岸波忍法帖   作:ナイジェッル

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第08話 『それは誰のために』

 ナルトとサスケは夕食時のその直前まで必死になって木登り修行を続けた。サスケはナルトより先に天辺に辿り着けるように、ナルトはサスケを追い抜けるように。

 無意識だろうが、あの天才と謳われたうちはサスケが劣等生であるはずのうずまきナルトにライバル心を抱いている。それは彼も内心ではナルトという男を認めていることに他ならない。

 彼らの競争意欲は更に高まりを見せ、それは食事時でも変わりなく発揮した。

 次々とシロウの手料理が二人の口の中に放り込まれていき、その美味さに感動しながらも互いに負けじと箸を進めていく。

 その豪快な食べっぷりに料理を作ったシロウは満足気である。食事のマナーなどはなっちゃいないが、一心不乱に食べてくれるということはこの上なく嬉しいものだ。賑やかな食卓も好ましい。

 シロウは全員が飯を食い終えた頃合いを見計らって、メルトリリスが遭遇した忍のことを皆に伝え、特にナルトとサスケには修行中でもなるべく周囲を警戒するよう忠告した。

 

 「…………?」

 

 賑やかだった食卓も落ち着きを取り戻し、静かになったその時だった。家の壁に飾ってあった一つの写真を不思議そうに白野は見つめ、首を傾げる。

 

 「あの、この飾られてる写真はなんでこんなにおかしな破れ方してるの?」

 

 壁に飾られている写真は欠けていた。しかもイナリの頭を優しくも豪快に撫でている、男の上半身だけが意図的に破られていたのだ。明らかに何か意味がある。この手に鈍感な白野、ナルト、サクラを除く全員が感づいた。そして岸波シロウは思い出す。あの笑顔が絶えぬ食卓で、唯一イナリのみが笑わず、ずっとこの写真を見ていたことに。そしてタズナ達は白野の疑問に敏感すぎる反応を示した。

 白野の素朴な問いに不快感をもったのか、イナリは無言で自室へと戻っていった。それを見た母は急いで我が子の後を追ってこの場からいなくなってしまった。何とも言えない気まずい雰囲気が周囲を覆う。

 

 「その上半身が破かれちまっている写真の男は、かつてこの町の英雄と呼ばれた男じゃ」

 

 タズナは遠い目をして写真を見る。

 そして語られたのは今は亡き英雄の話。イナリが心の底から父と呼べる男の話だった。

 男の名をカイザと言い、波の国を襲った幾たびの危機を命がけで解決し、遂には英雄と呼ばれるようになった漁師だった。そして溢れんばかりの『勇気』をこの町の人々に与えた。それはイナリとて例外ではない。彼はカイザに命を助けられ、勇気を与えられ、家族のように大切にされ、実の息子ではないというのに本物の父親の如き愛情を注がれた子供なのだ。

 早くに父親を亡くしたイナリにとって、カイザはまさに父親そのものだった。金には変えられぬ多くのことを教え、与えてくれた存在だった。

 

 「カイザと共に過ごしていたあの頃のイナリは、本当に笑顔の絶えない子供じゃった。勇気も、行動力も、確かにあったんじゃ。じゃが、ガトーが現れて………ある事件を境に、あの子は変わっちまった………」

 

 悲痛に満ちた独白。涙無しにはこれ以上語れないほどの無念がタズナにあった。

 

 「ヤツはあろうことか、カイザを公開処刑したんじゃ。それもテロを起こそうとしたっていう濡れ衣を着せてな」

 「そんな。でも――――なんでそんなことを……………!?」

 

 サクラは理解できないと言って声を荒げた。何の罪もない一般人を処刑するなど許されていいはずがない。だいたい一人の漁師を殺して何のメリットがあるというのか。

 

 「理由なんぞ一つしかありゃしない。カイザはこの町のシンボルであり勇気の象徴。波の国の完全支配を望むガトーにとってソレはこの上なく目障りじゃった。――――じゃから殺した。反抗的なワシ等の戦意を削ぐために、勇気というモノをこの町から摘み腐らせるためにな」

 

