からすとこねこ   作:ビーグル

28 / 29
この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。


<前解説>
以前から地霊殿に仕えている動物たちのエピソード。その三。
その一、その二よりも少しだけ成長した空との話。

他よりも長く生きている動物たちがどう接して
どう変わっていったか。その物語。


掌編連作 「地霊殿の噂」 その三 歩幅/明日の噂

 

 

 

 ◆

 

 

 年老いた山羊は、燐が地霊殿へ来るよりも遥か前から、屋敷の仕事を支えてきた。

 

 今では、地霊殿の階段を上ることも少なくなっている。

 脚が弱り、長い廊下を歩くだけでも時間が掛かる。

 

 若い頃には、厨房から倉庫まで荷車を引き、焦熱地獄の近くへ燃料を運んだ。

 階段を一段飛ばしで上ることも出来た。

 重い袋を背負っていても、他の動物へ道を譲らせるほど速く歩けた。

 

 今は違う。

 

 朝、寝台から立ち上がる時には、まず前脚へ力が入るか確かめる。

 床の冷たさが蹄から関節へ昇り、身体が動くまで少し待たなければならない日もある。

 普段は厨房近くの部屋で暮らし、軽い荷物の仕分けを手伝っていた。

 

 野菜。

 果物。

 乾物。

 届いた品を種類と傷み具合で分け、厨房へ渡す。

 

 昔に比べれば小さな役目である。

 それでも、誰かが行わなければ食材は無駄になる。

 自分の脚で出来る範囲の仕事として、不満はなかった。

 

 昔のお空様とは、何度も顔を合わせた。

 若い頃には燃料を運び、焦熱地獄の近くまで同行したこともある。

 お空様は、いつも歩くのが速かった。

 

 巡回の途中で次に確かめる設備を思い出すと、こちらの歩幅など忘れたように先へ進んだ。

 

 

『遅いぞ。先に行く』

「お待ち下さい。荷物を置いて行かないでいただけますか」

『後で取りに戻る』

 

 

 一度先へ飛んで行き、本当に戻ってくる。

 戻る頃には、こちらが荷物を抱えたまま数歩しか進んでいないこともあった。

 急いでいるのか、待ってくれるのか分からない方だった。

 

 先へ行くなら、最初から荷物を持ってくれればよい。

 そう言えば、頼まれなかったからだと答える。

 では今頼むと言えば、何故もっと早く言わないのかと首を傾げる。

 

 気遣いがないわけではない。

 他者が助けを必要としていることへ、自分から気付くのが少し遅いだけだった。

 山羊が重い荷を持てなくなってからは、何も言わず代わりに運ぶようになった。

 

 初めて荷を取られた時は、まだ持てると抗議した。

 お空様は、持てることと、持った後で脚を痛めないことは別だと言った。

 以前なら頼まれるまで気付かなかった方が、こちらの歩き方を見て先に手を出した。

 それが少し嬉しく、同時に、自分の老いを見抜かれたことが悔しかった。

 

 礼を言えば、仕事だからと答えた。

 それ以上の言葉はなかった。

 けれど翌日からも、山羊の荷だけは自然に持つようになった。

 

 そんなお空様が、巨釜から戻らなかった。

 

 

 報せを聞いた日のことは、今も覚えている。

 厨房へ運ぶ豆の袋を仕分けていた。

 若い動物が駆け込み、途中で言葉を詰まらせた。

 何を聞いても、お空様が帰らないという事実だけは変わらなかった。

 

 それから暫くして、黒い卵になって帰ったと聞いた。

 さらに時が経ち、幼い姿で生まれたという噂が広がった。

 

 それでも、会いには行かなかった。

 

 若い動物達は、競うように見舞いへ行った。

 戻ってくるたび、顔を輝かせて話す。

 

 可愛らしい。

 小さい。

 お燐様へ懐いている。

 黒猫のぬいぐるみを離さない。

 言葉を覚え始めた。

 

 山羊には、その言葉が気に入らなかった。

 若い者達が悪意を持っているとは思わない。

 幼子を見て、感じたことを話しているだけだろう。

 

