「カズマへの誕プレ?」
目を丸くしてわたしの台詞をおうむ返しするアクア。
「はい。もうすぐカズマの誕生日ですが、なにをプレゼントしたらいいかなと」
朝のリビングにカズマはいません。生活リズムのだらしないカズマのことです、今日も降りてくるのはお昼ごろになるのでしょう。
もっとも、今のわたしにとっては都合がよいのです。気恥ずかしさなんてものも少しはありますが、やはりサプライズ的な意味で、プレゼントを渡すだなんて事前に本人に知られたくないので、今のうちにとアクアに相談してみます。
なんだかんだでアクアとカズマは付き合いが長いですから、よいアドバイスを頂けるのではないでしょうか。
聞かれたアクアはあーだのうーだの、しばらく唸り声を上げたのち、ようやくなにか閃いた様子。
「カズマへのプレゼントなら全自動卵割り機なんてどうかしら!?あのダメニート、この前『卵割るのがめんどくさい。割るとき白身がこぼれて手につくの腹立つ』ってぼやいてたわよ!思うにカズマは一見ちまちました作業が得意だけれど、それでもやっぱり省けるものは省きたいんじゃないかしら?」
と、朗らかな声でまくし立ててきました。
………。
『お誕生日おめでとうございます。こちら、プレゼントの全自動卵割り機です。よかったら受け取ってください』
『おお!全自動卵割り機だって!?これでようやくあの面倒な卵割りとおさらばかぁ!いやありがとうめぐみん!本当にありがとう!』
……これはないですね。ないと思います。
「それか適当にそれっぽいもの買いこんでまとめて渡しちゃえばいいんじゃないかしら?プレゼントに個数制限なんてないんだし」
「誕生日に下手な鉄砲打たれるカズマの身にもなってあげてください」
どうやら相談相手を間違えたようです。ここは早々に見切りをつけて他の人に尋ねることにしましょう。
「少し出かけてきます。お昼には帰りますので」
「もう買いに行くの?ギルドの近くの雑貨屋さんに置いてあったからね」
「卵割り機買いに行くわけじゃありませんよ」
☆☆☆
靴を履いて屋敷を出ます。向かう先はギルドです。
もちろんギルドの近くの雑貨屋さんに行くわけではありません。カズマにとって気の置けない人たちからなにかプレゼントのアドバイスを頂けたら、と考えています。
到着してギルド内をしばし徘徊……顔見知りの何人かにあたってみて、あることに気がつきました。
紅魔族たるわたしとしたことがなんたる失態。
「カズマと気の合う連中に聞いたってろくなアドバイスもらえるわけがないのです」
類は友を呼ぶ。すなわちギルドの荒くれどもに聞いたって気の利いた意見が出てくるはずもなく、やれ『肩叩き券』やら『1日爆裂魔法禁止券』やら、わたしを子どもかなんかだと考えてるのでしょうか。
しだいには『卵割り機』とかまで出てくるものですから、やはりここは無駄足に終わってしまいそうです。
諦めてギルドを後にしようと踵を返します。
ところがくるりと回ったわたしの目の前には、呆れたような表情を浮かべた見慣れた女性が、腰に手を当てて立っていました。
「なんだかよくわからないが、さりげなくカズマを貶めているな」
声の主、ダクネスにはどうやらわたしの小言が聞き取れていたみたいです。
「なんだ、ダクネスですか」
「なんだとはなんだ……ところでめぐみん1人か?珍しいな。ギルドになにか用事か?」
「ええ、まあ。でも着いてみてから用事がここじゃ叶わないことに気づきまして」
わたしの言葉が曖昧なばかりに、頭にハテナを浮かべるダクネスですが、まあ特段細かく話すことでもないでしょう。
それに、このお嬢様に相談してもあまりよいアドバイスをもらえるとは思えませんし。
