二人の魔弾   作:神話好き

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十一話

栄光の大地エルドラント。ヴァンとガイの故郷でもあるボドのレプリカ。この島に上陸したルークたちへの出迎えたのは、聞き覚えのある悪態だった。

「あんまり遅いからもう来ないかと思ったよ」

「シンク……」

イオンと同じ顔同じ声だが、アニスに動揺はない。その目に映るの光は目の前の存在を理解したいと、ただそれだけを願っている。

「少し見ない間に、随分と不愉快な目をするようになったもんだね。まったくトリスタンも余計な事してくれる」

「アンタもどうしても引く気はないって言うの……?」

「当たり前のことを聞かないでくれるかな。それとも何?ボクが改心でもしてアンタ達をこのまま通すのがお望み?だとしたら傲慢も甚だしいね」

「アンタが予言を恨んでるのも知ってる。でも、それならなおさら予言に捕らわれてるのは間違ってるよ!」

どちらも一歩も譲らない。意地と意地、信念と信念のぶつかり合い。視線同士が火花を散らすように交差する。シンクが不愉快と称した理由がこれだ。相手をするためには自身をさらけ出し、ぶつからなければならない程の強い目。まるで、彼の知るトリスタンのような。厄介なことこの上ない。

「いいだろう。無駄話をするつもりなんてなかったけど、そういう事なら受けて立ってあげるよ」

心なしかシンクの声に苛立ちが混ざる。

「あんたたちがトリスタンの真似事をしたいって言うんなら、ここで折ってあげるよ。あいつと同じくらい深い絶望に飲まれた事のない奴の言葉なんか、ボクの存在よりも価値がない」

「自分に価値がないですか……なるほど、それがあなたの原点なのですね」

「そうだよ。ボクが一度は捨てられたことも知ってるだろう。結局のところ、誰にとってどんな価値があるかでそいつの役割が決まる。そこのレプリカがアッシュの代わりにちやほやされたようにね」

ぐっ、と言葉に詰まるルーク。事実を突かれて、思うように反論が出ない。

「七番目には導師イオンとしての役割があった。ならボクの役割はいったいなんだ。生まれて死ぬことがボクの役割だったのか。ばかばかしい。そんなものの価値は一体なんだ?」

その問いの答えを誰一人として持ちえない。この世でただ一人の境遇を持つシンクのみが回答を出すことが出来る命題だからだ。

「……フン。ここで黙るってことは所詮は真似事だね。もういいや。とっとと死んじゃいなよ」

「結局こうなるのか……」

「分かっていたことでしょう」

空気が一瞬で張り詰め、その場にいる全員が戦闘態勢に入った。

「劣化しているとはいえ、導師と同じ第七音素の力。本気で戦えば、アンタたちもただでは済まない!」

自らの胸の前で拳と手のひらを合わせるシンク。その力の解放に、周囲の大地が悲鳴を上げる。

「ボクはボクに価値をくれたアイツの世界を見てみたいんだ。その為の障害になるアンタたちは、ここで消えてもらおうかぁっ!」

普段のシンクからは考えられないような感情の発露。誰よりも空っぽだった故に、誰よりもトリスタンの理想に憧れを抱く少年は、生まれて初めての感情の赴くままに駆け出した。

 

・・・

「あらためて時間をもらうと緊張するね。なんだか新鮮な気分だ」

「初めて会った時からしたら考えられないな。あの時のお前はもっと冷たかったぞ。それこそ、私が生を諦めそうになるほどに」

長い長い階段の上で、僕はリグレットと談笑している。その手にはすでに『イゾルデ』と『フェイルノート』が装着されており、ほのぼのとした雰囲気と非常にミスマッチだ。

「そんな顔をするな。私は今のお前の方が何倍もいい。それこそ命がけで共に歩んでいこうと思えるほどに」

僕のかすかな表情の変化に気が付いたのか、それとなく慰めを入れてくれる。本当に僕には過ぎた相棒だと思う。

「僕がいい方向に変わったとしたら、それは間違いなく君のおかげだよ、ジゼル」

「それは光栄な話だが、私はお前の中にあったものを引き出したに過ぎないよ。その優しさはもともとお前が持っていたのさ、トリスタン。だからこそ、私はお前に仕えたいと思ったのだ」