 それでも、昔のお空様を可愛らしい幼子へ置き換え、それで帰還を喜んでいるように聞こえた。

 お空様は、可愛らしいだけの方ではなかった。

 

 強く。

 不器用で。

 時に無茶をし。

 頼まれなければ気付かず、気付いた後は何も言わず荷を持つ。

 焦熱地獄と地霊殿を守るため、誰より先へ飛んでいった。

 

 幼子が同じ翼を持っているからといって、同じ相手として喜ぶことは出来なかった。

 会えば、違う姿へ失望するかもしれない。

 あるいは、似たところを探し、幼子へ昔と同じであることを求めるかもしれない。

 

 どちらもしたくなかった。

 だから、厨房近くの部屋で噂だけを聞いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時が過ぎた。

 

 幼かった空は成長し、一人で廊下を歩き、屋敷の外を飛ぶようになった。

 厨房へ顔を出し、今日の食事を茶色い兎へ訊ねる姿を、遠くから見たことがある。

 中庭を黒い犬と歩く姿も見掛けた。

 白い小鳥を名で呼び、指へ乗せていた。

 

 山羊は声を掛けなかった。

 空も、厨房の奥にいる年老いた山羊を気に留めなかった。

 それでよいと思った。

 

 黒い翼。

 長く伸びた髪。

 背丈も、少しずつ昔のお空様へ近づいていく。

 廊下の角から現れた一瞬だけなら、以前のお空様が戻ったように見えることもあった。

 

 けれど、歩き方は違う。

 誰かとすれ違うたび挨拶をし、知らない物を見つければ立ち止まる。

 急いでいても、後ろから呼ばれれば振り返る。

 

 似た姿の中へ違いを見つけるたび、山羊は目を逸らした。

 昔と違うことへ腹を立てているのではない。

 ただ、どう呼べばよいのか分からなかった。

 

 お空様と呼べば、以前の方と同じものを求めるように感じる。

 空と呼ぶほど、今の相手を知っているわけでもない。

 

 呼び方を決められないまま、距離だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 ある日。

 厨房へ届いた食料を仕分けていると、廊下から大きな音がした。

 

 木板が割れる音。

 固い物が床へ落ち、幾つも転がる音。

 続いて、慌てた声が響く。

 

 

『ごめんなさい!』

 

 

 誰へ謝っているのかは分からない。

 近くにいた者へ向けたのか。

 落とした食料へ向けたのか。

 

 山羊は作業台へ手を付き、ゆっくり身体を起こした。

 廊下へ出るまでにも時間が掛かる。

 その間、転がる音は何度も壁へ当たり、少しずつ止まっていった。

 

 

 廊下へ出る。

 

 成長した空が、壊れた木箱の前へしゃがんでいた。

 果物が床一面へ転がっている。

 

 赤いもの。

 黄色いもの。

 壁際まで転がったもの。

 

 空は一つ拾っては箱へ戻し、また別の一つへ手を伸ばしている。

 翼が邪魔になり、後ろの果物をさらに押しやっていた。

 

 

「何をなさっているのです」

 

 

 声を掛けると、空が直ぐに顔を上げた。

 昔のお空様なら、失敗を見られたことへ少し不機嫌な顔をしたかもしれない。

 目の前の空は、助かったような顔をした。

 

 

『厨房へ運ぼうとしたら、箱の底が抜けたの』

 

 

 言葉どおり、箱の底板は中央から外れている。

 釘穴の周囲が黒く傷み、以前から弱っていたようだ。

 ただし、箱へ一度に詰められた量も多い。

 

 

「お一人で持つには、重かったのでは」

『持てると思ったんだけど』

「思っただけですか」

『うん。間違えた』

 

 

 あっさりと認めた。

 言い訳を探さない。

 箱が悪かったと責任を押し付けもしない。

 自分の見積もりが間違っていたと、最初から分けて考えている。

 

 昔のお空様なら、箱ごと持ち上げていた。

 底が抜ければ、こんな量へ耐えられない箱の方が悪い、と言ったかもしれない。

 

