二人の魔弾   作:神話好き

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一話

いつも通りに仕事をしていると、アリエッタが慌てて執務室に駆け込んできた。

「何、導師イオンがいなくなったって?」

「そうなの。イオン様いなくなっちゃった…。ついでにアニスも」

「とりあえず、犯人は分かったも同然な訳だけど」

まいったな。僕の立場的に追跡し、連れ戻さなくちゃならないか。アニスの馬鹿は後でお仕置きだな。

深いため息をつきながら立ち上がり、あらかじめ用意してあった、遠出する旨を書き記した手紙を自分のデスクの上に置いた。

「アリエッタも来るか?」

視界の隅で、不安そうに震えているアリエッタに声を掛ける。

「はい!お願いしますトリスタン!」

「謡将を付けろという言うに」

大げさに呆れた顔を作りながら、微笑みかけた。

「そうと決まれば善は急げだ。支度をして来い、待っててやるから」

僕の言葉を聞いたアリエッタはドアの前まで歩いていくと、ゆっくりと開いた。その先には見覚えのあるカバン。アリエッタのものだ。

「もう準備してあります」

「そうか……」

腰に手を当てて胸を張りながら言うアリエッタ。

普段は大人しい娘なのに、導師イオンが絡むとアニス級の暴走をする。まあいい。ともかく、準備が出来た。速いとこ出発してしまおう。 

 

・・・

そして数日後。導師イオンの足取りを追っていると、エンゲーブの近くで目撃したという情報を手に入れた。

「チーグルの森か、それも一人で。アニスは何やってんだよ」

「イオン様が危ない!トリスタン、早く行こう」

「それもそうか。よし、まずはチーグルの森へ行くとしようか」

アリエッタに急かされつつ、僕たちはチーグルの森へ向かった。しかし、その途中。

「ママの匂いがする」

「なに?」

怪訝そうな顔で、呟くようにアリエッタが言った。しかし、それが本当なら、導師イオンも危ない。

僕は急ぎ眼帯を取り外すと、『フェイルノート』を展開する。

「アリエッタ、森の一番奥だ!急げ!」

突然のことに少し面食らいながらも、一瞬の事。次の瞬間には森の奥目指して駆けだしていた。流石に優秀だ。

「間に合えよ……っ!」

森の奥では、ライガクイーンが今まさに、マルクト軍人の譜術による雷に貫かれようとしている。幸い、あの波長は三年前の戦争で見たことがある。

「三番、セット!」

七枚ある羽のうち、一枚が発光して音素を帯び始める。技の威力、振動数それらを完全にコピーし、相殺させるための弾丸が出来上がる。

「疑似譜術弾・第三音素、シュート!」

トリスタンの放った弾丸は、亜音速で森の奥へと飛んでいった。その着弾を確認するまもなく、全速力でアリエッタを追う。

「どうやら、間に合ったみたいだな」

目的の場所までたどり着くと、そこにはライガクイーンの前に立ちはだかるアリエッタと、それに対峙する四人と一匹がいた。

 

・・・

マルクト軍人のジェイド・カーティスは焦っていた。イオン様の願いを受けて連れ出すことに成功したものの、チーグルの森へと問題解決のために一人で行ってしまった。それは、まだいい。どうにか被害が出る前に追いつくことが出来た。

「イオン様にダアト式譜術を使わせてしまったのは頭の痛い事態ですか」

眼前の桃色の髪をした少女を見据えながらぼやく。妖獣のアリエッタ。神託の盾騎士団が誇る六神将の一人。幼いながらも、先ほどから隙を一切見せていない。それも、赤毛の少年と栗色の髪の少女の攻撃をしのぎつつだ。剣を振り下ろそうとすれば、回避され。譜術は発動前に潰されている。

「出来る事なら、私も攻撃に回りたいのですが……」

それが出来ない理由はただ一つ。ジェイドの術を相殺した、あの砲撃だ。あれは、以前の戦争でも見たことがある。いくつもの戦艦の障壁をぶち抜いた、マルクト軍にとっては忌避すべきもの。ダアトの守護神、トリスタン・ゴットフリートのものに相違ない。