「……なあめぐみん、今なにか失礼なことを考えてないか?お前のその顔、なんだか私を馬鹿にしているときのカズマに似ているような……」
「気のせいではないのではないでしょうか?そんなことよりダクネスはなぜここに?」
「ああ、それはだな……うん?なんだか今のセリフには違和感が……」
話を逸らすため、わたしが聞かれたことを、そのままダクネスに返します。
なにか引っかかるところもあったようですが、まあ些細なことでしょう。ダクネスも追求することなく話を本題に戻そうとします。
「まあいい、私がここにいるのは……」
言いかけてダクネスは思い出したかのように手をポンと……今どきそんなポーズ取る人めったに見かけませんよ、ダクネス。
騙されやすいダクネスのことです。どこぞの俗人にまたあらぬことでも吹っかけられたのかもしれません。
しかしこれ以上話の腰を折っていたらキリがありません。ここは黙ってダクネスが世俗に染まっていく様を見届けようではありませんか。
「そうだめぐみん、この後ヒマか?」
「忙しいです」
わたしにはカズマの誕生日プレゼントを探すという、とても大事な任務があるのです。
悪いですがダクネスに割いてあげる時間はありません。
「爆裂散歩なら私があとで付き合ってやろう」
「用件を聞きましょう」
仲間であるダクネスの誘いです。これを断るほどわたしは義理人情に疎くありません。
まあでも正直に言うと、爆裂散歩に関してはカズマにお願いしたいのですが。
魔法の採点もできて、なにより、なんといいますか……2人でどこかに行くいい口実で……しかし毎日毎日というのではさすがのカズマもくたびれて、愛想を尽かしてしまうかもしれません。
これは丁度よい機会でしょうね。用件次第ですが、今日の爆裂散歩はダクネスにお願いしちゃいましょうか。
「無理にとは言わないんだが、ほら、もうすぐカズマの誕生日だろう?」
うん………?
「しかし私は世間知らずゆえ、いったいなにをプレゼントしたらいいかわからなくてな。よければ買い物についてきて、色々とアドバイスをお願いしたいのだが」
なるほどなるほど。
なんとなくイラっときました。
「まずカズマの誕生日はきっちり覚えてるくせにわたしのそれは忘れていた理由を聞こうじゃありませんか!」
「いやあのときは本当に多忙で……ちょ、こらめぐみんどこを触って!こ、こんな公の場で……んんっ…!」
しかしどうやらこのお嬢様とわたしの目的は、計らずも一致していたみたいです。
☆☆☆
「今なにかものすごく俺得なイベントが発生してる気がする」
……なんだかわからないが、ふっと脳内が冴え渡って目が覚めてしまった。
「………………ま、いっか。二度寝二度寝っと」
☆☆☆
「まったく!まったくまったく!めぐみんは少し乙女としての恥じらいをだな!」
「ダクネスにだけは言われたくないのですが。というかお店の中であまり騒がないでください、はしたないですよ?」
「くっ!」
わたし達はアクアの言っていた雑貨店にいます。
無論、全自動卵割り機を買いに来たわけではなく。
ただ、プレゼントを探すにあたってそれなりに適当な場所だとは思うので、こうしてダクネスと2人、あーだこーだ意見を交わしながらプレゼントを探しています。
恨みがましい目線を向け続けるダクネスはさておき。
さて、どうしましょう。カズマのことですから、小綺麗な飾り物よりかは、まめまめしいもののひとつでも渡したほうが喜ぶでしょう。
うーん。しかしカズマは家事当番のような日常でやらなくてはいけないことに関して自身考案の『便利グッズ』なるものを既に活用しています。
