山が柔らかい気をはびこらせている。普段は自身の持つ雄々しき力を出し惜しみしない、強い山。
今日が私たちのお祝いの日だと知っているようだ。
その山のふもとの、二本の川の間にあるのが私たちがこの春から通うことになる高校。
でも、学業は新たになるとしても、そのほかの生活はなんら変わることはない。
そう、放課後とか。
「もう渓人さん、家に帰ったの?」
「ああ、俺たちの教室のホームルームに出て、簡単な懇談会に親代わりに出てたみたいだけど。俺たちはホームルーム終わった後先輩たちの歓迎会受けてて、それが長引いたもんな。もう帰ってお昼作って待ってくれてるんじゃないかな」
「渓人さんのごはんおいしいよね~」
渓人さんは、草ちゃんのいとこのお兄さんで、親元を離れてこの街で印術使い見習いとして活躍する草仁を支えるために、共同生活をしている、3歳年上のお兄さん。いつもいつも草仁を甘やかしているけれど、印術使いの先輩としての目がとてーも厳しい。本当に厳しい。
例えば、私がちょっと突っ走りすぎて小さな小さな怪我をしたら。
どこから見ていたのかわからないけれど、すぐに渓人さんが現れて、まず私の怪我の応急処置をする。そのときの顔はとても優しく慈しむようでいて、そこまでなら私たちの味方でしかないけれど、そのあとが本当に恐ろしい。すかさず私の後ろで結界を張っている草ちゃんを恐ろしく冷たい視線で射貫き、陽動の術を使ったばかりの芳乃の、わずかに見せた隙をついて脳天が揺さぶられるような痛い痛いデコピンを食らわせる。そして、現場の後始末をつけ、撤収の準備をして、無言で私たちをワゴンに乗せる。私たちはそんなときの渓人さんにはただ従うしかない。
い、いや、私たちが何事もつつがなく遂行できていれば、とっても優しいお母さんみたいな人だから、そうね、わたしたちが悪いんだろうな。渓人さんを悪者にしちゃいけないから努力を・・・・・・、いつも、してはいるんだけれど。
それに、渓人さんって、なぜだか私や私の家族に関わることにはことさら丁寧に反応してくれるんだ。今回の入学式のビデオのこともそうだ。力の入れ方が尋常ではない。それを誰もが当然のことだとしているのは、はじめのうちは慣れなかった。
「今日くらい休んで遊びに行きたいよね」
芳乃がそんなことを言うときは、大体寂しいと思っているとき。
草ちゃんの家で、渓人さんのお昼ご飯をみんなで食べて、帰りたくないなあってずっと渋るとき。
でも、三人とも晩の修行があるし、それは仲間内であれどあまり見せ合うものでもない。
それぞれが習う術の派閥があり、秘すべきことがどの派閥にもあるのを、幼いころから知っているから、そういう慣習がある。
「どうせ時間があるなら、とか渓人さんに誘導されて、気づけば妖気討伐に向かうことになるんじゃないかな」
「だよねえ。わかってはいるんだけど、私たちしかこの町の術師はいないんだし、人の悪い気持ちは日々どこかしらで生まれてるわけで妖気寄り放題だし、エンドレスじゃない。休みをください! 半休でもいいから!」