「それにしても、こんな日までちゃんと修行していたのね」
見送りを終えたお母さんが、私を労わるようにそっと声をかける。
「毎日欠かしちゃいけないって、お母さんが教えてくれたんでしょ」
「守るものをきちんと守るためにね」
普通の高校生とかいうのはよくわからない。
でも恐らくそこに私は分類されない。
毎朝、毎晩、力を研ぎ澄ませるように極限まで集中する時間がある。
その力のことを、私の周りの人はみな『印術』という。この国に古来からあるものの『陰陽術』に似たようなものだってお父さんは言っていた。どちらもよその人が使っているのを見たことはないから、私は似ているのかは知らないけれど。
小さいころから、私は体が弱くて、すぐに風邪をこじらせて寝込んだりしていて、繰り返すうちに家にこもってしまって、気分も塞いでいたころに、お父さんに教えてもらった。お母さんも印術を使うことができるみたい。でも、教えるのはお父さんだった。
『お前は体は弱いかもしれないが、いずれ守るものができる。そのときに使えるように、この術を教える。わかるか』
うん、と、何もわかっていなかった私はそのまま受け入れていった。
自然と一体になったり、強く何かを心に念じたり、その影響範囲を広げていったり。
保育園の年長で入園して、やっとほかの同世代の子どもたちと関わるようになると、大変だった。
印術がほかの子には内緒にしないといけない力だとわかるまで時間がかかった。
小さな竜巻を庭園でおこしちゃったり、鳥とお話ししているうちにどこまでもついて行っちゃったり。
印術なしの生活が難しいお年頃、だったのね。
「夏希、お迎えが来たわよ」
「え」
わかる。
ドアの外に、温かい気持ちが二人分。
「夏希」
「行くぞー」
「今行く!」
芳乃と草ちゃんの声が、ドア越しに聞こえる。
私の大切な仲間。
「あ、準備途中だったんだった!!!」
鞄を二階からとってきて、髪の毛結んで、それから・・・・・・
「柏手ひとーつ」
「はーいっ」
家を出るとき、空気を整えるために、これだけは欠かさない。一人残していくお母さんに、何もありませんように。
息を吐いて、吸って。大きく音を立てて、柏手ひとつ。
「行ってらっしゃい、また後でね」
「うん、行ってきます!」
ドアを開けると、同じ制服を着た黒枝芳乃、黒い学生服の片岡草仁が立っていた。
「遅刻するぞ」
「おはよう、草ちゃん。芳乃も、お待たせ」
「ほんと、夏希を待つ時間は苦にならないわ。おはよう、夏希」
「いやいや、苦にはならないかもしれないけれど、入学早々3人そろって遅刻とか笑えないからな。渓人さんもビデオのスタンバイで朝イチで場所取り行ってんだよ・・・・・・」
「おおお、やるきだねえ、お父さんも今日仕事が入ったから、渓人さんに期待していたよ~」
「渓人さんがミスするはずないもんな。ひとまずまあ、走るぞ」
「入学早々走ることになるとは」
「だいたい夏希は体力ないからな、いい機会さ」
「新しいローファー、走りづらいのよー。・・・・・・っ」
あ、こける。
「夏希! ・・・・・・足元、ちゃんと見ろよ」
「ありがとう、草ちゃん」
がたいばかりは良いからな、こけても助けてやれるぞ。
そう笑い飛ばして、また走り出す。
「鞄でも持ってやろうか? 大丈夫か?」
「大丈夫・・・・・・! ふっ、ふっ、」
正直息が上がってるし、脇腹も痛いし、いっそ遅刻してでも歩きたい。
「鞄ぐらい持たせていいんじゃない? そんなに余裕ないのは私もおんなじ~。草ちゃん、私のも持って☆」
「お前のは知るかよ。ほら、夏希、貸せ。んで、一緒に頑張っていくぞー」
二人とも、私が気にしない言い回しを知っているし、それが本音でもある。
だから、気の置けない関係でいられるのかな。
「じゃあはい、よろしくお願いします」
「夏希に敬語で言われても、あとあと何かあるのかと勘繰る気さえ出てこないからすごいよな」
「よくそんな難しい表現できたわね、草ちゃんなのに」
「馬鹿にしてるな?」
「そうね」
「芳乃の鞄はもたねえ」
「けち」
「言ってろ」