からすとこねこ   作:ビーグル

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この作品は、東方Projectの二次創作です。
オリジナル展開、オリジナルキャラの要素を多分に含みます。
それでも良いと言う方は、ぜひ一読下さい。


言われるうちが華という言葉は、言う側の言い分である
言われる側にとってはその価値すら判らない事の方が多い


それでは、どうぞ


第九話 「継火」

 焦熱地獄の制御室には、朝も夜も無い。

 

 地上の者は陽が昇れば目を覚まし、沈めば眠りに就くという。

 しかし此処に差し込むものは陽光ではなく

 古くから地の底で燃え続ける、罪人を灼くための炎だけだ。

 

 故に時を知るには、定められた鐘の音を頼るほかない。

 その鐘が三度鳴る頃には制御室へ入り

 五度目が鳴る前に前任者から引き継ぎを受ける。

 

 それが、今日までのお空さんの日常だった。

 

 そして今日からは─

 

 

『お燐。制御室では、あたいの指示があるまで勝手に何かへ触れるな』

「はいっ!」

『分からない事があれば直ぐに聞くこと。分かった振りは絶対にするな』

「はい!」

『異常を見つけても、まず報告だ。自分だけで解決しようとするな』

「はいっ!」

『返事だけで分かった気になるな』

「はい! ……あ」

 

 

 反射的に返事をしてから、今まさに言われたことを自分がやってしまったと気付いた。

 お空さんの眉が僅かに上がる。

 

 怒られた。

 そう思って身構えたけれど、すぐに口元が緩んだのが見えた。

 

 

『まぁ良い。緊張しているのは分かっている』

「す、すみません」

『謝る必要はないさ。今日は見学が主だ。

 此処でどういう仕事をしているのか、それを知ってくれればいい』

 

 

 お空さんの口調は普段よりも少し硬かった。

 アタシを怖がらせたい訳ではない。

 此処での仕事が、それだけ危険を伴うものなのだと伝えようとしているのだろう。

 

 いつもなら褒めてもらいたくて、多少分からないことでも「出来ます」と口にしてしまいそうになる。

 けれど今日は、それをしてはいけない。

 

 お空さんに近づくための仕事だからこそ、お空さんの言葉を正しく守らなくてはならない。

 そう言って、お空さんは制御室の扉へ手を掛けた。

 

 地霊殿の真下。

 焦熱地獄の火を管理するために作られた調整区画。

 

 死体を運ぶ途中で何度か入口までは来たことがあった。

 けれど、中へ入るのは今日が初めてだった。

 普段は固く閉ざされている鉄扉。

 その向こうでお空さんが何をしているのか、想像したことは何度もある。

 

 炎を相手に力を振るっているのだろうか。

 巨大な釜を直接押さえ付けているのだろうか。

 アタシの中では、どうしても「強いお空さん」らしい仕事ばかりが思い浮かんでいた。

 

 重い鉄扉が、地鳴りにも似た音を立てて開いていく。

 途端に、熱を含んだ空気が顔へ押し寄せた。

 

 

「熱っ……!」

『まだ入口だぞ』

「これで入口なんですか?!」

『奥へ進めば少しは涼しくなる。此処は廊下の熱が籠もりやすいんだ』

 

 

 お空さんは何でもないように歩き始めた。

 地獄烏である彼女には、この程度の熱などそよ風と変わらないのだろう。

 こちらの驚きが大げさだと笑うこともなく、振り返りながら歩調だけを僅かに緩めてくれている。

 

 そういう所へ直ぐに気付いてしまう自分が、少し恥ずかしい。

 それでも嬉しいと思う気持ちまでは、どうしても抑えられなかった。

 

 

 

 後ろから付いていくと、石造りの通路の先に大きな部屋が現れた。

 

 壁一面に並ぶ円形の計器。

 太い管が天井や床を這い、幾つもの弁や把手へ繋がっている。

 中央には、アタシが両腕を広げても到底足りないほど大きな制御盤が鎮座していた。

 

 力任せに炎を押さえ付けるような場所ではない。

 整然と並べられた道具の一つ一つを読み、

 僅かな変化を見逃さず、

 必要な場所へ必要なだけ手を加える。

 

