からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。


この回は、より原作に近い二人をイメージしています
そのつもりで見て頂けると幸いです

それでは、どうぞ


エピローグ 「日常」

 

 昔話には、終わりがある。

 

 語るべき出来事が尽き

 登場した者達が、それぞれの行き先へ歩き出せば

 語り手はそこで口を閉じる。

 

 けれど、生きている者の日々は

 物語が終わったからといって止まりはしない。

 

 昨日の続きに今日があり

 今日が終われば、また明日が来る。

 

 それが幸福な日であるかは、誰にも分からない。

 

 だからこそ

 何も起こらなかった一日を

 後になって、大切な日だったと思うことがある。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 焦熱地獄の火勢は、朝から少し弱かった。

 

 もっとも、陽の差さない地底に朝という区切りはない。

 決められた鐘が鳴り、皆が起き出す時間を便宜上そう呼んでいるだけだ。

 

 

 

 あたいは死体を積んだ荷車を押しながら、主釜へ続く坂道を下っていた。

 

 車輪が岩の継ぎ目へぶつかる度、荷台の上で腕や脚が跳ねる。

 新しい死体はまだ柔らかい。

 古いものは乾き、時々荷車から転げ落ちる。

 

 以前なら、それを拾うために何度も足を止めていた。

 今は尾を器用に伸ばし、歩きながら荷台へ戻せる。

 

 

「おっと。あんたは今日の大事な燃料なんだから、勝手に逃げるんじゃないよ」

 

 

 返事はない。

 当然である。

 

 死体が返事をしたら、それはもう燃料ではなく怨霊だ。

 その場合は、別の担当へ引き渡さなければならない。

 

 

「……今のは、少し面白かったかも」

 

 

 誰も聞いていないのを良いことに、自分で自分を褒めた。

 坂を下り切ったところで、正面から大きな影が飛んできた。

 

 黒い翼。

 長い髪。

 

 見上げる必要はなくなったけれど、それでも地霊殿の誰より背が高い。

 

 

『お燐ー!』

 

 

 お空が、着地するより先に手を振った。

 

 勢いを殺し切れず、両脚で地面を滑る。

 土煙を上げながら、荷車の手前で止まった。

 

 

「危ないってば!」

『ちゃんと止まったじゃん』

「荷車にぶつかる寸前だったよ」

『ぶつかってないなら大丈夫でしょ?』

 

 

 悪びれる様子はない。

 

 こういう時のお空へ何を言っても無駄である。

 事故が起きなければ、自分の判断は正しかったと考える。

 

 昔はもっと慎重だった気もする。

 けれど、それを知っているのは、あたいとさとり様くらいだ。

 今のお空には、遠い昔の記憶はない。

 

 卵から生まれ直し

 もう一度、言葉と仕事を覚え

 長い年月を掛けて、今の背丈まで育った。

 

 姿だけを見れば、かつてとよく似ている。

 中身は随分と違う。

 以前のお空が今の自分を見れば、同一人物として扱われることへ

 全力で異議を唱えるかもしれない。

 

 

『今日の燃料、それだけ?』

 

 

 お空が荷台を覗き込む。

 

 

「旧都側の回収が少なかったんだ。足りない?」

 

 

『うーん』

 

 

 指を折り始めた。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 

 途中で止まり、もう一度最初から数え直す。

 

 

「何を数えてるのさ」

『今日入れる死体の数』

「見れば大体分かるだろ」

『途中で分かんなくなった』

「見ても分かってないじゃないか」

 

 

 お空は荷台へ顔を近づけ、今度は声に出して数え始めた。

 

 

『いち、に、さん、いっぱい』

「諦めるのが早いよ」

『でも、いっぱいあるなら足りるよね』

 

 

 何故か得意そうだった。

 溜息を吐き、荷車を押し始める。

 

 

「釜の調子は?」

『ちょっと寒い』

「お空の感覚で言われても分からないよ」

『火が元気ないの』

 

 

 今度の答えは、意外と的確だった。

 

 

『だから、お燐が来るの待ってた』

「だったら制御室で待ってなよ」

『暇だったんだもん』

 

 

 お空が荷車の後ろへ回り、一緒に押し始めた。

 

 あたい一人で十分動かせる重さだった。

 お空が加わると、今度は速過ぎて車輪が跳ねる。

 

 

「押し過ぎ! 中身が落ちる!」

『じゃあ、もっと速く走れば落ちないかも』

「どうしてそうなるのさ!」

 

