からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。


何か悪いことがあると、誰が悪かったかを問いたくなる
誰も悪くなかったという言葉は、決して優しさとは限らない

それでは、どうぞ


第十一話 「残火」

 

 炎が消えた後にも、熱は残る。

 

 焼けた岩に。

 熔けた鉄に。

 煤けた壁に。

 

 そして、そこに居た者の中に。

 

 目に見える火が失せたからといって

 災いまで終わったとは限らない。

 

 残された熱は、触れた者へ傷を刻み

 時に炎そのものより長く、その身を苛み続ける。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 誰かが呼んでいる。

 

 遠い。

 水の底から聞いているように、声がぼやけていた。

 

 

『──お燐!』

 

 

 聞き覚えのある声。

 毎日、何度も耳にしている声。

 

 けれど今は、その名を思い出すことさえ億劫だった。

 

 身体が重い。

 瞼も、指先も、息を吸うための胸さえも。

 

 何より、背中から伝わる固い感触が痛かった。

 寝台ではない。

 冷え切ってもいない鉄の板。

 

 

『お燐! 聞こえる?!』

 

 

 今度は、はっきり聞こえた。

 

 

「……さとり、さま……?」

 

 

 声に出したつもりだった。

 けれど喉から漏れたのは、空気が擦れるような音だけだった。

 

 ゆっくりと目を開ける。

 

 何も見えない。

 

 視界を塞いでいるのは、黒い何か。

 焦げ臭い。

 けれど、知らない匂いではなかった。

 

 この匂いを、アタシは知っている。

 

 

「お空……さん……」

 

 

 昨夜の記憶が、一度に戻ってきた。

 

 暴走した第四補助釜。

 流れ込んだ溶岩。

 閉ざされた二つの逃げ道。

 

 そして、炎を割って来てくれた黒い翼。

 

 

「お空さん」

 

 

 自分を覆う身体へ呼び掛ける。

 

 返事はない。

 

 けれど右腕は、今もアタシの頭と胸を庇っている。

 約束どおり、一晩中こうして守ってくれていたのだ。

 

 防壁はもう見えなかった。

 それでも周囲の熱は、火車であるアタシなら耐えられる程度まで下がっている。

 

 助かった。

 

 お空さんが、守ってくれた。

 

 

「もう大丈夫ですよ。さとり様が来てくれました」

 

 

 だから、腕を退けてもらおうと思った。

 

 自分に乗せられた右腕へ、両手を添える。

 いつもなら簡単には動かせないほど太く、重い腕。

 

 今は、不思議なほど軽かった。

 

 

「……え?」

 

 

 指先が触れた場所から、黒い表面が崩れた。

 

 乾いた音を立て、細かな欠片が胸元へ落ちてくる。

 

 何が起きたのか分からず、もう一度触れる。

 

 今度は、手首から先が形を失った。

 

 黒い指が。

 手の甲が。

 何度も頭を撫でてくれた大きな手が。

 

 炭となって、アタシの上へ降り注いだ。

 

 

「……お空さん?」

 

 

 息が止まった。

 

 身体を起こそうとする。

 しかし、お空さんに覆い被さられているため、上手く動けない。

 

 残された腕を壊さないように、肩へ手を回す。

 

 

「お空さん、起きてください」

 

 

 返事はない。

 

 耳を澄ましても、昨夜まで聞こえていた呼吸が分からない。

 

 

「もう朝ですよ。さとり様が、迎えに来てくれたんです」

 

 

 震える腕で、お空さんの身体を支えた。

 

 重い。

 

 いつもなら、アタシ一人の力で支えられるような身体ではない。

 それでも落とすわけにはいかない。

 

 壊れ物を扱うように、少しずつ上体を横へずらす。

 

 煤に染まった長い髪。

 焼け落ちた翼。

 ところどころ炭化した服。

 

 顔だけは、奇跡のように形を保っていた。

 

 眠っているようにも見えた。

 

 

「お空さん……」

 

 

 頬へ触れる。

 

 冷たくはない。

 けれど、いつもの力強い熱も感じられなかった。

 

 さとり様の声が近づいている。

 岩を退かす音。

 誰かが、もう少しだと叫んでいる。

 

 助けが来た。

 

 なら、もう大丈夫だ。

 お空さんを寝かせて、さとり様を待てばいい。

 

 アタシはお空さんの腰へ腕を回し、棚の上へ横たえようとした。

 

 

「よい、しょ……」

 

 

 持ち上げた身体の下に、あるはずの重みがなかった。

 

 視線が、自然と下へ向く。

 

 

「…………」

 

 

 お空さんの両脚は、太腿から先が失われていた。

 

 焼けた衣服の端。

 黒く固まった傷口。

 

 その先には、何もない。

 

 昨夜、溶岩へ浸かりながらアタシを支えていた両脚が。

 地底の誰よりも速く駆け、どんな相手にも倒されなかった身体が。

 

 そこにはなかった。

 

 

「いや……」

 