 そこに求められるのは力だけではなかった。

 計器の針は一つとして止まっていない。

 左右へ揺れたり、ゆっくり回ったり。

 何を示しているのかも分からない数値を、針が絶えず指し示している。

 

 どれか一つでも見落とせば、地底の何処かで炎が溢れ出すのかもしれない。

 そう考えた途端、先ほどまで単に珍しいと思っていた景色が、急に恐ろしく見えてきた。

 

 

 

「……凄い」

 

 

 思わず、それしか言葉が出なかった。

 

 普段、お空さんは此処で働いている。

 地底の奥深くで燃え続ける炎を見張り、

 地霊殿だけでなく、旧都の方へ流れる熱まで調整している。

 

 強くて、たくさんのヒトから慕われて、

 さとり様からも絶対の信頼を寄せられている。

 今までは、その強さが理由なのだと思っていた。

 

 けれど本当は、それだけではない。

 誰にも見られていない場所で毎日この計器と向き合い、地底の暮らしを守り続けてきた時間がある。

 その積み重ねが、皆の知る霊烏路空という妖怪を作っている。

 

 

『お燐』

「はい!」

『入口で止まると扉が閉められない』

「すみません!」

 

 

 慌てて部屋へ入り、扉を押し戻す。

 重い。

 両手だけでは全く動かない。

 足を踏ん張り、背中まで使って押していると

 横から伸びた手が、いとも簡単に扉を閉めた。

 

 

『無理をするな。腰を痛めるぞ』

「これくらい平気です」

『平気な奴は、そんなに顔を赤くしない』

「これは暑いからです!」

『そういうことにしておこう』

 

 

 完全に子供扱いされている。

 確かにお空さんと比べれば、身長も力も全然足りない。

 お空さんなら何でもなく出来ることに、アタシは身体全部を使わなければならない。

 

 だからといって、いつまでも助けてもらうだけでは駄目なのだ。

 今日こうして連れてきてもらったのも、アタシが一歩ずつ、お空さんへ近づいている証なのだから。

 出来ないことを恥じるよりも、出来るようになるために覚える。

 まずはそう考えなくてはならない。

 

 

『随分と気合が入っているようですわね』

 

 

 制御盤の向こう側から、クレスタさんが姿を現した。

 手には厚い記録帳を抱え、見慣れた眼鏡を指先で直している。

 

 相変わらず、とても静かな笑顔だった。

 その微笑みだけを見れば、地底では珍しいほど物腰の柔らかな女性に見える。

 しかしアタシは既に知っている。

 クレスタさんを見る時は、顔だけを見てはいけない。

 声と、目と、周囲の空気。

 出来るならば、お空さんとの距離も合わせて確認しなければならない。

 

 

「本日からお世話になります。宜しくお願いします、クレスタさん」

『ええ。精々、お姉様のお手を煩わせないよう励んで下さいな』

「はい!」

『…………』

「…………?」

『素直で結構ですわ』

 

 

 何故だろう。

 褒められたはずなのに、背中を冷たい指でなぞられたような感じがした。

 

 けれど今日は、お空さんが直ぐ側にいる。

 以前の食事会の時とは違い、クレスタさんから感じる圧も幾分か弱い。

 これなら何とかやっていけるかもしれない。

 

 

『クレスタ。昨日までの記録を見せてくれ』

『こちらです、お姉様』

 

 

 声が甘い。

 

 今までアタシに向けていたものとは、明らかに濃度が違う。

 糖蜜に砂糖を溶かし、さらに煮詰めたかのような声だった。

 

 お空さんは全く気付いていない様子で記録帳を受け取り

 頁をめくりながら計器の数値と見比べている。

 

 

『第三区画の圧が少し高いな』

『昨夜から上昇傾向にあります。ただし許容範囲内ですわ』

『排熱路は』

『異常ありません。念のため、第二弁を半分開いております』

『良い判断だ。後で一緒に見に行こう』

『はい、お姉様』

 

 

 クレスタさんが嬉しそうに微笑む。

 本当に、こうして働いているだけなら頼もしいヒトなのだ。

 アタシも早く二人の会話へ加われるようになりたい。

 

 

『お燐、こっちへ』

「はいっ」

 

 