 どちらが正しいかは、簡単には決められない。

 箱が傷んでいたのも事実である。

 空が一人で運べると考えたのも事実だった。

 

 

『一緒に拾ってもらえる?』

 

 

 山羊は、一瞬答えられなかった。

 昔のお空様から、助けを求められた記憶はほとんどない。

 

 荷を持つよう頼んだことはある。

 けれど、お空様の方から、一緒にしてほしいと言われたことは思い出せなかった。

 

 

「私でよろしいのですか」

 

 

 年老いた脚では、屈むだけでも時間が掛かる。

 若い動物を呼んだ方が早い。

 そういう意味で訊いた。

 

 

『一人より二人の方が早いでしょう?』

 

 

 空は当然のように言った。

 速く動ける者を探したのではない。

 今ここにいる二人で拾えば、一人より早いと言っている。

 

 山羊はゆっくり腰を下ろした。

 関節が軋む。

 直ぐ近くへ転がっていた果物を拾う。

 二人で一つずつ箱へ戻していった。

 

 

『これは傷になってる』

 

 

 空が、床へ当たって皮の裂けた果物を見せる。

 

 

「十分食べられます。厨房へ渡せば、煮込みに使うでしょう」

『じゃあ、こっちに分ける』

「そうして下さい」

 

 

 傷のない物。

 直ぐ使うべき物。

 潰れてしまった物。

 

 空は山羊の指示を素直に聞いた。

 分からない果物があれば訊ねた。

 

 見た目は無事でも、柔らかくなり過ぎたものを見つけると、指で押す前にこちらへ見せた。

 箱へ戻すだけなら、一人でも出来ただろう。

 けれど、厨房で使いやすいよう分けるには、長く仕分けをしてきた山羊の方が詳しい。

 

 助けを求めるとは、自分に出来ない重労働を他者へ押し付けることではない。

 相手に出来ることを知り、そこだけ頼ることでもあるらしい。

 

 

 

 

 

 果物を拾い終える。

 壊れた箱は使えない。

 厨房から空箱を借り、二つへ分けて入れ直した。

 

 空は一箱を見下ろし、両腕を掛ける前に一度重さを確かめた。

 先ほどの失敗を、その場で次へ生かそうとしている。

 

 

『今度は、二人で持とう』

「私の脚では、速く歩けませんよ」

『ゆっくりでいいよ』

 

 

 空が箱の右側を持つ。

 山羊は左側へ回った。

 高さが違うため、空は少し腰を落とす。

 

 自分が持ちやすい位置へ箱を上げるのではなく、こちらの前脚が届く高さへ合わせた。

 歩みは遅い。

 一歩進むたび、箱の中で果物が小さく動く。

 

 昔のお空様なら、先へ飛んで行っただろう。

 荷を持つと言えば、一人で全部抱え、こちらの歩幅を待つ必要をなくしたはずだ。

 今の空は、山羊の歩幅に合わせている。

 

 

『重くない?』

「貴女がそちらを支えて下されば」

『疲れたら言ってね』

「貴女もです」

『うん』

 

 

 厨房までの短い廊下を、随分と時間を掛けて歩いた。

 途中で何度か箱を置く。

 山羊の脚を休め、空も持ち方を変えた。

 

 空は先へ行かなかった。

 急かしもしない。

 箱を置くたび、次は持てるかと確認した。

 

 昔のお空様が何も言わず荷を持ってくれたことを思い出す。

 あの方なりの気遣いだった。

 今の空は、隣で歩きながら問い掛ける。

 

 気遣い方が違う。

 どちらかが優れているのではない。

 受け取る側に残るものが、それぞれ違うだけだった。

 

 

 厨房へ着くと、茶色い兎が驚いた顔をした。

 

 

『二人で運んできたの?』

『うん。途中で落としたから、手伝ってもらった』

「箱の底が傷んでいました」

『お空が力を入れ過ぎたんじゃないのかい?』

『それもあるかも』

 

 

 空は、また直ぐに認めた。

 兎が笑う。

 山羊も、少しだけ口元を緩めた。

 