 

 喉の奥から、子供のような声が漏れた。

 

 

「いや……いや……!」

 

 

 お空さんの身体を抱き寄せる。

 

 右腕はもう、肩から先の形を保っていない。

 抱き締める力を強めれば、それまで崩れてしまいそうだった。

 

 

「お空さん! 起きて! 起きてください!!」

 

 

 顔を覗き込む。

 

 反応はない。

 

 

「アタシです! お燐です! 分かりますか?! 返事をして!!」

 

 

 昨夜の最後。

 

 返事を求めたアタシへ、お空さんは言った。

 

 ここにいる、と。

 

 

「ここに居るって言ったじゃないですか!!」

 

 

 声が裏返る。

 

 

「明日も教えてくれるって! 一緒に謝ってくれるって! 約束したじゃないですか!!」

 

 

 お空さんの胸へ耳を当てる。

 

 何も聞こえない。

 

 自分の泣き声が邪魔をしているだけだ。

 そう思い、息を止めた。

 

 微かに。

 

 本当に微かに。

 

 遠くで、何かが一度だけ鳴った気がした。

 

 

「さとり様……!」

 

 

 声の限りに叫ぶ。

 

 

「さとり様!! 早く! お空さんが! お空さんがぁっ!!」

 

 

 崩れた通路の向こうから、さとり様の声が返る。

 

 

『お燐! そこにいるのね?! もう少しだけ待って!』

 

 

 もう少し。

 

 それが、どのくらいなのか分からない。

 

 一分。

 一秒。

 

 今のアタシには、そのどちらも余りに長かった。

 

 

「お願い……死なないで……」

 

 

 お空さんの顔へ、自分の額を押し当てる。

 

 

「アタシを一人にしないで……」

 

 

 その言葉を最後に、身体から力が抜けた。

 

 さとり様が制御室へ辿り着くより先に

 アタシの意識は再び、暗闇の底へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 薬の匂いがする。

 

 焦げた鉄とも、焼けた羽根とも違う。

 鼻の奥へ残る、苦く青臭い匂い。

 

 何度か瞬きをした。

 

 見知らぬ天井だった。

 

 古い木板に、巨大な目玉のような紋様が描かれている。

 中心の瞳だけが時折左右へ動き、こちらの様子を窺っていた。

 

 

「……どこ……」

 

 

 声を出すと、喉が焼けるように痛んだ。

 

 身体を起こそうとする。

 直ぐに全身へ痛みが走り、寝台へ倒れ戻った。

 

 

『動くんじゃないよ』

 

 

 聞き覚えのある声。

 

 顔だけを横へ向ける。

 

 寝台の隣に、ヤマメさんが座っていた。

 目の下には薄い隈があり、いつもの快活な笑顔も見られない。

 

 その傍らにはキスメさんが浮かんでいる。

 桶から伸ばされた小さな手が、寝台の端を掴んでいた。

 

 さらに部屋の奥。

 

 壁へ背を預け、両腕を組んだ勇儀さんがいる。

 

 

「ヤマメ、さん……」

『ああ。私だよ』

「ここは……?」

『旧都の三つ目入道ん所さ。妖怪専門の診療所だよ』

 

 

 ヤマメさんの言葉を聞きながら、記憶を探る。

 

 制御室。

 棚。

 お空さんの腕。

 

 

「お空さんは?!」

 

 

 痛みも忘れて起き上がろうとした。

 ヤマメさんが肩を押さえ、キスメさんが布団へ潜り込むようにして身体の動きを止める。

 

 

『落ち着きな、お燐!』

「お空さんは何処ですか?! 一緒に居たんです! 右腕が……脚も……!」

『古明地が付いてる!』

 

 

 ヤマメさんも負けない声で言った。

 

 

『空は地霊殿へ運ばれた。三つ目入道も急いで向こうへ行ってる。

 古明地は空の処置に残って、私らにお前を頼んだんだ』

 

「処置……」

『まだ何も分からない。だから勝手に悪い方へ考えるんじゃないよ』

 

 

 何も分からない。

 

 生きているとも。

 助かるとも言われなかった。

 

 それでも「死んだ」とは言われていない。

 

 その僅かな可能性へ縋るように、布団を握った。

 

 

「アタシのせいです……」

 

 

 口から、勝手に言葉が出た。

 

 

「お空さんは行くなって言ってたのに……誰かを頼れって……」

『今は考えなくていい』

「でも、アタシが勝手に行かなければ……」

『お燐』

「アタシが……」

 

『そうだな』

 

 

 低い声が、言葉を止めた。

 

 壁際にいた勇儀さんが、ゆっくりと近づいてくる。

 いつもの豪快な足音ではない。

 下駄が床を打つ度、部屋の空気だけが重くなっていく。

 

 

『お前が一人で行かなければ、空がああなることはなかった』

『姐さん』

 

 

 ヤマメさんが制止する。

 けれど勇儀さんは、足を止めなかった。

 

