少女空母は海底で揺れる   作:ophidian

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変わった運命

 

 

「赤城より司令です。第二次攻撃隊を編成し兵装を陸用爆弾に転換せよ、以上です」

通信使の声が外からでも聞こえた。

私はすぐに司令室の中へ入って行った。

「換装しては駄目」

中にいた艦長と司令官達が私を見た。

「君は昨日の・・・」

「敵空母は近くまで来ている。魚雷のままで待機して」

司令室はざわついた。

一人が通信使に尋ねる。

「そんなことは聞いてないぞ!敵空母発見の報告はあったのか?」

「いえ、空母発見の連絡はありません」

彼らの目に不審が宿る。

「そもそも誰だ?乗組員ではないな?どうやってこの船に入ってきた?」

まだこの時点では敵空母は発見できていないのだから、信じてもらえないことは覚悟していた。

「昨日言ったでしょ。作戦司令部に確認して。少なくとも空母が真珠湾から出ていることは分かるはず」

私の言葉に男たちは一瞬考えた。が、すぐに一人の司令官が言った。

「艦長、この娘は信用できません。確認を取っていたら攻撃隊の準備が遅れます。我々が遅れることで他空母の攻撃隊を待たせることになります。換装指示を出しましょう」

それに別の司令官が続く。

「その通りだ。この娘は得体が知れない。司令室から出せ!」

近くにいた男二人が左右から私の腕を押さえる。

二人程度なら抵抗することは訳もなかった。

だが、彼らは私の乗組員であり、この船の司令なのだ。理屈で納得させなければ意味がない。

私は狭い司令室のなか、扉まで引きずられながら言った。

「利根の偵察はまだ全部報告が来てないでしょ?それを待って!」

私は扉の外に出される。

扉を閉められる所で私は扉を押さえる。

「せめてだけ五分待って!少し出撃が遅れても影響はないけど、換装した後で攻撃されたらこの船はおしまいよ!」

扉は閉められた。

 

少女の声が遠ざかってから、数秒の間、司令室は誰も言葉を発さなかった。

沈黙の後、誰かが呟いた。

「米機動部隊か・・・」

全員が同じことを考えていた。

ややあって、一人が声を出した。

「艦長・・・南雲長官からの司令です。それに、やはり我々だけ遅れるわけにはいきません。換装の命令を出しましょう」

岡田艦長はわずかに考えてから言った。

「利根からの偵察は、まだ戻ってきていないのがいるのか?」

「・・・はい、確か一機が不調で出発が定刻より遅れたと聞いております」

「そうか・・・五分だけ、様子を見よう。念のためだ」

 

 

 

空では艦戦が駆け回り、護衛艦から対空砲が放たれていた。

司令室から追い出された後、狭い艦内を走り、急角度のはしごを降り、格納庫へ向かった。

(あの様子だと、いずれ換装命令は下る)

次に私がやることは爆装を少しでも遅らせることだった。

 

甲板という屋根の下、暗い格納庫はざわついていた。

攻撃を受け始めたことでエレベータが動き、戦闘機を上げている。補給のため整備員も走り回っている。

私は陸上爆弾が管理されている区画へと近づいた。

そこには、幅三メートル近く、重さは800キロを越える巨大な陸用爆弾が頑丈な鋼鉄の仕切り棚にしっかりと固定されていた。

 

