からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。

それでは、どうぞ


第十二話 「帰路」

 

 帰る場所とは、建物のことではない。

 

 同じ屋根。

 同じ部屋。

 見慣れた廊下。

 

 それらは確かに、帰る先を形作る。

 けれど、そこに待つ者がいなければ

 どれほど馴染み深い場所であろうと、ただの器でしかない。

 

 誰かが待っているから帰る。

 誰かを待つために帰る。

 

 それを家と呼ぶのだと

 アタシは、ずっと信じていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 その後、アタシは三つ目入道の診療所から、旧都にある馴染みの店へ移された。

 

 第四補助釜の異常によって負傷した妖怪は、アタシだけではなかった。

 診療所は空いた寝台どころか、床にまで患者が並び、歩く場所すら満足に残っていない。

 

 幸い、アタシの火傷は、火車としての回復力があれば治療出来る範囲だった。

 熱を吸い込んだ喉や肺も傷ついていたけれど、それ以上に疲労が酷いらしい。

 何より、心の消耗が大きい。

 

 三つ目入道の助手から、静かに休める場所へ移した方がよいと言われ

 ヤマメさん達は、店の二階にある小部屋を借りてくれた。

 以前、アタシが鬼達に連れ込まれた店。

 

 ヤマメさんと初めて話し

 後に皆で食事会を開いた場所でもある。

 今は営業時間前で、店内に客はいない。

 二階の小部屋へ敷かれた布団の上で、アタシは浅い眠りを繰り返していた。

 

 

『少しは食べないと、身体が保たないよ』

 

 

 目を覚ますたび、ヤマメさんが水や柔らかく煮た粥を勧めてきた。

 言われるままに口へ運ぶ。

 味は分からなかった。

 

 キスメさんは部屋の隅から、時折こちらを見ていた。

 パルスィさんは窓辺へ座り、外を眺めている。

 

 勇儀さんの姿はない。

 あれから一度も戻っていなかった。

 

 

「ヤマメさん」

『何だい』

「さとり様は、本当に……アタシを責めてなかったんですか」

 

 

 ヤマメさんは直ぐに答えなかった。

 アタシの額へ載せていた布を取り、水桶の中で絞り直す。

 

 

『責めてなかったよ』

「でも……」

『ただ、悲しんでた』

 

 

 胸が痛んだ。

 責められるよりも、その言葉の方が辛かった。

 

 

『だから、自分を傷つける材料にするんじゃないよ』

「……はい」

『返事だけは良いんだから、全く』

 

 

 いつものように、頭を撫でられた。

 けれど今日の手つきは、やけに慎重だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 階下が騒がしくなったのは、それから暫く経った頃だった。

 

 店主が誰かと話している。

 聞き慣れた声。

 けれど、ここで聞くはずのない声。

 

 アタシは布団から跳ね起きた。

 

 

「さとり様……?」

 

 

 襖が開く。

 地霊殿の主・古明地さとり、そのヒトが立っていた。

 

 旧都の飲み屋へ、さとり様本人が足を運ぶことはほとんどない。

 思考を読まれることを嫌う者が多いこの地では、彼女がいるだけで店中の客が逃げ出しかねないからだ。

 

 今日はまだ営業時間前で、店内に客はいない。

 それでも、さとり様の姿はひどく場違いに見えた。

 

 

『目が覚めていたのね』

 

 

 いつもと同じ、抑揚の少ない声。

 

 衣服の裾には煤が付き、髪も少し乱れている。

 第三の目は普段より低い位置で、疲れたように揺れていた。

 

 立ち上がろうとした。

 

 

『そのままでいいわ』

「でも……」

『命令よ。座っていなさい』

 

 

 有無を言わせない声音に、布団へ座り直した。

 さとり様はアタシの前まで来ると、怪我の様子を確かめるように全身へ目を向けた。

 

 

「お空さんは?!」

 

 

 尋ねる声が震えた。

 さとり様は、一度だけ目を閉じた。

 

 

『地霊殿へ戻ったわ』

 

 

 息を呑んだ。

 

 

「本当……ですか?」

『ええ。今は屋敷の部屋で休ませている』

「生きて……」

『生きているわ』

 

 

 それを聞いた瞬間、身体の奥へ溜まっていたものが一気に抜けた。

 

 

「よかった……」

 

 

 両手で顔を覆う。

 

 

「よかった……お空さん……」

 

 

 涙が溢れた。

 今度は、悲しいからではない。

 死んでいなかった。

 帰ってきた。

 

 もう一度、会える。

 

 

「さとり様、ごめんなさい」

 

 

 それでも、口から出たのは謝罪だった。

 

 

「アタシが勝手なことをしたから……お空さんが、あんな怪我を……」

『お燐』

「お空さんは止めてくれたんです。誰かを頼れって。でもアタシ、自分でも出来るって思って……」

『お燐』

「アタシが全部──」

 

『その考えを捨てなさい』

 

 

 鋭い声が、アタシの言葉を切った。

 

 さとり様が怒鳴ることは少ない。

 声を荒らげなくとも、相手の考えを知り尽くしている彼女には、その必要がないからだ。

 今も、声量は変わっていない。

 それなのに、勇儀さんに責められた時より強く身体が震えた。

 

 

『貴女は判断を誤った。空の教えを守らず、自分の力量を見誤った。

 その点は、反省しなければならない』

「はい……」

『でも、自分を責め続けることと反省は違う』

 

 

 さとり様の第三の目が、アタシを真っ直ぐ見ている。

 

