骸骨魔王と鬼の姫(おっさん)   作:poc

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予告詐欺になりました。すみません。


本編17─息子と息子らしい(1)

「──で、その時は──」

 

「あぁ、それで[ももんが]さんは──」

 

支配者()たる二人は第九階層『ロイヤルスイート』のラウンジに階層守護者級と近くにいた戦闘メイド達を呼んで卓──というより『アルバム』──を囲み昔話に花を咲かせていた。

五、六人は座れそうな大きくて柔らかいソファに二人だけが座り、その近くや後ろから守護者達が『アルバム』を興味深そうに眺めている。子供(NPC)全員だと多過ぎるために人数制限を設けざるを得なかったのは姫としては残念でならなかったが致し方ない。とはいえ、始まってしまえば夢中になって魔王と語り合った。子供達も目を輝かせて二人の昔話を聴いていた。

現在は霊廟、陵墓がある表層の紹介ページを開いている。遥か昔にあったという『観光地ガイドブック』なるものの様式を取り入れてあちらこちらの詳細が載っているのだがその前の(ページ)では周辺の地形まで詳しく書いており、ある地点で魔王がふと思い出して話し始めたのだ。

 

姫はこのナザリック攻略後、ギルド拠点開発の黎明期を少し過ぎた辺りでここへやって(殴り込みに)きた。当時はまだ極々普通の攻撃役(アタッカー)系のビルドで、ある時に拠点近くで独り佇んでいるのをメンバーが発見したのだ。ナザリックがあるグレンベラ沼地は結構な難所の筈なのだが、どうやって一人で来たのか尋ねてみれば迷子になって泣きそうだったという。よくよく聞けば、最初は〝なんかPKKやってるらしいから俺も喧嘩売りに来た。〟という脳筋っぷりだった。というかただのアホだった。

それで改めてどうやって一人でこんなところまで来れたのか聞いてはみたものの、やはり本人すらよく分かっていない有り様でモンスターに絡まれないように何日も掛けて来たらしい。やっぱりアホだった。

PvP(喧嘩)をやるか訪ねてみれば〝良い人達っぽいしもういいです、またどこかで。〟と()()で帰ろうとしたところで複数のモンスターに絡まれて死に掛けたのを当時のメンバー総出で救出作業にあたった。危なっかしくて放っておけないという話になり、話を聞けば加入条件を満たしていたためギルドに勧誘してそれを快諾したのが始まりだ。

 

「──とまぁ、当時から問題児でしたよね」

 

「そんな時もありましたねぇ」

 

姫が遠い目をしてしみじみと懐古する。子供達からすれば神の誕生秘話ともいえる話であり、いたく感動しているようだった。

しかし、アルベドだけは〝やっぱりね。〟とでも言いたげにジト目で姫を見ていたが。

 

「それで[へろ]さんと弐式さんの[びるど]に感銘を受けましてね。足して二で割ったら面白くね?と」

 

メンバーの名前が出ると子供達の目つきが変わる。特にその二名によって生み出された戦闘メイドのナーベラルとソリュシャンは興味津々のようで今まで直立不動で聞いていたのにやや前のめりになっているくらいだ。ユリが窘めるように目を細くするが気持ちは分かるので何も言わないでいた。

 

「そういや、そんなこと言ってましたね。〝俺は風になる!〟とか訳分からんことも叫んでましたねぇ…」

 

今度は魔王が遠い目をして疲れたように零した。ナーベラルとソリュシャンは分かっているのかいないのか何度か頷いていたが。弐式炎雷と仲が良かった武人建御雷に生み出されたコキュートスはどこか思うところがあるのか顎の下に前肢(まえあし)を添えて〝ナルホド…。〟と呟いていた。

()()()と頁をめくる音が響く。視点が進み、そこには霊廟から第一階層『墳墓』へ降りてすぐの景色が見開きで載っていた。両隣にある松明の灯りにより石造りの内装が薄暗く写っている。如何にも迷宮の入り口と言わんばかりの雰囲気だが、実際に中は迷宮のように入り組んでおり、かつ凶悪な罠だらけだ。

