BIOHAZARDirregular another story PROOF OF POWER 作:ダークボーイ
『なんだ、またあんたか』
数日前と同じ、和服姿で訪れた若い男の姿に、守衛のオルソ軍曹はにこやかに応対した。
『今日は仕事でね、日本刀を所望されたんで持ってきた』
相変わらず流麗な英語で話し掛ける練に、オルソ軍曹もにこやかに答える。
『ウェルズの奴だろ? あいつ日本かぶれで前からサムライブレードが欲しいって言ってやがったからな。………あいつの財布で買える物なのか?』
『骨董品じゃなくて、模造品。現在の刀工が作った観賞用の品だ。生憎と予算の都合これが精一杯だった』
『だろうな。すまないが、中に入るなら本当にそうか確かめさせて欲しいのだが』
『どうぞ』
練が手にした細長い風呂敷包みをオルソ軍曹に手渡し、オルソ軍曹がその風呂敷の中から出てきた桐箱の中身を確かめる。
『確かに。あと、ボディチェックをさせてもらうぞ、最近うるさくてな』
『当然だろうな』
黙って両手を上げる練の体をまさぐり、何も無い事を確かめたオルソ軍曹は、また包み直した風呂敷を練へと返す。
『ウェルズは今日非番で部屋にいるはずだ。ここをまっすぐに行って、二番目の交差で右に曲がれば独身兵の寮があるから、そこのB―35号室だ』
『ありがとう』
ゲストのパスをもらって基地内に入ろうとした練の背中を見ていたオルソ軍曹は、ふと思いついた事を口にする。
『あんた、ケンドーの心得は?』
『多少』
『間違ってもそれ振り回そうなんて思うなよ。剣より銃の方が強いに決まってるからな』
『それは、どうかな?』
一瞬、オルソ軍曹の背筋を悪寒が走り抜ける。それが、僅かに振り向いた練の視線だと気付く前に、霧のように悪寒は消え失せた。
オルソ軍曹は何か言おうとしたが、その時相手はもう寮へと続く道を曲がろうとしている所だった。
『まさか、な』
オルソ軍曹は先程の悪寒の意味を考える事を放棄し、再び退屈な守衛の任務に戻る事にした。
「……ここか」
教えられた通りの番地に来た所で、練の足が止まる。アメリカ風の簡素な扉が並ぶ中、目前の扉にはなぜか時代劇に出てくる御用提灯が表にぶら下がっている。
(何か分かってないんじゃないのか?)
ドアにおそらく手書きと思われる葵の御紋が描かれているのを疑問に思いながら、練はインターホンを押す。
「イラッシャイマセ~」
たどたどしい上にどこか使い方を間違っている日本語の挨拶と足音がドアの向こうから響き、程なくドアが開いた。
『どちら様……って、あんたこの前の』
中からオフ用らしい作務衣(さむえ)姿のウェルズ軍曹が顔を覗かせ、練の姿を認めると中へと招き入れる。
『ご注文の品、お持ちしました』
『本当か!? 早く見せて!』
練の手にしている風呂敷包みを歓喜と好奇の相乗した視線で見ながら引っ手繰ると、その場で広げようとする。
『落とすと危ないですよ』
『おっと、そうだな』
桐箱の滑らかな木肌に、危うく手を滑らせそうになったウェルズは、それを大事そうに抱え込みながら、練を中に入るように促しつつ、食いかけのピザの箱を押しのけて桐箱をテーブルへと運ぶ。
うきうきしながら桐箱の封を解いているウェルズの向かいに座りながら、練は部屋の状況を確認する。
(これは、予想以上だな…………)
部屋は独身男性にしては片付いている方だろう。部屋の隅にごみ袋は一つしかないし、床の上を洗濯物が覆っている様子も無い。
