アイドルウォーゲーム   作:エステバリス

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唐突に始まるIdola's Life 3

 

 

 夜の街中。颯は一時間程前に行った契約の儀の影響で地味に痛む側頭部を軽く抑えながら帰路に着いていた。

 

「っつ……なんだろこの感覚。疲れた時に時々ある頭痛に似ているような……?

 時々死ぬほど辛いっていうかなんというか」

 

 儀を終えてから颯は軽く気絶していたのだが、どうやらこの現象は神様に直接権能の一部を貰った人は皆時間の大小はあれどそうなるらしい。ミコに聞いても「私はそういうのはなかったなー」と実に参考にならない答えが返って来た。

 

「最初に強引に連れられた時もそうだけどミコは強引だ。

 私の事情も……いや、特にそういう事情はないけど、知らないで」

 

 何が強引なのかは感情に任せて喋っている節のある颯には知る由もないし言葉の不一致にも気付かない。

 まあ、そういうものだ。人が感情に任せる時なんて小説のように理論的な方が珍しい。

 

 けれども人の言葉、というものは存外相手には届く。一見第三者から見て意図のわからない言葉だとしても第二者には理解できる場合もままある。

 なので今の颯のつぶやきの意図がちょっとよくわからない人がいても問題はない。ハズ。

 

「しかしそれにしても、今日は私の人生で一番激動で中身の濃い一日だったかもしれない………あ、買い物袋事務所に置いてった……取りに行かないと」

 

 電気屋の近くでふと、ここに至るまでどうしていたのかを思い起こしているとそもそもY・H・W・H・(ジェホバ)プロダクションに所属する前何をやっていたのかを思い出す。

 すると同時に帰る時にドラッグストアの買い物袋を忘れていた事も思い出し、足を反対側に向け――ようと「したところで。

 

「颯!」

 

「ん……? ミコ?」

 

 ついさっきまで合わせていた顔がまた颯の前に現れた。彼女、ミコは特に息を切らした様子もなく颯の下まで走ってくる。

 ミコははい、と颯に丁度これから回収しようと思っていたレジ袋を差し出した。

 

「忘れてたでしょ。

 ダメだよ? サラスヴァティー様は近くにある食べ物なら何でも食べようとするピザ派なんだから気を付けないと」

 

「サラっと毒吐くねミコ……

 それはそれとしてごめ……ありがとうね」

 

「うん。よろしい」

 

 レジ袋を受け取るとミコはニコリと笑う。人に簡単に笑顔を向けるとその内異性との関係で難儀しそうだな、なんて特に異性との関わりもない颯が柄にもなく思ってしまう程ミコという少女は笑顔が似合いだった。

 

(そういえばこの前ギリシャ神話の神様の石膏彫刻について調べたけど、確かあれ曰く当時のタマ金は色欲とか醜さが大きさと直結するっていう美的価値観だったから小さいのが逆に価値あったんだっけ……

 ちょっとわかるかもしれない。ミコのおっぱい大きかったらなんか嫌だな)

 

 清水颯という女の趣味はどちらかというと男性的だった。

 そのせいか彼女の思考回路は乙女よりオヤジ寄りだった。

 女性だって興味本位で男性の性についてとかは調べたりするし、それで実物の写真とかを掴まされたら恥ずかしがりながらもなんだかんだ見る。

 しかし颯は違う。彼女は男が男性器の写真を見た時のなんとも言えない、ともすると「うわキモ」と自分のマグナム砲(ないけど)を半ば否定するような感想と共にブラウザバックするタイプだ。

 そんな彼女が「どうしてギリシャ彫刻の金的はこんなピストルサイズなんだろう。AV男優は業務で使うマグナムなのに。ゼウスとかどう考えてもロボットアニメの銃サイズの銃口からナパーム弾発射するようなもんじゃん」なんて疑問に思い調べ出すのはある意味ではごくごく自然な帰結だった。

 そして調べ終えて改めてゼウスやポセイドンが身の潔白を示すようにキュートなミニマムな事に失笑を禁じえなかった。

 

 話が逸れた。ともかく颯はミコを見てギリシャ彫刻のように『小さいから美しい』『デカいのは醜い』というものの理屈もなんとなくわかってしまった。

 三人で一番信頼が置けるとかそういうのでいつの間にやらミコの評価はうなぎ登りだ。

 

(っていつもの変なネタ探しの過程での妄想ならともかくこんな頭おかしい妄想にミコを巻き込むのはお門違いでしょッ!)