 

「おー…上手く撮れてますね。雰囲気出てていいじゃないですか」

 

「でしょ?こういう見開きの[えすえす]は特に迷ったんですよねぇ」

 

更にめくれば、ところどころボカしているが第一から第三階層までの大まかな全体図が描かれている。隣のページは第一階層の紹介ページになっており、ここでシャルティアが興奮した様子で鼻息荒く聞いてきた。

 

「お、お母様!わらわの紹介も載っているでありんすか!?」

 

「載っているでありんすよ。詳細は後ろの方にあるけどね」

 

もう何度か頁をめくれば第二階層へ辿り着く。これも大まかではあるがシャルティアの私室である死蝋玄室の位置も描かれている。シャルティアは目を輝かせてそこを覗き込んだ。他の子供達は不敬だとでも言いたそうな、それとも羨ましそうな複雑な視線を送るがやはり気持ちは分かるのか特に咎めたりはしなかった。

覗き込むシャルティアがさり気なく姫にしなだれ掛かってくるも、Lv100とは思えないその華奢な身体を掴んだ姫はそのまま持ち上げて魔王との間に座らせてやった。周りの子達が驚愕に染まりアルベドの視線が鋭くなる。姫は思った以上に軽かったシャルティアに内心で驚いていたが。

突然のことで呆けていたシャルティアが我にかえり、顔を真っ赤にして狼狽する。そんな我が子同然の子の頭を姫が撫でてやると俯いて涙目になった。かわいい。

 

「ひぅ…!」

 

「こっちの方がよく見えるよ」

 

「ふむ、そうだな…皆、もっと近くに寄って良いんだぞ?」

 

その一言でアルベドがここぞとばかりに魔王の隣に座り全力でしなだれ掛かる。その行動に気付いたシャルティアとアウラが睨み始め、それを見ていた姫はシャルティアから一人分席を空けてやる。するとシャルティアが一瞬悲しそうな目になったがすぐに目を白黒させた。姫が自分と同じように持ち上げたアウラを隣に座らせたからだ。隣りで立っていたマーレも同じように持ち上げて座らせてやった。アウラは半ば予想が付いていたのかあまり動揺を見せなかったが、しかし顔は真っ赤だった。マーレも顔を真っ赤にしてこちらは慌てふためいていた。

 

「[あー]ちゃんはこっち。[まー]ちゃんはこっち」

 

「あ、あの…」

 

「…シャルティアにアルベド。モモ…お父さんにあんまり寄らないでよ。狭くなっちゃうでしょ」

 

「[こー]ちゃんと[でみ]ちゃんには申し訳ないけど、そっちの椅子に座って頂戴ね。ほら、せばやん達もそっち側に座って座って」

 

未だ立ったままでいる二人とセバス達に声を掛けてやると皆互いに目を合わせた。デミウルゴスとコキュートスはおずおずと両脇にある一人用ソファにそれぞれ腰掛けたが、セバス達はどうすべきかまだ迷っているようだった。給仕する側が座るべきではないと考えているのかもしれない。そんなセバスを見ていたデミウルゴスは業を煮やして茶々を入れ始めた。

 

「…セバス?母上が座って皆と話をしたいと仰っておられるのに立ったままとは…いやはや、君も偉くなったものだねぇ?」

 

「…ユリ、このソファは六人用ですのでプレアデスで座りなさい。私は母上のお側に控えます」

 

上司(セバス)から助け舟を出して貰ったユリを筆頭にプレアデスの面々はおっかなびっくりソファに座っていく。無視される形になったデミウルゴスは姫の方へ歩き始めたセバスに尚も煽る。

 

「おや、椅子ならまだあちらにもあるようだがね?」

 