どれくらい待っただろう。格納庫に降りてからすぐだったようにも思える。

だが、私が格納庫までやってくる時間を考えると、意外に待ってくれたのかもしれない。岡田艦長は私の言うことを少しは信用してくれたのだろうか。

スピーカーより、艦攻の陸上爆弾への換装命令が出た。

「第二次攻撃隊を編成。ただちに攻撃機の魚雷を陸用爆弾へ転換せよ」

整備員達が一斉に動く。

艦攻の魚雷を外す係は艦攻の方へ走り出す。陸用爆弾を運ぶ者たち、数十人の整備員が私の方に走り込んでくる。

そのうち、十人くらいの整備員が棚の一つの爆弾に取り付く。

「よし、載せるぞ!」

声を合わせて爆弾を持ち上げると、棚から台車へと載せる。

彼らが台車を攻撃機へ運ぼうとしたとき、私はその後ろから近づいて台車の取手を掴んだ。

「なんだ・・・動かねえぞ!」

「どうなってんだ!」

「ストッパーが引っかかってるんじゃねえのか」

整備員達は、台車の足を見たりしていたが、やがて私が台車を掴んでいることに気がついた。

「なっ、なんだお前」

「換装はさせない。すぐに魚雷に切り替える命令が出る。今換装をしたら手遅れになる」

私が抑えている台車の脇を、ガラガラと音をさせて、他の台車が爆弾を艦攻へ運ぶ。攻撃機の方でも魚雷を外す作業が進んでいる。

私一人では妨害にも限界があるから仕方なくそれらを見送る。

「おい、何か引っかかってたに違いねえ。もう一回押すぞ!」

整備員たちはもう一度台車を押そうと台車に寄り添って力を込めるが、私もしっかりと取手を握り、踏ん張る。

彼らは力を込めて押していたが、しばらくして一度台車から離れた。

整備員達が私を見る。

「本当にこの娘が抑えてんのか?!」

私の細い腕が台車を抑えているのが信じられないようだった。

再びスピーカーから声がする。

「繰り返す、第二次攻撃隊を編成。ただちに攻撃機の魚雷を陸用爆弾へ転換せよ」

整備員たちは慌てた。

「おい、早く替えねえと!」

「この台車が駄目に違いねえ!代えるぞ」

彼らは別の台車を運んできた。

「よし、移すぞ!」

彼らが別の台車に移そうと爆弾を持ち上げた時、私は爆弾の尻尾を掴んだ。

爆弾は持ち上げた位置のまま、台車のほうに動くことはなかった。

「駄目よ。今爆弾に切り替えたら私たちは沈む」

整備員十人くらいが力を込めても爆弾は静止したまま動かない。

やがて彼らは一度爆弾を置いた。

「一体どうなってんだ!」

しかし、こうしている間に、他の艦攻は次々と爆弾に取り替えられていく。

換装が済んだ攻撃機はエレベーターまで運ばれると、甲板へ上げられ始めた。

エレベータの穴から光が差し、格納庫が少し明るくなる。

格納庫で汗だくで作業している整備員たちが見える。

「おい、お前、いい加減に放せ!」

整備員の一人が私の腕を掴んで爆弾から引き離そうとした。

さらに四、五人も私の腕に掴みかかる。

だが、私は決して指を放さない。

外が見えない彼らには戦況もわからないし、命令通りに動くことこそが彼らの使命なのだ。彼らが命令どおりに動かなければ空母として機能しない。彼らは「私」のために、己の職務を全うしようとしている。

それでもこの爆弾を換装させるわけにはいかなかった。たとえ一機でも換装を遅らせれば、魚雷への戻しが早くなる。

整備員達と爆弾のやりとりをしていると、スピーカーから声がした。

「陸用爆弾への転換を一時中断せよ」

スピーカーの大きな音は、作業中で騒がしい格納庫でもよく響いた。

私を掴んでいた整備員たちは手を離した。私も爆弾から手を放した。

(利根から敵艦隊発見の連絡が届いたんだ)

「中止?」

「どういうことだ?」

作業中の整備員達から混乱の声が上がり始める。

「戦闘機を上げ!急げ!」

指揮所から声がして、エレベーターが起動し、戦闘機が上へ上がっていった。

「おいおい、また零戦が出るってことは・・・」

「まだ攻撃されてるってことじゃねえか」

陸用爆弾を装備した艦攻がエレベーターで下げられてきた。

「これからしばらくしたら魚雷への換装命令が出る。それまでに爆弾を片付けて」

私は台車に置かれた陸用爆弾を抱え、持ち上げた。

「ふぅっ!」

流石に重い。だが運べないほどではない。

歩くたびに足に重さを感じる。

「お、おい・・・一人で持ち歩いてるぞ」

さすがにこれを持ったまま走ることはできない。

歩いて運び、仕切り棚に置き直した。

格納庫内には外した魚雷とこれから積む予定だった陸用爆弾があちこちに置かれていた。

「早く爆弾を片付けて。今攻撃されたら誘爆する」

再びエレベーターが動いて戦闘機が上へ上げられていく。

整備員たちはハッとした。

「おい!この子の言うとおりだ。今、攻撃を受けてるぞ!」

整備員達は動き出し、散らばっていた爆弾と魚雷を片付け始めた。

 

