からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。


<前解説>
こいしが巨釜から卵を持ち帰ったときの話


短編 「お姉ちゃん」

 

 

『お姉ちゃんは、私が何処にいるか分からないことがある』

 

 こいしは、誰に話すでもなく呟いた。

 

『心を閉じているから、見つけられないんだって』

 

 自分の胸へ触れる。

 閉じた第三の目は、今日も何も映さない。

 

『でもね。見つけられないことと、心配してないことは違うんだよ』

 

 こいしが何処にいようと

 さとりは帰りを待っている。

 

 食事へ来なくても、一人分を残している。

 姿を見せれば怒りながら、怪我をしていないか確かめる。

 

『お姉ちゃんって、そういうものなのかな』

 

 分からない。

 

 けれど、空と燐を見ていると

 何となく同じような気がした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 その日も、散歩をしていた。

 何処へ行こうと決めたわけではない。

 

 廊下を歩き

 窓から外へ出て

 思い付いた方向へ進む。

 

 途中で飛んでいる虫を追い掛けた。

 虫を見失った後は、地面の亀裂へ石を落とした。

 石が底へ着く音は聞こえなかった。

 

 

『深いねぇ』

 

 

 誰もいない場所で感想を口にする。

 

 巨釜の異変が収まってから、数週間が経っていた。

 あちこちに残っていた炎も消え

 熔けた岩盤は、表面からゆっくり固まり始めている。

 

 それでも巨釜の近くは、まだ熱い。

 地霊殿の者たちは近寄らないよう言われていた。

 

 こいしも、さとりから同じことを言われた気がする。

 覚えていない。

 正確には、思い出す必要を感じなかった。

 

 駄目だと言われても

 今の自分が行きたいなら、足はそちらへ向かう。

 

 

『何処に行くんだろう』

 

 

 自分の足へ尋ねる。

 返事はない。

 

 

 

 気づけば、巨釜へ続く道を歩いていた。

 意識して選んだわけではない。

 気付いた時には、焼け焦げた岩山が見えていた。

 

 

『ここ、来たことあったっけ』

 

 

 暴走していた時は、近づいていない。

 

 さとりや動物たちと避難し

 異変が収まった後に、燐を迎えに来た。

 

 火口の縁で泣き崩れていた燐。

 

 何度呼んでも動こうとしないから

 家へ帰ろうと手を引いた。

 

 それ以来のはずだった。

 なのに、初めて来た場所のような気がしない。

 

 もっと前から知っていたような。

 何かが待っているような。

 

 

『呼んでる?』

 

 

 声は聞こえない。

 心も読めない。

 

 こいしの第三の目は閉じている。

 それでも、呼ばれたと思った。

 

 

 

 火口へ近づく。

 巨釜の火は、完全には消えていない。

 底で赤い光が揺れている。

 地底を支えるための火。

 

 以前のような怒りは感じない。

 深く眠りながら、静かに呼吸している。

 

 

『何処?』

 

 

 縁に沿って歩く。

 熱で靴底が柔らかくなる。

 こいしは気にせず進んだ。

 

 火口の内側。

 黒く固まり始めた溶岩の間で、何かが浮かんでいる。

 

 

『あれ?』

 

 

 大きな卵だった。

 

 黒い殻。

 表面に走る、赤と青の細い模様。

 溶岩の上へ乗るように、ゆっくり揺れている。

 

 

『卵だ』

 

 

 こいしは火口の上へ浮かんだ。

 卵へ近づく。

 

 熱風が髪を持ち上げた。

 

 

『誰の卵?』

 

 

 答えはない。

 手を伸ばす。

 指先が殻へ触れた。

 

 どくん。

 

 小さな脈動。

 同時に、何かがこいしの中へ浮かんだ。

 

 黒い翼。

 大きな身体。

 さとりへ頭を下げる姿。

 燐を抱き上げる腕。

 

 巨釜へ落ちていった、地獄烏。

 

 

『お空?』

 

 

 卵が、もう一度脈打った。

 

 

『そっか』

 

 

 理屈は分からない。

 

 どうして卵になったのか。

 何故、巨釜の縁に浮かんでいるのか。

 

 こいしには、どちらも重要ではなかった。

 

 

『帰りたいんだね』

 

 

 誰のもとへ。

 それも、何となく分かる。

 