「ライガクイーンを退治するだけだと思っていましたが、どうやら事は大事になってしまったようですね」

極限の緊張を張り詰めて、いつ来るかも分からない砲撃を警戒しながら、ジェイドは静かに頭を抱えた。

 

・・・

「なんだお前は!」

突然現れた僕に対して、どこかアッシュに似た赤毛の少年が怒声を浴びせる。間違いない、あれがレプリカのルーク・フォン・ファブレなのだろう。そしてその隣には、見知った顔がある。

「ティア……?お前こんなところで何してるんだ?」

「ト、トリスタン謡将なぜこんなところへ!?」

「僕は、ほら。導師イオンの捜索してたんだけどさ」

ちらり、と目線をイオンへと向けると、罰の悪そうな顔をしている。そう言う意味で言ったわけじゃあないんだけどな…。

「少し待っていただけますか」

眼鏡をかけた男が話しかけてくる。。三年前の戦争以来、僕に事あるごとに嫌がらせを仕掛けてくる性悪だ。ディストとは子供の時からの仲らしい、とディストが言っていた。

「何ですか、死霊使いさん。僕は今から、導師イオンとお話をしなくちゃいけないんで忙しいんですが」

「まあまあ、落ち着いて下さい。せっかちな人は嫌われますよ?」

「嫌われ者なんて今更だし、お互い様だろうに」

「ははは。あなたみたいな化物と同列なんて、常識で物を考えてください」

「お前な……」

口喧嘩では一生勝てない気がする。

「俺を無視すんなよッ!」

しびれを切らしたルークが大声を上げる。今にも跳びかかって来そうだが、まあ問題はないだろう。アルバート流なら、ヴァンとアッシュとの手合せで何回も見ている。

「止めときな。その剣はよく知ってるんだ。君の師匠ならまだしも、君じゃあ僕の相手は出来ないよ」

「ヴァン師匠を知ってるのか!」

予想もしていなかった言葉に、目を見開いて驚くルーク。僕に向けられていた剣は、すでに地面を向いている。

「仕事の同僚だし階級も同じだから、結構話すことも多いんだよ」

さらりと口から嘘が出る。ダアトで働く上での必須技巧だ。あの場所にいる奴らは、師団長クラスとヴァンを除き、権力への執着が半端じゃない。その筆頭が大詠師モースだ。外見通りに相当あくどい。

「そういう事で剣を収めて、この場から立ち去ってもらえると助かるんだけど」

無言のまま導師イオンと僕以外のメンバーを睨んでいるアリエッタが、今にも爆発しそうだ。

「一つ、分からないことがあるのですが」

「なにかな?」

ジェイドの発現に対し、露骨に嫌な顔を作りながら言う。

「なぜ、ライガクイーンを守るのでしょうか?あれは人にあだなす魔物ですよ」

「アリエッタはダアトに来る以前、ホド戦争で両親を亡くして魔物に育てられたんですよ。そしてこのライガクイーンがそうです。この場所がダメなら僕が場所を用意しましょう。幸い、一つ候補地の覚えがある」