ただ、壁には祭り提灯だの時代劇のポスターだの商売繁盛のお札だのが無差別に面積を閉め、棚には土産物でよく見かける五重塔の模型や、英語と日本語(誤字あり)の両方でタイトルがふられたビデオテープが隙間無く鎮座している。
〈水戸 拷問〉と〈銭型 ハイジ〉の話数を確認していた所で、鯉口が切られるかすかな音に思わず反応して練が振り返る。
『サムライブレード! 間違いなく本物!!』
初めて見るであろう真剣の刃文に、子供のように目を輝かせているウェルズの様子に、安堵を覚えながら、練は説明を始める。
『現在の刀工が作った、無銘の現在刀。頼まれた金額ではこれが精一杯でした。業物と言える程の代物じゃないですから、あくまで観賞用と考えてもらえれば…』
『え?』
説明を聞き飛ばしながら、鞘に収めた刀を腰に押し入れからどうやって入手したかは知らないが、ワラ束を出そうとしたウェルズの動きが止まる。
『斬れないの?』
『出来ない事はないですが、剣術の心得は?』
『シゴトニンとミトコウモンは全話見たけど』
『……習った訳じゃないんですね。それじゃあ傷つけて終わりです。下手したら研ぎ代の方が高くつきますよ』
「…………」
明らかに落ち込んだ表情で刀を見つめているウェルズに、さすがに言い過ぎたかと思った練がしばし考え込んでから口を開く。
『試し切り程度でしたら、教えますが?』
『本当!?』
一転して目を輝かせるウェルズに、早まったかも知れない、と思いつつ、練は首を縦に振った。
『まず、それを振り回す許可をもらって下さい。独房に行きたくありませんから』
『OK! OK!』
ウェルズは嬉々としながら、電話へと手を伸ばした。
20分後
(…………失敗したかもしれん)
芝生が広がっている空き地でワラ束をセットしている練が、チラリと背後を見た。
そこには、非番の軍人及びその家族、果てはどう見ても仕事中にしか見えない者達までもが、ギャラリーとしてこちらを見ていた。
(ラクーンシティでもやったな。確か警察署にまで呼ばれて見世物にされたっけ)
ここには頼まれた仕事の探りにやって来たはず、と本末転倒と化していく事態の打開策を考慮しながら、練はワラ束の具合を確かめる。
『よう、イアイギリ見せてくれるって本当か?』
『……どこからそんな話が』
先程まで守衛をしていたはずのオルソ軍曹までもがギャラリーに並んでいるのを見た練が、自分の失敗を認めようとした時、わずかに妙な視線を感じた。
何気なく周囲を見回すふりをしながら、視線の主を探す。すぐにそれは見つかった。
練のほぼ真横に位置する場所に、軍服姿に混じって、異質な男が立っていた。
白い礼服とも見えるような変わった服に身を包み、首から地球か何かを意匠化したエンブレムをぶら下げた30半ば位の男が、周囲のギャラリーとは違う視線で、練を見据えていた。
(あの男、どこかで………)
『水汲んできたけど、これでいいのか?』
謎の男と意識して視線をあわせないようにしていた練が、ウェルズの言葉で我に返る。
『ええ、普通は刃を水で洗ってからです。これは清めの意味も有って…』
瞬時に商売用の笑顔を取り繕って説明を始めた練だが、それでもなお自分へと向けられる謎の男の視線に気を引かれる。
『それじゃあ、お手本を』
『お願いします、シショー』
