からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。

それでは、どうぞ


第十五話 「禁足」

 

 逃げ道とは、ただ道が残されていれば良いものではない。

 

 その先へ進むことを許され

 助けを求める声を上げることが出来て

 初めて、それは逃げ道となる。

 

 たとえ頭上に広い世界があろうとも

 決して越えてはならない境があるならば。

 

 其処に道はない。

 

 あるのはただ

 足を踏み入れることさえ許されぬ、禁じられた向こう側だけである。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 クレスタが制御室から姿を消して、三日が経った。

 その間、彼女を見た者は誰もいない。

 

 切り離された腕は、三つ目入道の元へ運ばれた。

 妖怪である以上、直ぐに命を落とす傷ではない。

 しかし治療を受けず、血と妖力を失い続ければ話は別だ。

 

 捜索隊を出す余裕もなかった。

 地底の至る所で、小規模な異変が続いていたからだ。

 

 旧都の外れで地面が裂け、炎が噴き出した。

 使われていない坑道へ溶岩が流れ込み、付近にいた妖怪が住処を失った。

 地霊殿の東側では、一晩のうちに岩盤の温度が上昇し、壁へ触れた動物が火傷を負った。

 

 一つ一つを見れば、地底で暮らす者にとって珍しい現象ではない。

 

 火の噴出など、場所によっては日常の一部だ。

 溶岩流も、流路を誘導すれば対処出来る。

 

 だが、それらが同時に起きている。

 しかも、発生する場所に規則性がない。

 昨日まで安全だった通路が、今日は炎に呑まれる。

 熱を逃がした区画の反対側で、別の地割れが起こる。

 

 まるで巨釜の中へ溜まった何かが

 地底全体を内側から破ろうとしているようだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『クレスタが、自分の腕を切り落として逃げた?』

 

 

 燐からの報告を聞いても、私は声色を変えなかった。

 

 執務机の向こうへ座り、提出された記録へ目を通す。

 少なくとも燐の目には、冷静な地霊殿の主として映っているはずだ。

 

 

『はい。ヤマメさんの毒を受けた場所より上から……』

「そう」

 

 

 短く答え、次の頁をめくった。

 内心では、少しも冷静ではなかった。

 

 

 ──あの腐れ鳥女。

 

 

 罵倒が一つ浮かぶ。

 直ぐに訂正した。

 

 

 ──鳥で一括りにしたら、お空に失礼だわ。

 ──では何。腐れハーピー?

 ──駄目ね。それでは、ハーピー全体に失礼。

 ──クレスタ。もうクレスタでいいわ。クレスタという名が、今の私には最大級の罵倒よ。

 

 

 お空の人を見る目を、今度こそ本気で疑った。

 

 技術的にも人格的にも問題ない。

 以前、お空は確かにそう報告していた。

 

 技術面は、まあ認めよう。

 人格面。

 どの口が言ったの。

 右腕と両脚を失い、隔離区画にいる本人へ、今すぐ問い質しに行きたい。

 

 

 ──貴女が拾ってくる者、どうしてこうも極端なのよ。

 

 

 一方で、燐を拾ったのもお空である。

 あの子は大成功だった。

 すると、人を見る目がないのではなく、当たり外れが極端に大きいのか。

 賭け事には、絶対に向いていなさそうだ。

 

 

『さとり様……?』

 

 

 燐の不安そうな声で、意識を執務室へ戻した。

 

 

「聞いているわ」

『その、クレスタさんを捜した方が……』

「必要ない」

 

 

 燐が目を見開いた。

 

 

「少なくとも、今はね」

 

 

 報告書を閉じる。

 

 

「地霊殿の周辺だけでも、昨日から新たな噴出箇所が七つ。

 旧都側を含めれば、二十を超えている。

 動ける者は全員、住民の誘導と流路の確保へ回しています」

『でも、あの怪我で一人では……』

「貴女が背負うことではない」

 

 

 燐の思考が、僅かに沈んだ。

 