 同じお空様ではない。

 昔のお空様へ戻ったわけでもない。

 

 黒い翼と名が同じでも、助けを求めることも、他者と歩く速さも違う。

 けれど、だから失望する必要はなかった。

 昔のお空様から受け取ったものは、山羊の中に残っている。

 

 何も言わず荷を持ってくれたこと。

 遅いと先へ飛びながら、本当に戻ってきたこと。

 仕事だからと答えた不器用な優しさ。

 それを、今の空へ再現させる必要はない。

 

 今の空とは、これから新しいものを受け取ればよい。

 

 

『手伝ってくれてありがとう』

 

 

 空が頭を下げた。

 頼んだ相手へ礼を言う。

 その声を、初めて正面から受け取った。

 

 

「どう致しまして、お空様」

 

 

 初めて、自分からその名で呼んだ。

 昔のお空様へ使っていた呼び方と同じである。

 けれど、同じ者だと言い聞かせるためではなかった。

 今ここで一緒に箱を運んだ相手へ、自然に出た名だった。

 

 空が顔を上げ、嬉しそうに笑う。

 昔と同じ笑顔ではない。

 似ているかどうかを確かめる必要もない。

 

 山羊には、それでよかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 地霊殿には、様々な噂がある。

 誰かが屋敷中へ知らせようとしたわけではない。

 

 厨房で交わされた話が、食器を運ぶ動物へ渡る。

 燃料庫で見た出来事が、荷車を押す者の耳へ入る。

 中庭の散歩を眺めていた小動物が、共同部屋で仲間へ話す。

 そうして、一つの出来事は廊下から廊下へ移り、話した者の見たものを少しずつ加えながら、屋敷の中へ棲みついていく。

 

 今のお空様は、昔より食が細い。

 最初は柔らかい豆しか食べられず、香辛料の利いた肉を嫌がった。

 

 今のお空様は、分からないことがあれば直ぐに訊く。

 出来ると思って失敗した時も、誤魔化すより先に間違えたと認める。

 

 今のお空様は、数字を三つまで数えるのに随分時間が掛かった。

 四本の指を三だと言い、灰色の鼠と何度も数え直した。

 

 今のお空様は、名もなかった白い小鳥へ妙な名前を付けた。

 本人にはその鳴き声が「チチ」と聞こえたらしい。

 

 今のお空様は、荷物を落とすと一人で片付けたふりをせず、近くにいた者へ助けを求める。

 今のお空様は、昔のことをほとんど覚えていない。

 

 誰に何を教えたのか。

 何処を巡回していたのか。

 誰の荷を持ったのか。

 昔のお空様を知る者が覚えている出来事を、本人は知らない。

 

 それでも、火の近くへ行けば、時折、誰より早く異変へ気付く。

 まだ教えられていない設備の音へ耳を澄ませ、流れる熱の違いへ顔を上げる。

 その時だけは、昔のお空様と同じだと言う者がいる。

 まるで違うと言う者もいる。

 

 違うところを数え始めれば限りがない。

 同じところを探そうと思えば、黒い翼だけでも十分だ。

 同じか違うかなど、もうどうでもよいと言う者もいる。

 

 答えは、一つになっていない。

 これからも、きっと一つにはならない。

 地霊殿で暮らす者の数だけ、昔のお空様との関係も、今の空を見る位置も違うからだ。

 

 管理者として叱られた鼠。

 料理を平らげてもらった兎。

 巡回の背中を追った犬。

 役目だけで呼ばれていた小鳥。

 荷を持ってもらった山羊。

 

 同じ翼を見ても、思い出すものはそれぞれ違う。

 だから、同じ答えへ揃える必要もなかった。

 

 

 

 朝になれば、空は廊下を歩く。

 まだ誰も起きていない時間に目を覚ます日もある。

 お燐の腕を抜け出そうとして失敗し、結局二人で起きてくる日もある。

 

 厨房へ行けば、茶色い兎へ今日の食事を訊ねる。

 鍋の中を覗き込み、食べられる量より多く欲しがって止められる。

 以前食べられなかった物を一口試し、やはり嫌だと戻すこともある。

 兎は顔を顰めながら、次の献立のためにその反応を覚えておく。

 