暗い格納庫の中、台車に爆弾と魚雷が積まれ何往復もする。

整備員たちはみな汗だくだった。

私も汗まみれになりながら辺りに無造作に置かれている爆弾を運んだ。

何度も運んでいるうちに腕が疲れ、千切れそうな気がしてきた。

だがこの程度、なんでもなかった。

あの地獄を回避できる確率がわずかでも上がるなら、いくらでも運ぶつもりだった。

 

やがてミッドウェー島攻撃隊が戻ってきたらしく、甲板からエレベータで次々と攻撃機が降りてくる。

(もう敵空母発見の連絡が来てるはず、南雲長官は今回も収容を優先したんだ)

山口少将から爆装のまま発艦という意見が出ていたことだろう。

私は艦載機の収容を優先する、南雲長官の判断は妥当だと思っていた。

艦戦を付けない攻撃は無謀だし、収容しないなら艦載機の半数であるミッドウェー島攻撃隊を燃料切れで不時着させることになる。

爆装のまま攻撃するのが、結果論では正しかったのかもしれないが、私の大切な艦載機を簡単に見捨てる選択などありえなかった。

戻ってきた攻撃隊は格納庫に降ろされてくる。

そしてすぐに換装の命令が出た。

「第二次攻撃隊編成を再開する。攻撃機を魚雷へ換装せよ」

スピーカーからの声がし、直後に「大至急かえよ」とエレベーターの上のほうから声がかかる。

作業員たちから不満の声が上がる。

「爆弾と魚雷、どっちなんだよ!」

「収容もしてんだぞ!」

夜明け前から働き詰めだった整備員たちは疲労しきっていた。

暗い格納庫で汗にまみれ、収容と補給もしながら、巨大で重たい爆弾と魚雷を付け替えなければならない。

だが、爆弾切り替えの命令が遅かったのと、私が邪魔したせいで、交換が必要な攻撃機は十機程度だろう。これなら換装にそれほど時間はかからないはずだ。

「さ、換装しましょう」

私は片付けてあった魚雷を抱え、台車に載せると艦攻へ運び始めた。

「お、おい、あんな子供一人にやらせるわけにはいかん!」

整備員たちが追いかけてきて、再び魚雷への換装が始まった。

 

 

 

換装は思ったよりも早く終わった。

だが、今度は戦闘機に燃料・弾薬の補給をしなければならなかった。

攻撃を受けている今、再び戦闘機を空母の護衛に出さねばならなかった。

整備員に弾薬を運び、給油を手伝った。

「お、お前詳しいな。整備やったことあんのか?」

「私はいつもあなた達を見てた」

 

ミッドウェー島攻撃隊の収容はまだ続いていた。

格納庫に次々と攻撃機が入ってくると整備員達が一斉に取り付いて、格納庫に収まるように位置を変え、向きを変えながら詰め込んでいく。

いっぱいになっていく格納庫を見ると、次第に焦りが募ってきた。

発艦と着艦は同時にできないからミッドウェー島攻撃隊を一旦収容しない限り、敵空母への攻撃隊を発艦させることはできない。

(早く攻撃隊を飛び立たせないと)

 

補給が終わったら、今度は片付けだった。

格納庫内に先程外し終わった陸用爆弾を元の棚に戻す作業だ。

重くかさばる爆弾を抱えて、暗い格納庫を何度も往復した。

汗が滝のように流れ、袴と道着はぐちゃぐちゃだった。手が滑り、何度も爆弾を落としかけた。

 

「ふぅ・・・」

最後の陸用爆弾を棚に戻し終わった時、息が漏れた。

ボタボタと汗が爆弾の上に滴る。

流石に疲れていた。腕も足も痛んで震えていた。

(今、何時頃だろう)

流石にあの時より早く魚雷に戻し終わったし、ミッドウェー島攻撃隊の格納もスムーズだったはずだ。

格納庫を見渡すと、艦載機達がびっしりと詰め込まれていた。

(まだ休めないわね)

