかった。それどころかアカデミーに転入してきた自分と会うまでは、真っ当な友人も作れず、孤独を感じ続けていた。

 だが彼は諦めずに努力し続けた。森で特訓をしたり、長ったらしい巻物を幾つも読破したりとそこら辺の生徒よりも頑張っていたのだ。その結果が、今のナルトの成長の高さに結びついているのだろう。

 

 「………あの分だと、限界まで木登りに挑戦する気だな」

 

 ナルトとサスケは互いに負けず嫌いである。恐らくどちらかが倒れるまで今日は修行を止めないだろう。

 

 「これは彼らの頑張りに見合った料理を作らなきゃならないな。腕が鳴るよ、まったく」

 

 朝飯、昼飯の担当はタズナの娘ツナミであり、晩飯の担当はシロウとなっている。彼らが修行の過程でくたくたになった心身を癒すのは栄養と旨味の籠った飯だ。そしてその大切な役割を担っているシロウは奉仕体質バリバリの世話好き男。

 晩飯は大いに期待できる。

 目をキラキラと輝かすシロウを横目で見て、心のなかでガッツポーズをとるメルトリリス。

 

 「だが、その前にするべき仕事がある。メルトも準備しておけ」

 「はいはい」

 

 二人は物静かに姿を消した。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「くそっ!」

 

 ナルトはもう既に百回以上木登りに挑戦している。だというのに一向に上へと登れない。

 唯でさえデリケートなチャクラ配分が苦手なナルトにとって、この修行は鬼門であった。自分よりも巧くチャクラ制御ができているサスケでさえも、未だに頂上に辿り着けていない。それは如何にこの修行の難易度が高いか暗に語っている。

 しかし、ナルトは決して諦めない。それどころかサスケよりも早くこの修行を完遂させてやるという意気込みも未だに在り続けている。

 だがこのままではいづれサスケが先に修行を終えてしまいそうだ。それだけの差がナルトとサスケにはある。故に、最終手段を使うことにした。それは、

 

 「サクラちゃん―――木登りのコツ……教えてくんない?」

 

 仲間に頼ることである。

 サクラは自分達のなかで最もチャクラ制御が上手く、そしてこの木登り修行を一発でクリアした。ならばチャクラコントロールのコツの一つや二つ、分かっているに違いない。

 問題なのは、そのサクラがナルトにそう正直にコツを教えてくれるかどうかである。今までの経験から、教えてくれない可能性の方が高いのだが………。

 

 「……仕方ないわね。一回しか説明しないからよーく聞きなさい」

 

 彼女はやれやれといった表情でナルトにコツを教えてくれると言った。これにはナルトも喜びを禁じ得ず、目を輝かしながら彼女の助言を容量の少ない脳みそのなかに刻む準備を整わせる。

 

 「いい? チャクラっていうのは精神エネルギーを使うんだから、気を張りすぎちゃったり自棄になったりしちゃ駄目なのよ。絶えず一定量のチャクラを足の裏に集めるようにリラックスして木に集中するの」

 

 サクラの助言は極めて単純だ。そして馬鹿なナルトでも分かりやすかった。

 

 「サンキュー、さくらちゃん!」

 

 ぶっちゃけ彼女の助言は言うは易しで行うは難し、という感じだがナルトにとってはなんら問題はない。好きな人からの助言を無碍にするほど自分は愚かではないし、感覚的には理解した………気がするのだから。

 ナルトは気合を入れ直して再び木に向かっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 ナルトとサスケが修行に勤しんでいる頃、カカシは綺礼監修のもと地道にリハビリに励み、修行を完遂したサクラはタズナの護衛を任された。そしてシロウ、白野、メルトリリスはと言うと………。

 

 「良い、釣り場だ」

 

 食料確保のため魚が生息する質の良い湖に足を踏み入れていた。

 シロウは少々くせ毛のあった赤銅色の髪をキッチリオールバックにし、本格的な釣り道具一式(手製)を揃え、やる気に満ち溢れた笑みを零す。言葉に表さずとも彼のテンションが段々上がっていっていることに白野とメルトリリスは肌で感じられた。