 

 坂の向こうで、焦熱地獄の炎が揺れていた。

 何も知らない者が見れば、今にも暴れ出しそうな業火に見えるだろう。

 

 あたいには分かる。

 今日は穏やかだ。

 お空が元気がないと言ったとおり、少しだけ火勢が弱い。

 

 けれど怨念の濁りはない。

 底から響く音も一定である。

 

 遠い昔の巨釜のような、不吉な脈動は何処にもない。

 

 

「これを入れたら、少しは戻るかな」

『私に任せて!』

 

 

 お空は胸を張った。

 

 

『今日は一度も弁を間違えてないから!』

「まだ始まったばかりだろ」

『だから、一度も間違えてない』

 

 

 言っていることは間違っていなかった。

 こういう屁理屈だけは、いつ覚えたのだろう。

 あたいは、自分ではないと信じたかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 執務室で、届いた報告書を読んでいた。

 復興期に比べれば、書類の量は格段に減った。

 今では旧都から届くものも、酒場同士の揉め事や、小さな崩落の報告が大半である。

 

 平和というのは、書類の内容が下らなくなることなのかもしれない。

 

 

『(ごしゅじん、うれしそう)』

 

 

 机の端に止まった小鳥が、私の顔を見上げている。

 

 

「そう見える?」

『(すこしだけ)』

 

 

 自分の頬へ手を当てた。

 別に笑っているつもりはなかった。

 第三の目には、焦熱地獄から二人分の思考が届いている。

 

 

 ──死体が落ちる!

 ──もっと速く押せば大丈夫!

 

 

「大丈夫なわけないでしょう」

 

 

 思わず声へ出た。

 小鳥が首を傾げる。

 

 

『(なにが?)』

「こちらの話よ」

 

 

 制御室の設備は、お空一人に任せても問題ない。

 

 数値の意味を細かく説明させると、怪しい部分はある。

 しかし火の変化を感覚で捉える能力は、以前より優れていた。

 

 釜の温度が上がれば天窓を開く。

 火勢が落ちれば、燐が運んだ死体を加える。

 異音があれば配管を確認する。

 

 必要な作業は、十分に身に付いている。

 以前のように複雑な思考は出来ない。

 それでも、お空はお空なりの方法で仕事を覚えた。

 

 長い時間を掛けて。

 何度も失敗して。

 

 その度に、燐が傍で教え直した。

 

 

 ──お燐、これどっちに回すんだっけ。

 ──右だよ。前にも教えただろ。

 ──こっちから見た右? あっちから見た右?

 ──お空から見た右!

 

 

 報告書で口元を隠した。

 笑ったことを、小鳥に見られたくなかった。

 

 

『(わらってる)』

「笑ってないわ」

『(わらってる)』

「貴方、随分しつこくなったわね」

 

 

 小鳥が楽しそうに羽を震わせた。

 再び書類へ目を落とす。

 

 いつか。

 この平穏も、変わるのだろう。

 

 妖怪にとって、年月の流れは希薄である。

 それでも同じ状態が永遠に続くことはない。

 けれど、今は考えなくていい。

 

 お空は釜を守り

 燐はお空を支え

 こいしは何処かで勝手に遊んでいる。

 

 私は地霊殿で、皆の帰りを待つ。

 それで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 主釜の温度が基準まで戻った頃。

 あたいは制御室の壁へ背を預け、記録帳へ数値を書き込んでいた。

 お空は制御盤の前に立ち、複数の計器を見比べている。

 

 

『温度よし。火の元気もよし。圧力は……』

 

 

 針を見つめる。

 首を傾げる。

 反対側へ傾げる。

 

 

『これ、どれだっけ』

「さっきまで分かってたじゃないか」

『忘れた』

 

「赤い針が圧力」

『ああ、そうだった』

 

 

 思い出したように頷き、記録板へ丸を付ける。

 

 

『全部よし! 仕事終わり!』

「待った。排熱路の確認がまだ」

『うにゅ?』

 

 

 本気で忘れていた顔だった。

 

 

「第三と第四。朝から一度も見てないよ」

『お燐、見た?』

「見てない」

『じゃあ、見てないってことで』

「何も解決してない!」

 

 

 お空は露骨に肩を落とした。

 

 

『早く遊びたいのに』

「仕事が終わってからにしな」

 

『何して遊ぶ?』

「まず仕事」

『弾幕ごっこ?』

「排熱路」

『追いかけっこ?』

「第三と第四!」

 

