からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。

苦難や問題を先送りにしても無くなりはしない
いつか再び舞い戻り自分を苦しめる

それでは、どうぞ


第七話 「兆候」

 

ある日の終業後、お空さんとクレスタさんに連れられて旧都を訪れた。

どうやら何時ぞやの食事会を今日やろうというのだ。急ではあるが断る必要もない。

 

お空さん曰く、知り合いばかりだから心配いらないとの事。ならばこういう場でこそアタシが率先して動き、スムーズに進行しなければ、誘ってくれたお二人にも悪い。

まずは飲み物の注文から頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あのー…、飲み物の希望はありますか…?』

 

こちらの問いに対する返事は無く、個室の空気がひたすら重かった。

 

もう泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お空さんが一緒に食事に行こうと言っていたのは知っていたけれど、ヤマメさんとも約束をしていたのは店に着いてから初めて知った。アタシとしてもヤマメさんとまた会えるのは嬉しい。

「どうせなら一緒にやろうよ」と言い出したのはヤマメさんだったらしく、キスメさんも一緒に来てくれた。その二人の後ろ、アタシの見覚えのない方が付いてきているのが見えた。

 

今日の参加者の一人。水橋パルスィさん。

クレスタさんに似た雰囲気を持つ、アタシの苦手な部類の方だった。

 

 

 

今日は全員で六名。

まずアタシが飲み物について尋ねてみるが、クレスタさんとパルスィさんからは返事が返ってこなかった。そもそも視線を向けてもくれない。互いに目を合わせたまま、微動だにしないのだ。

 

見かねたヤマメさんが代わりに聞いてくれるというので、渋々ながら木台の側に座った。

出だしから役に立つことが出来なかった。もはや飲む気分にはなれない。

 

 『パルスィは元々ああいう奴だ。気にすることは無い』

 

そういってお空さんは背中をさすってくれた。テンションが一気に回復した。

これで持ち直すアタシは、やはりチョロイのだろうか…。

 

 

 

 『空は熱燗、お燐は麦酒。クレスタは・・クレスタで良いんだよね?』

 『ええ。お姉様と同じものを』

 『了解。あっとは─』

 『私は赤を頂戴』

 

皆の注文を伝票に書き留めているヤマメさんへ、パルスィさんがワインを頼んだ。

詳しくは知らないが、葡萄酒のことらしい。一度飲んでみたい。

 

そもそもこのパルスィさんの事を、アタシは良く知らない。聞くところによれば、旧地獄街から離れた位置にある橋を住処とする橋姫という妖怪らしく、お空さんやヤマメさんとも飲み仲間であるという。さらにはあの鬼の星熊勇儀さんに対して、物申すことができる人物であると、ヤマメさんが教えてくれた。

 

 

 

 

各々の飲み物が手に渡った所で、ヤマメさんが音頭を取ることになった。

 

 『今日は集まってくれてありがとう。

  顔見知りなのとそうじゃないのが混じった飲み会になっちまったけど、そんなの関係ないよ。

  ここに座った者同士、楽しく飲み、笑い合おうじゃないか。なぁ(うつほ)!』

 『ヤマメの言うとおりだ。こちらの都合で一緒になって申し訳ないと思うが

  皆あたいが良く知る者たちだ。こういう場で知り合う事もまた大切なんだと思う』

 

こちらの気持ちを察してか、お空さんはアタシに対して言っているようにも思えた。

この中では初対面のパルスィさんだけじゃなく、地霊殿に居候しているクレスタさんとも実は関りが少ない。

今日少しでもお話が出来れば、今後の関係も良好になっていけると思える。

 

 『前置きはこれくらいにして、さっそく─』

 『自己紹介って、乾杯後にやるわけ?』

 

ワイングラスを二本指で揺らしながら、パルスィさんが尋ねた。

クレスタさんの眉がわずかに歪む。

 

 『まぁそれでも良いかなって・・』

 『せっかくだし先にやらない?