この艦載機をもう一度飛ばすまでは休むわけにはいかない。

艦戦が着艦し、エレベータで格納庫に送られてきた。

艦戦の発着が激しくなっている。いよいよあの瞬間が近づいている。

補給を整備員たちに任せ、上げられる艦戦と一緒にエレベーターに乗った。

「おい、エレベーターに乗っちゃいかんぞ!」

誰かが注意したが、それでもエレベーターは甲板へ上がっていった。

 

甲板には百人ほどの搭乗員たちが忙しく動いていた。

零戦がすぐ発艦できるように並べられている。

空中では零戦と敵機が飛び回っていた。

敵機が次々と火を吹いて落とされていき、そのたびに甲板と指揮所の乗組員は歓声を上げていた。

私はパイロットの詰め所のテントへと向かった。

 

テントには待機中のパイロットたちがギュウギュウ詰めになっていた。

「おっ、噂をすれば」

私が入るとすぐに気がついた。

「おお、本当に女だ」

「随分汚れとるな。汗と油まみれじゃ」

「いやでも、なかなかの美人じゃないか」

狭いテントの中を男たちが寄ってくる。

昨日と違う顔も混じっているが、みな一様に若い。生意気だが素直で明るい典型的なパイロットたちだった。

「制空隊の人たち?昨日言ったことは伝わってるかしら?」

「昨日言ったってのは確か・・・」

「高高度にもついとけって話か?」

少しほっとした。

「伝わっていたみたいね」

「ああ、今日はもう何機も落としてやってるぜ」

朝、護衛で出撃していった髭面がそこにいた。

「あなた、ミッドウェー島から戻ってきたのね。いい腕してるわね」

「おお、当たり前よ。支那のときからこの船と戦闘機に乗ってるんだぜ」

彼はここ数年、ずっと私を守ってくれたパイロットだった。

「頼もしいわ。これからの時間も絶対に高高度には何機かいてちょうだい。誰も居ない状態にしちゃだめよ」

「心配すんなって、加賀は俺達がちゃんと守ってやるからよ」

「お願いね」

私はそれだけ言うと、テントを後にした。

 

空中では相変わらず敵機の襲撃と直掩機による防戦が続いていた。

(早く追い払って・・・)

格納庫の攻撃隊を早く飛ばせてあげたい。

だが攻撃を受けている状態では攻撃機を飛ばすことはできない。

敵機が近くを飛び回り、あわや直撃という魚雷を放つこともあった。

なんとか回避しているが、危ない状態に違いない。

未だに、戦闘機が発着が発着を繰り返している。

時折、テントからはパイロット達が零戦に乗り、飛び上がっていった。

 

次第に空中を飛び交う黒い機体が減り、白い機体が多くなってきた。ついに脅威が去ろうとしていた。

ラッパの音が鳴り響き、スピーカーから声が響く。

「第二次攻撃隊、出撃用意」

あの時は出撃用意はできかった。直掩機の発着だけで手一杯だったはずだ。

少しづつ運命が変わりつつあった。

エレベーターから艦攻が上げられてくると、甲板の乗組員たちが一斉に群がり、定位置まで押していく。

エレベーターはすぐに降りて、また艦攻を上げてくる。

数分のうちに格納庫に残っていた艦攻の十機ほどが甲板に並べられる。

続いてもう片方のエレベータが動き、戦闘機を並べ始める。

パイロットが乗り込んでいき、いつでも出撃可能な状態となった。

 

 

だが、発艦命令が出なかった。

既に待機状態で数分待機させられていた。

(どうしたっていうのよ・・・早く出して)

いらいらする時間だった。

ふと、艦尾を見ると遠くに離れて赤城が見える。横には蒼龍がいる。

その二艦には戦闘機が着艦してるのが見え、ハッとした。

(他の艦の出撃準備が整うのを待ってるんだ)

これではこの艦だけ早く準備ができた所で意味がなかった。

確かに、全艦揃って攻撃させた方が成功する確率は高い。

だがそれは、敵機が来ないとわかっていて、揃えて出撃できる余裕がある場合の話だ。

利根の連絡の空母の位置がずれていたのを思い出した。

(まだ時間があると思ってるんだ)