 また自分のせいで。

 また助けられなかった。

 その方向へ向かおうとする心を、見逃すわけにはいかない。

 

 

「クレスタは、自分の意思で協力を拒み

 自分の意思で腕を切り

 自分の意思で逃げた」

 

 

 一つずつ、区切って伝える。

 

 

「心配することまで禁じはしません。

 でも、彼女の選択まで自分の責任にしてはいけないわ」

『……はい』

「返事だけではなく、理解しなさい」

『はい』

 

 

 今度の返事には、僅かに力があった。

 

 小さく息を吐き、机上に広げた地図へ目を戻す。

 赤い印が、地底の至る所へ書き込まれている。

 

 炎の噴出。

 溶岩流。

 崩落。

 高熱化した区画。

 

 地図というより、病に侵された臓腑の図に見えた。

 

 

「会議を開きます」

 

 

 立ち上がる。

 

 

「動ける者へ声を掛けて。

 今度こそ、何としても方法を見つけるわ」

 

 

 言葉にした時点で

 見つからない可能性を考えていた。

 

 それでも、主である私が口にするわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 大広間には、普段置かれていない大きな木台を並べさせた。

 その上へ、地底の地図と過去の巨釜に関する記録を広げている。

 

 集まったのは、私と燐。

 釜の管理を経験した数名の妖怪。

 地脈へ詳しい地霊。

 旧都からは、ヤマメ、パルスィ、キスメ。

 

 勇儀は住民の避難誘導に追われ、来ることが出来なかった。

 ヒダマとカゼダマも、地霊殿近辺の火勢を確認するために出ている。

 

 

「まず、現在判明している状況を共有します」

 

 

 地図の中央を指す。

 

 

「巨釜の温度と内圧は、観測可能な範囲で上昇を続けている。

 流入した霊気と怨念が、古い排熱路を通じて他の釜へ影響を与えていると考えられます」

 

 

 別の印へ指を移す。

 

 

「既に第四補助釜は使用不能。

 地霊殿直下の主釜も、安全域を越えつつある」

 

 

 お燐が、手元の記録へ視線を落とした。

 主釜の数値は、燐とクレスタが最後に確認した時より、更に悪化している。

 

 

「何か案のある者は、遠慮なく発言して」

 

 

 暫く、誰も口を開かなかった。

 最初に手を挙げたのは、地脈を読む老いた地霊だった。

 

 

『巨釜へ流れ込む霊気を、途中で別の空洞へ逃がすのは如何でしょう』

「空洞の候補は?」

『西側の廃坑。その更に下に、大きな空間があったはずです』

 

 

 地図へ新たな線が引かれる。

 しかし、釜の管理を担当していた妖怪が首を振った。

 

 

『そこまで新しい流路を掘るには、早くても半年は掛かる。

 今の状態では、一月も保たない』

『なら既存の坑道を広げて──』

『途中に旧都の居住区がある。

 流した熱が漏れれば、街ごと焼けるぞ』

 

 

 案は消えた。

 

 

『巨釜の周囲を冷却する方法は?』

 

 

 ヤマメが尋ねた。

 

 

『地下水を流し込むとかさ』

「水量が足りないわ」

『では、少しずつなら?』

「流し込む設備を作る時間がない。

 それに水源を使い切れば、避難後の生活が成り立たないわ」

 

 

 急激に流し込めば、水蒸気爆発を招く可能性もある。

 巨釜そのものが砕ければ、今より被害が広がる。

 

 また一つ、案が消えた。

 

 

『火を喰う妖怪を集めて、少しずつ吸わせるのはどう?』

 

 

 パルスィが、面倒そうに言った。

 

 

『地底には、そういう奴もいるでしょう』

『通常の炎ならな』

 

 

 別の妖怪が返した。

 

 

『巨釜の火は怨念を含んでいる。

 喰わせれば中から焼かれるか、怨霊に乗っ取られるぞ』

『使えないわね』

『お前に言われたくねェ』

 