刀を受け取った練が、一度抜いた刃を水で清め、それを一振りして水を払ってから鞘へと戻して腰へと刺し、半身を引いて居合いの構えを取る。
周囲から好奇を伴ったどよめきと、それを注意する囁きが聞こえる中、練は精神を集中させ、柄へと指を絡める。
どよめきと囁きがやんでいき、静寂が訪れた瞬間、微かな鞘鳴りが響いた。
周囲の人間がそれを認識した時、すでに刃は鞘へと納まっている。
そして、後には変わらず立っているワラ束が残っていた。
『…………あれ?』
静寂に耐えられず、誰かが呟きをもらした瞬間、ワラ束の上端から斜めに切れ目が入り、僅かな間を持ってワラ束の上部1/4くらいが地面へと落ちた。
『……見えたか?』
『いや、なんにも』
数秒の間の後、周囲が爆発的な歓声に包まれる。その中で、謎の男は一人唇を微かに持ち上げて薄気味の悪い笑みを浮かべると、その場を後にした。
「それで、そのまま剣術の講義をしながら宴会になった訳か」
予定よりはるかに遅くホテルに戻ってきた練に、徳治はその理由を聞いて呆れ果てていた。
「ああ、持っていった刀は散々試し切りに使われた挙句、上官が刃筋通し損ねて折れてな。追加注文をもらってきた」
酔っ払った兵士からビールを架けられ、帰って一番にシャワーを浴びる羽目になった練が、頭を吹きながらシャワーから出てくる。
「商売繁盛だな、肝心の情報は?」
「それもちゃんと拾ってきた」
ビール臭くなった着物の懐から、練は一枚の写真を取り出した。
「こいつがくだんの教祖様、名前はリオン・マドック、肩書きはカウンセラーらしいが」
たまたま撮れたらしい、軍服姿でVサインをしている兵士の向こうに映っている男の顔に丸が書き込まれた写真を見た徳治は首を傾げる。
「リオン。マドック………どこかで聞いた名だな」
「オレもそうなんだが、どこだったか思い出せなくてな」
「リオン、リオン………そうだ!」
考え込んでいた徳治が、手を一つ打つと部屋に備え付けられたパソコンの電源を入れる。
「確か、前に見たブラックリストに………」
起動したパソコンをネットに繋ぎ、そこから少しおぼつかない手つきでキーボードとマウスを操作して徳治は一つのサイトに繋ぐ。
「え~と、パスワードが…」
「代われ、いい加減キーボードに慣れろ」
徳治に代わって練がパソコンの前に座ると、そのサイト、世界中のオカルト組織の情報交換用秘匿ネットにログインし、目的の情報を探っていく。
「有った!」
「間違いない、こいつだ。リオン・マドック、36歳。元フリーメーソンの組織員にして生物学者、専攻は遺伝子工学。階級は《執行者》、結構ハイランクだな。3年前、無断で魔術を併用した人体実験を行い、能力を全封印の上、追放処分。だが、極めて危険な思考の持ち主のため、同様の実験を再発させる恐れあり」
詳細に書かれていた英文を訳していきながら、練は顔を曇らせる
「遺伝子工学に人体実験だと? とんでもない危険人物じゃないか」
「これ以上は詳しく書いてないな。何か知ってるか?」
「いや、だが知ってそうな人物に心当たりはある」
徳治は横からマウスを操作してそのサイトのチャットに入り、誰もいないのを確認してから発言した。
来訪者>我、真理を求めし者なり
すると、誰もいないはずのチャットに返答が表れる。
>汝、信ずる真理は何ぞ?
徳治はそれに返答する。
来訪者>我信ずるは五つの源にて構成されし真理なり
>汝、仕えし者は?