 

 「悪いけど、私は動物を狩りに行くわね。どうしても生きてる魚の生臭い臭いが駄目なの」

 「………仕方がないな。夕暮れ時までには帰ってこいよ」

 「気をつけてねー」

 

 メルトリリスは森の奥へと進んでいき、白野はシロウと共に釣りをすることになった。

 

 「けっこう面積あるね。この湖」

 「ああ。なんでも波の国のなかで最も広く、深く、そして澄んだ湖だとタズナさんが一押ししてくれた場所だ。事実、この湖は素晴らしい」

 

 昔から釣り好きなシロウはえらく興奮している。というかまるで子供のようにはしゃいでいる始末。いったい何がそんなに楽しいのか白野にはまるで理解できなかった。だけど、シロウが楽しんでいる姿を見れるだけでもこの場にいる価値はあるのだと、彼女は密かに心のなかで呟いた。

 

 「しかし、これだけ広いとなると舟が在った方が良いな」

 

 そう彼は言って、辺りの木をぐるりと見回した。そして質の良さそうな木を二本程度見極める。

 まず近くにあった一本目の木の前にシロウは立って、口寄せした剣でその木を切り倒す。続いて二本目の木も難なく切断した。

 材木を手に入れたシロウは手早く、そして細かく木を切り刻んでいく。

 素人にはよく分からない骨組みが幾つも出来上がり、それを匠さながらな手つきで組み立てていくその様は、忍者としてかけ離れた姿であったと白野は後に語る。

 

 「こんなもんか」

 「すごっ……え、なにこれ」

 「見ての通り舟だが?」

 

 僅かな時間で小舟の完成である。とことん作ることに特化した人間だ。

 

 「でもこれって即席だよね………沈まないよね?」

 「戯け。そこいらに設置されている舟よりか頑丈だ」

 

 確かにこの男が作るモノは、全てにおいて出来の仕上がりが半端ではなかった。料理にしても、剣にしても、弓にしても、岸波シロウが作るモノは皆文句の付けようが無いものばかり。それは長年共に過ごしてきた白野が一番よく知っている。とりあえず即席の木船とはいえ浸水する、という可能性はないだろう。少しあった不安もすぐに解消され、白野は何の恐れも無くその木船に乗った。

 

 「漕ぐのはシロウね」

 「了解した、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 己が主である桃地再不斬が動けないなか、道具である白は何をするべきか。それは言わずもがな、主の世話である。

 白は動く道具(にんげん)であるが故に、クナイや手裏剣のような動かない道具では為し得れないことを行える。それを再不斬は実感するたびに『お前を拾っておいて良かった』と言うのだ。その言葉を聞くだけで、白の心身は言葉では表すことのできない温もりに包まれる。まさに歪みと言えるだけの忠誠心が白にはあった。

 白の血肉までもが全ては再不斬の所有物。彼の為に戦い、彼の為に生き、彼の為に死ぬ。

 そして今日もいつもと変わらず、彼の為に美味い馳走を持て成す食材を求め森に赴いた。戦闘のみならず家事全般を行なえてこそ再不斬の道具。一つとして隙はない。

 

 「ふぅ………やっぱり此処は良い場所だ」

 

 自分には勿体ないとさえ思える上質な着物を着て、死体処理班の証たる仮面を外し、愛用している日よけの笠をかぶり、自然豊かな新鮮な空気を吸い堪能する。その行為は何時しか白の数少ない楽しみになっていた。

 暫く自然を満喫しながら薬草と野菜を採取していた白だが、彼の目に一匹の獣が捉えられた――――猪である。それも立派な、大物と言えるほどの。

 

 “再不斬さんは猪のお肉が大好きだから、丁度良かったな”

 