 寝台の傍まで来ると、アタシの顔を見下ろす。

 怒鳴りつけることもない。

 殺気を向けることもない。

 

 だからこそ、その静かな目が怖かった。

 

 

『空がどういう奴か、お前は知っていたはずだ』

「……はい」

『お前が危ないと知れば、何を捨ててでも助けに行く。それも知っていたな』

「はい……」

『なら何で行った』

 

 

 答えようとした。

 

 お空さんの補佐をしたかった。

 少しでも負担を減らしたかった。

 自分にも出来ると証明したかった。

 

 どれも、今となっては言い訳にしか聞こえない。

 

 

「ごめん……なさい……」

『謝れとは言ってない』

 

 

 勇儀さんの大きな手が、布団の上にあったアタシの手を掴んだ。

 痛い。

 傷へ響くほど強い。

 けれど振り払う資格など、自分にはないと思った。

 

 

『何で、空の言葉を守らなかった』

「ごめんなさい……」

『何で一人で行った』

「ごめんなさい……!」

『どうして空に任せなかった!』

 

「ごめんなさい! ごめんなさいっ……!」

 

 

 それ以外の言葉が出てこない。

 

 勇儀さんの言うとおりだ。

 全部、アタシが悪い。

 痛みより、胸の中にある重さの方が苦しかった。

 

 

『止めな、姐さん』

 

 

 ヤマメさんが勇儀さんの腕を掴んだ。

 

 

『お前は黙ってろ』

『黙れる訳ないだろ。お燐が何をしたって、今それを言ってどうなる』

『こいつが分かってねぇから言ってんだ!』

『分かってるよ! 分かり過ぎて潰れかかってるのが見えないのか!』

 

 

 勇儀さんがヤマメさんを睨む。

 ヤマメさんも、一歩も引かなかった。

 

 

『古明地さとりは、お燐を責めなかった』

 

 

 その名を聞いた勇儀さんの手が、僅かに緩んだ。

 

 

『空のあの姿を最初に見たのは古明地だ。

 お燐が何を考えて、何で一人で行ったのかも、あいつには全部分かってる。

 その古明地が、この子を責めなかったんだよ』

『だから何だ。あいつが何も言わなきゃ、全部なかったことになるのか』

『ならないさ。でも、お前さんが代わりに罰を与える話でもない』

『私は……!』

 

 

 勇儀さんの言葉が詰まる。

 掴んでいたアタシの手へ視線を落とす。

 

 小さな手。

 包帯が巻かれ、力なく震えている。

 その上へ、勇儀さんの指が食い込んでいた。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 涙を流しながら、何度も頭を下げた。

 

 

「アタシのせいです……お空さんが……全部、アタシの……」

 

 

 勇儀さんの手から、力が抜けた。

 やがてアタシの手を放し、半歩後ろへ退く。

 

 

『……悪かった』

 

 

 誰に向けた言葉なのか、アタシには分からなかった。

 その直後。

 乾いた音が、診療所の一室に響いた。

 

 

『っ……』

 

 

 勇儀さんの顔が横を向いていた。

 いつから部屋にいたのだろう。

 寝台の反対側にパルスィさんが立ち、振り抜いた右手を下ろしている。

 

 相手は鬼だ。

 細い腕で平手打ちをしたところで、大した痛みにはならないはずだ。

 それでも勇儀さんは、打たれた頬へ手を当てようとしなかった。

 

 

『……最低』

 

 

 パルスィさんは、それだけ言った。

 怒鳴りもしない。

 勇儀さんを睨み続けることもしない。

 

 アタシの包帯が巻かれた手を取り、先ほど掴まれていた場所へ異常がないかを確かめる。

 

 

『パルスィ、いつから……』

『最初からよ。入る価値もない話をしていたから、外で待ってたの』

 

 

 勇儀さんは何も返さなかった。

 俯いたまま、病室の扉へ向かう。

 

 

『姐さん』

 

 

 ヤマメさんが呼び止めた。

 勇儀さんの足は一瞬止まった。

 けれど振り返ることなく、そのまま部屋を出て行った。

 

 アタシは、閉じた扉を見つめ続けた。

 

 勇儀さんに責められたことは辛かった。

 けれど、その背中が怒っているようには見えなかった。

 もっと別の何か。

 

 自分へ向けるべき感情の行き場を失い

 代わりにアタシを掴んでしまったような。

 そんな背中だった。

 

 

『今は休みな』

 

 

 ヤマメさんが布団を掛け直す。

 

 

『全部、目が覚めてから考えればいい』

「でも……お空さんが……」

『古明地を信じな。あいつが付いてるんだ』

 

 

 キスメさんの小さな手が、アタシの指へ触れた。

 握り返そうとしたけれど、もう力が入らない。

 

 薬の匂いと、ヤマメさんの声。

 そして扉の向こうへ消えた勇儀さんの背中を最後に

 アタシは再び、浅い眠りへ落ちていった。

 





(次に続く)
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