 

『お燐のところに』

 

 

 卵へ両手を伸ばした。

 持ち上げようとする。

 

 その瞬間、足元の溶岩が大きく動いた。

 卵が沈む。

 

 

『あっ』

 

 

 指が殻から滑った。

 黒い卵が、赤い溶岩の中へ半分まで呑まれる。

 

 考えるより先に、こいしは両腕を突っ込んだ。

 

 

『──っ!』

 

 

 熱い。

 

 妖怪の身体でも、巨釜の火は耐え難い。

 皮膚が焼ける。

 肉が爛れる。

 

 指先の感覚が、瞬く間に消えていく。

 それでも卵へ腕を回した。

 

 

『駄目だよ』

 

 

 誰に言っているのか。

 

 卵へ。

 巨釜へ。

 自分へ。

 

 

『沈んじゃ駄目』

 

 

 両腕で抱え、力任せに引き上げる。

 卵は重かった。

 

 まるで釜そのものが、手放すまいと引いているようだった。

 

 

『お燐が待ってるよ』

 

 

 一度。

 もう一度。

 

 翼の代わりに妖力を広げ、身体ごと上へ引く。

 卵が溶岩から抜けた。

 

 こいしは背中から岩場へ倒れ込んだ。

 

 両腕から煙が上がっている。

 痛い。

 痛いという感覚だけが、遅れて全身へ広がった。

 

 

『痛いなぁ』

 

 

 声に出してみる。

 だからといって腕を離す気にはならない。

 

 卵は無事だった。

 殻には傷一つない。

 

 

『良かった』

 

 

 胸元へ抱き寄せる。

 焼けた腕へ触れる度、強い痛みが走る。

 それでも、落とさないように抱え直した。

 

 

『帰ろうか』

 

 

 卵が小さく脈打った。

 

 

『お燐のところへ』

 

 

 こいしは立ち上がった。

 帰り道を考える。

 来た時の道は覚えていない。

 

 

『まあ、何とかなるよね』

 

 

 卵を抱き

 思い付いた方向へ歩き始めた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 地霊殿の玄関が見えた頃には、両腕の痛みが分からなくなっていた。

 良くなったわけではない。

 痛みが強過ぎて、感覚そのものが鈍っている。

 

 布に包んだ卵を抱え、扉の前へ立つ。

 

 

『ただいまー』

 

 

 扉が開く。

 さとりが駆けてきた。

 背後には燐もいる。

 

 姉の顔を見た瞬間

 こいしは何故か、少しだけ安心した。

 

 

「こいし!!」

 

 

 さとりの声が、玄関へ響いた。

 普段の静かな声ではない。

 

 

「何をしたの?! その腕はどうしたの?!」

 

 

 両肩を掴まれる。

 痛い。

 けれど腕ではなく、肩なので問題ない。

 

 

『ちょっと熱かっただけ』

「ちょっとで、腕が焼け爛れるものですか!」

『お姉ちゃん、見て』

 

 

 卵を差し出そうとする。

 

 

「そんなものは後! 先に治療です!」

 

 

 さとりは卵を見ようともしない。

 こいしの背を押し、廊下の奥へ向かわせる。

 

 

『でも、巨釜にあったんだよ』

 

 

 さとりの足が止まる。

 

 

『お散歩してたら、ぷかぷか浮いてたの』

「巨釜へ行ったの?」

『うん』

「近づいてはいけないと言ったでしょう!」

『言われたっけ』

「言いました!」

 

 

 さとりの思考が、怒りと恐怖で埋まっている。

 こいしには読めない。

 それでも表情を見れば分かった。

 

 

『取ろうとしたら沈みそうになったから、手を入れたの』

「手を何処へ」

『溶岩』

「何を考えているのよ貴女は!!」

 

 

 今まで聞いた中で、一番大きな声だった。

 燐も驚いている。

 

 卵が、こいしの腕の中で僅かに動いた。

 

 

『怖がってる』

「今は貴女の方が大問題です!」

 

 

 さとりは燐へ卵を預け

 こいしを治療室へ押し込んだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 治療が始まってからも、さとりの怒りは収まらなかった。

 

 三つ目入道から教わった薬を塗り

 焼けた皮膚へ清潔な布を当てる。

 

 手つきは丁寧だった。

 声は怖かった。

 