  初めて会う顔も居るんだし、話しかけづらくなるわ』

 

場の流れをぶった切って話すパルスィさんに対し、ヤマメさんもお空さんも特に嫌そうな顔はしていなかった。元々からこういう性格なのだろう。鬼たちに対して意見できるというのも納得できる。

 

 『あー…、どうする空?』

 『確かにパルスィの言う事も一理あるな』

 『了解ー。皆もそれで良い、かな? それじゃ私からだね』

 

反対する意見も無かったため、一旦はグラス等を木台に置いてから自己紹介が始まった。

アタシは敢えてクレスタさんの方を見ないように努めることにした。

 

 

 『黒谷(くろだに)ヤマメだよ。いつもは街で飲んでることが多いかなぁ。

  今更な気もするけど、まぁ宜しくね。 あ、キスメも宜しくってさ』

 

ヤマメさんはキスメさんも含めた簡単な紹介をした。とはいえ今日の参加者でこの二人を知らない者はいないらしく、思いの外すんなりと終わった。

順番はどうなるのかと思っていると、隣にいたアタシではなく、反対側のパルスィさんに振られた。どうやらアタシの番が最後らしい。どうにも狙ってやったような気がしてならないが、気を遣ってくれたのだと思うことにしよう。

 

 

 『水橋(みずはし)パルスィ、橋姫よ。どうぞ宜しく』

 

パルスィさんの自己紹介は実に簡単なもので、自分が知り得ている情報以上は言われなかった。

席順では次にクレスタさんの番となる。嫌でも緊張してしまう。

 

 『クレスタ=エルウィンドですわ』

 

パルスィさんに負けず劣らずの簡素な紹介。むしろ名前しか言っていない。

何か横槍が入るかと思われたが、予想外にも何事もなく終わった。頬杖をついて上手く隠していたが、パルスィさんの口元が凄く笑っているように見えたのは、触れない方がよさそうだ。

 

 

 『霊烏路(れいうじ)(うつほ)だ。あたいも今更かも知れないな。

  普段は地霊殿に住まい、そこのクレスタと共に焦熱地獄の管理を行っている。

  そしてお仕えしているのが、心より敬愛する古明地さとり様だ。何しろさとり様は─』

 

お空さんの自己紹介は、それはもう今更感が凄いものだった。

むしろ自己の紹介というより、さとり様への忠誠心が漏れ出したスピーチだったからだ。

先ほどまで険悪だったクレスタさん、パルスィさんも、これには揃って同じ表情を浮かべていた。

 

 

そしてアタシの番が来た。

身長が高いお空さんは座っていても顔が近く、しかも期待に満ちた眼差しが気恥ずかしかった。それはヤマメさん、キスメさんも同様であり、何故かパルスィさんも目が笑っている。

唯一、普段通りの冷たい視線を向けるクレスタさんが一番気が楽だった。

 

 「か、火焔猫燐です。お空さんとクレスタさんと一緒に地霊殿で暮らしています。

  お仕事は焦熱地獄の燃料である死体運びです。まだまだ学ぶ事も多く、至らぬ点も多いですが

  アタシもさとり様のお役に立てるよう精いっぱい頑張りますので、宜しくお願いします!」

 『固すぎるぞ、お燐~』

 

ヤマメさんが茶化してくれた事ですぐに緊張がとけ、自然と笑みがこぼれた。

今日一番の拍手に包まれながら席に座り、改めて杯を持った。

 

 『もうあれこれ言わないよ。 乾杯っ!』

 

ヤマメさんの音頭で各々が杯を傾け、食事会が始まった。

それを見計らっていたように、店員さんが料理を盛った皿を木台に並べていく。前にヤマメさんたちと食べたものとは違う、なんとも豪華な見た目をしていた。

 

 『今日は空の顔を立てて、店側に頑張ってもらったよ。

  普段は出てこない品々だから味わって食べるよーに』

 