「……大変失礼したしました。それならばそちらに一任しましょう」

「助かる」

「いえいえ、貸し一で結構ですよ」

とてもいい笑顔だ。一瞬でも感謝した僕がバカだった。この鬼畜メガネ、腹黒さなら世界一ではなかろうか。

「それと、導師イオン。僕はやることが出来てしまったので、アニスに伝言を頼んでよろしいですか?」

「え、ええ。なんでしょうか?」

突然話しかけられたイオンが狼狽する。

「帰ったら特訓な、とお伝えください」

「分かりました。それで、あの。やはり僕は、ダアトに戻されてしまうのでしょうか…」

俯きながらイオンが言う。

「お顔を上げてください導師イオン。僕はあなたが危険でない限り、行動の制限はしないつもりですよ。それが導師守護役の務めですから」

「それではっ…!」

「導師イオンの目からは強い意志を感じます。僕が止めたところで無駄なのでしょう。一つだけ約束を守っていただけるのならば、何も言いません。この場は非公式ですしね」

一旦言葉を区切り、真剣な顔で見つめる。

「必ず、無事にダアトに戻ってくること、それが条件です。守っていただけますか?」

「はい!」

喜んでいる姿は無邪気な子供にしか見えない。導師イオンの出生を知っている僕としてはやりきれない思いでいっぱいだ。

「それでは行ってください。そろそろアリエッタを押さえておくのも限界です」

「分かりました。それと……、許してくださいアリエッタ。君の家族を危険にさらしてしまいました」

「行ってください、イオン様」

頭を下げるイオンを極力見ないように顔を背けるアリエッタ。憎めたらどんなに楽だろうかという顔をしている。導師イオンとライガクイーン。アリエッタにしてみれば大好きだったもの同士の争いだ。

「みなさん行きましょう。我々がここにいてはライガクイーンも気が気ではないでしょうし」

ジェイドのその言葉に従い、僕とアリエッタ以外の人間はいなくなった。

「じゃあ、僕たちも行こうか。彼女を説得してくれるか?」

「……分かりました」

ようやく安全が確保されたとみると、構えを解いてライガクイーンの方へと駆けて行った。久しぶりの親子の再会を邪魔するのも無粋な話だ。少し外に出てようか。

「あの、トリスタン!」

不意に呼びかけられて振り向くと、深く頭を下げているアリエッタ。

「ママを助けてくれて、ありがとうございました!」

「どういたしまして」

僕は、微笑みながらそう返して、そそくさとその場を後にした。心から頭を下げられるほどに大切なものを持っているアリエッタが、少しだけ昔の自分を思い起こさせたから。

 

・・・

ライガクイーンを案内したのは、ダアトの近くにある、とある廃村の近くの森。僕が数年前に、貯金を全てつぎ込んで買った土地だ。

「ここで満足してもらえると助かるんだけど」

「大丈夫です。ママも気に入ったって言ってます」

「そうか」

無意識のうちに声が弾んでいたようで、アリエッタが珍しいものを見た、という顔をしている。

「ここは僕の故郷なんだ。今はもう誰もいないけど、それでもこの場所は僕の大切な場所でね。気に入ってもらえたなら良かったよ」

グルル、と喉を鳴らすライガクイーン。言葉は分からなくても、なんとなく気持ちは伝わってきた。僕を育ててくれたあの人たちと同じような暖かさ。きっとこれが親愛というものなんだろう。

「アリエッタ。君は決して、なくしちゃいけないよ」

空を仰ぎながら言うと、アリエッタは静かに頷いた。

 

・・・

戦艦タルタロス。マルクト軍が誇る最新鋭の軍事艦だ。チーグルの森での一件の後、ルークとティアはジェイドの指示で、この艦に保護されていた。現状の説明と、これからについて話をするためだ。

「そういえば、あのヴァン師匠の仕事仲間とかいう胡散臭いやつ。あいつ何者だったんだ?」

一通りの説明が終わり話がまとまったころ、唐突にルークが口を開いた。

「トリスタン謡将の事?」

「え、えぇ!?あの人来てたんですかぁー!?」

ルークが何かを言い返すよりも先に、アニスが強い反応を示した。顔を青くして冷や汗をかいている。

「そうです。トリスタン謡将からアニスに伝言があるんでした。えっと、『帰ったら特訓な』だそうです」

「あわわ。もう亡命するしかないかもぉ……」

がっくしとうなだれたまま、アニスは動かなくなってしまった。

「アニスの事はしばらく放っておいてあげましょう」

そう言って同情するようにアニスを見つめるティア。実はリグレットに強制され、トリスタンの特訓を受けたことのあるのだ。僅かに顔を青くしている。

「それでは、僭越ながら私が説明いたしましょう」

放置されたルークが怒り出す予兆を感じたジェイドが、それを妨げるように口を開いた。

「トリスタン謡将。フルネームはトリスタン・ゴットフリート。神託の盾騎士団の中でもトップクラスの武勇を誇る人物です。特技は超長距離からの狙撃。いえ、あれはもはや砲撃と言っていいレベルでしょう。正直、狙われたら命がいくつあっても足りません」