 主の食の好みを当然の如く把握している白はあの大猪を仕留めることに決めた。即決である。

 あれほどの大物、さぞかし油が乗っていることだろう。

 白は動物を愛でる優しき少年だが、主の為と思うのであれば簡単に私情を殺すことができる。再不斬に人を殺せと命令されれば一切合切の迷いも無く遂行できるのだから、いくら動物好きとは言っても再不斬の為と思えば猪を殺めることなど造作もない。

 申し訳ない気持ちはある。だが、それだけだ。それ以上の感傷に浸ることなどない。

 懐から取り出すは一本の細長い針。白が愛用する千本針だ。殺傷能力こそ少ないが、動物の持つツボに刺されば一発で麻痺状態に陥れることができる。

 大猪は此方に気付いた様子はない。獣としての感が鈍いのか。それとも自分の気配を消す技能が猪の察知能力を上回っているのか。どちらにしても有り難いことに変わりはない。

 より的確にツボを狙うべく、白は忍び足でさらに大猪へと近づいていく。それが、白の希少極まりない慢心であった。

 

 「プギィィィィ!!」

 “気付かれた………!”

 

 大猪は白を目視するや否や、警戒度全開な奇声を上げ、獣特有の凄まじい脚力を要して此方に突進してくる。大物というだけあってなかなかの馬力だ。牙も立派であり、人体が軟い人間なんぞに直撃すればひとたまりもない。そこいらの猪より何倍も脅威だろう。

 

 “だけど、所詮は畜生(けもの)

 

 気迫、迫力、速度の全てに置いて素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、獣故に技術がない。何の捻りも無くただ我武者羅に突っ込んで来ているだけである。これでは躱してください、カウンターをくださいと言っているようなものだ。

 この波の国の村人ならまだしも、忍である白に立ち向かったのがあの大猪の最大のミス。白は手に持っていた千本針を大猪目掛けて放とうとした。しかし――――、

 

 「大物、発見!!」

 「………!」

 

 突如として空中から降ってきた少女のカカト落としが見事に大猪の首をへし折り瞬殺した。

 黒いコートに何故か下半身丸出し+ショートスパッツ。見るからに刺々しい形状をした鋼の具足。そして先ほど見せた驚異的な威力のある蹴り技。どう考えても一般人ではない。そしてあの腰に巻かれた木の葉の文様が刻まれた額当て。

 間違いない。この少女は――――木ノ葉の忍だ。

 

 “しかも相当な手練れ”

 

 自分に気付かれることなく大猪の頭上に跳び、目に止まらぬ早業で大猪を仕留めた。スピードに自信のある自分でも五分五分と言ったところか。それに加えて隙が少ない。

 

 「そこの貴女。危ないところだったわね。何処か怪我はない?」

 

 彼女は此方に振り向いて、心配そうに訪ねてきた。どうやら自分が元霧隠れの忍とは気付いてないようだ。私服で訪れていたのが幸いした。

 そっと気付かれないよう千本針を仕舞い、顔を隠すため笠を深く被り治す。このまま一般人として話を通してこの場を離脱した方が賢明と白は判断したのだ。こんな動きづらい服装に、装備も全く揃えていない状態で交戦するのは些か以上に分が悪い。

 

 「いえ、おかげさまで大丈夫です。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

 「そう。それは良かったわ。でも次からは気をつけなさい。その恰好を見るに、野菜を採取しにこの森に来たのでしょうけど、野生の動物もうろちょろしてるから……貴女のような女の子が一人で訪れるのは危険よ」

 「………はい」

 

 僕は女ではなく男なんですけど、と口走りそうになったが思い留まった。この貧相な体格と腰つきから女と間違われても仕方がない。笠を取ったらまんま女顔なので尚更間違われるだろう。だいたいそんなことを言って、これ以上会話を長引かせる必要はない。

 そして白が感づかれないよう素早くこの場から立ち去ろうとした時、

 

 「ちょっと待って」

 

 先ほどの優しい声色と打って変わって氷のような冷たい声で静止を受けた。

 

 「………なんでしょう?」

 「貴女、普通の村人にしては随分と精錬された歩行ね」

 