 お空さんに呼ばれ、制御盤の前へ立つ。

 目の前には同じような計器が何十個も並んでいる。

 先ほど遠くから眺めた時よりも、一つ一つが大きく見えた。

 

 これを全て覚えるのかと思うと目眩がしそうになる。

 けれど、お空さんもクレスタさんも、初めは何も知らなかったはずだ。

 最初から全て出来る者はいない。

 それはお空さんが何度も教えてくれたことだった。

 

 

『まず覚えるのは、この三つだ』

 

 

 お空さんは左から順に指を差した。

 

 

『これは釜の温度。隣が内部の圧力。最後が火勢だ』

「温度と火勢は違うんですか?」

『違う。温度が低くても、火の勢いだけが強くなることはある。

 反対に炎が大人しく見えても、釜の底に熱が溜まっている場合もある』

「見た目だけで判断してはいけない、ということですか」

『その通りだ』

 

 

 お空さんが、嬉しそうに頷いてくれた。

 たった一つ質問をして、答えの意味を口にしただけ。

 それでも胸の奥が暖かくなる。

 

 気持ちが先走り、次の説明を聞く前に帳面へ書き込みそうになる。

 慌てて手を止め、お空さんの言葉が終わってから、忘れないよう一つずつ書き留めた。

 

 

『釜は一つ一つ別に管理されているが、完全に独立している訳ではない』

「繋がっているんですか?」

『底の方でな。熱も霊気も、岩盤の隙間を通って別の釜へ流れる。

 一つが荒れれば、全く離れた釜に影響が出ることもある』

 

 

 お空さんの指が、制御盤に刻まれた古い線を辿る。

 枝分かれした線の先には、それぞれ小さな円が描かれていた。

 一つ一つが釜を示し、その間を走る線が熱や霊気の流れを表しているらしい。

 

 今までは焦熱地獄と聞けば、巨大な炎の海が一つ広がっているのだと思っていた。

 実際には幾つもの釜が地の底で繋がり、互いに影響を与え合っている。

 

 その中でも、端にある一つだけが他より大きく、黒く塗り潰されている。

 

 

「これは……」

『巨釜だ』

 

 

 先ほどまで柔らかかった声が、僅かに硬くなった。

 

 

『今は使われていない。だが死んだ訳じゃない。

 あそこが荒れれば、他の釜にも何が起こるか分からない』

「昨日、調査へ行った場所ですよね」

『ああ』

 

 

 短い返事。

 それ以上は聞くべきではない気がした。

 

 お空さんが巨釜で大きな傷を負ったことは知っている。

 さとり様も、詳しいことを話したがらなかった。

 

 黒く塗られた円を見ているお空さんの横顔には

 アタシの知らない時間が映っているように思えた。

 

 

『お姉様』

 

 

 クレスタさんの声で、お空さんが顔を上げた。

 

 

『第三区画の数値が上がっています』

『……本当だな。お燐、よく見ておけ』

 

 

 温度を示す針が、僅かに右へ進んでいる。

 許容範囲を示す白い印には届いていないものの、先ほど見た時より確実に数値が高くなっていた。

 

 ほんの僅かな違いだ。

 教えてもらわなければ、アタシには針が動いたことすら分からなかったかもしれない。

 

 

 

『第三区画の上昇は、巨釜の影響でしょうか』

『まだ分からない。だからこそ、普段と違う動きは全て記録する。

 直接関係が無いように見える変化でも、後になって繋がることがあるからな』

 

 

 クレスタさんは直ぐに記録帳を開き、現在の数値と時刻を書き込んだ。

 原因が分からないから何もしないのではない。

 分からないからこそ、分かるための材料を残す。

 それもまた、この場所を守るために必要な仕事なのだ。

 

 

『こういう時、いきなり大きな弁を開けてはいけない』

「どうしてですか?」

『溜まった熱が一気に流れ、別の区画を傷める可能性があるからだ。

 まず小さい方を少しだけ開き、数値の動きを見る』

 

 

 お空さんは、並んだ把手のうち最も小さなものを握った。

 ゆっくり、ほんの僅かに回す。

 

 壁の奥で、低く唸るような音が響いた。

 同時に天井の管が震え、熱い蒸気が別の経路へ流れていく。

 