「私も実際に見たことがありますが、あれはすごかったです」

「おや、それは羨ましいですね。私は発射後の現場しか見たことがないものですから」

「それで、ヴァン師匠とはどういう関係なんだ?」

話の流れをぶった切ってルークが聞く。

「彼が言った通りの関係で間違いないでしょう。噂によるとトリスタン謡将は、片手で数えられるくらいの年齢の時から神託の盾騎士団に在籍しているという話ですから。ヴァン謡将と階級も同じですし、話をすることはあるでしょう」

「ヴァン師匠と同じ階級!?あんなやつが!?」

「その言い方は失礼よ、ルーク」

純粋に驚いているだけのルークだが、その言葉をどうにも口が悪く感じたティアが諌めにかかる。

「だって、あいつ大したことなさそうだったぜ」

「それは間違いですよルーク。トリスタンはいるだけでダアトを戦火から守ってくれています」

「はあ、なんだそれ?」

「抑止力、と言うやつですね。彼の狙撃はそれだけの脅威となっています。本気を出したら、ダアトから両国の首都を狙えるという冗談もあるくらいですから」

ははは、と笑うジェイドだが目は笑っていない。

「と、話はこの辺にしておきましょうか。後は―――」

ジェイドが何かを言いかけたその時、警報が鳴り響く。

「船橋!どうした?」

素早く状況を確認し、支持を飛ばす。廊下に出ると、鎌のような斧槍を携えた大柄な男が、二人の兵を率いて立っていた。

「ご主人様!」

突然の攻撃に吹き飛ばされるルークと、咄嗟に譜術を発動し、兵を葬るジェイド。しかし、その譜術は男の一撃の前に、届くことなく消え去った。

「……さすがだな。だがここから先は大人しくしてもらおうか」

武器を構えたまま男が言う。

「マルクト帝国軍第三師団長ジェイド・カーティス大佐。いや、死霊使いジェイド」

「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」

眼前の男から発せられる威圧感を気にも留めずに、ジェイドは近づいていく。

「トリスタンの狙撃を完全とは言えなくとも防いだ唯一の男だからな。世界中に警戒する人物は多くいるようだ」

「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」

「フ…。いずれ手合せしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」

「イオン様を渡すわけにはいきませんね」

緊迫した状況下で、二人だけがなんら気後れすることなく会話を続ける。

「おっと!この坊主の首飛ばされたくなかったら動くなよ」

倒れ伏しているルークの首元に刃を当て、人質に取る。そして、もう片方の手には見慣れないキューブ。それを動く事の出来ないジェイドの頭上めがけて放り投げると、光が襲った。

「……ぐう……っ」

ジェイドが床に膝を突き、初めて均衡が崩れる。

「まさか封印術!?」

誰もが動けないその瞬間、ラルゴはとどめを刺すために武器を振りかざし襲い掛かる。その油断を突き、ジェイドはコンタミネーション現象を利用し、右腕の表層部分に微粒子状にして融合させ収納している槍を発現させ迎え撃つ。ラルゴはその突きを躱し、間を取る。

「ミュウ!第五音素を天井に!早く!」

「は、はいですの」

ミュウが天井へと火を吐くと同時に、アニスが動く。イオンの元へ駆けつけるためだ。

「落ち合う場所は分かりますね!」

「大丈夫っ!」

ジェイドは短く言葉を交わすと、ラルゴの前へと立ちふさがる。

「行かせるか!」

慌ててアニスを追おうとするラルゴの足元から、光が発生する。ティアの譜歌だ。ジェイドは動きが取れないラルゴに一足で接近し、腰が抜けて立てないでいるルークの目の前で、ラルゴを刺し貫いた。

 