いわゆる特別メニューという奴だ。それだけでもお空さんの存在が地霊殿の外でも大きい事を証明している。クレスタさんと一緒にお礼を述べると、優しい笑顔で頭を撫でてくれた。

今日は良い日になりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

今更だが、自分は難儀な性格をしていると思う。

 

 

ヤマメとキスメが揃って食事に誘ってきた。相も変わらず楽しそうな連中。

・・妬ましい。

 

今日は勇儀たちではなく、(うつほ)と地霊殿の奴が一緒だとか。

・・何それ珍しい。

 

 

空が子猫を拾ったのは聞いていたけど、実際に目にしたのは()()()が初めてだった。

ちっちゃくて、若い。弱弱しい子猫。そんな子に濃厚な嫉妬を抱いていたのが若干二名。

鬼と蜘蛛。本当に大人気(おとなげ)ない。

 

その子猫─ 燐も一緒だというのでヤマメの様子を観察してみるが、どうした事か。

嫉妬を感じない。むしろ慈しみを抱いている。訳が分からない。一体何が有ったのか。

・・妬ましい。

 

そうなるとこの食事会の何とつまらない事か。今からでも勇儀を呼ぶべきか。きっと面白い感じになるだろう。

・・キスメに睨まれたから止めにした。

 

 

 

 

三人で待っているところへ、空がやってきた。子猫と若鳥を連れて。

思わず目を見開いてしまった。これはいい。良い獲物がやってきた。溢れんばかりの劣情、嫉妬。

しかも面白い事に、燐に対して向けられている。この猫は肥溜め体質か何かか。

 

若鳥の名前は聞いたことがない。確かハーピー族であったはずだ。

奴の出方を見るためにも少しかき乱してみるとしよう

 

 「自己紹介って、乾杯後にやるわけ?」

 

飲みの席で名を確認するのに都合のいい文句を口にする。すると、思わぬ反応を得た。

さっきまで燐に向かっていた感情が一気にこちらに刺さってきた。僥倖、僥倖。

 

クレスタ=エルウインド。

たったこれだけの言葉で反発してみせるとは、獲物として上々だ。精々堪能するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

良い感じに酔いが回ったヤマメさんが、お空さんにベッタリと抱き着いているのを見て、アタシは当初の目的を思い出した。今日初めて会ったパルスィさん。そして会話の機会がなかったクレスタさんと親睦を深めるという目的を。

 

特にクレスタさんについてはこれからもっと関わることも増えていくはずだから、こういう場で話が出来ないと職場での会話なんてもっと難しくなる。

ヤマメさん達に向かって鋭い視線を送っているのは、この際無視しよう。アタシはクレスタさんに近寄り、お酌を試みた。

 

 「ご挨拶が遅くなって済みません。どうかこれから宜しくお願いします」

 

一瞬怪訝な顔をするものの、特に払いのけるような事もせず、お酒を注がせてくれた。

お空さんが側にいないだけで途端に態度が変わるヒトだが、今は同じ部屋にいるという事もあり、さほど表情を変えたりはしない。そういう所は判りやすいとも言える。

 

 『先日の件も兼ねての食事会ですから、燐さんが気負う必要はありませんわ』

 「そうですね、ありがとうございます。おかげ様で楽しく過ごせています」

 『楽しんで頂けているのなら何よりです』

 

こうして話しているだけなら本当に低姿勢な良い方だと思える。こういった丁寧な話し方も地底ではあまり聞かない。しかしお淑やかなこの態度も、()()()()()()()が大前提となっている事が残念でならない。

アタシと二人で居るときでも、こうしてお話しして貰えたら目的達成と言えるのだが。

 

 「クレスタさんは楽しめていますか」

 『いえ、(わたくし)の事はお気になさらず』

 「でもヤマメさん達とあまりお話しされていない様なので…」

 『私の事はお気になさらず』

 「その・・」

 『お気ニナサラズ』

 