「お言葉ですが、デミウルゴス様。このナザリックに存在するものは全て至高の御方々がお創りになられたもので御座います。お許しもなく動かすことは出来ないと存じ上げますが?」

 

「ならば、こちらにおわす父上か母上に奏上すればいいのではないのかね?」

 

「いえ、それには及びません。母上のお望みは『座ること』ではなく『話に参加すること』と愚考致します。ならば、より近いお側で傾聴させて頂きたく存じます」

 

「ふむ?ならば、お側に椅子を置かせて頂くご許可を賜ってからそちらに座るべきじゃないのかね?」

 

「いえいえ、無理に動かすと景観も損なわれてしまうことになりかねません。それは御方の望むことではないでしょう。ならば給仕と護衛も兼ねてお側に控えたほうがよろしいのではないでしょうか」

 

「…二人トモ、イイ加減ニシロ。御方々ノオ話ハマダ途中ナノダゾ」

 

『うっ…』

 

「──アハハハハハ!…チッ」

 

コキュートスに窘められたデミウルゴスとセバスがハモった。それを見た魔王は声を上げて大笑いを始める。すぐに止まって舌打ちをしていたが、上機嫌な雰囲気は伝わってくる。他方、姫は口角を上げて微笑んでいた。

 

「ふふー…いいね。()()()()だよ」

 

「ええ、全くです。デミウルゴス、残念だが今回はセバスに軍配を上げよう…なに、そう悲観することはない。問題児のお目付け役は大体がたっちさんかウルベルトさんだったんだが、お前には色々と頼みたいことがあるからな。まぁ、今のセバスは研修期間みたいなものだ、大目に見てやってくれ」

 

「ハッ。かしこまりました」

 

それを聞いた二人が気負い立つ。一方は近いうちに御方より直々にご命令を賜ることが確約された歓びに。もう一方は畏れ多くも創造主と同等の役割を──研修とはいえ──与えられた喜びに。

 

「それで…えぇと?」

 

「第二階層、シャルティアの話ですよ」

 

「ああ、そうそう。それでね──」

 

『アルバム』を中心に家族団らんの温かな時間がゆるりと過ぎていく。親達は懐かしさに目を細め、子供達は神の啓示を受けるが如く畏敬から目を輝かせて昔話を一心不乱に聴いていた。時折、掃除のために巡回をしている一般メイドが羨ましそうに、または耳をそばだてて音を立てないようにして通り過ぎて行くのだった。

 

 

 

 

 

ところ変わって魔王と姫、そしてアルベドとセバスの四人は姫の自室へ来ている。朝方まで『アルバム』を見ながら話し込んでいたのだが、途中でまだ会っていない二人の子供の姿を見たからだ。時間的にも一区切りついたので、一旦はお開きということになり解散の運びとなった。

魔王が創造した息子と対面するより前に姫の創った庭園と息子を見たいという魔王たっての希望により、先にこちらに来ている。時間稼ぎの魂胆は見え見えだったのだが、先にこちらと会うことで必ず向き合うという約束を取り付けたので姫としてはよしということにした。

 

「約束は守る男ですもんねぇ、[ももんが]さん?」

 

「うぐっ…ま、まぁ…ソウデスネ…」

 

姫が歯切れの悪い返事を聞きながら、庭園に続く障子を開け放つ。そこには穏やかな陽射しを受けて()()()()と輝く緑と水の芸術が一面に拡がっていた。小鳥と小さなせせらぎが奏でる心地良い旋律は耳の奥にまで浸透するかのように入り込んでくる。目の前の大きな池というらしい水溜りにはアクセントとして色鮮やかな魚が何匹もおり、気の向くままに泳いでいる。柔らかな風が吹けば植えられた木々が静かに囁き、予想外の光景に魔王は心奪われた。

 

「…」

 

「…現実化するとこうなるのか」

 

「へぇ…雰囲気が良いわね。ワビサビ、だったかしら?」

 

「流石は至高の御方。見事な日本庭園で御座います」

 

