少女空母は海底で揺れる   作:ophidian

2 / 10
あの時の海へ

 

 

赤城と私の相部屋へ向かう間、胸の中で後悔と自己弁護が繰り返される。

(なんであんなことを言ってしまったんだろう)

(いや、分かってないのは長門のほうだ。いい顔してたな。あれくらい言っても良かったんだ)

(長門は優秀な艦娘だし、提督も合理的に作戦を立てようとしただけだ。そもそも仲間なのに突っかかる必要は無かったはずだ)

(いや、長門も提督も分かってない。一航戦と二航戦にとってMIという文字にどんな意味があるかを。合理的だろうと、私を外すなんて許せない)

(別に今回の作戦は昔のものとは何も関係無い。場所が同じだけで、敵も作戦の意味も違う。何もこだわる理由はないのだから、適した艦を選ぶべきだ)

(分かってる。分かってるけど・・・)

 

 

 

赤城は部屋にいた。

くつろいでいたらしく、二段ベッドの上段で横になって本を読んでいた。

私は彼女を見上げた。

一航戦で私と旗艦を交互に務めた日本の主力空母。

一対一なら決して後れを取ることはない。だが、艦隊の指揮は彼女の方が的確で上手だった。

(見た目と食いしん坊なところだけみれば可愛いのに)

この戦闘マシーンが私を苦しめている原因の一つだった。

(いや、赤城はただ演習で精一杯やっているだけだ。彼女に私を苦しめる意図はない)

提督は多分、赤城をMI作戦の旗艦に任命するのだろうと思った。

 

気がつくと、しばらく何も言わずに彼女を見てしまっていた。

赤城は本から目を離して私を見た。

「どうかしたの?」

「あっ・・・その、提督が呼んでたから」

「そう」

赤城はベッドから降りて、私の横を通り過ぎる。

「酷い顔してる。夕飯まで少し寝てた方がいいんじゃない?」

 

赤城が出ていった後、ベッドの上に転がった。

体が疲れているのは事実だし、だるかった。

(赤城の言うとおりにするのが良さそう)

横になり目を閉じれば、浮かび上がるのは嫌なものばかりだった。

炎の海の悪夢、今日の演習、廊下での出来事、執務室でのやり取り。

どれもが自分の未熟さ、力不足の証だった。

一つ一つ思い出すたびに顔を手で覆いたくなる。

布団を頭から被り、丸くなった。こうしていれば少し安心できるような気がした。

 

少しして、部屋の扉が開く音がした。

部屋に入った足音は、そのままベッドの梯子を上り、私の真上で止まった。赤城だろう。

それからまた静かになった。

 

 

 

しばらくしてから夕食で呼ばれた。全く眠れなかった。

だが、体の疲れは多少やわらいだ気がした。

 

食堂では他の艦娘も集まっていたが、なるべく顔を合わせたくなかった。

演習のメンバーとは一緒に食べづらかった。

多くの艦が廊下での件も知っているだろう。ああいうことはすぐ広まる。

元々、あまり喋りながら食べる方ではなかったが、今回の作戦の演習が始まってからはますますそうなった。

下をむいて夕飯を口に運んだ。

周りの艦娘達が楽しそうに話しているのが聞こえる。

味があまりしない。

お腹が空いている感じもなく、食べたいという欲求もなかった。

半分ほど食べたが、それ以上食べる気が起こらず、残して部屋に戻った。

 

戻った後は、手持ち無沙汰だった。

読みかけの本を読もうにも、そんな気分ではなかった。趣味の風景画を描こうにも、もう窓の外は暗くなっていた。

結局、何をするでもなく、再びベッドに横になった。

しばらくして、夕飯を終えた赤城が戻ってきて私の真上に落ち着いた。

また本でも読んでいるのだろう。

ふと、ベッド越しに赤城の事を考える。

(なんで赤城はこの作戦と演習が始まっても平気なんだろう)

赤城もあの海戦で絶望と深い後悔を味わったはずだ。

その思いは南雲機動部隊の旗艦として、私よりも強いはずだ。

普段から赤城とは同じ部屋で過ごしているが、何か変わった様子があるようには見えなかった。

(もしかして、赤城はあの時のことを考えないようにしているのか。あるいは、そもそもあまり気にしていないのか)

だが、同じ場所、同じ作戦名で、あの海戦を意識しないなどありえるのだろうか?