甲板には魚雷を抱いて待機している艦攻がひしめいている。

(今爆撃を受けたら終わりだ)

私は再び司令室に走った。

 

司令室の扉を開けるなり、叫んだ。

「早く攻撃隊を出して!もう敵機が迫ってる!」

中の司令官達は一斉にこちらを向いた。

「またお前か、おい、外に出せ」

さっきも私に反論していた司令官が叫ぶ。

私はすぐに左右から士官に抑えられた。

「ん?」

「おっ?」

だが、今度は私は一歩も動かなかった。

「お願い、今爆撃されたらおしまいよ」

「加賀だけで出撃させるわけにいかんだろうが!それにまだ敵機が来るまでは時間がある!」

「利根からの連絡の空母の位置はズレてる!連絡された位置よりもっと近いの!」

司令室が静まり、司令官達の顔が強張った。

一人、岡田艦長だけ動き、ゆっくりと私に近づいて聞いた。

「空母の位置がズレてるという根拠は?」

「蒼龍から確認のために飛んだ索敵機からは連絡がないんでしょ?位置がずれてるから発見できなかったのよ」

司令官たちの目が大きく開いた。

「ふむ・・・なるほど」

岡田提督は少しの間考えた。

「君は一体誰なんだ。さっきの換装も正しかったし、敵空母の出現も知っていた」

「私は・・・加賀よ」

「そうか・・・加賀か」

彼は少し笑ったが、すぐ真面目な顔になり、 通信使を呼び出した。

「通信」

「はい」

「赤城に信号だ。敵空母近し、各艦直ちに攻撃隊発進の要あり」

「はっ!」

通信使は急いで司令室を出ていった。

「不思議な子だな。空母が近いというのもきっと本当なんだろうね」

岡田艦長は私を見つめた。

「本当よ。信じてくれてありがとう」

「うむ。だが、我々は軍だ。勝手な行動を取ることは許されん。後は長官の判断次第だ」

 

 

 

司令室を出ると艦尾に向かった。

後方遠くに見える赤城を見ていた。

今、あの赤城の司令室ではどんなやり取りが交わされているのだろう。

もう教えれるだけの情報は全て教えた。やれるだけのことはやった。

私が命令を出すことはできないから、後は祈るしかない。

赤城ではまだ攻撃隊の準備はできていないようだ。

果たしてどう判断されるのか。

 

「発艦始め!」

指揮所からの声で振り返った。

戦闘に配置されていた零戦が走り出し、空中に飛び立っていく。

赤城を見ると、まだ攻撃隊は準備できていない。

飛龍は遠すぎて様子が分からないが、蒼龍は艦爆が並べられ始めていた。

(各艦での攻撃を認めたんだ!)

甲板からは護衛の戦闘機が全て飛び上がっていた。

続いて魚雷を抱いた艦攻が重そうに走り出す。

艦攻はゆっくりと艦首から飛び立ち、続けて後続の艦攻も飛び立っていく。

甲板の艦攻が全て飛び終わると、続けてエレベーターで格納庫の艦攻が上げられ始める。

(早く、早く!)

私は他の整備員に混じって艦攻を押し、移動させるのを手伝った。

上空では零戦が旋回し、艦攻が飛び上がるのを待っていた。

全ての九七艦攻がエレベータで甲板に上げられ、パイロットが乗り込んだ。

「発艦はじめ!」

残った艦攻が発艦を始める。

空を見上げると低空にも、高空にも白い機体が飛び交っていた。

(ついに攻撃隊が飛んだ!あの時とは違う!)

次々と艦攻は飛んでいき、最後には艦尾に二機だけとなった。

空には攻撃隊が旋回して最後の艦攻が飛び立つのを待っていた。

「あっ・・・」

はるか雲の上に黒い点が見えた。

攻撃隊の旋回している、その上の雲間から黒い粒が何個も現れてきた。

「上!敵機!」

私が叫ぶと、見張員が上を見て、慌てて伝声管に叫んだ。

「敵機直上!急降下!」

黒い点だったものはどんどんと大きくなり、迫ってくる。

その数は二、三十はあるだろうか。

その後ろと横から零戦が追いかけていた。

(お願い!落として!)