 彼女が指摘したのは白の歩行だった。

 一般人ならばもっと隙が多く、自然な歩き方をするというのに白の歩行は隙が無く、熟練たる忍のそれであった。その違和感に気付かないほど彼女は愚かではなかった、ということだろう。

 

 「何処の忍、て聞くのは野暮よね」

 「………ええ。そうですね」

 「静かに立ち去ろうとした態度を見るに、ここで私と会ったのは偶然で、貴女が“今”ここで争うつもりが無いことは察せられるんだけど………生憎私は厄介事を先延ばしにする性質は無いの」

 

 つまり、自分達にとって害となる存在は見つけ次第速やかに排除する。そう彼女は言っているのだ。遅かれ早かれいつかは殺し合う境遇にあるのなら、今ここで殺し合ってもなんら問題はない。しかも今ここで戦うことになれば彼女に大きなメリットがある。なにせ白は野菜採取の為に森に訪れたため、武器は最小限しか持参していない状態だ。対して彼女は完全装備と言えるだけの武装を身に纏っている。今戦えばどちらが有利かというのは一目瞭然。

 

 「卑怯と言ってくれても構わないわよ?」

 「とんでもない」

 

 彼女の判断は間違いなく正しい。自分達は忍であり侍などではないのだから、正々堂々戦うこと自体滅多にない。暗殺、策謀、不意打ちをして賞賛を贈られることはあっても避難されることはあり得ないのだ。

 

 “………逃げますか”

 

 今の自分が恰好の鴨であることを自覚し、また戦っても勝てる見込みが少ないことを鑑みれば戦略的撤退は免れない。今のこの状況で逃げることは決して恥じることではない。白にとって最も恥じるべきこととは、再不斬に対して何も為し得ずに死することである。

 白は即座にこの場から全力をもって離脱する。だが彼女とて木偶ではない。逃げようとする敵を放っておくわけがない。

 

 「逃がしはしないわ」

 

 艶めかしい紫の長髪を持つ少女は黒いコートを靡かせながら自分を追跡する。まるで氷の床を颯爽と滑るフィギュアスケート選手のように地面を滑走しているその様は異様の一言に尽きた。あんな走行見たことがない。

 

 “面妖な………されど、可憐でもある”

 

 彼女の動きは何処までも滑らかであり、しなやかであり、水のような型に囚われない柔軟さがあった。

 

 「僕には真似できませんね。貴女の動きは」

 「褒めてくれてありがとう。まぁ、煽てても逃がしはしないけど」

 「それは残念です。しかし、それでも僕は生きなきゃならない。此処では死ねない。此処は僕の死地じゃないんだ」

 

 白は決意に満ちた声でそう言って印を結び、口から大量の霧を噴出した。

 

 「霧隠れの術……桃地再不斬と比べたらスケール小さいわね」

 「あの人には色んな意味で一生敵いませんよ。だけど貴女を撒くにはコレで十分」

 

 再不斬ほど霧もチャクラも濃くは無いけれど、それでも人の視界を遮るほどの効果はある。

 されど、追手は唯の人に在らず。

 

 「あまり私を下表評価しないでほしいわ………!!」

 

 彼女の脚に過剰なチャクラが収束していき、虚空を切り裂くように横一文字に回し蹴りを決めた。その瞬間、剃刀のようなカタチをした刃が現れ立ち込めていた霧が一瞬にして霧散されたのだ。しかも霧を断つだけには飽き足らず、術者の白目掛けてチャクラが内包された真空の刃が牙を向く。

 

 「な………!」

 

 咄嗟に白は真横に跳んで回避した。

 恐ろしいことに、その剃刀型の刃は近くに在った大岩を難なく切断したではないか。もしあと数秒判断に遅れていたら自分の末路はあの大岩と同じであったことだろう。

 

 “衝撃波にチャクラを纏わせ、物理的な殺傷力を付与したのか!?”