ベッド越しの一航戦の胸中は分からなかった。

 

 

 

消灯の時間が近づき、寝る準備をしてからベッドに入った。

横になって布団を頭から被っていた。

赤城も歯の手入れと着替えを済ませたらしく、ベッドに近づいてくる音がした。

だが、上のベッドには登らなかった。

「あなた、最近あの海戦を思い出してるんじゃない?」

被っていた布団をずらし、赤城を見た。

普段と変わりない穏やかな顔だった。

「気になって眠れないんじゃない?夢で何度もあの時のことが出てくるんじゃない?」

「ええ、そうよ」

私は素直に答えた。

「気にするな、っていうの?無理よ。あれはそう簡単に忘れれるものじゃない」

わずか数時間、いや数分の内に国の運命が変わってしまった。それはミスと慢心が招いたものだった。どんなに後悔してもしきれない。

「そうね」

赤城はあっさりと認めた。

「むしろ、足りないわ」

「え?」

「眠れなくなる程度じゃ足りないわ。もっと考えなさい。思い出しなさい。胃に穴が空いて、全身に痛みを感じて、頭がおかしくなるくらい考えて」

赤城が何を言っているのかよくわからなかった。

「あなたは忘れるより、もっと徹底的に悔いた方がいい。あの時のことを細かく思い出して。あの時に戻ったみたいに」

(私を不眠症にしようっていうの?)

私がなんと返していいか分からずにいると、赤城はベッドを登り、再び真上に落ち着いた。

それ以降、お互い何も言わず、消灯となった。

 

カーテンの隙間から夜空の星が見える。

赤城の言葉が気になった。

普通は、過去は変えようがないのだから気にしすぎても仕方ない、と言う所だろう。

真逆のアドバイスだった。

だが、赤城が言うからには何か意味があるのかもしれない。もしかすると、彼女は考え抜いた末に気持ちの整理がついたのかもしれない。

それが彼女の強さの秘密なのだろうか。

 

相変わらず体はだるいのに、眠れそうな気配はなかった。

布団は妙に暑苦しく、どんな態勢でもどこか体が苦しく感じた。

何年経っても私はこの固いベッドが馴染めなかった。

(どうせ今日も明け方まで眠れなそう)

赤城に言われたとおりにあの海戦を徹底的に思い出すことにした。

 

数年前、現代に甦った後は当時の資料を読み漁った。

あの海戦だけでなく、その後の海戦や陸軍を含めた戦争全体を調べた。

あの時何が起こっていたのか、あの後、何が起こったのかを知った。

日本の資料は全て白黒かセピア色の写真とフィルムばかりだった。

だが私は知っている、あの深い青色の海を。

そこに浮かぶ青灰色の四人の巨人。

それを囲って護衛する艦たち。

三百六十度の水辺線と霧のように薄く白い雲。

墨を筆で塗りつけたような対空砲の煙。

はるか高空、豆粒ほどに見える黒い敵攻撃機。

澄んだ青い空で飛び回る白い戦闘機。

 

いくらでも後悔することがあった。

思い出すと胸が苦しくなる。

 

そもそも作戦が完全に筒抜けだった。

いつまでも同じ暗号はアメリカにとっくに解読されていた。

当時の航空戦は先制攻撃をしたほうが圧倒的に有利であり、あんな待ち伏せをされていれば大敗して当然だった。

事前の演習で敵空母が出てくれば大きな被害が出ることは分かっていた。それなのに誰も対策を講じなかった。

米空母が真珠湾から動いたことは察知していたのに、主力艦隊からは無電を打たれなかった。連絡して然るべきものなのに、機動部隊も察知している「はず」、空母がいても「なんとかなる」という緩んだ雰囲気。開戦以来の連戦連勝が生んだ救いがたい慢心。