「……ああ、そうだな。確かに僕は全てを失った時に、自分を隠した。そうでもしないと辛すぎたんだ、大事なものが無くなってしまうのが」

悲痛な言葉とは裏腹に、僕の声音は穏やかで。そうしてくれた目の前の彼女がたまらなく愛おしかった。

「―――……その顔は初めて見たな。これまでのどんな顔よりも一番見たかった顔だ」

そう言ってリグレットは僕の頬をなぞるように手を当てる。まるで宝物を扱うように、決して壊れてしまわないよう慎重に慎重に触れてくれる。ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに。

「ジゼル。全てが終わったら、君に伝えたいことがあるんだ」

何かの決意があった訳でもなく、僕の口は自然とその言葉を紡いでいた。

「やっとか。まったく、甲斐性無しと言われても仕方ないぞ」

やれやれと、呆れた口調を保とうとしているが、その表情はとてもやわらかだ。

「柄にもなくモチベーションが上がってしまうではないか」

「僕もだ。じゃあ、手早く排除を開始しようか。人の恋路を邪魔するヤツはなんとやらってね」

二人同時に階段の下へと目を向けると、丁度ルークたちが到達したところだった。シンクを打倒したことで、また一つ強くなった意志を感じる。いや、原因はそれだけではなさそうだ。

「アッシュが死んだか……?」

ぼそりと、憶測を呟くと、ルークたち全員が意表を突かれたように驚く。その反応は、たとえ口では何も言わなかったとしても、事実を物語っていた。アッシュは死んだのだという事実を。

「……どうして分かったんだ?」

「ただ何となく、あいつの気配を感じたんだ。そうか、やっぱりそうなっちまったのか。あの馬鹿は自分を貫き通したんだな」

「どうして!どうしてみんな死に急いでしまうのですか!生きてさえいればいつかきっと―――」

「黙りなさい、ナタリア。それは彼らと、それにアッシュに対する侮辱です」

「大佐……」

取り乱すナタリアを諌めたのは、なんとジェイドだった。誰かのために怒れる、それはかつてからしたら考えられないような出来事。この旅路で育んだ成長の証だ。

「いつだって、ひな鳥の巣立ちは複雑な気分だよ」

「生憎、私にはあなたのように教官職は向いていませんので、その気持ちは分かりませんが」

「退役後でもいいから、一度やってみるといい。今のあんたならきっとうまくいくさ、ジェイド」

唐突に僕の口から出た、自らの名前。それに込められた意味を、聡明なジェイドは寸分の狂いもなく理解する。

「そう、でしたか。人のことを散々に言っておいて、あなたの方が余程人が悪いではありませんか」

「使い古された言葉だけどな、人に言われてそうなるようじゃ意味がない。覚えておくといい」

「ええ、確かに。こんな時に言うのも場違いですが、ありがとうございます。欲を言えば、一度あなたとは肩を並べてみたかったですね」

「冗談。あんたがいれば僕なんかいらないだろ」

緊迫した雰囲気は変わらないし、相対している事実も変わらない。それでも、敵に塩を送ってしまうのは、僕が異常なのだろう。

「……ジゼル」

「ああ」

僕の言葉に一歩後ろに控えていたリグレットが前に出る。それに呼応するようにティアも歩を進めた。

「教官……。教官も星の記憶は消し去るべきだと言うんですか?」

「もちろんだ。星の記憶が人の未来を決定するのなら、人の意思は何のためにある?私は、私の感情が星の記憶に踊らされているなど、絶対に認めない。人の意思は、人にゆだねられているべきだ」

「そのために……オリジナルの世界が消滅しても、ですか」

辺りに響くのは二人の声だけ。それ以外の全員は、その小さな背中を固唾をのんで見守っている。

「そうだ。事は一刻を争う。躊躇いは即、全ての滅びへと繋がりかねない。誰かがやらなくてはならない」

「オリジナルの世界に、教官はほんの少しの未練もないんですか!あなたにとって、大切なものは何一つ残っていないんですか!」

「……一つの未練もないものなど、恐らくいないだろう。人は必ず何かに執着する。私が、私を再び立ち上がらせて前に進む力をくれたトリスタンに傅いているようにな」

そこまでで言葉を切ると、ちらりと僕を見て微笑みかける。

「ティア、最後の教えを授けよう」

これで話は終わりだとばかりにその双銃を抜き放つ。

「人は……誰かの為でなくてはその命を懸けられない。少なくとも、私はそう。私は、愛した人の為にこの命を使いたいと思った。それが私の意思」

そうして師弟は会話の幕をおろし、今度こそ戦闘へと移行する。

「ジゼル。ロックの解除を」

「了解した。さあ、起きろ。『イズー』!」

その言葉に呼応したのは『フェイルノート』。七枚目の羽根が光り輝き、僕の体から、譜力があふれる。ロックの解除も施行もリグレットにしかできないという、少々歪かもしれないが最上の信頼の形だ。