 

 睨み合いが始まりかけ、ヤマメが間へ入った。

 

 

『喧嘩なら後にしな。時間がないんだろ』

 

 

 そのとおりだった。

 別の案が出される。

 

 ─巨釜の表面を、新たな岩盤で覆う。

 必要な岩石を運ぶ人数が足りない。

 仮に運べても、今の火勢では固定する前に熔ける。

 

 ─怨霊だけを外へ誘導する。

 誘導する先がない。

 術を維持出来る者もいない。

 

 ─複数の釜を意図的に破壊し、圧力を分散させる。

 何処へ噴き出すか予測出来ない。

 旧都か地霊殿を直撃する可能性が高い。

 

 ─巨釜の縁を爆破し、溶岩の流路を固定する。

 爆破に耐え得る地盤ではない。

 崩落すれば、制御不能となる。

 

 

『前回と同じように、内側を埋めるのは……』

 

 

 燐が口にした。

 その場にいる全員が、一瞬だけ黙った。

 

 前回。

 お空が妖力の半分近くを失いながら、仮の蓋を作った方法。

 

 

「出来ないわ」

 

 

 出来る限り、淡々と答えた。

 

 

「現在の巨釜は、あの時より火口が大きく広がっている。

 必要な岩石も妖力も足りない」

 

 

 何より。

 同じことを出来るお空は、もういない。

 その言葉だけは、誰も口にしなかった。

 

 会議は長く続いた。

 案は出る。

 しかし、どれも時間が足りない。

 人手が足りない。

 必要な力が足りない。

 実行出来たとしても、別の場所へ被害を移すだけ。

 

 しかし誰一人として、地上へ出る案を口にしなかった。

 

 地上の妖怪へ助けを求める。

 結界の外側から力を借りる。

 スキマ妖怪へ直接、救援を願う。

 

 考えなかったわけではない。

 誰かが一瞬、それを思い浮かべる。

 けれど直ぐに、自らの手で考えを押し潰す。

 

 地上へ戻らない。

 地上へ災いを持ち出さない。

 旧地獄の怨霊を、決して上へ出さない。

 

 それは約束ではない。

 

 掟よりも重く

 罰よりも深く

 地底の者達の中へ刻まれた禁忌だった。

 

 地上を追われた者。

 自ら降りた者。

 地の底で生まれ、空を知らない者。

 

 理由は違っても、境を越えないことだけは同じだった。

 助けを求めるという発想さえ、声にはならない。

 頭上に世界があると知りながら

 そこは初めから、逃げ道として存在していなかった。

 

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 

 告げた時には、既に鐘が何度鳴ったかも分からなくなっていた。

 

 

「各自、思い付いたことがあれば直ぐに知らせて。

 僅かな可能性でも構いません」

 

 

 集まった者達は、重い足取りで大広間を出て行った。

 地図の上には、赤い印だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 地の底から、小さな揺れが伝わってきた。

 

 この部屋の揺れは、他の場所より小さいらしい。

 壁も床も、妖力の暴発や外からの衝撃へ耐えるよう作られている。

 

 そんなことを、今の空は知らない。

 ただ揺れを感じるたび、顔を上げた。

 

 何かが胸の奥を呼んでいるような気がする。

 けれど、それが何なのか分からない。

 

 不安だった。

 右手を上げようとする。

 

 動かない。

 

 右肩へ視線を向ける。

 肘どころか、腕そのものが途中からない。

 不思議に思い、首を傾げた。

 

 あるはずのものを探すように、何度か肩を動かす。

 やはり、何も起きない。

 

 左手には、黒猫のぬいぐるみを抱えている。

 

 名前は知らない。

 何故持っているのかも分からない。

 

 ただ、離すと胸の奥が落ち着かなくなる。

 だから、ずっと抱いていた。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

『カシラぁ』

 

 

 何処かで声がした。

 顔を上げる。

 

