からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。


<前解説>
幼い空が、こいしと一緒にお留守番をする話


短編 「留守番」

 

 誰かと一緒にいることと

 誰かの傍にいることは、少し違う。

 

 同じ部屋にいても

 相手を見ていなければ、離れているのと変わらない。

 

 何を考えているのか分からなくても。

 どうして泣いているのか分からなくても。

 

 分からないまま、そこにいる。

 

 答えを見つけるまで待ち

 必要とされなくなるまで離れない。

 

 それは、心を読むことよりも

 難しい時がある。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 その日の地霊殿は、朝から慌ただしかった。

 

 お燐は、旧都で起きた地盤の崩落を調べるため、ヤマメのところへ行く。

 お姉ちゃんは、怪我をした動物を三つ目入道の診療所へ連れて行く。

 クレスタは、主釜の外側にある排熱路を点検するため、昼過ぎまで戻らない。

 

 いつもなら、誰か一人くらいは屋敷に残る。

 けれど今日は、予定が重なった。

 そして、幼いお空を一人にするわけにはいかない。

 

 

『本当に、こいし様へお願いしても大丈夫でしょうか』

 

 

 お燐が、不安そうに私を見た。

 

 

「大丈夫だよ」

『前にも、お空さんへ紙を食べさせようとしましたよね』

「食べられる紙だったよ」

『食べさせないで下さい』

「今日は食べさせない」

『今日は、ではなく、これからもです』

 

 

 お燐は、幼いお空を抱いたまま溜息を吐いた。

 お空は黒猫のぬいぐるみを抱き、お燐の服へ顔を寄せている。

 まだ、これから留守番をすることを分かっていない。

 

 

『お燐。時間よ』

 

 

 お姉ちゃんが廊下の向こうから声を掛けた。

 傍らには、脚へ包帯を巻いた狸の妖怪がいる。

 

 

『分かっています。でも……』

 

 

 お燐がお空の顔を覗き込む。

 

 

『お空さん。あたいは、少しだけ出掛けてきます』

『おりんも、いく?』

『お空さんは、今日は御留守番です』

 

 

 お空は首を傾げた。

 

 

『おるすばん』

『こいし様と、ここで待っていて下さい』

 

 

 お燐が私を指す。

 お空もこちらを見た。

 

 

「私と遊ぼう」

『おりんは?』

『お仕事が終わったら、直ぐに帰ってきます』

『おくうも、いく』

『今日は危ない場所へ行くので、連れて行けません』

 

 

 お空の手が、お燐の衣服を強く掴んだ。

 

 

『いく』

『御免なさい』

『おりん、いく!』

 

 

 声が大きくなる。

 目へ涙が浮かんだ。

 お燐は困った顔で、私とお姉ちゃんを交互に見る。

 

 

『こいし』

 

 

 お姉ちゃんが私を呼んだ。

 

 

「分かってる」

 

 

 私は、お空の前へ両腕を伸ばした。

 

 

「お空。抱っこしてあげる」

『や』

「高い高いも出来るよ」

『や!』

「積み木で、お姉ちゃんのお城を作ろう」

『おりん!』

 

 

 どれも駄目だった。

 お燐は、ますます離れられなくなる。

 このままでは、旧都へ着く前に地盤がもう一度崩れるかもしれない。

 

 

「お燐。行っていいよ」

『でも』

「私がいるから」

『こいし様に、泣き止ませられますか』

「分からない」

 

 

 正直に答えると、お燐の耳が下がった。

 

 

「でも、帰ってくるまで一緒にいるよ」

 

 

 お姉ちゃんが私を見た。

 第三の目が、少しだけ細くなる。

 

 

『お燐。こいしへ任せましょう』

『さとり様まで』

『貴女が戻るまで、私の妹は何処へも行かないわ』

「うん」

 

 

 普段なら、そんな約束はしない。

 面白そうなものを見つければ、いつの間にか別の場所へ行く。

 行こうと思わなくても、足が勝手に向くこともある。

 