魔王を除く各々が感想を零す。ユグドラシルの時は動かない木々や水面、小川などに少しばかり姫はもどかしい思いをしていたものだ。かつて自然を愛したメンバーともその事について話し合ったりもした。熱が入り過ぎて次の日の仕事に支障が出てしまい、危うくクビになりかけもしたが。

だが、こうして実際に動いて音もするとなれば話は変わる。手前味噌ではあるが、外の自然にも負けていないと自負出来るほどに素晴らしい。まだこちらに来たばかりの時は余裕が無かったため第六階層の変化には気付かなかったが、あちらもきっと素晴らしいものになっていることだろう。

 

「…」

 

「モモンガ様?」

 

未だ固まっている魔王を不審に思ったアルベドが声を掛けるも止まったままだ。セバスまで不安そうになるが、姫はそんなことはどこ吹く風といった様子であちこちに視線を配って何かを探していた。

 

「…たまげたなぁ」

 

「…ふふー。そうでしょうとも」

 

魔王の呟きを聞いた姫の表情はどこか得意気(ドヤ顔)だ。それを見たアルベドはちょっとイラッとした。

 

「…おや?()()()()様では御座いませぬか」

 

「お?」

 

庭の奥から声が掛かり、木々の間にある小道から姿を現したのは中央に白い丸が描かれた黒い大きな仮面で頭を覆った男らしき人物。粗野な道着の上に兜と胴を除いた当世具足といわれる鎧を着けており、その腰には刀が下げられている。首元はマフラーのように布が巻かれており、外から素肌は一切見えない。唯一、長い黒髪をポニーテールのように束ねているのが見えるだけだ。

仮面を着けている割にその声ははっきりとしており、しかし逆に鎧を着ているというのに物音一つ立てずに歩み寄る姿はなんとも奇妙に思えた。

 

「おー…調子はどう?[よしつね]」

 

「ふっふー、変わりませぬな。して、此度は如何なされた」

 

どこかで聞いたような含み笑いを零して、伺うように姫の周りに顔を向ける。堂々としているようで隙を見せない立ち居振る舞いだ。傍から見れば体の力を抜き一定の距離を開けて、いつでも迎撃出来るような形を取っている。そのような態度を取られて、統括であるアルベドはいい気はしない。露骨に不機嫌な表情を出して威嚇するも、ヨシツネと言われた人物は全く動じていないようだった。

 

「こことよっちゃんの紹介に来たのさ。こっちの骸骨に見覚えはある?」

 

「ふはっ!『よっちゃん』とは、お戯れを…勿論、存じておりますとも。至高の御方々の頭目であらせられるモモンガ様でありましょう?」

 

「ならば頭が高いのではなくて?至高の御方の御前でその無礼、見過ごす訳にはいきません」

 

アルベドが額に青筋立てて捲し立てるも一方のよっちゃんは創造主に似て飄々としている。そこでようやく魔王が慌てて反応した。

 

「ア、アルベド。よい、よいのだ」

 

「で、ですが…」

 

「ふっふー、そちらが噂の統括殿で御座いますか…いやはや、なんともはや見た目麗しいご婦人で御座いますなぁ。して、そちらのご老体は?」

 

何だか鼻にかけるような言い方は誰に似たのか。アルベドは褒められたとしても手放しに喜ぶことは出来ない。むしろ馬鹿にされているとしか思えなかった。そんな中で声を掛けられたセバスは、あくまで執事として粛々と対応する。

 

「おや、これは失礼を。私は執事と夜想サキ様のお付きを務めさせて頂いております、セバス・チャンと申します」

 

「これはこれはご丁寧に。庭師兼おふくろ様の『あたっかあ』の大役を務めさせて頂いております、ヨシツネと申します」

 

やはりどこまでも人を小馬鹿にしたような雰囲気を纏っている。本人としてはそんなつもりはないのだが、周りはそう受け取らない。穏やかなセバスでさえ一層、表情を固くしており、一連を見ていた魔王は二つの意味で頭を抱えたくなった。

