二人の魔弾   作:神話好き

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プロローグ

宗教自治区ダアト。それは、予言に全てを委ねるこの世界において、途方もない権力をもつ名前だ。導師と呼ばれる存在が世界のシナリオを詠み、みんなその通りに行動する。予言に支配された世界、僕はそう思っている。人の感情も、出会いも、生き方も自分で考える事を放棄して、世界を回す歯車になる。そんなものは救いじゃない、ただの呪いだ。

「僕は……」

薄暗い牢獄の中で、一人の少年が呟くように声を出す。腰まで届くほどの黒髪に黒の隻眼、足には囚人用の重しが繋がれている。空っぽの右の眼窩から流れ落ちるのは、影ともつかない何か得体の知れないもの。まだ、片手で数えられるであろう年齢の僕は、トリスタン。トリスタン・ゴットフリート。絶対の狙撃手にして、ダアトが他国に誇る、もう一つの抑止力。

「予言が……そうか、予言が……!」

自分でも分かるほどに、僕の声は怨嗟に満ちていた。強くはを噛みしめながら、ここに繋がれる直前の事を思い出す。僕の好きだったあの人たちが住むこの国。あの人たちが平穏に、幸せな人生を送るためならと、僕は銃を手にとった。数えきれない程の人を手にかけた。僕が泥を被ればいいなら、喜んで引き受けようと思った。そして、とうとう僕の銃口は大切なその人たちへと向いた。

身じろぎ一つしない。まるで死体の様にだらりと垂らされた手は、かすかに震えている。

「あれは、要らない!あんなものは必要ない!」

ダアトの一勢力が反乱を起こした。派閥によるいさかいが表向きの原因らしい。僕は知っている。あの人たちはそんなことをする人たちじゃないと、優しい人たちなんだということを。

看守すらいない牢獄に、僕の叫びだけが響き渡る。

「なら、俺は壊そう。あの人たちのような犠牲を強いる世界は要らない!」

僕はあの人たちを殲滅した。他でもない、あの人たちがそう願ったから。引き金に手を掛ける僕へ、ごめんなさいと謝りながら死んでいったあの人たちが。予言に書いてあったから、反乱を強制された!繁栄の予言にたどり着くための、必要な犠牲としてその命を散らさせた!

「……大詠師モース」

肩で息をしながら、今回の反乱を強制させた怨敵の名前を思い出す。行動の指針は決まった。恨みだけではない、何より、あの素晴らしい人たちの教えだからだ。

「『人はみんなが思っているより、少しだけ強い』」

いつしか口癖となったその言葉。今日まで僕を支えてきてくれた信念。呟いてみると、瞬く間に気分が穏やかになった。

「ああ、なんだ。今までとやることは変わらないじゃないか」

いくら泥をかぶることになろうとも、僕は僕の信じる人間の強さのために予言を消そう。心も決まった。後は手段だけだ。とりあえず今は、体を休めることにしよう。

僕は目を閉じるとすぐに眠りについた。陽光が差し込み、薄汚れた牢獄に眠る彼はまるで一枚の絵画の様に見えた。全てはここから始まる。この、どこか暖かい牢獄から。

 

・・・

そして、ND2015。あれから13年の月日が流れた。僕は今、戦へと駆り出されている。最初から負け戦と決められている戦争だ。それもダアトの兵は全滅するという予言によって。

「はぁ……」

僕は深くため息をついた。

クソ忌々しい予言が在る限り、人は何度でも繰り返す。一刻も早くこの支配から解放せねばならない。

「しかし、丁度いい共犯者が見つかった」

思い返すのは、神託の盾オラクル騎士団団長のヴァン。従順なふりをしているが、あれはまるで違う。僕と同じだ。

眼帯を外すと、瘴気のような影が右目から漏れる。そして、一瞬の発行の後、コンタミネーション現象により自身に仕込んでいた巨大な銃が現れた。怪銃『フェイルノート』。8メートルを超える銃身に、後方へと延びる七枚の羽根。無数の杭が地面へと突き刺さり固定すると、どれほど離れているかすら分からない戦場へと向かって、引き金を引いた。轟音に伴ったすさまじい衝撃が辺りに響き、すさまじい破壊力を持った弾丸が飛ぶ。

「ふぅ…これでいいかな。いい具合にヴァンに貸しが出来た。やっと接触できる」

狙ったのは、壊滅寸前のキムラスカ軍と、それを追いたてようとするマルクト軍の丁度真ん中。僕の放った弾丸は、寸分の狂いもなく着弾し、小さな地割れを引き起こした。何が起きたのか全く分かっていないマルクト軍は狂乱状態に陥っているが、指揮官が優秀なようで、すでに体制の立て直しを始めている。

「あんなのが敵にいたんじゃあ、キムラスカ軍が壊滅する訳だ」

とはいえ、僕の出番は終わった。ヴァンが率いる神託の盾騎士団が、この隙に撤退を出来ないというのなら、僕の見込み違いだ。他の手段を探すしかなくなる。

「さて、僕は一足先にダアトに帰るとしよう」

『フェイルノート』が光の粒となり、右目へと吸い込まれていく。僕が立ち去った後に残ったのは、衝撃によって不自然に破壊された地面だけだった。

 