 

 流石に白もこれには胆を冷やした。

 

 「やっと、追いついた」

 

 少し息を切らした少女が勝ち誇ったように自分と相対する。先ほどの業の反動のせいか、多少疲れているようだ。だが彼女の脅威性は以前変わらず、追いつかれたのも紛れもない事実。

 ―――しかし、白はそれでも諦めはしなかった。むしろ愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 

 「その笑みは嘲笑、ではないわね。勝機でも得たのかしら?」

 

 白に追いついた少女の本能は危険を察していた。“此処”で奴と戦えば自分も唯では済まないと。

 追い込んだつもりになってはならない。追い込まれたのは―――自分であると。

 

 「ふふ。得物を目の前にして狩りにこないのですか」

 「私は第六感ってものを存外信じる人間なの。今貴女を殺そうとこれ以上近寄ったら………けっこうヤバそうなのよ」

 

 白は表情を変えずに彼女の感の良さに感服する。そしてつくづく油断ならない忍だと再確認した。

 

 「貴女がこれ以上僕を追い仕留めると言うのなら止めはしません。しかしその時は――――」

 

 印を高速で結び、白は決して揺るがぬ双眼で小さき少女を見つめ、宣言する。

 

 「本当に、命はありませんよ」

 

 これは決して脅しではない。そんなことは彼女も分かっている。

 此処一帯は昨日雨が大量に降っていた。そして地中には大量の水分が含まれている。白にとってそれは大きなメリットがあった。彼女と自分の間にある武装数すら凌駕するメリットが。

 ――――戦えば重症を負おうとも絶対に勝つ自信が白にはある。

 

 「…………」

 

 白の並々ならぬ自信と決意。そして彼女自身の直感が危機だと叫んでいるなか、少女は選択しなければならない。

 今ここで死力を尽くし殺しに行くか。

 深追いをせずに引き返すか。

 敵を目の前にして彼女が選択したのは――――――……………。

 

 

 ◆

 

 

 「いやー、大量大量!」

 

 エミヤはほくほくとした顔でクーラーボックスの中身を見る。その箱のなかには大小様々な魚が収められていた。

 釣りの結果など言うまでもない。大収穫である。

 とりあえず11人分の魚を調達できたので、今日はここまでとシロウは打ち切り、狩猟に出たメルトリリスの帰りを待っている。

 

 “………シロウのキャラ崩壊、久々に見たなぁ”

 

 白野は思い返すだけでも笑いが溢れてしまいそうだ。手製の釣竿を誇らしげに扱い、次々と魚を釣り上げていくにつれてテンションを上げていった彼の姿は本当に微笑ましかった。

 

 『フィィィッッシュ!! イィィヤッホォォォーーー!!』

 『見ろ白野!! なかなかの大物だぞぉ!!』

 

 ―――手元にボイス録音機が無かったことが誠に悔やまれる。

 

 「白野」

 「は、はい!?」

 「何か変なこと考えてなかったか?」

 「………カンガエテナイヨー」

 

 シロウは白い目で自分を見る。その眼は“もう少し偽る力を付けとけ”と語っていた。

 

 「それにしてもメルトの奴遅いな。何時まで狩りをやってるんだか」

 「感知してみよっか?」

 

 あのメルトリリスがそこまで狩りに手こずるとは思えない。ガトーカンパニーの存在もあるし、彼女の力を信用しているとはいえ流石に心配になった白野は感知を行なおうかとシロウに提案した。

 しかしシロウは首を横に振った。その必要はないと。

 彼の目にはとんでもない速度で此方に向かってくる物体を捉えていた。

 暫くして、シロウと白野が待機していた湖岸にメルトリリスが到着した。彼女の姿を見るに、怪我をした様子は全くない。しかしメルトリリスの整った顔には影が差していた。

 

 「どうした。狩りに失敗したか?」

 

 一向に口を開く気配がないメルトリリスにシロウが問いを投げた。

 

 「………まさか。ちゃんと大物を仕留めてきたわよ。収納の巻物に保存しているわ」

 「その割には随分と元気がないじゃないか。――――何かあったな」

 「ええ。とっても屈辱的なことがあったわよ」

 