一方の姫は少しも動じることなく()()()としており、縁側から降りると自分の息子に近付いていく。飄々としていた彼も意図をすぐに察したのか、急に身体を固くして跪いた。

 

「ふふー」

 

「ふっ…ふふ…」

 

他の子供達と同様に息子の頭を撫で回す。ヨシツネは畏敬と歓喜のあまり、まるで壊れた玩具のように()()()()と震えるだけで含み笑いすらまともに出来ない有様だった。それをアルベドやセバスは何ともいえない気持ちでただ眺めている。同じく見ていた魔王としては、いよいよもって覚悟を決めるしかないと密かに決意していた。満足したのか、姫は撫でていた手を止めて()()()と振り返る。

 

「さて、うちのよっちゃん先導で庭の散策でも軽くしてみますか?」

 

「…この流れでそう来ますか」

 

「んん?何か問題でも?」

 

魔王は我慢できなくなりため息をついて頭を抱えた。こんなに自由に振る舞える友人が羨ましくもあり、嫉妬から少しばかり苛立つ。調整役に徹してきた自分が今こんな風に自由気ままに振る舞えば()()が外れそうで少し怖いのだ。ただ、その分のストレスは溜まってしまう。後のことを考えると余計にそれは感じるが、むしろそのせいでそんなことを考えてしまうのだろうと結論付けた。魔王が誰かのせいにしている時に、ヨシツネが誰かさんに似て余計な一言を発する。

 

「おや、如何なされた。ため息は禿げの元ですぞ?」

 

「…貴様、いい加減にしろ」

 

「ヨシツネ様、流石に不敬に過ぎるのでは?」

 

アルベドがバルディッシュを取り出し、セバスが険しい目で見据えた。一方のヨシツネは焦るでもなく、緊張とは対極にいてゆったりとしている。一触即発とでもいうべき空気に魔王が焦る羽目になった。というか、何で生みの親が息子のピンチに何もしないのか不思議でしょうがなかった。

 

「こ、こら!止めなさい!──というかサキさん!何でアンタが止めないんですか!?」

 

「ああ。家族喧嘩も微笑ましいなぁ、と思いまして」

 

のんびりとした返しに魔王は思わずコケてしまった。アルベドが青い顔をしてすかさず魔王に寄り添うがアルベドの心配をよそに魔王は姫にツッコむ。

 

「いや、微笑ましいってレベルじゃなかったですよね!?」

 

「ふふー、[ももんが]さん。甘いねぇ、こんなのはお遊びの範疇ですよ?」

 

「ふっふー、まさしく。本気ならばこの様に悠長に構えておられますまい?」

 

──…ウッゼェ。

 

まるで問題児が二人に増えたような気分だった。というよりここまで()()だと増えたと言い切っていいだろう。これじゃ親子ではなくて双子だ。文字数まで息ぴったりとかどうなってんのと叫びたかった。

ゆっくりと深呼吸の真似事をして気持ちを落ち着けると、未だに心配しているアルベドに一つ確認したいことがあったので尋ねた。

 

「アルベド、怒らないから正直に言ってほしい…お前にとって今のは遊びか?」

 

「…素っ首を斬り落とすつもりで御座いました」

 

沈痛な面持ちで話すアルベドの考えを聞いた魔王が姫達の方を見やると二人ともそっぽを向いていた。こいつら…。

暫く睨んでいると()()()()と何かを吹くような音が聞こえてきた。よく見ると姫が口を尖らせて出来もしない口笛を吹いている。音が二つするからヨシツネも真似て吹いているのか。

この二人がこれだけ似ていると魔王は自分の番が凄い不安になってくる。

 

「ハァ…」

 

「…おや、怒らないんですか?」

 

姫が首を傾げて不思議そうに聞いてくる。いつもなら少なくとも二、三の小言を言ってくるものだが、ため息だけとはどうしたのだろう。よっぽどお怒りなのか呆れられたのか、もしくは別の何かだろうかと少しだけ不安になってしまう。