 部屋の隅。

 床近くに設けられた小さな通気口。

 

 格子の向こうから、赤い火が覗いている。

 

 

『おい、見つかったか?』

『居た居た。こっちだぃ』

 

 

 今度は青い火も現れた。

 二つの火は格子の間へ身体を押し込み、無理矢理こちら側へ抜けてくる。

 

 

『あっちぃ!』

『火の玉が何言ってんだ』

 

 

 ころころと床へ転がり、直ぐに浮かび上がった。

 

 赤と青の火。

 知っている気がする。

 けれど、名前が出てこない。

 

 

『カシラ、迎えに来たぞ』

 

 

 二匹を見つめた。

 

 

『オイラ達だよ。ヒダマとカゼダマ』

 

 

『覚えてねぇか?』

 

 

 何も答えられなかった。

 二匹は少しだけ火勢を落とした。

 

 

『まァいいさ。忘れちまったんなら、また覚えりゃいい』

『ここも危なくなってきた。お燐と一緒に逃げようぜ』

 

 

 その名前を聞いた時。

 左手が、僅かに動いた。

 

 

『おりんだよ。黒い猫の娘っ子』

『カシラが拾って、名前を付けた娘だ』

 

 

 地の底で、ひときわ大きな揺れが起きた。

 部屋全体が軋む。

 

 棚から積み木が落ち、壁に飾られた鳥の絵が傾いた。

 身体も横へ揺れる。

 

 左手から、黒猫のぬいぐるみが滑り落ちた。

 床へ転がる。

 

 

「……お……」

 

 

 自分の口から、音が漏れた。

 

 

「お、り……」

 

 

 何かが、心の奥で引っ掛かった。

 

 炎。

 赤い髪。

 二本の尾。

 

 小さな身体。

 抱き上げた時の熱。

 

 

「あたい……」

 

 

 次々と、何かが浮かぶ。

 形を失った記憶の残骸。

 その隙間から、一筋の光が差し込むように。

 

 

『カシラ?』

 

 

 赤い火が、床へ落ちた黒猫を持ち上げる。

 あたいの左手へ戻そうと近づいた。

 

 

「ヒダマ……」

 

 

 赤い火が止まった。

 

 

『今、オイラの名を……』

 

 

「カゼダマ」

 

 

 青い火も、揺れることを忘れた。

 

 

『カシラ……!』

 

 

 黒猫のぬいぐるみを受け取る。

 左腕へ抱き寄せた。

 

 頭の中は、未だ霧に覆われている。

 自分が何処にいるのか。

 何故、身体が動かないのか。

 

 全てを理解したわけではない。

 それでも、戻ってきたものがあった。

 

 

「お燐……は」

『無事だ。火傷はしたが、歩けるようになってる』

『毎日カシラの所に来ようとして、アネさんに止められてらァ』

 

 

 良かった。

 その感情だけが、はっきりと分かった。

 

 目を閉じる。

 記憶を辿ろうとする。

 

 第四補助釜。

 溶岩。

 棚の上にいた燐。

 

 防壁。

 その先は、暗い。

 

 

「巨釜……」

 

 

 揺れが、また起きた。

 今度は小さい。

 けれど、その正体が分かった。

 

 前回、あたいが封じた火。

 内側で膨れ続ける怨念。

 仮の蓋は限界を迎えている。

 他の釜へ噴き出した炎は、全て巨釜から溢れたものだ。

 

 

『カシラ、どうした?』

 

 

 二匹を見る。

 

 

「頼みがある」

 

 

 声は弱い。

 それでも、言わなければならないことは分かっていた。

 

 

「私を、巨釜まで運んでくれ」

 

 

 二つの火が黙った。

 

 

『何しに行くんだぃ』

 

 

 青い火が訊いた。

 答えを知らないわけではない。

 それでも、聞かなければならないと思ったのだろう。

 

 

「あれを止める」

『今の身体で?』

「ああ」

『どうやって』

 

 