 全てを支える自慢の両腕を切断され、十字架に張り付けられ、無残にもカイザは公開処刑にされた。

 効果は言うまでもない。町の人間は恐怖し、反抗的だった者達も静かになった。そして府抜けて行った。おかげで今や波の国は昔とは比べものにならんくらい活気が減り、ガトーの支配にただ怯えるだけの家畜へとなり下がった。

 

 「カイザが死んで以来、あの子は心を閉ざしちまったんじゃ。そしてその写真はイナリが破って、持ち去っていきよった」

 

 憧れであった英雄(ヒーロー)を公開処刑されたのだ。その衝撃は子供の精神にどれだけショックを与えたことか。今ではヒーローを誰よりも信じていた子供が、誰よりもヒーローを否定している。

 語れることは全て語り尽くしたタズナは、再び口を重く閉じた。そしてまたこの空間は静寂に包まれる。だがその静けさも長くは持たなかった。

 

 ―――ガタッ!

 

 先ほどまで黙ってタズナの話を聞いていたナルトは勢いよく椅子から尻を離して立ち上がった。そしてそのまま玄関口へと向かい始める。

 

 「………修行の続きに行くのなら止めておけ。今日はチャクラを練り過ぎている。それ以上動くと危険だ」

 

 シロウは外へ向かおうとするナルトにストップをかける。しかし、ナルトは首を横に振った。

 

 「大丈夫だってばよ。俺ってば、スタミナだけは誰にも負けねぇ自信があるし……それに――――」

 

 家のドアに手を付け、ナルトは皆に振り向かずに心強く、己に誓うように宣言する。

 

 「あいつに証明しなくちゃならねぇ。この世には、ヒーローがいるってことをな!」

 

 そう言ってナルトは修行を再開させるために外へと出て行った。そして彼が修行から家に帰ってきたのは、なんと12時間以上経過した後のことである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 今日も白は薬草を採取するために森へ出かけていた。しかし、以前のようなヘマはしないように千本針を体中に仕込ませている。着物も動き易い物へと替えた。これで如何なる緊急時でも存分に実力を発揮できる。

 チュンチュンと小鳥たちが鳴き、自分の肩に乗っかるなどもうすっかりここ周辺の鳥に懐かれている。今度来る時は何か餌でも持ってこようか。そんなことを思いながら、再不斬の回復に必要な薬草を摘まんでいく。

 暫くして小さな籠のなかは薬草で一杯になった。これだけあれば十分だろう。

 前回、手練れの忍に遭遇したこともあるので、目的を終えた白は腰を上げてさっさと再不斬の元へ帰ろうとした。しかし、その途中で彼は思いもよらないモノを見つけた。

 

 「………あれは」

 

 白が見つけたのは森の大地の上を大の字で寝ている少年。何やら満足気な表情で爆睡している。小鳥達が少し群がってきているというのに目を覚ます気配もない。

 左手にはクナイが握られており、額には木ノ葉の文様が刻まれた額宛が巻かれている。明らかに木ノ葉の忍である。何より白はこの少年を知っている。確か仮死状態にした再不斬を救出する際に出会ったはずだ。この少年も仮面を被っている自分を見ているはずだが、素顔を晒している今の白を見てもきっと分からないだろう。

 

 「…………」

 

 白は無言で彼の傍まで接近した。

 ―――本当に寝ている。

 空寝をしているわけじゃない。辺りにトラップを張ることもなく、敵を誘っているわけでもなく、純粋にこんなところで爆睡してしまっているのだ。

 さて……この子をどうするべきか。白は真剣に悩んだ。敵としては、このまま息の根を止めてしまうのが最も正しい判断なのだろう。しかし目の前の少年はそれほど害になるほどの手練れというわけでもない。ましてや自分と再不斬の障害になる存在というのも考えづらい。それにまだ幼い、それこそ自分と同じくらいの歳の少年だ。ここで殺してしまうのも後味が悪いと白は思った。

 

 「こんなところで寝ていると風邪をひきますよ」

 

