四月十一日。
鳥が外で朝一番を競っていた時間帯から、夏希は目が覚めてしまい、寝坊は絶対にできない日だというのに、そこからそわそわしてばかりで全く眠れなかった。
あちこちに木が点在し、山からもほど近い立地のため清流が何本か入り込んでいて、自然豊かなこの町に、天野夏希は住んでいる。朝日が昇り、意味をあまり成さなかった目覚まし時計のアラームを止めた今も、ベッドの縁で腰をかけたはいいがうつらうつらと船を漕いでいる。三分ほどそうしているうちに、一階から母の料理をする音が聞こえ始める。父が作業着に金具を引っ掛ける音がする。その音ですっきりと目がさめる。
左に目を向けると、カーテンを閉め忘れていた出窓から朝の眩しさが溢れている。二階のこの高さまで、庭の樹木が枝ぶりを自慢している。そのうろに去年から小鳥が巣を作るようになった。朝一番をいつも取り損ねている夫婦だ。
右に身体をのっそりと動かす。
クローゼットには制服。紺色の襟が白地のセーラーに映えていて、とても私好み。白い指定ソックスに黒いローファー。
あ、もうそろそろ着替えて下に降りなきゃ。
「起きられたのね?」
中学生のころまでいつも起こしてもらっていた母のジョーク。
「というよりも」
「眠れなかったんだろう」
「お父さん」
畳の座敷で胡坐を組んで新聞を広げて、読んでいる風でいて読んでない、私のお父さん。
なんでも言い当ててきて、嘘がつけなくておっそろしいけれど、目じりのしわが好き。
「そうなの、そとの鳥がいつもよりうるさくてね」
「彼らも、お前の高校生デビューを祝っているんだよ。そう邪険にするものではないよ」
「そうなんだ、じゃあいい目覚めだったってことでいいのかな」
「そうしとけ」
「一緒に行かなくていいの?」
「うん、あとでゆっくり来て。学校にはいつも通り、草仁と芳乃とで行くから」
「寂しいなー」
「ビデオも、渓人さんが持ってきてくれるそうだし、お父さんも安心して仕事に行ってきてね」
「そうか、じゃあ、渓人君に後日見せてもらうとしようかな。今日のクライアントは少し遠いところにご自宅をお持ちだからね。気合い入れて早めにいかないとね」
「うん。怪我をしないように、くれぐれも気を付けてね」
そういいながら、玄関へと向かうお父さんを、真新しい制服で見送りに向かう。
お母さんも火打石をもって、私の後に続く。
これがお父さんの仕事の日の朝の光景。
「ああ、行ってくる」
靴を履いて振り返り、私の姿をしばし眺める。そして、左の肩にそっと大きな手を置いて、ぽんぽんと軽くたたいて見せた。
「新しい制服、よく似合ってる。楽しい高校生生活になるといいな」
「ありがとう、お父さん」
「お父さん、入学式に行ったら絶対泣いてるわよ、私が断言するわ」
「なんで入学式で泣くの?」
「あ、夏希がこのままあっというまに大きくなって、お嫁さんになって自分のもとから去っていくのか・・・・・・とか考えちゃうからよ」
「みなまで言うなよ! ・・・・・・じゃあ、本当に行ってくるからな」
「はあい」
カン、カン。
火打石が鳴る。
お父さんが無事に終えて帰ってきますように。
毎度、祈りを込めて。