 それでも今日は、行かないと決めた。

 

 

『……お願いします』

 

 

 お燐は、泣き始めたお空を私へ預けた。

 

 

『おりん! おりんー!』

 

 

 お空が両腕を伸ばす。

 お燐は何度も振り返りながら、廊下を進んでいった。

 姿が見えなくなる。

 足音も消える。

 

 お空の泣き声だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『おりんー!』

「大丈夫。帰ってくるよ」

『おりん!』

「直ぐだよ」

『おりんー!』

 

 

 何を言っても、同じだった。

 お空は私の腕の中で身体を反らし、扉の方へ手を伸ばす。

 抱き直す。

 背を軽く叩く。

 

 

「ほら、黒猫」

 

 

 ぬいぐるみを顔の前へ持ち上げる。

 

 

「にゃーん。お空、泣かないで」

『や!』

 

 

 黒猫が床へ落とされた。

 

 

「じゃあ、積み木」

 

 

 片手で箱を引き寄せる。

 赤い積み木。

 青い積み木。

 丸い積み木。

 

 

「これはお城。これは橋。これは私」

『おりん!』

 

 

 積み木も通じない。

 

 

「お腹が空いた?」

『おりん!』

「眠い?」

『おりんー!』

「何処か痛い?」

 

 

 返事は、泣き声だった。

 

 お姉ちゃんなら、第三の目で理由を読める。

 お燐なら、泣き方や身体の動きだけで、何を求めているのか分かることがある。

 キスメなら、何も言わずに揺れて眠らせる。

 

 私には、分からない。

 

 心を閉じた時から、他人の考えは聞こえなくなった。

 普段は困らない。

 心を読まなくても、面白いことはたくさんある。

 相手が怒っていても、悲しんでいても、気付かないまま通り過ぎられる。

 

 でも今は、通り過ぎられない。

 帰ってくるまで一緒にいると約束したから。

 

 

「どうして泣いてるの?」

『おりん!』

「お燐がいないから?」

『おりん、いない!』

「うん。いないね」

 

 

 ようやく、泣き声の中から言葉が返ってきた。

 

 

「いなくなって、怖い?」

『こわい!』

「帰ってこないと思ってる?」

『おりん、いない!』

 

 

 同じ言葉だった。

 けれど、少しだけ分かった気がした。

 お空にとっては、未来のことより、今いないことの方が大きい。

 

 帰ってくると言われても、目の前にいない。

 その不安を、まだ言葉へ出来ないのかもしれない。

 

 

「そっか」

 

 

 それ以上、泣き止ませようとするのを止めた。

 

 黒猫のぬいぐるみを拾う。

 積み木を箱へ戻す。

 お空を抱いたまま、寝台の脇へ座った。

 

 

「泣いてていいよ」

『おりん……』

「帰ってくるまで、私がここにいる」

 

 

 お空は泣き続けた。

 私は背を叩かなかった。

 高い高いもしない。

 面白い顔も作らない。

 ただ、腕の中から落ちないように抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 暫くすると、泣き声が少し小さくなった。

 大きな声を出し続けて、疲れたのだろう。

 

 

『おりん……』

「うん」

『かえる?』

「帰ってくるよ」

『いつ?』

「分からない」

 

 

 お空の顔が、また歪む。

 

 

「でも、帰ってくる」

『ほんと?』

「ほんと」

『こいし、わかる?』

「何が?」

『おりん、かえる』

 

 

 お燐の姿が見えるわけではない。

 心を読めるわけでもない。

 旧都の地面を調べる仕事が、いつ終わるかも知らない。

 

 

「分からないよ」

『……』

「分からないけど、お燐は帰るって言ったでしょう」

『いった』

「だから、帰ってくるよ」

 

 

 お空は鼻を啜った。

 私の服へ顔を押し付ける。

 袖が涙と鼻水で濡れた。

 

 

「汚れちゃった」

『ごめん』

「いいよ」

 

 