 優しく少年の肩を揺すった。いくら天気が良いといってもこんな場所で大の字で寝るのはいただけない。危険な野生の獣もいるのだから、そのまま放っておくわけにもいかなかった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 大の字で寝ていた少年の名はうずまきナルト。見た目通り、元気で活発的な男の子だった。初対面の自分を警戒することなく、薬草を取りに来た波の国の住人として認識されている。また彼も例に漏れず白を女性と勘違いしているのだが、まぁそれも慣れたのでいいだろう。去り際にさりげなく教えてあげたら面白い反応をしそうだ。

 

 「そういえば、こんな森のなかで君は朝から何をやってたんですか?」

 「ふっふっふ。一般人には真似できねぇすんげぇ修行だってばよ!」

 「へぇ……修行かぁ。もしかして君って、その額宛からして何処かの忍者なのかな?」

 「え!? そう見える!? そう見えちゃう!?」

 「うん、見える見える」

 「えへへ………ごほん。――――そう! 何を隠そう俺ってば忍なんだってばよ!」

 

 彼の反応一つ一つが可愛らしい子供のようだった。見ていて元気が貰えているような気がする。これほど純粋な目をしている子供もこの国を訪れて以来、久方ぶりだ。

 

 「君ってすごいんだね」

 「へへっ」

 

 照れくさそうに頭を掻くナルト。褒められることにはあまり慣れてなさそうだ。

 そして白は流れのままに聞いた。何故修行などするのか? その問いに対してナルトは予想通りの答えを口にした。強くなりたいからだ(・・・・・・・・・・)、と。

 白はさらに問うた。それは何のために? ナルトは『里一番の忍者になるため』『皆に己の力を証明するため』『あることをある者に証明するため』だと答えた。

 確かに思い切りは良い。ハッキリとした目標も掲げている。しかし、強くなるために最も重要なことを彼は知っているのだろうか?

 

 「………ナルト君は強くなりたいと思っている。ならそれは誰の為にですか? それとも自分の為にですか?」

 「………………へ?」

 

 白の質問の意味が伝わっていないのか、ナルトは頭上に?マークを浮かべる。白は少しだけクスっと笑った。

 

 「君には、大切な人はいますか?」

 

 ナルトはどう答えていいか分からないらしい。難しい顔をしたまま黙り込んでしまった。白もなぜ自分がこんなことを言い始めているのか不思議に思った。だが教えておきたかった。何故だか知らないけれど、この少年には本当の強さというものを知っておいてほしいと白は思ったのだ。例えそれが敵に塩をふる行為であったとしても。障害になる可能性を高めてしまう行為であったとしても。

 

 「ナルト君。人は、大切な何かを守りたいと思ったとき、本当に強くなれる(・・・・・・)ものなんです」

 

 果たしてこの言葉をナルトはどう受け止めるのだろうか。

 彼は一瞬だけ呆けた顔をするが、すぐに意味を理解したのか笑顔になって答えた。

 

 「―――うん! それはオレもよく分かってるってばよ!」

 

 ナルトの言葉に嘘偽りはない。この場凌ぎで答えたのではない。彼はちゃんと理解している。それに白は内心で良かったと呟き、もと来た道へと歩き出した。

 

 「君は強くなる……また何処かで会いましょう」

 「おう!」

 「あ。それと、ぼくは女の子じゃなくて男の子ですよ」

 「―――――はぁ!?」

 

 あまりにも予想通りな驚きっぷりに苦笑しながらも、白はこの場を去って行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………面白いほど上手くことが運んだな」

 

 シロウの手に握られているのは第一班の採取対象であった秘薬の元になる薬草である。第一班はガトーカンパニーの支配下にある波の国に生息している薬草の採取には時間、ないし手間が掛かると予測していた。しかし、思いのほか妨害などはなく、スムーズに任務を遂行できた。

 

 「まぁ、なんにせよ此方の任務は完了だ。後は第七班の厄介ごとを片付けるのみか」

 

 もう既にはたけカカシの体調は万全となっており、ナルトとサスケの修行もあと少しで達成する兆しを見せている。そして今日までガトーカンパニーからの急襲もなかった。だが、油断できる状況ではないことには依然として変わりない。メルトリリスの報告にあった手練れの忍は勿論のこと、生死不明の再不斬の件もある。気を抜くことは禁物だ。