「前回はふがいない負け方をしたが、これでその心配はないね。この状態なら三日くらい撃ち続けることもできるよ」

「……あんたホントに人間か?」

「その意見には大変同感です。しかし、やることに変わりはないでしょう」

「そうだ……俺たちはそのためにここまで来た!」

「そうこなくっちゃな!」

長い階段を駆け上がり、僕とリグレットの元へと来たルークたちを出迎えるように眼光が射抜く。

「挨拶代わりだ。受けきって見せろよ」

合図は『フェイルノート』の一時収納。僕とリグレットは同時に駆け出し、それぞれ標的へと向かう。一番厄介なジェイドを筆頭に、ナタリア、アニスが僕の獲物。

「これ以上は!」

「通しませんわ!」

ジェイドへと一直線で向かう僕へ無数の矢と、その間を縫うように動くアニスの人形が迫る。そう来るのならば、同じ土俵で返り討ちにしてこそ意味があるというもの、受けて立とう。

「『イゾルデ』」

その言葉により現れた球体は七つ。新たにロック解除により使用可能となった第七音素の球体が増えている。七つ出しての戦闘は、正真正銘これが初めてだが不思議と違和感はないようだ。

「爪竜烈濤打!」

ナタリアに警戒を注ぎつつ、アニスから放たれた一撃を受け流す。流れるような連打の一つ一つを丁寧に払い、最後の一撃を力強く弾いて隙を作った。もちろん大技を打ち込むブラフである。しかし、罠だと分かっていても対応せざるおえない。僕の放つ大技は、かすっただけで致命傷の恐れすらあるからだ。

「はうあ!?まじやばっ!」

「エレメントゥム」

「スターストローク!」

溜めの段階があると看過したナタリアが、刹那と待たずに飛び上がり矢を放つ。僕を穿とうとする正確無比な軌道。しかし、それは僕にとっては容易に予測できる軌道でもある。

「ソール―――」

「させませんよ」

ああ、分かっていたよ。あんたはいつだって最善のタイミングで仕掛けてくるんだ。音もなく眼前に迫っていたのは、ジェイドの投擲した槍だった。寸分たがえることもなくピタリと額に狙いを定められている。

「『ルーメン』」

光球が槍を弾きその進行を妨げ、同時に膨張、破裂した。太陽と比べてもなお強烈な光が包む。

「パルウム」

収束した第二から第五までの音素を、おおよそジェイドがいたであろう方向に発射する。それで十分。放たれた小型の太陽から放たれる熱線は、咄嗟に防げるほどに生易しくはない、はずだった。

「相手の技を完全に破るというのは、存外に気分のいいものですね」

「……天才め」

「お褒めにあずかり光栄です」

口元に笑みをたたえながら出てきたジェイド。僕の狙撃が神業と言われるならば、こいつが今しがたやったことも、間違いなくその域に達しているだろう。

「技を盗まれただなんて、そういうのは武術の話だと思ってたんだけどな」

「あなたの技を防ぐには、相殺する以外にいい案を思いつかなかったもので」

「それをいい案だと真面目に言えるのはあんたぐらいだ」

やはり、厄介だ。間違いなくこのパーティの中核はジェイド。援護、攻撃、防御。回復を除いた全てをこなすオールラウンダー。さらに、初見なはずの僕の技を完全にコピーし相殺させるほどの天才。

「『ソヌス』!」

反応を示したのは第七音素の球体。発した命令通りに僕の体の芯を打ち抜き、そのまま離脱させる。

「ジゼル!援護に回る!」

「了解した」

七つの球体をリグレットの元へと送り込み。僕は『フェイルノート』を展開して真上に向けた。

「ファクス・カエレスティス!」

極大の光球が打ち上げられ、遥か上空で無数に分裂し星となって降り注ぐその中で、唯一リグレットだけが自由に動く。その身の周りに七つの球体を従えて、まるで踊るように優雅に舞っている。もちろん、球体を操作しているのは僕だが、そう思わせないほどに完璧だ。