来訪者>我仕えしは日ノ本にて闇を見張りし姫君なり
>汝、名を告げよ
来訪者>我が名は御神渡 徳治。陰陽の理の元、水鏡の剣にて闇を斬り裂きし者なり
最後の質問に答えると同時に画面が暗転、そこには薄暗い部屋でまるでゲームの魔法使いのようなロープ姿の人影が映し出された。
『これは導師トクジ、何か用かな』
スピーカーから滑らかな日本語で低い男性の声が響く。
「お久しぶりです、導師ルーフェ。一つ伺いたい事が有りまして」
徳治が画面に向かって一礼しながら、口上を述べる。
それを見ていた画面の中の男が、練の方を見た。
『そちらがこの間ジンライ殿から聞いた、そなたの従兄弟か』
「御神渡家当主補佐役、水沢 練です。以後よろしく」
相手が、フリーメーソンの幹部の一人だという事を知っている練が、徳治と同じく一礼する。
『コウハイイットウリュウのソードマスター二人がそろっているとは、余程の大事か?』
「まだ分かりません。リオン・マドックという男に覚えは?」
出された名前に、導師ルーフェが僅かに緊張する。
『あの男が何かしでかしたのか?』
「横浜の在日米軍基地で見かけました。カウンセラーと称して怪しげな宗教を兵士達の間に広めているようです」
練の返答に、ルーフェはしばし考え込む。
『あの男は、ある意味神から最も近く、最も遠い位置にいる』
「それは?」
ルーフェはしばし沈黙してから、言葉を紡ぎ出した。
『彼は、優秀だった。魔術師としても、科学者としても。だが、その両方の技を極めていく内に、一つの思想に取り付かれた』
「一つの、思想?」
『人が神に近づくためには、人という生物の枠、すなわち人という主その物を超えなくてはならないと』
「《超人思想》か、くだらない」
練の言葉に、ルーフェは小さくうなずいた。
『私もそう思う。だが、彼は違った。人という種を超越するための実験を密かに進めていた』
「まさか、人体実験というのは!?」
『そうだ、人の因子や遺伝子をありとあらゆる方法で操作し、人為的な進化を求めていた』
「オリジナルも無しに人造ニュータイプの製造か、成功する訳もなかろうに……………」
『その通りだ。人は自らの手で進まなくてはならない。だが、彼はその道を踏み外してしまった…………やがてその行為は我々の知る事となり、彼は全ての力を封じられ、組織から追放された』
「それが、なぜ日本に?」
『それは分からない。こちらでも至急調査しよう』
「お願いします」
画面はまたしても突然変わり、そこには普通のチャット画面が映し出されていた。
「話がドンドンきな臭くなってきたな」
「下手したら、陰陽僚の手に負えないな。最悪メーソンとの合同になる」
「そんな暇は無いかもしれないぞ。奴のカウンセリングとやらを受けていた兵士が、何人も重度の精神障害と認定されてアメリカに帰ったとされているが、誰とも連絡が取れないという話も聞いてきた」
「まさか、また人体実験を?」
「可能性はある。しかも米軍の協力の元にな」
ふと、人体実験という言葉に、練の脳裏にある風景が甦る。
雨に濡れる街、そこにたむろする人の型を外れた人、生物の概念を外れた生物、それを調査している軍…………
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
徳治の声にあいまいに応えながら、練の脳からその疑念は離れる事は無かった。
『人は皆、罪を持っている』
壇上から説法を行う男の、朗々と響く声が教会の中に響き渡る。
『魂を開放せよ。人は皆、人を超越出来るのだ。現世に縛られるな、魂こそが人の本質なのだ。魂にふさわしい体を見つける事こそが真の幸福なのだ』
教会内にいる兵士達が、全員厳粛な面持ちで男―リオンの説法を聞き入っている。
『人の体なぞ、しょせん愚かな器なのだ。己の真の器を見出せ』
『オオオオオ………』
説法を聞いていた兵士達が、感極まったがごとく、ある者は意味不明の声を上げ、ある者は感涙する。
『祖よ! 私に真の器をお与えください!』
一人の男が、リオンの足元にすがりつくように前へと歩み寄る。
『器を求めし者よ、確か名は…』
『名はカーライト・コールスと言います!』
歩み出た男、カーライトを観察したリオンは、彼が前もって調査してあったあるリストにあった適合者である事を思い出すと、微かに浮かんだ嘲笑を、自愛に満ちた微笑で覆い隠す。
『器を求めし者よ、真の器を求めたくば、現世の絆を全て捨てる覚悟はあるか?』
『はい!』