今さらわたしがその手のものを考えてプレゼントしても、それはカズマにとって既に持っていたり、あるいは作る気にすらならない不要なものだったということになるでしょう。
……まったくカズマときたら、人がプレゼントを選んであげるときまで面倒臭い男だとは。
仕方がありません。助手の手を借りましょう。
「ダクネス、最近カズマはなにか屋敷で困っていたりしませんでしたか?」
助手ことダクネスに聞いてみます。なんでも構いません。カズマのちょっとした独り言とか、ふとした行動でもなにかしらのヒントになるかもしれません。
「ふむ、なんだかんだ私は屋敷の外での時間がそこそこ長いからなぁ。あまり思い当たることはなくて……」
ダクネスは手にした小瓶を見つめながら、空いた片手を顎に当て記憶の糸を辿っている様子。
「ほんとに些細なことでもいいのです。なにかなかったでしょうか?」
しかし期待した答えは返ってきそうにありません。
これは思った以上に難題かもしれません。
正直なことを言うと、わたしは以前、あのエプロンを渡されてとても嬉しい思いをしました。……その、ゴニョゴニョな人に渡されたからというのももちろんありますが、中身も最高で、わたしのことを考えてこれを選んでくれたんだなって思うと嬉しくて嬉しくて。
おそらくカズマは表に出さないだけで、あのプレゼントにたどり着くまで多少なりとも時間をかけて悩んでくれていたのではないでしょうか。それとも、わたしが喜ぶプレゼントをまさか一瞬で思いついたのでしょうか。
いずれにせよ、少しでも、ほんの少しでも、そのお返しがしたい。プレゼントを、わたしがもらった幸せを……日頃の、感謝とあわせて。
しかし頼みの綱のダクネスは少々見当違いな記憶を辿り始めている様子。
「うーむ、最近カズマが困っていること……カズマに困らされていることならあるのだがな」
手元はしきりに商品棚の香水を取っ替え引っ替えしながら、しかし表情は器用に苦々しく、それでいて満更でもなさそうな。
「たしかにその手の話なら枚挙に暇がありませんが、今は置いといてください。愚痴なら散歩のときいくらでも聞いてあげますから」
「とはいえ、風呂上がりに舐め回すように見られるのは私だけでなくめぐみんにとっても問題だろう?近ごろは遠慮もなくなってきて……私はともかくめぐみんはそういうの嫌だろう?」
「そりゃ嫌ですが、だいたいカズマの猥褻なんて今に始まったことじゃありませんよ。お風呂上がりだって、わざとらしくこちらを振り返って見てくるくらいじゃないですか」
「うん?」
「?」
?
「……………あっ」
『あっ』?
「そ、そうかそうだな!確かにそのくらいの猥褻は別に今さら目くじら立てるほどでもないな、うん!」
「そうですよダクネス、そのくらいで……」
言いかけて、気づく。そう、そのくらいのことです。そのくらいのこと『にもかかわらず』、なぜ今さらダクネスは私を心配したのでしょう?
わたしにとっての『今さら』と、ダクネスの受けている猥褻に違和がある?
思考が加速して、加速して、そしてある1つの推測が浮かんできました。
「ダクネスは先ほど『お風呂上がりに視姦される』って言ってましたよね?」
「そこまでは言ってない!ただ、うん、あれだ!私もかるーく、チラッと見られたりしてな!そういうのもしかしたらめぐみん嫌なのではないかなと!」
手をわっちゃわっちゃさせて慌てふためくダクネス。
別にいいんですよダクネス。わたしをここまで腹立たせた、諸悪の根源はあの男……。
「そうですね、嫌だったかもしれませんね。『舐め回すように見られる』ほど身体に魅力がないわたしには、到底わかりかねますがねっ!」
あの男、どうやらわたしとダクネスで、視姦の度合いが違うらしいです!