 

 お空の背中を押し、制御室から追い出した。

 不満そうにしながらも、排熱路の方へ歩き始める。

 こう見えて、任された仕事を放り出すことはない。

 

 忘れることはある。

 勘違いも多い。

 それでも最後には、きちんと終わらせる。

 

 さとり様の役に立ちたい。

 地霊殿の皆を守りたい。

 その気持ちだけは、昔から変わっていないのかもしれない。

 

 

『お燐ー』

 

 

 先を歩いていたお空が振り返った。

 

 

『第三って、どっち?』

「右!」

『どっちから見た右?』

「お空から見た右だってば!」

 

 

 前言を、少しだけ撤回したくなった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 旧都の酒場で、昼間から杯を傾けていた。

 

 向かいには姐さん。

 その隣にキスメ。

 パルスィは少し離れた席で、頼んでもいない葡萄酒の味へ文句を付けている。

 

 

『最近、(うつほ)を見たか?』

 

 

 姐さんが尋ねた。

 

 

「昨日、向こうの通りで見たよ」

 

 

 酒を注ぎ直しながら答える。

 

 

「死体を積んだ荷車に乗って、お燐に引っ張らせてた」

『何してんだ、あいつは』

「本人は、巡回を手伝ってたつもりらしいよ」

 

 

 お燐が荷車を引き、空が荷台の死体へ混じって座っていた。

 余りに自然だったため、私も最初は気付かなかった。

 

 

『火車の荷車に乗る地獄烏か』

 

 

 姐さんが豪快に笑う。

 

 

『縁起が良いのか悪いのか分からんな』

「お燐は怒ってたよ。重いから降りろってさ」

(うつほ)は何て?』

「空を飛ぶより楽だって」

 

 

 姐さんは、さらに笑った。

 私も釣られて笑う。

 

 昔の空は、あんな風ではなかった。

 もっと鋭く

 もっと強く

 何処か危ういほど、自分の力に真っ直ぐだった。

 

 今の空には、その頃の記憶が一つもない。

 

 姐さんと戦ったことも。

 私達と酒を飲んだことも。

 巨釜へ身を投じたことも。

 覚えていない。

 

 けれど私は、それを寂しいとは思わなくなっていた。

 今の空とも、また友達になればいい。

 

 一度目の関係を忘れたなら

 二度目を作ればいい。

 

 

『空は、また飲めるようになったのか?』

「飲めるよ。前より弱くなったけど」

『今度連れて来い』

「お燐の許可が要るねぇ」

 

 

 姐さんが怪訝な顔をした。

 

 

『何でだ』

「保護者だから」

『空の?』

「本人は姉のつもりらしいけど、どう見ても母親だね」

 

 

 キスメが静かに頷いた。

 パルスィも離れた席から、同意するように杯を上げる。

 

 

『妬ましいくらい過保護よ』

 

 

 姐さんは暫く考えた後、面倒そうに頭を掻いた。

 

 

『なら、燐も一緒に呼べばいい』

「それが一番だね」

 

 

 杯を掲げた。

 

 

「今度こそ、平和な酒盛りにしようじゃないか」

『お前が最初に酔い潰れるんだろ』

「その時は、空に運んでもらうさ」

『あいつに任せたら、途中で何処かへ置いて行かれるぞ』

 

 

 否定出来なかった。

 皆で笑った。

 

 酒場の外では、復興した旧都の通りを妖怪達が行き交っている。

 地の底で、変わらぬ日常が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 排熱路の確認を終えたお空は、制御室へ戻るなり、あたいの腕を掴んだ。

 

 

『終わった! 遊ぼう!』

「記録してから」

『記録した!』

「見せて」

 

 

 差し出された記録板には、大きな丸が一つ描かれていた。

 

 

「これは何」

『異常なしの丸』

「数値は?」

『異常なしだから、いらないでしょ?』

「書き直し」

『えー!』

 

 

 お空は羽根を大きく下げた。

 それでも机へ向かい、あたいに教えられながら数値を書き直す。

 

 字は大きく、ところどころ枠からはみ出している。

 最後の数字を書き終えると、今度こそ記録板を高く掲げた。

 

 

『終わった!』

「確認するから待って」

『もういいじゃん。お燐、細かいよ』

「仕事なんだから、細かくていいの」

 

 

 数字は合っている。

 排熱路にも異常はない。

 

 

「よし。終わり」

『やった!』

 

