「総員起こし、総員起こし」
スピーカーの声とラッパの音で一気に覚醒した。
布団を跳ね上げて、ベッドから降りる。
衣類の乱れを整えると、医務室を出た。
暗い廊下では、ぞろぞろと乗組員たちが起き出していた。
大半の乗組員は食堂へ向かっていたが、私はまっすぐに甲板へ向かった。
水平線の彼方に太陽がわずかに見え始めている。
空全体は暗く青く、水平線へ行くにしたがって薄く明るくなっていく。海は暗く、黒かった。
真上の暗い空は私が寝る前と同じく、星が瞬いていた。
既に甲板には艦載機が並んでいた。
(またあの時が始まる)
多くの整備員が忙しそうに甲板の上を走り回っている。
パイロット達がテントに入り込み、溢れたものは近くに立っている。
艦尾へ行き海の方を見ると、遠く微かに船の灯りが見える。
後ろからついてきている赤城だろう。
エレベーターが音を立てて動き、艦載機を甲板に上げていた。
胸の中がピリピリとして少し気持ちが悪い。
喉の奥が乾いてる気がする。
(大丈夫、今度こそ負けない)
しばらくすると、パイロットたちが艦載機へ乗り込み始めた。
第一次ミッドウェー島攻撃隊が出撃する。
私は先頭で待機している零戦へ近づいて声をかけた。
「ねえ、あなた」
「おお!お前は昨日の!」
昨日のテントに居た、髭面の隊長だった。
「早く帰ってきてね。あなた達が私を守るのよ」
男は一瞬あっけに取られた後、笑った。
「はっはっは、そうだったな。お前は加賀だったな。パイロットの間じゃ噂になっとるぞ!」
発着指揮所から号令が掛けられ、並んでいる艦載機のエンジンが強くなり、プロペラの回転が早くなっていく。
そろそろ飛び立ちそうなので私は零戦から離れる。
「安心しろ!すぐ戻ってくる!」
髭の隊長はエンジン音に負けない声で叫んだ。
艦首に向かって夜間照明が光り、滑走路を浮かび上がらせる。
「発艦はじめ!」
指揮所で大きく腕が振り回されると、零戦は艦首に向かって走り始めた。
走ってしばらくするとすぐにふわりと浮き上がり、そのまま一気に高度を上げていく。
甲板の脇では乗組員たちが皆帽子を持って腕を振り回している。
後続の戦闘機が次々と飛び立っていく。
戦闘機が終われば次は爆撃機だった。
戦闘機は暗い空を旋回し、爆撃機を待っていた。
遠くに赤城、蒼龍、飛龍からも艦載機が飛び立っていくのが見える。
やがて空母四隻から飛び立った艦載機達が空中で大きな編隊を組むと、東の空へと消えていった。
しばらくの間、甲板から空を眺めていた。
太陽が上り始め、青い海が姿を表していく。
(ここまでは全く同じね)
胸の鼓動は落ち着いている。
これから先、同じ過ちは起こさない。
この体に生まれ変わってから何度も何度も夢で見た。
悔しくて悔しくて、あの時、少しでも何か違っていればと何度も泣いた。
あんな誘爆さえ起こらなければと。私が最初に被弾していなければと。
不甲斐ない敗北と、それによってこの国の運命が変わってしまった。
大げさに言えば、あの数分で後の世界地図が変わったのかもしれない。
(いや、そんなことより、私はただ悔しかったのかもしれない)
再び状況が動き出すのは二時間後くらいだろう。
私は格納庫に降りていった。
格納庫では半分が出撃して多少広く感じた。
残っていた艦戦はすぐに出撃できるように補給され、艦攻は魚雷を装備して待機していた。
しっかりと磨き上げられ、手入れが行き届いている艦載機を見るのは気持ちが良かった。
これならよく、飛び上がってくれるだろう。
近くにいた整備員に声をかけた。
「戦闘機の油と弾倉、満タンまで入れておいて上げてね」
「え?お前、誰だ?」
「今日は戦闘機はずっと出撃し続けるから。少しでも長く飛べるようにしてあげて」
私は甲板に戻った。
完全に明るくなり、朝の太平洋を空母機動部隊はまっすぐミッドウェー島を目指していた。
(もうそろそろか)
飛び立ってから二時間位たっただろうか、もうじきミッドウェー島への攻撃が始まるはずだ。
本来は全機、対空母用に待機しているほうが理想ではある。
だが、ミッドウェー島からの攻撃機も来るし、まだ空母発見できていないから予定されていた第一次攻撃を止めることはできなかっただろう。
問題はミッドウェー島への第二次攻撃だった。
唐突に水平線の彼方を進む駆逐艦から黒い煙幕が上がっていた。
敵機来襲を知らせる合図だ。
ミッドウェー島からの攻撃機が彼方の上空に現れる。その数は二、三十機程度か。
続いて白く光る対空弾が雨のように空へと流れていく。
「戦闘機、上げ!急げ!」
指揮所からの指示が聞こえると、エレベーターが動き、零戦が格納庫から上げられてくる。
すぐさま待機のパイロットが乗り、出撃していく。
飛び出した艦戦は早速敵機を追いかけ始める。
このくらいの攻撃隊なら全て落とすのは簡単だろう。
白い零戦が黒い攻撃機に接近すると、それらは火を吹いて錐揉み状に回転しながら海へと落ちていく。
甲板の整備員や見張りはそのたびに歓声を上げた。
危なげなく零戦は敵機をほぼ全て撃ち落としていた。
(そろそろかな)
艦橋の方を見ると、通信使らしき士官が司令室へと入っていくのが見えた。
私はそれを追った。