マズイ。眼がオカシイ。

視線を追うと、ヤマメさんがさっきよりも濃厚な絡み方をしていた。体をくすぐる振りをして、服の隙間から指を這わせ、肢体の感触を楽しんでいる。傍から見ればお空さんがヤマメさんに強姦されているようにも見える体勢だ。

 

いつもであれば羨ましいとも思える光景も、今この時だけは正に地雷としか言いようがなかった。

 

 

 『楽しめているか。貴女はさっきそう言いましたね』

 

二人の周囲の温度だけが明らかに変わった。

 

 「あの・・クレスタさん」

 『嗚呼、良いですわね。貴女は楽しむことが出来て。 ワタクシにはとても無理ですわ。

  あんな低俗な輩に身を汚されるお姉様を見て、何を楽しめというの。ただ只悲しい。

  すぐにでも御側に駆け寄って、奴らを蹴散らしてやりたい。ですがアレでもお姉様のご友人。

  危害を加えればお姉様が悲しみます。それではワタクシの気が晴れない。

  ・・どう楽しめと?』

 

互いの鼻が触れ合おうという程の距離で、早口に捲し立てるクレスタさん。

他の人には聞こえないように声量を絞っているため、彼女の異変には誰も気づかない。

向こうではヤマメさんの捕食が続いている。こちらは本当の意味で捕食されかけている。

 

 

 『()()()()()()ところに悪いわね』

 

そこへ救世主が降臨した。

 

 「パルスィさん…」

 『燐とお話ししたいと思ってね。少し時間をもらえる?』

 

嫌悪感を一切隠そうとしないクレスタさんの目が、パルスィさんから足元へ移る。そこには頭頂部に巨大な打撃痕(たんこぶ)を付けたヤマメさんが転がっていた。明らかにこのヒトの仕業だ。

 

 『後で交代してもらうつもりだけど・・クレスタ、貴女は空の所で待っててくれないかしら』

 

見開いた目に、徐々に光が戻っていく。

クレスタさんはパルスィさんの言葉から真意を悟ると、未だ服装が乱れたままのお空さんの元へ駆けていった。

 

 『どいつもこいつも 世話の焼ける…』

 「あの、ありがとうございました。お陰で─」

 

ホッとしながらお礼を口にするアタシの額に、強烈なデコピンが飛んできた。

 

 『阿呆。アンタがやらなきゃいけない事でしょうが。私の手を煩わせるんじゃないの。』

 「す、スミマセン…」

 

未だ涙目のアタシにパルスィさんは透明なワイングラスを手渡してきた。

あまりに脈絡のない行動だったため、額を押さえたまま固まってしまった。

 

 「あの・・」

 『飲みたそうにしてたでしょ。ほら』

 

彼女の身振りからワインを注いでくれるのだと判断し、グラスを傾けて差し出す。

確かに飲んでみたいとは思っていたが、まさか見抜かれてしまう位に凝視していたのだろうか。

恥ずかしい。

指一本分が注がれたワイングラスを見つめながら、わずかに顔が熱くなるのを感じた。

 

 『まずは香りを楽しみなさい。それから味わう』

 「色とか見るんじゃないんですか?」

 『どうせ見ても分かんないでしょう』

 「おっしゃる通りです…」

 

木の実を磨り潰してから、十分に熟成させたような匂いがする。これがワインなんだ。

米酒や麦酒とは全然違う。何となく、さとり様が好きそうな感じがした。

 

 『あれから勇儀たちには会った?』

 

思いも寄らない名前が飛び出し、口に含んでいたワインを吹き出しかけた。

 

 「い、いえ。まだ・・」

 『ふぅん。向こうが避けてるって訳じゃないでしょうし、アンタが会わないようにしてるの?』

 「それも有るかもしれません」

 

パルスィさんはもう一口、ワインを口に含み、静かに飲み込んだ。

 