・・・

ヴァン指示した予定通りに襲撃を行うために、僕とアリエッタは急ぎタルタロスへと向かっていた。

「っと、どうやらすでに制圧完了してるみたいだな」

「みたいです……」

ようやく追いつくと、停止したタルタロスに導師イオンを連れて近づいて行くリグレットを発見した。何故か、左舷昇降口だけが開いている。露骨に怪しい。リグレットに先に行くように促すと、僕は再び距離を取った。

「僕の出番がなければいいんだけど…」

アリエッタがリグレットと合流し、一瞬だけこちらへと視線を向ける。いざという時の援護を頼む、と口元をかすかに動かし、部下を偵察にやる。扉が開くと、チーグルを持ったルークがいた。第五音素の火を顔面に受け、部下が転げ落ちていくとと同時に、ジェイドが槍を振りかぶりながらリグレットの頭上へと迫っていた。間一髪でバックステップをしそれを躱すと、地面へと突き立てられたはずの槍は消え、ジェイドの手の内へと戻っている。僕の『フェイルノート』と同じ技術だ。

「『フェイルノート』展開」

互いに武器を突き付けあい、膠着状態となっているジェイドとリグレット。戦況を動かすための札は、時間差で出てきたティアだった。しかし、リグレットの姿を見て驚いている隙をアリエッタが突く。結果、リグレットが距離を取り打ち倒す作戦は失敗したかに思われた。その時だった。

「ここで来るか」

僕以外に、息を殺して潜んでいた男が一人いた。リグレットたちの遥か上空から跳びかかり、それに合わせてジェイドがリグレットの喉元に槍を向ける。それを阻止するため、僕は引き金に指を掛ける。

「シュート!」

放たれた弾丸は見事槍へと着弾し、その衝撃でジェイドもろとも弾き飛ばすことに成功した。しかしこれは―――

「しまった、罠だったか!」

ジェイドの鋭い目がこちら方向へと向いている。弾道から大体の方向を割り出されたようだ。第二射を警戒しながらも、ジェイドは素早く体勢を立て直しアリエッタを人質に取る。詰みだ。リグレットが大人しく指示に従ってタルタロスに入っていく。仕方ない、僕も従うとしようか。

「まったく、アリエッタ油断しすぎだぞ」

「おや、やっと出てきましたか。あんまり遅いんで待ちくたびれてしまいましたよ」

「良く言うぜ。結構遠くにいたの気づいてたくせによ」

嫌味な笑顔のジェイドを尻目に見ながら、もしもの時のために白い手袋を取り出し、装着する。

「ごめんなさい……トリスタン……」

「帰ったら特訓だな」

申し訳なさそうな顔をするアリエッタに軽い調子の声を掛けて、笑いかける。

「さて、今回はこちらの負けみたいだし、大人しく引こう。アリエッタもいいね?」

「……はい」

「それじゃ、中に入ろうか」

「待ってください!トリスタン謡将!」

アリエッタを引き取り、背を向けて歩き始めようとすると、ティアが僕を呼び止めた。

「あなたが動くということは、大詠師モースの指示なのですか?」

振り返ると、おそるおそるといった表情のティアがいた。そういえば、モース旗下情報部第一小隊だったっけ。

「それに答える権利は僕にはない」

「そんな……」

僕に命令できるのは、僕以上の階級。つまり元帥でもある大詠師モースのみだ。つまりはそういうこと。

「何故ですか!?大詠師モースは予言の成就だけを祈っておられました!」

「そうだな。あいつは予言の成就しか考えちゃいない。今回も、そして―――あの時も」

辺り一帯の空気がピシリと凍った。自分を抑えきれずに、息もできなくなるような殺気をばらまいてしまう。金髪の少年やジェイド以外は顔面蒼白だ。いけない。抑えないと……。