 

「わっ!?」

 

 バチンッ、と自分の頬を叩く。予想外に痛かった。

 突然自分の頬を全力ではたくのでミコがビクン、と驚く。だがすぐに颯を心配する顔になってミコは頬を両手で抑える。

 

「って大丈夫颯!?

 もう、サラスヴァティー様に権能を貰ったばかりでリビルドしたてなのに!」

 

「大丈夫じゃないかもわからないかも……思ってたよりずっと痛い……」

 

 他にどこか痛くない!? と言いながら額やら腕やらを確認しているが、オッサンの颯にとっては諸々の行動で痛みなんて吹っ飛んでいるので問題ない。

 むしろミコが颯の身体をべたべた触る度になんとかしておっぱいの小さい起伏見えないかなとか鎖骨とかつむじとか見ようとしている。

 当たり前だがそんなやましい事は心配してくれているミコに失礼だから言わないし、言いたくない。颯はムッツリだった。

 

「もう、新しい身体に慣れてからこういう事してよ。明日からレッスンがあるからね?

 心配性なんだから、私」

 

「控えます……はい」

 

「うん。よろしい……じゃ、私はここでね?

 私と同じで心配性なの。家の人」

 

 一通り颯の身体をまさぐって確認を終えたミコは安心したように笑うと颯の身体から離れる。

 彼女の後ろで光るテレビが光っている。

 それは颯が一度だけ興味本位で見た事のある恋愛ドラマだった。その主演女優は鷽飼(ウソガイ)風理(カザリ)、ドラマや女優、男優の名前に疎い颯も知っている程の有名人だ。

 

(もしかしたら今後あんな人とも会うかもしれない人生を歩む事になるんだよね、私)

 

「……颯~、そ~う~、聞いてるの?」

 

「あ、うん。聞いてる聞いてる! それじゃあまた!?」

 

「……うん。また明日」

 

 ビックリしてつい反射的に手を振り、名残惜しそうになる颯に対してミコはちょっと怪しいものを見るような顔をしてからまた、またいつもの笑顔で手を振る。

 そして颯は家に向かってまた歩き出したところで彼女の友人から一通の連絡が届いた。

 

「あ、レンジから。なになに?

 ……『俺の股間はどうやら俺を愚者だと定めたらしい。でけぇ』……知るか。

 ていうか文章力! もうちょっと捻れ!」

 

 ミコの身体からやらしい妄想に発展してから数分も経たない間に颯は同じ話題を蒸し返されてちょっと萎えた。

 

◆◇◆

 

 とある土曜日の明朝。燕城(エンジョウ)連二(レンジ)は日課の特撮ヒーロードラマの前日復習を行っていた。

 連二は特撮ヒーローが大好きだった。覚えがある限りで初めてヒーローをカッコいいと思ったのは2歳で、なろうと思ったのが4歳。それでなれない事に気付いたのは6歳の頃。しかし『なれる可能性』がある事を知ったのは10歳の頃の話だ。

 

 10歳と言えば少し大人ぶる少女と楽しいものは楽しいと断じて子供の趣味を大事にする少年とで別れる少しばかり難しい年頃。

 大体その頃連二の周囲は特撮から離れ、ゲームの可愛かったりカッコよかったりする怪獣を捕まえて悪の組織と戦ったり怪獣バトルしたり、他の男子達より少し大人になるのが早かった少年であれば逆に怪獣を狩るゲームにハマり出して裏技で自分が最強になったりするのに愉悦を覚える頃だ。

 

 だけれど連二はこの頃になっても特撮ヒーローへの憧れは残ったままで、妹が変身ヒロインのグッズのみならず連二の影響で特撮グッズまで要求しだした頃から両親に「そろそろこんなの止めたら?」と自分達の財布事情と連二の友人付き合いを心配した打算と親心が入れ混じりながら忠言されるぐらいだった。

 だけれど、身体が少女でも心が少年だった幼馴染と特撮で盛り上がるのが楽しかったし、そんなお言葉を戴く頃にはもう『ヒーローのなり方』を知っていた連二は両親のそんな言葉を自分の夢の為に封殺し続けてきた。

 

「ん~、『ベルトライダー月光』第14話も傑作だ……何が駄作だバンピー共、俺はこの作品に秘められたアクターの方々や主演の松風さんの熱演に惚れ惚れするぞ……」

 

 視聴が終わると手早く歯磨き、着替えを終わらせて一人で朝食。

 妹は寝坊助なので土日は必ずと言っていい程の頻度で真昼に目覚める。

 とはいえ、朝に起きる事だってある。そうなると家事が悲惨で火事を以前に起こしかけた妹は「はよ作れ」だの「妹を餓死させる兄のクズ」だのと言ってくるから妹の分の朝食も作らねばならない。