 シロウは手に入れた薬草をポーチのなかへと収め、外庭に出て、自作の武具の手入れを始めた。収納式の巻物の本数は全て合わせて10本。武具総数しめて100。弾丸、爆薬、トラップ一式、医療忍具も一通り揃えている。これだけあれば、一介の雑魚程度なら問題なく対処できる。使い方次第では手練れを相手にしても微かな勝機は掴めるだろう。

 手始めにシロウは一挺の回転式拳銃を解体する。この拳銃もまたシロウの手製である。視覚しにくい黒一色に染められ、装飾たるものは一切施されていない。とことん実用性重視に拘っている。シロウは解体した回転式拳銃の部品一つ一つを丁寧に点検し、精密機器にも劣らぬスピードで組み立て直す。他の銃器も同じように解体しては細部を点検し、正確に組み立て直していく。

 多種多様な銃器を点検し終えたら次は弾丸だ。この螺旋状に造形された弾丸は、シロウの自信作の一つと言える。微弱ながらもチャクラを付与させ、貫通力を強化した代物だ。実戦では使われていないが、実験では大岩を貫通するという結果を出している。他にも散弾、徹甲弾、焼夷弾なども製作しているものの人間相手に使用したことはない。というか危険すぎて無暗矢鱈(むやみやたら)に使用できるものではないのだ。

 弾丸のチェックも終えたら刀、剣、斧、槍、手裏剣、クナイ、ワイヤー、弓矢、盾、地雷と片っ端から手に取り点検する。武具使いであるシロウは当然のことながら獲物の扱い次第で戦闘力に大きな影響を及ぼす。故に戦闘の要となる武具に不具合などあったらシャレにならない。命を落とす要因にもなりかねないのだがら笑えない。

 武具を主力として扱うということはチャクラの節約にも繋がり、スタミナの温存にも貢献できる。だが起爆札やら弓矢やらの消耗品だと費用も馬鹿にならない。しかし岸波シロウは例外中の例外である。彼の扱う武具は全て自作品。故にコストも低く収まっている。まぁ、一から武具を製作する時間と労力はそれなりに掛かってしまうのだが。

 

 ―――――ピンッ。

 

 予め周囲に仕掛けていたワイヤートラップに誰かが引っ掛かる手応えを感じた。危険極まりない武具の手入れをする際は、全神経を手先に集中させる必要があるため、どうしても周囲の警戒が疎かになってしまう。故に手入れ中はトラップを辺りに張り巡らせることによって身を守っている。尤も、タズナやイナリなどの一般人もいるので安全性などを考慮しているトラップである。

 

 「………シロウ。早く降ろして」

 

 トラップに掛かった間抜けな人間を見たシロウは苦笑を禁じ得なかった。

 

 「修行不足だな。周囲をよく見ていないからそういう目に遭う」

 「いいからさっさと降ろしてよこの皮肉屋! というか見るな変態!!」

 

 シロウのトラップに掛かったのは岸波白野だった。か細い右足には縄が繋がれており、呆れるほど見事に逆さ吊りにされている。しかも着物を着ているので(おくみ)が重力に従い(たもと)まで下りてきてしまっている。あれでは下着が丸見えだ。一端(いっぱし)の女子である白野は顔を赤くしてどうにか脱出しようと必死にもがいてはいるが、一向に抜け出せない。

 

 「まったく、手間の掛かる娘だよ」

 

 見かねたシロウは丁度手入れ中だった一本の日本刀を縄に向かって軽く投擲した。チャクラが練り込まれた刀は白野を捕えていた縄を難なく切断する。

 

 「えぇぇぇ―――――!?」

 

 空中に白野をぶら下げていた縄を切ったのだから、彼女は当然、重力に従い落下する。高さはざっと50m程度。普通の下忍なら落下中に体制を立て直して着地できるのだが、残念なことに下着を見られて羞恥心で一杯の今の白野にはそんなことはできない。

 彼女の落下地点まで移動したシロウは腕を広げて白野をキャッチする。

 驚愕、怒り、羞恥などの感情を心のなかで渦巻かせる少女はどのような表情をしていいか分からず、ただこれだけは理解できた。

 

 「白野。お前、少し重くな――――」

 「ふんっ!」

 

 ――――こいつは殴るべきだと。

 