「一気に決めさせてもらおう」

リグレットが無作為にばらまいた弾丸の一つ一つが、以前とは比べ物にならないほどに威力を上げる。彼女の周りを浮遊する球体を通過した弾丸が、それぞれ通過した球体の特性を得るのだ。その威力はまさに魔弾と言うにふさわしい。

「みなさん。少し時間を稼いでください!」

「ジゼル!何が来ても防いでみせる!安心して叩き潰してくれ!」

降り注ぐ光の中でしっかりと、間には何も存在しないかのようにジェイドと視線がぶつかる。互いにやってみろと言わんばかりの表情。

「ふふ。信頼には答えなくてはな」

褒めてもらった子供の様に嬉しそうに、そう呟くリグレット。音を立てて構え直した銃にも譜力がこもるのが見て取れる。

「そちらの対抗策が発動する前に、決着を付けさせてもらう」

今も降り注ぐ流星をかろうじて防いでいるルークたちにとっては、死刑宣告も等しい一言。その双銃から吐き出される手数のすべてが、トリスタンの一撃に匹敵するのだから悪夢と言っていいだろう。

「ティア、ナタリア!協力してくれ。三人の全力をぶつけてジェイドの策まで凌ぐ!」

「分かりましたわ!」

「こっちも準備オーケーよ!」

ガイの提案に一も二もなく乗っかると決めたティアとナタリア。防御にルークの全力を使って消耗させるのは愚策。それが全員の意思だった。

「光の欠片よ、敵を討て」

「譜の欠片よ、私の意思に従い、力となりなさい!」

「神速の斬り、見切れるか?」

「穢れなき風、我に仇なす者を包み込まん」

三人の間に極限まで緊張が高まり、その一瞬を決して逃すまいと張り詰める。タイミングを逃したら全員お陀仏間違いないだろう。

「プリズム・バレット!」

ただの弾丸の一発が、降り注ぐ流星と比べても遜色ない威力へと変貌する。

「閃覇…瞬連刃!」

「イノセント・シャイン!」

ティアの作り出した光により減衰された弾丸を、ガイの剣閃が撃ち落としていく。

「ナタリア!」

「ノーブル・ロアー!」

最後に双銃から繰り出された七色のレーザーを、ナタリアの全力を持って迎撃する。明らかに力負けをしているが、それでも僅かにレーザーの進行方向を狂わせ、被害はガイたち三人の疲弊のみに収まった。

「無数の流星よ、彼の地より来たれ!」

「くっ……!」

時間切れだ。ジェイドの準備が整い動き出す。紡がれる詠唱から感じる力からは、僕が放つ流星と似通ったものだということが分かる。

「メテオスォーム!」

虚空より現れるのは隕石の群。数では劣るそれらだが、僕の流星を確実に相殺していく。

「はっ!あんた本当に性格悪いな!」

「先ほど申し上げたじゃありませんか。相殺くらいしか思いつきませんでした、とね」

ルークたちの動きに制限がなくなった以上、リグレットは一人で五人を相手にしなければならない。波状攻撃によりリグレットは常に気を張らなければならないという事。今は持っているが、長引けば流石に不利になるだろう。

「荒れ狂う殺劇の宴!」

ああ、ほら。やはり決めに来た。見逃すほど甘くないのも分かっていた。

「ジゼル、ここは僕が。君はいったん下がって準備して。最後の奥の手を切る」

「……了解した」

再び『フェイルノート』を収納。『イゾルデ』は準備のためリグレットの元へ。よって、僕は培った技量のみで暴風のような連撃を乗り切らなければならない。過去類を見ないほどに感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。思考だけが加速したように、目に映る景色はスローになった。

「殺劇舞荒拳!」

後だしで繰り出しているはずの僕の連撃は、あまりにも早い反応速度のせいでラグを認識できない。かつて、アッシュとルークが同じ技をぶつけ合った時の様に、鏡写しな僕とアニス。

「教官越えはならずだな、アニス!」

「やっぱり謡将ってばバケモノ過ぎですう!」

襲い掛かる爪を凌ぎ切ると同時に、背後から僕の心臓を虹色の剣が貫いた。

「……いいタイミングだ」

「こういうのは、これっきりにしてほしいものだな。最悪な感触だ」

一瞬唖然とするルークたちだが、すぐにそれを押しとどめて僕から距離を取る。異様な行為だが、必ず何らかの意味があるはずだ。人として、敵として、ある種の信頼のような直感がルークたちを突き動かていた。