待機させておくはずだった空母用の魚雷装備の陸用爆弾への切り替え。

最悪のタイミングでの空母発見連絡。

そして二度の雷装と爆装の切り替え命令。

大挙して押し寄せた攻撃機に対処するため、戦闘機だけが何度も出撃と着艦を繰り返す。

出撃するタイミングを失った攻撃機は二度と飛び立つことはなかった。

思い出すだけで涙が溢れてくる。

格納庫に詰め込まれ、出撃を待っていた攻撃機達。

低空の艦攻は全て撃墜したにもかかわらず、ほんの僅かな時間、高空の防御が手薄になった。

雲間から敵機が見えた時はもう遅かった。

あっという間だった。防ぎきれる数の爆撃機ではなかった。

黒い爆弾、風切音。

何発かは回避したが。

衝撃、爆発、巨大な黒煙。

直撃して吹き飛んだ艦橋。誘爆して火の海となった甲板。

甲板はめくれ、格納庫はむき出しになった。

格納庫と出撃前の甲板で待機していた攻撃機は次々と誘爆していった。

換装命令で混乱した格納庫は爆薬の山だった。

闘うために生まれた艦載機達は飛び立つ前に自らの爆薬で散っていった。

機関部の乗組員は脱出できないまま、あの火焔地獄に飲み込まれていった。

次々と誘爆する中、焼けただれ、燃えながら乗組員たちが逃げまどう。

爆発した付近に散らばる乗組員だったものの一部と血。

船は赤黄色い炎に包まれ、船体の数倍もある黒煙が青い空にどこまでも立ち上った。

「うぅっ・・・」

胸の奥から声が絞り出され、思わず胸を強く押さえる。

あの時、もし瑞鶴が居てくれれば・・・翔鶴は修理が間に合わなかったにしても、それでも、あの子がいればあんなことにはならなかった。

仮に、それでも私、赤城、蒼龍の三隻が沈む運命だったとしても、飛龍と瑞鶴ならその後の反撃で勝っていただろう。

それなら私は胸を張れた。勝利のために盾になれたのだから。

だが、それは叶わない願いだった。

栄光の機動部隊、その主力航空母艦三隻はわずか数分で大破した。やがて飛龍も同じ運命を辿り、四隻の空母全てが、何時間も、鋼鉄が溶け出すほどに燃え続けた。空母も、優秀な乗組員も、艦載機も、失われた。

(どうしてあんなことに・・・)

なぜ索敵は機能しなかったのか。

なぜ敵機動部隊が出現することはないと確信していたのか。

なぜ主力艦隊は三百海里も後ろだったのか。機動部隊より前か、少なくとも同じ位置なら空母を守れた。そうでなくとも、せめて標的になってくれただろうに。

もっと遡れば、なぜこの作戦があの時期に決行されたのか。なぜ瑞鶴と翔鶴が出撃できるまで待てなかったのか。

なぜAL作戦に龍驤と準鷹を回してしまったのか。

もっと言えば・・・なぜ戦争は始まったのか。

そんなに南方資源が欲しかったのか、そんなに満鉄が大事だったのか。それは戦ってまで手に入れる価値のあるものだったのか。

それとも国内の不景気と煽り立てたマスコミのせいなのか。

私には分からないことだった。そして考える必要もなかった。

私は兵器だ。

戦い、暴力を振るい、破壊し、効率よく人を傷つけ、敵を無力化するために造られた。

空母は、端的に言えば移動する滑走路であり格納庫、それだけだ。

だが、その力を発揮できないまま沈んだこと、飛び立つ前に散っていった艦載機達。

私はそれが悔しかった。

 

 

 

何時間経っただろう。

カーテンの隙間には相変わらず星が輝いている。

だいぶ時間が経ったはずだが、夜明けはまだまだのようだった。

しかし、眠れないとはいっても、日中の疲れもあって、あくびが多くなってきた。

頭が次第にぼんやりとしてきて、寝苦しいながらも眠気がやってくる。

さっきまで考えていたことがごちゃごちゃと頭の中で混ざりだす。眠りに落ちる直前でよくあることだった。そろそろ眠れると頭のどこかで認識した。

その思考の渦巻きは、やがて心地よい揺れとなった。

体が揺れているような気がする。

思考の断片にあの海があった。

悲惨な戦いの中で、景色だけは妙に綺麗だった。

あの深く青い海とどこまでも広がる空。

海の心地よい波の揺れを思い出した。

私がいつも感じていた懐かしいリズム。

冷たく揺れない寝床ではない。

私がいつも過ごしたゆりかご、私が安心して眠れる場所。

(気持ちいい。やっぱり私は船なんだ)

私に固くしっかりした地面は合わない。海で揺られてる方が合っていた。

心地よい揺れを感じながら、思考は海に溶けていった。

 

「加賀、頑張ってね」

赤城の声が聞こえた気がした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。