『ならば、全て捨てるのだ。そう、全てを…………』
囁きながら、リオンは彼の首筋に、そっと手を触れた。
夜もふけ、ホテルの部屋でナイター速報を見ながらツマミをかじりつつ、今後の予定を練と話し合っていた徳治の携帯が突然鳴り出した。
「誰だ、こんな時間に?」
「非常用じゃないな、どこからだ?」
着信に表示される見慣れない番号に、徳治が首を傾げながら着信ボタンを押した。
「はい、御神渡…あ、今ちょうどどうするかを話して、どうかしたのか? え? ちょっと待って。落ち着いて………」
話している内に、徳治の顔が疑念から困惑へと変わっていく。
「ああ、分かった。大丈夫、任せて。すぐにそちらに頼りになる奴が行くから」
諭すような口調で優しく言うと、徳治が電話を切る。
「どうかしたのか?」
「今回の依頼主から、旦那が突然暴れて取り押さえられた挙句に病院担ぎ込まれたらしい」
「なに!?」
「すぐに向かってくれ。かなり困惑してるらしいし、お前なら基地の人間と面識があるから入りやすいだろう」
「分かった」
深夜の道路を、猛烈なホイルスピンをさせながら一台の車が疾走し、目的地の前でドリフトしながら急停止する。
『何だ?』
買ってすぐ上官にへし折られたカタナの事を考えながら夜勤シフトで守衛に立っていたウェルズ軍曹は、突然目の前で急停止した車に驚いて思わず銃へと手を伸ばすが、その車から見覚えのある顔が降りてくるのを見て胸を撫で下ろす。
『なんだ、あんたか』
『コールス曹長が発狂して病院に担ぎ込まれたって本当か!?』
『早いな、どこから聞いた?』
『奥さんからだ。電話だとずいぶんとショックを受けてたようで、心配になって来た』
相手の心配そうな顔と、夜間来客の応対についてのマニュアルを交互に思いかべたウェルズ軍曹は、事態を考慮して黙ってゲスト用パスを手渡す。
『病院はまっすぐ行けばすぐ見えてくる』
『すまない、礼は次の品で!』
『おい、今車を!』
ウェルズ軍曹が迎えを手配しようと電話に手を伸ばした時には、すでに練の姿は見えなくなっていた。
『……ケンドーだけでなく、陸上もやってたのかな?』
足音すら響かせず走っていった相手の後ろ姿を目で追うのを諦めたウェルズ軍曹は、ただ呆然と夜闇を見つめていた。
五分後
「千恵子さんですね?」
基地付属病院の待合室で、虚ろな顔で座っている女性に練はなるべく優しく声をかける。
「………あなたが?」
「水沢 練、徳治の従兄弟です」
「そうですか」
写真よりもかなり痩せ、疲労を全身から漂わせている千恵子に、練は彼女の困惑と苦労を見て取っていた。
「……状態は?」
「ドクターは、ひどい心神喪失状態だって。もう、ここじゃどうしようもないから、アメリカの専門医に紹介しようかって……」
そこまで喋った所で、嗚咽が漏れ始める。
「彼のためなら、何でもしようと頑張ったんです。でも、でも………」
泣き崩れる彼女の肩を優しく叩きながら、練の瞳が鋭くなる。
今日聞いたばかりの話―『重度の精神障害と認定されてアメリカに帰ったとされているが、誰とも連絡が取れない』―それがまさしくこの状況に他ならないと気付いたからだった。
「ご主人に会えますか?」
「え、ええ。薬で眠ってますが」
先程とはまるで雰囲気の違う練に戸惑いながら、千恵子は病室へと案内する。
練が病室の中へと入ると、そこのベッドで寝ているカーライト曹長へと近寄った。
「もう、ひどい状態でした。家具を壊したり、写真を破ったり、近所の方が一斉に押さえ込んだんですが、それを振り払って……」
「振り払う? 軍人を? 格闘技の経験でも?」
「いいえ、彼は整備班所属です。軍の訓練以上の事は何も………」
「整備兵が軍人数人がかりを振り払う、か………」
練は注意深く、カーライトの全身をチェックする。そして、首筋に小さな腫れを発見した。
「首に注射か何か?」
「いえ、何も」
それが何かの注射痕だと断定した練が、瞳孔をチェックしようとした時、突然眼球がこちらを向いた。
『ウ、ウワアアァァ!!』
『カール!』
突如として目を覚ましたカーライトが暴れだし、練を弾き飛ばす。
『カール! 落ち着いて! 私が分からないの!?』
『人を、人を超える………器を……器を!』
意味不明の呟きを漏らしながら暴れる主人にすがりついた千恵子が、そのまま壁へと叩きつけられた。
『やめろ!』
立ち上がりざま、練の手刀がカーライトのコメカミを痛打する。
だが、相手は一瞬ひるんだが、即座にまた暴れ出した。
(やはり投薬暗示か!)