 

「可愛い妹にそう言われちゃ作らないと兄のメンツが丸潰れだぜ」

 

 連二は端的に言ってシスコンだ。

 料理だって妹の為に覚えた。

 家事だって妹が面倒な事をしなくてもいいようにと連二が覚えた。

 勉強も連二が教える。

 連二はどうしようもないくらいシスコンだ。

 

 今日も今日とて土曜の朝早くに起きる確率3%以下の妹の朝ご飯を準備し、軽い準備運動を済ませたら毎朝の日課であるランニングと軽い筋トレをこなす。ヒーローになる為の必須トレーニングだ。

 以前一度だけ幼馴染にランニングしている姿を見られた時「がんばれよ~」と素晴らしく誠意の籠っていない激励を貰った事がある。

 

「足んねぇ……全然足んねぇ……もっと身体つけねぇとベルトライダーになれねぇ……」

 

 ヒーローになる方法とは即ち、俳優になって特撮ヒーローの役を射止める事だ。

 ベルトライダーの新作オーディションはだいたい本放送の半分を終えた頃。話によるとその頃には既に変身アイテムの音声を担当する声優の仕事は既に大体終わっているとすら聞いた事がある。

 そのオーディションは一か月後の10月。

 役者(アイドル)としては新入生もいいとこな連二にも当然というか幸運というかオーディションの選考に呼ばれている。

 燕城連二にとって一世一代の大勝負。連二はオーディションの話をプロデューサーに貰った翌日から一層己の肉体を磨き続け、身だしなみや自分に一番似合う髪型など、自分を少しでもよく見せようとありとあらゆる努力を惜しまなかった。

 

「やあレンちゃん、今日も早いねえ」

 

「あ、トメちゃん。

 ウッス、世界の人気者になる為の惜しまぬ努力ッス!」

 

「そんなに頑張らなくてもアタシらはレンちゃんが人気なのは知ってるのにねえ」

 

「いえ、俺はもっともっと色んな人に俺を見て貰いたいんス。

 そんな俺にチャンスが来たんス。頑張らなきゃ嘘ッスよ!」

 

「そう? じゃあ、頑張ってね」

 

「ウッス!」

 

 連二は目上の人と話をする時に無意識に喋り方が変わるタイプの人間だった。ついでに言うと、それはベルトライダー第12作目、連二達には直撃世代な作品の主人公の癖でもあった。

 燕城連二はカタチから入るタイプなのだった。

 ベルトライダーの人を助ける事に理由を求めない在り方をこそ憧れた連二からしてみればそれは当然の帰結だった。

 

 朝の運動を終わらせて家に帰ると、珍しい事に妹が既に起きて朝食に食らいついていた。

 まるで逃げる川魚を追いかける鳥のように全力でししゃもを食べる彼女の姿を見ているとついつい魚を自分の手で口に運ばせたくなってくるのだが、これは余談だ。

 

「おはよう陽菜。今日早いな」

 

「んにゃ、なんか起きたの。今日はレン兄に何か起きそうな予感がする」

 

「ええ……マジかよ」

 

「大マジ。私の勘は3割当たるし。それがレン兄の事なら確実に当てる自身アリ」

 

 勘弁してくれよ、なんて言いながらも連二は妹と喋れて感無量なので気にしない。

 流れた汗を洗い落とすべくシャワーを軽く浴びて身だしなみチェック。

 すぐに風呂場から出て身支度を済ませる。今日はプロダクションに新人が来るとかなんとかで、丁度今日は暇だった連二はプロデューサーに呼び出されていたのだ。

 

「陽菜、俺今日プロの方行くから」

 

「えー、じゃあなんか買ってきて~」

 

「何さ、なんかって」

 

「それを考えるのが兄の仕事だよ~」

 

「りょーかい」

 

 これも陽菜のいつもの習慣だ。連二の調べによるとこういう時彼女は出来るだけカタチとして残る物を好む傾向にある。

 よく理由がわからない。兄失格モノだと連二は自虐する。しかして連二はこの時の自分の選択で妹の期待に沿わなかった事が無い。何度親友に話したかもわからないがこれは連二の誇りである。

 

(ッし。今日も上出来ハンサム)

 

 身だしなみを司るのは粗雑な役から人の見本までこなすヒーローの当たり前。ヒーローは丁寧さと豪快さを兼ね備えねばならないのだ。

 ヒーローを目指す少年は今日もヒーローを目指して一直線なのであった。

 

◆◇◆

 