 メルトリリスは忌々しそうに吐き捨てた。彼女は無念と怒りが入り混じった瞳で森の奥を睨み、そして大きな溜息を吐いて先ほど遭遇した女のことを岸波兄弟に説明するのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 重い足取りで我がアジトに戻ってきた白は玄関でゆっくりと腰を下ろした。

 もしあの森で昨日(さくじつ)雨が降っていなかったら本格的に拙かった。不幸中の幸いとはよく言ったものである。

 とりあえず、無事生きて帰れた幸運に感謝しよう。自分はまだまだ主の元で動けるのだから。

 

 「………白。戻ったか」

 

 再不斬は白の帰宅に気付き、目を覚ました。

 

 「はい、只今戻りました」

 

 下ろしていた腰を上げ、意識を切り替え、夕食の準備に取り掛かった。あの少女と遭遇してしまったため満足に薬草も野菜も収穫できなかったが、些細な問題だ。少なくとも材料はある。

 数少ない材料を全て使い切り、足りないものは己が腕でカバーできる。

 

 「再不斬さん。今日は雑炊ですからね」

 「あァ? 肉ねぇのかよ」

 「無いですねぇ。市場では肉類が高騰してますし、また今度、新鮮なお肉を取りに行きますよ」

 「だから今は我慢しろ、か?」

 「はい♪ その通りです」

 「………チッ。仕方ねェな」

 

 傍若無人である再不斬とて無い物強請(ねだ)りをするほど子供ではない。渋々白の献立を受け入れた。それに白の作る雑炊はけっこう美味いのでそれほど不満を持つに値しなかった。

 再不斬はベットで横になりながら、キッチンで淡々と調理を進めている白を見て、眉を顰めた。

 

 「なぁ、白よ」

 「はい?」

 「お前……今日何かあったろ?」

 「………どうしてそう思うんですか?」

 「質問を質問で返すんじゃあねぇ。そして、あんまし俺を舐めるな」

 

 やれやれと再不斬は溜息を吐く。

 

 「お前らしくない呼吸の荒さ、汗の量、俺が買ってやった着物に不自然な汚れがついてやがる。何かあったかなんて容易に察せられるんだよ」

 「はは、流石再不斬さん。鋭いですね」

 「阿呆。どんなに愚鈍な奴でも気付くわ。

  ………遭ったんだろう? 木ノ葉の糞共と」

 「ええ、それはもうかなりの強者でした」

 「仕留めたか?」

 「本格的な殺し合いになる前に撤退しましたよ」

 「なんだそりゃ。俺の道具のくせに情けねぇな」

 「返す言葉もございません」

 

 少年は出来たての雑炊を再不斬の元まで持ってきながら苦笑する。再不斬は呆れてはいるが怒ってはいないようだ。

 白という道具の性能は再不斬が一番把握している。そんな道具が撤退を選んだのだからよほど悪条件での遭遇だったのだろう。敵も白が認めた強者と言うのだから、無茶な戦闘を避けた彼の判断は間違ってはいない。

 

 「………怪我、しなくてよかったな」

 「え?」

 「お気に入りの道具が傷つかなくて良かったと言ってんだ。勘違いすんな」

 「ですよねー」

 

 ぶっきら棒に言う再不斬に白は微笑みを浮かべる。

 人間と見られていなくとも、道具として見られていても、こうして彼に大切な存在だと思われているだけでも自分は救われる。

 

 「ほら、再不斬さん。冷めないうちに食べてください」

 「応……っておい。さっさとその雑炊渡せ」

 「………今すっごく熱いですからふぅふぅして食べさせてあげましょうか?」

 「ふざけんな!!」

 「ははは、やだなぁ冗談ですよ、冗談」

 「白―――――!!」

 

 森の奥地で鬼人の怒声と少年の笑い声が広く響き渡った。

 

 




・白は男のくせに可愛さが異常である。

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