 普段なら、面白がってお燐へ見せに行くところだ。

 でも、いま立ち上がれば、お空がまた不安になる。

 着替えは後でいい。

 

 

「お水、飲む?」

『いらない』

「喉、痛くならない?」

『いらない』

「そっか」

 

 

 無理に飲ませなかった。

 少しして、卓上の水差しを見た。

 

 

『みず』

「飲む?」

『うん』

 

 

 片手で杯へ注ぐ。

 お空は私の膝から降りようとしなかった。

 杯を口元へ運ぶ。

 少し飲み、息を吐く。

 

 

『こいしも』

「私は後でいい」

『いっしょ』

「一緒に飲むの?」

『うん』

 

 

 別の杯へ水を入れた。

 二人で飲む。

 お空は、私が飲み終わるまで待っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 泣き止んだ後も、お空は私の服を掴んでいた。

 

 

「遊ぶ?」

『ここ』

「ここにいるの?」

『うん』

「何もしない?」

『うん』

 

 

 何もしないで座っているのは、苦手だった。

 窓の外では、地霊が二つ並んで飛んでいる。

 追い掛けたら、何処へ行くのだろう。

 

 廊下の向こうからは、動物達が荷物を運ぶ音がする。

 少し覗きに行きたい。

 

 庭には、朝見つけた形の変な石もある。

 戻ってくるつもりで立ち上がりかけた。

 お空の指へ力が入る。

 

 

『どこ、いく?』

 

 

 声が揺れていた。

 また泣き出す直前の顔。

 

 

「何処にも行かないよ」

 

 

 座り直す。

 地霊を追うのは止めた。

 

 

『ほんと?』

「帰ってくるまで、一緒にいるって言ったでしょう」

『うん』

「だから、いる」

 

 

 お空の指から、少しだけ力が抜けた。

 窓の外から目を逸らす。

 代わりに、お空の顔を見る。

 

 泣いた後で、瞼が赤い。

 頬には涙の跡が残っている。

 髪も乱れていた。

 指で整えようとする。

 

 

『いたい』

「ごめん」

 

 

 髪が指へ絡んでいた。

 お燐なら、痛くないように梳かせる。

 私は、髪を結ぶのも上手くない。

 

 

「髪、直したい?」

『おりんが、する』

「じゃあ、そのままにしよう」

 

 

 手を引っ込める。

 出来ないことは、しなくてもいい。

 お燐が帰ってから、してもらえばいい。

 

 

『こいし』

「なに?」

『おねえちゃん?』

「私は、お姉ちゃんの妹だよ」

『ちがう』

 

 

 お空は私を指した。

 

 

『こいし、おねえちゃん?』

「お空のお姉ちゃんかってこと?」

『うん』

 

 

 考えたことがなかった。

 

 私は、お姉ちゃんの妹だ。

 地霊殿の動物達からは、こいし様と呼ばれる。

 お燐やクレスタより、ずっと長くここにいる。

 

 でも、誰かのお姉ちゃんになったことはない。

 

 

「どうかな」

『おりん、おねえちゃん』

「うん」

『こいしも、だっこ』

「抱っこしたら、お姉ちゃんなの?」

『うん』

「じゃあ、いまはお姉ちゃんかも」

 

 

 お空は、少しだけ笑った。

 

 

『こいしおねえちゃん』

「長いね」

『おねえちゃん』

「それだと、お姉ちゃんと同じになっちゃう」

『おねえちゃん、ふたり』

「お燐も入れたら三人だよ」

『くれすたも』

「クレスタは、自分がお姉様だって言ってたね」

 

『おねえちゃん、いっぱい』

「いっぱいだね」

 

 

 お空の顔が、ようやく明るくなった。

 

 冗談が通じたというより

 知っている者の話をすることで、少し安心したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 昼になった。

 

 お燐が用意していた食事を卓へ並べる。

 小さく切った野菜。

 柔らかく煮た芋。

 丸い握り飯。

 

 

「食べよう」

『おりん、いない』

「帰ってきたら、また一緒に食べられるよ」

『いらない』

 