明らかに異常な暴れぶりに、練がそれが仕組まれた物である事を直感した。
「ならば!」
少し距離を取った練が、壁でもたれかかって呆然と暴君と化した主人を見ている千恵子をかばうようにすると、右手の人差し指と中指を突き出して残った指を握り込《“刀印(とういん)》という印を組んだ。
「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」
そのまま、刀印を左から右へ、上から下へと交互に動かしながら九字を唱える早九字と呼ばれる印を切った練は、左手を丸めて作った“鞘”に、右手の刀印を《刀》のように納めた。
「一黒、二赤、三青、四白、五黄、六黒、七赤、八青、九白、十黄!」
陰陽道の根幹となる五行、それらの生成を示す色になぞらえ、左手の指を一つずつ開けていき、そして握っていく。
「五行相克、オン!」
刀に見立てた右手の刀印に力を込めながら、それを腰だめに構え、練は居合の構えを取った。そして、暴れるカーライトに向かいながら呼気を整え、一気に《抜刀》した。
「はっ!」
繰り出された刀印が真剣さながらの勢いで宙を斬り、直後カーライトの体が突然力を失って倒れ伏せる。
「カール!」
「もう大丈夫だ。精神の肥大部分を〈斬って〉おいた。目が覚めたら元に戻っているだろう」
「本当ですか!?」
半信半疑の千恵子に練は断言しながら、カーライトを抱き上げてベッドへと寝かせる。
先程まで暴れていたとは思えないほど、失神している彼の顔は安らかになっていた。
「落ち着いたら、今後をよく話し合った方がいい。思い切ってアメリカに渡るか、それともまだ日本で頑張るか。ただ、ここは辞めた方がいいだろう」
「それはどうして?」
「理由は知らない方がいいし、基地の人間にも聞かない方がいい。一般人は関わらないべき事だ。後はオレ達で全て片付ける」
「そう、ですか………分かりました。一度よく話し合ってみます」
深々と頭を下げる千恵子に、練は微笑を浮かべると部屋を後にしようとした。
だが、ドアの向こうに異様な気配を感じ取ると、その場に足を止めた。
『失礼』
ノックの音と男の声が響き、ドアが開く。
そこには、昼間見た姿のままのリオンがそこに立っていた。
『カーライト曹長が発狂状態になったと聞いて来たのだが……』
『もうそれなら心配いらない。目が覚めたら元の彼に戻っているはずだ』
病室にいた和服姿の練が、流麗な英語で答えるのを少し意外そうな顔で見ながら、リオンが病室の中へと入ってくる。
『心配ないとは? 聞けば酷い心神喪失状態だったと聞いているが?』
『ああ、だから少しばかりショック療法を行っておいた。嘘だと思うなら目が覚めた彼と話してみるといいだろう。架けられていた暗示は完全に解けている』
最後の方をリオンにだけ聞こえるように小声でいいながら、練は病室を出ようとする。
『やはり、御神渡の者か?』
リオンの一言で、練の動きが止まる。
『御神渡家当主補佐役、水沢 練。御神渡を知っているなら、敵に回していいかどうかも分かるはずだが?』
『陰陽僚の力が及ぶのは日本の国権が及ぶ範囲内のはずだ。ここは日本であって日本ではない』
『オレがなんて言われているか、教えてやろうか?』
ほくそ笑むリオンに、練は殺気を高めつつ、言葉を投げ付ける。
『それが私の害になるのなら、拝聴しておこう』
『《陰陽寮一の異》”、それがオレの通り名だ。法も掟もオレには関係ない。ただ、己の刃を貫き通すまでだ』
『面白い、やれる物ならやってみたらどうかね? 間違いなく国際問題になるだろうがな』