 温度計の針は直ぐには下がらない。

 しばらく同じ場所で揺れた後、少しずつ左へ戻り始めた。

 

 

『焦るな。釜は大きい。こちらの操作が反映されるまで時間が掛かる』

「はい」

『動かないからといって、続けて弁を開けるな。開け過ぎれば今度は温度が下がり過ぎる』

「はい」

『そして一つの計器だけを見るな。温度を下げれば圧力が変わる。火勢も変わる。

 必ず全体を見るんだ』

 

 

 一つの変化に気を取られず、周りを見る。

 

 さとり様にも、同じようなことを言われた気がする。

 何かを一生懸命にやるほど、アタシは他のものが見えなくなる。

 それは仕事でも、ヒトとの関係でも同じなのかもしれない。

 

 

『お燐』

「はい?」

『今、別の事を考えていただろう』

「ど、どうして分かったんですか?!」

『計器ではなく、あたいの顔を見ていたからな』

 

 

 しまった。

 さとり様でなくとも、この程度は分かってしまうらしい。

 むしろ、お空さんだからこそ分かったのかもしれない。

 長い間アタシを見てきたお空さんなら、少しくらい表情を隠した所で意味は無いのだろう。

 

 

『考えることは悪くない。だが仕事中は、目の前の釜を優先しろ』

「はい。気を付けます」

『ん』

 

 

 叱られたのに、頭を撫でられた。

 どちらの意味で受け取ればいいのか分からない。

 

 でも、きっと両方なのだろう。

 

 

『随分とお優しいのですね、お姉様』

『初日から怯えさせても仕方ないだろう』

『ワタクシの初日は、弁を一つ間違えただけで三時間も壁際に立たされましたが』

『あれは間違えた弁を、確認せずに開けたからだ』

『結果として何も起こりませんでしたわ』

『何か起きてからでは遅い』

『まぁ。燐さんには随分と寛大ですこと』

 

 

 クレスタさんは笑っている。

 笑っているのに、眼鏡の奥が笑っていない。

 先ほどまで仕事へ向けられていた冷静な眼差しが、今は真っ直ぐアタシへ向けられていた。

 

 アタシはそっと、お空さんから一歩離れた。

 

 

『お燐、どうした』

「いえ。全体を見る練習です」

『感心だな』

『……そうですわね』

 

 

 クレスタさんが、こちらへ一歩近づいた。

 アタシはさらに一歩離れた。

 

 近づく。

 離れる。

 

 近づく。

 離れる。

 

 

『二人とも、何をしているんだ?』

「訓練です」

『ええ、訓練ですわ』

『そうか。足元には気を付けろよ』

 

 

 違う。

 そうじゃない。

 

 制御盤の向こうで、クレスタさんの口元だけが笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 お空から念話が届いたのは、昼食を終えた頃だった。

 

 正確には念話というより、制御室に設けた呼出し管から

 お燐が初日を無事に終えたとの報告が届いたのだけど。

 

 

『お燐は理解が早く、質問も的確でした。

 初日としては申し分ありません』

 

 

 そうでしょうとも。

 誰が見込んだ子だと思っているのよ。

 

 

『ただ、少々気負いが見られます。

 今後もあたいが責任を持って指導しますので、ご安心下さい』

 

 

 そこが心配なのよ。

 

 お空は極端だ。

 出来ない者には出来るまで付き添う。

 出来る者には、もう一人で出来ると思い込む。

 

 しかも本人は、そのどちらも相手を信頼してのことだと思っている。

 悪気が無い分、注意しても直りにくい。

 

 クレスタの時もそうだった。

 あの子が表面上は器用にこなすものだから

 お空は早々に自分と同じ場所まで来たと判断してしまった。

 

 その結果が、あの超絶依存ハーピーである。

 

 私の顔を見るたび罵詈雑言を飛ばしてくるのも

 半分くらいはお空の教育に原因があるんじゃないかしら。

 残り半分は元々の性格ね。間違いない。

 

 

「お燐は今どこにいるの?」

『クレスタと一緒に、器具の片付けをしています』

 

 

 ……大丈夫かしら。

 

 第三の目を制御室の方角へ向けてみる。

 距離があるため、明確な思考までは読み取れない。

 

 ただ、何となく。

 