「お、落ち着けめぐみん。ほら、他の客もこっちを見て…」
「そうですね!落ち着かないのでお店を出ましょう!プレゼントは決まりましたよどデカイプレゼント箱に紐で縛った裸のダクネスでも入れてやりましょう!『プレゼントはワ・タ・シ♡』です!これでどうでしょうカズマもきっと喜びますよっ!!」
「店主すまない迷惑をかけた!もーほらわかった!一度出よう!」
☆☆☆
結局参考になるアドバイスなんか手に入らず、お昼時も迫ってましたので屋敷に帰ってきました。
ダクネスは雑貨店で手に取っていた香水をプレゼントするそうです。中身がアレでも一応は貴族、その類の良し悪しはきっちり判別つくそうで。
ただ、せっかくの香水をあの似非セレブに堪能することができるのかといえば、わたしはそうは思えません。
まあ、大事なのはそんなことではないのでしょうが。相手を思ってプレゼントを贈る……いわずもがな、その心が大事なはずです。
……大事、なはずですが……。
わたしは嬉しかったのです。なんでもないことのような素振りでも、その日プレゼントを渡してくれたことが。
わたしは嬉しかったのです。中身に細かな手作り感ととささやかな思いやりが込められていたことが。
わたしは、嬉しかったのです……プレゼントを選んでくれた、カズマのその理由を聞けて。
仲間を想うだけじゃなく、仲間を理解できていて初めてできる贈り物。
ほんとに、ほんとにほんとにほんとに、仲間想いな彼だからできた贈り物。
「ほんとに、あのひとは……」
顔が赤くなるのを感じながら、わたしは部屋を出てリビングに向かいました。
☆☆☆
ちょっとしたハプニングが起きました。
「あ、そういえばさっきめぐみんが、カズマの誕プレなににすべきかって悩んでたわよ?」
「アクア!?」
リビングで食事をしていたら、アクアがなんてことのないような顔で人のサプライズを暴露してくれやがりました。
「あのアクア、こういうものって当日ババーンって渡して驚かせるものでは?本人がいるところで話すのはあんまり……」
「俺は日々お前らがいろいろやらかしてくれてるからもう驚き慣れてるよ、別に今さら」
「えっ。いやあの、そういう話ではなくてですね……」
「なによめぐみんってば。プレゼントなにがいいかなんて本人に聞けば一発じゃない。それをあんなにうだうだ悩んで」
「アクア、俺が言うのもなんだがお前はもうちょい情緒というものを学んだほうがいいぞ」
「説教なんていらないわよ、せっかく気を利かせてあげたのに。もういいわよ、私ギルドに遊びに行ってくる」
「馬の耳に念仏か」
「誰が馬よヒキニート!」
「あっ、お前食器はちゃんと自分で片せよ……まったく」
食べ終わったアクアは、食器を片付けないまま出掛けていってしまいました。
「で?なんかプレゼントしてくれるのか?」
「なにニヤついてるんですか!ええそうですよ、プレゼントくらいしてあげますよ!ですからその顔やめてくださいなんか腹が立ってきます!」
調子づいてきたらしい目の前の男は、どうもわたしをからかいたそうにしています。
三十六計逃げるに如かず。カズマの国にはそういった格言があるそうです。
いわく、『逃げるに勝るものはない』と。
「わたしも出かけてきます。当日は楽しみにしててください、それでは」
簡潔に会話を終わらせてリビングを離れましょう。
「おいめぐみん」
「なんでしょうか」
「食器」
「……」
「それと」
なんとなく居心地が悪いわたしをよそに、カズマは話を続けようとします。
手元のコップを指先で突きながら、なんてことのないような声音で。
「あれだ、俺は貧乏性だからな。なにをもらってもしっかり使いこなせる自信があるぞ」
……つまり、なにを渡されても使えるから、いちいち悩む必要はないぞ……とでも言いたいのでしょうか。
「べつにプレゼントなんて渡す側のエゴみたいなところもあるし、俺が渡したエプロンだってわりかし」
「それは聞き捨てなりませんっ。カズマは自分でわたしにしてくれたことを悪く言うんですか?」
カズマの発言を遮り、わたしは以前のカズマの真意に言及します。
あんな理由でプレゼントを渡しておいて、今さら自身の行為を……わたしが受け取った幸福感を、否定するようなことは言わないでほしいです。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
カズマなりに、わたしに気を遣ってくれているのはわかりますが、ここだけは譲れません。
ジロリと睨みつけ、発言の撤回を促します。
そんなわたしの姿勢を見て、カズマはホッと一息吐きました。
「なんですか今のは?ため息ですか?」
「悪態つかないでくれよ。めんどくさい性格してるなって思っただけだよ、お互い」
「わたしはカズマほどめんどくさくないですよ。サバサバ系女子を自負してます」
「どこでそんな言葉覚えたんだ?」
「アクアが前に話してました」
ある種の男性にはウケるとかなんとか。カズマがそこに含まれているのかはわかりませんが。
「めぐみんはサバサバ系とは違うな。うんけっこう違う、あれだ、妹系」
「またそれですか!?」
ひとり納得したような風のカズマに釈然としないでいると、今度は半分真面目そうな表情で話し始めました。
いつもながら突拍子がないです。
「この際だから言っとくが、こないだエプロンを渡したときにダクネスがしてた邪推は、てんで的外れってわけでもないんだからな?」
「……?」
えっと、ダクネスの邪推?なんの話をしてるのでしょう?