『それも、一興………』
一触即発状態の殺気を漂わせながら、練は静かにその場を後にした。
それは、紛れもない宣戦布告だった。
次の日
「投薬暗示に医師の偽鑑定か。米軍、下手したらペンタゴンが関わってるとみて間違いないな」
練から事情を聞いた徳治は、受けた仕事が完了した事よりも、更にやっかいな事に首を突っ込んでいる事に頭を抱え込みそうになった。
「暗示が強過ぎて《闇》がかなり肥大してたから《斬る》事が出来たが、じゃなきゃ厄介な事になってたな」
「もう、十二分なほど厄介になってる気がするが?」
迎えに呼んだ陰陽寮所属のヘリが来るのをホテル屋上のヘリポートで待ちつつ、上にどう報告するべきかを徳治は思い悩む。
「別に気にするな。ここからはオレが勝手にやるだけだ」
「お前を野放しにするくらいなら、原発の炉心にダイナマイト抱えて突っ込む方がまだ安心できるんだが」
「オレはゴジラか? 放射能撒き散らした覚えはないが」
「銃弾なら腐る程ばら撒いているだろうが。日本でお前以上に銃を撃つ人間がいたらお目に掛かりたい位だ」
「撃たない銃に意味なんて無い」
「…………」
日本人なら大抵思いつかないような物騒な言葉に、徳治は本気で頭を抱え込んだ。
「で、急いで帰って何をする気だ」
「準備だ。戦争の」
「戦争?」
『どういう事ですか?説明をもらいたい』
在日米軍総司令官、マイク・ベルクマン中将は自分の執務室で相対している男の申し出にあからさまな難色を示した。
『だから、厳戒態勢をしいてもらいたいと言っているのだよ。ただし、警備は普段より手薄にして、その代わり遊撃要員を多数用意してほしい』
『私は説明を望んだはずだが? まさか、この基地に襲撃を企む大馬鹿でもいると?』
『分かっているなら説明はいらないのでは?中将』
途端、爆発のような勢いの殴打音が室内に響く。
それが、中将が自分のデスクを殴った音だと気付いた男―リオンは苦笑した。
『馬鹿な! この基地を襲うなど、合衆国にケンカを売るような物だ! どこの馬鹿が来るというのだ! 共産圏のゲリラか!? 気違いテロリストか!? 私の目がある限り、そんな連中にはここを汚させるような真似は…』
『それでは困るのだよ。私は彼を招待しようと思っているのだから』
中将の言葉を、リオンが遮る。その意味を数秒遅れで悟った中将の顔が、一気に青くなった。
『……部外者を《研究所》に連れ込む気か?』
『そういう事になるかな』
いとも簡単に肯定したリオンの態度に、中将の顔色が、赤と青を激しく交互する。
『あれは我が国の最高国家機密だぞ!? この基地の人間ですら知らず、知ってはならない事を部外者に知らせようというのか!!』
『ご心配なく、キチンと見学料は貰うよ。この世で一番値段の変動が激しい物だがね』
それが何を意味するかを一番よく知る職業にある中将は、表情一つ変えずそんな恐ろしい事を口にするリオンに寒気を覚えながら、ゆっくりと口を開いた。
『口封じをするつもりなら、なぜ見せようとする?』
『知的欲求を遂行しようとする人間に、それを阻害するような野暮をする程、不躾な人間になりたくないのでね』
『見せないで追い返すよりも、見せてから殺す方が不躾ではないのか?』
『個人的認識の違いという奴だよ、それではそう取り計らってくれたまえ』
薄く笑みを浮かべながら、執務室を出ようとしたリオンの足が、ふと止まる。
『そうそう、言い忘れる所だった。近い内に訪れる客は、ゲリラでもテロリストでもない。この国でもっとも有名な職業の人間だよ』
『……ニンジャか?』
『いいや、サムライさ』