「ぐっ……!」

ドクン、と心臓が鳴る。この場の全員に聞こえるのではないか、と言うほどに大きな音だ。虹の剣は僕の体内へと吸収され、力の奔流が荒れ狂う。血管は避け、血飛沫は天高くまで巻き上げられ、ほとばしる譜力により空中で静止した。

「これが……、間違いなく、僕の全力だ」

あふれ出る圧倒的な威圧感とは似つかわしくない、息も絶え絶えな僕の声。

「本当に感服するよ。アンタと知り合えたのは、きっと俺にとってかけがえのない財産になる」

なにか神聖なものを見るような目で全員が僕を見つめる中、口火を切ったのは、ガイだ。敵意は薄れ、敬服の念に満ちた目をしている。

「ええ、わたくしも光栄に思います。理想は違えど、その在り方は確かに偉大と呼ぶにふさわしいものですわ」

続いたのはナタリア。いつか、自分もその域へと行けるのだろうか。そんな羨望に満ちた目を。

「私は……助けられてばっかで、まだ何も返せてないけど。謡将が私にしてくれたように、誰かを導けるようになりたいです!」

涙を流しながらも、輝くような笑顔をしたのはアニス。その目から伝わるのは、強い感謝。

「多くを語るのは野暮ですね。私からは一言。あなたは、私を第二の恩師と言ってもいいほどに導いてくれました。ありがとうございます」

いつもの皮肉は成りを潜め、初めてかもしれない感謝の言葉を述べるジェイド。深い親愛の情をその目に込めて。

「きっと、教官の気持ちも謡将の気持ちも、今の私のは完全に理解できてはいないと思います。それでも……私はあなたたちの教え子で良かった。そう思います」

訓練の時を思い出すような凛とした表情。その双眸にありったけの慈愛を携えてティアは言う。そして―――

「俺は……レプリカで、だけどそんな俺を誰よりも信じてくれてたのは、きっとあなたなんだと思う。本当に大事なことは、自分の意思なんだと俺に教えてくれた。それに報いるために俺は……俺はあなたを倒して先に進みます!」

剣を構え、言い放ったルークの瞳にはこの上なく強い意志。見入ってしまいそうなほどに美しい。

「ジゼル。これで最後だ。存分に踊ろうか」

「ああ。お前の望むままに」

膨大な譜力のほとんどをつぎ込んだ一撃を、上空へと打ち上げる。

「『イゾルデ』の生み出す球体は、僕の弾丸と同じものなんだ」

無数にはじけた弾丸は、未だに浮遊し続けている血飛沫と同じように、ピタリと静止する。目は真っ赤に充血し、全身から吹き出る血はさらに勢いを増していく。

「さあ、終幕の始まりだ」

まるでタクトを振るように『フェイルノート』を振り翳し、呼応して幾千の流星は軌道を変える。それは、魔弾と言う名の舞台だった。全身を蝕む痛みを意に介さず、数えきれない弾丸全てを手足の様に操っている。星々は、ルークたち全員から決められた行動以外の選択肢を奪っていく。

「主役は彼女で、脚本は僕。誰一人として邪魔することは許さない」

幾度となくリグレットの銃弾が掠め、次第に理解が追いつく。舞うようにその双銃をうならせているリグレットだが、狙いを付けていない。どこも狙っていない以上、どこを防御すればいいのかを読むことが出来ないのだ。

「脚本とはよく言ったものですね……っ!」

縦横無尽に襲い掛かる流星を自分たちがかろうじて回避し、安全地帯だと思っていたそのスペースは、リグレットの攻撃範囲に収まっている。つまり、本当に彼女は踊っているだけで、その弾丸は敵に確実に当たるのだ。どれほどに心を通わせていればそのような事が可能なのか見当もつかないし、それが自分たちに可能だなどと露ほども考えられなかった。

「撃てば当たる状況を強制的に作り出す。それが魔弾と呼ばれるに足る私たちの最後の切り札だ。私たちの思いも、絆も、この命さえも乗せた」

彼女と共に戦える。それはなんと誇らしいのか。出来るのならば、永遠に続けていたい。しかし、舞台である以上、やはり幕引きは絶対なのだ。

「ぐっ……!」

異常な負荷に耐え切れなくなった体がついに限界を超える。口からおびただしい量の血をまき散らし、血涙が流れ出した。

「トリスタン……!」

何秒なのか、何分なのか。いったいどれだけの時間が経ったのかすらはっきりしない。だが、リグレットも相手もまだ止まっていないのだ。ならば、僕もまだ倒れる訳にはいかないだろう。