 

「…いつもなら二人とも説教コースなんですけどね。まぁ、アルベドとセバスは初対面ですし…」

 

──この程度のイジりは嫌いじゃないから別にそこまで怒ることないのになぁ…慣れてくれるといいんだけど。

 

魔王はヨシツネに対して悪い感情はない。言葉こそ古臭いし堅苦しいものだが目の前の友人のような()()雰囲気に、むしろ好感が持てるくらいだ。ただ、他の子達がいる前で軽口は止めてほしい。本来は止めるべき立場の友人がこんな調子では止め役は自分になってしまう。

 

「モモンガ様はこの者とお会いしたことがあるのですか?」

 

「ん?ああ…だいぶ前にな。当初はセバスと一緒に九階層の守護に回そうとしてたんだが、配置場所がなかなか決まらなくてな。どうしたのかは結局、聞けずじまいだったのだが…」

 

区切って姫に視線をやると、それに気付いた姫が言葉を引き継いでくれた。こういう空気はきちんと分かってくれる辺り、やはり敢えて読んだ上で色々とやらかしているのかもしれないと魔王は思う。

 

「勝手にあちこちに置く訳にもいかないからね。[()()()()()]を出すために庭の手入れをする役になって貰いました」

 

「ふっふー、素晴らしき役職で御座いますぞ。草木を整え鯉に餌をやり、日がな一日日向ぼっこを嗜むなど充実しておりますゆえ」

 

ヨシツネは誇り高く胸を張って宣言しているが傍から聞いているととても仕事とは思えないような内容だった。言い方が軽いので気の向くままにのんびりとした生活を送っています、という意味に聞こえてしまう。

何故か姫も無い胸を張って誇らしげにしている。いや、〝ふふん。〟じゃないが。

 

「…とにかく、軽口に過剰に反応しないようにな。一々本気で相手をしていたら身が持たないぞ」

 

「どうやらよっちゃんは私に似ているようだしね。まぁ、無理に仲良くなる必要はないけど根は真面目な子だからよろしくね」

 

アルベドが睨む。猜疑心の塊のような視線を投げ掛けており、とても信じて貰えるような雰囲気ではないが姫は最初の挨拶から何となくこうなるとは思っていたので特に何も言わない。他方でセバスは乗り気ではなさそうだが真面目なので何だかんだ気にかけてはくれるだろうと思う。

 

「よしなに願い申し上げ候」

 

「…」

 

「…こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

遣り取りを見ていると前途多難のように思えるが、それは魔王にも同じことがいえた。考えれば考えるほど決して他人事ではないと感じる。

よっちゃんことヨシツネ先導のもと庭の散策をしながら姫は期待に胸を膨らませた。己の子供が自分と似ているならば隣の骨の子供はいかほどか、と。母親の楽しそうな雰囲気に釣られヨシツネも楽しげに案内するのだった。

 

 

 

 

 

「おぉ、これはこれは。なんともはや絶景なりや」

 

「…何でいるのかしら?」

 

ここはある意味でナザリックの最奥、『宝物殿』と名付けられたアインズ・ウール・ゴウンの財宝が眠る場所である。積もりに積もったユグドラシル金貨は幾つもの山を形成し、山腹から顔を見せる装備品や装飾品は一つ一つが芸術品のように美しいのだがギルドでは大した価値はない。泊付けのために置いているようなものだ。そんな光景に目を奪われたヨシツネは感服の声を上げるも、しかし軽い。

それに対してアルベドが疑問を発した。それもその筈でこの宝物殿は他の空間と隔絶されていてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが無ければ訪れることすら叶わない。至高の御方々は勿論のこと、下賜された階層守護者達と先程貸し与えられたシズ以外。

 

「なぁに、簡単で御座いますよ。拙者も指輪を頂きましたゆえに」

 