 一度、黒猫のぬいぐるみへ目を落とした。

 

 

「内側へ入る」

 

 

 赤い火が、大きく揺れた。

 

 

『そいつァ──』

「他に方法はない」

 

 

 全ての記憶が戻ったわけではない。

 それでも、巨釜の構造と前回の封印だけは鮮明だった。

 

 自分の妖力を撃ち込み、内側の岩盤を仮の蓋とした。

 今、その残滓が暴走の核になっている。

 術者であるあたいなら、内側から残った妖力を集められる。

 

 地獄烏の身体なら、火口の底へ届くまで耐えられる。

 そして、今のあたいには

 それ以外に出来ることがない。

 

 

『お燐には何て言う』

「言わない」

 

 

 直ぐに答えた。

 

 

「言えば、止める」

『当たり前だろうなァ』

「それに……」

 

 

 黒猫を抱く腕へ、力を込めた。

 

 

「もう一度、あの子の前で別れを言える自信がない」

 

 

 二匹は何も言わなかった。

 あたいの言葉を、炎の揺らめきの中へ受け止めている。

 

 

『道中で、また何も分からなくなったら?』

「それでも運んでくれ」

『巨釜まで着く前に、身体が保たなかったら?』

「火へ落としてくれ」

 

 

 赤い火が、怒ったように大きく燃え上がった。

 

 

『簡単に言いやがる』

「済まない」

『それを言われちゃ、断れねぇじゃねえか』

 

 

 二匹を見つめる。

 

 

「頼めるか」

 

 

 赤と青の火が、互いに近づいた。

 一度だけ、二つの炎が重なる。

 

 何を考えているのか、あたいには分からなかった。

 けれど二匹の火から、昔と同じ懐かしい温もりを感じた。

 

 

 

 -----

 

 

 

 オイラ達には、カシラへ話していないことがあった。

 自分達が、何処から生まれたのか。

 

 以前の巨釜騒動。

 

 カシラが火口を封じた後も、辺りには多くの火と怨念が残っていた。

 その中から、二つの小さな火が生まれた。

 

 記憶は曖昧だった。

 後から他の奴らに聞かされた話と、オイラ達の最初の記憶が混ざり合い

 時折、見てもいないカシラの戦いを、まるで自分で見たように語ることもあった。

 

 そんなオイラ達を最初に見つけたのが、カシラだった。

 

 

 ──妙な火だな。意思があるのか?

 

 

 手の平へ乗せられた時の温度を、今も覚えている。

 カシラが地霊殿へ連れ帰り

 アネさんが名を与えた。

 

 赤いオイラを、ヒダマ。

 青い方を、カゼダマ。

 名付けた本人は、どちらがどちらだったか時々忘れていたが。

 

 オイラ達は火の霊だった。

 ただの人魂じゃない。

 巨釜の火から生じた存在。

 

 誰にも話したことはない。

 オイラ達自身にも、確証はなかった。

 

 けれど、今は分かる。

 

 巨釜の脈動が、オイラ達の内側でも鳴っている。

 カシラを底まで導くことが出来る。

 その火を鎮める助けにもなれる。

 

 そして一度火口へ入れば

 オイラ達も戻れない。

 

 それを承知して、カゼダマへ近づいた。

 赤と青の火を、一度だけ重ねる。

 言葉にしなくても、相棒が同じことを考えているのは分かった。

 

 

「カシラ」

 

 

 いつもの調子で呼んだ。

 

 

「オイラ達が運ぶ」

『最後までな』

 

 

 カシラは、オイラ達の言葉の意味を完全には理解していないようだった。

 

 

『火口近くまででいい。後は自分で──』

「脚が無ぇのに何言ってんだ」

『最後まで連れてってやらァ』

 

 

 カゼダマが続ける。

 二人でカシラの身体へ寄り添った。

 

 オイラは右側へ。

 カゼダマは左側へ。

 

 カシラが、僅かに目を細める。

 

 