「ジゼル。最後の閉めだ。あと少しだけ力を貸してくれ」

「ああ……、ああ!元より言われるまでもなく、私はお前と共にある!」

もはや目はかすみ、良くは見えないが、きっと彼女は微笑んでくれているのだろう。それだけで、僕は頑張れる。

「万雷の喝采をここに!」

その言葉を合図に、リグレットは僕の隣へ。空巡る無数の星々は再び収束し、僕たち二人の前に還る。出来上がったのは、金色に輝く一本の矢と、それを打ち出すための竪琴を模した形の弓。

「プラウディテ・アクタ・エスト・ファーブラ!」

二人の声が重なり合い放たれたその矢は、余力の一滴さえも残さずつぎ込んだ、名前の通りに終幕の一矢。

「響け、集え!全てを滅する刃と化せ!」

そして、ああやはり、彼らは真正面から受けて立つ。

「ロスト・フォン・ドライブ!」

拮抗は一瞬。互いに食い合うようにぶつかったそれらだが、僅かに勝っていたのは、ルークの放った光の剣の方だった。とはいえ、こちらへ届く前に消滅してしまうほどに紙一重の差であったが。

「まさか……、出力勝負で負けるとは……思わなかったな」

閃光が過ぎ去り、先ほどの射撃ですでに力を使い果たして昏倒したリグレットを抱きかかえながら言う。

「さっきのあれは、アッシュが力を貸したのか……?」

「ああ。俺の……俺の中にいるアッシュがくれた力だ」

「そうか……。機械仕掛けの神は君たちを主役に選んだのか…………」

意識が遠のく。

「後は……任せたぞ、ヴァン」

最後の力を振り絞って、僕は全てをヴァンへと託した。きっと聞こえていると、答えてくれると信じて。

 

・・・

有り得ないはずの夢を見た。僕が壊したあの村で、祝杯を挙げる夢。シンクとアッシュは仏頂面で、ディストはそんな二人をからかって。アリエッタがヴァンとラルゴに遊んでもらって、そんな様子を僕とリグレットが見守っている。なんて、優しい夢。

「トリスタン」

何の前触れもなく、アッシュが僕の名前を呼ぶ。

「俺は……お前とは別の道を選んだ」

世界は止まり、動くものは僕とアッシュだけ。

「それでも俺は、お前が夢見たこの空間は嫌いじゃなかった」

うっすらと体が透けていく。これでお別れなのだと分かってしまう。

「さよならだ」

「待っ――」

伸ばした手はなのも掴むことは叶わずに空を切る。

「ふむ。次は私の番と言う事か」

「……ヴァン」

「すまない……。お前の想像の通りだ。私は勝てなかった」

沈痛な面持ちのまま目を伏せる。

「何故、別れの言葉を言う時間が与えられたのかは見当もつかない。もしかしたら、私は私を模倣しただけのお前の夢なのかもしれん」

「だとしたら、謝るのは僕の方だな。心の底では計画の失敗を信じてたなんてのは、笑えないぞ」

「そうか……そうだな。まったくもってふがいない。これではルークの事をレプリカなどど呼んでいた自分が滑稽に思えてならん」

欠けた楽園はすでに消え去り、真っ黒な空間に残ったのは僕とヴァンの二人だけ。

「一足先に逝って待ってな。きっとそう時間を掛けずに後を追うことになる」

「やはりお前は暗躍に向かんようだな」

「なんだと?」

「時間切れだ。お前は死ぬべきではないよ、トリスタン。お前に出会えたのは、私の人生の中で、最後の幸運だった」

何かを聞こうと口を開くが、声が出ない。手も足も真っ黒に染まり、だんだんと境目が分からなくなって――

「泣かないでくれ、トリスタン……」

ああ。やはり夢だった。目を開くと、愛しい人が心配そうに顔を歪めている。

「夢を……夢を見たんだ……。アッシュとヴァンの奴がさ、律儀にお別れを……だから僕は……僕はっ」

ポタポタと頬を伝った涙が落ちた。そんな僕をリグレットは何も言わずに抱きしめてくれる。

「大丈夫。私はお前を死なせたりはしない。だから今は、少しだけ休みなさい」

再び意識が遠のいていく直前、慈愛に満ちたリグレットの声を聞いた気がした。

 

 


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