 『気持ちは判るけど、いつまでも逃げていられないわよ』

 「…はい」

 『あいつ等はバカだけど悪い奴じゃない。それは覚えておきなさい』

 

そう言うと未だ飲み掛けだったアタシのグラスを引ったくり、お空さんの所へ向かっていった。

満足には飲めなかったが、「アンタには早い」と暗に言われた気がして、文句も言えなかった。

 

 

パルスィさんが向かったことでクレスタさんが戻って来るかと思っていたが、個室の隅で丸くなって寝ているのが見えた。どうやらお空さんと二人きりで飲めたのが嬉しかった様で、途中で落ちたらしい。

別人かと思う位に寝顔が安らかだ。

やっぱり気を張りすぎていたのだろうか。お空さんもそう思ったからこそ、クレスタさんの事を想って大人しく寝かせてあげたのかも知れない。

 

 

 

 『うぅ~・・おりん~』

 「あ、ヤマメさん。気が付きましたか」

 

脳天を割られたヤマメさんがのそのそと起きてきた。

キスメさんが差し出した水をぐびぐびと飲み干す姿に、一瞬だけ性別を疑い掛ける。

 

 『あたまがメッチャいたいんだけど…。飲み過ぎたかも知らん…』

 

お酒のせいでないのは明白だったが、キスメさんが口の前で人差し指を立てたのが見えたので、アタシも黙っている事にした。しばらくは思い出し笑いを我慢することになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今日は月が綺麗ですね』

 「? ここじゃ月なんて見えないだろう」

 

クレスタを寝かしつけた所へ、パルスィが葡萄酒を片手に現れた。

既に酔っているのか、意味不明な事を口走っている。こいつも寝かせた方がいいか。

 

 『ちっ、風情が無いわね』

 「風情を感じるようなセリフだったのか?」

 『アンタに期待した私がバカだったわ』

 

どうやらいつもの調子らしい。パルスィが憎まれ口を叩く内は心配する事は何もない。

 

二つ持っていたグラスのうち一つを受け取り、ワインを戴く。見事な赤だ。

焦熱地獄で燻っている炎よりも濃い色をしている。

 

 「今日は楽しめたか」

 『冗談じゃないわね』

 「そうか、良かった」

 

パルスィの返事は「そこそこ良かった」時のものだ。それだけで開催した甲斐があったというもの。特にお燐とは是非とも親睦を深めて欲しいと思っていたため、上手くいってホッとしている。

 

お燐については勇儀たちとも話す必要があった。しかし未だ時期尚早であると言える。

然るべき時に、然るべき状況で話す場を設けなくてはならない。そういう時にパルスィという存在は無くてはならない。味方は多いに越したことはない。

 

 『アンタが考えている事を当ててあげようか』

 「当てなくていい。顔に出るように心掛けてる。」

 『…本当につまんない。古明地さとりの時はともかく、どうして燐に入れ込む必要があるのよ』

 

パルスィにしては珍しく、わざわざ問い質そうとしてくる。我関せずを徹底する人物であったと記憶していたが、あたいの記憶違いだろうか。きっとそうだろう。

あたいは物忘れが激しいからな。

 

 「ヤマメも同じ事を悩んでいた。だが今ではあの様子だ」

 

木台の向こう。目を覚ましたヤマメの介抱を、キスメと一緒になってしているお燐が見えた。

きっかけは他者であったとしても、交際を続けられているのはお燐の人柄に拠るものだ。

横目で見るパルスィは判りやすい溜息を洩らした。

 

 「パルスィにもきっと判る。あたいはそう信じてる」

 『何それ。私の事分かった風な口きいて』

 「判るさ。仲間だからな」

 『…ホント、妬ましい』

 

きっと今なら自然に笑えていると思う。

お燐の為になる事であれば、あたいはどんな事だって出来る。

 

例えそれが 命を懸けることであろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はお空もお燐も食事会に行くというので、一人で晩ご飯である。