 気づいたら手が出ていた。柔らかい手で繰り出したとは思えぬ重き拳は、吸い寄せられるようにシロウの顎へと向かう。彼の両腕は白野を抱きかかえているため防御することは叶わず、不意打ちである一撃はえらく綺麗に顎にヒット。幼い頃から大切なモノを護る為に鍛えてきたはずの男が脆くも崩れ去る瞬間であった。

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 数分して岸波シロウは意識を取り戻した。どうやら顎をやられたおかげで脳を揺らされたらしい。軽い脳震盪を起こしたのだ。まさか白野にKOさせられる日が来るとは思わなんだ。

 呆けた頭でそんなことを思いながら、シロウは白野の膝枕に頭を預ける。彼女は気絶したシロウを木の陰まで移動させて、自分が起きるまでずっと待ってくれていた。起きてから最初に言われた言葉が『謝らないから。自業自得だから』という辺り、本当に頑固で男勝りな少女である。

 暫く横になっていたら意識がハッキリしてきたので、ゆっくりと体を起こす。

 

 「はぁ………酷い目にあったものだ」

 「それはこっちの台詞」

 

 白野はジト目でシロウを睨む。あの逆さ吊りがよほど屈辱的だったのだろう。だが、トラップに引っ掛かったお前も悪い、とは思ったが口にすることはしなかった。もう終わったことだ。これ以上引っ張ることでもない。

 シロウは武具を出しっぱなしにしていたことを思い出し、さっさと収納式の巻物に点検し終えた凶器をしまっていく。また全ての武具を点検したのだが、何一つとして不具合はなかった。

 

 「白野。お前の刀も点検するからちょっと見せてみろ」

 

 丁度良かったと言わんばかりにシロウは言う。白野はこくりと頷いて巻物内から刀を取り出した。

 かつてシロウが白野のために作ったこの刀は、一際強い護りの加護が施されている。切れ味も無論良いのだが、何より自動防御プログラムが非常に優れている。なにせ担い手の腕の力量に関係なく、敵意のある者に対処するよう最も最適な動きを所有者に行わせる力があるのだ。まさに岸波シロウの過保護を具現化させたような刀である。また当然の如く貴重な貴金属、術符などが惜しげもなく取り入れられているため売ればかなりの値段になる。流石に桃地再不斬の首切り包丁には性能的に劣ってはいるが、それでも並大抵の武具では比べものにならにほど価値がある。

 ちなみにこの刀は防御にしか自動的に回れないため、攻撃に転じる際は白野の腕前が直に反映する。つまり剣術がてんでダメな白野はこの刀を防御にしか扱えない。だが身を護るのならこの上ない武具なのでシロウは無問題としている。

 

 「………よし。異状はないな」

 

 刃毀れもなければ加護が弱っているわけでもない。ちゃんと手入れは怠っていないようだ。

 

 「ほんと、シロウは忍より鍛冶屋の方が性に合ってるよね」

 「………否定できないから辛いもんだ」

 

 孤児であったシロウと白野は木ノ葉隠れの里に保護してもらい、生活費も援助してもらった。その対価にアカデミーに入学し、将来里のため民のために忍として生きることを義務付けられた。それはシロウにとっては都合の良い対価だった。

 あの災害で見殺しにしてしまった人々の分まで自分は頑張らなければならない。この命は岸波シロウ一人だけのものではないのだ。ならば忍として生き、里の人々のために貢献できるのなら喜んで受け入れよう。

 

 “だが、白野まで忍の道を歩むことになったことは些か以上に不満が残る”

 

 地獄と化した村で自分以外、たった一人だけ生存していた一人の少女。岸波白野は多くの命を裏切った己が命を賭して守らなければならない存在だ。できるのなら彼女だけは平穏に暮らしてほしかった。しかし、この世は残酷にできている。

 岸波白野には忍としての素質があり、忍としても稀有な能力『感知能力』を兼ね備えていた。そんな彼女を上層部が見逃すはずがなく、シロウと同じく死が付き纏う忍の職を選ばざる負えなくなった。それが無念でならない。今ではもう決定したことなのだから仕方がないと諦め、せめてこの世界でも生きていけるよう育てることに力を入れている。

 