「…あ、そう」

 

人差し指に嵌められた指輪を見せつけるようにかざしたのをアルベドは冷たい目で一瞥し、素っ気なく返した。何とも不憫ではあるが姫の子ならば残念ながらまぁ当然ではあった。というか、軽口さえなければまだまともに接して貰えた筈なのだ。

 

「ふはっ、これはまた嫌われたものですな。しかし、華には棘があるもの。ならば、迂闊に触れずとも(まなこ)で愛でれば…おお、いとをかしなりけり」

 

「…あ?」

 

愉快そうに笑うヨシツネをアルベドが鋭く睨む。姫は愉快そうに目を細めて遣り取りを見るだけで何もしないし言わない。魔王はただ真っ直ぐに正面を見据えている。内心で冷汗が滝のように流れており、自身のNPCが大人しいことをただただ願うばかりだ。セバスとシズは我関せずといわんばかりに大人しく御方々に傅いている。

 

「…フー…。──行きましょう。サキさん、毒対策は大丈夫ですか?」

 

「問題ないですよ。しーちゃんは万が一[ぱす]忘れてた時はお願いね」

 

「…了解」

 

何度目かの覚悟を決めた魔王は人間の頃の癖なのか、やはりゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けてから告げた。姫に『しーちゃん』と呼ばれたCZ2128・Δ(デルタ)ことシズは御方から愛称で呼ばれて若干頬を赤らめて抑揚無く応えた。かわいい。

魔王が〝〈全体飛行(マス・フライ)〉。〟と唱えると六人の体が浮き上がり、一気に金貨の山を越えて奥へ向かうために飛翔した。途中、猛毒のブラッド・オブ・ヨルムンガンドが充満する区域に差し迫るが毒対策の確認をしたのはこのためであり、そんな危険地帯も難なく通り抜ける。

すると闇が前方に見えてきて、その前に下り立った。実はこれ、闇などではなく扉の一種でパスワードが設定されており、間違えるとデストラップが発動するようになっている。

そして、わざわざシズを連れてきた理由はここにあった。集団の最後尾で追従しているシズだが、ナザリックの()()()()トラップやギミックに熟知しているのだ。当然、この宝物殿内も例外ではない。

 

「うーん…」

 

「…確か…いや、やっぱりこっちからにしよう。『[あいんず・うーる・ごうん]に栄光あれ』」

 

姫がヒントを表示させるために共通の合言葉を発する。忘れた訳ではないが念の為だ。仮にトラップを発動させても避け切る自信はある。しかし、面倒事は好きでも()()()()面倒は御免だ。

合言葉に反応して黒い扉の中空に『Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum.』という白い文字が長々しく映る。

 

「あー、はいはい。()()()ね」

 

「うーん、何て意味だったかな…。──サキさんは覚えてるんですか」

 

すぐに思い出せない魔王は得心する友人にちょっと期待して問い掛けた。当然、姫は読み方は忘れたが意味(答え)はしっかりと覚えている。しかし、このまま素直に答えてあげるのも面白味がないと姫は考えた。そして、ここは何気に重要な場面だと思い至った。仮にも自身の息子()に会いに来たというのに〝金庫の鍵(パスワード)を忘れてしまいました。〟なんてきっと格好悪いだろうし、それにこの瞬間は自分的にも()()()()ところだ。

 

「ふふー…まさか?忘れて?ないですよねぇ?仮にも組織の長が金庫の番号をわ・す・れ・る、なんてことないですよねぇ…?──それじゃあ、[ぎるど]長さんに答えて貰いましょうか」

 

『(ウッッッゼェエ!)』…ぐぬぬ」

 

言い方もそうだが意地の悪いことこの上ない。しかし、言っていることは的を得ているので言い返せない。自分の息子が動いて喋っていることに浮かれているのか、いつもよりウザさが数倍増しだ。後ろのヨシツネも姫に続いて何か言いたそうにしていたが、アルベドとセバスに睨まれてちょっとしょんぼりとしていた。