 暗い廊下の向こうから

 助けを求める猫の気配がしたような気がした。

 

 

「お空」

『はい』

「片付けが終わったら、お燐を真っ直ぐ帰しなさい」

『クレスタが復習をすると言っていましたが』

「真っ直ぐ、帰しなさい」

『……畏まりました』

 

 

 やれやれ。

 

 右腕となる参謀を育てるつもりが

 その前に羽根を毟られては堪らない。

 

 ……猫だから毟られる羽根は無いわね。

 細かいことはいいのよ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 初めての仕事を終え、制御室を出た。

 

 結局、最後に覚えられたのは計器の読み方が三つ。

 弁の名称が五つ。

 異常を見つけた時の手順が四つ。

 

 帳面を読み返せば、同じ言葉が何度も書かれている。

 書き間違えた箇所もあり、後半になるほど字が小さく歪んでいた。

 全てを理解したとは、とても言えない。

 けれど今朝まで何も知らなかった場所が、少しだけ形を持って見えるようになった。

 

 そしてクレスタさんと二人きりになってはいけない理由が、一つ。

 

 こちらについては、今日一日で十分過ぎるほど理解できた。

 

 

『お燐』

「はいっ!」

 

 

 後ろから声を掛けられ、反射的に姿勢を正した。

 お空さんは何かを大切そうに両手で持っている。

 

 

『今日のことを忘れないよう、これを渡しておく』

 

 

 差し出されたのは、使い込まれた小さな手引書だった。

 表紙の文字は擦れ、その下には何度も書き直した跡がある。

 紙を綴じている糸も新しいものへ交換され、角には別の紙を貼り付けて補強した跡が残っていた。

 

 単に古いのではない。

 壊れそうになる度に直し、使い続けてきたのだ。

 

 

「これ、お空さんの?」

『あたいが初めて此処を任された時、さとり様から頂いたものだ』

「そんな大切な物を、アタシに…?」

『今はお前が持つ方が役に立つ。分からない時は、それを読め』

 

 

 両手で受け取る。

 表紙から、お空さんの匂いがした。

 焦熱地獄の煙と、古い紙と、僅かな羽根の匂い。

 

 何度も読み返し、何度も此処へ持ち込んだのだろう。

 頁の端は丸くなり、所々に黒い指の跡が残っていた。

 その汚れ一つ一つが、お空さんの過ごしてきた時間なのだと思った。

 

 嬉しいだけでは済まされない。

 これを受け取るということは、お空さんが担っているものの一部を、アタシも背負うということなのだから。

 

 

『ただし』

 

 

 お空さんが、アタシの目を真っ直ぐに見た。

 

 

『手引書に答えが無ければ、必ず誰かを頼れ。

 一人で出来ることと、一人でやっていいことは違う』

「……はい」

『あたいでも、クレスタでも、さとり様でもいい。

 誰かに助けを求めるのは、恥ずかしいことじゃない』

 

 

 その言葉を、忘れないようにしようと思った。

 

 お空さんが初めて制御室へ入った時にも

 さとり様から同じことを言われたのだろうか。

 

 聞いてみたかったけれど、今日は止めておいた。

 いつかアタシが一人前になった時に、改めて聞けばいい。

 

 

「お空さん」

『何だ』

「今日は、ありがとうございました」

『礼を言うのはまだ早い。明日もやるぞ』

「はい!」

 

 

 返事をすると、お空さんは満足そうに頷いた。

 

 並んで地霊殿へ戻る道すがら

 手引書を抱えた胸が、ずっと暖かかった。

 

 焦熱地獄の熱とは違う。

 もっと穏やかで、優しい熱。

 

 それが何なのか、アタシにはもう分かっていた。

 

 

 この日。

 

 火焔猫燐は初めて、地獄の火を守る仕事を教わった。

 

 そして霊烏路空は初めて

 自らが守ってきた炎を、"妹"へ手渡す準備を始めた。

 

 




クレスタの髪型を、ロングヘアにするかボブヘアにするか未だに迷っています
とりあえずロングという設定にしていますが、眼鏡ボブも捨てがたい...!


さとり「貴女は白いブラウスに黒のタイトスカートを正装とします」
クレスタ「ファ●ク」
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