 

 朝から殆ど何も口にしていない。

 食べさせた方がいい。

 けれど、無理に口へ入れれば、余計に嫌がるだろう。

 

 

「私は食べるね」

 

 

 隣で握り飯を一つ取る。

 お空は見ていた。

 

 

「美味しい」

『ほんと?』

「食べる?」

『……ちょっと』

 

 

 握り飯を半分に割る。

 小さい方を渡した。

 お空は一口だけ食べる。

 

 

『おいしい』

「もう一口?」

『うん』

 

 

 少しずつ食べた。

 野菜は残した。

 芋は全部食べた。

 

 お燐なら野菜も食べるように言うのだろう。

 今日は、握り飯と芋を食べただけでいいことにした。

 

 

『こいし、やさい』

「私は食べたよ」

『のこってる』

「それは、お空の分」

『こいし、たべて』

「嫌いなの?」

『おなか、いっぱい』

 

 

 嘘だと思う。

 

 でも、心は読めない。

 

 

「一つだけ食べたら、残りは私が食べる」

『ひとつ?』

「一つ」

 

 

 お空は、野菜を一つ摘まんだ。

 嫌そうな顔で口へ入れる。

 噛む。

 飲み込む。

 

 

『たべた』

「偉い」

 

 

 残りは私が食べた。

 約束したから。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 食事の後、お空は眠そうに目を擦った。

 

 

「お昼寝する?」

『ねない』

「眠いでしょう」

『おりん、かえるまで、おきる』

「帰ってきた時に起こしてあげるよ」

『ほんと?』

「うん」

 

『こいし、いなくなる?』

「ならないよ」

『ずっと?』

「お空が起きるまで」

 

 

 お空は迷っていた。

 寝台を見る。

 私を見る。

 

 

『いっしょ』

「一緒に寝るの?」

『こいし、ここ』

 

 

 寝台の脇を指す。

 

 

「座ってればいい?」

『うん』

 

 

 お空を寝台へ寝かせる。

 黒猫のぬいぐるみを隣へ置いた。

 布団を掛ける。

 脇へ座ると、お空が私の袖を掴んだ。

 

 

『いかない』

「行かないよ」

『おりん、かえったら』

「起こす」

『やくそく』

「約束」

 

 

 お空は目を閉じた。

 けれど、直ぐに開く。

 私がいるか確かめる。

 

 

「いるよ」

 

 

 また目を閉じる。

 少しして、もう一度開く。

 

 

「まだいる」

 

 

 三度目に目を開けた時は、何も言わなかった。

 ただ、袖を掴む。

 その手へ、自分の手を重ねた。

 

 

「ここにいるから、寝ていいよ」

 

 

 お空の瞼が閉じる。

 呼吸が、少しずつゆっくりになった。

 眠りへ落ちても、袖を掴む指は離れない。

 

 窓の外では、さっきの地霊が戻ってきた。

 今度は三つに増えている。

 

 追い掛けたい。

 何処へ行くのか見てみたい。

 でも、動かなかった。

 

 お空が安心するまで、ここにいると決めたから。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 どれくらい経ったのか分からない。

 何もしないで過ごす時間は、いつもより長く感じた。

 

 私は、お空の寝顔を見ていた。

 時々、翼が小さく動く。

 夢を見ているのかもしれない。

 

 眉が寄れば、手を握る。

 すると、少しだけ表情が緩む。

 お姉ちゃんも、昔こうしてくれたのだろうか。

 

 私が心を閉じた後も。

 眠っている間だけは、傍にいたのかもしれない。

 訊いたことはない。

 お姉ちゃんは、訊かれなくても覚えているだろう。

 今度、訊いてみようと思った。

 

 

 

 廊下から、遠い足音が聞こえた。

 動物達のものではない。

 急いでいる。

 二本の尾が床を叩く音もする。

 

 お燐だ。

 扉が開きかける。

 

 

「しっ」

 

 