 その日は土曜日だった。

 颯は前日の食事後に両親に「なんかアイドルになった」と伝えてみたところ、両親は颯自身がビックリするくらい反対しなかった。

 むしろ「いつか応援に行かないとねぇ」だの「武道館ライブ楽しみにしてるぞ~」なんていうアイドルの卵以下のアイドル知識の颯ですらちょっと待てと言いたくなるくらい楽観的で超ハードルの高い要求をナチュラルにされた。

 

 まあそれはそれとして、颯はこの日から改めてアイドルとしてデビューする事になった。昨日ミコに案内された通りの道を進んでプロダクションのビルに向かう。

 こうして改めて、明るい時間帯にビルへの道を通って気付いたのだが、よくよく見るとビルへの道は路地裏にしては整備がしっかりしていた。

 ゴミがないのは当たり前として、カラスや野良猫、果てはなんだかガラの悪いお兄さんお姉さんが蟻の子一匹いない。

 

「これも神様の権能とかなのかな……? っと、ついたついた」

 

「あ、待ってたよ颯」

 

 ビルの入り口前には柱に背を預けるようにミコが立っていた。言葉から察するに彼女はいつからかここで颯が来るのを待っていたようだ。

 特に目元や身体の疲れは見られないし、そこまで待たせていないな、と内心で安心する。

 

(ちょっとうまい事言ったかも……)

 

 颯はギャグセンスもオヤジだった。

 

「ごめんね……じゃなくてありがとねミコ。いつから待ってたの? 言えばもうちょっと早く来てたのに」

 

「ついさっきだよ。昨日は儀が終わってすぐに帰しちゃったからそういえばって」

 

「ああ、そういう。改めてありがとだね」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 ミコの道案内で颯はビルの中を進む。階段を数階分登り、昨日入った部屋よりいくらか手前の階で止まるとポツンと点在するドアの前でミコが立ち止まる。

 

「ここだよ。今日は他の人たちは朝からお仕事だったり夜まで撮影だったりで一人しかいないけど、よろしくしてあげてね」

 

「ミコは私の保母さんか何かか」

 

「保母さんって、わりかし古臭い言い回しだね」

 

「知ってるミコも大概だと思う」

 

 ミコと喋っている時はすごく気が楽だ。

 2人は別に2日間で共通の趣味を見つけたとかそういう訳ではないのだが、颯始点だとどうにも気楽に話が出来る。

 颯はこれを2人の波長が合っているのだと結論付ける事にしたのだが、なんて事はない。これは単にミコが聞き上手で上手く彼女と会話を合わせられただけの話だ。

 付け加えるなら、颯は少なくともミコの聞き上手っぷりに気付かない程度には人と話さない人でもあった。婉曲的な表現をもう少し続けるとしたら、颯はちょっと人が寄り付きにくいタイプでもあったのだ。

 

 ともあれ、二人は室内に入る。そこにはマンガを読み耽っている一人の男がいた。

 その男は颯の姿を見ると「んんっへっぇ!?」なんていう発音に困る謎の言葉を発した。 

 颯もその気持ちはよくわかった。彼女自身も男がそんな意味不明の言葉を言わなければ「んんっへっぇ!?」と言っていた自身がある。

 

「おまっ、颯!? なんでこんなとこにいるんだよ!?」

 

「それはこっちの台詞なんだけどね、愚者マグナム(レンジ)

 

「てめえ、後で覚えてろよ」

 

 愚者マグナムは昨日の意味不明な会話を蒸し返された事に逆ギレする。

 マンガを片手に彼、燕城連二が吠える。吼えること野犬のごとし。

 二人の会話にきょとんとなったミコは首を傾げている。

 

「えっと……二人は仲良し?」

 

「「なかよしこよしッ!!」」

 

「おお、息ぴったり」

 

 思わずぱちぱち、と可愛らしい拍手を一つ。示し合わせてもいないのにいっぺんに質問されると同じ回答を出すのは幼馴染故か。

 

「失礼するわよ。……三人ともいるわね、結構」

 

「あ、ミューズさん……とどちら様?」

 

 丁度二人が完璧な連携を見せた時、ミューズが赤い髪と同色の軍の偉い人が着るような軍服を纏った男を一人引き連れて部屋に入って来た。

 月桂樹の冠っぽい物を被った男はよいしょ、なんて言いつつその冠っぽい物を大層大事そうにして座る。

 誰だかはわからない。だがその特徴的な被り物と先日サラスヴァティーに権能の一部を授かったからなのか、彼の放つ奇妙な感覚を颯は感じ取れたせいで彼を即座に少なくとも人間ではない事を察知した。

 