『……ありがとう』

 

 

 静かな笑顔だった。

 それを見て、もう迷うことはなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 解決策が見つからないまま、さらに時間だけが過ぎた。

 

 地霊殿の床が、大きく傾いた。

 

 最初の崩落は、地下倉庫で起きた。

 床の亀裂から炎が噴き出し、保管されていた食料と備品を焼いた。

 

 続いて、東棟の壁が崩れた。

 窓の外へ溶岩が流れ込み、回廊の一部が通れなくなった。

 

 

 

 動物達を、中央広間へ集めさせた。

 

 怯える鳴き声。

 誰かを呼ぶ思念。

 崩れる音。

 

 私の第三の目へ、全てが一度に流れ込んでくる。

 

 

『西側通路、封鎖完了!』

『旧都へ続く道は、まだ使えます!』

『主釜の温度、上昇を続けています!』

 

 

 報告を聞きながら、地図を見た。

 もう、選択肢はない。

 地霊殿を守るために残れば、全員が逃げ遅れる。

 

 この屋敷を離れなければならない。

 かつて、誰からも嫌われた私を受け入れてくれた場所。

 

 言葉を持たない動物達と暮らし

 こいしと過ごし

 お空と燐を迎えた屋敷。

 

 その全てを置いて行く。

 

 

「……総員、避難します」

 

 

 自分の声が、他人のもののように聞こえた。

 

 

「持ち出す物は最低限。

 動けない者を優先して運びなさい。

 旧都側の避難路を通り、北西の廃坑へ向かいます」

 

 

 廃坑は旧都より高い位置にあり、巨釜からも離れている。

 安全とは言い切れない。

 

 それでも、今進める道はそこしかなかった。

 

 

「こいし!」

 

 

 呼ぶと、何処からともなく妹が現れた。

 

 

『なぁに、お姉ちゃん』

「小さい子達をお願い。

 貴女は先頭ではなく、列の中ほどにいて」

『分かった』

 

 

 珍しく、こいしは理由を訊かなかった。

 怯える小鳥を肩へ乗せ、足元へ集まった小動物達へ笑い掛ける。

 

 

『大丈夫だよ。みんなでお散歩しよう』

 

 

 その声に、幾つかの思念が少しだけ落ち着いた。

 燐は、負傷者を乗せる荷車の準備をしていた。

 

 

「お燐」

『はい!』

 

 

 直ぐに駆け寄ってくる。

 火傷の痕は残っている。

 それでも以前より、顔つきは強くなっていた。

 

 

「貴女は隔離区画へ行って、お空を迎えに行きなさい」

 

 

 燐は一瞬、目を見開いた。

 

 

『お空さんを……』

「車椅子が用意してある。

 補助具を固定すれば、貴女でも押せるわ」

『はい!』

 

 

 返事には、迷いがなかった。

 

 今度こそ、言われたとおりにする。

 一人で勝手な判断をしない。

 その決意が、燐の心から伝わってくる。

 

 

「部屋から出す前に、必ず係の者へ声を掛けること。

 お空の妖力が不安定なら、無理に動かさず私を呼びなさい」

『分かりました』

「それから──」

 

 

 言葉を止めた。

 

 無事に連れてきて。

 絶対に置いて行かないで。

 

 主として口にするには、余りに弱い言葉が浮かぶ。

 

 

「……気を付けて」

『はい。必ず一緒に戻ります』

 

 

 燐は隔離区画へ向かって走り出した。

 その背中を見送り、次の指示を出す。

 

 屋敷がまた、大きく揺れた。

 その時の私は、まだ気付いていなかった。

 

 

 隔離区画の通気口から

 赤と青、二つの小さな火が

 既にお空を運び出した後であることを。

 

 




こういう大変な時、どうしたって冷静でいられる者が必要になります。
フィクションにしてもノンフィクションにしても。
その役目をさとり様に一身に背負ってもらう事で、この作品は成り立っています。

本当にありがとうございます。
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