 

「溶岩へ両腕を入れるなんて、どういうつもりなの」

『卵が沈みそうだったから』

「だからといって、自分の身体を焼いていい理由にはなりません」

『でも拾えたよ』

「結果の話をしているのではないわ!」

 

 

 薬を塗られた場所が痛む。

 こいしは僅かに顔を顰めた。

 さとりの手が止まる。

 

 

「痛い?」

『ちょっと』

「……ごめんなさい。もう少しゆっくりするわ」

 

 

 声だけが、一瞬柔らかくなった。

 次の包帯を手にすると、また厳しい顔へ戻る。

 

 

「貴女は、自分がどれだけ危険なことをしたか分かっているの?」

『分かってるよ』

「分かっていません」

『両腕が焼けた』

「腕だけで済まなかったかもしれないでしょう!」

 

 

 卵が急に沈み

 こいしごと巨釜へ引き込まれていたら。

 火口の縁が崩れていたら。

 帰り道で力尽きていたら。

 

 さとりは、その全てを想像している。

 妹が帰らない未来を。

 

 

「卵一つのために、貴女まで失うところだったのよ」

『一つじゃないよ』

「え?」

『お空だよ』

 

 

 さとりの手が止まった。

 

 

『あの卵、お空だよ』

「どうして分かるの」

『分かるから』

「理由になっていないわ」

『お空が、お燐のところへ帰りたいって言ってた』

「心が読めたの?」

『聞こえてないよ』

 

 

 こいしは首を横へ振った。

 

 

『でも、分かったの』

 

 

 それ以上、説明する言葉を持っていない。

 声を聞いたわけではない。

 心を読んだわけでもない。

 

 卵へ触れた時

 燐のもとへ帰りたがっていると、自然に理解した。

 

 

『だから連れて帰った』

「だからって……」

『お姉ちゃんもするでしょう』

 

 

 さとりが黙った。

 

 

『お燐のところへ帰りたいお空が、沈みそうになってたら』

「……」

『お姉ちゃんも、手を入れるよ』

 

 

 否定しようとした。

 出来なかった。

 

 もし自分が、巨釜の縁にいたなら。

 卵から空の妖力を感じたなら。

 沈み始めるそれを前に

 安全な方法を探す余裕があっただろうか。

 

 恐らく、ない。

 

 第三の目を伸ばし

 両腕を入れ

 何としてでも引き上げる。

 

 こいしと同じことをしたかもしれない。

 

 

『ほら』

 

 

 こいしが笑った。

 

 

『否定しない』

「私は……」

 

 

 さとりは包帯を巻きながら、言葉を探した。

 

 

「それでも、貴女がしてよいことにはならないわ」

『お姉ちゃんは良くて、私は駄目?』

「そういうことではありません」

『同じだよ』

 

 

 こいしは、包帯に覆われていく両腕を見た。

 

 

『お姉ちゃんが私を大事にするのと

 お空がお燐を大事にしたのと

 私がお空の卵を拾ったの』

「全部同じだと言うの?」

『うん』

 

 

 迷いのない返事だった。

 

 

『大事だから、放っておけなかった』

 

 

 さとりは何も言えなかった。

 空は燐を守るため、すべてを使った。

 燐は空を失った後も、託されたものを守ろうとしている。

 

 こいしは、その二人を見ていた。

 

 心を閉ざしていても。

 言葉へ出されなくても。

 誰が誰を大切にしているのかは、分かっていた。

 

 

『お姉ちゃん』

「何?」

『お空とお燐のこと、好きでしょう』

「……従者として大切に思っています」

 

 

 反射的に、主としての答えが出た。

 こいしは首を傾げる。

 

 

『それだけ?』

「それだけです」

『嘘』

 

 

 第三の目を持たない妹に、即座に見抜かれた。

 

 

『家族だから好きなんでしょう』

「……」

『お空がいなくなった時、ずっと泣きそうな顔してた』

「泣いていません」

『泣いてなくても、泣きそうだったよ』

 

 

 こいしは、さとりの顔を覗き込んだ。

 

 

『お燐が自分を責めてた時も、本当は抱っこしたかったんでしょう』

「抱き締めました」

『もっとだよ』

 

 

 さとりには、妹の言う「もっと」が分からなかった。

 分からないふりをしたかった。

 

