オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。
緩やかに成長するお空と、急速に成長するお燐。
その違いに気づく者は未だ一握りであった。
それでは、どうぞ
『昨日の業務報告を致します』
「ああ、頼む」
約束を反故にしてしまった次の日。
やや気まずい心持ちで調整室に顔を出したが、
昨日の状況について話し始めた。余りに淡々とした態度のため、要らぬ不安が沸き起こる。
『以上です。何かご質問はございますか』
「いや、無い。それと・・昨日の事は、本当に済まなかった」
そう言って深々と頭を下げた。
『お止め下さい、お姉様。私は気にしておりませんから』
「そうだとしてもあたいの気が済まないんだ」
そうだ。炉の調整ミスも肝心な時に意識が散漫としていたから。初歩的な失態だ。
漸く頭を上げた所で、彼女のやや困ったように笑う顔が見えた。
『誰にでもある事です。それに炉があの状態になってからでも対処が出来た事は
私にとっても自信に繋がりますし、それを任せて頂いた事はお姉様からの信頼の証ですもの』
確かに誰にでもできる事ではなかった。それを問題なく片付けられたのは他ならぬ
彼女の高い技術力の賜物だ。
これなら今後の事は─
『で・す・が、流石に気が気ではありませんでした。もう急に一人にしたりしないで下さいね』
しまった。まただ。またも思考が飛躍してしまっていた。
クレスタもまだ見習い中の身。焦って取り返しのつかない事にならぬようしっかりと支えてあげなければ。こうして一緒に働くことを持ち掛けた者として、責任逃れに成りかねない。
「大丈夫だ。今後はこんな事が無いようにしよう。まだしばらくは存分にあたいを頼ってくれ」
『えぇ、もちろんです。お願いしますね、お姉様』
朗らかに笑う彼女に、こちらも漸く笑みがこぼれた。
クレスタ=エルウィンド
地底に住まうハーピー族。
はるか太古の頃は風を司る女神とも謂われていたが、その実態は下劣を極めるものだった。
人のように両腕を持たなかった彼女らは、両足の爪で食物や残飯を漁り、常に滓と汚物で
その顔を汚していたと云う。
かつては地上を縄張りにしていたクレスタは、次第に灯りを増す人間の土地から遠ざかるにつれ
自分らの生きる世界が無くなっていることに気付いた。そうして逃げ隠れるうちに幻想郷へ迷い込んだそうだ。
ヒトのように両腕を得た事もあり、本来なら安住の地を得たと喜ぶ所だったろうが、それからも隠遁の生活は続いた。
基本的に日本の妖怪が多く住まうこの世界において、同等の価値観を持つ者は一人として居ない。特に鳥系のモンスターたちは挙って綺麗好きが多かった事もあり、ハーピー達は再び迫害を受けた。
ニンゲンたちから向けられていた嫌悪の眼差しを、今度は同じ幻想の存在からも受ける事になったのだ。そんな彼女が地底に移り住むようになったのはむしろ必然と言えるだろう。
『あっ お空さん!・・とクレスタさん。どこかお出かけですか?』
丁度仕事終わりだったのだろう。お燐が荷車を押しながら戻ってきていた。
「ああ、食事の約束をしていたからな。これから向かう所だ」
『へぇ~いいですね』
そうだ、お燐も一緒だと親睦を深める良い機会になるのではないだろうか。
クレスタもきっと喜ぶだろう。
「お燐も一緒にどうだ?」
『えっ?! えぇと…その、アタシは用事というか…』
「む? もしやさとり様からの用事でも有ったのか」
『そう、そうなんです! だから残念ではあるのですが、また次の機会に─』
さとり様のお呼びとあらば邪魔するわけにもいかない。こうしてお燐に直々に用事を遣わすように