 

 お空が、あたいを抱き上げた。

 

 

「ちょっ、下ろして!」

『早く中庭行こう!』

「自分で歩けるって!」

『こっちの方が速いもん』

 

 

 大きな翼が広がる。

 

 

「廊下で飛ぶなって、さとり様に言われてるだろ!」

『大丈夫。今日は羽根、あんまり抜けてないから!』

「そういう問題じゃない!」

 

 

 あたいを抱えたまま、お空は制御室から飛び出した。

 廊下を駆け抜ける風。

 黒い羽根が、後ろへ何枚も舞い落ちる。

 

 

『何して遊ぶ?』

「まず下ろして!」

『弾幕ごっこにしよう!』

「話を聞けー!」

 

 

 二人の声が、地霊殿の廊下へ響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 中庭へ出ると、お空はあたいを地面へ下ろし、嬉しそうに距離を取った。

 焦熱地獄から届く、赤い光が揺れている。

 

 

『先に当てた方が勝ちね!』

「ちょっと待ちな。お空の弾は大き過ぎるんだよ」

『避ければいいじゃん』

「庭を壊すなって言ってるの!」

『じゃあ、小さくする』

 

 

 お空の周囲へ、赤い火球が浮かぶ。

 本人なりに小さくしたらしい。

 あたいの頭ほどある。

 

 

「それの何処が小さいのさ!」

『いつもの半分だよ?』

「物には限度ってもんがある!」

 

 

 言い争っているうちに、さとり様が中庭へ姿を見せた。

 

 

『二人とも』

 

 

 声を聞いた瞬間。

 あたいは姿勢を正した。

 

 お空は、火球を背中へ隠した。

 隠せていない。

 翼の向こうから、赤い光が漏れている。

 

 

『屋敷を壊さない範囲で遊ぶように』

「はい、さとり様」

『任せて、さとり様!』

 

 

 お空が元気よく答えた。

 その背後で火球が一つ破裂し、庭の石へ小さな穴を開けた。

 

 三人の視線が、穴へ集まる。

 

 

『……お空』

『これは私じゃない』

『まだ何も訊いていないわ』

『うにゅ』

 

 

 さとり様は額へ手を当てた。

 あたいは笑いを堪え切れず、肩を震わせる。

 

 

『お燐、笑ってないで止めなさい』

「はいはい。ほら、お空。もっと小さく」

『これ以上小さくしたら、当たっても痛くないよ』

「遊びで大怪我させる気か!」

 

 

 また言い争いが始まった。

 

 さとり様が、少し離れた場所からこちらを見ている。

 何を考えているのか、あたいには分からない。

 ただ、その表情は穏やかだった。

 

 

『さとり様もやる?』

 

 

 お空が、火球を一つ差し出した。

 受け取れるものではない。

 

 

『遠慮しておくわ』

『楽しいのに』

「さとり様へ投げたら、晩ご飯抜きだからね」

『投げないよ。そんなことしたら怒られるもん』

 

 

 理由はともかく、判断自体は正しい。

 

 

『それじゃ、お燐!』

 

 

 お空が火球を構えた。

 

 

『今度こそ勝負!』

「望むところだよ!」

 

 

 二人で中庭を駆け出す。

 赤い弾幕と青白い鬼火が、地霊殿の天井を彩った。

 さとり様は少し離れた場所へ腰を下ろし、その光景を見守っている。

 

 焦熱地獄の火は安定している。

 地霊殿の仕事も、今日は全て終わった。

 

 旧都では、きっと勇儀さん達が酒を飲んでいる。

 こいし様は相変わらず、何処へ行ったか分からない。

 

 お空は笑いながら、あたいを追い掛けてくる。

 あたいもまた、笑いながら逃げた。

 

 何も起こらない。

 何処にでもある、地底の一日。

 

 

『待てー、お燐!』

「待てって言われて待つ奴がいるか!」

『じゃあ止まって!』

「同じだよ!」

 

 

 笑い声が響く。

 

 遠い過去の続きを知らず

 これから起こる異変のことも知らないまま。

 

 あたい達は、今日という日をただ楽しく生きていた。

 

 

 




時間は過ぎ、幼かった烏は大きく成長し
教育熱心だった猫はその熱を冷まし、同じく従者として歩みだした

やがて地上を巻き込む騒動を起こす二匹も
今はまだ地底での日常を大切に過ごしていたのだった


メインストーリー、これにて完成!
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