わたしが怪訝そうにしていると、カズマは右手で後頭部を掻きながら面倒そうに口を開きました。
「ほらあのお嬢様、俺がエプロンを渡した真意はめぐみんに料理当番を押し付けて楽するためだー、とか言ってたろ?別にあれも間違いじゃないってこと」
そういえばダクネスは以前そんなことを言っていましたっけ……って、いやいや!
「さすがに騙されませんよ!カズマともそれなりに長い付き合いですからね!これがいつもの『ツン』だってことくらい分かりますよ!」
「俺がツンデレだとかいう謎のイメージをいったい誰が広めてんのかはさておき、じゃあお前は俺がなんの打算もなしに誕プレなんてリア充みたいなことすると本気で思ってんのか?」
「えっ?……打算がなくちゃ……してくれなかったんですか……?」
「へっ?……いや気分でテキトーになんかするかもだが、今回に関してはダクネスが言ってたような打算があったかもってことだよ!しゅんとするな悪いことした気分になるだろ!」
……しゅんと、ですか。
なるべく感情を表に出さないよう努力したつもりなのですが、近頃のカズマは感情の機微に敏いような気がします。いえ、わたしの隠し方が下手になってきてるのかもしれません。
「とにかく!人に贈るプレゼントなんてそんな感じでいいんだよ!渡したら自分の得になるようなものな!見返りが目的でいいんだよ!」
「カズマは見返りが目的だったのですか?」
「...ゴッホン!んなこと今どうだっていいの!」
カズマはひとつ咳払いをして、わたしを睨みつけました。
「なにニヤついてんだそのしたり顔やめろ!」
そう言うとカズマは踵を返して部屋のドアノブに手を掛けました。
「いいかめぐみん!誕プレなんて渡す側のエゴでいいんだからな!そもそも渡される側はそんなもんに大して期待してねえし、まず欲しいもんがありゃとっくにテメエで買ってるっての!」
言い終えるが先か、豪快にドアを閉めて出ていってしまいました。
プレゼントに関しては、未だまったく進捗なし。
...にもかかわらず、心が温かく満たされることを、わたしは今さら不思議には思いませんでした。
「プレゼントに、関して『は』……ふふっ、ずるいですよまったく……」
☆☆☆
「『渡したら自分の得になるようなもの』……」
べつにカズマのへなちょこなアドバイスを参考にするわけではありませんが、気晴らしに少し考えてみましょうか。
本心はさておき、カズマは料理をしたくなくて、わたしが料理をしたくなるようなプレゼントを贈りました。要するに利得の一致ということでしょうか。
あるいは『したくない』というネガティブな動機でなくともそれは構わないのでしょう。
例えばカズマが二人用のボードゲームをこよなく愛していて、わたしもそうであれば、プレゼントはボードゲームで決まりです。
カズマは楽しく遊ぶことができ、その相手にわたしがなればいいのですから。
無論、そんな都合よく趣味や好みが一致してるわけがなく、わたしが愛しているのは爆裂魔法。難儀なことに、世間はこの魅力に未だ気付けずにいます。
『カズマがなにかしたくて、それにはわたしの爆裂魔法が必要不可欠』……みたいなシチュエーションがあればいいのですが。
『日頃の鬱憤を晴らしたく、爆裂魔法を見て爽快感を味わいたい』……それこそ日頃の散歩に同行すれば問題ありませんし。そもそも爆裂散歩に関してはこちらがお願いしてる側です。
『俺をいじめてくるあいつを、爆裂魔法でぶっ飛ばしてくれ』...報復にしてはやりすぎです。それに誕生日プレゼントの前提がいじめいじめられ、というのも……。
そもそもプレゼントが『行為』になってしまうところから考え直してみましょうか。プレゼントが爆裂魔法を撃つ行為そのものになる必要はないはずです。その行為に至る一要素として成り立てば、カズマの言う利得の一致は達成できるのです。
わたしが爆裂魔法を撃つ、撃つ機会、カズマが撃ってほしいとする状況、どういう状況、カズマにとってのメリット、メリットがプレゼント、うーんうーんうーん。