・・・

その後、戦争の後処理に奔走していたヴァンが返ってくるまでに数ヶ月かかった。その間、僕は僕でマルクトへと赴き、皇帝への謁見をしたりしていたので、都合がよかった。

「掛けてくれ。少しばかり、話したいことがある」

「……はい。それでは失礼します」

僕の私室に尋ねてきたヴァンを迎え入れ、座るように促す。ポーカーフェイスを保っているが、内心気が気ではいられないだろう。自慢じゃないが、僕の噂はたいてい黒い。

「まどろっこしいのは好きじゃないんだ。率直に言わせてもらう。僕も君の計画に混ぜろ」

「お言葉ですが、なんの事だか私には分かりかねます」

「腹芸がしたいわけじゃないんだよ」

そう言って、この日のために作成した資料を机の上へ出す。ヴァンの計画についての詳細なデータだ。見る見るうちに顔色が変わるのが見て取れる。

「もう一度言う、僕を計画に混ぜろ。予言は…あれは人類に必要ない」

牢獄でのあの時から、僕は一歩も前に進んでいない。ありったけの憎悪を片方しかない瞳に宿し、ヴァンを見つめる。

「……分かりました。では後日、あらためてお話を伺わせていただきます」

「まあ、待て。これを持っていけ」

立ち上がり、部屋を出ようとするヴァンを引き留め、僕はもう一つの紙の束を取り出す。怪訝そうにこちらを見るヴァンだが、書類に目を通すと、眉根を寄せた。

「僕の資料だ。もちろん極秘扱いだが、どうせ調べるつもりだったんだろう?だがその時間が惜しい。行動を共にするなら、出来るだけ早い方がいい」

「近日中に必ずや」

丁寧な一礼をして、ヴァンは部屋を後にした。最後の表情を見るに、とりあえずは上手くいったと見てよさそうだ。

「ふー肩凝ったぁ。やっぱこういうのは慣れないな」

両手を頭上で組み背伸びをする。条件の一つ目をクリアし、とても上機嫌だ。ポケットから白い手袋を取り出すとはめる。先ほど資料を渡したヴァン以外は知りえない奥の手の一つだ。手をぶらぶらと揺らし軽くストレッチをすると、突然壁を殴り、ぶち抜いた。

「盗み聞きは感心しないな」

目線の先には、金髪を後ろで束ねた女。見覚えはない。

「誰だ、お前は。狙いはヴァンか?それとも僕か?どちらにせよ生かして返す気はないけどね」

無造作に歩いて距離を詰める。手袋が発光し、赤と青、二つの小さな光の玉が発生すると公転する衛星の様に、僕の周りを浮遊し始めた。

「貴様もヴァンも殺してやるッ!予言を知りながら、マルセル・オスローを!私の弟を見殺しにしたお前らだけは!」

捨て鉢になり、激情に駆られて心の内を吐露する女。それは、あの時の僕に酷く重なった。ああ、そうか。この子はまだ、怒りの矛先が定まっていない僕だ。ならば放っておくことは出来ない。結果、何を恨むかは分からないが、知らないままよりはましだろう。

「止めだ。少し来い、特別講義をしてやる」

一触即発の空気は瞬く間に霧散し、女は呆けた顔のまま突っ立ている。何を言ってるのか分からないと言った表情だ。まあ、無理もないとは思うが。

「早くしろ」

「……いったい何を、私は貴様を殺すと言ったはずだが」

「丸腰のままでよく言うもんだ」

「くっ!」

心底悔しそうな顔をしながらこちらを睨みつけてくる。

「良いからついて来いオスロ―。話次第では、この首を君に差し出すことも厭わないぞ」

こうして一人、僕は同志を得た。目的を果たした時に僕の命を差し出すという契約の元に。

 

・・・

そして再び時は流れ、ND2017。士官候補生としての実地訓練のため、ヴァンの妹のティアがダアトに来た。オスローがリグレットと名を変え、直々に仕込んだらしい。リグレットの専門は銃なのでどうかとも思ったが、実際のところ他の候補生から頭一つ抜きでている。もしかしたら教官は、あいつの天職なのかもしれない。

「トリスタン謡将。準備が整いました」

「分かった」

短く告げると、眼帯を外し『フェイルノート』を顕現させる。その迫力に圧倒され、周囲の人間が息をのむのが分かる。現在、エリートコースまっしぐらな士官候補生へ、僕と言う存在のお披露目をしている。理由は、これがダアトの持つ最大の武力だから。将来の出世が約束されている、彼ら彼女らには知っておいてもらった方がいい。それが忌々しい大詠師モースの決定。今はまだ、逆らう訳にはいかない。