「落ち着けトリスタン」

その言葉と共に、弾丸が僕の頬をかすめる。ようやく正気に戻り、深く深呼吸をする。

「助かったよリグレット。危うく暴走するところだった」

「冗談でもやめてもらいたいな。お前が暴走なんかしたら、間違いなく命がけになる」

「その時は頼むよ」

「フン。言われるまでもない」

何事もなかったように会話する僕とリグレットを見て、呆然とするルークたち。頬の血を拭うと、今の事態を追及される前ににタルタロスへと入った。

 

・・・

数日後。国境の砦カイツールにて、ルークたちは無事にアニス、そしてヴァンと合流を果たしていた。事の経緯についてジェイドから説明を受けると、自身の立場についての説明を始める。

「……なるほど。事情は分かった。確かに六神将は私の部下だが、彼らは大詠師派でもある。おそらく大詠師モースの命令があったのだろう」

「なるほどねえ」

大体の事情を察したガイが相槌を入れる。

「ヴァン謡将が呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せって事だったのかもな」

「あるいはそうかもしれぬ。先ほどお前たちを襲ったアッシュも六神将だが、奴が動いていることは私も知らなかった」

「じゃあ兄さんは無関係だったっていうの?」

眉間にしわを寄せ、心底困ったという顔をするヴァンと、それを睨みつけるように見るティア。

「いや、部下の動きを把握していなかったという点では無関係ではないな。だが私は大詠師派ではない」

「初耳です、主席総長」

ピクリと反応を示したのはアニスとジェイドだが、どちらも表情はいつもと変わらない。

「じゃあ、トリスタン謡将はどうなの?あの起こり方は普通じゃなかったわ。あの怒りが大詠師モースに向けられたものなのだとしたら、とても大詠師派に付いているとは思えない」

「なに……?」

ヴァンの顔が驚愕に歪む。できれば聞き違いであってほしいといった表情だ。

「お前たち、トリスタンを怒らせたのか。よく無事に済んだものだ」

「おや、あなたもああなった彼を見たことがおありで?」

説明をし終えて以降、黙って話を聞いていたジェイドが、口をはさむ。

「ああ、一年ほど前にな。あの時は私とリグレットで制圧に成功したが、二度は戦いたくない相手だ」

「それほどですか……」

ジェイドは顎に手を当てると、再び思索にふけってしまう。

「……それで、私の質問にはどう答えるつもりなの、兄さん」

僅かに体が震えているティア。先日の恐怖を思い出してしまった結果だ。あれほど濃密な怨嗟の念は、普通受けたことなどないだろう。

「ティア、それは彼の問題だ。彼には目的があり、そのためにあれほどの怒りをのみ込んでまで、神託の盾騎士団に在籍している。私に言えるのはこれだけだ」

「それじゃあ、説明になってないわ!」

「落ち着いて下さいティア。ヴァンの言ってる事にも一理ありますよ。僕も、彼の事は彼の口から聞くのがいいと思います」

「イオン様……」

ティアは弱々しく呟く。

「ともかく私はモース殿とは関係ない。六神将にも余計な事をしないよう命令しておこう。効果のほどは分からぬがな」

その後、キムラスカ領への旅券を受け渡たし、ヴァンは部屋から出て行った。

 

・・・

次の作戦での出番がない僕とリグレットは、先日ライガクイーンを案内した廃村へと来ていた。今は、村の中央広場にある大きな石碑に向かって、黙祷を捧げている。予言による反乱の後、僕が建てた大きな墓だ。誰が忘れようとも、なくならないように、との願いを込めて。

「今日も、お前の話を聞かせてくれるか?」

黙祷が終わったことを察したリグレットが話しかけてくる。

「それはいいんだけど、正直、もうネタ切れなんだよね。僕が普通の生活をしてたのって五歳くらいまでだし」

「……そうか」

僕の言葉に、心底残念そうな顔をするリグレット。

「そうだな。それじゃあ、今日はジゼルの話を聞かせてよ」

「私の…?特に面白い話はないぞ」

「いいからいいから」

「分かった。あれは―――」

ぬるま湯につかるような心地のいい時間。いったい、後どれだけこんな時間が来るのだろう。そんなことを考えながら、僕は束の間の幸せを味わった。


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