空中で機銃が光ると、黒い機体が炎を吐きながら落ちていく。

だが、数が多すぎる。

護衛艦からの対空砲にも当たらず、黒い機体が真っ逆さまに落ちてくる。

船は傾斜し、全力で左へと曲がり始めた。

ついに撃墜し損なった爆撃機がはっきり見える。その腹から黒い塊が放ってくるのが見えた。

ヒュー、と甲高い音を立てて落ちてくる。

(回避して!)

一発が右舷近くに落ち、巨大な水柱が上がる。

もう一発、艦橋近くでも水柱ができて、しぶきを被った。

待機していた艦攻の一機が飛び上がっていく。

残るは一機だけだった。

(早く飛んで!)

再び甲高い笛のような音。

「危ない!」

叫び声がした。

黒い塊が艦尾のほうに落ちていくのが、妙にゆっくり見えた。

とっさに伏せて顔を腕で覆った。

一瞬の間。

次に、ガン、と大きな衝撃を感じた。

甲板が大きく揺れる。

巨大な熱風で体全体を殴られたような感じがした。

吹き飛ばされ、甲板の上を転がった。

転がっている間、赤黄色い炎が上がり、巨大な黒煙が立ち上るのが見えた。

 

どれくらいだっただろう。

数秒か、それとも二、三分か。

「うう・・・」

自分の喉から漏れたうめき声が聞こえた。

(まだ生きてる)

頭を動かすと、私は艦橋近くで倒れているのが分かった。

周囲では整備員が何人か倒れている。百名以上いたはずだが、海へ吹き飛ばされたのか、かなり少なくなっていた。

艦尾の方では赤い炎が見え、巨大な黒煙が上がっている。

(早く消さないと・・・誘爆を防がないと)

立ち上がろうとしたが、体中が傷み、力が入らない。

なんとか少しづつ、体を動かし、立ち上がる。

立ち上がる途中で気づいた。

右手の人差し指と中指が根本からなくって、白い骨が覗いていた。

右腕の前腕も肉が欠け、小さな皮と肉片がぶら下がっている。

恐らく爆風と破片で体の右側が負傷したのだろう。

他にどこか傷ついていないか、ゆっくり体を動かしながら確認する。

頭と顔がベタついており、手が赤く染まった。どこからか血が流れているようだった。

それ以外では目立つ傷は見えなかったが、体はあちこち傷んだ。

だが、気にしている暇はなかった。

炎に向かって走り出す。

甲板では火だるまになってもがいている者、負傷して血だらけで倒れている者、バラバラになり明らかに生きていないものもいた。

甲板に穴があき、下の格納庫が見えた。

幸いなことにそこに艦載機は無かった。先程収納した爆撃機までは距離があり、すぐに消化すれば問題なさそうだった。

「火を消して!誘爆を防いで!」

私が下の格納庫に声をかけると、辺りで倒れていた整備員達がなんとか動き始めたのが見えた。

私は艦尾の炎を確認した。

炎と黒煙の向こうには、三人乗りの九七艦攻がひっくり返っているのが見えた。

その腹にはしっかりと九一式魚雷が抱えられている。

 

私は近くにあった消火栓からホースを掴み、火に向かっていた。

近くまで行き、ホースから消火剤を噴出させる。

少しづつ消していくが、その間にも炎は艦攻とその魚雷へと迫っていた。

(火を消すのは間に合わない)

私はホースをその場に放り出して、炎の中を走った。

 

数メートルの炎を走り抜けると、袴と道着に燃え移ったが左手で握りつぶして消した。

少し肉が焼ける匂いがして、手に熱さと鋭い痛みを感じた。

ひっくり返った艦攻の中に搭乗員の姿が見える。

三人共生きており、脱出しようともがいていたが、反転した天井に押し付けられていて、なかなか出れないらしい。

私は左手で窓を引っ張って開けた。

「ほら!早く出なさい!急がないと爆発する!」

搭乗員達はなんとか這い出してきた。動けるようだ。

「早く避難して。余裕があったら負傷者の救護と消火をして」

私が言うと、三人は燃え方の浅い方から迂回して逃げていった。

 