 

『お姉ちゃんは、皆のお姉ちゃんだから』

「私は貴女の姉よ」

『私だけ?』

 

 

 こいしの問いへ、さとりは答えられなかった。

 

 空も。

 燐も。

 

 従者。

 ペット。

 そう呼んできた。

 

 主として守り

 働きに報い

 必要な指示を与える。

 

 けれど、それだけではない。

 

 空が傷つけば、自分も痛かった。

 燐が泣けば、胸が締め付けられた。

 

 こいしと同じように。

 失いたくないと思った。

 

 

「……家族よ」

 

 

 小さな声だった。

 

 

「お空も、お燐も。私の家族」

 

 

 こいしが笑った。

 

 

『やっと言った』

「貴女に言わされただけです」

『でも言ったよ』

 

 

 さとりは最後の包帯を結んだ。

 

 

「これで終わり」

『ありがとう、お姉ちゃん』

「当分、散歩は禁止です」

『えー』

「特に巨釜へは絶対に近づかないこと」

『もう卵は拾ったから行かないよ』

「そういう問題ではありません」

 

『また何か呼んでたら?』

「その時は、まず私へ言いなさい」

『お姉ちゃんも手を入れるのに?』

「安全な方法を考えます」

『無かったら?』

 

 

 さとりは言葉に詰まった。

 

 

『ほら、また否定しない』

「こいし」

『なぁに』

「暫く黙りなさい」

『はーい』

 

 

 素直な返事。

 守るとは言っていない。

 誰かを思い出し、さとりは額へ手を当てた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 治療室を出ると、燐が卵を抱いて待っていた。

 

 黒い殻。

 赤と青の細い模様。

 

 燐は両腕へ大切そうに抱き

 何度も表面を撫でている。

 

 

「こいし様。ありがとうございます」

 

 

 涙の跡が頬に残っていた。

 

 

「本当に……ありがとうございます」

『よかったね、お燐』

 

 

 こいしは包帯だらけの腕を持ち上げた。

 触れようとして、痛みに顔を顰める。

 代わりに卵へ顔を近づけた。

 

 

『帰ってきたよ』

「はい」

『お空、お燐に会いたかったんだって』

 

 

 燐の目から、また涙が溢れた。

 

 

「そう、でしょうか」

『うん』

 

 

 こいしは理由を説明しなかった。

 燐も訊かなかった。

 卵を抱き締める腕へ、少しだけ力を込める。

 

 

「おかえりなさい、お空さん」

 

 

 卵が、小さく脈打った。

 燐の声へ応えるように。

 さとりは二人の姿を見ていた。

 

 燐。

 卵の中の空。

 隣にいるこいし。

 

 従者でも。

 ペットでも。

 

 もちろん、それだけではない。

 

 

『お姉ちゃん』

 

 

 こいしが、小声で呼んだ。

 

 

『皆、家族だね』

 

 

 さとりは妹を見た。

 包帯へ覆われた両腕。

 痛みを隠しながら笑う顔。

 

 

「そうね」

 

 

 今度は迷わず答えた。

 

 

「皆、私達の家族よ」

 

 

 こいしは満足そうに頷いた。

 そのまま、さとりの肩へ頭を預ける。

 

 

『痛いから、抱っこ』

「先ほどまで平気そうだったでしょう」

『お姉ちゃんが抱っこしたら、もっと平気になる』

 

 

 さとりは溜息を吐いた。

 けれど拒まなかった。

 

 包帯へ触れないよう、慎重に妹を抱き上げる。

 こいしは嬉しそうに首へ腕を回そうとして

 痛みにまた顔を顰めた。

 

 

「無理に動かさないの」

『はーい』

「返事だけではなく、守りなさい」

『それ、お空みたい』

「誰のせいだと思っているの」

『お空?』

「貴女よ」

 

 

 こいしが笑う。

 燐も、涙を拭いながら笑った。

 

 その腕の中で

 大きな卵が、もう一度静かに脈打った。




この二次創作におけるさとりは、あまり自分の考えを表に出さず
それを他者に押し付けないようにする傾向があります。
そういう姉に対して、本質を見抜いて、言いにくい事を言ってくれる。
良い意味で都合の良い存在だと思わされます。

相性が悪い人物の方が多そうですけど
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