 口元へ指を当てた。

 お燐が動きを止める。

 息を切らし、服には土が付いていた。

 

 

『ただいま戻りました』

 

 

 小さな声だった。

 

 

「おかえり」

『お空さんは』

「寝てるよ」

 

 

 お燐はそっと近づき、寝台を覗き込んだ。

 お空の手が、私の袖を掴んでいることに気付く。

 

 

『ずっと、こうして?』

「うん」

『こいし様が?』

「何で驚くの」

『いえ、その……』

「お空が、起きるまでいろって言ったから」

 

 

 お燐の顔が、柔らかくなる。

 

 

『有難うございます』

「やめてよ」

『どうしてです』

「お燐が帰ってきたから、もう交代」

 

 

 袖を引こうとする。

 お空の指へ力が入った。

 眉が寄る。

 

 

『無理に離すと、起きますよ』

「じゃあ、どうするの?」

『起きるまで、もう少し』

「お燐がいるでしょう」

『眠っているお空さんには、まだ分かりませんから』

 

 

 それは、朝の私なら分からなかった言葉だ。

 お燐が帰ってきたのだから、もう大丈夫。

 そう思って、直ぐに離れていただろう。

 

 でも、お空は目を閉じている。

 私がいなくなったことだけを感じて、不安になるかもしれない。

 

 

「分かった」

 

 

 座り直す。

 お燐も反対側へ座った。

 お空の髪を、痛くないように指で整える。

 

 

「上手だね」

『何がです?』

「髪、引っ張らない」

『慣れましたから』

「私、痛いって言われた」

『こいし様は、力加減を覚えて下さい』

「教えて」

 

 

 お燐が目を丸くする。

 

 

『髪の梳かし方を?』

「うん」

『明日には忘れませんか』

「分からない」

『そこは、覚えていると言って下さいよ』

 

 

 お燐が小さく笑う。

 私も笑った。

 その声で、お空の瞼が動いた。

 

 

『……おりん?』

『はい。帰ってきましたよ』

 

 

 お空の目が開く。

 お燐を見つける。

 一瞬で顔が明るくなった。

 

 

『おりん!』

 

 

 私の袖を離し、お燐へ両腕を伸ばす。

 お燐が抱き上げた。

 

 

『ただいま、お空さん』

『おかえり!』

 

 

 お空は、お燐の首へ抱き付く。

 朝から溜めていた不安が、全部消えたような顔だった。

 

 私は自由になった袖を見る。

 涙と鼻水の跡。

 小さな指の皺。

 

 離れられて、少しだけ寂しいと思った。

 

 

『こいし』

「なに?」

 

 

 お空がお燐の肩越しに、こちらへ手を伸ばす。

 

 

『こいしも』

「私も?」

『だっこ』

『三人では、少し狭いですよ』

「お燐が頑張ればいいよ」

『何であたいが』

 

 

 お燐へ近づく。

 お空が私の服を掴んだ。

 お燐の腕の中へ、三人で固まる。

 

 

『おもいです』

「頑張って、お姉ちゃん」

『誰がお姉ちゃんですか』

『おりん、おねえちゃん』

 

 

 お空が答える。

 

 

『こいしも、おねえちゃん』

『こいし様も?』

『きょう、おねえちゃん』

 

 

 お燐が私を見る。

 

 

『何をしたんですか』

「抱っこして、ずっと一緒にいた」

『それで、お姉ちゃんですか』

「そうみたい」

 

 

 お燐は少し笑った。

 

 

『良かったですね、こいし様』

「うん」

 

 

 素直に答えてから、自分でも驚いた。

 誰かのお姉ちゃんになることが

 嬉しいと思ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 お姉ちゃんとクレスタも戻ってきた。

 お姉ちゃんは、部屋へ入る前から何があったか知っていた。

 

 

『こいし。今日はありがとう』

「お姉ちゃんまで言うの?」

『嫌?』

「嫌じゃないけど」

 

 

 お姉ちゃんは、私の袖の汚れを見る。

 

 