ここから艦尾まで二十メートル程度だろうか。

翼と足が折れている。もうこの艦攻が飛び立つのは無理だろう。

(あと少しで飛び立てる所だったのに・・・)

「ごめんなさいね。約束、守れなかったわ」

艦尾方向は燃えておらず海が見えた。

燃える甲板では人が僅かに通れる隙間はあるが、とてもこれを移動させれる隙間はない。

船は攻撃隊発艦のため、さっきまで風上に向かって進んでおり、火は艦尾に向かって迫っていた。

燃料タンクと魚雷は奇跡的に誘爆を免れたものの、燃料が気化して引火すれば甲板で魚雷が炸裂することになる。

「仕方ないか・・・」

艦攻の尾翼を左手で掴んだ。

「ふんっ!」

力を込めて引っ張ると、十センチほど動いた。

「ふぅっ!ふんっ!」

ガリガリと音をさせて、少しづつ艦攻を艦尾の方へ引きずっていく。

なかなか思うようには進まない。炎がこちらに迫ってくる方が早そうだった。

「我ながら情けないわね・・・排水量四万二千トン、出力十二万五千馬力のくせに」

袴を裂いて、その布を右手に巻きつける。

「たかが四トンの九七式艦攻と八百キロの九一式魚雷が動かせないなんて」

今度は両手で尾翼を掴み、引っ張った。

「ふんっ!」

右腕に電気が流れたような感覚と鋭い痛みが走る。

右腕から血が滴り、甲板に赤い水玉模様を作った。

だが先程よりは動かせるようになった。

甲板に赤い跡を残しながら引いた。

血は目にも流れてきて、視界が赤くなる。

引っ張るたびに激痛が走り、涙が溢れてくる。

殆ど何も見えない状態で艦尾の方へと引っ張った。

 

少し潮の匂いを感じた。

艦尾から落ちるギリギリまで引っ張り終わると、 艦攻の頭の方へ戻った。

「ごめんなさいね・・・いままでありがとう」

艦攻の頭を少し撫でた。それから艦尾の方向へ向かって押し出した。

少し押して、支えを失った感覚がすると、艦攻はゆっくりと甲板の後ろへ沈んでいき、回転しながら落ちていった。

一瞬遅れて水柱が見え、僅かに水しぶきが私にかかった。

海を見ると艦攻は浮いて、進む船からどんどん離れていった。

 

ふと気がついた。もう笛の音は聞こえない。

(あの時は三発は被弾してたはずだ)

きっとあの若いパイロット達は、約束を守ってくれたのだ。

甲板も消火すれば発着艦可能になるかもしれない。

少なくとも艦載機は無事だ。

(あの惨劇を考えれば御の字ね)

 

後ろを見ると、私は炎と煙に囲まれていた。

どこか抜け出せる所はないかと探し始めたとき、炎の向こうから声がした。

「大丈夫かーーー!」

誰かが消火剤を撒き散らしながらこちらへ近づいているのが見えた。

「生きてるかーーー!」

近づいてきた整備員は私に消火剤を吹きかけた。

「ぶぅっ、げほっげほっ!」

まともに顔に吹き付けられて消火剤が口に入った。

むせながら消火剤を吐き出す。

「おお!こっちだ!生きてるやつがいるぞ!」

他にも整備員たちが消化しながらこちらへやってくる。

「よし!こいつも早く運んでやれ!」

私は整備員二人の肩に乗せられて、燃える甲板から連れられていく。

既に甲板の消火作業は進んでいるようで、火は小さくなりつつあった。

 

 

狭く暗い廊下を通って医務室へ運ばれる。

途中の廊下と医務室には負傷した乗組員が運び込まれていた。

皆、火傷をし、顔や腕が赤ピンク色になり、血を流していた。

廊下には二、三十人が並べられている。

(あの時に比べれば遥かにマシだけど・・・)