 「………シロウ? さっきから黙ったままで、すっごく難しそうな顔してるよ?」

 「あ、ああ。少し考え事をしていた」

 「ふ~ん………新しい彼女さんについて?」

 「違う。だいたいあの子は単なるバイト友達だと何度言ったら分かってもらえるんだ」

 「どうだか」

 

 最初のころはあれほど尊敬してくれていたというのに、今ではすっかり尊敬もヘッタくれもないただの女誑しという目で見られている。うすうす感づいていたが………まさかこれが娘の反抗期というやつか。

 

 「そう睨むな。釣りをしたらそんなこと(・・・・・・・・・・)はすぐにどうでもよくなるぞ?」

 

 シロウは白野に機嫌を直してもらおうと釣竿を渡して釣りに誘う。丁度今日も食材をタダで頂くためにあの大池に行かなければならなかった。白野にもまた手伝ってもらいたいと思っていたし、夢中になって釣りに没頭すればある程度、嫌な思いなどすぐに解消されるだろう。

 

 「そんなことって………ううん、そうだよね。そんなことだよね!」

 

 しかしどういうわけか、白野は何やら先ほどより怒っているような………いや間違いなく怒ってる。凄く怒ってるよこの娘。まさか地雷を踏んだとでもいうのか。いったいどこでそんなヘマをやらかしたというのか。

 結局シロウはこの後 滅茶苦茶いびられながら釣りをした。恐らく歩んできた人生のなかで最も過酷な釣りであったと、後にメルトリリスにげんなりとした様子で語った。

 

 

 ◆

 

 

 「………やっと回復したか」

 

 ベットの上で長い間、殺意をずっと(くすぶ)らせていた桃地再不斬は隠しきれない歓喜を笑みを浮かべる。

 一度仮死状態を体験し、一週間身体の麻痺が続いた。満足に肉体を動かすこともできず、戦うこともできず、ただ無念と憎悪で心を焦がし続けていた。だがそんなクソッタレでつまらない毎日も今日で終わりだ。

 握力は戻り、チャクラも安定している。これならカカシにリベンジできる。ヤツを殺せる。もう遅れはとらない。再び会いまみえたその時、確実にその心臓を停止させてみせよう。

 

 「白! 今日の飯はちゃんと肉があるんだろうなァ!?」

 「もちろんですよ。なんていったって再不斬さんの復活祝いですから」

 

 晩飯の調理を行っている白は嬉しそうに答えた。

 

 「よォしよし。明日は楽しい楽しい殺し合いだ。そしてその前の晩に喰う飯は美味いと相場は決まっている」

 

 肉体は完全回復した。後は活力を養え、寝っぱなしで鈍っている戦闘感を取り戻すのみ。そのための肩慣らし相手も幸運なことに白以外に存在する。無論、そこいらの雑魚ではない。二つ名持ちの忍をガトーが新しい駒として呼び寄せたのだ。

 

 「今晩は軽く手合せしてもらうぜ? ハサンさんよ」

 「いやはや、まさか彼の鬼人と刃を交えれるとは恐縮の至り」

 

 リビングの床に正座して佇んでいる髑髏の仮面をかぶった一人の男は、逞しい髭を弄りながら干乾びた声で笑う。彼は砂隠れの上級上忍。砂隠れの多重人格者の二つ名を持つ忍ハサン・サッバーハである。

 

 「じゃが、そう慌てなさんな再不斬殿。まず馳走を頂いてからでも遅くはありますまい」

 「………チッ」

 「ほっほっほ。随分と昂ぶっておられますな」

 「当然だ。この一週間、俺は殺し合いも暗殺もできていない。鬼人である俺が、だ。もうやりたくてやりたくて堪んねぇんだよ」

 「その勢いで儂を殺さんでおくれよ」

 「安心しろ。相当の雑魚じゃねぇかぎり肩慣らしで殺しはしねぇよ」

 

 目をギラつかせる再不斬。その姿を目視した者が一般人であるのなら、容易に意識を失ってしまうほどの威圧感があった。

 