地霊殿にはもう一人、”古明地”姓の子が居たはずだけど、一緒に食べる事なんて滅多にない。

 

用意が出来てから呼びに行くと「今行くー!」と返事はあるのだが、今まで来た試しがないのだ。

一通り食べ終えてから片づけていると、「何で呼んでくれなかったの?!」と言われる。

もはや慣れた。

 

 

 『(ごしゅじん、さみしそう。だいじょうぶ?)』

 「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 

食卓に上ってきた小鳥がこちらを見上げている。

心配そうな顔を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。相変わらず可愛い。

椅子の下では大きな猪が鼻を鳴らしながらうろついている。

 

 『(いざとなれば(それがし)、何時でもこの身を捧げるで(そうろう))』

 「食べないって言ってるでしょ。私はベジタリアンなの」

 

他にも数匹の動物たちが、食事の邪魔にならない距離で話しかけてくる。

こうして一人で食べているときは様子を見ながら気遣ってくれる。良い子たちだ。

一部どうしても食べられたがっている子がいるのが悩みの種だが。

 

 

食後の紅茶に舌鼓を打っているところへ、カゼダマが飛んできた。

いつも赤青の二色セットで飛び回っている彼らだが、今日は単色飛行となっている。

 

 「あら、カゼダマ。ヒダマは一緒ではないの?」

 『どぉにも調子が悪くってなァ。休ませてるんでサァ』

 「珍しいわね。人魂も風邪をひくのかしら」

 

いつもは飄々とした性格のカゼダマだが、心なしか神妙な雰囲気を纏わせている。

 

 『あァ、ソレと関係が有るかは分かんねぇだが…』

 「何か心当たりが?」

 『”大釜”の近くを通ると変な感じがしてな』

 

大釜とは、今では使われなくなった焦熱地獄の火の釜である。とは言え、本当に釜の形をしているのではなく、地面に大きくあいた溶岩溜まりのようになっている。

以前、底に溜まった怨念が怨霊となって吹き出し、辺り一面を文字通り火の海にした事があった。

お空が体を張って鎮め、今の平穏が保たれた事は地底に住む者なら知らない者はいない。

 

 「まさか…釜がまた暴走しそうなの?」

 『何とも言えねぇ。姐さん、カシラに調べてもらうよう頼んじゃくれねェか』

 「ええ、もちろんだわ。知らせてくれてありがとう、カゼダマ」

 

こちらが礼を言うと、ふるふると揺れた後で飛び去った。

ヒダマの元へ戻っていったのだろう。

 

 

 

ここにきて厄介な問題に直面し、頭を抱えた。まさか再び釜の暴走が起こりうるとは…。

大釜と言うだけあって規模は大きく、尚深い。底には未だに大量の怨霊が蠢いている事だろう。

 

前回の暴走では、怨霊の発生源を突き止めることは出来たものの、完全な根絶には至らなかったらしく、当時のお空でさえ仮の”蓋”をする事で火や溶岩の噴出を抑えるに至った。

しかし釜に溜まった火は第六地獄の名に違わぬ業火。底まで潜ろうとすれば例え地獄烏のお空でさえ無事ではいられず、結果として妖力の半分近くを消失してしまう事となった。

 

 

 - さとり様や皆を守られて良かったです

 

そう言って苦しそうに笑っていた顔を思い出す。もうあんな思いは沢山だ。

お空だけに辛い思いはさせない。皆で解決できる方法を考えよう。

 

私たちは家族なのだから。

 

 

 

 




<補足>
身体の欠損などは基本的に回復しますが、失った妖力は戻りません。
もしくは回復までとても長い年数を有する(という設定です)
そのため空は、さとりのペットになった当時よりずっと弱体化しています。

個々の感情に翻弄されながらも穏やかに流れる時間。
そこへようやく物語の「転」がやってきます。


                    (よければ、次もドウゾ。)
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