なったことは当初の目的を半ば達成したとも言える。非常に感慨深い。
クレスタも名残惜しそうにしているし、二人とも都合が合う日を確認しておかなければ。
『ええ、残念ですわ。またご都合の良い時にご一緒しましょうね、燐さん』
『はい・・是非』
お燐も心なしか気落ちしているように見える。何か土産でも買ってくるとしよう。
◆
お空さんとクレスタさんが見えなくなってから屋敷の中に入った。
それを見計らっていたように、二つの人魂が目の前に現れた。
「ヒダマ、カゼダマ…何で隠れていたの」
『何でって…なぁ?』
『そいつを聞くのは野暮ってモンだぃ』
いつもの調子でくるくると回りながら言葉を発している。隠れていた理由は実は分かっている。
「貴方たちはクレスタさんが苦手なの?」
『苦手っちゅうか、何ちゅうか』
『アレはダメだわ。近づいちゃなんねぇ雰囲気がビンビンすらァ』
「うん・・それは何となく判る」
焦熱地獄の調整窯を担当するお空さんの助手として働いているクレスタさん。アタシがここに来るより前から二人は一緒に仕事をしているという。詳しい話はあまり聞いたことがないが、地霊殿の居候になる前は色々とあったらしい。
お空さんも進んで話そうとしない所から、少々込み入った話であるのは察しが付く。そして何よりもあのクレスタさんからは言い知れない圧を感じる。単純に怖い。
先ほどお空さんが一緒に食事に行こうと誘った時もそうだ。内心では行ってみたいと考えたもののその瞬間に酷い悪寒を感じた。それを発している当人は一切表情を変えていなかった。
むしろお空さんと一緒に微笑んでいたようにも見えた。
だからアタシは嘘をついた。本当はお空さんに対して嘘をつきたくはなかった。でも仕方なかった。そうしなければ命の保証はないとばかりに、何かを予感させるものがあったからだ。
誘いを断った後のクレスタさんも妙だった。
表情は本当に残念そうなのに雰囲気は全然違っていた。
「お空さんは気付いているのかな。クレスタさんのあの感じは」
『判っててそのままにしてる気ィもするがなァ』
『いや、カシラはああ見えて抜けてるトコあるしよ。朴念仁ってヤツだ』
『エントランスで何を話し込んでいるの』
音もなく現れたさとり様に、心臓が止まりかけた。ヒダマ・カゼダマも同様であったように、ぴたりと動きが止まっていた。
『ヒトをお化けみたいに言わないの。地霊ならそこらじゅうに居るでしょう』
「た、只今戻りました。さとり様」
『ええ、おかえり。あともう少し帰りの挨拶が早ければ尚良かったわ』
「ごめんなさい・・」
至極
なんでも
『主たるもの、従者を労うことに余念があってはならない。
従者たるもの、主の寵愛はすべからく受けるべきである。そう思わない?』
『アネさんがやりたいだけじゃネェのかい』
『人聞きの悪い事を言わないの。それとその呼び方は変えるように言ったはずだけど』
『固ェこと言うナぃ』
ヒダマとカゼダマはまるで犬か猫かのように、さとり様のまわりをじゃれるように飛んでいる。
名付け親となったさとり様に対して恩義を感じていると言っていたけれど、こうして遊ぶ姿を見るとお空さんとは違う接し方もあるのだと気づかされる。想いや感じ方はヒトそれぞれなんだ。
『お燐はとても頭が良いのね。お空とは違うわ』
「い、いえ! アタシなんてまだ全然ですから!」
『私が褒めているのだから素直に受け取りなさい。それにお空を卑下したつもりもないのよ』
その言葉に少し首をかしげてしまう。お空さんと比べていたわけではない?
『こういう所は難しいわよね。いい、お燐?