「紹介するわ。

 彼はアポロン。昨日颯がサラと契約したように、彼もまたそこにいる燕城連二をはじめとした多くのアイドルと契約した私達の同胞の神よ」

 

「アポロン……本当に神様のるつぼって感じ」

 

「うん、今……あー、ミューズに紹介された通り、アポロンだ。よろしく……っと、じゃあさっそくはじめよう」

 

 アポロンは颯に挨拶をすると、すぅ、と息を吸ってキッと目つきを鋭く変える。

 

「私はIdola's live計画主導者、アポロンだ。

 これからキミ達、神々の権能を授かったアイドル達に大事な話がある。

 あ、この御神託は全世界の権能持ちアイドル達にはリアルタイムで直接脳内に語り掛けているのであしからず。

 忙しい時に語り掛けてたらゴメンネ。電波ジャックしちゃってるから後で苦情受け付けるよ。ミューズが」

 

「受け付けないわよ」

 

 無慈悲にも却下される苦情受付にきっと全世界のそれなりの数のアイドルが涙した事だろう。

 しかし彼等は神。基本的に人智の及ばぬ領域での思考を行う存在なのだから文句をつけられてもきっと納得のいく対応はされないだろう。敗訴確定のNo! 逆転裁判である。

 

「大事な話というのは他でもない。実は昨日の段階を以て我々が掲げ、キミ達が目指す目下の目標、月の落下阻止を果たす為に必要なアイドル、総勢36と14000人が揃った。

 揃ってから実に半日のタイムラグがあったが、それは計画の為の最終調整時間だ。申し訳ない」

 

 直前までの少し軽さすら感じる態度とは一転してアポロンは荘厳に演説を始める。

 先程の電波ジャック、という言葉から恐らく彼は声を届けるアイドル達の視界情報もジャックしているのだろう。彼は両手を広げ、己の言葉に正当性を持たせるかの如く、確信めいた言葉選びを巧みに行う。

 

「しかし我々の地球と諸君等の誇る文明を、そしてかの果てに存在するもう一つの地球を救うべくも! 私、太陽神にして芸能を司る神アポロンがキミ達に救済の礎となって欲しいと願おう!」

 

 堂々たる演説。彼が多くの場数を踏んでいる事を伺わせる、自信に満ち溢れた姿は参加者の心を滾らせる。

 太陽の神は伊達じゃない。太陽とはそれそのものが地球の発展に尽くした地球への奉仕の象徴。

 でありながらも太陽が人に畏怖される理由こそは此処に在る。圧倒的な輝きを以て人々に存在を誇示する奉公にして道標の事象化でもある。

 

「そして一つ告白しよう! 諸君等の知る偉人達。彼等の多くもまた私の力によって輝き、讃えられるに称する偉人と昇華された者達であるッ!

 東は日輪の子豊臣秀吉! 西は救国の聖女ジャンヌ・ダルク!

 人類史に名を連ねる彼等と等しく同じ好機を諸君等は手にしたのだ!

 栄光が欲しくば貪欲たれッ!! 己の名を世界に刻み付けたくば己の声を握りしめたマイクで世界へと発信せよッ!

 『アイドルウォーゲーム・ノストラダムス杯』の開催を此処に宣言する!

 諸君等の救済を願う声は海を越え、宇宙(そら)を越え、次元(とき)を超え! 我等希の神話創世の父神カオスの下へも召されるだろうッ!!」

 

「ッ……! く、ゥ……!?」

 

 その言葉を皮切りに颯達の脳に大量の情報が送り込まれてくる。

 『アイドルウォーゲーム』とは何か。覇者を決めるのは如何様にするのか。

 恐らく軽く列挙するだけでも契約をしていなければ圧倒的な情報量に脳味噌がやられていた事は想像に難くなかった。

 情報量の苦痛に耐えかねて横を見るとミコと連二も同様に苦し気な顔をしており、苦しいのは自分だけではなく36と14000のアイドル達も同様なのだとわかると、不思議とアポロンへの畏怖と殺意で苦しみを堪え切れた。

 

 演説を終え、軽く額を拭う仕草をしたアポロンは『ペーネイオスの超おいしい水』という超胡散臭いラベルが貼られた水を飲んで一息吐き、ポツリと呟いた。

 

「演説の参考に昨日アニメ見返しまくってよかったぁ……」

 

 最終調整時間ってお前の演説のかよ、と思うのと同時にちょっとカッコいいと思った演説がアニメの受け売りだと知った颯は一気に大量の情報を送り付けられた兼だとかの諸々も合わせて、一瞬だけ割と本気の殺意をアポロンに向けた。

 

 


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