「さっきからなにをぶつぶつ言ってるの?」
「どひゃあっ!」
不意に後ろから声を掛けられ、思わず飛び上がって素っ頓狂な反応をしてしまいました。
「わっ!ちょっとおどかさないでよめぐみん!」
振り向くとそこにはビックリ顔でこちらを見るアクアがいました。
いつの間に帰ってきてたのでしょうか。
「あ、ああ、アクアでしたか。いやそれはこっちのセリフですよ。まったくカズマといいアクアといい、あまりわたしの寿命を縮めるようなことはしないでください」
「なに、めぐみんってば私がめぐみんをビックリさせようとしたとでも思ってるの?私さっきっから何回も名前呼んでたんですけど」
そ、そうだったのですか。これは恥ずかしいことをしてしまいました。
「そ、それはすみません。ちょっと考え事をしてまして」
「まあいいけど。ところでめぐみん、今日の爆裂散歩は私が付き合ってあげる。湖にドカンとぶち込んで、地面に吹き飛ばして動けないお魚をたらふくゲットしようと思うの!いいわよね?ね?」
そう言って朗らかな顔を見せるアクア。
そういえば爆裂散歩に付き合ってもらえる約束を先ほどダクネスとしましたが……まあそっちはまた後日でも構わないですよね。
「わかりました。今日は湖でドカンとデカイのかましてやりましょう!」
「やった!私は大漁、めぐみんは日課、一石二鳥のwin-winってやつね!ほんとはその場で焼いて食べちゃおうとも思ったんだけど、もうお昼済ませちゃったから」
今回はお持ち帰りね、とご機嫌そうに言うアクア。
「そうですね。ってあれ、魚を持ち帰るんだったらアクアわたしをおぶれなくないですか?」
「10尾くらいでいいから大丈夫、持てるわよ。無理だったらその場で調理ね」
「お昼あれだけ食べたのにまだいけるんですか?」
「ピクニック気分で行けばまだおいしく頂けるわよ」
半ば呆れつつ、しかしアクアの提案はたしかにwin-winというやつでしょうし、断る理由もありません。
「アクアにしては随分とまと……」
言いかけて、ふと思いついてしまった。
「トマト?」
「あ、いえ。アクアにしては随分とまともな提案だなと」
「ひどい!めぐみんってばいつのまにかクズマさんに毒されちゃって!待ってて、今頭にヒール掛けてあげるから!」
そうだ、あれにしましょう。
カズマの誕生日には、あれをプレゼントしましょう。
☆☆☆
カズマの誕生日から一夜が明けました。
昨日のお誕生会はたいへんな盛り上がりようでした。
特にアクアの新芸が披露されたときなんかは、魔王軍幹部を倒したときに勝るとも劣らない興奮がありました。さすがカズマが宴会芸の神様と称するだけのことはあります。
「ちゃんとハンカチとか持ったー?」
「お前は俺のオカンかっ」
ところで、今日はこれからピクニックに行きます。
昨日カズマにプレゼントしたものをさっそく使ってみるのです。
「おっと、これを忘れちゃいけないな」
「今日の主役ですよまったく」
わたしはカズマに、お弁当箱をプレゼントしました。
昔我が家に置かれていた、手作り感満載のお弁当箱。作り方を教わったことがあります。
森に生えてる長く細い緑の木を材料に、割愛しますがうまいこと編み結んでいけば完成するのです。
お弁当箱まで手作りでまかなうほど実家がろくに物も買えない貧乏だったのが、ここにきて幸いしました。結局中身がなくて、あれは埃をかぶるだけでしたが。
……納得のいく仕上がりを見せるまでにけっこうヘマやらかしましたが、そこは気にしなくてよいでしょう。
「にしてもよくできてんなぁこれ。竹、だよな?」
タケ、というのがなんなのかわかりませんが、物作りでカズマに感心されるとちょっと誇らしくなりますね。
「カズマさーん。ダクネスも準備できたから、そろそろ行くわよー」
「おーう」
ダクネスとアクアはすでに玄関で待機しているみたいです。
待たせてはいけません。わたしたちも行きましょう。
カズマに出発を促そうと顔を向けると、どうしてか目が合ってしまいました。
「な、なんですかこっちを見て……」