お空と比べても、貴女の物分かりが良いのは確かなの。でもあの子にはあの子の良さがある。
それこそお燐には未だ無い、もしくは一生持ち得ないモノもある』
「例えば、何でしょうか?」
『それは教えてあげられない。貴女が自分で気づくことが大事なのよ。それにこういうモノは
例え主であっても私が勝手にひけらかして良いものではないからね』
何となくは判るけど、完全には理解しきれていない自分がいる。もどかしさすら覚えてしまう。
もっと色々なことを勉強できれば、さとり様が仰る事もちゃんと判るようになるのだろうか。
こちらが自問している事はもちろん、さとり様にも聞こえている。その事を証明するように先ほどよりもっと穏やかな表情をしながら、もう一度頭を撫でてくれた。自然と愛おしさを感じる手つきに思わずこちらの顔もほころんでしまう。
『晩ご飯にしましょう。今日は玉ねぎ抜きカレーよ』
「わぁい!ありがとうございます!」
『ヒダマ、カゼダマ。貴方たちもいらっしゃい』
『えっ今日はオイラもカレー食っていいのか!』
『おィバカやめろ』
アタシにもお空さんより役に立てる事がある。これまで助けてもらうばかりだった自分が
今度はお空さんを助けてあげるんだ。
具体的にはどうしていきたいかは分からない。でも意識するだけでこれまでと違う視点が
得られるとさとり様は仰ってくれた。もっともっと色んな事を頑張りたい。成長したい。
そして、さとり様にもお空さんにも沢山褒めてもらいたい。
カレーをおかわりしながら、そんなことばかりを考えていた。
◆
現在 カレーパーリィ なう
ジゴロお空が優雅に外食になんて行ってしまったから、お燐ちゃんと一緒にご飯を頂くことに。
あの二人が出かけることは事前に分かっていたので仕込みの方はバッチリ。
こいしのつまみ食い対策として、「お燐専用」の札を立てたから食べられる事はないはず。
どうでもいいけど、お燐ってばヒカゼコンビとやけに仲が良いのよね。
ここで働き始めた頃からあの二匹がちょっかいをかけてたのは知ってたけど
同じような境遇のせいか、お空や私に言えない事も気兼ねなく言い合えてるみたい。
羨ましいィっ 私にも言いなさいよ! 例えば言うに言えない飼い主の問題点とか!
って、やだ 私が飼い主じゃない。待った、今のは無しで。
でもつくづく思うわね。このお燐ってば、聡明すぎないかしら。地底妖怪にあるまじき
思慮深さだわ。この子が悩んでいる事は、鬼や人魂だったら「どーでもいい」で
片づけがちなのに、それに疑問を抱いて考察する。それも己の成長の為。
強いて言えばお空と私の為! もう一度言うわ、私の為! …涙が出そう。
だから思うこともある。お空にもお燐にも、自分がしたいと思うことをさせてあげたい。
頑固者で偏見屋のお空はともかく、お燐は自分の考えを持っている。それを抑え込まず
振舞えるように応援してあげるだけでいい。
そうなると先輩であるお空に対する引け目を感じるようになる。さとり様万歳!を
常に考えているあの朴念仁を、お燐は誰よりも優先している。この私よりも。
お燐の意識を変えてあげることは私が考えているより容易かもしれない。
だがお空の意識を変えることは、甚だ不可能とも言える。
彼女の意思を尊重しつつ、私への敬意を損なわず、それでいて自意識を
優先させるように諭す。ただの地底妖怪なら此処まで悩む事もなかったでしょうに。
こっちが難しい顔をしていたせいで、お替りを言い出せずにモジモジしているお燐に
優しく微笑みながらカレーをよそってあげる。特上の笑顔が返ってきた。可愛い。
あのバカラスのせいで荒みがちな精神には、この子の存在はありがたい。
お燐をこの地霊殿に招き入れた事こそ、お空の最大の功績と言ってもいいだろう。
初めはお空の補佐、行く行くはその代わりとなればと考えていた。今はそんな考えは毛頭ない。この子の長所や特色を見出し、それを伸ばしていく事が肝要なのだと、お空の教育振りを眺めていて気付いた。お空は本当に良くやってくれた。そろそろ次の段階へ移る頃合いだろう。
日頃からお空は、お燐を私の世話係にできないかを考えていた。もちろんそれもいい。私はお燐の事を信頼しているし高く評価している。思考がお空以外にも向き始めた、成長を促すならば今だと確信した。
この地霊殿を拠点として活動するにあたり、どうしても一人では手に余る。
優秀なパートナーが要る。お空のような強大な妖力を誇る”兵”ではなく、右腕となる”参謀”が。
この賢哲なる従者に、このまま死体漁りだけをさせるのは正に下愚の如し。勿体ない。
思わず零れそうになる嫌な笑みは、得意のポーカーフェイスに忍ばせ、その日の夕食を終えた。
こいし「ただ今より毒ガス訓練を開始する!」
さとり「やめなさい」
本作のオリキャラ、クレスタさん掘り下げ回。幻想入りする前は昔で言う汚ギャル暮らしをしていた模様。お空に憧れてイメチェンしたというエピソードが有ったり無かったり…
原作お空が世界征服を目指したのはさとり様の影響があったんじゃないかと思ってます。
(よければ、次もドウゾ。)