それでも、私の乗組員が傷ついているのを見るのは辛かった。

「おい、この子を診てくれ!」

私は狭い医務室の椅子の上に乗せられ、力なく背もたれに寄りかかった。

医務室ではあの丸顔の軍医が忙しそうに動いていた。

私はそれを歪んだ視界でぼんやりと眺めていた。

ある程度片付くと私のほうに近づいてきた。

「お前、あの時の娘か!こりゃひどい!」

丸い輪郭が大げさな声を上げる。

「私は平気よ。先に他の人を診てあげて」

「お前も十分ひどいわ!おい!ベッドに運ぶのを手伝ってくれ!」

私は狭いベッドに乗せられ、手当を受けた。

「かわいそうになあ、こんなひどい傷を作って」

消毒液をかけ、破片を体から抜きながら軍医がつぶやく。

「かわいそう?もっと酷い人もいるし、死んだ人もいるのよ」

「何言ってんだ。兵隊は戦うのが務めだ。傷つくことも死ぬことも覚悟しとる。だが、お前はそうじゃないだろ・・・こんな若い娘が、指も無くして、体中火傷して・・・」

「いいえ、私は空母よ」

私は戦うこと、攻撃を受けることを前提に造られた軍艦だ。

「こんな傷、なんでもないわ」

「そうか・・・ははっ、変わった娘だな」

丸い輪郭は悲痛そうな顔をしたまま手当を続けてくれた。

 

手当が終わると、私は体中包帯でぐるぐる巻にされていた。

頭と右目が覆われて、視界が白くなる。

右腕は全体が包帯で覆われているが、下から赤いものが滲み出していた。

体のあちこちにガーゼが貼られている。

「命は大丈夫だ。が、傷がひどい。動かんようにして、しばらく横になってろ」

「そう。ありがとう」

私はベッドから降りると医務室を出た。

「おい、動くな!寝てろ!」

「他の人を早く見てあげて」

私がベッドを占領するわけにはいかない。それに甲板が気になっていた。

負傷者が並べられている廊下を戻り、片手でタラップを掴んで甲板に出た。

 

甲板上では整備員たちが動き回っていた。

火はほとんど消し止められ、穴は補強材で埋められつつあった。

もしかしたら艦尾は使えず、着艦に多少問題があるかもしれない。それでも甲板の無事な部分を使えば着艦できないということはないだろう。

それにもう艦攻は全て飛ばし終わった。残る艦爆と艦戦は走行距離が短くて済むから、発艦は問題ないだろう。

 

海では数百メートル離れた所で黒い煙を上げている船がいた。

「赤城・・・」

私の後ろを航行していた赤城は燃えていた。

横を見ると、蒼龍も同じく燃えており、大量の黒い煙を吐き出していた。

船体の内部から赤黄色い炎を吹き出して、爆発しているのが見える。その音はこちらにも届いてくる。

遠く、飛龍は無傷のように見えた。

(結局、あの二隻は同じ運命だった)

自分でも意外なほど冷静に、二つの炎を見ていた。

 

艦橋の壁にもたれて座り込み、甲板の様子を眺めていた。

甲板は鎮火され、穴も全て補強されて、見た目には以前と変わらない状態になった。

「第三次攻撃部隊編成!」

スピーカーからうるさい声が流れ、ラッパが鳴り響く。

格納庫に残っていた艦爆と艦戦がエレベータで上げられてくる。

再び敵空母へ攻撃へ行くのだろう。

人数が減っているが、再び整備員達が艦載機を並べる。

私も手伝いたかったが、体に力が入らず歩くのも億劫だった。これでは並べるのを手伝うことはできないだろう。

「頑張れ、頑張れ・・・」

何の役にも立たないが、つい声が出ていた。

艦載機が並べられると、パイロットたちが乗り込んでいく。

「発艦始め!」

再び艦戦が飛び立っていく。その後、艦爆も空へ舞い上がる。

全て飛び上がり、攻撃隊は編隊を組んで雲の彼方へ飛び去っていった。

(これでもう格納庫には残っていないはず)

上空は直掩機が旋回して守ってくれているのが見える。

ふと、体中のあちこちに痛みを感じ始めた。

右手と右腕が今頃になって激痛を伝えてくる。

血を流したせいだろうか、頭がズキズキと痛み、吐き気に似たむかつきを胸に感じる。

目の前がチカチカして気を抜くと意識を失いそうだった。

それでも、気持ちは穏やかだった。

艦載機を全て送り出せたら、もう悔いはない。

 

 

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