「リグレット奏手。カウントを」

「はい」

怨敵を前に、以前の様に取り乱すこともなく、落ち着いた声音でカウントダウンが始まる。3…2…1…。いつものように引き金を引く。いつぞやの戦争の時とは違って、威力は抑え目だ。見物客がいるところでそんなことしたら、それだけで吹き飛んでいってしまう。

「着弾確認。次弾…はないのか。よし、それじゃあリグレット、僕はもう戻るよ。後で訓練見に行くから、よろしくね」

「……トリスタン謡将」

「はいはい、分かってるって。これにて、超長距離狙撃兵装『フェイルノート』の見学会を終了する。各自、その目で見たことを忘れないように。……忘れると怖ーい教官に怒られちゃうからね」

ジャキ、という音がした。リグレットが自分の銃に手を掛けた音だ。結構目が本気なところがシャレになってない。

「ま、まあそういう事で、僕は次の執務に移るよ。なにか話だある人は、リグレットに言ってくれれば僕と連絡取れるようになってるから」

そう言って眼帯を付けると、僕は逃げ出すようにその場を後にした。殺し殺されそうな、あの出会いから二年ほど経ち、冗談を言えるくらいには打ち解けた訳だが。なぜか以前より僕への発砲回数が増えていたりする。実は酔うと結構アレな人だったのだ。

「何一人でニヤニヤしている。意味が悪いぞ」

振り返ると、赤い長髪をした眉間にしわを寄せた少年、アッシュだ。

「相変わらず君は口調がキツイな。そんなんだから部下が50人しかいないんだよ」

「うるせえ!第一、お前だって30人しかいないだろうが!」

「僕はほら、一応特殊な役職の長だしさ」

「確かに導師守護役が大量にいても困るが…」

導師守護役、僕は現在、そのトップに君臨している。確かに、ダアトの防衛の要である僕は、導師を守ってると言えなくもないが。どう考えてもお飾りだ。

「それで、君がわざわざ世間話のために僕を待ってたとは思えないんだけど。何か用かな?」

「……ヴァンのやつから伝言を頼まれた。妹の事をよく見張っておいてくれ、だそうだ」

アッシュはうんざりと言った顔をした。きっと僕も同じ表情をしている気がする。

「あいつ、アレだな。前から馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど。想像を越えた馬鹿だったんだな」

「同感だ。ここまで妹に甘いとは思わなかった」

互いにため息をつきあう。

「それじゃあ、俺はもう行くぞ」

踵を返すと、すぐにここから立ち去っていくアッシュ。あの伝言の為だけに僕を待つあたり、根はいい奴なのだ。

「さてと…」

気を取り直して、僕は僕の仕事に向かうとしよう。とはいうものの、基本的に特殊任務か、導師守護役の育成、それと雑務しかない。今日は導師守護役、地獄の特別補習訓練。要するに、よくサボる人形士のアニスをお仕置きするための日だ。

「楽しみだなー。なあ、アニス」

鼻歌を歌いながら振り向くと、柱の陰からこちらを除いていたアニスがいた。見る見るうちに顔面蒼白になり、悲鳴を上げながら逃走を試みた。僕の平和な日常は続く。

 

・・・

訓練の結果ボロボロになったアニスを部下に任せた後、僕は無駄に豪華な装飾のされたドアの前にいた。『フェイルノート』のメンテナンスの道具を貸してもらうため、ディストに会いに来たのだ。

「ディストー居るか?メンテの道具借りに来たぞー」

トントン、とドアを叩くも反応がない。不在なのか。

「仕方ないな…。あいつ、いつ帰ってくるか分かったもんじゃないし、諦めよう」

全ての始まりとなるだろうND2018まで、まだ少し時間がある。今すぐに『フェイルノート』を使わざるおえない事態は起こらないだろう。予定の開いてしまった僕は、とりあえず自室へ戻ることにした。

「やっと戻ってきたか」

「なんでここにいるんだ、リグレット。鍵掛けておいたはずなんだけど」

自室の扉を開けると、リグレットが我が物顔でコーヒーを飲んでいた。

「鍵を入手するくらい容易いことだ」

「いや、難易度を聞いてるわけじゃないです」

「冗談だ。お前に話があってな」

軽く笑いながらそう言っているが、本当に冗談なのか実に怪しい。

「で、話ってなんだ?」

僕が促すと、リグレットは神妙な顔つきをし、語りだした。

「これから先、互いにいつ死ぬとも限らん。その前に腹を割って話がしたい」

少し驚いてしまう。あれからの月日の中で復讐を捨て、未来へと歩き出したリグレットは参加するはずがないと勝手に思い込んでいたからだ。

「まどろっこしいのは性に合わないのでな。単刀直入に言う、私にお前を手伝わせてほしい」

この日、僕とリグレットは本当の意味で同志となった。

 

・・・

ND2018。運命の歯車は回り始めた。予言によって狂わされた世界を破壊するべく、僕は立ち上がった。痛みを知る者同士傷舐めあっていた、あの暖かな時間はもうおしまい。ここからは身を切りながら進む血の道だ。だがまあ、そんなものは慣れている。さあ、計画を始めよう。

 




オリ主はヴァン陣営です。

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