 

『貴女は、自分を痛めつければ空への償いになると思っている。

 自分だけが苦しめば、起きたことへ責任を取れると思っている』

「そんな……」

『思っているわ。私に隠せるとでも?』

 

 

 否定出来なかった。

 胸の内には、確かにそういう考えがあった。

 

 お空さんの右腕。

 失われた両脚。

 

 自分が同じだけ傷つけば、少しは許されるのではないか。

 自分が今後ずっと苦しめば、お空さんの痛みを忘れずに済むのではないか。

 

 

『そんなものは償いではない。ただの逃避よ』

 

 

 さとり様は、容赦なく言い切った。

 

 

『貴女が自分を壊しても、空の腕も脚も戻らない。

 それどころか、あの子が守った貴女まで失われる』

 

 

 顔を上げられなかった。

 

 

『空が何のために、あそこまでしたと思っているの』

「アタシを……守るため……」

『なら、生きなさい』

 

 

 短い言葉だった。

 

 

『反省して、学んで、二度と同じ過ちを繰り返さない。

 空が守った命を、自分から粗末にしない。

 それが、今の貴女に出来ることよ』

「……はい」

『もう一度』

「はい……!」

 

 

 涙を拭い、さとり様を見た。

 

 

「もう、自分を責めて終わりにはしません。

 お空さんが守ってくれたことを、無駄にしません」

 

 

 さとり様は暫く黙っていた。

 やがて、アタシの頭へ手を置く。

 

 

『よろしい』

 

 

 いつものように撫でてくれた。

 

 手は優しかった。

 けれど、何かが違う。

 その違和感へ、直ぐに気付いてしまった。

 

 さとり様は、お空さんが生きていると言った。

 地霊殿へ戻り、部屋で休んでいると。

 なら、もっと安心しているはずだ。

 

 お空さんの状態を話す時の声が、余りに平らだった。

 「生きている」と告げるまでに、一度目を閉じた。

 

 そして何より。

 さとり様は一度も、お空さんが「大丈夫」だとは言っていない。

 

 

「さとり様……」

 

 

 喜びの中へ、冷たいものが混じる。

 

 

「お空さんに、会えますか?」

 

 

 さとり様の手が止まった。

 

 

『そのために迎えに来たの』

 

 

 答えは、望んだとおりだった。

 しかし、その声には喜びがなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 お燐が身支度を整える様子を、私は部屋の入口から見ていた。

 

 火傷の痛みは残っているはずだ。

 それでも、先ほどまで寝込んでいた者とは思えないほど動きが早い。

 

 空が生きている。

 会いに行ける。

 その二つだけで、無理にでも身体を動かしているんだろう。

 

 私は安心したかった。

 だが、古明地の顔を見れば見るほど、そうは出来なかった。

 

 心を読む妖怪だから、ポーカーなんちゃらが得意だと以前笑っていた。

 確かに表情は崩れていない。

 それでも隠し切れないほど、今の古明地は疲れていた。

 

 

「それじゃ、お燐を頼んだよ」

 

 

 なるべく明るく言った。

 

 

「私は此処で待ってるからさ。空が落ち着いたら、また様子を聞かせておくれ」

 

 

 本当は、一緒に行きたかった。

 けれど地霊殿は、古明地と、その従者達が暮らす場所だ。

 空でも燐でもない私が、こんな時に踏み込むべきではない。

 

 そう思っての言葉だった。

 

 

『ヤマメ』

 

 

 古明地が、こちらへ顔を向けた。

 

 

『貴女も来なさい』

 

「え?」

『お燐の友人なのでしょう』

 

 

 予想していなかった言葉に、間の抜けた声が出た。

 

 

「でも、良いのかい?」

『私から誘っているのよ』

 

 

 お燐が、期待の籠もった目でこちらを見ている。

 その顔を見て断れるほど、私は薄情ではなかった。

 

 

「……分かった。邪魔にならないようにするよ」

『ええ、お願い』

 

 

 キスメはどうするのかと思い、視線を向けた。

 桶の中の少女は、小さく首を横へ振った。

 ここへ残る、ということらしい。

 パルスィも窓辺から動かなかった。

 

 

『私はキスメと一緒にいるわ』

 

 

 それだけ言うと、ワイングラスへ口を付ける。

 中身は水だった。

 勇儀の姿は、結局戻らないままだった。

 

 

「姐さんは……」

 

 

 言い掛けると、パルスィは冷たく言った。

 

 

『放っておきなさい。今頃、自分で自分を殴ってるわよ』

 

 

 妙に想像しやすかった。

 けれど、笑う者はいなかった。

 

 

『ヤマメさん』

 

 

 階段の前で、お燐が振り返った。

 

 

『行きましょう』

 

 

 不安を隠し切れない顔。

 私はいつものように笑い、その隣へ並んだ。

 

 

「ああ。空の所へ帰ろう」

 

 

 三人で店を出た。

 

 地霊殿へ続く道を、古明地が先頭に立って歩く。

 その少し後ろを、お燐と私が並んで進んだ。

 

 隣を見る。

 お燐は前だけを見つめながら、何度も小さく唇を動かしていた。

 

 ─お空さんは生きている

 ─地霊殿へ戻った

 ─部屋で待っている

 

 声は聞こえない。

 けれど、恐らく同じ言葉を何度も繰り返しているのだろう。

 

 そうでもしなければ

 古明地の背中から漂う不吉な静けさに

 押し潰されてしまいそうだった。

 

 






(次に続く)
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