「えっ、ああいや、めぐみんがこんな凄いもん作れんのかってまだ驚いててさ……」
「わたしを見くびってもらっては困ります。わたしにかかればお茶の子さいさいです」
適当に見栄を張って、ついでに無い胸も張ってみせる。
そんなわたしの態度を前に、しかしカズマの目線はわたしの指に向かっています。
……。
「ですが少しだけ、そうほんの少しだけ、作るのに苦労もありました。なので、そのぶんしっかり使ってあげてくださいね」
「善処します」
「煮え切らない返答ですね……」
プレゼントを決めた理由は、爆裂散歩にあります。
郊外でなければ爆裂魔法は撃てません。そして郊外といえば自然が豊か。
そういうところでのんびりと食べるご飯は、なぜだかおいしいものなのです。
わたしは爆裂魔法を撃てる。カズマはおいしくお昼を食べれる。
……まあ随分と利得の比が偏ってるとは思いますが、もう考えないようにします。代わりと言ってはなんですが、お弁当の中身はわたしが料理しました。
しかしやはりこの様子だと、わたしがカズマにもらったほどのプレゼントを、お返しすることはできなかったみたいです。
「カズマ、そろそろ」
行かないと、と言いかけてわたしの口が止まりました。
「こんな感じの弁当箱が、俺の国にもあったなぁ」
そう言いながら、カズマは懐かしむように、あるいは慈しむように、お弁当箱を撫でています。
「…………」
カズマの母国は相当に遠く、もう帰れないかもしれないという話は聞いたことがあります。
普段サッパリとした性格をしてますが、故郷に戻れないというのは、やはり寂しいものなのでしょう。
「カズマ、わたしたちは仲間です」
「お、おう?」
「そして、同じ場所で暮らして、同じご飯を食べて、同じものを見て、同じ時間を過ごして……これはもう、ひとつの家族と言えるのではないでしょうか?」
わたしも、アクアもダクネスも、みんな家族みたいなものなんです。
「ですから、寂しくなったら、いつでもお付き合いしますよ」
一緒にいてもらって、いてあげて、温まることができる。
せめてそのくらいは……。
「なあ、めぐみん」
気づかないうちに俯いていたわたしが声に釣られて顔を上げると、カズマの表情はもう明るいものになっていました。
……というより、なんだかニヤついてるような。
「こんなところでプロポーズとかいくらお前でも大胆すぎるぞ?」
「は?」
プロポーズ?誰が?誰に?どこで?
まったくなにをおかしなことを言ってるのだろう。
…………。
…………。
…………。
「ちち、ちがいますよっ!そういう意味ではなくて、わたしはただっ!」
「わーかってるって。めぐみんだけじゃない。ダクネスも、ついでにアクアもな。まあ俺が扶養してやってるわけだし、家族と言えなくもない」
「何様ですかこの男!」
……でも、どうやら笑顔になれてるようですし。
ここはわたしも、笑っておくことにしましょう。
ひとしきり笑い終えると、カズマは改まったように軽く猫背を直しました。
わたしも、立てかけてある杖を手に取ります。
「……よしっ。行くかめぐみん」
「……はいっ、行きましょう」
彼の持つ寂しさを、少しでもほぐしていければとわたしは思う。
「もう!カズマもめぐみんもなにしてんの!置いてっちゃうわよ!?」
「趣旨忘れてんのか?めぐみん置いてったらなんのために出掛けるのかわかんないだろ」
「それはたしかに。今日はみんなでピクニックだものね」
「それもあるが爆れ」
「はい!」
呆れたようなカズマの返答をわたしが大きな声で遮ります。
遮って、
「今日はみんなで、楽しくピクニックです!」
寂しさなんて吹き飛ばしてみせましょう。
楽しく明るい毎日も、カズマにプレゼントするのです。
だって誕生日プレゼントに、個数制限はないのですから。
けっこう削ってみたんですが、思ったより長くなってしまいました。前後編に分けるべきだったかもしれません。
拙作を最後までお読みくださいましてありがとうございました。色々と読みづらかったかもしれませんが、面白く感じていただけたら幸いです。