『着替えたら?』

「まだいい」

『どうして』

「お空が、泣いてた跡だから」

 

 

 お姉ちゃんの第三の目が、ゆっくり揺れた。

 

 

『そう』

 

 

 それ以上、何も言わなかった。

 クレスタは、お燐から留守番の話を聞いている。

 

 

『お空様。ワタクシの不在中、御不便はございませんでしたか』

『こいし、いた』

『食事は?』

『たべた』

『昼寝は?』

『した』

『髪は』

『こいし、いたい』

「それ、言うんだ」

 

 

 クレスタが、こちらへ冷たい目を向ける。

 

 

『幼子の髪を、乱暴に扱わないで下さる?』

「明日、お燐に教わる」

『貴女が?』

「私が」

 

 

 クレスタは、暫く黙った。

 

 

『……熱でもお有りですか』

「クレスタの髪で練習していい?」

『お断りします』

 

 

 直ぐに返事が来た。

 お空が笑う。

 

 朝には通じなかった冗談が、今は通じた。

 同じ言葉でも、安心している時と、不安な時では違う。

 

 相手の心が読めなくても

 顔を見て、声を聞いて、傍にいれば

 少しずつ分かることがある。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 

 廊下を歩いていると、お空の部屋から声がした。

 

 

『こいし』

 

 

 扉から顔を出す。

 

 

「まだ起きてたの?」

 

 

 お空は寝台へ入り、黒猫のぬいぐるみを抱いている。

 傍にはお燐が座っていた。

 

 

『おやすみ、いう』

「おやすみ」

『こっち』

 

 

 お空が手招きする。

 寝台の傍へ行く。

 小さな手が、私の袖を掴んだ。

 

 

『あしたも、いる?』

「明日は、何処かへ行くかもしれない」

 

 

 お空の顔が曇る。

 

 以前なら、そのまま本当のことだけを言っただろう。

 私は何処へ行くか分からない。

 明日ここにいるとも限らない。

 でも、いまお空が知りたいのは、そういうことではない。

 

 

「でも、お空が呼んだら来るよ」

『ほんと?』

「聞こえなかったら、お燐に探してもらう」

『うん』

「だから大丈夫」

 

 

 お空の手から力が抜ける。

 

 

『おやすみ、こいしおねえちゃん』

「おやすみ、お空」

 

 

 袖を離すまで待つ。

 直ぐには動かない。

 目を閉じ、呼吸が穏やかになるまで、同じ場所にいる。

 

 お燐が、小さな声で言った。

 

 

『随分、上手になりましたね』

「何が?」

『御留守番です』

「もう一回してもいいよ」

『本当ですか』

「たまになら」

『毎日は?』

「やだ」

『そうですよね』

 

 

 二人で笑う。

 お空が寝返りを打った。

 声を小さくする。

 

 相手が眠るまで、その場所へ留まる。

 何処かへ行きたい気持ちを、少しだけ後へ回す。

 それは、私が誰かへしてもらったことなのかもしれない。

 

 覚えていなくても。

 心を閉じた後も。

 お姉ちゃんや、地霊殿の誰かが

 こうして傍にいてくれたのかもしれない。

 

 今度は私が、幼い地獄烏へ渡していく。

 何かを教えるのではなく。

 何処にも行かず、ただ同じ場所にいることで。

 

 

 お空の指が、眠ったまま動いた。

 私の袖を探す。

 その手へ、自分の指を差し出した。

 

 小さな手が、直ぐに握る。

 

 

「ここにいるよ」

 

 

 眠っているお空へ、もう一度伝えた。

 

 




こいしのキャラとしては、破天荒で自分勝手で傍若無人として描かれる事が多いです。
それは良い意味で物語を引っ搔き回し、「転」となる出来事やきっかけをもたらします。
ある意味でジョーカー的な存在です。

当作品でも決して面倒見が良いとは言えませんが
自分なりの考えで、自分なりの方法で子供に接しようとする
不器用な大人のような立ち位置だと思っています。
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