そんな寸劇が後ろで行われていることは露知らず、魔王は腕を組んで気持ちを落ち着けながら考える。

 

──落ち着け鈴木悟…これは隙を見せてしまった俺の落ち度だ。…さて、これは確かラテン語だったな。前にタブラさんがよく熱を入れて話してくれてた…えーっと、確か…。

 

「確か…『かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう』…でしたよね?」

 

視線を向けて確認を取ると姫はゆっくりと両腕を上げて、何かしようとしている。恐らく合否のジェスチャーだろうがウザいことこの上ない。

 

「ででーん…まるっ!」

 

姫の返しに合わせるかのように闇が一点に向かって収束していく。やがてこぶし大の塊まで収束した闇は中空に浮かぶきり動かなくなった。それを見届けた姫が()()()()と賛辞の拍手を贈ってくる。何だコレ…ちっとも嬉しくない。

 

「ふふー…いや、流石ですね。お見事」

 

「…一発殴っていいスか」

 

「せばやん、骨が怖い」

 

「えー、その…。──申し訳御座いません」

 

目が泳いだセバスは魔王とアルベドに睨まれて根負けした。というか逃げた。睨んでいた二人の視線が逸れた隙にヨシツネは音も無く姫の背後へと回ると()()()()()にした。姫の油断もあっただろうが、突然のことに一同は唖然とする。

 

「おお?…よっちゃん、大胆だねぇ」

 

「おふくろ様!()()()()で御座る!()()()()で御座る!!」

 

「……あれ、色々とおかしくねぇ!?」

 

姫の腕力はLv100の中でも最弱といっていい。下手するとシズにすら負けるくらい。そんな貧弱な体の姫ではLv100で、しかもバリバリの前衛職であるヨシツネから逃れる術はない。()()()()と暴れるがまるで岩か何かに打ち付けられたかのように少しも揺らがない。

そんな姫を魔王はただ呆然と眺めていた。突然の事態もそうだが、別に本気で殴ろうと思って言った訳じゃない。絶好の機会ではあるが、ここでお仕置きをかますのもなんか違うと感じていた。

アルベドはそんな魔王の様子を敏感に感じ取り、自分にとってもまたとない機会なのだが見送ることにしていた。そもそも、ヨシツネは巫山戯ているようでどこか警戒をしている。恐らくだが、敢えて道化を演じることで空気をぶち壊し、且つ冗談が通じないアルベド(自分)から親を護るために我が身を盾にしやすいように、そして近付けさせないように羽交い締めにしているのだ、と深読みする。

実際のところは、親に倣って自分も巫山戯たかっただけなのだが。ついでに身体に触れることが出来て一石二鳥と考えている始末だった。警戒しているのは単に魔王の逆鱗に触れないよう動向に注意しているだけだ。

暫く親子のじゃれ合いの声が響き渡り、何事かと気になった宝物殿領域守護者が遠くからこっそりと御方の姿のまま覗いているのに一同が気付くのはもう暫くじゃれ合いが続いてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーめーろーよー」

 

「ふはっ!おっと鼻血が…あ、鼻無かった」

 

「やべぇ…この子やべぇやつや…」

 

「モモンガ様、近付いてはなりません。穢れてしまいます」

 

『どいひー』

 

『ハモるな!』

 

 

「…おぉ、私の創造主たるモモンガ様が楽しそうになさっておられる…感無量で御座います」

 

 

 

──つづく。

 




次回こそ黒歴史。

━オリ設定補足━

・ヨシツネ

オリ主のNPC。古語は適当。キャラ付けのために古臭い言い方をさせたかっただけ。LV100。
ビルドは攻撃7隠密3といった感じ。紙装甲。
根は真面目のはずがオリ主の影響が強くて問題児が二人になった模様。どうしてこうなった。
イメージはブレイズブルーのハクメンをポニテにして黒くした感じです。

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