 燃料庫の近くでは、灰色の鼠と一緒に戸を確かめる。

 一度で閉まっていると分かっても、鼠が三度確かめる理由を知っているので待つ。

 時には自分も取っ手を押し、一、二、三と数える。

 

 白い小鳥を見つければ、名前で呼ぶ。

 チチは何処にいても返事をし、空の指へ飛び乗る。

 他の鳥の名も少しずつ覚えた。

 それでも、最初に名を付けた小鳥を呼ぶ声だけは、少し得意そうに響く。

 

 中庭へ出れば、黒い犬が前を歩く。

 昔とは逆の順番である。

 空が知らない道へ向かえば、犬が立ち止まり、身体で進路を塞ぐ。

 理由を説明されれば、空は別の道を選ぶ。

 時々は納得せず、お燐へ訊きに行く。

 

 厨房近くで年老いた山羊を見つければ、荷物を持つ。

 一人で全部運ぼうとして止められることもある。

 二人で持つ時は、山羊の歩幅へ合わせる。

 短い廊下へ長い時間を掛けても、今は先へ行かない。

 

 そうして一日が終われば、お燐のいる部屋へ帰っていく。

 途中で別の用事を見つけ、帰りが遅くなることもある。

 お燐は探しに出る。

 見つければ叱りながら手を繋ぐ。

 

 その光景もまた、誰かに見られ、翌日の噂になる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 噂をする者達も、やがて自分の目で今の空を見る。

 

 怖がった者も。

 過去を重ねた者も。

 距離を置いた者も。

 噂で聞いた姿と、実際に会った姿が違うことへ気付く。

 

 可愛らしいと聞いていたのに、意外に頑固だった。

 何も知らないと聞いていたのに、火の流れだけは誰より早く読んだ。

 昔と違うと聞いていたのに、ふとした声がよく似ていた。

 昔と同じだと聞いていたのに、助けを求めることを躊躇わなかった。

 

 一度会えば、噂の空ではなく、自分が見た空の話をするようになる。

 少しずつ、自分なりの呼び方を見つけていく。

 

 帰ってきたお空様。

 新しく生まれた地獄烏。

 昔のお空様とは違う方。

 今のお空さん。

 ただの空。

 

 それでも、同じ家で暮らす仲間。

 呼び方が違っても、指している相手は一人だった。

 過去を何処まで重ねるかは、呼ぶ者によって違う。

 違いを残したまま、同じ食卓へ着くことは出来る。

 

 地霊殿の噂は、今日も廊下から廊下へ渡っていく。

 けれど以前とは、少しだけ内容が違っていた。

 初めの頃は、誰もが同じことを訊いた。

 

 あの子は本当に、お空様なのだろうか。

 黒い翼が同じなら、昔の方が戻ったことになるのか。

 記憶がないなら、別の者と呼ぶべきなのか。

 

 答えの出ない問いは、何度も囁かれた。

 やがて、その声は少しずつ減った。

 代わりに、別の話が増えていく。

 

 今日はお空様が、何を覚えただろう。

 明日は、誰の名前を呼ぶだろう。

 次は、何を一人で出来るようになるだろう。

 何を一人でせず、誰へ助けを求めるだろう。

 

 過去の答えを確かめる噂から、これから起きることを待つ噂へ。

 その続きを楽しみにする声の方が、少しずつ増えていた。

 

 噂は消えない。

 

 ただ、同じ場所へ棲みついたまま、そこへ新しい話を重ねていく。

 地霊殿で暮らす空もまた、そうして一日ずつ、皆の中へ新しい姿を増やしていった。

 




ネズミ、ウサギ、犬、小鳥、ヤギたちは
特に古参に位置する者たちであり、生まれ変わった空を
ありのまま受け入れられなかった者たちでもありました。

そこにあったのは小さくなった空を残念に思う気持ちではなく
ただ敬意と寂しさがあっただけでした。
そして新たな”出会い”となり、別の思い出が始まるのです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。