 「………念のために今ここでもう一度言っとくが、カカシとタズナは俺の獲物だ。手ぇ出したら協力者であっても容赦はしねぇ」

 「無論、承知しとるよ。儂の役割はあくまでお前さんのサポート。お前さんの意思を尊重する。なので、儂の相手は他の忍。重々理解しておりますよ」

 

 再不斬はハサンの言葉に満足したように頷く。

 カカシは勿論、抹殺対象であるタズナも自分の獲物。決して誰にも譲る気はない。他里の忍なら尚更である。

 明日でカカシとの決着をつけ、タズナを殺し、ガトーの駒を辞める。そしてまた新たな主を見つけ、与して金を稼ぐ。なに、いつも通りだ。

 

 「しかし、お互い苦労しますな」

 「あ?」

 「里を裏切り、追い忍に追われ、あのような(ガトー)に与しなきゃならん現状。お前さんはどう思う?」

 「………プライドなぞとうに捨てたが、あまり良い気分じゃあねぇな。だが水影に報復するためにゃあ金がいる。どうしてもだ」

 「ほほっ。確かに五大国の長の命となると資金も力も生半可なものじゃ届きはすまい。流石は鬼人。野望も大きなことだ」

 「そういう手前はなぜガトーに与している」

 「儂か? 儂は………彼奴(ガトー)が三代目風影の行方を存ずるとのたまったからよ」

 

 ―――三代目風影。確か砂隠れ最強の忍と名高い男だったか。随分昔に行方を晦まし、里が大きく揺らいだと聞く。

 

 「あの方が行方を晦まされた時、里総出で捜索したのだが」

 「見つからなかった」

 「うむ。そして時が経ち、遂に上層部は捜索を打ち切った。生死も分からぬというのにだ。儂は異を唱えたが、時間の無駄だと切り捨ておったわ。あれほど里に尽力しておられたお方を見捨てた彼奴(きゃつ)らが儂はどうしても許せなかった」

 「だから今は里を抜け、単独で三代目を探していると?」

 「左様。風の国の民を愛し、里を護り続けてきた三代目が忽然と姿を消したことに儂は未だに納得できずにいる。きっと何処かで生きておられるはず。そして、行方を晦ましたことに何か理由があったに違いない」

 「死んだという可能性があるんじゃねぇか?」

 「仮にも三代目は歴代風影最強のお人。何の証拠も残さず殺されるなど、ありえぬ」

 

 生きてるか死んでいるかも分からない人間を捜索するために里を抜けた、か。よほどハサンは三代目風影に厚い忠誠を誓っていると見える。桃地再不斬には到底理解できないものであった。

 

 「で、ガトーが三代目の行方を知っているとお前に持ちかけ、遠路遥々(えんろはるばる)波の国に訪れたというわけか」

 「闇社会の重鎮として知られている大物が存じていると口にしているのだ。外道とはいえ、与しないわけにもいかなんだ。報酬も金ではなく三代目についての情報だけで良いとガトー殿に申している」

 

 重要かつ貴重な情報は金にも勝る価値があるということだろう。

 確かにこれほどの男がガトーの力になるのも頷ける。

 

 「ふん。まぁその三代目の為にせいぜい頑張れや。だけどな、明日お前が相手する忍もかなりの手練れだ。なんせうちの可愛い部下共30名が全滅させられたんだからな。手がかりを前にして死なないよう全力を尽くすことだ」

 「鬼人の御忠告、この胸にしかと刻んでおこう」

 「再不斬さん。ハサンさん。ご飯できましたよー」

 「遅いぞ白!」

 「そう声を荒げなさんな再不斬殿。それに白殿、儂の分まで用意しれくれるとはかたじけない」

 「いえいえ。ハサンさんは大切なお客様ですから当然のことですよ」

 「………そうか。では、有り難く頂こう」

 

 各々確固たる目的があり、そのために生きている。前へと進むためには明日の任務を完遂させなければならない。

 又の日の戦に備えて血生臭い抜け忍達は共に飯を食したのだった。

 

 

 




 四次ハサンの外見はアニメFate/zeroのED(一期)で描かれた生前姿です。性格、言葉遣いなどは全て捏造。

 ぶっちゃけテンポが悪いので、出来れば次回の09話で波の国編は終わらせたいところ。出来なくても10話で確実に終わらせたいですね。

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